ネイパルムは、視線を古城 蒔也に送る。 依頼は、インヤンガイに落とされたロストナンバーの保護だ。運悪く、その街を仕切るヤクザのシマに転移してしまった上、彼女が何も喋らない為にスパイ容疑をかけられ、事務所の奥に幽閉されてしまったのだ。 ただでさえ混乱の生じている転移後だ。ロストナンバーの少女の気持ちを考えると、一刻も早く、かつ着実に助けてやりたくてたまらない。 「こちらの目的は、ロストナンバーの保護だ。余計な事はするんじゃないぞ」 「余計なことだろ? 分かってるって」 念を押すようなネイパルムの言葉に、にかっと笑いながら蒔也は返す。 そうか、とほっとしたように息を吐くネイパルムに、蒔也は真顔になる。 「全部壊すのは、余計じゃないよな?」 「……待て」 「だってさ、ここってヤクザの事務所だろ? 別に遠慮なんて要らないと思うんだよな」 「遠慮の問題じゃない。というか、お前は遠慮をした方がいい」 「ばーん、と行ったほうが、簡単じゃね?」 蒔也は、ばーん、と言いながら手をひらひらと振る。 「だから、そういう問題じゃないだろ。ターゲットを確保するだけで済むのだから、ばーんとする必要は無いはずだ」 「いやいや、確保だけじゃ済まないと思うぜ?」 「なら、少なくとも自陣被害を抑えるようにすべきじゃないか?」 「例えば?」 「獲物を、一体一体仕留めるとかな」 ネイパルムの言葉に、蒔也は眉間に皺を寄せる。 「俺、それ、不得意分野」 「お前の得意分野に頼っていたら、被害が止まらん」 「超不得意」 「だから、そういう事じゃなくてな」 ネイパルムが溜息混じりに口を開こうとすると、蒔也は「よし」と言って笑顔になる。 「細かいこと気にせず、サクッと突っ込んでサクッと全部ぶっ壊しちまおーぜ!」 「あ、おい!」 ネイパルムの制止も聞かず、蒔也は「よし」と頷き、懐に手を入れて飛び出す。 両の手に握られたのは、二丁のサブマシンガン。 「待て、馬鹿!」 ネイパルムの言葉は、トトトトトト、という軽快なリズムによって埋もれてしまった。 蒔也の前からは、悲鳴と怒号が聞こえる。 「あの馬鹿、囮に使ってやろうか!」 舌打ちと共に、ネイパルムは吐き捨てるように言う。だが、トトトトトトという音の合間から聞こえる「重火器もってこい」だの「相手は一人だ」だのという声に、銃を握り締める。 ――ターン! 蒔也を狙っていたヤクザが、重い音と共に倒れる。ネイパルムの銃口から、ゆらゆらと白煙が昇る。 「ツンツン頭! てめえ、いい加減にしろよ!」 「いいじゃねーか、赤いおっさん。こういうドンパチも楽しいぜ?」 「楽しめるか!」 トトトトト、タンタンタン! 会話するように、銃口が火を噴く。 「馬鹿にしやがって!」 ヤクザ達が、応戦してくる。最初は不意打ちだったものの、徐々に向こうもペースを掴んできたようだ。 「よし、一気にぶっ放すか!」 「馬鹿か、ツンツン頭! 事務所の奥に、ロストナンバーがいるんだぞ!」 「一気に終わるぜ?」 「いろんな意味で終わるだろうが!」 蒔也とネイパルムは叫ぶように言いあい、同時に地を蹴る。すると、その直後に二人の居た場所がバズーカによって吹き飛ばされてしまった。 「ヒュウ、景気がいいな」 「そんなん言ってる場合か!」 ネイパルムは柱の影に隠れつつ、辺りを窺う。 右に二人、左に三人。 バズーカを構える人数だ。 「あんなのを連発されたら、敵わないからな」 「一気にいっとく?」 「一気に行くな! 右二人、頼むぞ!」 「あいよっと!」 「俺は左をやる!」 「へますんなよ、おっさん!」 二人同時に、柱の外に出る。 蒔也はにやりと笑い、トトトト、と軽やかに右の二人を狙い打つ。 ネイパルムは小さく「ふん」と鼻で笑い、タンタンタン、とリズム良く左の三人を打ってゆく。 「うわああああ!」 ガラガラガラ、と五人分の悲鳴と共に、バズーカが地に落ちる。 「くそ、一旦体勢を立て直すぞ!」 「何処のモンだ、あいつら!」 ヤクザたちは、口々に叫びながら撤退していく。ネイパルムが「ふう」と息を吐き出すと、蒔也は「な?」と言って笑う。 「なんとかなっただろ?」 「なったんじゃない、したんだよ!」 「同じだって」 「違うだろうが!」 ネイパルムは突っ込み、ふと胃の辺りに違和感があるのに気付く。だが、一瞬だけで消えうせたので、気のせいだろうと己に言い聞かす。 「すぐに体勢を整えてくるだろうから、もっと慎重にだな」 「だからさ、一気に行こうぜ、一気に」 「それをやめろって言ってるんだ!」 「何で?」 「だーかーらー!」 苛々しながらネイパルムが言おうとすると、蒔也はぽんぽんとネイパルムの肩を叩き、ぐっと親指を突き立てる。 「行けば分かるよな?」 「ツンツン頭ぁ!」 一言ガツンと言ってやろうと意気込むが、既に目の前から蒔也の姿は無い。 「何してるんだよ、赤いおっさん。さっさと行こうぜ」 ヤクザたちが下がっていったドアの方へと走る蒔也の姿を見つけ、ネイパルムは大きな溜息と共に走り出すのだった。 ヤクザの事務所奥。突然の襲撃に、幹部クラスの者達が集っていた。 何処の手のものかも分からない。 それに加えて、相当の腕を持っている。 警察かと思いきや、そういう風には見えない。 そうして、一気に捕えている少女を見る。 「お前の仲間か?」 組長が問うが、少女には分からない。言葉を話しているのだということはわかるが、何を言っているかまでは分からない。 ただ、自分には分からない言葉を、ドスの利いた声で投げつけてくるだけなのだ。 びくり、と身体を震わせる。 「答えられねぇってか」 「こっちが言ってることが、分からないのでは?」 「なら、異国語でもなんでも喋ればいいのに、何も喋らねぇじゃないか」 少女は、一言も言葉を発しなかった。 運が悪いことに、少女が元いた世界は、違う民族に対して厳しい処罰を与える場所だった。よって、違う言葉が聞こえた時点で、少女は己の身の危険を恐れ、口を閉じてしまったのだ。 「口を閉ざすって事は、スパイの可能性が高い」 「となると……お仲間の登場って事か」 幹部達は意見を一致させる。少女をじろりと睨み上げると、再び少女は恐怖で震える。 「決まりだな」 「こちらのどんな情報を握っているかも分からないからな。このままお仲間に返すわけには行かない」 「加えて、お仲間達には痛い目にあわされているときている」 幹部達は口々に言う。そうして、組長は少女を見て、にい、と笑う。 「意味、分かるよな?」 無論、少女に分かるわけも無かった。 ネイパルムと蒔也は、廊下を突き進む。 「いやに静かだな」 いやな予感を抱きつつ、ネイパルムは言う。 先程まで、ドンパチをやっていたにもかかわらず、廊下を素通りさせているのが妙に気持ち悪い。 体勢を整える、と言っていたのに。 「別にいいじゃん、すっきりしてて」 「そういう問題じゃないよな?」 「あー確かに。もっとがっつり暴れて、すっきりいきたいよな」 「それも違うな」 「難しいクイズだな」 「クイズではないな」 そうこうしていると、目の前に今までよりも重厚なドアが現れる。ネイパルムは銃を握り締めつつ、ふう、と息を吐き出す。 「慎重にいくぞ。様子がおかしい」 「そのおかしさでさえ、吹き飛ばせばなくなるよな?」 真顔で言う蒔也に、ネイパルムは眉間を掴む。 「ちょっと考えてから、もう一度意見を言ってくれるか?」 蒔也は少しだけ黙り、再び真顔で口を開く。 「吹き飛ばせばなくなると思う」 「よし、分かった。まずは中の様子を伺うぞ」 溜息混じりに言うネイパルムに、蒔也は「了解」と答える。 ――ばんっ! 勢い良く、蒔也はドアを蹴り開ける。 「誰だ!」 「もう来たのか!」 チャッ、という銃を構える音が響く。思わず、ネイパルムは「おいいいい!」と叫ぶ。 「俺の言うこと、聞いていたのか?」 「聞いてた! 中の様子は、開けてみなけりゃ分からないって」 「馬鹿野郎!」 「ここまできやがったか、お前ら」 二人の言い合いの間に、組長が口を挟む。 ネイパルムは肩をすくめつつ、室内を見渡す。 中にいるのは、組長と幹部があわせて10人。更に奥に、小さなドアがある。 「俺達は、仲間を保護しにきただけだ。敵意は無い」 「あれだけぶっ放しておいて、そりゃねぇだろうが!」 「それは、お前らが先に手を出してきたからだ」 いきがる幹部に、ネイパルムは言い返す。 「先に出したの、俺のような気がするけど」 「ツンツン頭、お前ちょっと黙ってろ」 ぼそっと呟く蒔也に、ネイパルムは突っ込む。 「仲間ってのは、あのお嬢ちゃんかい? 何も喋らねぇあたり、良く訓練されてるな」 「喋らないんじゃない。喋れないんだ」 ネイパルムの言葉に、ヤクザたちはざわめく。 「喋れない、だと?」 「更に言えば、言葉も分からない。それくらい、分からなかったのか?」 ネイパルムの言葉に、ヤクザたちはぐっと押し黙る。 「なら、何でうちのシマにいた? 何かしらの情報を奪いに来たとしか思えないだろうが」 「不慮の事故って奴だ。本人にはどうしようも出来なかったはずだ」 ヤクザたちはひそひそと話し出す。そうして、組長が口を開く。 「それを、信じろ、と?」 「あーもう、面倒くせぇな」 うーん、と蒔也は伸びをしながら言う。「やっちゃおうぜ、おっさん」 「何をする気だ?」 「色々面倒くさいから、ぶっ壊そーぜ!」 さらりと笑顔で言う蒔也に、ネイパルムは「アホか」と突っ込む。 「とにかく、彼女に会わせて貰おうか」 組長は溜息混じりに頷き、ヤクザの一人に指示してドアを開ける。すると、中から少女が一人、飛び出してくる。 「災難だったな、もう大丈夫だ」 ネイパルムの言葉が分かり、少女はほっと息を吐き出して笑う。分かる言葉ということは、処罰は与えられぬという事だから。 「怪我は無いか?」 「は、はい。有難うございます」 少女は頷いて、頭を下げる。ネイパルムは頷き、組長に向き直る。 「この通りだ。この子の言葉、分からないだろう?」 「わざとじゃないのか?」 尚も言う組長に、蒔也は欠伸をし、こっくりと頷く。 「もう、やっちゃおうぜ?」 「必要の無いことは、しない方が良い」 「面倒くさいじゃん、こいつら」 はあ、とネイパルムは大きな息を吐き出す。 「壊すことが全てじゃない。こちらに被害が出ないようにするのが、一番だ」 ネイパルムはそう言い、少女を連れて出ようとする。が、出口のところをヤクザたちに阻まれる。 「ただで帰れると思ってるのか、おい!」 「散々こっちに手を出しておいて、無事に帰れると思うなよ、コラァ!」 蒔也は無言で頷き、トトトトト、とサブマシンガンをぶっ放す。 「おい、ツンツン頭!」 「ここまで言われたら、こうするしかないだろ? 絶対、最初から帰す気なかっただろうし」 「そうかもしれないが、ちょっとは考えてから動け」 ギリギリギリ。ネイパルムの腹が、ぐぐぐぐっと痛む。 「死ねや、オラァ!」 ヤクザの一人が、刀を振り上げて蒔也に襲い掛かってくる。それを蒔也はひらりと避けるが、また別のヤクザが今度は銃で応戦してくる。 「言わんこっちゃ無い!」 ネイパルムは唸るように言い、少女に下がるように指示してから銃を握り締める。 部屋の外から、ヤクザの部下達が何事かとやって来る。少女を守りながらでは、分が悪い。 「派手にやりすぎるな!」 「大丈夫だって。全部ぶっ壊せばいいだけじゃんだからさ」 蒔也は言い、今度は廊下に向けてサブマシンガンを放つ。 「……調子に乗りやがって」 ゆらり、と組長が動く。蒔也は、次から次に現れる廊下のヤクザたちを倒すのに夢中で、後ろがおろそかになっている。 「おい、ツンツン頭!」 ネイパルムは応戦の手を一旦止め、どん、と蒔也の身体を突き飛ばす。 「何だよ、おっさ……」 ――ぽた。 「だから、派手にやりすぎるな、と言ったんだ」 ネイパルムは言い、血が滴る肩をそのままに、組長を殴り飛ばす。 「おっさん、俺」 「良いから、さっさと構えろ! 廊下からの進入を許すな! こちらは、俺がなんとかする!」 ネイパルムは叫び、事務所内にいるヤクザ幹部たちに襲い掛かる。銃は既に使っていない。肉弾戦の方が、狭い事務所内では有利だ。 トトトトト、と蒔也のサブマシンガンが廊下からの襲撃を抑え、ネイパルムの拳がヤクザ幹部たちを気絶させてゆく。 二十分後、すっかりと辺りは静かになってしまった。 「……終わったか」 はあ、とネイパルムは息を吐き出す。 「大丈夫かよ、それ」 肩の傷を見ながら言う蒔也に、ネイパルムは「ああ」と頷く。 「かすり傷だ」 「無理すんなよ」 「していない。……待たせたな」 少女に言い、ネイパルムは手を差し出す。少女は「はい」と頷き、その手を取ろうとする。その時だった。 腹の激痛が、ネイパルムに襲い掛かる。その場に立っていることすらできず、思わずネイパルムはその場に蹲る。 「赤いおっさん!」 「……くそ、とにかく、ロストレイルに」 腹を押さえるネイパルムを支えながら、蒔也と少女はロストレイルへと乗り込む。痛みでネイパルムは頭の中が真っ白になった。 壊滅させてしまったヤクザ事務所のことなど、すっかり忘れて。 後日、医務室。 ネイパルムに襲い掛かった腹痛は胃潰瘍と診断され、即入院となってしまった。 「ストレス、か」 原因を告げられ、ネイパルムは苦笑する。 「昔は胃潰瘍なんざならんかったが……俺も年か」 溜息混じりに一人ごちると、ばんっ、と勢い良くドアが開く。 現れたのは、ツンツン頭。 「よ、おっさん」 「帰れ」 「そう言うなって。えっと、やっぱり入院といえば、林檎だよな。ウサギにするか?」 からかうような口調で言う蒔也に、ネイパルムは腹を押さえる。 また、胃が痛むような気がした。 <ウサギ林檎を見つめつつ・了>
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