オープニング

『ロメオにようこそジュリエット!』

「だっから、タイミングがおっせぇっつってンだろがよ」
 すぱーんと小気味の良い音が開店前の店内に響き渡る。
――ホストクラブ《色男たちの挽歌》
 店長のチャンはカウンターに肘をつき、ニヤニヤと新人が指導される様を眺めている。細い目に上がった口元はいつもの表情だが、今は非常に楽しそうである。
「そんなに遅くな」
「口答えすんナァ!」
「ハァイ!!!」
 スーツはまだソファの背にかけられている。派手な色のシャツが目に優しくない先輩ジャック・ハートに叱責を浴びているのは店の新人バイトのサキ。
 元旅団員であるサキがジャックに半ば強引にバイトに連れて来られたのは数か月前……割りと時間が過ぎているが「新人にスーツは早い」という理由でずっとベスト姿。そしてヘルプ扱いどころかずっとウエイター扱いだった。
――そもそも開店時は全員未経験者だったアル。
 チャンは今日もその言葉を口の端にも出さなかった。時々しかしない開店前のミーティングの時間は影では「サキいびりタイム」と呼ばれ、先輩陣には10分前集合が義務付けられている。その日のいびりポイントを決める為、そして後から来たサキを「先輩より遅いってどういうことだ」と叱りつける為である。
 ちなみに素直に少しずつ早く来るようになるサキの為に集合時間は毎回早まっているが、今のところ遅刻者は居ない。
「新メニュー案のラテアートだが、出来ない事は無い。と思うが……」
「カフェラテをホストクラブで飲むか……だよね? 俺は良いと思うけどな、酒に強くないお客さんもいるし……」
 「強くないホストもいるしね」とロナルド・バロウズが笑って肩をすくめた。カウンター近くのソファで星川 征秀と一緒にくつろいだ様子でメニュー案の紙をめくっている。
「あんたはおおざっぱだから、作れないだろうが。サキは出来るのか?」
「ふぇっ!?」
 征秀からのキラーパスにサキが変な声をあげる。
「ラテアートって何すか」
「カフェラテのミルクの泡のところに、コーヒーで絵を描くんだよ」
「へぇー。泡ってスチームする機械いるんですよね。凄いっすよね。あれ、ブシャーって言うの」
『……』
 ジャック・征秀・ロナルドの三人の視線がチャンへ向かう。
「無いアルよ!」
「無ェのかヨ!!」
「はい、却下ー」
 ロナルドにより紙が一枚グシャグシャと丸められ――ちょっとキョロキョロと当たりを見渡してから、紙くずはサキに向かって投げられた。
 サキは動じることなくキャッチするとカウンター裏のゴミ箱まで小走りで向かう。良く調教された犬である。文句も言わない。
「そういや我らがサキがやっと旅客登録したらしいゼ!」
「あー、そうそう、こないだアルねー。サキの初指名があった時ヨネ」
「うっす、その節はお騒がせを……」
「これでもうどこでも花見に行けるッてもんだナ、店長」
「そうアルそうアル、残念ながらチャンの知ってる桜の名所はもう花見は終わったアルが。皆を連れて行きたかったアルよ」
 チャンとジャックが肩を組みにやぁっと人の悪い笑みを浮かべてサキを見る。
「今日のミーティングはその為か」
 征秀が中指で眼鏡を押し上げた。
「お前らも行きたかったヨナ、花見?」
「そりゃあね。壱番世界ではこの時期桜の花が咲くんだってな。俺のいた世界にはなかったから、一度見てみたいと思ってた所だ」
 征秀が神妙な顔で頷き、
「桜の思い出、ねぇ。あーあー、あるといえばあるけど何、空気読まないよ? ギッスギスしてるよ? うちのオーナー関連だから。一人でやってろ系よ?」
 どこか懐かしそうな複雑そうな視線をロナルドが虚空に流した。
「ソアも桜に思い入れがあって、花見したいって言ってたゼ、店長?」
 ゴホッとサキが咽た。
「お客様は神様アル、サキの大事な指名第1号アル。お客様の願いを叶えない奴は万死に値するアル」
「な、ななななんでここでソアの名前が」
「何ででしょウ?」
「何でアルか?」
「何でだろうな?」
「何でかなぁ?」
「ッてェ訳だ、サキ。さっさとソアを誘いに行ってこい。場所はターミナル樹海の桜の名所に変更だ。俺も墓守娘に声かけてくるからヨ」
「これからオープンすよね! メールしとくんで後でぇ」
「いやいやいやいや、善は急げ。思い立ったが吉日。今がなぅ! アルよ!
 というか、あー、忘レテタアルー、彼女から新鮮野菜を提供して貰う約束をしてたアルー。
 ウッカリアル。悪いけど取りに行って欲しいアルー!」
「店長いつもより口調が不自然なんっすけどぉ!!」
「ソンナコトナイアルヨー」
「早く行って来いよ」
「そうそう後はおじさん達に任せてー」
「ダッシュだダッシュ」
「うえええマジですか!? うああマジな顔だうあああああ」
 先輩ズのニヤニヤ笑いに見送られ、サキはソアを(半強制的に)誘いに行くことになった。



 ソアは自分のチェンバー内にある桜の木の下に居た。
 風も少なく、まだ散りはじめていない。淡いピンク色の雲。
 自分の誕生月に咲く花に、ソアはとても思い入れがあった。
(カウベルさんとか……サキさんとか。誰かを誘ってお花見したいな……)
 毎日畑仕事の合間に、ここまで来て思う。
 でもなかなか誘いの言葉がかけられずにいた。
 毎日少しずつ膨らんでいく淡色が散るまでの秒読みの様にソアには思えた。
 だから。
「なあ、ソア……ターミナルの樹海に、桜、見に行かねぇ?
 俺の店の面子も一緒なんだけど」
 おずおずと切り出されたサキの言葉に、
 ソアは嬉しくて何度も頷いた。


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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
チャン(cdtu4759)
ロナルド・バロウズ(cnby9678)
ジャック・ハート(cbzs7269)
星川 征秀(cfpv1452)
ソア・ヒタネ(cwed3922)

仮面の マスカローゼ(cucc5741)
サキ(cnma2144)
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品目企画シナリオ 管理番号2701
クリエイター灰色 冬々(wsre8586)
クリエイターコメント既に新緑の季節となってしまいましたが、滑り込みお花見企画シナリオ「《色男たちの挽歌》あの花を貴女と見たい」OPをお届けいたします。
頂いていたオファー文にお店の裏方のシーンを加えてみました。ワイワイ。
マスカさんの登場許可も蒼李WRからいただいております。OPには出てきておりませんが、シナリオではジャックさんが連れて来てくださるはず!! 先輩ですからサキ君よりずっとスマートに呼んできてくださいますよねー。
勿論ですよねー。

シナリオ傾向は、「カオス、どんちゃん騒ぎ、ところによりしみじみ&アンニュイ」と聞いております。しみじみアンニュイもあるんですね、ドキドキ。
シナリオ内容は全面的にプレイングにお任せいたしますので、ワクワクとお待ちしております(丸投げ

ではでは、どうぞよろしくお願いいたします!

参加者
ジャック・ハート(cbzs7269)ツーリスト 男 24歳 ハートのジャック
星川 征秀(cfpv1452)ツーリスト 男 22歳 戦士/探偵
ロナルド・バロウズ(cnby9678)ツーリスト 男 41歳 楽団員
チャン(cdtu4759)コンダクター 男 27歳 ホストクラブ&雀荘経営者
ソア・ヒタネ(cwed3922)ツーリスト 女 13歳 農家

ノベル

 0世界には明確な四季や昼夜の変動がない。
 特にこの墓場は……。
 ほとんど時間が止まったよう。
 たまに訪れる墓参りの客の姿も老いることはなく。
 しかし少しずつ減っていく……のではないかと。
 マスカローゼが墓守を初めてから、まださほど年月を重ねたわけではない。
 ただゆっくりと風化していくイメージがあった。
 墓参りをする客が置いていった花が、色褪せて干からびる。
 花はいつまで生きていたのだろうか。
 切られた時には死んでいる? それとも色を持つ間は生きているのだろうか。
 かさかさになった花を拾い上げると花弁が散った。
 片付けなくては。
 仕事だ。


「マスカローゼ、俺の雛菊、悪ィがちょっと助けてくれねェか」
 明らかに生きている花。賑やかで派手な男。
 この場所に墓以外――マスカローゼを訪ねてくる数少ない人物のひとり。
「また、頼みごとですか?」
 言葉は素っ気ないがマスカローゼの顔に不快感は無い。ジャックはパン、と手をあわせて頭をさげる。前にもこんなことがあった。
「うちの店のサキがやっと旅客登録してヨ。祝い代わりに店で花見をすることになったンだワ。サキを初指名してくれたソアも呼んだンだが……女1人じゃ緊張するだろ。ソアが緊張しなくて済むよう、ソアの知り合いのお前も是非参加してくれないか。礼は何でもする……頼む、この通りだッ」
「構いませんが」
 マスカローゼは特に断る理由が思いつかなかった。ソアとは面識がある。明るい夢を持った少女。
「っしゃあ、当日は迎えに来るから待ってろナ!」
 ジャックは嬉しげに歯を見せて笑うとマスカローゼの手をとってキスをした。そしてヒラヒラと手を振って行ってしまう。
 また静かになる。

……

……

と、

 マスカローゼのトラベラーズノートにメールが届いた。

「ソアです。
 お花見御一緒できると聞きました。嬉しいです!
 あの、良かったらですが、一緒にお弁当を作りませんか??
 うちで作った野菜と、ブルーインブルーから持って来た美味しい昆布があるんです」

 マスカローゼは特に断る理由が思いつかなかった。
 ソアはまた温泉の時のように張り切っているのだろう。
 賑やかになる。時間が動いていく。
 時間はいつも人が連れてくるのだと思った。



 * * * * * *



「マスカローゼを最初に迎えに行ったらァー。
 既にソアとサキが一緒に居た件についてェー」
 場所はホストクラブ前。店の前で待っていたチャン、征秀、ロナルドに念動で墓場からマスカローゼ、サキ、ソアを連れてきたジャックが早々に片手を挙げて報告した。もう片方の手はきっちりマスカローゼの手を掴んでいる。ソアとサキは勿論手は繋いでいない。
「ぶははははっ、それは残念だったある! 集合前のプチデート失敗残念あるよ!!!」
「……ソアを迎えに行ったらマスカローゼさんが……」
「じゃあ、サキもソアとプチデート失敗だったんだ」
「スタート前から残念なやつらだな……」
 チャンが爆笑、ロナルドが笑いをこらえられないというように喉をくつくつと鳴らし、征秀はニヤニヤと口元を上げた。
「ごごごごごめんなさい、私ですね? 私がマスカローゼさんを誘ったから…!!」
 ソアとマスカローゼは約束した通りに二人でお弁当を作った。場所はソアの家。
 おにぎり、卵焼き、旬の野菜の煮物や炒め物、昆布巻きの他、普段あまり作らないからあげやコロッケなどお弁当の定番揚げ物にもチャレンジ。お酒が好きな人の為に枝豆もドッサリと茹でたし、デザートの苺も丁寧にヘタを取った。
 重箱に色どりを考えて詰め風呂敷で包む。
「ふうっ」
 と満足げにおでこを拭ったソアに、マスカローゼがそっと告げた。
「風呂敷包みが5つあるわね」
「はっ!!?」
 二人とも腕の力には自信があった。しかし腕は二本ずつしかない。ソアが顔を青くしているところにサキからのメールが届く。

「ジャック先輩が、ソア迎えに行けって言うから行く」

「あああ、サキさんがお迎えに来てくださるそうです! も、申し訳ないですが、一個持っていただくしか」
「そういえば、ジャックに墓で待っているように言われたのを忘れていたわ」
「ええっ!! じゃあサキさんが来たらみんなでお墓に行きましょう!!」
 ジャックにメールするという思考にソアは到ってなかった。そして、マスカローゼはソアが行こうといったので、それで良いかと思っていた。
 酒瓶を大量に背に負ってソアの家に辿り着いたサキも、ホストクラブより墓のが近いからとりあえず良いかと思った。
 三人に微塵も下心は無い。
 このようにしてジャックのほんの少しの下心と親切心は残念な結果になった。
「今日はまだまだこれからあるよ!」
 チャンの励ましの言葉に、ジャックがサキに八つ当たりの蹴りを入れる。



 * * * * * *



「本日はぁーお集まりいただきありがとうあるー!
 《色男たちの挽歌》の万年新人バイトのサキくんの旅客登録祝い……という名目で開催したあるが、まぁそんなことは置いとくのよ。みんな仲良く飲めや食えや歌えやある!!」
 カラオケセットのマイクのケツをやたらと上げて、チャンが開催の言葉を述べた。ヒューっと口笛と拍手。両手で沈めるジェスチャーをしたチャンのマイクをジャックが奪って続けた。
「自己紹介がまだだろが。
 お前、ソアは知ってるナ。こっちから店長のチャン、音の魔術師のロナルド、ミステリアス・フォーチュンテラーの征秀、店1番の下っ端兼ムードメーカーのサキだ。みんな、コイツは俺の愛娘のマスカローゼ……今日は宜しくナ」
「え、マスカローゼさんってジャックさんの子供なん」
「ちげぇっテの」
 サキの頭が景気良くはたかれる。
「くっそイテエエエエエ……!!」
「ンじゃ店長、うちの店の益々の商売繁盛とサキの下剋上を願って乾杯と洒落込もうゼ、ヒャハハハ」
 返却されたマイクを改めて構えなおすと、チャンは元気に声を上げた。
「はいはいマスカちゃんよろしくねー! 噂は伺っているあるよー!
 飲み物は回ったかな、まだあるか、ハイハイレディファーストで手早くある。
 みんなボトルは早いあるよ、ちゃんとコップに注ぐある!!」
「はいはい、女の子はジュースかな? サキはお酒どれでもいいから栓開けて注いで回って」
「ウッス」
「準備オーケイ? 準備オーライ?
 あーあー何かちょっと喉がひっかかるあるー」
 チャンが受け取ったばかりの酒を煽り、一同からブーイングが起こる。
「オーイ! 乾杯前だぞー!」
「はやく乾杯しろー!」
「うっさいある、このくらい水ね。
 えーでは、ロメオの益々の繁盛とサキのアレコレの進展を祈ってぇー
 かんぱあああああああい!!!」
「え、アレコレってな」
『『『『『かんぱああああああああああい!!!!』』』』』
 コップが掲げられ一同が一口煽る。
「ぷっはぁああ」と酒を飲んだ男性陣が同時に声をあげたので、ソアはクスクスと笑ってしまう。
「キミ、お弁当を作ってきてくれたんだって? 開けてもいいかな。早く見てみたくて気になってた」
 征秀が優しくソアに話しかける。
「は、はい! マスカローゼさんと一緒に。あ、おしぼりも持って来ました!」
「おしぼりは俺が配るね」
 おしぼりの袋を、ソアの手にわざと触れるようにしながら受け取るロナルドに、サキが口を尖らす。
「何で二人とも営業モードなんすか!」
 言いつつソアがほどくのに手間取っている風呂敷包みを解いてやる。
「ああありがとうございます!」
 お礼を言うソアを見て、チャンがニヤニヤと笑い、ジャックは隣のマスカローゼの頭を片手で引き寄せ撫でた。
 重箱が開けられると男性陣から「おおおっ」という歓声が上がった。ぎっしりと詰まった俵おにぎりには色とりどりのふりかけ。煮物の花型のニンジンやインゲンが鮮やかで、鮮やかな黄色の卵や菜の花の葉も綺麗だ。昆布巻きもツヤツヤと照りがあり、山盛りのカラアゲが食欲をそそる。
「うわあいお花見お弁当って感じだね!」
「美味しい酒と美味しい食事。最高の組み合わせだな。今日は仕事ではないからゆっくり楽しめる」
「お口に合うといいんですが」
「合わない訳ねぇだろガ、おいお前の作ったのはどれだ? 俺が一番に食うからな、いいだロ?」
 ジャックが囁くように尋ねると、マスカローゼは眉を寄せて首を傾げた。
「野菜を切ったり、鍋を混ぜたり、どれも一緒にやったからどれということは無いわ。敢えていうなら……このおにぎり」
「最初から米か! まぁいいサ、ヒャヒャヒャ」
 嬉しそうにジャックがおにぎりを頬張るところを、マスカローゼは見ていた。
「マスカローゼさんもどうぞ、こちらのコロッケも綺麗に揚がっていますよ!」
 ソアがニコニコと料理を取り分けて、マスカローゼに渡す。
 サキがちょっとモジモジと目線を泳がせた。
「ソアちゃんーサキにも料理を取ってあげて欲しいあるよー。特にソアちゃんが握ったおにぎりがサキはすっごく食べたいあるよー」
「ちょおおおねええええっすから、店長! あとマイクで言うのやめてくださいよマジ他にもお客さんいますからねえええ」
 そう。花見客はロメオ組だけではなかった。
 広い範囲に桜の分布した樹海の一角は口コミで広まっていたらしく、他にもシートを広げた花見客が楽しそうに歓談や宴会を楽しんでいる。
 周囲は軽く人の手が入っていて、小道やベンチ、トイレまで完備。簡単な公園のようなところになっていた。
「割と離れているから大丈夫あるよ! さぁさぁみんな盛り上がるよろし、十八番の演歌を披露するある! 合いの手とヤジは任せるね」
――ててんてんてんてれてんてん、てれてれてんてんてん♪
「はぁなぁはぁ~~~~せつなぁくぅ~~~~~♪」
「ヨッ店長!!」
「あっはっはっは」
「店長無駄にウメェー」
 無駄、のひとことが聴こえたらしくチャンは歌いながらサキにヘッドロックを決める。
「ぐ、ぐえええ、くるしい、そして、耳元でうるさい……!!!」
「さっきから口がでかいな、もう酔ってるのか、さっさと次の酒を出せ。もっと美味い酒だ。当然持って来てるよな、サキ?」
「星川先輩キャラが戻ってます!」
「ホストの仕事中は明るくしてなければならないため思うように酒は飲めないが、せっかくだし今日はゆっくり飲ませてもらう。
 こんな風に健全な空気の中で酒を飲む機会は滅多にないだろう」
「健全ねぇ」
 ロナルドが楽しげに笑って、コップを煽る。
「っぱ瓶だろ。注ぐの面倒クセェって」
「はいはい、おじさんが開けてあげますよーって俺おかんか!」
 ロナルドがそこまで言ってから姿勢を少しだけ変えて決め顔を作る。
「ハイ、ノリツッコミ!」
「ヒャハハハハハ、ナンだそれ何ネタだよオイ!!!」
 ジャックがテンション高く笑いながら瓶を受け取る。
『フゥーーーーーカンパーーーーイ!!!』
 そしてそのまま二人は良く分からないテンションのまま乾杯をした。ソアが楽しそうに笑い二人がサキに向かってドヤ顔を披露する。
「お前らちゃんと聞いてたあるか! 二番目はサキが歌うあるよ」
「えぇぇぇ、歌とか知らないっすよ」
「探せばあるある。探すある。点数低いと上から金だらい落ちてくるある。
 ちなみにチャンは96点ある」
「カラオケしないんで高いかすらわかんねぇー」
 サキが真剣に曲目を探しているところを、ソアはニコニコと眺めた。そして気づかないうちにコップの中に入っていた桜の花びらを見つけ、頭上の木を見上げる。
 立派な木だ。0世界の空は白く、桜の淡い色が空にぼんやりと溶けて広がっていくように思える。広がる淡色。
 サキはちゃんと見れているだろうか。食事に酒に会話に忙しくて、花見なのに花を忘れてしまうのはよくあることだ。
 ……でも楽しそうだから。
 嬉しい。
 ふと、同じように上を見上げていたマスカローゼをジャックが愛おしげに撫でているところを見てしまい顔があつくなって俯いた。
「お前、複数との花見なンざしたことなかったろ……コイツらなら大丈夫だ。安心しろ」
 優しい声でジャックは囁く。
「お前自身の楽しい思い出を積んでくれ。お前は笑っていい、楽しんでいい、生きてて良いンだ……マスカローゼ」
――ジャックさんはいつもマスカローゼさんのことを気づかっている。
 羨ましい……のだろうか。
 ソアが自分の気持ちにモヤモヤと悩んでいる間に、チャンがジャックをひっぱり木陰にひっぱりこんだ。
「アァ? なンだよ店長、いいとこだったのによ」
「ちょっと気になってたことがあるあるよ」
「あるあるかヨ」
 チャンは拳でジャックの胸元を軽くどついた。
「マスカローゼとヴァネッサ本命どっちね」
「ハァ?」
「チャンが言えた義理ないけど二股いくないね。
 浮気な男は地獄行きある。どっちかばしっと決めるのが本当の優しさあるよ。
 チャンの知らない第三の本命がいるかもしれないけど!
 あっちこっち手を出して首突っ込んで責任とらない最低あるよ。
 人生の先輩として辛口アドバイスね!」
 そこまで一息に言うとチャンははぁーっと息を吐いた。
「あんまりおせっかいは好きじゃないある。戻るね」
 チャンはジャックを置いて先に皆のもとに戻っていった。
 ジャックは首の後ろを掻く。
「……」
 小さく呟いた声は周囲の喧騒に紛れて、本人の耳にすら届かなかった。



 * * * * * *



「この曲は歌える気がする……!」
 サキは初めてのマイクを握って、明らかに嬉しそうに目をキラキラさせながら前奏を聞いていた。スローテンポのリズムに少しだけ頭が揺れている。
 前奏が終わる。
 息を大きく吸った。
「―――ぁ」
――ピッ
「あ、ゴメン操作間違った」
――採点不能
――ゴォォオオーーーーーン!
――……ばたり。
 金だらいの直撃を受け、サキは倒れた。
「きゃーーーサキさああああああああん!!」
「サキにはお約束が似合うあるよ」
「あ、俺の入れた曲ー、サキゴメンね。マイクもらうよー」
「ジャック……聞けよ……この前の依頼で、男と伴侶になるだろうって言われた……ショックだ……」
「征秀ェ、ダウナーだナ、ヒャヒャヒャ、サキ見て笑っとけヨ」
「もっと面白いことしてみろよ……男にモテちまえ……」
「ひっど! ギャハハ」


――ほら、桜なんて見れてない。
「頭がグァングァンする……」と、呟いてから目を閉じてしまったサキの横に座り、ソアは濡らした布巾で頭をそっと冷やしてやる。

 桜の花が好き。
 中でも、風が吹いて花びらが舞う光景が一番好き。
 ここは風が吹かないからきっと見られない。残念だ。
 ソアという名前は、桜が風で舞う光景を見て異国の旅人夫婦が付けてくれたと母親から聞かされていた。
 旅人夫婦は異種族同士だった。
 出身世界では異種族間が子を為すのは大罪。
 夫婦も罪人として追われる身だった。
 しかし彼らはソアの自由を願ってくれた。
 ソアは自分の名前が好きだった。
 夫婦はきっと無事でいてくれると、いつか会えると、思っていた。もし会えたら素敵な名前をくれたことをお礼をしたいと、思っていた。

 でも覚醒して環境が変わり、戦乱の光景、苦い結末……色々見てきた。
 世の中そんなに甘くはないと知り、今まで気付かなかったことにも気付いてしまった。
 罪人がいつまでも逃げ続けられると思えない。
 彼らはきっと……もうとっくに……。
 そう思うと急に悲しさが込み上げてきた。

「少し散歩してきますね」
 ソアは無理に微笑んで、足早にシートを離れていった。
「サキ置いてかれてンですけど」
「役たたずあるー」



 * * * * * *



 ソアが離れていくときの表情を見て。
 征秀の意識はぼんやりと思い出の中を漂っていた。

 出身世界には壱番世界のような四季の概念がない。
 だから季節の花が咲き誇ることもない。
 桜も初めて見た。
 思ったより、白っぽくて。花の一つ一つが小さい。
 同郷出身の知り合いの少女は去年壱番世界に花見に行ったらしく、「絶対見た方がいいですよ! すっごく綺麗なんですから! すっごく綺麗で……どこか寂しい感じのする花なんです」と言っていた。
 見た方がいいと力説しながら「寂しい」とは変なことを言うと思っていたが。
 いざ桜を目の前にするとそれも頷ける。
 何故だか分からないが、確かに寂しさを感じる花だ。
 その姿は、いつも明るく笑いながらも、時々寂しげな目をする桜色の髪の少女を思い起こさせた。
 小さな花弁は音も立てずにハラハラと落ちて降る。
 胸が微かに痛む。
 皆は楽しそうに笑っている。
 違和感。ズレ。
 それが異様に心地よかった。
 不思議な魅力。

――帰属の話とか……後でちゃんとしなきゃな。
故郷に帰ったらもう桜は見られないだろう。
だから、この花を目に焼き付けておこうと思った。



 * * * * * *



「ジャック君はイイ奴だと思うよ」
「そうですか」
「おうおうもっと言ってくれヨ。あと征秀が寝そうだから何か面白いことやってくれヨ」
「オーケーオーケー、では一芸やっちゃおうかね」
 ゴソゴソとロナルドは持参したバイオリン【かずのこ】を取り出した。
「一発芸・バイオリンで救急車」
――……ピーポーピーポーピーポーピーポー
――ヒーフォーヒーフォーヒーフォーヒー……
「ドップラー効果付!!」
「ぶははははははくだらねえええええええある!!!!」
 チャンが飲んでいた酒を吹く。
「ヒャハハハハハハハ!! 店長きったねぇええ」
 もはやテンションマックス。箸が転がっても面白い。
「あんたたちには情緒ってもんがないのか……花を見ろ花を」
「俺ァ俺の可愛い花が近くにいるからいいンだヨ」
「ジャックはサキをダシにして連れてきたんだから、サキのことももっと応援してやるあるよ」
「アア? したら起きろや。おいサキ、サキ!!」
 ジャックは飲みかけの一升瓶の底でゴンゴンと先をどついた。
「ッソ、イッテェな、何しやがんだクソガッ!!!」
「はい、先輩にそういう口きかなーい」
 ロナルドにも酒瓶で膝の後ろをどつかれて、立ち上がったばかりのサキがまた地面に沈む。
「あっ、これピンドンじゃん、開けていいの店長。開けるよ開けるよ??」
「ちょっと古いのは内緒あるよー」
「コップは新しいのにくれ」
「征秀君は本当お酒好きだよねー。いいよね、そういうお酒を大事にする姿勢」
「サキーピンドンあるよピンドンー」
「……ピンドン運んだの俺ですよ……あのソアどこっすか?」
 服に着いた草を落としながら頭を振ったサキがおずおずと聞いた。
 男性陣が顔を見合わせた。
 そういえばなかなか帰って来ない。
「彼女は大分前に散歩に行って、戻って来てないわ」
 マスカローゼが冷静に答えた。
「……ソァァァアアアアアアアッ!! 探してきます!!!」
 サキは最後にソアを見た位置に立ち左右を見る。そして桜の木が遠くまで続いている方に向かって迷わず走り出した。



 * * * * * *



「もももももももしかしなくても樹海で迷子です!」
 少し気持ちが落ちつくまで歩くつもりで……ふらふらと桜に誘われるがままに進んでいたら……。
 いつの間にか桜の森の外れまで来てしまったらしい。
 逆向きに進めば戻れるだろう……と思ったら甘かった。
 また別の外れに出てしまい、何だか道も険しくなっている。
「そのうち出られますよね……0世界ですものね……」
 しかし樹海も奥までくればまだワームもいる危険な地域なのだ。
 そう考えるとぶるりと体が震える。
「どどどどどうすれば……」
 人とはぐれたときは動かない方が良いらしいが、迷子になった時はどうすればよいのだろう。右手を壁につけて……いやこれは迷路で……。
 ソアは混乱していた。



 * * * * * *



「ロナルド、踊れそうなの1曲頼むワ」
「いいけど、誰がサキもソアちゃんもいないのに、踊るの? 二人で?」
「他の客も巻き込めばイイだろ。いじるヤツがいなくなってつまんねーンだよ、盛り上げようゼ」
「あれ、店長もいないよ」
「カメラと録音装置持ってサキを追ってったぜ。
 サキの甘酸っぱい黒歴史を永久保存ね! だそうで」
「ぶはっ、何で征秀、店長の真似うめェんだヨ!!」
「明るくて楽しい曲がいいかな」

 桜を見上げると思いだす。

 昔、館の庭で桜を見て悪魔が言った。
 音楽を演奏したい、歌いたい。
 だがやろうとしても、花弁のように散ってしまうと。
 その時だけ、渇望と人間への羨みを寂しげに零した。

 初めは彼が心底憎かったが、音楽への渇望には共感する。
 
「俺はどんな曲でも良いけどね。弾ければ幸せだからさ」



 * * * * * *



「どうしよう……」
 ソアは周囲で一番大きな桜の木の下で膝を抱えた。
 風がなく桜の花びらだけがゆっくりと回り降っている。
 時々聞こえるガサリという音に身を固くしながら、ソアは目の前の地面に積もる花弁が少しずつ増えていくところを見ていた。
 風が無ければ、桜の花びらはとても自由には見えなかった。
 落ちて積もっていくだけ。どこへも行けない。
 涙がこぼれそうになって、顔を抑えた。
 きっと名付け親の夫婦も、風の無いところで死んでしまったのではないか。

「ソアァァァァーーーーー!!!」

 ふと、どこからか、風の吹くような、強い響きがした。

「ソアァァァァぁぁぁーーーーー!!!」

「サキさん!!」
「ソア!!」
 声のしたほうの森の一部が揺れ、ガサゴソと草木を掻きわける音が響く。
 ソアはドキドキとしながら、その姿が見えるまで待った。

「居たぁあ!! 怪我してねぇか、どこまで行ってやがんだお前は!!」

 桜の木から飛び降りてきたサキは、風のように沢山の花弁を周囲にくるくると巻きあげながらソアの近くまでやってきた。

「サキさん! 大丈夫です。すみませんでした……」
「ちょ、目がうるんでねぇか、泣いてたのか」
「泣いてません! 泣きそうに……なってただけです」
 顔を真っ赤にして俯くソアに、サキは気まずそうに手を差し出した。
「戻るぞ」
「はい」
 ソアがサキの手を握る瞬間、サキが少しびくりと震える。
「……どうやって見つけてくれたんですか」
「普通に……足跡をたどって……」
「それ普通じゃないです」
「じゃあ、どうやったら迷子になるんだよ。普通じゃねぇよ」
「それはですね……」
 ソアは自分が桜を見て思い出していたことをサキに話した。
 名前の由来のこと、夫婦のこと。死んでしまっているかもしれなくて、悲しくなったこと。
 サキは黙って聞いていた。



 * * * * * *



「ぜぇ、はぁっ、ちょおおおサキ君体力ありすぎある、くっそ若さか……
 でも良い絵が撮れたある。ほらほらホシカワ見るあるよ、この初々しいお手手のつなぎかたを……」
「初々しすぎて不安になったんだが」
 征秀はくいと眼鏡を左手で上げながら右手でグラスを煽った。
「まだ飲んでるあるか。というか、そんな酒あったあるか」
「ロナルドがストリートパフォーマー化してるので貰い物。あと、ジャックが何故か老人に人気で」
「マダムキラー!?」
 今もジャックは老婆と仲良く片手を繋いでロナルドが奏でる軽やかな音楽に合わせてお辞儀をしたところだった。
 マスカローゼは日陰でイチゴを食べながらその様子をじっと眺めている。
「今日は楽しかったあるー。来年も同じメンツで顔揃えてターミナルで花見できたらいいあるね」
 その言葉に征秀がピクリと眉を動かしてチャンの顔を見る。
「……な~んて、故郷に帰るツーリストも、異世界に帰属を決めるヤツも出てくるて知ってるある。ホシカワも居なくなるあるね?」
「……」
「チャンはこの先予定なし。壱番世界と0世界行ったり来たり、雀荘とホストクラブ二足の草鞋でやってこうかと思ってるね。
 身の丈合ったシアワセが一番よ」
「身の丈ね……」
 征秀はこくりと頷いた。

「サキとソアが帰って来たらいっぱいからかって、そんで居なくなった罰に二人で踊らせてやるあるよ。それから今日の記念に集合写真を撮るある。
 皆揃って桜の下でハイチーズ。ホストクラブに飾っとくある。
 思い出は色褪せないあるよ」
「そうだな」



――とある春・花散る木の下で。



(終)

クリエイターコメント大変お待たせして申し訳ございませんでした。
気づけば7月前!もう夏!?
桜と春は大好きなので、あの少し切ない雰囲気と浮かれた気持ちを思い出しながら書かせていただきました。
盛り込みたいネタがモリモリになってしまい、ぐいぐいと押しこんだかんじで、ちょっとまとまりが……ええとどうでしょう。

読んで切なくなったりほんわかしたり笑ったりしていただけますと幸いです。
オファー頂き誠にありがとうございました。
公開日時2013-06-27(木) 22:20

 

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