かんかんかん。 かん、かん、かん。 七代・ヨソギ。その名に恥じないほどてかてか、つるつるの肌を持つ魚人の若き鍛冶師は、いつもはのほほんとした目を作業用の遮光ゴーグルでぎらんと守り、分厚い難燃性の前掛けを襲い掛かる獅子のような炎に焦がしながら一心不乱に赤からオレンジ色に染められた鉄を叩いていた。 「うおおおおちゃおおおおおおおおおおおおお!」 いつもならば、せいやぁとかほいゃーとかぱっぱらぱーとかとか気合いのはいった、けれどどこか憎めない声であるはずなのだが本日の声は一味違っていた。声一つだけで敵をぶん殴るほどの勢いと殺気じみたものをこめてひとふり、ひとふりに力がこめられている。 「うおおおおおおちゃあああああああああああ!」 かーん! ひとふりは魚人のため! 「ほいちゃあああああああああああああああ!」 かーん! ふたふりはハンターたる魚人のため! 「ひゃはあああああああああああああ!」 かーん! あの可愛い女の子にふりむいてもらうため!! デートしたいいいいいいいいいいいいいい! かかーかかーん! 「おーい、ヨソギ、そろそろ手を休めないか?」 背後からの声に鉄を打つことに夢中になっていたヨゾキは、はっと我に返った。いま、ものすごく妄想にかられていた。 鉄を打ち、炎を見つめているとだんだんと意識が高揚してトランス状態に陥るのだ。そうするともう心のなかには鉄を打つ本能と、日ごろは心の奥底に隠している煩悩と煩悩と煩悩しか浮かんでこないのだ。 いまは、ものすごく煩悩しか浮かんでなかった気がする。 「ボク、なんか、いま、すごく気持ちがこもっていたけど、なんか穢れた気持ちが! だめだ、だめだ! こんなのじゃあ! 炎が、ボクのそういう煩悩すら燃やして灰にしてくれたら!」 煩悩に汚れてしまった鉄は使えないのに、ヨソギはため息をつきながら炎のなかにくべた。そうして熱によってどろのように溶けたのをまた打ち直すのだ。大切な武器には作り手の煩悩をいれるなんて言語道断。 とくに、今回の武器は誰かのためではなくて、自分とターミナルではじめて出会って、鍛冶屋を構えるためにも尽力してくれたヴェルンドとの共同作業なのだから。 これで何度目かになる失敗。 けど、ヨソギは泣かない。だって、ここは神聖なる鉄と炎を混ぜ合わせる鍛冶場だもの。 いま、ヨソギがいるのはヴェルンドの鍛冶場の地下だ。 つい二月前のことだ。 いつものように遊びにきたヨソギにヴェルンドは微笑んで告げたのだ。 お前に、ターミナルの秘密を教えよう。 え、秘密ですか? ターミルにはそれでなくとも不思議なことが多い。たとえば青い空なのにときどき天候が変わったり、チェス盤みたいな地面、ときどきふらふらとしているはぐれセクタン、それの生みの親らしいチャイ=ブレからしてあれは巨大な芋虫なのか、それとも蚕なのか、てか、その背中の木はなに! セクタンって実なの! とかとか、いろいろと好奇心をくすぐられる。しかし、そうして好奇心から覗けば深淵は常に自分の身をさらなる深みへと引きずっていく。壱番世界のことわざにはある。――好奇心は魚すら殺す。あれ、猫だっけ、まぁいいや。 殺さないためには慎重にならなくてはいけない。 もうすでに尻尾を喪って魚といわれると微妙だけども、それでもこれ以上失うとしたら三枚におろされて夕飯のおいしい煮魚にされる可能性がある。ちがうんです、ボクは焼き魚にしたほうがおいしいんです! あと大根おろし! などなどというつっこみをしながら、ヨソギは「ターミナルの鍛冶師たちに代々伝わる秘密の場所だ」という言葉に負けてしまった。 鍛冶師のはしくれとしてこの秘密を知らないままではいたくなかった。 そして見た。 床をあけて地下へと降りていく。 こんなところがあったのかと瞠目していると、さらに驚いた。広い、広い、室内。 歴代の鍛冶師たちが残しただろう大きな窯。打ち石。 「こ、これは」 「そうだ。これは、対チャイ=ブレ専用の武器を作るために鍛冶師たちがターミナルの地面を削り、堀返し、作り上げた秘密の工房。もし、やつが目覚め、戦うことになったらここで武器を作り、仲間たちを支援するんだ」 「そんなところが!」 ヨソギは驚いた。 「そうだ。いつ、戦うことになるかわからない。以前、世界旅団との戦いのときをみただろう? 武器とは人を守り、少しでも生かす可能性とするもの。もしものときのためにも常に武器を作り、戦いに備えるんだ!」 「は、はい」 「俺たちは常に探していた。もしものとき、信頼できる本物の仲間を」 「本物の仲間」 その言葉がヨソギの胸に広がり、しみこんでいく。 ヴェルンドは重々しく頷いた。その黒い瞳に信頼と優しさがあるのを感じ取った。 「お前を信頼してここを見せた。お前も今日から俺たちの仲間だ」 「ヴェルンドさん!」 ヨソギとヴェルンドはかたく抱きしめあった。 そうだ。いつかのときのためにもボクたちの戦いははじまったばかり、だと。 しかし。 チャイ=ブレのような敵と戦うとしたらどんなものがいいだろうか。それはターミナルの鍛冶師秘密結社、略してかじひみのメンバーの永遠の悩みであった。剣ではやつの肉を斬れるのか? そもそもあんなぷるんぷるんの身が? 跳ね返されるし、前線に戦う仲間の危険ではないのか? しかし、弓ではあたってもやっぱりぷるんと弾かれてしまうのではないのか。 つまりである。 どんな武器を作ることがいいのか。 巨大武器を作るためのに鍛冶場は広くしてある、そのための燃料も、鉄も、 しかし、肝心の武器の構成がないのだ。 ヨソギは思い出した。 自分たちの祖の伝承。 どうしてそれを思い出したのか。考えてしまったのか。夢物語としてちらりと聞いただけでずっとずっと忘れていたはずなのに。 思い出した! ボクが作りたかった武器の姿! ヨソギは迷える鍛冶師たちを見つめ、自慢の尻尾をひらりとふると、テーブルの上にふらふらとのり、朗々と語りだした。 自分の世界の伝説を。 そのとき、ヨソギは何かに導かれていた。鉄と炎、そしていつかの未来のために。 その昔、世界は竜の神によって支配されていた。 竜の神は、とある魚人族に知識を授け、その見返りに生贄を求めた。 魚人族は竜の神を崇拝し、授かった知識によって繁栄していった。 しかしある時、魚人族は竜の神の支配に疑問を持ち始めた。 繁栄は疑問を、 大切なものを守るために大切なものを喪うという矛盾 『自分達は神様に技術と知識を授かり護る力を手に入れた。どんな海獣にだって負ける事はない。愛する人を助けられる。 だけど。それでも今も、神様に生贄を捧げた家族は悲しんでいる。神様の下にいる限り本当の幸せは訪れないのではないか?』 問いは悲しみを終わらせるための一歩 知恵を持つゆえに己の神の持つ欺瞞に気がついてしまった 魚人族は竜の神へ支配からの開放を求め、使者を送る。しかし、その求めは使者の殺害という形で拒否された。 悲劇、悲劇、悲劇。 もう耐えられなかった。ゆえに 魚人族達は、竜の神へ戦いを挑む事を決断する。 普段は仲の悪い3人の賢者が力を合わせて支配者を倒す武器を作り上げようとした。 それは血で血を洗う行為。 はじめに持った疑問から進みだし、大切なものを再び己の手で失うことになる選択。ああ、それでも、これ以上は耐えきれないと 悲しみを勇気に変えて魚人の賢者たちは己の心の強さから生み出した 生み出されたのは光のバリスタ。 てこを用いて、弦をひく巨大武器。大きさは魚人の数倍の大きさ。鉄によって作られ、何万という魚人たちの力によって機械を作動させてたった一つの希望の光となって竜を討つ武器である。 数多のルーン文字。魔術師の願い。 数多の鉄と鋼。鍛冶師たちの技。 数多の機械仕掛け。機械技師の頭脳。 あとは動かすために立ち上がった魚人たち。 なにもかも揃った。あともう少しだった。 「けれど、それはあと一歩というところで竜の神に気がつかれて、バリスタともども滅ぼされてしまったんです」 神は力を使い果たして長い眠りへと落ちいったという。 それは驕りと進むべき道を持つ者の歴史の物語。 ヨソギはその物語を聞いたとき、どうして仲良くできないんだろうと思った。けど、いまならわかる。進むためにもどうしても戦わなくちゃいけない敵がいる。もしかしたら武器を作ることは驕りなのかもしれない。けど、鍛冶師である自分はその気持ちを我慢できない。 だから。 「作りましょう! チャイ=ブレを倒すんです」 ヨソギのきらきらとした言葉に鍛冶師たちは俄然やる気となった。 それから失敗につぐ失敗。 けれどちょっとづつ進んでいった。設計図を書いては破り書いては破り昼のごはんは抜いて夜に二回くらい食べて。職人同士のぶつかりあいをして――なぜか土手で殴り合いをしり、雨の中で固く抱きしめあったりして友情を深めていったりとかとか。 そうしてようやく作り上げた。 ターミナルの空がどんな色をしていたのかだってわすれるくらいの時間が経った。 けれど作り上げられた。 「わぁ……!」 ヨソギは子どものような声をあげた。 その横には満足そうなヴェルンドが微笑んでいる。 「ボク、これを作ることが夢だったんだって、ここを教えられて気がついたんです。それを大切なヴェルンドさんと作れて、ボク、ボク……!」 「ヨソギ、しかし、これはまだ試作品だ。試してみないとな」 「はい!」 そこで気がついた。 「これって、どうやって外にだんですか」 間。 「あ」 ヴェルンドの間の抜けた声。 ヨソギはショックで硬直していると、がしゃんと壁が何者かによって叩き壊れた。あ、あれは! 紫のぷるんとした手。あれは、あれは、 「いけない! チャイに気がつかれた、逃げるんだ。ヨソギ」 「だめです。ヴェルンドさんを置いていくなんて……ああ!」 やつが、やつがきた そうか、祖の魚人たちと同じ轍を自分は踏むのか だったらせめて 「ボクがやつを討つ!」 ヨソギはぽてぽてと走って武器に手を伸ばす。勝つんだ。やつに――― ぱちり。 ヨソギは目を開けた。 「あれ、あれれ?」 そこはヨソギのベッドだった。パジャマをしっかりときていて、空を見るとターミナルの青空がある。 「夢?」 なんだか壮絶ですごい冒険をしたような 「うーん、なんだったんだろう、あいて」 ヨソギの頭に転がり落ちたのは小さな小さなバリスタの模型であった。 「あー、昨日、試しに作ったみたんだっけ。ふふ。あ、ヴェルンドさんのところに今日は遊びに行くんだった」 夢のことはころりと忘れてヨソギは今日も元気に尻尾をふりふりして飛び出していく。
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