緊急事態、と司書の黒猫にゃんこがロストナンバーたちを呼び出した。「今すぐに、イゾルテにいってほしいにゃあ」 現在は本体であるくろねこの姿で、焦るようにチケットを差し出した。「このままだと、二時のザルドで……覚醒した人が殺されちゃうの」「どういうことだ。にゃんこ」 この場にイゾルテの関係者として呼ばれた水薙・S・コウは顔を険しくして問い返す。「ザルドに覚醒した人がいっちゃったの。けど、その人は……運悪く、女の人だったの」 現在、世界を創りし女神が十二時に閉じこもり、イゾルテには女性はいない。かわりに左胸に時計を抱く男たちと、彼らに作られたアンドロイドが存在している。 そんななかに本来存在しない女性、言葉もわからず、見た目も自分たちと異なる者が現れたとなれば都市一つが混乱するほどの大ごとだと察することは容易い。「よりにもよって、二時のザルドに」 水薙は舌打ちした。「あそこはイゾルテ教のあるところだぞ! あの狂信教ども、なにをする……まさか」「そのまさかなの」 ハッとして口を閉ざす水薙ににゃんこは憂鬱げに俯いて告げた。「ザルドは、彼女を……リディアと呼んで死刑するつもりなの」 覚醒者の名前はハナユリ。 腰くらいの長い黒髪、黄色の肌、黒い瞳――見た目だけいえば壱番世界の日本人に酷似している。服装は白いワンピース。能力から毒吐き姫の異名を持つ。悪罵を吐き出すことで相手の精神に激しい苦痛を与え、操ることが出来るのだ。 覚醒して世界がわからない彼女は混乱したままその力を駆使して二時の人間を数人、気絶させてしまった。結果、捕えられ、現在は二時の中枢部とされるザルド本部の地下に猿轡を噛まされている。「にゃんこの予言では、このあとちょうど、昼の時刻に、彼女は処刑台に送られ、喉を潰されて殺されてしまうことになってるの。 二時の人たちは彼女をリディアだと罵り、この女を殺せば、イゾルテの罰が解かれて、十二時から出てきてくれるって」「そんなこと、そんなことあるはずがない!」 水薙が叫んだ。「リディアがイゾルテを壊したなんて……イゾルテが壊れた原因が」「水薙?」 にゃんこが怪訝な顔をして見つめると水薙は険しい顔で俯き首を横に振った。「いや、なんでもない。そういえば、イゾルテが壊れた原因は不明なんだよな」「そう。うーん、にゃんこはイゾルテの世界を担当して、いろいろと調べたけど、この世界がこういう状態に陥ったのは「あるときを境に」で、直接の原因はよくわからないの。この世界のひとたちもみんな原因がわからないみたいで、だから今回のザルドの行動はある意味では彼らにとってイゾルテを助けられる可能性があるかもしれない、と思ってのことなの」 だからといって覚醒したハナユリという少女はリディアではない。 みすみす殺されるのを見ているわけにはいかない。「そのある時を境にって」「さぁ、それはよくわからないけど、なにか、イゾルテにあったんじゃないのかなぁ。それからこの世界はこうなったぽいから」「イゾルテになにか……なにか……まさか、な」 水薙は不安そうな顔で、小さな声で言葉を紡ぐ。 世界を創りだした破滅の女神であるイゾルテ、その姉である女神リディア。 今までの調査の結果、イゾルテが本来は己の分ではない、世界を創りだすという大罪を犯したため、リディアに罰としてなにかをされた――その何かは不明であるが、その罰が解かれることをイゾルテと世界の住人たちは祈っている。 世界から女神が消えたあと、二時のザルトはイゾルテ教を立ち上げ、イゾルテの神話を各コミュニティから集め研究し、彼女のために何が出来るかということを探究している。 それだけ聞けば、イゾルテに陶酔している男たちの集団に過ぎないが、このザルトが恐ろしいのは「イゾルテのためならばどんな手段を択ばない」狂教ということだ。 その激しい気質からいくつものコミュニティと対立、戦争を繰り返し、他の都市のように気軽に入れないようにかなり厳しい監視体制が敷かれている。 水薙自身も知ることは少ないという。「この都市を支配しているのは司教アヒム・D・九花、名前から察するように、こいつも異能者だ。ただし、能力そのものは不明、俺は知らないが規格外的に強いとキルガが口にしていたのを聞いたことがある」「むむっ。今回は二時のコミュニティにこっそりと侵入して、保護を優先に動いてほしいの。下手に見つかったらみんな捕まって大変なことになっちゃうの。わかった? 隠密行動だよ! 保護優先、自分たちがちゃんと戻れること優先! みんなが二時についたときからきっかり一時間後に処刑は開始されるから、時間との勝負だよ!」 にゃんこがこの場に集まったロストナンバーたちに念を押す。 ★ 磨かれた白の道を、白い司祭服に身を包んだ男性が歩いていた。月色の長い髪を一つに束ねた彼は廊下の角を曲がると階段を降り、表舞台から一転して暗い石作りの牢のなかにいる罪人を見つめた。 冷やかなサファイア色の瞳が酷薄な光に輝く。 牢のなかにいる白いワンピース姿の女は猿轡を噛まされ、石の上に転がされて怯えた顔をしていた。その肉体はいくつもの打撲によってひどい有様だ。「リディアさま、一つだけお伺いしたいのです。あなたはどうして我らがイゾルテに罰をくだされたのですか?」 猿轡ごしに、うーうーと女は言い返す。「罰はいずれ許されると我らは信じておりました。ええ、イゾルテのためにも。けれど、あなたはその上でイゾルテを壊してしまった。 なぜイゾルテが壊れたのか、我々にはわからないのです。ですが、彼女がさまざまなものを奪いとったあと、残ったのは激しい渇望でございました。 私はどうしてもイゾルテ、あの方を救いたいのです。あの方が壊れた理由はわかりません。けれどあなたがこの地に現れたのはあなたこそがイゾルテを壊した原因ではないのですか? 罰だけでは飽き足らず、あの方を、壊してしまい……リディアは終焉の女神、何度でも世界を終わらせ、新たに生み出すと、ならイゾルテもそうするおつもりなのですか……私は、イゾルテが復活するためならば喜んで、神殺しもしてみましょう」 うーうーうー。女は叫ぶ。そんなものは知らないといいたげに。しかし、それはどっちにしろ通じることはないだろう。「アヒムさま、そろそろ、信者たちがあなたのお言葉をちょうだいしたいと、処刑の用意もあります」 紺色の衣服に身をつつんだ男が口にするとアヒム穏やかに笑って頷いた。「では、私も彼らとともに祈りましょう。イゾルテのために。あなたの部下から異能者と武術で腕の立つ者をここに置いてください。お願いしますね、キアラ」「了解しました。風使いのキクリと剣術にバガルを警備にあてます」 キアラと呼ばれた男の背後からマント姿の少年と剣を持った初老の男が現れる。「ふふ、頼もしい限りです。本来ならば私がイゾルテのために率先して戦うべきですが、司祭としての役目もあります。ですからこの大役を任せます。あなたたちにイゾルテの祝福があるように」 アヒムが美しく微笑みに少年も初老の男も身をかたくし、頭をさげる。その瞳には恍惚の光が宿る。「イゾルテのため、彼女を救うために命を賭けて、戦いなさい。これは試練なのです。それを乗り越えてこそ、イゾルテはあなたたちを愛するでしょう」 アヒルはそれだけ口にすると再び光の回廊へとキアラを連れて歩き出した。
「男だけしかいない世界だなんて、随分と寂しい世界があったものねぇ。やっぱり子作りとかも男同士でやるのかしら? うふふ」 ロストレイル内で白薔薇をそのまま人にしたような幸せの魔女が金色の瞳を細めて笑うと、目の前に座っていた水薙がぎろりと睨んできた。 「あらあら、怖いわねぇ」 白い手で唇を抑えて肩を軽く竦めるのは悪戯好きな猫を彷彿とさせ、憎めなさがある。 「ねぇ、そう思わない、楽園さん」 「貴女が怒らせてるせいでしょ? 自分で燃やした火なら自分で消してちょうだい」 幸せの魔女とは対照的な黒いドレス姿に、腕には大切そうにセクタンの毒姫を抱えた東野楽園が冷やかに言い返す。こちらはどこかつれない猫を思わせる少女だ。 「ふふ、水薙さんったらそんなに怒らないでちょうだい。お仕事はちゃあんとやるわよ、ねぇ、楽園さんと私が一緒ですもの」 「……」 じとっと楽園は幸せの魔女を睨みつける。 「お前ら知り合いか?」 「ちが」 「そうよ。少し前のクリスマス、楽園さんがぜひ私を食べてっていうのに、私がいただきますって、やだ、食べちゃったのよね」 「あ、あなた、何年前のイベントのネタを口にしているのよ!」 「うふふふ、私はちゃあんと覚えてるわよ」 楽園が真っ赤になってきっと水薙を見た。 「変な誤解、しないでちょうだい」 「……お前、ちょっと変わったな」 水薙がぽつりと呟くのに楽園は月色の瞳を瞠った。 「ナラゴニアで会ったころと少し違う」 楽園は口を噤んだ。水薙は元世界樹旅団の一員で、楽園は一時とはいえクランチの元にいたことがある。 戦争後にターミナルに帰還したが楽園は今までであまり元旅団の者と接することはなかった。 「……変かしら?」 「いや、今のほうが前よりいい女だと思う」 「そんな安っぽい言葉じゃ女はなびかないわよ。それに、女性は常に変わるものだって知っておくべきね」 楽園のつんと澄ました言い回しに水薙は小さく笑った。 くすくすと横にいる幸せの魔女が笑うのに楽園はちらりと視線を向けた。彼女が唐突もないことを口にしたおかげでぴりぴりしていた水薙の雰囲気は和らいだし、楽園も、ナラゴニアにいたときのことをそれほど強く意識せずに済んだ。 わざと、と思ったが幸せの魔女は小首を傾げて笑うだけだ。 がたんと大きく音がするとアナウンスが流れ、もうすぐイゾルテにつくことを告げるのにふいに手が伸ばされた。そこにはちょこんと三人分の耳栓が乗っている。 今まで窓から外を吉備サクラだ。 ぼんやりと外を眺めていたが、アナウンスを合図に覚醒したようにきびきびと動き出した。 『これはハナユリさんの声対策です』 まだ声が出ないサクラはスケッチブックを使用して、みなと会話をする。 「ありがとう」 幸せの魔女は耳栓を受け取ると微笑んだ。 「思ったけど、私たちっていいパーティだと思うの。サクラさんは幻覚が使えるでしょ? だったら気がつかれないように出来ると思うし、楽園さんのセクタンを使えば広範囲が探索できる。私の幸せを魔法でハナユリさんもちょちょいのちょいって見つけれるはずよ」 あ、それと、と思い出したように幸せの魔女は水薙を見た。 「水薙さんは唯一の男性だもの、盾になり、槍になってもらわなくっちゃ」 「おい」 「いやだとは言わないわよね? 唯一の男性さん、こんなかよわない女性三人のナイトになれるんですもの」 にっこりと幸せの魔女が笑うのに水薙は胡乱げな視線を向ける。と、幸せの魔女の右足ががっつんと水薙の足の先を踏みつけた。 「いっっ」 「あらあら、水薙さんったら水虫かしら? どうかしら? 楽園さん、協力してくれるわよね?」 「構わないわよ。けど、いつハナユリさんを保護するの?」 「あら、そんなの牢にいるうちでいいんじゃないの? だって移動中なんて面倒じゃない?」 幸せの魔女の提案にサクラが素早くスケッチブックを書いて差しだした。 『私が幻覚でみなさんの姿を隠します。考えたんですが襲撃は移動中で良いのでは? もちろん、みなさんの作戦があるなら、それに従います』 「意見が別れちゃったわね。私は別に作戦があるわけじゃないのよ? ただ面倒事は嫌いなの。どっちがいいかしら?」 「ひとつ先に言っておくけど、毒姫でハナユリさんのいる場所を探すとしたら、少し時間がかかると思うわ。セクタンの飛行スピードはそれほどに速くないもの」 楽園が腕のなかにいる毒姫を見下ろす。きょとんとした毒姫は円らな瞳で楽園を優しく見つめかえした。 都市一つを探索するのは毒姫一匹では大変だろうし、時間がかかるだろう。 「闇雲に探すのは面倒よねぇ。二度手間、三度手間はいやだし、それなら、はじめに探索に力をいれて、サクラさんの言ったように移動のところを襲うのでいいかしら」 幸せの魔女が意見をまとめると楽園もサクラも反論はなく、頷いた。 ロストレイルから降りると幸せの魔女は肺いっぱいに空気を吸い込み、うんざりした顔をした。 「やぁね、肺が腐っちゃう匂いがするわ、ここ」 「おい、幸せの魔女、仕事」 「ああ、はいはい、水薙さん、せっかちな男は嫌われるわよ。えーとね、あっちよ」 やる気があるんだかないんだかわからない、適当そうに告げる言葉に水薙と楽園は本当に信用してもいいのかという視線を向ける。 「やぁね。私は幸せの魔女よ? 手抜きしているようで、ちゃあんと働いてるんだから! さぁ楽園さん次はお願いね」 「わかったわ」 楽園が毒姫を空へと放ち、共通した目から都市の探索を開始する。その待ち時間も少しも無駄にしないためサクラはスケッチブックに書き込んで作戦を立てはじめる。 『襲撃する際ですが、姿を消したままにするのと右50cm横に全く同じ姿・動きをする幻覚を出現させるのとどちらを望まれます? 望んだ方で対応します』 「姿を消したままでいいだろう」 水薙が少しだけ考えて応えた。 「相手もいまいちわからないしな」 『水薙さんはハナユリさんの解放と護衛をお願いできますか?』 「構わないが水が」 サクラが用意してあったペットボトルを取り出した。 『これで檻を切断してください』 「……切断はちょっと難しいと思うぞ。俺の能力は所詮は水だからな」 ペットボトルを受け取った水薙は難しい顔をした。 「そうだわ、私も護衛をやるわ」 幸せの魔女が楽しそうに笑う。 「面倒は嫌いだけど、面白いことは好きよ」 『私と楽園さんがハナユリさんを助けるんですね。ハナユリさんが誰かに直接触られていないなら、ハナユリさんを幻覚で隠し戦場中に出現させます。その方が神らしく混乱して襲撃しやすいかと思います』 「やめておけ。一度隠したあと再び出現させて混乱させてもろくな結果にならない可能性がある。戦場で一番怖いのは恐怖に混乱した奴らだ。もし、本当に女神だと思っているなら、そんなことしたらなんとしても殺そうとするはずだ」 水薙は険しい顔で告げたあと楽園をちらりと見た。彼女は探索した結果をノートにさらさらと描いて簡単だが地図を作っていく。最悪の場合に陥った際の逃亡ルート確保のためにもどんなささいな道も把握しておきたいからだ。 五分後、楽園が 「あれじゃないかしら?」 と目で見た鋭い針のような透明な建物のことを告げたのに幸せの魔女が胸を張って 「そこよ、私の第六感の幸せが告げているわ。そこへと行けと!」 幸せの魔女は自信たっぷりな笑顔で歩き出すのに三人はあとに続いた。 この世界が嫌いだ この世界を作った神が嫌いだ この世界を滅ぼそうと手ぐすね引いて待ち構えているとしか思えない神々が嫌いだ 信奉する人たちが哀れにすら思える でも神に作られた彼らはそんなこと思いもしないのだろう 口に出す気もわざわざそう表明する気も今更ない ただ私はこの世界がより反吐が出そうな世界になるのか口に出さずに眺めているだけ だって思う事なら自由なんでしょう 貴方のような神が大嫌いだと――吉備サクラは空き時間、ぼんやりと灰色の空を見ていたのに幸せの魔女に肩を叩かれて思考の海から現実に戻った。 「どうしたの、サクラさん」 『すいません、ぼんやりしてました。それじゃあ、行きます。では、手筈通りにお願いします』 『それじゃあ、行きます。では、手筈通りにお願いします』 サクラはスケッチブックに書き込んで仲間たちに見せたあと幻覚を発動させる。 探索にかかったタイムロス、それを計算にいれて毒姫で見つめた小道に隠れての待ち伏せ作戦を決行した。 全員がハナユリ対策として耳栓を着用、連絡についてはノートでとるということになっている。手筈通りにいけば何一つ迷うことはなく、すべて迅速に終わるはずだ。 毒姫が空から、楽園は仲間たちと隠れる小道からハナユリが運ばれてくる輸送車が道路を通るのを待つ。 まだ昼間であるが路地に人の姿はない。今の時刻はイゾルテを信仰する者たちは司教の言葉をちょうだいし、更に本日は女神リディアを処刑する広場に移動していたのだ。 障害物となる人間がいないのは幸運といってもいい。または、それは幸せの魔女から零れた幸せなのかもしれないが。 水薙が、楽園の横につく。 「来たわ」 楽園が鋭く声をあげると、黒いジープらしい車が走っている。しかし、それがただのジープではないのはボディがすべて鉄で守られていることからもあきらかだ。 水薙が真っ先に飛び出し、透明な水を溜めこんだ片手を大きく振り上げる。 水の塊が輸送車の硝子を叩きつけるが特殊硝子、その上特殊鉄のため水程度では車はびくともしないが、運転者が驚いてハンドルを誤り、大きくカーブして道路の中央で止まった。 水薙は轢かれないようにぎりぎりのところで避け、もう一度水を放とうとしたとき助手席から老人が飛び出してきた。 「キクリ! 姿がみえん、援護しろ!」 その声に風が唸りあげて、護送車を包んだ。 小さな人工的に作られた風の壁に輸送車を守る。マントをつけた幼い少年が空中を浮遊して輸送車の上にふわりと着地する。 「風使い!」 水薙が声をあげるが、耳栓をしているため誰かに聞けることはなかった。 幸せの魔女が剣を抜き、切りかかる。相手に自分の姿が見えないことが卑怯などこの際お構いなしだ。 「バルカさん、右からきます」 キクリが叫ぶとバルカが剣を抜いて幸せの魔女の突き技を封じ、さらに弾いてきた。 「やばい」 水薙はすぐさまに耳栓を抜いて捨てると幸せの魔女に目配せした。幸せの魔女もここで聴覚を奪われたままでは危険と判断して耳栓を捨てた。 「あの風使い、空気の振動を使ってこっちの位置を理解してやがる! 姿を消しても無意味だ!」 「あら、なかなかやるじゃないの。馬鹿にしたものでもないのね。あのバルカという人は私が引き受けるわ」 「わかった。サクラに連絡して俺たちの幻覚は切ってもらうぞ」 「そうね、私らしく行くわ」 素早くノートで水薙と幸せの魔女はサクラに幻覚の停止を頼み、その姿をあらわにした。 「私も剣術にはそれなりに自信があるわ。貴方と1対1での決闘を申し込みたいのだけれど、宜しいかしら? ……うふふ、そういうのがね、好きなのよ」 幸せの剣を見せて魔女がにこりと笑うとバルカは黙って腰を落とした。それが戦場で最低限の礼儀として一対一の戦いを応じると答えている。 白いドレスをひらめかせて魔女は笑う。 「嬉しいわ。さぁ、この幸せの魔女を楽しませてちょうだいな」 一方水薙とキクリの戦いは激しい能力のぶつかりあいとなった。 水薙の水に対してキクリが風で応じ、二つの力は衝突し、散り、距離をとる。 しかし、技の点を言えば優れているのは水薙であった。水が空中で跳ね、飛ぶのにキクリが自分の身を守るのに輸送車の台風を弱めた。 それが狙いであった。 風が弱まったのに楽園とサクラは輸送車に接近する。楽園は自慢の鋏を取り出すと自分の身長ほど大きくして両手に持つと大きく開いて、がちょんと音をたてて鉄のドアを切り開くのにサクラがなかに入った。 猿轡をかまされたハナユリにサクラは近づくと封じを解くとチケットを握らせようとした。説得は落ち着いたところで他の人に任せようとサクラは考えていたのだ。 その考えは甘かった。 たびかさなる暴力と激しい破壊の音がハナユリの精神は限界を迎えていた。 彼女は激しい怒りと恐怖から毒を解き放つ。 「しんでしまえええええええええええええええええ!」 その毒は輸送車いっぱいに響き渡った。 幸運だったのは輸送車がハナユリの能力を考慮し、音を遮断する作りで毒を聞いたのは間近にいたサクラと脱出ルートにいる楽園だけだった。二人は耳栓をしていたので幸いにも害はなく、平気であったがそれはハナユリにとってはますます恐怖だった。 「い、いゃああああああああああああああああああああ!」 ハナユリはさらに暴れてチケットを落とし、サクラはそれを押し付けようと、押し問答に楽園が苛立って叫んだ。 「なにをしているの? 死にたくないなら立ちなさい! あなたを助けにきたの。そこにいる子は喉をいためているの。死にたくないなら走りなさい。私たちがここまできたのよ」 ハナユリは胡乱な目で黙ったあとサクラが差しだしてチケットを一瞥したあと、握りしめた。 悩んでいる暇はないと思ったらしいハナユリがサクラに伴われてよろよろと穴から出ていくのに楽園は、はっとした。 頭上に一本の殺気に濡れた刃のようなキクリがいた。 見えないはずでも、空気の振動から場所がばれている。 にっとキクリが笑った。 鋭い風の爪が無数に落ちてくる。 サクラはハナユリを庇う。 楽園もまた動けず、目を閉じていると、何かがかぶさってきた。 「……水薙!」 水薙が楽園を庇っていた。身に着けているコートが己の代わりにずたずたに引き裂かれたのに脱ぎ棄てて水薙はシャツとズボンの姿でじりじりと後ろに下がる。 サクラは幸いにもセクタンをデフォタンにしていたので攻撃はすべてゆりりんに肩代わりしてもらい、ハナユリにすぐさまに幻覚を使う。 「なぜその女神を庇う!」 キクリが怒声をあげる。 「その女神のせいでイゾルテは、イゾルテは壊れたんだぞ」 「違う!」 水薙は叫んだ。 「なぜ言い切れる」 憎悪に満ちたキクリの問いに水薙は口ごもって俯いた。 「キクリ!」 バカルが助けを求める。 彼は退治する幸せの魔女の執拗なずるがしこい小技に距離をとっていた。一対一だというのにダーツを投げたりして自分への接近を牽制していたのだ。 「あらやぁね。私の決闘はまず相手の両手両足を使い物にならなくしてからよ。だからまだ始まってすらいないのよ。ふふ、ずるいですって? 魔女にとってそれって褒め言葉よ!」 幸せの魔女は一瞬の隙をついてバルカの懐に近づくと事前に用意していたババロネの粉末を巻き散らして視界を奪うとバルカの股間を蹴り、さらにくるりと舞って回し蹴りをして地面に叩き付けた。 「私は幸せの魔女! さぁ、幸せはここにはないわ。行きましょう!」 サクラはハナユリの手をとって走り出す。水薙も楽園の手をとり、急いでこの場から逃げはじめる。 「殺す!」 キクリが空中を飛び襲い掛かるのに幸せの魔女がさっと足を止め、一本だけ残っていたダーツの矢を投げた。 「私の幸せを邪魔する者は何人たりもと許さない!」 幸せの魔法がかかったダーツはキクリの左肩を貫き、地面に落下させる。幸せの魔女は髪をなびかせて、再び走り出そうとして何か不幸が迫っているのを感じた。 「遅いと思えば、このような試練があったのですね」 穏やかな声が、その場に時間を止めたような静寂を落とした。 サクラはハナユリの手をとって、銀の司祭服を身に着けた青年を見た。逃げるためには、どうしても彼の横を過ぎる必要がある。 「アヒム司祭さま! こいつらは姿を消しています!」 地面に倒れたキクリが叫ぶのに幸せの魔女はすぐさまに剣の鞘で叩いて気絶させる。 「ほぉ、それは、困りましたね。まさか我らが女神への愛がこのように妨害されるとは、さすがに見えないものと対峙するならば手段を選んではいられませんね」 ヒアムは微笑むのに幸せの魔女は不幸の臭いをかぎ取った。 先手必勝とばかりに幸せの魔女は飛び出し、幸せの剣ともう一本のスカートのなかに隠してある短剣を取り出して二刀流で切りかかる。 ヒアムはそれを避けることはなかった。ただし、あたることもなかった。 確かに幸せの魔女の剣はヒアムを切ったはずだった。しかし、それはなぜかヒアムは一切の攻撃を受けず、かわりに幸せの魔女の腹が薄らと斬れ、血が流れる。 「あああ!」 白い花びらのドレスは無残に斬り裂かれ、血があふれ出す。楽園が慌てて幸せの魔女を抱きかかえ、水薙に渡すとギアを取り出した。 「その首、ちょんぎっておしまい!」 猛然と、仲間を傷つけられた怒りを刃として楽園は真っ直ぐに鋏を差し向ける。 だが、それもまたヒアムを傷つけることはなかった。かわりに楽園の首の皮が切れ、理由のわからない痛みに声をなくして立ち尽くす楽園の腕をヒアムが握りしめた。 「私はイゾルテから祝福ゆえ、何にも傷つけられることはなく、また命も容易く奪えるんです」 楽園がぞっと背筋に恐怖を覚えたとき、間に入ったのは水薙の水だった。 「やめろ!」 「あなたは……この世界の者がどうして、この女たちの助けをするのです? イゾルテが壊れてしまい、私たちがどれほどに嘆いたことか。彼女を取り戻すための戦いなのですよ」 「イゾルテが壊れた理由は、こいつらじゃない!」 水薙が怒鳴った。 「なぜそう断言できるのですか」 「イゾルテが壊れたときに俺は居合わせたからだ! ……違うな、俺がイゾルテを壊した」 血を吐くような告白だった。 「俺が、イゾルテを壊した原因だからだ……たぶん。あのとき、あのあと俺は覚醒して、だから知らなかった。こんなふうに世界が壊れていることも、イゾルテのことも、こいつらは関係ない、もし必要なら俺だけ捕えろ! 罰しろ!」 「……興味深い、そのお聞きしましょうか」 ヒアムが微笑むと楽園を投げ捨てて、水薙の手をとった。その次の瞬間水薙は肉体から大量の血を流して倒れた。 「この能力は扱いが多少難しいのですが、手加減はましたから、死なないでくださいね? 逃げられては困りますから、ちょっと弱っていただいただけですよ」 「おま、おまえ……そうか、わかった。お前の能力は、力の向き変え、か!」 水薙が驚愕に顔を歪めるのにヒアムは微笑んだ。 「大正解です。私はすべての運動量、熱量そういった力の向きを好きに変えれるんですよ」 ヒアムはもう水薙以外には興味がないらしく薄らと冷たい瞳で四人の少女たちを見た。 「あなたたちは見逃してさしあげましょう。さぁ、御逃げなさいな」 慈愛深くも残忍な言葉に彼女たちが動けないのに水薙が叫んだ。 「逃げろ、早く!」 水薙が自分の血を操り、ヒアムの体を拘束にかかる。それとて一瞬だけ気を逸らすぐらいの効果しかない。それでもその隙をついてサクラはハナユリを連れて駆け出していく。幸せの魔女は楽園の手をとってロストレイルに逃げていった。 攻撃したところで力の向きを変えるヒアムには無意味だった。水薙は息も絶え絶えに地面に転がる。 「イゾルテを壊したという話、ゆっくりと聞かせていただきましょうか、水薙」 水薙は血に濡れて虚ろな目で幸いにも仲間たちが無事に逃げたことを確認し、ゆっくりと意識を沈めていく。 イゾルテ、 ――私を否定しないで! ずっと胸にしまっていた大切な人の悲鳴を聞いた
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