クリエイター黒洲カラ(wnip7890)
管理番号1149-23398 オファー日2013-04-20(土) 22:01

オファーPC ロナルド・バロウズ(cnby9678)ツーリスト 男 41歳 楽団員
ゲストPC1 有馬 春臣(cync9819) ツーリスト 男 44歳 楽団員
ゲストPC2 氏家 ミチル(cdte4998) ツーリスト 女 18歳 楽団員

<ノベル>

 始まりの合図がどんなものだったか、明確に覚えているものはいただろうか。
 耳をつんざく咆哮を上げた化け物たちが、殺意もあらわに殺到する、そんな地獄絵図のさなかに。
 人間というガジェットに悪意と嘲笑のエッセンスを加え、それを地獄の圧力鍋で百年ばかり調理すればこうなるだろうか、といった印象の、ヒトの要素をあちこちに持ちながらヒトの醜悪さばかりが絶望的に浮かび上がる、近しいがゆえに呪わしいかたちをした化け物の姿に、仲間の“契約者”たちがごくりと喉を鳴らす。
「しかしまあ、大ごとになったものだ」
 有馬 春臣はひとつ溜息をつき、大将の御座す後方へちらと視線をやった。
「さて、【悪魔のための楽団】と【悪魔の美術館】、どちらが強いかな……?」
 そこには、特に近しい“契約者”たちに四方を護られながら悠然と構える悪魔の姿がある。悪魔は常に、大半の“契約者”たちと距離を置いているため、実に愉しげな彼のつぶやきを聴いた者は、決して多くはなかった。
「どちらが強いかとかそういう問題じゃなく、勝つしかないんでしょうが。まったく、迷惑な勝負飲んできてくれちゃってまあ」
 呆れた声音で返すのは、悪魔の側近と呼んで差し支えない古参の“契約者”、ミディアンの中でも特別な位置にいるロナルド・バロウズである。
 願いごとひとつと引き換えに、異能と不老長寿を得た彼らは、一般人にはミディアンと呼ばれる。人間たちからすれば人外の存在だ。
 しかしそのミディアンたちから見ても、ロナルド・バロウズのような男は異端だった。人間よりミディアンより格段に悪魔に近く、ヒトと呼んでいいものかも判然とはしない。
「狗が、得意げな顔をしてやがる」
 “契約者”の誰かが、ロナルドを横目に見ながら吐き捨てるのが聞こえた。
 おそらく聞こえていたであろうに、ロナルドは微動だにしない。
 真意を測らせない薄い笑みを浮かべて、戦いの様子を見守っているだけだ。
「……まずは、勝つしかない」
 春臣は、今まさに始まろうとしている戦いの場を見据え、呻くようにつぶやいた。
 彼ら古株の――それは、往々にして、強い力を持つ、という意味を孕む――仕事が悪魔という本丸を護ることなら、春臣たち下っ端“契約者”の仕事は相手方の戦力を削り、少しでもこちらが有利に戦いを運べるよう手を尽くすことだ。
 しかし、そもそもは、音楽をこよなく愛する悪魔が、『自分にはない、音楽を美しく奏でる才能』を基準として世界中から集めてきた人々であるから、戦いが本分、本職というわけではない。
 それゆえこの戦いは、個々人の持つ、己が肉体を武器として扱うセンス、状況を読み的確に人を動かす力、押されている場所への適切な介入や補助といったものが問われる場となっていた。
「氏家くん、先ほども言ったが」
「聴かないっスよ有馬さん。自分だって楽団員ッス。それに、応援団員が、誰も応援せず逃げ回るなんて、自分の流儀に反するッスからね!」
 前衛が化け物の第一陣とぶつかる。
 “契約者”たちは必死の形相で異能を繰り出し、化け物と渡り合っている。
 音楽を基本にした契約で得る力であるから、【悪魔のための楽団】に所属する“契約者”たちの異能は、『音』に関するものや『音』を源として発露されるものが大半だ。
 トランペッターが熱波を放ち、チェリストの弦は刃となって化け物を切り刻む。マリンバ奏者が軽快なリズムを刻めば、音のひとつひとつが目に見えぬ爆弾となって炸裂し、あちこちで小規模な爆発を引き起こす。
 パーカッションの小グループはカスタネットによる大地の震動とトライアングルによる感覚遮断、ティンパニによる重力場発生という連携で化け物を打ちのめしていく。
 それゆえ、戦場は、シビアな戦いの場でありながら、あちこちでリズムと旋律の湧き上がる、奇妙に明るいコンサートホールと化してもいるのだった。
 運動神経を母親の胎内に置き忘れてきたか、もしくは最初からそんなものは存在しなかったのではないかと疑われる程度には身体を動かすという行為が苦手な、有体に言えば物理的戦闘能力が壊滅している春臣は、治癒能力を持つのもあって、回復班に所属している。
 向こうの悪魔が率いる化け物たちもさまざまな異能を持つ手練れが多く、負傷して送り込まれる前衛が後を絶たない。
 氏家 ミチルは負傷者を回復班へ引き渡す手伝いをしつつ、澄んだ、力強い歌声を辺りに響かせていた。歌が意識を満たしたとたん、春臣は、自分の身体が軽くなり、内包するエネルギーが増強されたのを感じた。
「なるほど、応援団……か」
「ッス! 仲間を応援するのは当然のことッス!」
 春臣は最初、うら若い娘さんであるミチルを気遣い、逃げ回って生き残れと言った。それぞれの願いのために悪魔と契約し、ミディアンとなった彼らである。悪魔同士のじゃれ合いのような、こんな戦いで、何も苦しい思いをすることはない、と。
 しかしミチルはそれを断った。
 護られるために楽団に入ったのではない。
 護りたいものがあるからここにいるのだ。
 そんな自分が、誰も護らず、我が身を惜しんで逃げ回るなど、出来るはずがない。否、それをすれば、氏家ミチルという人間の魂は死んでしまう。
 そういって、ミチルは回復班の護衛についたのである。
「一進一退、というところかな……」
 戦いが始まって十数時間が経った。
 どちらも必死だからだろう、決して楽観視できない状況が続いている。
 回復班も大忙しだ。
 しかし、それが祟り、ここにきて、疲労が極限に達した回復班の代表が倒れた。
「有馬、すまん……」
「マルクス君、気にするな。お互いさまというやつだ」
 血の気の引いた真っ白な顔で詫びながら代表が運ばれていく。
 すでに、このころには、戦闘不能に陥ったリタイアメンバーが少しずつ増え始めていた。向こう側の状況も似たようなもので、参戦者は少しずつ数を減らしている。
「有馬さんどうするッスか」
 しかし春臣は動じていなかった。
 彼は、己が願いのために自らの意志で悪魔と契約し、ミディアンとなったのだ。このような事態にいちいち取り乱していては、先が思いやられるというものだ。――と、いうようなことを自分に言い聞かせるようにつぶやき、有馬ドクターは周囲を一瞥する。
「なに、こと治療に関して言えば、私は指示を出すのに慣れている。回復班は戦いの要、ここでルートを断たれるわけにはいかない」
 トップが冷静であることは、その指示を仰ぐものに安心感を与える。
 それを意識しての行動ではあったが、代表が倒れたことでざわつきかけていた回復班に落ち着きを取り戻させた。
「ペトロ君ゲオルグ君は引き続き負傷者の回収を。アッシュ君はその護衛を頼む。『チャージ』系能力者の諸君は前衛団員の体力回復を、『促進』系能力者の諸君は軽傷者の手当て、『治癒』系能力者の諸君は重傷者を重点的に頼む。私は要所要所を補佐してまわる、必要があれば声をかけてくれたまえ。それぞれ、決められたパートナー同士で補い合い、決して無理はしないこと。以上だ!」
 いつも漂わせている不気味オーラをこのときばかりはオフにし、背筋をぴんと伸ばして、渋みと重みのある美声で滔々と指示をすれば、女性団員からは熱い視線が、男性団員からは感嘆の視線が返った。
 回復班が活気を取り戻せば、前衛の戦闘員たちにもそれは伝播する。
 音楽好きの悪魔率いる【悪魔のための楽団】は、【悪魔の美術館】の猛攻にもくじけず、今や勢いを盛り返そうとしていた。
 その一端を担ったのが自分だという自覚は春臣にはなく、それゆえ、治療と回復に懸命な彼はまったく気づいていなかった。
「も……萌えた……!」
 流れ弾のようにこちらへとやってくる化け物を退けつつ、ミチルが鼻息を荒くしていたことに。

 *

 ゲームを受けてきた。
 戻るなり、音楽好きの悪魔は楽しげに言った。
 “契約者”たちを率いて戦い、相手の悪魔を昏倒させれば勝ち。
 期間中は何度でも蘇るし、“契約者”たちも強化されるが、終了時に死んでいれば身柄を相手に奪われる。
 そんな内容のゲームだった。
 何の意味があるのかと尋ねれば、“契約者”を失うリスクはあるが、この戦いが彼らの持つ『音』に影響を与える利点を選んだとの答えが返った。
 人間たちの都合や思いなどどこ吹く風といった悪趣味さと、それにも増して深々とわだかまる音楽への執着に呆れつつ、
「で、またあれでしょ、敵は化け物に見えるっていう。向こうにも、僕たちが『そう』見えるんだよね?」
「同じ人間同士だと思ったら、本気を出せないだろう?」
 あっけらかんとした悪魔の様子に、ロナルドは溜息を押し殺したのだった。
 そこから一週間が経って、『ゲーム』は開始された。
「……なんか、悲喜こもごも、だよねー」
 戦いは激しさを増している。
 『化け物』と戦う楽団員は悲壮な顔をしているが、ロナルドのような古株たちには、その化け物もまた悲壮な顔で戦っているのだと判る。
「まったく……悪魔っていうのは」
 先だってのやり取りを思い出し、深々とため息をついたところで、
「萌えた……萌えたッス!」
 唐突にデカい声が響き渡り、百戦錬磨で鳴らしたさすがのロナルドも思わずびくっとなった。
「ちょっ、氏家くん、声が大きい!」
「有馬さん……いや、有馬先生。いやいや、もうこの際だから姫でもいいッス」
「いやいやいや、何がどうなってこの際だから姫になるのかね!?」
「そんな細かいことはどうでもいいんス。とにかく猛烈に感動したッスよ……かくなるうえは、自分、有馬先生の忠実なる騎士、いや下僕、いやいやむしろ忠犬として、この世の果てまで姫をお守りするッス!」
「細かくないし、そもそもその論理が判らない!? ハッ、まさかこれがジェネレーション・ギャップ……!?」
 拳を天へと突きあげて愛だか萌えだかを叫ぶ小柄な美少女と、両手をわきわきさせながら右往左往し頭を抱える細長い男。
 たいそうシリアスな戦場であるはずなのに、場違いなほど明るいワンシーンがそこでは繰り広げられている。必死な、悲壮な顔をしていた楽団員たちも、毒気を抜かれたのか肩の力を抜いた。
 それから、気を取り直し、冷静さと力を取り戻して自分の仕事へと戻っていく。
 ロナルドはぷっと噴き出した。
「面白いのがいるな。強いエネルギーを感じる……悪くないね」
 ああいう人間がいるからこそ、ロナルドは「人間よりも悪魔に近い」などと陰口を叩かれても、諦観に埋没することも、絶望に魂を明け渡すこともせずにいられるのだ。
「向こうさんもへばって来てるみたいだ。そろそろ、一気に行こうか」
 ロナルドが言い、悪魔が頷いた、そのときだった。
 空に、ぼうっと、大きな絵画が浮かび上がった。
 それは胸を締め付けるような夕焼けと、どこか牧歌的な農村の光景を描いたもので、懐かしさと郷愁を誘う見事な代物だったが、それが何であるか瞬時に悟り、ロナルドは大きな声を上げていた。
「『志向(オリエンテーション)』だ、精神の動きを操作されるぞ、見るな!」
 しかし、時すでに遅し。
「う、ううううううううぅ!」
 獣じみた呻き声をあげた古株のひとりが、頭を掻きむしった。
 次の瞬間、彼は巨大な光槍を出現させ、
「! アルベド、いけない!」
 ロナルドが止めるより早く、それを解き放っていた。
 ――彼らの主人であるところの、音楽好きの悪魔めがけて。
 槍は正しく光の速さで飛び、狙いあやまたず悪魔を貫いた。
 かしゃあああああああぁんんん。
 繊細なクリスタルガラスが砕けるような、甲高い、どこか悲壮な音とともに、悪魔は無数の欠片に割れて散らばる。
「――!」
 他の古株面子が、操られた男を取り押さえ鎮静化させている間、ロナルドは必死で欠片をかき集めた。
「まずい、まずいでしょ、これ」
 欠片をひとところに集めると悪魔の身体が少し、再生される。
 たとえ微細な欠片に砕けようとも、悪魔の色を宿したそれらは、古株にはよく見える。ロナルドは、まさに両目を皿のようにして、広範囲に飛び散ってしまった欠片を回収し、積み上げ、悪魔を再構築していった。
 ――ここで悪魔が元に戻らなければ彼らの負けだ。
 負ければ、仲間を奪われる。
 自分が狗と陰口を叩かれ、罵られ蔑まれていると知っていて、ロナルドは【悪魔のための楽団】の誰ひとりとして喪いたくはなかった。ロナルドは古株であるがゆえに楽団の歴史を見てきたから、もはや楽団は彼の故郷も同然だった。だからこそ、誰かの手に渡したくなどなかったのだ。
「ロナルド、まずいぞ、もうじきタイムリミットが――!」
 操られた男をどうにか眠らせ、古株が声を上げる。
 ゲームは翌日の夜明けまで。
 それがルールだった。
 今や東の空には、うっすらとした白光が射しつつある。
 しかし、
「大丈夫だ、何とかなる」
 幸いにも、欠片はほとんどが回収され、悪魔はもとのかたちを取り戻しつつあった。
 徐々に、徐々に光が強くなってゆき、最初の太陽がひとすじの階めいて差し込んだとき、
『引き分け、だな』
 どこかから声が響いた。
 音楽好きの悪魔の対戦相手、美術品をこよなく愛する悪魔の声だ。
『惜しかったと言えば惜しかったが……』
 彼の言うとおり、ロナルドの目の前で、音楽好きの悪魔は再生され、威厳さえ漂わせながら佇んでいる。
『まァ、いい退屈しのぎになった』
 声はからからと笑い、よれよれになった化け物たちを引き連れて、どこへともなく去っていった。あとには、同じく疲労でよれよれズタボロの【悪魔のための楽団】団員たちが、棒切れのように立ち尽くしているばかりである。
「まあ……うん、よかった……」
 ロナルドは、心の底から安堵の息を吐く。
 彼の内心を知る、わずかな古株だけが、彼に同情の視線を向けていた。
 と。
 ――不意に、悪魔が眼を開けた。
 先ほどまで粉々に砕け散っていたことが嘘のような静けさで、
「賭けをしよう、ロナルド・バロウズ」
 唐突にそんなことを言った。
 分解したからといって死ぬわけではない悪魔がなぜあんなにも黙り込んでいたのかと思ったら、何やら考えごとに耽っていたらしい。
「……なんだって?」
 当然ながら、ロナルドはいぶかしげに返す。
 悪魔はロナルドの不審、疑念など意にも介さず、
「勝者に与えられる褒美は何がいいと思う?」
 突拍子もないことを口にするのみだ。
 それでも、どうにか間に合ったという安堵感は大きく、
「いや、ご褒美って言葉に心ときめく自分がいて若干いやなんだけど、まずは僕の疑問に応えようよ?」
「ふむ……アクシデントというのも、面白いものだな」
「貴方がそういう人、いや人じゃないな悪魔だ。まあ長い付き合いだし? そういう悪魔だって知ってるけど、『ほうれんそう』を密にしてやっていきたいと思ってるのはまあ僕だけだよね、うん知ってた」
 調子こそ軽いものの、全体的に疲労感と諦観を滲ませつつロナルドが言えば、悪魔は「判ってるじゃないか」とくつくつ笑った。ロナルドが盛大な溜息をつく。
「それで、何だって?」
「そうだな……まずは帰ろうか。今回のこれも楽しかったが、次の楽しみを考えなくては」
 それだけ言って、悪魔は全団員に撤退の指示を出す。
 彼は上機嫌で、疲労困憊の様相で撤退してゆくすべての団員を褒めたたえ、感謝し、『ボーナス』まで約束してみせた。
「テンション高いな……まあ、何ごともなかったんならいいんだけどさ」
 だから、その時のロナルドは気づきもしなかった。
 有馬春臣にその会話を聞かれていたこと、彼が悪魔とロナルドに対して怪訝な思いを抱いていたこと、――ロナルドの尽力によって『復旧』された悪魔が、自分からいくつかの欠片が失われたままであることを口にしていなかったことに。
 己から分かたれたかけらがもたらすであろう混乱、騒動、争い、引き起こされるであろうさまざまな災厄を想定し、それすら楽しんでいたことに。



 ――それは、有馬 春臣が、謎の失踪を遂げる数日前のできごとだった。

クリエイターコメントオファー、どうもありがとうございました。
一連の流れの、発端とでもいうべき物語をお届けいたします。

さて、彼らは、これからいったいどうなってしまうのでしょうか。どきどきします。
それぞれに真摯に己を見つめ、人を愛する皆さんが、最善の、佳き帰着点へとたどり着けるよう、記録者は祈ってやみません。

細々と捏造させていただきましたが、その辺りも含めてお楽しみいただけましたら幸いです。


それではどうもありがとうございました。
またのご縁がございましたら、ぜひ。
公開日時2013-08-03(土) 21:00

 

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