オープニング

 ひっそりと、その催しは図書館ホールの隅に貼られた一枚のチラシだけで告知された。
 ――館長公邸・オープンガーデンのおしらせ。
 オープンガーデンとは、個人宅の庭を一般に開放し、訪れた人が庭の花樹を愛で、家人のもてなしを受けることでと交流を愉しむというもの。英国では古くからある習慣だ。
 今はアリッサだけが暮らしている館長公邸は、七つもの庭園を持っている。うち二つは、つねに訪問者に開かれているが、あとの五つは平素は非公開。それが、このオープンガーデンの日だけは立ち入りが許されるというのだ。
「……でも、裏手にある『妖精の庭』だけは、今回も立入禁止なの。ごめんね」
 アリッサは言った。
「でも、あとは自由に見学してもらえるわ」
 今回見学できる4つの庭とは以下のとおりである。

・キッチンガーデン
菜園とハーブ園からなり、公邸の厨房でつかわれる野菜とハーブの一部はここで育てられている。頼めば、少しなら収穫物を分けてもらえるかもしれない。

・ローズガーデン
本来は特別な賓客にだけ公開されている薔薇園。多種多様な薔薇ばかりが植えられ、丹精こめて育てられているほか、温室もしつらえられている。

・ワイルドガーデン
イギリスの自然の風景を再現した庭。荒削りな、丘陵地帯を模した土地で野趣あふれる灌木や野草が観察できる。

・プライベートガーデン
公邸の中庭。典型的な英国風の庭で、規模は小さいが、あずまやや噴水などが目を楽しませてくれる。

「見学は数人ごとの班に分かれてもらって、キッチンガーデン、ローズガーデン、ワイルドガーデンを時間差で巡ってもらいます。最後に、プライベートガーデンで、お茶の時間にしましょう」
 紅茶とスコーン、サンドイッチなどが用意され、ちょっとしたガーデンパーティーを楽しめるという。
「どうしてオープンガーデンなんて思いついたの?」
 ロストナンバーのひとりが、アリッサに尋ねた。
 すると彼女は小首を傾げて、答える。
「ロバート卿から薦められたの。みんなが公邸の庭に興味を持ってるようだからって。素敵なアイデアだって思ったわ。とっても楽しいイベントになりそうだったし」


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 館長公邸の庭はどれも広く、その美しさを保つ為に多くの庭師がいる。庭師達は仕事柄、庭園から出てくる事が殆どない為、長い間0世界にいた人たちも初めて見る人がおおい。普段は閉じられている公邸の庭を一目見ようと庭園を訪れたきみたちに、一人の女性が声をかける。
「は、は、はじめまして。み、皆様の、ご案内をさせて、いただきます。ソーニャ・ヴェリンです」
 消え入りそうな声で言う彼女は大きな瞳にうっすらと涙を浮かべていた。ゆるいくせのかかった赤紫色の髪は足首まで届きそうに長く、ゆるーく三つ編みに纏められている。露出の多い服は装飾のついていないベリーダンスの様に見え、可愛らしい顔だちとは対照的な彼女の豊満な体を際立たせおり、胸元にはなぜか両手に抱えれられたアドがだらんと体を伸ばしていた。
『わるいなー。ソーニャ人見知りが激しくてよぉ。オレの事はぬいぐるみか何かだとおもってくれ』
 人見知りが激しいと聞き、君たちが改めてソーニャを見るとソーニャは大きな体をビクっと跳ねさせる。
 そう、大きいのだ。ふんわりと広がる長い髪や、装いのバランスを差し引いても、彼女の身長は大きい。ぱっと見積もっても二メートル近くある。
ソーニャはぱくぱくと口を動かし自分の顔を隠すようにアドを持ち上げる。
『なんだっけ、ドライアドだかドリュアスだか、本当の姿は巨木なんで人の姿とってもこれが限界らしい。ま、オレとソーニャは庭園で迷子にならないよう案内したり、最後のお茶会でお茶だすくらいだから、おまえらはゆっくりたのしめよー』
 どうやらこの世界司書はどうどうと仕事をサボれるのでこのままついてくるようだ。
「そ、そ、それでは、ご案内をさせせ、させて、いただきます」
 人見知りの激しい庭師に促され、きみたちは庭園へと足を踏み入れた。



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!注意!
シナリオ群『オープンガーデン』は、同一の時系列の出来事を扱っています。ひとりのキャラクターの、『オープンガーデン』シナリオへの複数エントリーはご遠慮下さい。
また、見学は小班に分かれて時間差で行われ、ガーデンパーティーは班ごとのテーブルになるため、『オープンガーデン』シナリオ間でのリンクはあまり気を使わないでお願いします。
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品目シナリオ 管理番号1757
クリエイター桐原 千尋(wcnu9722)
クリエイターコメント こんにちは、桐原です。
 庭園見学のお誘いにまいりました。
 プレイング日数は7日です。お気をつけください。

 OPにもありますように、この日だけ入れる庭園です。三つの庭を巡り、最後にプライベートガーデンでお茶会をしますので、プレイングではどの庭で何をするのか、なにをしたいのかをお書きください。
 どこか一つの庭だけをじっと見るのもいいですが、皆さん一緒に巡りますので、思い入れのある花や風景の庭園での事を多く書いて、ほかの庭についても書く事をおすすめします。
 最後に訪れるプライベートガーデンでのお茶会ではみなさんと同じテーブルにつきますので、こちらでどんな話をするか等もあると、助かります。

 庭園の案内役として庭師ソーニャとオマケのアドがいますので、何かございましたら、お声がけください。

それでは、いってらっしゃい。

参加者
宮ノ下 杏子(cfwm3880)コンダクター 女 18歳 司書補
ベルファルド・ロックテイラー(csvd2115)ツーリスト 男 20歳 無職(遊び人?)
ヴィヴァーシュ・ソレイユ(cndy5127)ツーリスト 男 27歳 精霊術師
ツリスガラ(ccyu3668)ツーリスト 女 26歳 旅人

ノベル

 公邸を取り囲む庭の一つ、キッチンガーデン。料理の素材を育てているこの庭は小さな畑というのが正しいのだろうが、一つ一つがレンガに囲われ生産性を取るよりも見目に気を配っているせいか、畑と呼ぶにはどこか躊躇われる美しさを持っていた。広々とした空間は青々とした葉の緑色と肥沃な土が大半を閉め、小ぶりの花がちらほらと咲いている。目を奪われるような大輪の花でもなく、気を取られるような芳香も無い。その慎ましやかな姿にヴィヴァーシュは家庭的なイメージを覚えた。
「ソーニャさん、これは?」
「は……はい、あの、ハーブの一種、でして……」
 杏子と案内役のソーニャが何ども交わす声を聞きながら、ヴィヴァーシュとツリスガラは無言で花を鑑賞する。じゃがいもやトマト、きゅうりといった見慣れた野菜やハーブであっても杏子はソーニャを振り返り一つ一つ種類や料理法などを聞き、ソーニャもまた、言葉を詰まらせながらも答えを返す。話し方から察するに、杏子はここに植えられている野菜やハーブをよく知っているようだが、人見知りの激しいソーニャとの距離を縮めようとしているらしく、杏子は何度もソーニャの名を呼び、声をかけ続ける。
 会話に混ざる事はないが、ヴィヴァーシュとツリスガラはそんな二人の様子を微笑ましく思い、見守っている。
 足を止めじっくりと鑑賞する三人とは対照的に、両手を頭の後ろにまわしちらちらと周りを見ながら歩くのはベルファルドだ。鼻歌交じりに歩き
「あれは花! ……こっちも花! それは……花? ……花だってことくらいしかわからないなぁ♪」
 などと呟く。姿は見えるものの少し遠くでふらりふらりとしているあたり、庭園にはそれほど興味はないようだ。
「その……この時期は、収穫できる物はあり、少しありますが、開花している花は……少ないもので……」
「あ、この小さいのレタスですよね? これは収穫できるんですか?」
「は、ハイ。えぇと、プライベートガーデンで、お茶の時に……サンドイッチの材料になってます」
「わぁ、楽しみです! そういえば、ここの食材って少し分けてもらえるって聞いたんですけど」
「あ、じゃぁ……、えっと、今、は荷物になるから、えぇと……まだ庭が、二つ見るので、さ、最後に、お渡しします」
「ふふ、ありがとうございます」
 にこにこと笑顔を向けて礼をいう杏子にソーニャがホッとすると、
「妖精の庭だけは見れないんだね……」
 ベルファルドがそう呟き、遠くを眺めていた。館長公邸にある七つの庭園。今ベルファルド達がいるこのキッチンガーデンも平素は非公開の場所だ。しかし、オープンガーデンの最中でも妖精の庭だけは、立ち入り禁止のままだ。
「見るなと言われると見たくなるのが人間の性だよねー」
 ぽつり、とベルファルドが呟くとほぼ同時に、ソーニャがすっくと立ち上がる。オドオドとした態度も、うまく言葉を紡げないのもそのままだが、ベルファルドを止めようとしているのは明らかだ。
「あはは♪ 冗談、冗談。そんな度胸、ないないっ♪」
「あ、あ、あの……そ、そうで、そうですか。あぁ……びっくりしました……」
 へらへらと笑い言うベルファルドの真意がわからずソーニャは落ち着きなく手を動かし抱えたままのアドをもしゃもしゃとする。
「ソーニャさん、そんな緊張しないで、リラックスリラックス♪ どうせボク達しかいないし仕事なんて考えないで楽しもうよ♪」
 ね、と体を弾ませて言い、ベルファルドはまた鼻歌交じりにふらふらと庭園をうろつき始めた。もし彼が、本当に妖精の庭に入ろうとするのなら、何も言わずに姿を消せばいいだけだ。だから、本当に彼が言っている事は冗談なのだろうと思う。思うのだが、笑っているベルファルドに漠然とした不安が、本当にそうなのだろうかという思いが脳裏にちらつく。
 不安げな顔のままわしゃわしゃとアドを弄んでいると杏子がソーニャの前に立ち、顔を見上げてくる。
「あのー。ソーニャさん。大丈夫ですよぉー」
「ッ! あ……えっと。そのぉ……あの……」
「大丈夫です、ベルファルドさんも忍び込むような事しませんよ。万が一、ほんとーに万が一そんな事になっても、ヴィヴァーシュさんが止めてくれ……ますよね?」
「えぇ、勿論」
 杏子とヴィヴァーシュの心強い言葉を受けたソーニャだが、まだ少し残る不安に視線を泳がせているとツリスガラと目があってしまい、ひっと声を上げて息を呑む。ツリスガラが怖い訳ではなく、誰と目があっても驚きに体を竦ませるソーニャだが、自分の行動が失礼だったのでは、と更に不安が増えてしまい、またおろおろとし始める。
「私の経験からいうと、あなたはとても優しい人なのだろう。人に不快感を与えまいとし、故に必要以上に怯えているのだ」
 淡々とした口調でそう言われ、ソーニャは三人の顔をゆっくりと見渡す。ツリスガラとヴィヴァーシュの表情は変わらないが、穏やかな雰囲気をたたえている。杏子はにっこりと笑い手を差し出していた。
「大丈夫です。こわくないですよぉー、こわくないですからねぇ。さ、もう10センチ近づいてみましょうねぇ」
 おどけたように言いながらじりじりとソーニャに迫ってくる姿にソーニャが小さく吹き出すと、えいっと楽しそうな声を上げてソーニャの手を掴み、ソーニャと一緒になってアドをもみくちゃにしていた。




「すごいね♪ ちがう国に来たみたいじゃない?」 
 雄々しく枝葉を広げた木々や荒廃した岩場はベルファルドの言葉通り、目の前に広がる景色はここが庭園だという事を忘れさせるものだった。
「あたし、ここが一番落ち着くかも」
 ほう、とため息を付いた杏子の口からその言葉は自然に落ちた。幼い頃を過ごした公園、敬愛する祖父と散歩をして過ごした日々。自然溢れる庭園を眺め懐かしい記憶を思い出し杏子は目に涙を浮かべる。
「素晴らしいな。庭師の手は入っているのだろうが、そうとは思わせない程自然に、力強く生きている」
 ツリスガラもまた言葉がするりとこぼれ落ちた。淡々とした口調ではあるが、かつての自分ならば、何ものにも囚われずただ自然に、自由に。生物としてあるがままの姿で、根を伸ばし葉を揃え力強く生きている野々花々を、輝く息吹を見れば羨ましく感じただろうと思う。
「ソーニャさん」
「ハ、ハイィッ」
 ヴィヴァーシュに声をかけられソーニャは小さな叫びをあげるが、体は跳ねなかった。その姿に、少しは自分たちに慣れてきたのだろうかと思う今日この顔は笑顔になる。
「ワイルドガーデンの用途をお聞きしたいのですが」
「よ……ようと、ですか?」
「えぇ。私はよく散歩に出かけるのですが、その時にも様々な屋敷と庭を見かけました。ですが、どの屋敷でも建築物に合わせて庭を整えるという風でした。この庭園のように、テーマごとに区画を分け、庭園を作るというのはあまりみかけません」
 腰の辺りまで枝を伸ばす植木の花にそっと触れ、ヴィヴァーシュは言葉を続ける。
「これは憶測ですが、館長公邸の様に広々とした敷地がある場合は、テーマを設けた庭園を整える、キッチンガーデンのような実用的な庭も目で楽しませたりしているので、割と実利的なのもわかりました。しかし、このワイルドガーデンはいまいち、ぴんとこないのです。プチピクニックが出来そうだとは思いますが少々殺風景ですし、気軽に散歩をする、という感じでもありません」
「えっと……その、庭園について、は、だいたいあっています。その、そもそも庭園というの、が、屋敷の主の趣味、でしかありま、せん。庭園、は、観賞の他にも思索目的に、作られる事もあり、屋敷の主人の、権力、や財力の象徴にも、なります。通路や、東屋のデザインなどから、宗教色も、濃く出ます」
 ゆっくりと、ソーニャは言葉を選び続ける。
「わ、ワイルドガーデン、も、そういった庭園と同じで、すが、庭園として、作るのは……草花を、自然の中で生きているそのままに、観たい。しかし、そうなると、季節ごとに、観たい草花だけを探しに、いかねばならない、から、です」
 ソーニャが抱えていたアドを上に掲げると、アドは手近な木の枝に飛び移り、がさがさと葉を揺らして移動する。皆が木を見上げ、遠くにひょっこりと顔をだしたアドを見ると、ソーニャは話を続けた。
「あの、アドさんを、花だとします。あの花を見る為には、花の開花時期に合わせて山に登り、木々を見上げて花を探します。ですが、行った時に必ず、咲いているとは、限りません。そして、同じ時期に、こちらの花も咲くのですが……」
 声が遠くなる感じがし、皆が揃ってソーニャを見る。膝を抱えしゃがみこんだソーニャの足元には蔦が蔓延る岩があり、蔦を少し寄せると小さな花が顔を覗かせた。
「見ての通り、こちらは、岩場に咲きますの、で、アドさん……木に咲く花と一緒に見ることは、まず無理です。ワイルドガーデン、は、多岐に渡り山々や荒野に生息する、自然の中で見られる草花を、一箇所に纏めた、庭園、です」
「ん~と、つまり、季節が変わる度にあっちこっちに行かないで一箇所で全部見ちゃおうって集めた庭ってこと? でいい?」
 首を傾げベルファルドが言うと、ソーニャはこっくりと頷く。
「ありがとうございます。……誰しもが草花を見るためだけに遠出できるとは限らない……。このワイルドガーデンは館長にとって、とても大事なのでしょうね」
 ヴィヴァーシュの言葉に呼応するかの様に、風が木々を揺らした。


 ワイルドガーデンにて限定された場所や期間でしか見られないという草花を堪能した四人はソーニャに呼ばれ最後の庭園、ローズガーデンへと足を向ける。花屋で見かけるようなものと違い地面に沿うように咲く花や、果実と見間違う花を横目にツリスガラがソーニャに言葉をかける。
「野ばら、はワイルドガーデンにあったのだろうか」
「はい、あ、いえ。えと……ローズガーデンにも、あります」
「どっちにもあるんですねー。ツリスガラさん、野ばらを見にきたんですか?」
 杏子が言うとツリスガラは帽子を手で押さえながら応える。
「ターミナルでサックスを吹いているとたまに曲をリクエストされることがある。様々な世界の人たちがリクエストするから大多数は知らない曲なのだが、ターミナル内の楽譜屋にはそういった、いろんな世界の人たちの曲を譜面におこして置いてあってな。その中に花の名を冠する曲がいくもある。世界は違えど、花に思いを馳せ、気持ちを伝える術として曲にするのはどこも同じらしい」
「へー。壱番世界でも花言葉があったり、プロポーズや記念日に花束を贈ったりしますけど……。なんだか不思議ですね。でも、嬉しい気持ちもします」
「嬉しい?」
 ローズガーデンの扉が開かれ、芳醇な香りがふわりと広がる。レンガ道の周りにはたくさんの赤い薔薇が大輪の花を咲かせ、濃い緑の枝葉の中で己の美しさを際立たせている。垣根のように広がる薔薇たちの根元には色合いと虫除け効果を考え背丈の小さなハーブが連なっていた。
 中央には背の低い薔薇が小さな迷路のように配置され、そこから徐々に背を伸ばし赤や黄色、ピンクといった薔薇がどこまでも広がっている。何箇所かに置かれた木製のベンチは薔薇に飾られたラティスやアーチに隠され、人目を気にせずゆっくりとできるよう工夫を凝らされ、天使や女神といった装飾の施された鉢は庭園を散歩する人の目を楽しませる。
 視界にあるのは薔薇と空。それだけだ。
 すぅ、と大きく息を吸った杏子は、満足そうな声と共に息を吐く。
「どんな世界でも、誰かを思う気持ちがあって、それを伝えたり表現しようとして、曲をつくる。それって、素敵じゃないですか。世界が違っても、外見が違っても皆同じように心を持ってるんですもの。そんな沢山の想いを演奏できるツリスガラさんはすごいですね」
「想い……」
 ツリスガラは言葉を噛み締めるように呟き、薔薇に顔を近づけ、くんくんと香りを嗅いでいる杏子を見つめる。
 庭園の話を聞いた時、かつての自分であれば曲の元となった花を知りたいと思うはず、そう考えてこの催しに参加した。庭園の花々は初めて見るものばかりだが、どの花を見てもかつての世界にも似たような花があったなという感想しかでてこない。目の前にある薔薇も同じだ。似たような形と香りの花はあったし、杏子の言うように、この花で花束を贈られたらかつての自分はとても喜ぶだろう。
 だと思う。そう考える。そのはずだ。
 自分の考えでありながら他人の思考をなぞっているような感覚は、映画のスクリーンやTVの画面越しに見ている物をただ見たままに伝えているような錯覚を覚える。花々を熱心にみる自分の行動すら経験からなのか、それとも、僅かに今の自分の感情が揺らいだのかは分からない。しかし……
「ねーねー、見てこれ♪ この薔薇ツリスガラさんの髪の色とそっくりじゃない?」
「あ、本当、綺麗な色ですねー。んーー、香りもすっごく良い香りです。これだけいっぱい薔薇があるんですし、薔薇グッズとかないですかね?」
「薔薇グッズ? そんなのあるのかい?」
 同じく薔薇の香りを確かめていたベルファルドがソーニャを振り返りながら言うと、杏子が慌てて訂正する。
「いえ、あったらいいなーって思っただけですよぅ。 一番世界のローズガーデンで見かけたんです。薔薇ジャムとか」
「じゃぁソーニャさんが作れたりするんじゃない?」
「はい、あの、あり、ます」
「あるんですかー!?」
 しゃがんでいた杏子が目を輝かせて飛び上がる。
「ははは、はい。えぇと……じゃぁ、そちらも後ほど、お持ちします」
「わーい! ベルファルドさんありがとうございますー! 嬉しいなぁ……。あ、じゃぁ今のうちに一杯薔薇の香り嗅いで好きな香りしらべます。ツリスガラさんも一緒に探しましょうよー」
「私の経験からすると……その誘いは大変嬉しいものだ」
 新しい物を知り、懐かしい物を見て、新たな出会いがある今を楽しく思うのは、間違いではないはずだ。ツリスガラはうっすらとほほ笑みを浮かべ、今の自分が好む香りを探しはじめた。


 賑やかな話し声を遠くに、ヴィヴァーシュは一人ローズガーデンを散策していた。レンガの敷き詰められた道を歩き、幅の広い階段の途中で薔薇に誘われ足を止める。懐かしいものを見るように目を細めるその顔は、何処か寂しさを思わせる。
 ヴィヴァーシュが生まれ育った育った世界にも庭園はあった。庭の形も花種類も違うのだが、似たような香りや景色というのはどうしても、過去の思い出を蘇らせる。それは、音も同じだ。無意識の内に印象的な出来事を忘れないようにとするのか、その時の香りや音、風景を深く心に焼き付ける。
 遠く聞こえる笑い声。青臭い枝葉と水気を含んだ土の臭い。何種類もの花の香りが混ざり、溶け合いむわんとした風が吹き抜ける。
 風に揺れた薔薇から一枚、こぼれ落ちた花弁がゆらゆらと風に乗りたゆたう後を追い、ヴィヴァーシュは一つの薔薇のアーチに目を止めた。
 遠い、幼い頃に過ごした庭園、兄と過ごした日々の中にあった薔薇のアーチ。装飾のついている場所も薔薇の咲いている場所も色もほぼ同じ、まるでヴィヴァーシュの記憶から取り出し、再現したかのようだ。
 木々や花が揺れ、笑い声が聞こえる。音と庭園の香りとが混ざり、ヴィヴァーシュは薔薇のアーチの側に幼い自分と兄との姿を見た。
 蘇るかつての記憶は、全てをありのままに見せる。良いことも、悪いことも。幸せな時間も、そこから繋がる悲しい出来事も全て。今までも似たような薔薇のアーチは見た。しかし、こんなにもはっきりと思い出したのが初めてだったヴィヴァーシュは一人、薔薇のアーチに微笑みを向ける。
 過去を懐かしむ寂しさからの笑顔なのか、それとも二度と会えない人を見れた喜びなのか。輝く笑顔の真意はヴィヴァーシュにしかわからない。しかし、彼は薔薇にこう言葉をかけた。
「あぁ……本当に、来てよかった」
 風もなく、薔薇が揺れた。



 テーブルの上には人数分のアフタヌーンティセットが並んでいる。キッチンガーデンでとれた野菜やハーブを使用したサンドイッチとスコーン、クッキーやケーキ等の焼き菓子は庭園と同じく見た目も可愛らしく、どれも美味しい。杏子はソーニャが作ったという薔薇のジャムをつけたスコーンを口にする度満足そうな笑顔をし、自分でも紅茶を淹れるというヴィヴァーシュは用意された三種類の紅茶に興味があるらしく、茶葉の香りを嗅ぎ比べていた。
「ティータイムに最適な景色を備えているプライベートガーデンは読書にも良さそうです」
 ヴィヴァーシュがそう言ってからというもの、京子とヴィヴァーシュは互いに最近読んだ本やおすすめの本の話をしている。
 ツリスガラは長い間、目の前でカリカリとスコーンを齧るアドをじっと見つめている。言葉少ない彼女だが、花の名を冠した曲の元となった花を見に来た彼女の事だから、おそらく小動物のでてくる曲の事でも思い出しているのだろう。
「あるかどうか、知らないんだけどね♪」
 言いながら、ベルファルドは紅茶を一口飲む。
 花や庭園にはあまり興味のなかったベルファルドだが、こうして人が楽しそうにしているのを見る事は好きだ。
美味しい食べ物に、それぞれが趣味の話をし、会話に花を咲かせる。そういった楽しい時間を過ごす事の方が、ベルファルドが好きだったというだけだ。
 がらがらと音をたて、ワゴンを押したソーニャが戻ってくる。キッチンガーデンでとれた野菜に、今飲んでいる三種類の紅茶、そしてソーニャが趣味で作っているという薔薇グッズがごっちゃりとのっていた。
「なんかいっぱいあるねぇ♪」
「す、すみません、その、どれがいるのか、とか、何個いるのかとか、わからなくて、その」
「はは、うん、いんじゃないかな。えーと、これは飲み物?」
 ベルファルドが持ち上げた縦長の瓶を見たソーニャは薔薇のシロップだと言う。他にも薔薇で作った酒とジュース、食べられる薔薇花弁を混ぜた薔薇の塩や、薔薇の種類ごとに分けられたはちみつが細々とあった。
「すごいです。こんなに色々作れるんですねぇ」
 薔薇グッズの他、晩御飯の材料にしたいと杏子が野菜も含めて色々選び、ツリスガラとヴィヴァーシュも物が珍しいからか、品物を手に取り眺めている。
「ツリスガラさん、その楽器聴かせてよ♪」
 ふいに、ベルファルドが言い、ツリスガラの楽器を指差す。静かなプライベートガーデンで吹いてもいいのだろうかと言いたげにツリスガラがソーニャを見ると、ソーニャはこくこくと頷いた。
 楽器を取り出しベルトを体にかける。京子たちが椅子に座ったのを見たツリスガラは口を開きリクエストを聞こうとして、止めた。アルトサックスを抱えたまま空いている自分の座っていた椅子にソーニャが座るよう促し、彼女が座るのをじっと待つ。客人を持て成す立場で座るのは、とソーニャは困惑していたが、無言のままツリスガラに見つめられ、おずおずと席についた。
「私の経験からいうと、今日は素晴らしい一日だ。庭園もティータイムも、あなたたちに出逢えた事もよいことなのだろう。だから、最初の曲はあなたに、ソーニャに捧げるべきだ」
 ツリスガラがマウスピースを口に含む。
 花の咲き誇る庭園に、花の音の曲が響いた。

クリエイターコメントこんにちは、桐原です。この度はご参加ありがとうございました。
滅多に見られない公邸の庭を鑑賞するオープンガーデン、いかがでしたでしょうか。

人見知りの激しい庭師でしたが、皆さんが優しく関わってくださいましたので、少しだけ、おどおどすることが少なくなったようです。次のオープンガーデンを楽しみに、庭師は植物を育てる毎日を過ごします。

キッチンガーデンの食材と紅茶の茶葉、ソーニャお手製の薔薇グッズは、欲しい方はお持ち帰りいただいています。ご自由にお使いください。

それでは、ご参加ありがとうございました。
公開日時2012-04-02(月) 21:50

 

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