クリエイター北野東眞(wdpb9025)
管理番号1158-26321 オファー日2013-11-08(金) 22:47

オファーPC ロウ ユエ(cfmp6626)ツーリスト 男 23歳 レジスタンス

<ノベル>

 藤の木で作られた椅子が揺り籠のように動く。
 それに身を任せたロウ ユエの雪色の髪がゆらりと揺れた。
 夕暮れ色の強い瞳は、いまはまどろみから鬱蒼と細められる。
 ここ最近、いろんなことがあったせいか、思ったよりもずっと疲労が溜まっていたらしい。
 すとん、と、谷から落ちるように眠りが意識を飲み込んだ。
 そのなかで幼い笑い声が聞こえてきた。
 ヤナギ

 幼いとき、ユエは弱かった。よく咳をして、熱を出し、倒れた。
 寒さに弱く、暑さも苦手であった。日の下に出れば肌は火傷したように水ぶくれができて、良く泣いた。
 ユエが一人で歩けるようになるまで二年と半年もかかったそうだ。通常の子ならば、もっとはやく独りで歩けるというのに。
 けれど悪いことばかりではなかった、と思う。
 母や父に心配をかけてしまったが、自分が寝台で唸っているときは、必ず二人が顔を見に来てくれた。
 父の冷たい手が額に触れてくれた。
 母の柔らかな手がぎゅっと小さなユエの手をとってくれた。
 そのときだけはどれだけ喉が苦しく、呼吸だってまともにできなくても、ほっとして、生きていると感じた。

 九歳のころになると、一人で立って歩くことに支障がなくなったが、けれど相変わらず貧弱で、両親、守人たちがユエに心配げな視線を向けていた。
 両親はユエに女性ものの服を着るようにと強制した。
 ずるずるとした赤と白の衣装はユエの月夜のような美貌を引き立てるには十分な品であるが、しかし、自分は男なのだ、とユエは両親たちに激しく反発した。いやだといっても守人たちや女中たちに着せられてしまい、そのたびに地団駄を踏んだ。
 男子に女子の恰好をさせると丈夫に育つという、古い習わしだと守人に苦笑いながらに教えられたときは胸がぎゅっと締め付けられた。
 それは感謝ではなかった。
たった九年しか生きていない子どもに両親の切実な祈りや気持ちを理解しろとは、無理なことだ。
 思ったのは何かを否定されたような腹立しさと悔しさだった。
 こんな恰好までさせる両親がいやだ。
弱い自分が嫌いで嫌いでたまらない。

 なぜ私はこんなにも弱いのだろう?
 どうすれば大きく強くなれる?
 けれどそれを父母には聞けない。七人の子をなくして、ようやく授かった我が子。その子すらなく失うのではないかという恐怖から母の心は病んでしまい、時折悲痛な目で見つめてくるのだ。
 悲しませたくない。
 九つのユエはいつも何かに、怒っていた。その怒りをバネにして必死にあがいていた。強くなろうと、腕を穴だらけにするほどの注射、苦い薬を飲み干して。生きようと、己を憎んでいた。

 その話を聞いたのはたまたまだった。
 くたくになるまで鍛錬をして、きっと明日はベッドから出れまいと覚悟しながら、それでも師に筋がよいと褒められたことを母に報告に行こうといそいそと廊下を走って向かった。
 本当に歩きづらい姫衣装にうんざりしていた。もっと強くなったらこれも着なくてよくなって、母がきちんとユエを見て、褒めてくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱いていた。
 母の部屋の戸にきたとき、声が聞こえてきた。
「ご決断をしてくださいませ」
「……それは、ユエを、あの子を喪えということですか?」
 母の声だ。
「ユエさまの体力では、このままでは長くは生きれますまい。なのでしたら、ぜひとも、その命を別の意味で民のために使わねば、それくらいはわかっておるでしょう」
「……ユエを、一門の者に……「継承」などと」
 ユエはぎくりとした。
 ユエは肉体が弱かったが、多くの異能の力を持っていた。
 もし健康体で振るうことが叶えば、鬼神の再来ともいえるほどの強さを誇り、国を、民を多くの脅威から守ることができるだろう。
 しかし、いまのユエには使いきれない、過ぎたものだ。
 
 異能とはそもそも親の遺伝によって決まるもので生まれたあとはどれだけ努力しても手に入るものではない。
 ゆえに王族は己の国を外の脅威から守るためにも力ある者同士が婚姻を繰り返してきた。
 国には常に強い男が必要であったからだ。
 しかし、そうして血と血を交えてもどうしても能力を取得できない場合はある。その場合は一定の法に則って「継承の法」の使用が推奨されていた。
 継承とは生きたまま心臓を抉り、喰らわれること。
 対象に選ばれやすいのは子どもで、力の使い方がうまくできない、肉体が貧弱なのが選ばれた。
 ユエは拳を握りしめて、慌てて自分の部屋に逃げた。
 内側で炎のように怒りが燃えていた。それはやはり自分の弱さと大きくなれない現実に。けれど敏い子であったから自分の立場も理解していた。
 このままでは王族としての役目が果たせない。
 だったらもっと有能なものに食われてしまえば
 何も守れないよりはずっと。
 このままでは無意味だから、消えてしまえと。

 そのときぱっと浮かんだのは母の顔だ。
 彼女も王族としてユエの弱さを憂い、ゆえにいつか誰かが「継承」を口にしないかと怯えていたのだ。
 母を、もうこれ以上、悲しませたくない。

 結局、次の日はベッドから起きれなくて、ユエはずっと天井を見て悩んだ。父にも、母にもいえない。だから、浮かんだのは自分のそばにいつもいてくれる守り手の双子のことだ。
 聞いても、いいのだろうか――?

 ショックと鍛錬のせいで一週間ほど床に伏せていたが、ようやく体が自由に動ける日に、ユエは思い切って二人に聞いた。
「どうしたら、私は……大きくなれる?」
 掠れた声での問いは波紋のように部屋に広がった。次に重い静寂が部屋を包むのにユエは心臓がぎゅうと掴まれたような恐怖に陥った。
 双子の弟はきょとんとした顔をしたあと、だいじょうぶですよ、とやんわりと告げた。体によいものを食べて、よく眠ればいいと口にされてユエは息を吐いた。弟のほうはユエの問いを言葉のままにしか受け取れていなかった。
自分の気持ちが通じないことの微かな苛立ちと、そうじゃないと叫びたい気持ちをユエは大きな石でも飲むように我慢した。
「それは、ずっと苦い薬を我慢しろということか? 鍛錬をすればよいのか?」
 努めて平坦な声で問うと、兄のほうが前に出てきた。双子であるというのに、この兄弟は持っている雰囲気がまるで違う。
「大丈夫ですよ、ユエさま、あなたは大きくなれます」
 ふっと優しい笑みが向けられた。
「その方法を一緒に、考えましょう」
 当たり前のように、――ヤナギは口にした。
 ユエは目を大きく見開いた。
「一緒に、か」
「はい。お一人で苦しいのでしたら、私たちがおそばにおります」
 ね、とヤナギが笑う。
 なぜか信頼してもいいと思えて、ついうっかりうんと頷いていた。
「では、一緒に、がんばりましょう」
 小指が差しだされてユエはますますきょとんとした。
「約束です。私と、諦めずに、大きくなるために一緒に考え、探し、前に進むと」
「……わかった、約束だ、ヤナギ」
 汗をかいて冷たい手を伸ばすとヤナギが指切りをして笑みを深くした。
 そのとき、はっきりと、ヤナギには自分の不安が通じたのだとユエにはわかった。いつもにこにこと笑い、草花を愛で、ときどき冗談を口にするヤナギは空気のように寄り添うことを心得ていた。
 ほっとして、涙が零れた。
 信じてみようか。
 苦しいのは変わらない、なら、あきらめずに、もっとあがいてみよう。

 ヤナギは約束どおりユエのためにも、体に良いという薬草を採りにいったり、鍛錬を工夫する方法をあれこれと考えてくれた。
 薬草採りのときには、いつも誘ってくれた。
 まだ空気も冷たい朝一に立場と己の異能を使ってこっそりと会いに来ると、さぁさぁ、はやく支度をしてください、とユエを追い立てるのだ。
 千里眼と転移を持つヤナギはユエを、薬草の採れる山に連れていった。
 春は淡いピンクの花吹雪のなかを、夏は緑豊かななかを、秋は紅葉のなかを、冬は白道を。飽きもせずに、けれど一度もユエを置いていくこともなく、息が切れて立ち止まるたびにヤナギはユエが再び歩き出せるのを共に待った。
 ヤナギはいつもユエの横を歩いた。決して先に行って、待つなんてことはしなかった。どれだけ時間がかかっても、一緒に進んだ。
「あれの草は、ごまに和えるとおいしいのです。あの黄色い花はてんぷらですね」
 一瞬たりとも同じ顔をしない、美しく変わる山のなかでヤナギはユエに薬草について語った。とはいえいつも食べられるものばかりだったが。
「なんでもたべれるんだな」
「そうですね。野草をいっぱい採ったら、弟にも食べさせてやりましょう」
「ヤナギは料理もするのか」
「しますよ。もしもユエさまと二人で山のなかで迷っても、飢えさせたりはしません」
「そうか。なら頼もしいな。私も、もっと知識をつけねばな」
 己の足で歩いて、薬草をとって、食べたこともよかったのだろう。体はゆっくりと、じわじわと丈夫になっていった。
 もうどれだけ歩いても息切れはしない。熱を出すことも、咳もなくなった。
 相変わらず、折り合いの悪い長老たちからの標準水準は高く、あの手この手で潰しにかけられた。「継承」の話が消えたわけでもない。
 けれどユエは諦めなかった。前へと進むことを選び続けた。
そんな戦うなかでヤナギと山のなかを歩いて、薬草を探すときだけはユエは幼い子どもでいられた。
 笑って、驚いて、探して、怒って、悔しがって。
 過ぎていく季節が重なるだけ、ユエに生きる喜びを与えてくれた。

「そういえば、あいつとはどうしたら仲良くなれると思う?」
「弟のことですか?」
「うん。どうも、遠慮がちらしいんだ」
「そうですね」
「ヤナギ、ちゃんとナイフの使い方も教えてくれよ」
「わかっています、ユエさま」
 ヤナギがせっかくだとナイフ投げを伝授してくれた。
 ヤナギはユエが驚くほど的確にナイフを投げて、獲物をしとめる技術を持っていた。
はじめのころ、山歩きがなれずに立ち止まっていると、蛇が襲われたのだが、そのときはナイフを投げて助けてもらった。
 戦うだけではない。野草を採るといつもナイフできれいに調理もしてくれた。ユエはもともとの探究心旺盛さを発揮して戦う技も、野草の調理方法も一緒に学んだ。
「そうですね、あれは真面目なので、きっと緊張しているのですよ」
「そうなのか?」
「手を握って笑いかけてやったら、きっと喜びますよ」
「本当か? 前に親戚の子が花を渡してくれたのだ。よくわからないが、お礼を口にしたら真っ赤で熱でもあるのかと手をとったら逃げられた」
 ヤナギは爆笑した。
「それは、それは、ユエさまも罪な人だ」
「なんだ、ヤナギ!」
「いえいえ! ユエさま……ユエさまが死なない方法をようやくきちんと見つけました」
 ユエはぎくりとした。
 いくつもの書を漁って、ようやく見つけたたった一つの、絶対に回避できる方法。
 習得者のいない技術を手に入れればよいというのだ。
「よい術を一緒に見つけました。必ず、大きくなりましょう、一緒に」
「ヤナギ……ありがとう。その、よかったら、これを貰ってくれないか」
 差し出した小さな青い玉の手輪にヤナギは目を瞬かせた。
「お前を守るものだ。ヒイラギにもやろうと思うが、先にお前に」
 ヤナギは嬉しそうに笑った。
「弟には、よかったら、私とは色違いの、緑をやってください。きっと似合うから」

 ヤナギ、とユエは口のなかで呟いて目を開けた。
 夢を見ていた。
 とても愛しく、大切な夢を。
 今まで忘れていたのに。
 ちがう。

 結局、約束は果たされなかったから思い出さない道を選んだのだ。

 努力の結果、ユエは自分で生きる権利を掴んだ。
 しかし、ユエを継承という方法で始末できなくなったから長老たちは、暗殺を考え、まず傍に居るヤナギたちを狙ったのだろう。
 十二歳のときだ。
 ようやく男子の服をきれるようになって、父から剣をもらった日。
 嬉しくて、守り手兄弟に報告しようとしたときだ、胸のなかで何かがわれた。
 ヤナギに与えた護符の玉が壊れていたのに、彼の死を知った。
 弟はそれから兄のことを口にしなくなった。まるではじめからいなかったように。

 ユエはそっと瞳を開いて、いまを見る。
 俺が生きているのはヤナギ、お前がいてくれたからだ。

クリエイターコメント オファー、ありがとうございました。
 好きにしていいというのでいろいろと捏造してしまいました。

 ……ユエさん、なんて萌えな(以下略

 真面目な話をするとユエさんの強さは「愛されていた」という一点にあると思います。
 愛されていたから、どんな絶望的な状況も諦めず、信じて、前に進めるのだと。
 そしてユエさんはそうして受け取ったものを惜しみなく、周りに与えておいでですね。
 キサのときも自分の持つものを与え、諦めずに助けようとしてくれたのがその証です。

 逆にヒイラギさんはいろんなものを憎んでいるのだと思います。これは悪い意味ではなくて、生きるために諦め、憎んで、力に変えているのだという印象を受けています。
 だからユエさんのことが主というだけではなく、とても眩しく見えるんじゃないのでしょうか。

 そんなお二人にとってヤナギさんは絆の役割があるように思えます。(良くも悪くも)
 いつも名前ばかり拝見しているヤナギさん、書けてうれしかったです
公開日時2013-12-09(月) 21:10

 

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