「赤い恋人たち……それは明太子とこんにゃくの奇跡のマリアージュ……」 魚肉ソーセージを一回りほど太くしたようなそれを掲げ、世界司書アドルフ・ヴェルナーは厳かに宣った。よほど気に入っているようだ。ごはんのお供によし、おやつによし、おつまみによし。同じく世界司書であるクサナギからの〈FUKUOKA〉土産とやららしい。先ほど、そのクサナギも同じものを広げながらロストナンバーたちを集めていた。 ということは、今回の任務はクサナギのそれと何か関係があるのだろうか。 ヴェルナーが、目をキラキラ輝かせながら熱弁を奮う赤い恋人たちとの出会いとマリアージュについてを割愛して要約するとこういう事だった。 SAIと呼ばれるスーパーコンピュータによって人がコンピュータ管理されているということを除けば壱番世界に割とよく似た世界AMATERASU。この世界は、人を管理するSAI(そのインターフェースであるバイオロイド、その配下のサイバノイド)と、人がコンピュータに管理されることに疑問を持った人々が組織するレジスタンスとが、敵対関係にあった。 今回、この世界に於いてクサナギの導きの書にSAIの管理都市の一つである〈FUKUOKA〉にて、SAIの部隊とレジスタンスが衝突、レジスタンスが壊滅するという情報が浮かび上がったのだという。 それと同時に、SAIのサイバノイドから支援要請があった。「今回お主らにはSAIの信頼を得、わしらの価値を高めるためSAIのサイバノイド――風見一悟と共にレジスタンスを殲滅してもらう」 ヴェルナーの言葉に息を呑んだ。 世界図書館というよりロストナンバーはこれまで、その状況により、レジスタンスの支援を行うこともあれば、SAIの援護を行うこともあった。これはこの世界の情報をより多く収集するため一方に偏ることなく、SAIの中枢、およびレジスタンスの中枢に近づこうといった意思が働いたものであったが……。 現時点で、SAIは未だ外国人(=ロストナンバー)を信頼していない。そこで彼らはロストナンバーに対し、レジスタンスの夜襲を迎撃し手を組む価値があるかどうかを示せ、と言ってきたわけである。とはいえコンピュータの手先となって人を殲滅するというのには少なからず抵抗がないわけでもない。 だからクサナギはマッド・サイエンティストたるヴェルナーにこのミッションを投げたのだろうか、無責任にも。 ――と。「レジスタンス側に派遣されるロストナンバーは、レジスタンスの人々を救出すると同時に、壊滅したように見せるための裏工作をしてくれる手筈になっておる。じゃから気兼ねなく暴れて構わん」 どうやらロストナンバーはSAIと敵対するレジスタンス側にも派遣されるようだ。クサナギが募っていた部隊だろう。ということはクサナギも一応考えてはいたのか。無責任とは、少し言い過ぎたようだ。 相手側のロストナンバーらが壊滅を装い、こちらがレジスタンスを殲滅したとSAIに思わせることが出来れば、SAIの信頼を得ることができる、その一方でレジスタンスを救出することで、レジスタンスにも恩を売れるというわけだ。 状況によってはレジスタンス側のロストナンバーとバトルを演じることもあるだろう。「但し、顔見知りであることは互いに知られぬようにの。まぁ、SAI側の仲介をしてくれるサイバノイドの風見一悟はセカンドディアスポラの際世話になった関係で我々の立場をわかってくれておるようじゃがの」 そうして広げられたのは壱番世界の地図だった。迎撃ポイントは管理都市〈FUKUOKA〉にあるY-ドーム。決行は0時00分。 やがてヴェルナーはガサゴソとテーブルの下の袋を漁りだした。「今回、戦闘が行われる管理都市にはAPフィールドがあるんじゃ」 APフィールドとはアンチPSIシステムの稼働領域のことである。この空間ではPSIの使用が制限されるのだ。この世界のPSIと呼ばれるものがどのように発動するものか現時点では把握出来ていないこともあり、もしかしたら特殊能力が使えないということが起こりうる。とはいえ、トラベルギアについては過去のデータから問題なく使えるようではあるのだが。「そこで、これじゃ!」 彼は赤い恋人たちをテーブルの上に並べてみせた。いや、赤い恋人たちではない。形がそれに似ているだけだ。先に導火線のようなものが垂れ下がっていて、色が黒ければダイナマイトに見えなくもない。つまりは赤い恋人たちにインスパイヤーされたのだろう。「勝利のマリアージュ!」 ヴェルナーが嬉々として言った。 ちなみに名前とは何ら関係なく使い方を聞く限り、使いきりタイプのただの照明弾のようである。今回は夜襲と言うこともあり、暗闇を想定して用意したようだ。ならば暗視スコープの方がいいのでは、と思わなくもなかったが。「これなら派手じゃろ?」 と、彼は付け加えた。要するに派手に勝てということらしい。「それともう一つ」 彼は肘まであるメタリックな光沢のある赤い手袋のようなものを取り出した。腕の外側にあたる部分に何かを射出するための装置が付いている。「これは赤い閃光じゃ」 これも名前に大した意味はない。 手のひらにあるスイッチを入れるとワイヤー付きのフックが射出し、スライドスイッチをONにしている間だけワイヤーが巻き取られる仕組みの、いわゆるフックショットであった。「おみやげは辛子明太子で!」 彼は最後にそう付け加え、かくてロストナンバーを送り出したのである。*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・!注意!このシナリオは小倉杏子WRの「ゼロから始まる~闇を走る赤い恋人達~」と、同じ時系列の出来事を扱っています。同一のキャラクターによるシナリオへの複数参加はご遠慮下さい。*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・
■■0:00■■ 全ての針が12を指した。 静けさを破るように地下駐車場に不審者の進入を確認。レジスタンスだ。メンバーは8人。内3人は非戦闘員のようだ。彼らの目的は“ここ”にある医療機器及び薬剤。管理都市から出た彼らにとって、それらの製作・入手には限界があるのだろう。これは物資略奪のための襲撃。 それを“ここ”で迎え撃つ。 地下2階に駐車場。地下1階には、管理室・準備室・会議室・控え室・シャワー室etc。地上1階はグランドだが、現在は医療展示会のため各ブース毎に区切られている。置いてあるのは空の段ボールやダミー品。製品は既にここにはないため壊すなどの心配はない。 グランドを囲むスタンド席にはグレーのシートがかけられていた。地上7階建て。5階のスーパーボックス席で、サイバノイドの風見一悟とバイオロイド2人が高見の見物をしている。事前の話で〈外国人〉が失敗しない限り彼らは今回の戦闘には手を出さないことになっている。 つまり全てを〈外国人〉のみで行うのだ。 『信頼を得る為ならレジスタンスも喜んで殲滅する。バイオロイドの手を借りるまでもない…』なんてその時はかっこいいことを言ってはみたが、心情的にはレジスタンス側にある山本檸於は警備室のカメラに映る侵入者を目で追いながら複雑なため息を吐いた。今回の襲撃もSAIには完全に読まれていたのだ。SAIの情報網には気を付けた方がいいかもしれない。 「なあぷる太、バイオロイドについて何か分からないか? しっぽ引っ張ると強制停止…は無いとしても、ハード的な操作。…聞いてるか?」 檸於は監視カメラの録画とマイクを順次OFFにしながら傍らに声をかけた。そこには彼のセクタン――ロボットフォームのぷる太がちょこんと座って首を傾げている。どうやら分からないらしいと肩を竦めて檸於はトラベラーズノートを開いた。レジスタンス側のロストナンバーは、昨日の内に医療展示会に参加しこのY-ドームの下見を済ませているという話だ。 カメラ角度を動かし侵入経路に死角が出来るよう照明を動かして檸於は席を立った。 「準備完了っと…」 レジスタンスの足は地下で全て止める。 ◇◆◇ 檸於が警備室のドアを出た頃。シャンテル・デリンジャーがレジスタンスと接触した。 「ね…猫!?」 面喰らっているレジスタンスに笑みをこぼしてシャンテルは照明の落ちた暗い廊下を危なげなく駆け抜けた。通路を折れたところで人の姿をとるとわざと足音をたて、再び猫に姿を変えて闇に姿を隠すと別の場所で足音をたてる。 レジスタンスの若い一人が彼女に誘われるまま飛び出してきた。 ライフルを構えるレジスタンスに向かって人の姿でまっすぐ走る。突っ込んでくるシャンテルに場数が足りなかったのか一瞬気後れしたレジスタンスが漸く引き金を引いた時にはシャンテルは床を蹴っていた。彼女のいた場所をライフルの弾が走る。シャンテルは振り子のような軌道を描いて宙を舞った。 レジスタンスがそれを目で追う時には既に彼女はその足下に不時着している。レジスタンスのライフルの銃口を天井へ、更に顔の方へ押し込むと、それ以上曲がることのない手首の関節が嫌な音をたてた。 レジスタンスの絶叫が意外に短く済んだのは、彼女の手刀が頸動脈をとらえたからである。 同刻、ディオン・ハンスキーも別地点でレジスタンスの一人と接触していた。 「ここで活躍すればSAIのお眼鏡にかない今後の活動に有利になるでしょう。だから、今日は本気で行きますよ。僕には使命がありますからね。姉さんに手を出した桜塚さんというアンチクショーを倒す使命がっ!」 相変わらずのシスコンぶりを垂れ流しながらディオンは壁に背を預けた。廊下の向こうからひっきりなしに弾が飛んでくるからだ。消耗品なのに随分と景気がいいことだと肩を竦めつつディオンはフックショットを天井近くの通気口に引っかけた。闇に紛れるのは怪盗の十八番だ。 紙一重で手りゅう弾が彼のいた場所に転がった。5秒を待たず爆発するが、そこにはもう怪盗の影もない。 こちらを窺うレジスタンスの前にそれはひらりと舞い降りた。 「すいません、私がSAIに近づく為に倒されてください」 一応、SAIをこの目で拝みこの世界の真実を解きたいとも思っているらしいディオンの声と視界を覆う彼のマント。それを避けるように後方に飛び退いたレジスタンスが持っていたライフルを投げ捨てる。いい反応だ、などと余裕をかますディオンの眼前を銀色の何かが走った。サバイバルナイフだ。 ディオンは慌てて間合いを取った。 ここは時間をかけているところではない。どうせこの戦闘はSAIの目に止まることはないことを思い出して、ディオンは手にしていたステッキを振るった。サバイバルナイフをそれで弾きながら先端をレジスタンスの鼻先に突き付けてスイッチを入れる。 「……」 沈黙が2人の間に横たわった。 ステッキの先から飛び出したのは真っ赤な薔薇だった。 「いや、これは、ちょっ…」 慌てるディオンにレジスタンスがサバイバルナイフで襲いかかる。ディオンはそれを紙一重でかわしながら相手の腕の関節を捉えて捻じ伏せた。再びステッキのスイッチをオンにする。今度こそ催眠ガスが出てくれてディオンはホッと息を吐き出した。 その頃。 ネイパルムは暗視スコープを付けたスナイパーライフルを手にうつ伏せにその時を待っていた。 檸於の誘導で、残りのレジスタンスは必ずここを通ることになる。 当初はペイント弾を用意していたが、血糊では血糊とバレてしまう可能性が高いため止めた。人の目――サイバノイドは欺けたとしてもバイオロイドをどこまで欺瞞できるか、という事である。触れただけでSAIの端末であるサイバノイドが成分分析でも出来るような能力を有していたらと思うと危険は冒せなかった。SAIとレジスタンスの敵対の歴史は浅く、管理都市の外で生まれた人間はまだ小さな子供しかいないという。つまりSAIのデータバンクには生まれた時に脳内に管理用チップを埋め込む関係上、レジスタンスを含むこの国のほぼ全人間の生体データがあるという事だ。そのデータにない血液をばらまいて、万一確認でもされては…。 よって彼らの血液採取を兼ねて実弾を使用することにした。もちろん、拘束用粘着弾なども考えたが、レジスタンス側の工作用に使いたいという意図や、レナ・フォルテゥスのフォローがあっての選択である。 即死しない程度の足止めに間髪入れずレナが呪文を唱える。 「リジェネレート」 瀕死ダメージから徐々に回復させる魔法らしい。回復には6時間程度かかるという。 人数を数えてネイパルムは2mを超える巨体を廊下の天井にぶつけないようにしながら起き上がった。 傍らでレナが複雑そうにレジスタンスらを見下ろしている。コンピュータに管理された世界と、それに反逆する反乱軍。彼女にとって分かりやすく置き換えるならばコンピュータが魔王といったところか。ならばその魔王に組みする自分とは? そんな気分になっているのかもしれない。 ネイパルムが彼女の肩をたたく。 ここからが本番だった。 ◇◆◇ 一方―― レジスタンスが地下駐車場から侵入を開始し、檸於らがそれぞれの作戦行動に移った頃、オフェリアは1人、一悟のいるスーパーボックス席を訪れていた。戦闘とは不釣り合いなドレスを纏い、自らもここで高みの見物といった態だ。 その時を待つように時折時計を見ている一悟の隣に座って、オフェリアは耳打ちするように囁いた。 「わたくし、ユーシ様と連絡を取りたいんですの」 「ユーシ様…って、桜塚悠司のことか?」 「ええ」 彼女が口にした桜塚悠司とは、一悟の上位にあたるサイバノイドのことだ。オフェリアは以前管理都市〈OSAKA〉で彼に街を案内してもらったことがあった。SAIに最も近いサイバノイドといっても過言ではない。彼と親交を深めることが出来れば…。 だが。 「残念だがあいつは別任務中で…連絡手段もない」 一悟は軽く肩を竦めて答えた。 「連絡手段がない?」 オフェリアが眉を顰める。 「ああ。何て言うか一方通行でな。あいつの気分次第というか…言伝があるなら聞いておくが、連絡が着くのは正直いつになるかわからない」 「……」 オフェリアはがっかりしたように視線を床へ落とした。 仲間に内緒で桜塚悠司とアポをとり、レジスタンス側に仲間がいるという情報を手土産に彼との親交を深め、最終的にはSAIの真実に近づこうと考えていのだが、どうやら計画の変更を考えねばならないようだ。 悠司がダメ、一悟はそもそも〈外国人〉の立場を知って自分たちに手を貸してくれている。となれば残るのは…オフェリアは一悟の傍らにいる2人のバイオロイドに目を向けてみた。バイオロイドはSAIの手足。 シミュレートしてみる。バイオロイドに対し、悠司に流そうとしていた情報――レジスタンス側に自分達と同じ〈外国人〉がいる。我々の行動が気に入らない裏切り者がいるようだ――を流す。それに対するバイオロイドの反応は? 今回の陣頭指揮は風見一悟である。バイオロイドとの上下関係はこの件に於いて一悟の方が上だ。バイオロイドに話した場合一悟へ報告となるだろう。何度も言うが一悟は知っている。 ならば、一悟は信用できぬ、と彼を売るか。しかしそれでは彼を仲介にSAIに入り込んだオフェリア個人の立場を微妙なものとしかねないだけでなく、SAIに対し一枚岩ではない〈外国人〉への不信感を募らせるだけだ。全体的に人手不足のレジスタンスと違い、数で圧倒するSAI側にとって〈外国人〉は現時点で驚異でもなければ手を組む利点もない。〈外国人〉はSAIの興味本位によってのみこちら側にいることを許されているようなものなのである。それがなくなれば、いくら個人が働きかけようとも、脳内チップとの二択を迫られ、拒めば完全にシャットアウトされるだけだった。かといって一悟は信用できる、とすれば、采配は彼に委ねられるだけである。 やはり桜塚悠司に取り入るのがSAIに対し近道のように思われた。 しかし実際に悠司と連絡がついていたとしても、事態は上記のシミュレーションと実は大差ないものであったろう。彼は面倒くさそうに『一悟ちゃんはそれ知ってんの? 一悟ちゃんに任せとけばええやん。それとも一悟ちゃんは信用できへん?』と答えただろうし、信用できないと答えようとも、信用できると答えようとも、結果を待とうということになるだけだからだ。 それで深まる親交はない。むしろ、逆。 「言伝はありませんわ」 オフェリアはそうして立ち上がると一悟に背を向けた。 「失礼」 とボックス席を後にする。 「急がば回れ……というのは性に合いませんのよ」 ドアを背にオフェリアは呟いた。 情報を流すタイミングを“今”ではなく戦闘終了後に設定してみる。 『壊滅してしまったのね…仲間だった方が敵側に回るとは思いませんでしたわ…辛いですわね』 と、しらじらしくSAI側ポジション。 しかし、いくら個人の信頼を得ようとも〈外国人〉に対する不信感を持たせるというリスクを負うことになる。そしてそれは、個人で動くならば脳内チップを埋め込むことを承諾するという覚悟がいるということだった。そう、管理都市の住人のようなSAIの操り人形になるという覚悟が。 ■■0:22■■ 第1ゲートの下で檸於は後ろから駆けてくる仲間たちの足音を聞きながらトラベラーズノートを開いた。 レジスタンスの撤去は終わったか。当初の予定通りに“奴ら”は間もなく自分たちの正面第5ゲートの下から突入してくる。 作戦は概ねこのようなものであった。地下でレジスタンスを全て足止めし、レジスタンスと入れ替わったロストナンバーが1階グランドへ突入。そしてサイバノイドたちの前で、茶番劇と言う名の戦闘を演じるというわけだ。SAIに対しては、ここで“奴ら”を殲滅するとしてある。それ故に地下の攻防はあくまでなかった出来事だ。 Y-ドームグランド。フィールド面からの高さ68m。両翼100m。避難扉を示す緑色のランプがところどころにある程度で、照明らしい照明もない暗がり。 ディオンは声を顰めるようにして仲間たちに声をかけた。 「恐らくAPフィールドの影響で、向こうもある程度の制限があるから純戦になるはずでっ…」 す、という彼の最後の一音は残念ながら音として発されることはなかった。 思わず5人の足が止まる。 それは彼らの行く手を覆い隠すように煙が舞い上がったからなどではない。元より、視界は悪いのだ。これといった爆音もなかったから、発煙筒か何かだったのか程なくして裂くような光に煙が晴れると、彼らの目の前にそれが姿を現した。 「……」 ポカーン。 シャンテルもディオンもそれなりにイメージしていた光景というものがあった。同じ、と呼ぶには大きさの点で若干の語弊があるかもしれないが、同じ竜族であるネイパルムでさえ、こんなことは想像だにしていなかったはずだ。ちょっと恥ずかしいギア、だけど派手に決められるはずと自分を言いくるめて乗り込んだ檸於でさえ、それなりの光景をイメージしていたのだ。グランドで互いにバリケードを築き、撃ち合いから始まり、ブースの壁を使って互いに陣をつめ、やがて格闘戦になり、最後は敵の自決に呼応して派手にとどめをさす。そんな感じの純粋戦闘。 もちろん、その一方で事前に一悟に対し『APフィールドを一時的に解除出来ないか』と打診したのも自分たちだった。その方が自分達の力をフルに見せられる。とはいえ、こんなことを想定していたわけではない。結局一悟は考えておくと答えただけで、APフィールドがどうなったのかもわからない、が。これはリミットなしと考えていいのだろうか。 彼らの目の前には体長20mを超えるメタリックに包まれた竜が鎮座し、その頭上を謎の飛行機械を背負っているらしい人間が旋回していた。 彼らは医療品略奪に来たのではなかったのか? もちろん装ってるだけなのはわかっている。だが何故、ここまで目立つ必要があるのか? そんな疑問が彼らの脳裏を少なからず過っていったが、トラベラーズノートに『これで注目を集める』とかそんなエアメールが届いてきたので、それ以上考えないことにした。 ただ。 戦闘前。“ここ”をレジスタンスの迎撃ポイントに選んだのは、相手に増援させないためと管理都市の住人にレジスタンスの存在を知られないようにするためであるからして、管理都市の住人の目がある場所で戦闘を行わないようにし、目の見える場所に戦いがあったという痕跡を残さないようにしなければならない、とレナに言って聞かせたことをぼんやり思い出す。 『ドームの外壁が壊れたら〈外国人〉の失態扱いだからな』 と、何度も何度も念を押したのだ。もちろんSAIには脳内チップによる洗脳という選択肢がある。しかし上書きを繰り返せば、記憶の齟齬も増える。それらのリスクを軽減したいというSAI側の意図を汲んでのことであった。 要するに、やり過ぎるなよと釘を刺したのである。 炎系の魔法で火事を起こさないように、とか、グランドを火の海にして我々を蒸し焼きにしないように、とか。そんな苦言を呈してきた。 今、気づく。 どうやら全部無駄だったらしい、と。 「そうくるなら手加減はしないわっ!!」 純戦など微塵も脳裏に描いていなかったレナが意気揚々と走り出したのだった。 ▼ 「レジスタンスはあんなものを作っていたのか!?」 スーパーボックス席で一悟は思わず腰を浮かせ身を乗り出すようにしてそれを凝視していた。 傍らのバイオロイドは眉一つ動かさずに応答する。 「視覚野を暗視モードからサーモグラフに…動力部がわかりません…」 「一体、どういう仕組みなんだ」 どちらも仕組みなどなかったのだが、それは彼らには知りようもないことであった。 ▲ 「ギガ・ファイアーボンバー!!」 レナの頭上に巨大な炎の球体が浮かびあがったかと思うと機械竜に向けて飛ぶ。 しかしそれは目標に届く前に巨大な爆発を起こした。別の何かに着弾したのか。 「!?」 そこには炎で焦げたのか、それとも最初から黒かったのか、巨大な猫、というよりは豹がこちらを睨み付けるように立っていた。どうやらそれが身を挺したらしい。荒い息を吐いている。 「……あたしの魔法を防ぐだなんてやるわね!」 レナは距離を取るようにテレポートで後退する。 「ファイアーボール!」 続けざまに放たれたのは、先ほどのものより小さな炎の球。 放った先は随分と明後日の方だったが、豹のようなそれは、まるで主の投げたボールを追いかける子犬のように、或いは吸い込まれるように走り出した。 何かを吠えているようだが、よく聞き取れない。もちろん、火の球など咥えることも出来ない。ファイアーボールにクリーンヒットしたそれが爆発を伴った時、ドームに備え付けられたスプリンクラーが作動した。 「……」 それには目もくれず、これで邪魔者はいなくなったとばかりにレナは機械竜に向き直った。 「フォルテ! ピアノ!」 2匹の使い魔が彼女の足元に現れる。 と。 それにシャンテルがわずかに目を細めた。自分も魔女の使い魔である。少しだけ自分の主人にレナを重ねてクスリと笑みを零しながら駆けだした。機械竜だけが“敵”ではない。それは彼女に任せて自分は他の“敵”の殲滅に向かう。 ブースの闇に消えるシャンテルに、ネイパルムがディオンに目くばせする。自分はあの飛行機械を撃ち落とす、とばかりに視線を移ろわせたネイパルムにディオンが頷いた。 ネイパルムがフックショットを装着する。自分の体重でも大丈夫だといいが、そんなことを思いながら手始めに2階席の欄干に向けて発射した。スライドスイッチで一気に引き寄せられ2階へ。うまくいけばそのまま最上階まで上るのだろう。 「さてと…」 このままでは美味しいところを彼らに全部もっていかれてしまう。自分も大いにSAIに自分を売り込まなければならないのだ。ディオンも彼らに続くように好敵手を求めて闇に溶けた。 残った檸於はしばし薄闇に白銀に光る機械竜を見上げていた。 レナの使い魔のイタチでどうあの巨大な機械竜に立ち向かうのか。実はレナの使い魔はギガ・ファイアーボンバーを阻んだ“何か”を炙り出すためのものだったのだが。 ただ。 「ダイアード!!」 レナの声に使い魔が虎ほどの大きさになる。目の前の機械竜に比べれば猫と象ほどの差があるだろうが、それでも。 「巨大化なんて出来るんだ?」 「ええ…巨大化というよりは能力解放だけど…」 頷きながらレナの視線はふと檸於のギアに止まった。“巨大化”に彼が反応した理由を彼女は彼女なりに解釈した。いや、正確には檸於の言葉にレナの方が反応したというべきなのだが。かくて檸於はなにも言わなかったけれど、レナは全てを悟ったようにこう言ったのだった。 「やってみましょう」 「……」 ▼ 「あれは特撮か?」 一悟は完全に立ち上がって括目した。驚きを通り越し呆れを含むような声だった。 「レジスタンスにも驚かされるが〈外国人〉にも驚かされる」 しかし、彼らはいずれも、どうやってこんなものを持ち込んだのだろう…。 一悟の疑問に答えられる者などこの場にはいなかった。 ▲ 特撮。特殊撮影技術の略称で、その技術が多用された番組や映画などを指す言葉。巨大怪獣・巨大ロボやヒーロー作品が多い。 かくて檸於のギアは巨大化していた。もしかしたら厳密な巨大化ではなく、幻覚的なもので巨大に見えているだけなのかもしれない。ただ、とにかくレナはそれを意気揚々とやってのけたのだった。あの機械竜に立ち向かうために。 派手に勝てというドクターの言葉を思い出す。 『こんな目立つギアを支給してくれた事に感謝する…』 とあの時は思ったが、20mを越える竜の巨体と対峙するレオカイザーに檸於はふっと視線をそらせた。 「やっぱり感謝は出来ないな…」 何故って、大きくなろうが小さいままだろうが全力で赤面キーワードを叫ばなければならないからだ。それでも心なしかテンションが上がっているらしい自分を感じて檸於は複雑な気分になった。 赤い閃光で一気に天井にぶら下がる。さすがに片手で体重を支えているのは肩が外れるまでにそう時間がかからないような気がして、ライブか何かに使うらしい梯子に足を落ち着けたが下を見てよろめいた。 「け、結構高いな…」 「落ちるなよ」 同じくフックショットで上っていたネイパルムが狙撃用ライフルを構えながら言った。 「う…うん」 頷いて檸於は大きく息を吸い込んだ。 「発進! レオカイザー!!」 静かに佇んでいたレオカイザーが檸於の声に目覚める。ジェットエンジン点火。 「いけぇぇぇっ!!」 その目に光をたぎらせ檸於に応えるように機械竜にボディアタックをする。見せ場を演出するように煙のエフェクトが両者の足元に舞った。 それを迎え撃つ機械竜がその口を開いた。凝縮されていくエネルギーの渦を感じて檸於は口の中で「げ!?」と呟いた。反射的にネイパルムを振り返り、向き直る。 「避けろ、レオカイザー!」 直後、火炎放射のような攻撃。むしろ竜なのだからドラゴンブレスとでも呼ぶべきか。 檸於の声にレオカイザーが体を横向ける。吐き出された炎が高熱によって3階席のスタンドを溶かした。 頬を引きつらせる。あんなのを喰らったら、レオカイザーもドロドロに違いない。ただ、今の攻撃は明らかに攻撃を外しているようにも見えたのが唯一の救いか…。 「って、救いでもなんでもねぇ!!」 ドームを壊されたら殲滅が成功しても大失態のマイナスポイントだ。 檸於はネイパルムを振り返る。 右に左にと飛ぶ飛行機械に狙いが定まらずネイパルムはなかなか引き金が引けずにいるようだった。その上、しっかと欄干にしがみついている檸於と違い、両手でライフルを握っているため、機械竜が羽を広げるたびに、風圧でバランスまで崩し落ちそうになっている。 「えぇいくそっ!!」 吐き捨てるネイパムル。そこへ飛行機械を背負った人間が太刀を手に突っ込んでくる。よく見れば背負っているわけではなく、それは自前らしいとわかったがそんな事はどうでもいい話だった。 「はっ!」 その一太刀にネイパルムはライフルを犠牲にして、ロケットランチャーに持ち返る。彼は飛行機械を相手にするのが精いっぱいのようだった。 機械竜がレオカイザーに喰らいつく。何とかするしかない。今だけ…今だけは照れを捨てろ俺! 内心で自身を奮い立たせて檸於は叫んだ。 「レオブレェェドッ!」 その声にレオカイザーが超時空から取り出した短剣を振り下ろす。何故短剣なのか。つまりレオカイザーは巨大化したが剣までは巨大化していなかったということか。或いはやっぱりレオカイザー自体も実は巨大化しておらずただそう見えるだけだったのか。いろいろな疑問を残したままで。 その時、ネイパルムのグレネードランチャーがようやく飛行機械を捉えた。続けざまに数発。よろめくように飛行機械が煙を吹きながら4階スタンドへ墜落する。 と。 突然、機械竜が、それを追うように動いた。 『理星ーーッ!』 確かにそんな風に機械竜が声をあげたのが聞こえたような気がした。 4階スタンドを大量の血液が染めるのを檸於は半ば呆然と見つめていた。 機械竜がスタンドを背にこちらを向くと咆哮をあげる。火炎を纏わぬブレスにネイパルムも檸於も吹っ飛ばされた。かろうじて、フックショットで宙に振り子のような弧を描きながら檸於が叫ぶ。 「とどめだレオカイザー!!」 短剣が機械竜の腹を裂いた。金属が擦れる甲高い音が辺りに響いたかと思うと火花が散り閃光が走る。 だが、更に畳み掛けようとした時、墜落したと思われた飛行機械が再び宙を舞ったのだった。 そして…。 ――少し時を遡る。 スーパーボックス席のバイオロイドらが巨大な竜やロボの出現に目や心を奪われていた頃。 「残念、それ、ただの水だよ~」 好敵手を見つけてシャンテルが声をかけた。腰まである髪を一つに結わえ体の線を誇示するような皮スーツに身を包んだ女が、ブースの隅に置かれていた段ボールを運ぼうとしていたのだ。ロストレイルに乗り込む時に顔を見た。確か名前は…カンタレラ。 舌打ちして女が段ボールを投げ捨てる。 シャンテルは口の端をそっとあげておもむろに右腕を伸ばした。 手のひらをスイッチを押す。発射されたフックを女は紙一重でかわしてみせた、というよりはこちらがわざとはずしたのだ。 シャンテルはスライドスイッチをONにする。巻き取られるワイヤーに身を任せて女との間合いを詰めた。 驚く女に拳を叩き込む。 「ッ!」 女はぎりぎりでそれをかわしてみせた。このスピードで反応するのか。シャンテルが一歩踏み出した時。 「!?」 殺気を感じて反射的に飛んでいた。空気を裂くような鋭い何かが自分の傍らを駆け抜けていくような錯覚。いや、錯覚ではない。 シャンテルはフックショットでブースを仕切る石膏ボードの裏に回ると小さく息を吐いた。今のはなんだ? 空気、音、歌…。こういう時、良すぎる耳というのも面倒なものだ。 再びシャンテルは女の前に現れた。 先ほど音を発する前に軽く息を吸い込んでいた。ならばその隙を与えなければいい。 一気に間合いを詰めて拳撃を繰り返す。単調なそれに相手が目を馴らした頃、シャンテルはフックショットのワイヤーを床に走らせた。 「!?」 ワイヤーに足を引っ掛けバランスを崩した女がもんどりうつ。間髪入れず蹴り。転がって避ける女にシャンテルはその頭上へ腕を伸ばした。 膝をつき起きあがる体勢の女がそれに気づいた時にはシャンテルは宙を舞っている。 身を捻って背後からのシャンテルの蹴りを何とかクロスブロックで受け止めると女はそのまま両手を左右に開いた。女の手から伸びた爪がシャンテルのローライズを切り裂く。 ぎりぎりでかわしてシャンテルは間合いをとった。 女がブースの影に走りこむ。 シャンテルはフックショットで軽やかに障害物を飛び越えて女を追った。 女が何かを掲げる。 訝しげにシャンテルが眉を顰めた時。 「!?」 世界は真っ白になった。 ◇◆◇ ディオンがシャンテルの元に駆けつけると、そこにはシャンテルともう一人別の女が顔を覆うようにしてうずくまっていた。 レジスタンス側についたロストナンバーの一人。彼女の元にもディオン同様仲間が駆けつけていた。 「大丈夫ですか!?」 ディオンがシャンテルの脇に膝をつきながら、相手を牽制しつつ声をかける。 「目が…見えない…」 「目が?」 オウム返しつつも心当たりがないでもないディオンである。先ほど、強烈な光がここから迸ったのだ。 幸いブースなどの障害物があって、その光を見ていないディオンだったが、それを至近距離で見たなら、一時的に視力を失ってもおかしくはないだろう。 ただ解せないのは、どうやら相手も同じ状態らしいということだ。一体誰が閃光弾を放ったのか。その理由を彼が知るのは、そう遠い未来ではない。 とにもかくにも。 ディオンは慌ててシャンテルの体を抱き起こした。 駆けつけた仲間の女が女を抱き抱えるようにしながら、こちらに向けてライフルを構えているのが視界の隅に入ったからだ。 ディオンは以前コピーした一悟に擬態した。敢えて一悟の姿を借りたのは、バイオロイドへのアピール的な意味合いが濃い。 サイバノイドが持つ高速運動を利用してシャンテルを抱き上げるとディオンは地面を蹴った。 “敵”のライフルが火を噴くのとどちらが速かったか。 フルオートで弾を吐き出すそれに、ディオンは右へ左へ走ると右手を伸ばした。フックショットが4階にある客席の柵に引っかかる。 再び跳躍。 彼の加速にライフルの弾は彼の通った場所をしばらく穿ち続けたがやがて、弾が切れると空しく音だけを放っていた。 それを止めた頃には彼女らも撤退を完了している。 ◇◆◇ 機械竜が何かをした。その瞬間、強い光が機械竜の周囲を包み込み消えた。 そして機械竜は落ちた。 「……」 何が起こったのか今一つ理解出来ない顔で、しばし檸於が唖然としていると、今度は飛行機体が突然墜落した。 こちらは何も光ってはいない。何の脈絡もないそれに、慌ててネイパルムがグレネードランチャーを放った。 その爆音にようやく檸於も我に返った。 ――再び、時を少し遡る。 5人がグランドで戦いを演じていた頃。 スーパーボックス席の前の通路でも人知れずバトル(?)は行われていた。 ふさふさとした毛並が自慢の一匹の犬とオフェリアである。 一悟に声をかけ、悠司不在にがっかりしていたオフェリアが、高見の見物を決め込み損ねて、どうやら戦闘で自身の価値をアピールせねばならぬようだとグランドに向かいかけた時、二人は出会ったのだ。 「わふっ、わふわふぅ」 ふさふさの犬は人懐っこく尻尾を振りながらオフェリアに声をかけてきた。 「あら可愛らしいワンちゃんですこと。わたくし、丁度、手頃な相手を捜しておりましたのよ」 笑顔を返すオフェリアである。 「きゅうん、わふっ」 対峙する両者。 ふさふさがオフェリアに飛びかかった。それを軽やかなステップでかわそうとすると、オフェリアの肩にすがりつく。 「わふわふっ、わんっ」 小声で何事か耳打ちするふさふさ。 「……」 残念ながらオフェリアは彼の言葉を解する術を持たなかった。 だが。 ふさふさは満足げに床に降り立つと用は済んだとばかりにオフェリアに背を向け廊下の向こうへ消えていった。 後は任せましたよ、そんな意味を込められて振られた彼の尻尾をしばし見送りながらオフェリアは手の中のものを見た。 ふさふさが先ほど自分に持たせたものだ。見たことがある。少年ブックキーパークサナギがいつも配っている勇者バッヂだ。但し、自分が以前貰ったものとは少し違っていた。 絶対押すな、と書かれた文字を消しながらオフェリアはグランドに向かって歩きだした。 「姉さん!?」 オフェリアの背を聞き飽きた声が叩くのに、珍しくオフェリアは足を止めた。 「まぁ、ディオン。いいところで会いましたわ」 いつもは完全放置か一刀両断の二択が多いオフェリアがにこやかに弟に歩み寄ってその手をとる。 いつもは虐げられ、弄ばれ、捨てられることの多いディオンは感激に涙が毀れそうになる。 オフェリアはディオンの手に何かを握らせると彼の耳元で何事か囁いた。 ディオンは愛すべき姉の口車にまんまとのせられて浮かれたようにそれを実行に移しに向かう。 スーパーボックス席のガラス張りの前でオフェリアから託された勇者バッヂのボタンを押す、というそれを実行するために。 「!?」 そして世界は真っ白になった。 勇者バッヂに備わっていたのは強い光を発し一時的に視覚を奪うというものだった。ちなみにそういう機能であることは、それを持っていたロストナンバー達も知らなかった。だからあの時シャンテルだけでなくカンタレラまで倒れていたのだった。 ▼ ボックス席の中にいた一悟たちもディオンの押したそれの直撃を受けていた。 視覚に関しては生身の一悟は視界を奪われ腕で顔を覆った。ドーム内が暗がりだった分、ダメージは大きい。 「視覚野を切り替えます」 暗視モードがあっさり焼き切れてもバイオロイドは淡々とした口調を崩すことはない。 サーモグラフに切り替えた直後。 その視界は真っ赤に変わった。 ▲ 檸於が最後とばかりに勝利のマリアージュを放った。 それをレオレーザーで打ち抜くと、彼の想像に反してマリアージュはジュッと音を立てて蒸発。 「……」 それを見てネイパルムがマリアージュを放った。 それはドンと大きな音を立ててドームいっぱいにしだれ桜を広げた。 「証明弾というよりこれは…ああ、花火の起源は狼煙だったか…」 頭を抱えたくなったが、合図になればそれでいいと思い直す。 既に準備を終えたレナが足元の煙に途切れ途切れに手を振っている姿が見えた。 「目が…目がぁぁぁ…」 のたうち回るディオンと。 「あら、あら」 と、4階のスタンド席に腰を下ろしながら、そんな弟に冷たい視線を投げているオフェリアは置いておくとして。 ネイパルムのところまで上がってきたシャンテルがサムズアップする。 2人で景気よく持っていたハンドグレネードをばらまいた。 「レオレーザァァァッ!!」 再びレオカイザーがレーザ光線を放つ。グレネードが連鎖的に誘爆。その爆音に重なったのは 「フィールド・リミット…」 レナの呟き。 「メテオ・ストライク!!」 そして グランドにあったはずのものは全て消え去り、巨大な円形の穴だけが残った。 ■■1:00■■ 視覚を取り戻した一悟がバイオロイドを伴いグランドに降り立った。 レジスタンスはおろか、グランドにあった展示会ブースまで綺麗さっぱり吹っ飛び消え去っていた。 「あの飛行機械はテストフライトだったようです」 ネイパルムが一悟に向けて報告した。 「これほどのものとはな…」 唖然とする一悟。 「……」 言葉のないバイオロイドたち。 3人の背中を見つめながら、檸於はぼんやり思った。 もし〈外国人〉の介入がなかったら、レジスタンスはこの3人だけで壊滅させられていたのだろうか。以前、コミューンの制圧を邪魔したというロストナンバーたちの話では、その時派遣されてきたバイオロイドの数は1体であったという。そもそもレジスタンスの襲撃は事前にSAIに知られてもいた。情報源としての生け捕りを進言したディオンを必要ないと切り捨てたほどだ。 SAIとレジスタンスの間には情報に於いても戦力に於いても歴然とした差があるということだった。 それ故にSAIは今回の戦闘に驚いたはずだ。 この戦闘でレジスタンスは機械竜や飛行機械を用意してみせたのだから。 レジスタンスの勢力がSAIと拮抗すればするほど、当然SAIに於ける〈外国人〉の立場を更に優位なものに出来るだろう。その意味でも今回の作戦は我々にとって確かに成功した。 しかしその一方で。 もしかしたら今後、SAIのレジスタンスへの攻撃は今まで以上に熾烈を極めることになるのではないか。今のレジスタンスに、それに抗う術はあるのか、檸於は危惧せずにはおれなかった。 そこで檸於は首を横に振る。 そうなれば、それこそロストナンバーが責任をもってレジスタンスを支援すればいい事だろう。 ■■翌日■■ 「で、お土産は買っていった方がいいのかな?」 昨夜のことがまるでなかったみたいな青空の下、天神と呼ばれる繁華街を歩きながら檸於が言った。ロストレイルの出発時刻までには間がある。一悟から〈FUKUOKA〉を観光していくといい、と勧められたのだ。その本人はY-ドームの修復に忙しいらしいが。取り敢えず任務達成ということで、4人は街に出てきた。 ちなみに、オフェリアは探し人があるらしく別行動となった。ディオンはそのオフェリアに悪い虫がつかぬようボディーガードとしてくっついていったが、速攻撒かれたようで、先ほど『姉さんを見かけませんでしたかっ!?』というエアメールが全員に届いいたところである。 「確か、赤い恋人たち、でしたかしら?」 最後にアドルフが頼んだのは辛子明太子だったのが、記憶に残ったのはそちらの方であったらしいレナの言に彼女の腕の中でうにゃうにゃしていた猫――シャンテルがそちらを指差した。 『あそこで試食が出来る!』 そんな手振りを読み取ったのは、並んで歩いていたネイパルムだ。 「じゃぁ、みんなで食べてから考えるか」 最近出てきた腹回りが気にならないでもないが。 そうして4人…いや3人と1匹は一軒の土産物屋で買い物を楽しみ帰路についたのだった。 【大団円】
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