世界司書カウベル・カワードは、今日はツルリとした真っ白なワンピースに身を包み色つきのバイザーのついたインカムのようなものをつけていた。 ニコニコとしかしいつもより早い口調で集まったメンバーに話し出す。「インヤンガイで神隠し事件が多発しているのよぉ。ちょっとマフィアの抗争の可能性もあってぇ、様子を見てたんだけど。それに関わる噂の発信源と神隠しの原因がおんなじだってわかったの。そこには1人の探偵が関わっているんだけどぉ」 そこまで言ってカウベルは持っていた資料を見たまま首を傾げた。「凄く優秀な情報屋なんですって。ちょっと殺しちゃうには惜しいかもしれないから実際にアプローチしてみて、現場の判断に任すってぇ!」 カウベルはニコニコと手袋に包まれた手を振った。「場所は壺中天のサイトの中よぉ。グッドラック!」★ インヤンガイのサイバー空間・壺中天上にひとつのサイトがあった。――カケボシ探偵事務所 表向きは探偵事務所の案内サイトであるが。この名称の事務所は既にインヤンガイの街中には無い。 サイトのトップの真っ二つに割れた黒い星のロゴ。 その亀裂が目印。――ダイヴ。↓↓↓↓↓↓↓★ ★ ★ ★ ★カケボシ「よぉ。アンタの聞いてきた噂は何だ? ここを知ったのは噂で何だろう?」 声は文字として視界に浮かんできた。カケボシ「『サイバー空間に何でも知っている情報屋がいる』これか?」 バーチャル空間である壺中天は基本的には三次元のサイトが多かったが、ここはほとんどのパーツが二次元。しかも古めかしい“ドット”で描かれており、しゃべる男の顔も曖昧だった。 しかし額の割れた黒星の刺青と、台詞の前に表示される名前から考えるに、彼がカケボシに間違いない。カケボシ「『記憶を食う生き物がいて、いらない記憶を食べてくれる』これか? なんだ、忘れてぇことでもあるのか。失恋とか?」 周囲にはベッド、と、その上で眠る人々が見える。カケボシ「『とあるサイトに行くと記憶を食うモンスターが居て、そいつに記憶の全てを与えると、『世界を支配できるような秘密』を得られる』これか!」 男の上に吹きだし。電球が光るマーク。カケボシ「あ。あんたらは、あれか“世界図書館”から来たんだなー。いっやぁ、あそこのヤツには俺も良く世話んなったみたいなんだわぁー噂だと思ってたけど、実在すんだろ?」 男の後ろには本体が紫で背中が緑の丸い体のモンスターがいる。カケボシ「おいおい、聞いてくれよ。聞くも涙語るも涙の話でよぉ。ある日俺の事務所にインヤンガイでもちぃーっと立場がアレなお方からオファーがあったんだわ。内容は後で話す、まず対価を決めろの一点張りでよ。『じゃあ、オバケが絶対出ない住処が欲しいです』って言ってみたんだわー、ああん? オバケが怖いわけじゃねぇよ、ちょっと邪魔だなって思ってよ」イヴ「ただいまー! あれ、カケボシ! お客さん!?」 突然、空間に現れた少女が、駆け抜けてカケボシの腰にしがみつく。カケボシ「ああ、イヴ、お客さんだ。静かにできるな?」イヴ「はーい!」カケボシ「で、探偵カケボシの生命はそこでおしまいだ。よくわかんねぇ技術でスッポリ意識を壺中天に移植されちまって、体は処分したっつってたかな。ボスは。」 カケボシの体が後ろに下がり、モンスターの横に止まる。 そのモンスターの姿はドットでありながら、世界図書館の良く知るディラックの『落とし子』の一つに似ている。カケボシ「で、依頼がこのモンスターとイヴの世話だな。こいつは記憶を食う。記憶を食われた奴らはまぁ残念。そこのベッドにいるやつらみたいになー眠っちまうんだな」恐らくこれが神隠しの原因。イヴ「みんな勝手にうちに来て『記憶を食べてください』って言ったんだもの。私たちは何も悪く無いわ!」カケボシ「まぁ噂を流したのはイヴだからな。俺もちょっと反省はしている。しかし俺は雇われなんで、そこらへんは許して貰いてぇ気もするな」イヴ「カケボシは悪くないもん!」カケボシ「とりあえず取引だな。このモンスターが食った記憶が、近くにいる俺にはたまに見える。だから噂の情報屋は本当だ。俺は情報を持っている」 突然、モンスターから丸い枠が飛びだし画像が移る。小ざっぱりとしたアパートの一室。男。ウィーロウ「コーヒーが君たちの口にあうといいんだけどね」カケボシ「こりゃあマフィアんボスだなぁ。っと、商売だからな。細かい情報は見せるわけにはいかん」 カケボシがモンスターに触れると、丸い枠は小さくなり消えていった。カケボシ「俺のトコのボスはこのモンスターで記憶を集めて何かをしようって魂胆らしいな。おっと俺がここまで話してるんだからわかるか? 俺の目的が。」 イヴの上に「?」の入った吹きだしが出る。カケボシ「命乞いだよ命乞い! 俺は情報を渡す、あんたらは俺を何とかして保護する。イヴも一緒だ。まぁこいつはどうでもいいが……」 カケボシがモンスターを指す。 モンスターは目を閉じたままぶよぶよと揺れた。カケボシ「ムシのいい話だと思うか? でもよ、あんたらの記憶、俺がいつでもこいつに食わせられるとしたらどうだ?」カケボシ「随分対等な関係になってきたと思うけどな。まぁなんだ、頼りにしてるよ。あんたらのことは」※注意※・当シナリオは北野東眞WRのシナリオ『【砂上の不夜城】囚』『【砂上の不夜城】蛇』と同時に起こったものといたします。PCの同時参加は御遠慮いただけますよう、どうぞよろしくお願いいたします。
ニッティ「ボクの予想の斜め上な引越しデスネ」 鮮やかな黄色の髪に青い目。頬に星のペイントが描かれた少年――ニッティ・アーレハインが、誰よりも先に口を開いた。 カケボシ「あぁん? あー猫んときの憎ったらしい坊主か。んだぁもう俺はビビるもんはねぇかんな。驚かそうっつったってそうはいかねぇぜ」 ニッティ「肉体が無くて魂だけの存在とかもうオバケと大差ない気がするんデスケド」 カケボシ「そうかぁ?」 カケボシの上に『?』の吹きだしが表示される。本気で悩んでいるらしい。 ラウ「記憶を食う生き物ね……チャイ」 ケン「ありがとうありがとう、そしてありがとう! 全員KIRINの依頼派遣なんつー画期的なことが今まであっただろうかいやないねっ! 今日の良き日を俺は神に感謝す……おぶっ!?」 沈黙に口を挟もうとしたヴァージニア・劉の声に被るように能天気な坂上健の台詞が響いた。イラッとした劉が健の右横腹に一撃を喰らわす。 カケボシ「あぁ? 麒麟? お前ら化け物か??」 ケン「あぁあんたは違うだろうな。しかし、お前らと直に話すのは初めてでも、俺はお前らの噂を聞いているっ! KIRINイヤーは地獄耳っ! ……ふごっ!?」 今度は左わき腹にニッティの義手による一撃が入る。勿論普通の手ほど柔らかく無く非常に痛い。 ケン「お茶目なジョークだったのに…大人げないぞ、お前らっ!?……ニッティはまだ未成年か……羨ましいぞ少年っ! 俺と劉はもう魔法使い寸前……ヤメテヤメテ、ホントに死んじゃうからっ……ぎゅええ……」 劉がどこからか出した革ひもで健の首を絞める。勿論首の骨がコキリと行かない程度に力加減はしているが…… その横でニッティはニコニコと大金槌型のトラベルギアを取り出している。笑顔が『その口を封じてあげマショウカ?』と言っているようだ。 ケン「ぶはっ!?……や、やべぇ……小粋なギャグで三途の川渡るとこだった……久方ぶりに地獄を見たぜ。んじゃ真面目に調査するか」 イヴ「ねぇこの人たち何しに来たの? ブーちゃんに食べさせちゃって、イヴとおしゃべりしようよー」 カケボシ「うーむ、ちょっと頼りねぇが、麒麟っつったら神聖な生き物だ。殺しちゃダメだし、麒麟自体が殺生を嫌うからな。俺たちの事も殺さねぇって事だろ? 違うか?」 ケン「あぁ勿論俺はカケボシたち殺すのは反対だぜ? そういう結論が出たら邪魔するから」 健が左右を伺う。劉とニッティは頷いた。 ラウ「殺しゃしねえよ。神隠し事件の黒幕って言っても上に命じられてやっただけなんだろ。んじゃ殺したってしょうがねえ。俺も似た立場だから棚上げできねーさ」 ニッティ「まぁ、ボクとしても助けたい気持ちはあるんデスヨ? なんとかしたいとは思ってるんで、そこのぶよぶよで記憶もぐもぐはやめてクダサイ割とマジで」 カケボシ「だってよ。モグモグは無しだ。わかったかイヴ」 イヴ「はぁい」 イヴはそう言うとそのぶよぶよした生き物の首(?)に腕をまわして抱きしめた。 ニッティ「ひとつ気になっていることがあるのデス。ここで『カケボシサンから情報を聞いた』事実は、カケボシサンの雇い主に知られマスカ?」 ニッティの質問に劉と健はカケボシの顔を見た。これは重要な質問だ。今も他のロストナンバー達がインヤンガイで任務をこなしているはず。カケボシの雇い主が誰であろうと、迂闊な質問をすれば彼らに危険が及ぶかもしれない。 カケボシは少し間を空けてから口を開いた。 カケボシ「答えはNOだ。安心しろ。“ココ”のログは下手に漏れたら雇い主も危険だからな。ハッキングされないように閉じてるんだ。ただし」 ここでカケボシはモンスターを親指で指示した。 カケボシ「アイツの情報にアクセスしたのはバレる。詳しい会話情報が漏れるかはわかんねぇが、アレは呪術の類だ。システムとは独立してるんだ」 ニッティ「ではカケボシサンが既にどのくらい情報を知っているか……デスね」 カケボシがニヤニヤと笑った。 カケボシ「俺のデータベースもなかなかだゼ? こんな体になっちまったが、“記憶”より“記録”は正確だからな」 ケン「そのチャイブレもどき……ブーちゃんだったか? に食われる心配もないってことか」 カケボシ「そうだな」 ニッティ「ひとまずカケボシサンが知っていそうなことから聞きます。カケボシさんを雇ったのは、どこの組織にいる誰デスカ?」 カケボシ「咎狗……って知ってるか?」 劉は促すようにカケボシに視線を送る。 カケボシ「政府が作った犯罪者処刑集団だ。赤の軍服に身を包み、マフィアなどを処刑・暗殺する任務につく。俺の雇い主はそこの新しいボス。宮 夏朗」 ラウ「政府が?」 ケン「うっわ、何か聞いちゃいけねぇことを聞いちゃった気がするな」 カケボシ「虎穴に入らずんば虎児を得ず。いや、毒を食らわば皿まで。か。覆水盆に返らず?」 ラウ「ちっ。ことわざのお勉強じゃねぇんだ」 ニッティ「質問を続けますヨ? 五大マフィアって呼ばれてる組織以外に何か、危険な組織って存在しマスか?」 カケボシ「んん? 咎狗以外ってぇことだよな。ちょぉ待てよ」 ケン「ニッティって頭いいなぁ」 ニッティ「ナンデスカ?」 ケン「若いのにしっかりしてんなぁーって思って」 ラウ「あんたはもっとしっかりしろよ、つっこむのもめんどくせぇ」 ケン「面倒くさがってると女にモテねぇぞ」 ラウ「あぁ?」 カケボシ「おいおい。くだらねぇことで言い争うなよ、良い出会い系サイト紹介してやるか? 俺はもう行けねぇけどよ」 健と劉の言い争いにカケボシが呆れたように割って入った。劉の舌打ち。健は肩をすくめる。 カケボシ「ヤベェ組織っつーと、新しいところでマルスってやつ。黒耀の後釜みてぇだな。あとはカジノ・パラダイス。それからこいつはもう滅んだがハオ家。悪ぃがあまり詳しくは知らねぇ」 ラウ「俺はインヤンガイに詳しくねえ。あんたはここの出なんだろ? 逆に意見を聞きたいね。アンタはどの組織が覇権を握ればこの街にとって最善の結果を導くと見立てる?」 カケボシ「意見……か」 ラウ「言葉不足だったか? 最善の結果ってなあつまり……一番近い言葉で言やあ「平和」になるかって事だ。 勿論、全ての組織が和解すんのが一番なんだろうが物理的に無理だろ。 俺は事なかれ日和見主義だからかな。世は全て事もなし。 四方八方丸くおさまりゃそれでいいと思うんだよな」 ニッティ「平和が一番デス」 ニッティは同意するように頷く。カケボシは呻いた。 カケボシ「難しい質問だ。平和なインヤンガイねぇ……いや俺はこんなんでも平和だと思ってたぜ? 生き慣れれば」 ニッティ「オバケになっちゃったくせにデス?」 カケボシ「オバケっつーな。まぁ少なくとも咎狗は……やめたほうがいいな。ボスは、危険すぎる」 ケン「あんたを殺した」 カケボシ「そんだけじゃねぇよ……アレは平和っつーもんとは逆の存在だ。俺が……俺が推すなら鳳凰連合か……」 ラウ「その心は?」 カケボシ「あそこのボスはフォン・ユィション。元軍人で英雄。しかし国の裏切りで反逆者にされてマフィアまで身を落とした。俺みたいな古い世代では……やはり英雄の名に惹かれちまうもんがある」 ニッティ「そんなにオジサンだったんデス?」 カケボシ「オジサン言うな」 ケン「でもカケボシの今のボスは政府なんだろ。その英雄を貶めた筆頭みたいなもんじゃねぇか」 カケボシ「仕事となりゃ誰の味方にもなるさ。まぁ選ぶ前にこんな身になっちゃあ、従うしかなかったっつーのもあるが」 イヴ「ねーカケボシーイヴつまんなぁい」 カケボシ「あぁ待てイヴ。大事な話なんだ」 カケボシはイヴの傍らまで歩いて行き、イヴにキスをする。 イヴ「わぁい、カケボシ大好き!」 と、イヴが声をあげるのと、劉が舌打ちするのは同時だった。 ラウ「そこの娘はあんたと違って実体があるんだよな イヴってのはどこの誰だ? 現実でも同じ名前、同じ姿をしてんのか? イヴはなんでここにいる あんた達はなんで一緒に暮らしてんだ?」 カケボシ「おぅおぅ色気もへったくれもねぇ質問で」 ラウ「ひょっとしてロリコンかあんた」 カケボシ「あぁあ?」 ラウ「冗談だよ。怒るなって」 カケボシは劉をまだ睨み続けている。劉は勘弁してくれとばかりに両手をあげた。 ラウ「俺も年下の居候と暮らしてんだ。 だからかな。重ねて見ちまう」 ケン「ひょっとしてロリコンかあんた」 ラウ「アァン??」 劉の口調を真似した健に劉の鋭い目線が突き刺さる。健も両手を挙げて降参の意を示した。 カケボシ「はぁ。なんか気の殺がれる奴らだな。ええっと、質問のひとつめ、イヴはどこの誰か。これは俺もしらねぇ。イヴ、どうなんだ?」 イヴ「イヴはイヴだよ!」 イヴはさも当然のことのようにそう言った。カケボシも追及はせずに次の質問を口にする。 カケボシ「現実でも同じ名前、姿をしてんのか? これも俺は知らない。俺には現実なんか意味ねぇからな。イヴ?」 イヴ「変なの。姿形ってなに? そんなの変えられるの当たり前でしょ?」 イヴはそう言うと、チャイブレもどきを抱いたまま姿を変化させる。カケボシと釣り合いのとれる大人の姿まで……そうしてカケボシに寄りそうとベーっと舌をだした。 カケボシ「何でここに来るのか?」 イヴ「来たいから来るの。変なことを聞くのね」 カケボシ「いや、俺も知りたかったよ。お前は自由だったんだな?」 イヴ「自由ってなぁに? カケボシはそれが欲しいの?」 カケボシ「……何故一緒に暮らしてるか」 イヴ「暮らす? 遊びに来て、一緒にいるんだよ。ときどき戻るんだよ」 この答えに少しだけカケボシは寂しげに息を吐いた。 カケボシ「死んでもため息はつける」 ニッティ「複雑なリア充デスネ」 ケン「ミステリアスな少女か。俺は結構好みだな」 ニッティ「イヴサンはサイトに来るのにどこからアクセスしているかわかりマス?」 カケボシは首を振った。 カケボシ「俺は知らない」 イヴ「どこってなぁに? そんなのどこでもできるじゃん!」 今度はニッティがため息をついた。 ニッティ「わからないことばっかりデスネ。カケボシサン、僕らに保護される気あります?」 カケボシ「俺にはあるが、イヴには無いかもな。ただ、俺は俺より……イヴの事が心配だが」 イヴ「カケボシ? なんで困った顔しているの? イヴは何にも心配ないよ? カケボシが居れば大丈夫」 イヴは元の少女の姿に戻ってカケボシに甘えた。劉が毒を吐く。 ラウ「お望みならそこのガキとずっと二次元で新婚ごっこしてろ」 カケボシ「そう言うわけにもいかねぇよ。俺はともかくイヴは歳も取るし、死ぬ。こんなとこにずっと居られねぇだろ」 イヴ「? カケボシの言ってる事、よくわかんない」 イヴは頬を膨らました。カケボシが頭をそっと撫でてやる。 ケン「なぁなぁ、こいつらの事は置いといてさ、神隠し事件のこと。要するに今寝てる奴らが起きて外に出てけば全解決なんじゃね? こいつらがここで寝てるから問題なんで、陰陽街の路地裏で寝てる分には神隠しじゃないだろ?」 カケボシ「んんん」 ケン「記憶ってソフトだろ? いくらハードが無事でもソフトが全消去されてりゃ動かない」 カケボシは腕を組んで片手に顎を乗せた。眉間に深い皺が刻まれるのがドットでもわかった。 ケン「陰干し、じゃなかったカケボシ、お前今見えてる記憶消したよな? ランダムでもコイツから記憶適当に取り出せねぇ? んでこいつらが起きるまで適当に記憶突込み直せねぇ?」 カケボシ「その質問はNOだ。悪ぃ……としか言いようがねえが、ハードは……施設に集められている筈だ。もし記憶が戻せたとしても、咎狗の管理下にあるうちはそのまま殺されて終わりだろう」 ケン「うーん、アンタのボスぶっ倒せねぇかなぁ。そしたら安全は守れるだろ」 カケボシ「簡単な事じゃないと思うぞ。ボスは強い……」 ケン「あとそうだ。アンタ針知ってる?」 その質問にはカケボシ、ニッティ、劉の三人が同時に目を瞬かせた。 カケボシ「針の……欠片……? いや、噂だろ。願いが叶う……」 イヴ「じゃあイヴはカケボシのお嫁さんにして貰う!」 カケボシは複雑な顔をしたまま笑った。 カケボシ「は、はは、あんたらが言うなら本当なのか? 夢物語だ」 ニッティ「オバケに言われたくないと思いマスケド」 カケボシ「俺より現実味が無ぇよ」 ラウ「アンタ、質問っつーより、情報を与えちまってねぇか? 気を付けろよ」 ケン「んん? そうか。保護するっつーなら味方も同じかと思ってたが」 ラウ「覚醒してねぇんだ。ダメだろ」 ニッティ「その話もストップデス。えーっと、最後の質問です! カケボシさんの精神をサイトから引き剥がすと、どうなるんデスか?」 健が「おうおうそれは大事な質問だな」と言うと劉が横腹を鋭く突いた。健が「何で……」と言ったまま蹲る。 カケボシ「うーん、それは俺にもわかんねぇな!」 ニッティがすっこける。 ニッティ「大事なことデスノニ!!」 イヴ「カケボシ、どっか行っちゃうの??」 イヴが割り込むように間に入ってきた。 イヴ「ダメダメ! カケボシはどこにも行っちゃダメ! ここでイヴと遊ぶの。ずっと、ずぅっとだよ!!」 その手はぎゅうっとチャイブレもどきを抱きしめたまま。イヴは毛を逆立てるようにして言った。 カケボシ「イヴ、ダメだ。ここに居るのはマズくなった。どこか、他のところに行こう」 イヴ「他なんて!」 ニッティ「こちらとしては「魂縛」の魔法掛けて、ココから連れ出そうと思ったんデスけど。一応、魂を入れとくガーゴイルスタンバイしマスけど。サイトから出たら成仏、なんてことになったら約束果たせなさそうなんで」 カケボシ「おお良いな、石像鬼か! かっけぇ、額には星を刻んでおいてくれよな」 ニッティ「えええ、自分でやってくださいよ鏡でも見て」 カケボシ「サービス悪いなぁー」 イヴ「ねぇねぇやめようよカケボシ、この人たちが来てからイヴのわからない事ばっかりしゃべるのもやめて! イヴと一緒におしゃべりしようよう」 カケボシ「イヴ、ダメなんだよ。俺ぁオバケって言われちまったしなぁ。言ったろ俺はオバケは怖いんだ。俺がそれそのものだなんてダメだろう。イヴもオバケとなんか遊んじゃダメだぞ?」 イヴ「アンタたちが悪いんだ! カケボシに変な話をするから! カケボシをオバケなんて呼ぶから!! もう知らないんだから!!」 イヴはそう言うとチャイブレもどきを抱いたままかき消えた。そこには黒い何もない空間が残るだけ。 ラウ「チャイブレもどきも消えちまったな。忘れたい記憶ね……そりゃ沢山あるさ。 ろくな人生じゃなかったからな。母さんの事も。汚れ仕事の事も」 カケボシ「何だ、食わせてやれば良かったか? 気がきかなくて悪かったな」 カケボシの台詞にラウは首を振った。 ラウ「でも、その記憶を含めて今の俺が在る。 こんな俺を嫌いじゃないって言いやがる物好きな居候もいる。 チャイブレもどきに食わせるのはごめんだね」 カケボシ「年下の居候ねぇ。可愛いんだろー俺はイヴんことが可愛くてたまんなかったなぁ」 ラウ「めんどうくせぇだけだ」 ケン「またまたぁー……ぐふっ」 健が蹲った理由は言うまでもない。 ニッティ「じゃあイヴサンの保護は後回しにシテ! カケボシサンの魂をサルベージシマス。……失敗しても恨まないで下さいね?」 カケボシが笑った。 カケボシ「OK」 ★ ★ ★ ★ ★ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ――サーフェス。 三人が壺中天システムから現実に戻る。 「さっきまでギザギザしてたから何か気持ちわりぃなー」 健が自分の掌を開いたり握ったりしながらそうゴチる。 「カケボシは……コレか」 劉は“ソレ”から少し身を引いた。 蝙蝠の翼を持つ悪魔の石像。身の丈は2mと半分くらいか。しかし灰色の冷たい肌は威圧感たっぷりだ。 「一応、それっぽい手ごたえはアリマシタ」 ニッティが動かぬ石像を見上げて不安げに首を傾げる。するとギギギとぎこちなく油をさされたばかりの機械のように石像が動き出す。 「コイ……ツ……ハァ……ナントモ……イカツィイ」 カケボシがカタコトで話しだすのを見て、ニッティが嬉しげに背をポンポンと叩いた。 「前より男前デス」 「おー、まぁ女にモテるかはちょっと不安だがなぁ」 「アイツは外見は気にしないみたいだったからいいんじゃねぇか」 健と劉も軽口を叩く。カケボシは何とか腕を上げると額を掻いた。 「イヴ……ニハァ……ワリィコト……シタ」 カケボシはもどかしそうに身をよじる。 「ウワサ……アンタラハ……老イガナイト……」 「カケボシさんはどうなんでしょう。うーん、体は老化しませんが、老朽化はするので、時々作り直さなきゃデス」 「オレァイインダ……イヴ…ト……」 劉が訝しむように眉を寄せた。健は口をぽかんと開けたままガーゴイルを指差している。 「ナカヨク……」 ――ポヮァァァ 、と。 石像は淡く光ると動かなくなった。 ニッティが慌てて義手からの呪文を放つ。 が、遅かった。 「ほぉらぁ、居なくなっちゃったじゃん! カケボシ! カケボシのバカバカ!!」 声とともに、白い光が空間を割り、ガーゴイルの上に降り、 真っ白なスカート、真っ白な細い脚。 「いいもん、ブーちゃんと遊ぶもん。サヨウナラ! カケボシ!!」 真っ白な腕がガーゴイルの首に回されると、一瞬のキス。 そして少女の姿はそのまま消えた。 「失敗……デシタ」 ニッティがうなだれる。劉が舌打ちして早口で言った。 「それより、アイツあのチャイブレもどきで遊ぶっつってたろ、ヤバイんじゃねぇか」 健が同意するように頷いた。 「図書館に戻って報告したほうがいい。他のチームの動きも気になるしな! ニッティ、カケボシはオバケが絶対出ないとこに引っ越した。いいな! 俺は励ますのが下手だ!」 「俺も苦手だ」 「……了解デス」 三人は駅へと走る。 後味の悪さが口に残るが、三人は無言で走った。 (終)
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