クリエイター瀬島(wbec6581)
管理番号1209-20875 オファー日2012-12-06(木) 02:44

オファーPC ロナルド・バロウズ(cnby9678)ツーリスト 男 41歳 楽団員

<ノベル>

__バイオリンの悪魔とは、20世紀中盤に訪れたクラシック音楽不況時代を憂い、カルネリーホールで行われたパン・デュラ・フィルハーモニー交響楽団による演奏会ジャック(パン・デュラ・フィルの屈辱)を行った出自不詳のバイオリニストを指す。


「おじさんそんなつもりじゃなかったんだってばあああ!!」

 さて、では彼の切ない言い訳……電子媒体の無料百科事典には決して載ることもないような、彼の憂いを聞いてみるとしようか。きっと、そこにある無機質な数行の記述よりは、君の心を打つだろうから。





「クラシック不況ねえ」

 つい先日、隔月刊から季刊となることが発表されたクラシック音楽雑誌の一頁をぺらりとめくり、ロナルド・バロウズは興味があるのかないのかといった曖昧な表情で小さな欠伸を噛み潰した。

「ま、仕方ないよねえ。そもそもが王侯貴族様の暇つぶしで食わせてもらってたようなもんだもの」
「おや、今日はやけに自虐的だな」

 ロナルドにそこまでの諦観を持たせた張本人である自覚がこちらもあるのかないのか、傍らの悪魔がくききと笑ってロナルドの肩口から音楽雑誌を覗きこむ。ふたりが目にしている頁には、ジャズの隆盛とそれに反比例するクラシックの不況を比較した連載記事が饒舌に、クラシックの凋落を謳っていた。

「そう? そりゃあ俺だって寂しいけどさ」


__音楽がなくなるわけじゃなし


 人の世が、人が望むものが、人が音楽に見る夢が変わり続けていくのを、ロナルドはその目で直に見てきた。その結果がこの記事に書かれているようなジャズの隆盛とクラシックの凋落ならば仕方がないし、かつてのように権力の移り変わりとともに楽譜が燃やされたり音楽家が文字通り首を切られたりといった哀しい時代でももうない。それならば時の流れに任せればよいのだ、多少注目を浴びなくなったとはいえ、クラシックの良さが失われたわけではないし、クラシックを愛する者がただの一人もいなくなったわけでもないのだから。

「それに、ジャズだっていい音楽じゃないの。俺は好きだよ」

 かつて、ロナルドがまだ歳若くものを知らなかった少年の頃。この腕一本で身を立てるのだと夢見て田舎町を旅立った少年少女たち、あの頃の彼ら彼女らが目指したのは宮廷やサロンだったが、今の時代はそれがジャズクラブやストリートにとって替わっている。ただそれだけのこと、目指すその場所には今も昔もほんとうの音楽があるのだ。
 だからこそロナルドは取り沙汰されているクラシックの衰退を寂しくはあるがそれも自然なことと受け止めることが出来たし、新しい音楽に情熱を傾ける者達を心から歓迎することが出来たのだろう。

 だが、横の悪魔はもう少しだけ疑り深く、そして広い意味で音楽を愛していたようで。

「ロナルド。おまえにひとつ頼みがあるんだがね」
「金なら貸さないよ」
「真面目な話をしようとするとこれだ。……まあいい、よく聞け」

 悪魔の溜息が音楽雑誌の頁をふらりと揺らした。





__一年間、外を見てこい。その上でお前が甘ちゃんな第三者でいられるのなら大したもんだ


 必要な金も身分も言葉も、どうにでもしてやる。そんな悪魔の言葉に従い、ロナルドは元バイオリニストの音楽ジャーナリストという仮の身分で、海を隔てた大都市ニューヨークを訪れていた。古いものと新しいものが平等に歓迎され、観衆の目による洗礼を受け淘汰されたものだけがこの街で生き残る。そのエネルギッシュな様は遠く離れた土地に住むロナルドを虜にした。

 だが、この街を取り巻く音楽事情はそう簡単に、綺麗なものだけを見せてくれるわけがなく。光が強く当たるところがあれば、そのすぐ傍には闇もまたあるのだ。


__なんだ、これは?


 確かに今、この街の寵愛を受けているのはクラシックよりジャズで、オペラよりミュージカルだということは、ロナルドにもすぐに分かった。新しく勢いのあるものが大衆に歓迎されるのはいつの時代でもそうだったし、それが一時の流行ではなく、本当に長く愛されてしかるべきものならば歓迎すべきことだ。結果としてクラシックが追われる側となるなら、それでも新しい音楽に敬意を持って切磋琢磨しあい、お互いの音楽を高める切欠になればいい。絶対音楽が音楽外の霊感という刺激を受けてロマン派音楽への進化を見せたのと同じように。

 カルネリーホール。世界中の音楽家が憧れるコンサートホールでロナルドが耳にしたチャイコフスキーのマンフレッド交響曲は、そんな音楽を愛し魂を捧げた人々の熱量を踏みにじるような、退屈でつまらない、ただ偉大な楽譜をなぞって喜んでいるだけのごっこ遊びでしかなかった。

「(これのどこがフィルハーモニーだって?)」

 憤りすら覚える低レベルな演奏に拍手を送る気にもなれず、自己満足に浸るオーケストラの尊大な顔を見る気になどもっとなれず、演奏が終わって早々に席を立つロナルド。

「……!」

 外を見てこいと悪魔が命じた理由。席を立ちステージに背を向けた瞬間に、ロナルドはそれを肌で感じ取った。
 拍手の量が少ないのは、ただ単に演奏のクオリティがお粗末なものだからとばかり思っていた。違う。いや勿論それもあるのだろうが。

「こんなに……少ないのか」

 客の数よりも、空席の方が多い。およそ3000人を迎え入れることの出来るこのホールで、その現実はどうにも寂しくロナルドの目に映る。そして後ろではその僅かな客に対して胸を張り、何ら疑いを持とうとしないオーケストラの連中の表情を思い返すだに胸がむかつき、ロナルドはホールを後にした。





 あらゆる意味で衝撃的だったカルネリーホールでの出来事から日を改め、ロナルドはあらためてこの街で何が起きているのか、ひとつの音楽が廃れ、新しいものが生まれゆく潮流の中、音楽に携わる人々は何を思っているのかを知ろうと躍起になっていた。
 どうせ金の心配のない身だとばかりに、名だたるコンサートホールやその間を縫うように点在するジャズクラブに通い、果ては街灯の下をステージにするストリートミュージシャンたちの演奏にも、それが素晴らしいものならば惜しみなく称賛とコインを送るロナルドの顔が、音楽好きのニューヨーカーたちの間で有名になるのにそう時間はかからなかったらしい。

「あ、ロナルドさん。今日はどちらへ?」
「パン・デュラ・フィルのツィゴイネルワイゼンを聴きにカルネリーへ!」
「あー……」

 路上でバイオリンを弾く青年に呼び止められ、カルネリーホールの月刊プログラムを取り出し機嫌よく答えたまではよかったが、その答えを聞いて表情を曇らせた青年に思うところがあったのか、ロナルドは急ぐ足を止めて青年に問いかける。

「どうしたの、パン・デュラに元カノでも居るの?」
「……はは、それくらいだったらいいんですけど」

 ロナルドの冗談に笑ってくれる程度には気を許しているのだろう、それでも眉を下げる青年の表情は明るくない。

「今日のチケット、2枚あるんだよね。よかったらその後、飯でもおごるけど?」

 ロナルドは、青年に「来い」とは言わなかった。それでも、青年は一度開いたバイオリンケースを閉じてロナルドの後に着いてきた。





「パン・デュラ・フィルは初めてですか?」
「ん? そうだねえ」

 ニューヨーク、そしてここカルネリーホールを拠点とするオーケストラ、パン・デュラ・フィルハーモニー交響楽団。ここもまたクラシック不況の煽りを受けて集客には苦労しているようで、無人の客席が目立つフロアを苦々しく見回し青年が呟くように問う。

「ここまで来ちゃったからには聞いちゃうけど、君、パン・デュラに何か因縁でもあるの?」
「それは、演奏の後にしましょう」
「……そうだね」

 その演奏にどんな感想を持ってしまうかは、この空席たちを見れば、そして対照的に得意満面で何の疑いもなくステージに上るオーケストラの面々を見ればもう分かりきっていた。
 この時代のクラシック界隈では重鎮・大御所と称される楽団ではあったが、それは裏を返せば頭が硬いことの証明である。クラシックを愛するのは限られた人種だけでいい、ジャズやポップス、駄菓子のような安い音楽を好む連中が耳にする資格など無くていい。そういう不遜な態度が音にも現れたような、やはり退屈で自己満足の遊びに過ぎない演奏は、とてもではないが最後まで聴いていられるものではなかった。

 結局、その日のお目当てである曲目まで聴くことはなく、二人は席を立つ。





「僕、去年まであそこの第二バイオリンだったんです」
「あ、やっぱり?」

 小さなビアレストランのカウンター。エールとミートパイ、フィッシュ&チップスを頼み、サービスで出てきたレリッシュのピクルスをかじりながら、ロナルドは青年の呟きに耳を傾ける。無言の気まずさを埋めるのはジャズバンドの演奏で、アドリブ色の強いビバップスタイルは騒がしいこの店によく合っていた。

「……耐えられませんでした」
「そうだよねえ」

 ジャズの隆盛によって、クラシック畑の外からも素晴らしい音楽家が育つ土壌が生まれ、それは音楽の市場とリスナーの裾野を大きく広げた。だがそれは、伝統的なやり方でクラシック音楽を守ってきただけの年寄り連中には戸惑いでしかなかったのだろう。

「最初にお客が減り始めたのを知ったとき、訴えたのに」
「今までのやり方じゃあやっていけないって?」

 青年はロナルドの問いかけに頷く。

「あの人達は自分が生きている間、このやり方がどうにか保てればそれでいいのかもしれません。お客が減ったのならチケットを値上げして、敷居ばっかり上げて……」

 それでも、青年は音楽に絶望したわけではないのだ。スポットライトが路上の街灯に変わろうとも、彼は自分が届けたい音楽をその胸に持っている。


__ロズもこんな風に苦しんだんだろうな


「いい時代なのにねえ」
「え?」
「いや、こっちの話。ごめんごめん」

 エールをぐいと飲み干し、ロナルドは静かに目を閉じる。
 いつだって、音楽を本当に愛する人が傷ついてきたことを思い出しながら。
 何のしがらみもなしにただ愛しい音を奏でることは、何故こんなにも難しいのだろう。

「おじさん何だか腹立ってきちゃったなあ!」
「ロナルドさん……?」
「戻ろうか」





 丁度休憩時間を挟んだカルネリーホールは相変わらず人影もまばら。目の据わったロナルドがバイオリンケース片手につかつかと通路を通るのを、青年が慌てて追いかける。

「ロナルドさん、もう始まりますよ!」
「いいんだよ、いいんだ」

 ツィゴイネルワイゼン、第一楽章。管と弦の斉奏がロナルドの足音に構わず鳴り響く。僅かな観客が何事かとロナルドの方向を振り向くと、そこには鬼の形相でバイオリンを構えるロナルドの姿があった。バイオリン独奏の主題がコンマスによって奏でられんとするまさにその時。

「ごきげんよう、偉大な先達の音楽を踏みにじる頭の硬いクソガキども。まあなんだ、死ね」

 にこやかに放たれた毒と旋律は、その場に居た全ての者を捕らえ離さなかった。神が与え悪魔が愛した才能、この場の誰もが想像すら出来ない長い研鑽の時間を経て紡がれる音は、言葉よりも、先達の楽譜よりも雄弁である。

「この連中が捨てられない、音楽を愛さない腐りきった心を、変化を恐れ先達の真似事しか出来ない鈍りきった腕を、心より哀しく思う。……だから俺がね、引導渡してやるよ? それでも音楽を聴きにここへ来てくれた人々の良心に誓ってね」

 最早、オーケストラすらもただの観客であった。人智を超えた音楽、音楽外の霊感を今、カルネリーホールに居合わせた者が確かに目撃しているのだ。絶望ではない、期待を寄せるが故の怒り。悪魔は怒っている、新しい音楽の潮流に身を任せられず、クラシックという形骸化した言葉にしがみつく全ての者に対して。そうとしか思えないロナルドの演奏は、実際にはたった三分に満たなかったが、その日のパン・デュラ・フィルの演奏を吹き飛ばすのには十二分であった。





__『悪魔のトリル』をタルティーニに授けた悪魔がカルネリーホールに降臨したとする言説もあり、そこから派生した様々な小説、ミュージカルは今もなお人々に愛され続けている。


「もうやめておじさんのライフはゼロよ!!! いやああああ!!」

 心のままに演奏することは素晴らしい、だがそれは……素面の時に限る。

クリエイターコメントお待たせいたしました、「捨てられたディドの嘆き」お届けいたします。
オファーありがとうございました!

今の時代もどこかでは音楽不況と言われて久しいですが、たとえばロナルドさんのように、あるいはこのおはなしに出てきた路上バイオリニストの青年のように、ほんとうに音楽を愛する人というのは絶対にいなくならないのだと思います。
いち音楽リスナーとして色々と考えながら、しかし楽しく書かせていただきました。噂の顛末を後で知ったロナルドさんが悶えるシーンももうちょっと書きたかったのですが文字数。文字数。

あらためまして、オファーありがとうございました!楽しかったです!
公開日時2013-03-11(月) 21:30

 

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