オープニング

 雑多な店が顔を連ねるターミナルに、その店はひっそりと存在している。アンティーク調の木製ドアに、丸文字で『dolce』と書かれた小さな看板――ゆっくりと扉を開くと、まずは甘い芳香が鼻腔を擽る。
 手入れの行き届いた店内は、右を見ても左を見ても、飴で溢れていた。色も形も大小すらも様々な砂糖菓子は、小窓から注ぐ陽光を浴びて、時折宝石のようにきらりと光る。
「いらっしゃい」
 だが突如掛けられた声は、そんな可愛らしい店内の風景を裏切るような野太い男の声だった。振り向く顔を見るなり、カウンターの奥から顔を覗かせた長身の男が片眉を跳ね上げる。
「……なんだよ。なんか、納得いかねえって顔してるな」
 粗野な口調で呟いた男は、しかしすぐに眦を弛めた。そうすると、きつい眼差しに少しの温かみが乗る。
「ま、慣れてるからいいぜ。俺がここ『dolce』の店主のヴァンだ。基本的に味にはどれも自信があるが」
 と、ヴァンはどこからともなく透明な瓶を取り出し、掲げてみせる。
「おすすめはこれ」
 掌に収まるような小瓶の中身は、これまた小さな丸形の飴玉で埋められていた。まるでガラスのように透明度の高い飴玉の表面は、色鮮やかな虹色。
「美味いだけじゃなくて、『面白い』飴だ」
 瓶を軽く揺すり、ヴァンは含み笑いをした。

「まあ、何が起きてもそう長くは続かねえからな。――興味があるなら食べてみろよ」

品目ソロシナリオ 管理番号1726
クリエイターthink(wpep3459)
クリエイターコメントこんにちはthinkです。ドキドキのショップ開店になります。
シナリオでは、

・不思議な飴を舐めた際に起こる効果、それに対する反応
・ヴァンとの会話

などが描かれます。

飴玉には次のいずれかの効果がありますので、お好きなものをご選択(その詳細もご記入)下さい。
いずれの効果も数時間程度で消えてしまいます。
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1.身体変化
  ・何らかの耳、尻尾、羽根などが生える
  ・若返るor歳を取る
  ・種族が変わる(人間が猫に、機械が人間になど)
2.感情変化
  ・何らかの感情が増幅する(怒りっぽくなる、涙もろくなる、など)
3.性別変化
  ・男が女に
  ・女が男に
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上記に含まれそうな事であれば選択肢外のことを記入していただいても構いません。

店主のヴァンは飄々とした人物。言葉も反応も正直。面白い事が大好きです。
基本的に何を話されても受け止めます。

参加者
フブキ・マイヤー(canw5953)ツーリスト 男 29歳 魔法薬師

ノベル

 説明を受けたフブキ・マイヤーは、ひけらかされるカラフルな飴玉を真っ直ぐに見つめた。常に冷静さを絶やさぬワニの瞳に、この時ばかりは隠しきれぬ好奇が満ちる。
「『面白い』、か。……いいだろう」
 胸前で組んでいた両腕を解き、手を伸ばす。ヴァンの掌から小瓶を攫い、取り出した一粒を口に含む。
「望むところだ」
「乗り気じゃねえか。召し上がれ」
 促しに合わせてフブキの咽が上下し、ごくりと音を鳴らす。次の瞬間。
 突如として小爆発が起きた。
 ぼんっ!! と派手な破裂音が生じたかと思うと、もくもくもくもくと生まれる煙が、それはもう猛烈な勢いでフブキの姿を覆い隠して行く。いや、フブキどころでは終わらない。店内の端から端まで、全てを白く白く染め上げ――徐々にゆっくりと、霧が晴れるように収束して行く。
「――っほ、げほっ、げほっ! な、なんだごふっ、急、にっ!」
 名残のように半透明の靄がたちこめる中、そこに溶け込むフブキのシルエットが幾度も激しく咳き込む。それを見守るヴァンは、いつのまにやら防塵マスクにゴーグルという完全装備を果たしている。頃合いを見計らってサッとゴーグルを外し、悪びれる素振りもなくのたまう。
「ちなみに言うの忘れちまってたんだがそれ食うとな、まず爆発するんだ」
「そんな大事な事を忘れるな! ……あ?」
 唐突に違和感。フブキは思わず声を呑み、自らの咽を抑える。
「声が変だ。何か、……高い?」
「おう。マイヤーさん、右を見てみな」
「え?」
 ヴァンの促しにフブキは横目を流した。そうして、衝撃のあまり言葉を失う事となる。
 フブキの横手に設置されている金細工の全身鏡。そこに映し出されているのは――紛れもなく亜人の女性であったからだ。
 真っ白なショートヘアに、白磁の陶器を思わせる肌。女性にしては高い背丈。全身はしなやかな筋肉に覆われており、豊満過ぎる乳房が今にもシャツを突き破ろうとしている。無機質な爬虫類の瞳にだけ、辛うじて男であった頃のフブキの面影が残っている。
「なるほど、これは確かに面白――って、ちょ、ちょっと待てっ、胸っ!?」
 混乱が過ぎて逆に冷静になりかけたフブキだったが、やっぱり無理だった。まじまじと鏡を見た後で飛び上がり、慌てて自分の胸と尻とをガードする。開きすぎた襟元からは凶悪な谷間がモロ見えな上、尻尾を失ったジーンズには巨大な穴が空いている。言うまでもなく破廉恥極まりない出で立ち。可憐な唇をわなわなと震わせたフブキは、なおも涼しげに突っ立つ悪夢の元凶を射貫いた。目が合うなり、ヴァンは品のない言葉をさらりと放つ。
「とんでもなくでけえ乳だな。ワニなのにウシなのか?」
「き、……」
 激しい絶叫で大気が揺れる。
「着替えはあるかーーーーっ!?」

***

「まったく……」
 『女物の着替えなんて置いてねえ』と嘯くヴァンを怒り、窘め、微妙に脅し、ようやく手に入れたサラシで胸をぐるぐる巻きにしたところで溜息を吐く。続いて取り上げるのは、あきらかにサイズの合っていないストレートジーンズだ。尻尾の部分に穴が空いていないだけマシか。両脚を通すと、衝立の向こう側からヴァンの声が響く。
「勿体ねえなマイヤーさん、せっかくだからそう隠さねえで外に繰り出してみればいいじゃねえか。モテモテになるぜ。スタイル抜群のべっぴん亜人」
「あいにくだが俺は妻帯者だ!」
 元々履いていたジーンズを小さく丸め、ここからは見えないヴァン目掛けて放り投げる。あからさまに面白がるような小さな笑い声が響いた後で、床にばさりと着衣が落ちる音。狙いは外れたらしい。
「っはは、最近は控え目な変化する輩が多かったから久々に面白い」
「なに?」
 フブキは片眉を上げた。
「……他にはどんな変化が起こるんだ。魔法でも篭めているのか、あれに」
 それは、自らの職業が魔法薬師である事から来る純粋な疑問だった。僅かな間があり、どこか緩んだヴァンの声が返る。
「まあ、そんなもんかもな。楽しくて面白い俺の特製手作り飴だ。最近は羽根が生える人間が多い。少し若返ったり、年取ったりすんのもいる」
「そうか……」
「思うに、自分がちょっと心のどっかで興味持ってる効果が出るんじゃねえか」
「!?」
「冗談だ。また来てくれよ」
 グラマーな美女の姿で硬直するフブキをからかうを最後、ヴァンの足音が遠ざかる。ぱたん、とカウンターの扉が閉まる音。
「……」
 フブキは口を噤み、それからぎこちなく鏡に向き直った。美しい亜人の女性が、ジッと見つめ返して来る。ついつい見惚れかけるのはプチナルシストの悪い癖。慌てて首を振る。
「確かに『面白い』けどな……」
 まともな人間、もとい獣人であれば短時間で疲労困憊してしまう性質の悪い面白さである。長い睫毛をそろそろと伏せ、フブキは今の今まで見て見ぬ振りをしていた巨乳を見下ろす。元は絶壁だった筈のそこは、今や晒しの上からでも多大な存在感をアピールしている。無言で見つめ続けていると、自然と脳裏を過ぎるのは――自分の愛しい嫁の存在。灰色羽毛の鶏系鳥人であった彼女は、着痩せする隠れ巨乳だった。
「……巨乳の辛さがよく分かったよ。確かに、こりゃ重い。あいつもその辺り困ってたんだろうな」
 胸はでかい方が良いに決まってる、なんてもう口が裂けても言えそうにない。溜息混じりの独白を洩らすと、頭の中に嫁が繰り返し頷くイメージが浮かぶ。
 (とはいえ、まあ)
「とりあえず後で胸の感じをこっそり確かめておくか……」
 反省するもそこそこ、結局下心からは逃れられないのだった。頭の中に、眉間を抑えた嫁が呆れ果てて項垂れるイメージが浮かぶ……。

***

 ――それから一時間後。
 用事を終えて戻ったヴァンが、鏡の前でセクシーポーズを決めまくるフブキの姿を発見してギョッとするまで、飴玉効果は持続し続けたという。

クリエイターコメントお待たせいたしました。とても面白いプレイングで、捏造OKとの事でしたので少し遊ばせていただきました(笑)楽しかったです!
ただ、奥さんの部分だけ少し心配ですので、問題があれば遠慮なく仰っていただければと思います。

少しでも楽しんでいただければ幸いです。
公開日時2012-02-22(水) 21:30

 

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