… データ・不足 … 提案・活動条件 …… 情報・収集 方法、 …… 手にいれてみましょう 知識を、データを、さぁ、さぁ、さぁ、今度こそ わたくしが――イゾルテよ!★ ☆ ★ ロストナンバーたちをイゾルテ絡みの事件で呼んだ黒猫にゃんこ――現在はスーツ姿の三十代の黒の姿で導きの書を捲った。「以前、イゾルテを調査してもらった結果、一時の都市ではアンドロイドが消えているという報告が出たんだが……それと関係あるかわからないが、今回は一時の支配者のリラからの紹介を受けた三時のクルティザンヌの支配者から事件の解決に協力してほしいと要請があった」 曰く、娼婦が消えているのだという。 イゾルテ。 一~十二時にコミュニティが別れ、それぞれ独断の発展を遂げている。 世界そのものをひとつにまとめる政府機能は存在せず、各コミュニティ内で力のあるものが支配者として君臨し、統治している。 壱番世界の中世の雰囲気を持つ世界だが、アンドロイドが当たり前のように存在している、モラル面は大変低い世界である。あるときを境に、この世界を生み出した女神イゾルテは壊れ、女が消え、残された男たちの左胸には心臓のかわりに時計が宿った。女神を唯一直せるイゾルテの欠片は散らばり、それに食われた男性はフリークスという化物になる。「そんなわけで、いつものように水薙といってこい。頼んだぞ」 黒はにこりと微笑んでチケットを差し出した。 ロストナンバーたちは水薙とともに三時のクルティザンヌに訪れた。 煉瓦作りの建物が並ぶ一見すると普通の都市であるがあっちこっちで音楽が流れ、煌びやかな人間が多い。「この都市は別名を花楽の都市、手に入らない快楽はないといわれている……都市そのものが一つの花街なんだよ」 最後のところだけ水薙は多少、言いづらそうに告げた。 都市の支配者が住むのは、中央に存在する大きな赤い城のような建物であった。 出迎えたのは可愛らしい少年で、通された品のある応接間で待っているとドアが開けられた。「おまたせ。今回はよろしく!」 今回の依頼主であるアーヤ・デュプレシは鮮やかな褐色の肌に赤い瞳、長い黒髪を三つ編みで一つにした小柄な少年で、にっこりと笑ってロストナンバーたちを迎えた。すぐに自分もソファに座り、話し始めた。「リラからお話は聞いているよ。それで依頼っていうのは、ここで娼婦が消えているんだ。あ、ここでいう娼婦ってみんな男なんだけどね。ほら、女の人が消えて、男しかいないでしょ? それで寂しくてね、一時の都市のひとたちは女性型アンドロイドをいっぱい作って慰めてるね、アンドロイドには学習機能っていうのがあって、一度教えたことは忘れないし、さらに工夫して……どんどん人間に近づいているらしいけど、それでも、やっぱり作りものは作りもの。どうしても手が回らないこともあるんだ。この都市はみんなの要望を叶えて「オンナ」もいるのさ。もちろん、女装しているだけの男だけどね。サラ」 アーヤが呼ぶとドアから黒いドレスを身に着けた見る限り女性――白い肌、茶色のウェーブのかかった髪、赤いぷっくりとした唇――これが男だと疑いそうになるほどの美人だ。「ふふ、すごいでしょ? 人の欲望を叶えるのがこの都市の役目だからね。 さて、ビジネスの話だけど、このサラが誰かに狙われているらしい。らしいとしか言えない。今までこの都市で失踪した娼婦は三人、すべて女性だ」 アーヤはあくまで男性しかいないイゾルテで、女として装い、仕事をする彼ら――女性として扱うつもりでいるようだ。「つまり、この三時で、女のふりをした男が消えていると」「言葉には気をつけてほしいんだけど……わかりやすくいうとそうだね」 水薙の問いかけにアーヤは唇に弧を作って、足を組んだ。「客とのトラブルは調べたけど、特になし。共通点は先も言ったように、娼婦……君たちに理解しやすくいうと女装をして女性らしく振舞っていた男性であること、この都市で最も売れ筋がよかったこと、それだけだよ。それだと確実に次に狙われるのは」「この都市で今、一番売れているわたくしね」 サラと呼ばれた男性は、金糸雀のような澄んだ声で微笑んだ。「護衛はしてくれてかまわないわ。わたくしの仕事はこの建物のなかだし。けれど仕事の邪魔はしないでちょうだい。もし邪魔だと思えば叩きだすわ。よろしいかしら?」 サラはにっこりと完璧な微笑みを浮かべた。「一応ね、いろいろと線は考えたんだ。けど、この都市には基本的に異能者を入れてないし……君たち、知ってる? このイゾルテには、イゾルテの加護を受けた異能者がいる。この水薙もそうだね。名前にアルファベットがはいってる」 イゾルテの異能者――この世界がこうして渾沌にまみれる以前にイゾルテに選ばれ、特殊な力を貰い受けた男たちがいる。 彼らは名前にアルファベットが入れることが習慣なのでフルネームを名乗ればすぐに判明する――たとえば水薙・S・コウのように。「ぼくは、イゾルテに愛されなかったからね。だから、特殊な力はもらわなかった。かわりに可愛い見た目はある」 ふふっとアーヤは笑った。「誰がどういう目的かはわからないけど、捕まえてほしいんだ。もしかしたら四時のジャンクに逃げてる可能性もあるしね。四時のジャンク、別名をクズ捨て場……使用されないアンドロイドや機械の鉄を捨てるだけの場所だよ。昔はちゃんと文明があったらしいけど、イゾルテが滅ぼして、いまじゃ、人はいない。定期的に一時の都市がガラクタを捨てに来るんだ。なんで詳しいかって、そりゃ、ぼくたち、そのがらくたをときどきもらってるからね」 アーヤは悪びれることなく言い切った。「アンドロイドはとっても高級なんだ。だから一時の都市が捨てたものをぼくたちはときどき拾って再利用する。とくにアンドロイドとかね。そういえば、ゴミ回収をする人たちがいうには最近女性型のアンドロイドでも使えそうなタイプが良く捨てられてるから拾ってくるって報告してたな」
花の都というだけはあり、空気のなかに甘い匂いが漂っている。心地よく、艶やかで、思わず飲み込まれそうな香りだ。 それはこの都そのもの、はたまたここに存在する者たちの、もしくは夢見る者の放つ匂いなのか。 芳醇なウィスキーと同じ色の髪と瞳を持つ、ヴァージニア・劉は夢を軽蔑するような目を眼鏡の奥に隠していた。かさついた唇にくわえた火のついていない煙草がぷらぷらと、頼りなげに揺れている。 「くわえ煙草はだめだよー」 「だりーことぬかしてんなよ。火はつけてねーよ。うぜー」 ターミナルでは道化師として活躍しているマスカダイン・F・ 羽空の小声での咎めをするりと這う蜘蛛のように躱して、劉は目を細めてお決まりの悪態をついた。 ソファの端っこに座っていた吉備サクラが動いた。 ターミナルでの普段着でこの都市に降り立つとギアの幻覚を使用して、自分の姿を隠し、右一センチのところにまったく同じ姿を作って防衛をとっていた。 『自身の喪失と共に全ての女性を喪わせ男性に自分のみを最高の者として追い求めるよう意識操作する。人であれば狂王、子殺しの所作です。神であるからこそ許される悋気で残酷な振る舞いに、この世界の人は耐えなければならない。私達の世界の神話なら、とっくに勇者が神殺しを果たす頃合いだと思います。それでもこの世界を保ち作り直すために女神は探されなければならない……理不尽な話だと思います』 喉を痛めてしゃべれないので、スケッチブックを今回も用意した。今のこれが彼女の声のかわりとなる。 「水薙、ちゃんとこの世界のことを説明したの?」 アーヤはサクラではなく、水薙に咎めるような強い視線を向けた。 「ええっと、サクラさんだったよね? たぶん、水薙がちゃんと情報を渡してないせいで勘違いしているみたいだから教えておくね。イゾルテは別に探してはないよ。だって十二時に閉じこもっているだけだもの。あとあなたの言ってるご自身の神話とか、勇者とかいまいちわかんないからコメントは控えておくね。時間がないからビジネスの話に移ろう。サラを守るために、ぼくにお願いはある?」 「な、オレをサラの引き立て役にしてくれねーかぁ」 劉はうんざりと、低い声で口にする。 「鬘と衣装、化粧」 「つまり、オンナになるわけだ」 アーヤがにっこりと笑う。楽しんでいる、こいつ。劉のうんざり度が三倍にはねあがる。 「きみは?」 「え、ボク? ボクは、ボクは」 マスカダインは自分の女装した姿を想像して、涙目でふるふると首を横に振った。 「パス、劉くんは、似合うんだよね? むしろ自分からお願いするってことはそういう趣味」 「てめー、細切れにされてーのか、あー? オレだってしかたねーからするんだよッ! うっぜーなァ」 大きく開いた足に腕を乗せて苛々し貧乏ゆすりをして劉は言い返す。口にくわえていた煙草を思いっきり噛んでいるのは本当にいやなのだとわかる。 サラとアーヤは劉とマスカダインのわかりやすい態度にくすくすと笑っている。 「アーヤさま、この子たちはわたくしがいただいてよろしい?」 「うん。いいよ。可愛がってあげて。ぼくはお仕事があるから。じゃあね! いい報告を期待しているよー。君たちにイゾルテの祝福があるよーに」 細い腕をひらひらとまわしてアーヤはさっさと行ってしまった。 サラの与えられている部屋は階段の手前だった。 室内にはベッドが一つ、赤絨毯、イゾルテでは珍しい木造のクローゼット……男性の部屋というよりは女性的な雰囲気がとても強い。 サラははりきって劉のためにドレスを用意する。 「……おてやわらかにたのむぜー」 「あら、手抜きはだめよ。わたくしを引き立てるなら。かわいい小蜘蛛ちゃん」 むすっと劉が眉間に皺を寄せると、顎が乱暴に掴まれて、上を向けさせられて唇に紅がつけられる。 「素材はいいんだから、あなた」 「わわわ、このままへんな道の扉が開いちゃうかもね」 「うっせーぞ、道化師野郎」 マスカダインがてれなくてもーといいながらきょろきょろとまわりを見る。 「思ったのだけど、この城にいるメイドさんはみんなアンドロイドさんなのねー?」 「あと売られたばかりの下働きがいるわね」 「ふーん、よかったら歩き回ってもいいのねー?」 「どうぞ。人の邪魔はしちゃだめよ」 「わかってまーす! あ、二人ともあとでノートを見ておいてほしいのねー。なにかわかったら書いておくから」 マスカダインはサラが劉にかかりきりなのをいいことに、城内を歩く許可を貰って部屋を出た。 掃除されて塵一つ落ちていない廊下を歩きながらマスカダインはノートを取り出して、さらさらと自分の推理を仲間たちに告げる。 サラの部屋にはアンドロイドが一体いた。もしかしたら盗聴……それはないかもしれないが下手な発言が「彼女たち」に聞かれるのは危険だと判断したのだ。 マスカダインはアンドロイドが犯人だと考えている。 ここで利用されるアンドロイドが増えている。なら、四時に捨てられた仲間たちを、この三時が必要とすれば、他の仲間たちは助かる。自分たちの食い扶持を増やすためにもオンナたちを狙っているのではないのか――? アンドロイドはメイドとして使用されているのなら、娼婦たちにも近づきやすい。 もちろん、他の被害者たちのところもそうだ、というのはわからないので調べる必要性がある。 勘違いならいいけれども、もし自分の推理が当たっていたなら出来るだけ秘密裡に処理して、アンドロイドについてアーヤを説得できれば。 そのためにも慎重になろうとマスカダインは決めていた。 「あ、あそこにいるのはアンドロイドかなー? こんにちはー、わー、かっこいー、いかすー」 感動する子どものようにマスカダインは廊下を掃除するアンドロイドに声をかけた。 「さて、出来たわ。口の悪いのは直しなさいよ」 「あー、わかったよ。ちっ……ま、ぎこちないのもいいだろう? そういうの好きな客はいるだろうし」 劉はワインレッド色のドレス姿で髪の毛にはもともとの地毛に近い鬘、眼鏡もとられて化粧でそばかすが消された。まだまだ初々しい蕾の少女の完成だ。 「多少、目がきついけど、それも味かしらね」 「ちっ」 苦々しく劉は舌打ちする。 「あなたはどうするのかしら? サクラさん」 『先も言いましたけど、私はそんな残虐で尊大極まりない存在になりたいとは欠片も思いませんけど……貴方は違うのでしょうね』 「それは、私のオンナとしての仕事について言ってるのかしら?」 サクラは何も言わないが、それは肯定であった。 「そう思いたければ思えばいいわ。ただ仕事はどうするのかしら」 『被害者の遺体を確認に行きます』 サクラの発言にサラは肩を竦めた。 「あなたは死んでいる前提ですべて進めているみたいだけど、死体は見つかっていないから、確認しようがないわね」 『でしたらゴミ回収を調べに行きます』 サクラはすぐに次の行動を考えた。 『高価な使える部品が捨てられるのは変です。見つけた方に話を聞きたいしそのアンドロイドの何が捨てられるに足る状態だったのか調べたいです。一時の誘拐されたアンドロイドとの繋がりが気になりませんか? 必要なら4時へ』 「おい、サラの護衛はどーすんだ」 『建物の中より外の方が襲いやすいでしょう? サラさんの危険度が下がるかもしれません』 「てめぇ一人じゃあぶねーだろう」 女はできるだけ戦闘から遠ざけておきたいというのが劉の我儘な本音だ。 劉自身、女性が苦手なので戦闘のとき傍に居て動きが鈍くるのは正直回避したい。しかし、サクラについては司書から「ここ最近、がんばりすぎているので気をつけてやってくれ」と言われていた。 「はっきり言っとくぜ、自分を粗末にする女は嫌いだ。自分の価値がわかってねえ馬鹿な女もな。俺は男だ。女を守るのが仕事なんだよ」 肩を大げさにすくめて劉は言い返し、口寂しさから指をぎりっと噛んだ。 サクラはスケッチブックにさらさらと文字を書いて差し出した。 『劉さんマスダさんがサラさんを護りきれば依頼は成功です……違いますか?』 「あのなぁ」 「ストップ。依頼人の前であることを忘れるな。サクラは依頼を達成するためにがんばっているし、劉は仲間を大切に思っている。それぞれ相手の気持ちも汲んでやれ」 水薙が劉、サクラの両者の肩に手をおいて間を取り持ち、提案した。 「必要なら役割分担していいだろう? 俺たちは四人いるんだから」 『はい。できれば、水薙さんには同行をお願いします』 「わかった。俺がサクラに同行して守る」 ちっと劉は舌打ちしてそっぽ向くと好きにしろと肩を竦めた。そんな劉に水薙は目を細め、いたわるように肩を叩いた。 「しかし、問題はマスカダインだが」 「ただいまーなのねー」 水薙の発言のタイミングに合わせたようにドアが開いてマスカダインがにこにこと笑顔でかえってきた。 「あっれ? もしかして邪魔だった?」 「いや、ナイス・タイミング」 水薙は思わず親指をたてて歓迎するほどのタイミングの良さだった。 「んー、ボクは、出来ればお外についても調べたいんだよねー」 サクラと劉の方針を聞いたマスカダインは悩んだ末、発言した。 城内のアンドロイドたちにはまったく相手にされなかった。 そもそも「彼女たち」は人間ではない。アーヤが口にしたようにどれだけ人に近づけたところで命令されたことしかできない、自我もない。 ただの道具なのだ。 マスカダインがいくら声をかけたところで無駄な話に応じることはなかった。ただ淡々と与えられた仕事をこなしていた。 勘違い、というのはまだ判断できない。なんといってもはじめてくる世界でアンドロイドと遭遇したのはこの城内だけ、もっと探してみたい。それに街のなかを歩いて人のいないところ、主に危険地区を探ってみればもしかしたら消えた娼婦たちを見つけるヒントが手に入ると信じていた。 マスカダインは消えた娼婦たちがまだ生存している、その可能性を信じて行動したいと考えていた。 しかし、ここで問題はサラの身の安全だ。サクラや劉、水薙が護衛してくれれば自分一人くらい任務から離れてもいいかと思ったのだ。 「護衛のお仕事は、そのー」 「構わないわよ。引き立て役の子が一人いれば」 サラは鷹揚に応じた。 「なにがあっても事件を解決するように、がアーヤの依頼内容ですもの。わたくしはどうせここから出ないから、護衛は一人でも十分だわ。それに、マスカダインさん」 「は、はい」 「娼婦たちが生きていることを信じて、探してくれようと行動してくれて、わたくしは嬉しいわ。ありがとう」 「そんな……ボク、がんばって探すよ!」 マスカダインはぱっと笑ったあと、すぐによしっと声をあげと飴玉を取り出した。 「これ、もしものときは変なやつに投げつけるといいのね。中身は粘り気のあるドロップで、動きを拘束できるのね! みんなの分も用意したのね。使ってね」 護身用の飴玉をサラと仲間たちにマスカダインは渡して、随時ノートで連絡をいれてほしいと頼んだ。 「サクラちゃんが行く四時でも、劉くんの建物のなかでもたぶんボクが一番はやく駆けつけられると思うんだよね」 可能性として、もし四時に犯人がいた場合はサクラと水薙の二人が、屋敷の場合は劉一人で応戦することになる。唯一、街のなかを探索することを選んだマスカダインは両者を助けに行く行動に移りやすい。 「劉くんが一人だっていうのが心配だけど」 「うるせー。仕方ねーだろう、それにここなら襲う場所は限られてんだ。オレの能力で足止めぐらいできるしよー。可能性潰すんなら、しかたねーだろうが。まぁ、気が向いたら助けにこいよ」 劉の言葉にマスカンダインは頷いた。 「ありがとなのよー」 「ふん。まぁ、オレも考えネェわけじゃねーしよ」 四時のゴミであるガラクタたちがオンナたちに嫉妬……そんなロマンティクな物語だとしたらいささかやりづらいかもしれない。 まるで檻だな。 そんな第一感想が浮かぶなか、サラは赤い煙管を口にくわえて紫煙をくゆらせた。 「もう、そろそろお客様が来るけど、離れちゃだめよ」 「あんたの傍で、せいぜいかわいこぶって、初々しくケツでもふってやろうか? 余興なら人形操りぐらにい見せてやるぜ」 コンタクトのせいか、いつもの狭い視界が広々としすぎて劉はいささか視線の置き場に迷った。 サラは劉の手をとった。冷たい、男の手だ。どんなにうまく化けたところで、ここだけはどうしようもない。 華やかな居間に案内された。通常、娼婦たちは花いっぱいの居間で待機し、各自自由に過ごすことになっている。そこを訪れた客人が好みの子を連れていくのだ。すでに五人の娼婦と可愛らしい少年が二人待機していたのにサラは彼らの羨望の眼差しを受けながら一番客の目をひくソファに劉を連れて腰を下ろした。 「ここはオンナが多いんだな」 「変かしら」 サラは首を傾げて笑う。自分の美しさを心得た動作だ。 「いや、オレから見るとイゾルテに憧れてるってカンジはしねーな。って、あんたらオンナの良さっていうのがオレにはさっぱりわかんねえけど……女は苦手だが、だからって男がいいって訳じゃねえ」 サクラがサラに対して向けた言葉を劉は思い出した。 「そりゃそうよ。あんたは女に困ってないんでしょ? 環境が違うもの。わかるはずないわ。別にわたくしたちはイゾルテに憧れてるからこうしてるんじゃないの。欲望をただ叶えただけで、イゾルテを抱きたいなんて男はいないわ。ただたんに女の姿をした人間が恋しいの。それだけ。 イゾルテは私たちの信仰、命、願い、けど、それと性欲は違うわ。イゾルテはマンマなの。おわかり? この世界を作った女神だもの。誰だって好みの女といわれればマンマの影響を受けるのよ。わたくしたちの場合は、ただ単に金がなくてオンナの姿を要求されたのに応じてるだけ」 「演じてるってことか」 「そうね。それを口にすればわたくしたちだってアンドロイドとあまり変わらないわね。ただ機械か、人であるかぐらい。けど、アンドロイドは所詮、言われたことしできない、人の命令を聞き、人を傷つけない、鉄よ。それは人間を抱いてるのとは違う、冷たすぎるの。そして人は人を求めるの」 サラは女装することも、体を売ることも、すべて「ビジネス」として割り切っている。 劉はふぅんと気のない相槌を打った。 「それにアーヤが犯人はわからないと口にしたけど、それってわたくしたちを疑ってもいるのよ」 「あぁ?」 「気がつかなかった? アーヤの言い方。犯人も、動機もわからないと言ったのよ。なのにわたくしを護衛させた。可能性があるといってね。あなたたちをわたくしに護衛させて、逃がさないようにね。犯人は誰であれ容赦するなとも口にしたでしょ」 「つまり、アーヤは外側の犯人と、内側……あんたらが自分から逃げてる可能性も考えていたわけか」 思わず親指を噛んだ。 あのクソカギ、とんだくわせもんだ。 「逃げたいのか?」 「逃げるならそもそもあなたにこんなこと白状しないわ」 「それもそーか」 サラの護衛を離れるわけにはいかない劉はマスカダインに頼んで他の娼婦たち――同じ客をとっていなかったか、不審な行動がなかったのかも調べてもらっている。 内側か、外側か。 どっちにしろ。犯人は見つけるべきだ。 アンドロイドを回収しているゴミ収集たちにまずサクラは話を聞きに向かった。 「アンドロイド? ああ、四時から拾ってきてるな。ずいぶんときれいなやつがあってな」 『なにかありましたか、異変とか』 「異変、異変ねぇ。そういえば、一体、どこかに消えちまったな。ああ、いやぁ分解したんだったけァ?」 「さぁな。イチイチゴミのことなんて覚えてねぇし。ああ、ゴミは分解して使えるようにしたり、データとか技術者に入力してもらったりするからさァ」 ゴミ収集の二人の男の言葉にサクラは水薙を護衛に四時に向かった。 そこはアーヤたちが口にしたように鉄とゴミに瓦礫と捨てられた建物、重々しい雲が立ち込めた、ただそれだけの場所。 「なにをするつもりだ」 『犯人がいるかもしれません。一時で消えたアンドロイドが、ここに落とされているんです』 「しかし、ただ可能性だろう」 『死体縫合で黄泉帰りを願ったり死体の愛した部分を捧げたりする殺人鬼は陰陽街にも居ましたから』 水薙は眉根を寄せた。 「サクラ、この世界とインヤンガイは根本的に違う」 『モラル面では同じではないでしょうか?』 「確かに、モラルという点では似たりよったりだろう。しかし、ここにはインヤンガイのような霊的なものは存在しない。アンドロイドになにか仕掛けたとしても、わざわざ四時にいる必要はない。一時で消えたのはアンドロイドだけならば、技術者はここにはいない可能性が高い。もし探すなら仲間たちと協力したほうがいい。ん、連絡が」 街を自由に歩くマスカダインは劉に頼まれてオンナたちの調査を行った。 客などにこれといって共通点はない、言動も消えるそのときまで変化はなかったという。 それらをノートで報告しながらマスカダインは危険な地区に足を向けた。 一見華やかな都市だが、光があれば闇がある。 廃れた建物に悪臭の漂う、闇の部分。 マスカダインは震えながら踏み込み、周囲を見回して、白いドレスがひらりと動くのを見つけてはっとした。 「待って!」 マスカダインは迷って、白いドレスのあとを追いかけて進み、奥へ奥へと向かい、棄てられた建物まできた。仲間たちに連絡をいや、どうしよう。 迷っているとドアが開いた。 そして見た 「っ、うわああああああああああああああ!」 マスカダインは悲鳴を上げて、尻餅をつくと嘔吐した。 そこに転がっていたのは手足をちぎれた――オンナたちの死体。 サラが客をとったのに劉は横の部屋で待機していた。盗み聞きの趣味はないが客に犯人がいることも考えると離れられない。 と、悲鳴があがった。 「サラ!」 スカートを翻して劉はドアを蹴り開けた。 そこに白いドレスの女が、乱れた髪、薄汚れた肌、片方の手はない――アンドロイド。 彼女はサラの客の左胸を突き刺して、血が飛び散る。 サラは劉の助けがあると判断してベッドの下に転がる。 「てめぇ!」 劉が吠えた。 その細い指先から蜘蛛の糸が飛び出し、部屋中に散った。空気すら斬って糸は彼女を捕える。 彼女がどれだけの腕力を持っていたとしても糸は切れない。 劉は拳を握る。 とたんに彼女の手足は切れ、四肢は床に零れ落ちる。 毒もある糸だが、機械相手には効かないだろう。劉はノートに連絡しながら犯人に近づく。 「ふん、やっぱり女に嫉妬したってことか? すぐに殺されねぇ、目的を吐いてもらうぜ」 彼女のビー玉の目が劉を見つめる。 『目標、ロスト……エラー、私、エラー、人間、認識、ああ、ああ、ようやく人間、心臓の音、ああ、ああ、お会いしたかった、ご主人様。命令を、命令をください。命令……認識……目的? 目的でございますか? マスター、私は人になるのです。イゾルテになるのでございます、ご主人様。捨てないで、ますた、あなたの求める人間に近づくのでございます』 「イゾルテ? 人だと?」 『人エキス、機械の内部に存在する人のもの。血、肉、骨、内臓、それを喰らえば私たちも人になるのでしょう? ダッテ、コイツラはそうですわ。足りないのはそれ、ゆえに、喰ら、う』 劉は嫌悪感から一歩後ろに下がる。 嫉妬、ではない。 こいつは人になるために、人を喰らうと口にした。 「待ちなさい! アンドロイドが人を殺すなんてこと、できるはずはないわ。所詮は人の作ったものよ? 人を傷つけるなんて! 死体は「食べ物」と認識すればいいけど、生きた人を殺すなんてことは絶対に出来るはずないわ」 サラが叫んだ。 『人、人、人? オマエラガ? 私タチトおなじ、同じ、機械ノクセニ!』 にちゃあ、と彼女は笑う。その口にあるのは時計――イゾルテに生きる男たちの左胸に埋め込まれた時計。 ちくたくちくたく、時計は動く。 アンドロイドは人を傷つけられない。 しかし、同じ機械ならば傷つけることは出来る。 イゾルテに生きる者の左胸には時計――アンドロイドは「人」ではなく「機械」と認識した。ゆえにアンドロイドは男たちを殺し――破壊出来た。 自分たちよりも人らしい機械を破壊、喰らい「人のエキス」を得て、「イゾルテ」になれると思考して。 『同じ機械、破壊、奪う、お前たちが人だというなラ、人エキス、ちょうだ、いいいいい』 劉は無言で拳を握りしめ、首を叩き落として黙らせた。 「オレはわかんねーが、アンドロイドってのはこういうことまで学習するものなのか、サラ」 「わからないわ……こんな危険なことを自己学習できるとは思えない。……こいつにそういうデータをインプットしたやつがいるのよ。だって、アーヤはゴミが多いと口にしていたし。けど、アンドロイドがイゾルテなんて、そんなの」 サラは自分の左胸に触れた。 「そうね、イゾルテになれるのかしら? だってわたくしたちは、所詮はイゾルテの生み出した、お人形、アンドロイドと変わらない」 ちくたくちくたく。 左胸で時計が動く。 この世界はなにもかも機械仕掛け。 アンドロイドも 男たちも ちくたく、ちくたく。
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