――0世界ターミナル ナウラが気がついたときは周囲の景色が一変していた。 何がどうしたのかわからず、夢か幻覚かと思って頬をつねったもののヒリヒリとした感覚をえる。 「ここはどこ、だ?」 青い空があるものの雲が流れるわけでもなく、まるで絵画の中に足を踏み込んだかのような違和感だけがあった。 暫く歩くと大通りにでたのか急に人が増える。 通勤時のオフィス街のように混雑した様子だ。 それもナウラのいた世界よりも雑多な人々が行き交っている。 「どうなっているんだ?」 雑踏の中にナウラの問いかけが吸い込まれて消えた。 普通の人間のような姿をしたものから獣人、竜人、ロボットなど多種多様な生物が行き交う中で、一人の人物に呆然とするナウラの視線が集中する。 黒いコートに黒のソフト帽を被る鷲の頭をした獣人だった。 (あれは……『黒外套』!?) 『黒外套』はナウラの住んでいた世界で、人類の敵とされた秘密結社のボス『煉獄博士』の共犯者とされる存在だった。 ナウラは村山の存在に目を大きくさせて驚く。 拳を握る手に力を込め、人ごみの中を悠然とあるく鷲頭の男を尾行した。 男が裏路地に入っているところを見たナウラはしめたとばかりに裏路地に飛び込み、腕を鞭のようにしならせて先に仕掛ける。 しなった腕が勢いをつけてシュルルルという音を立てて男に迫った。 男はソフト帽を片手で抑えると、ヒョイとナウラの腕を避ける。 外れた腕が路地の壁を貫き、穴を開けてナウラの元へと戻った。 「殺気を感じてちょいと誘ってみりゃぁ、こいつはどういうことだ?」 男はくるりと体の向きを変えてナウラを見つめてくる。 「どうしてここにいる!」 「さぁて、そいつぁ俺にもよくわかんないんでね。それよりも、そちらさんこそ何で俺を狙うんで?」 男は肩をすくめてため息をついた。 ナウラの目が血走り、腕に力が篭る。 「お前はっ! 『煉獄博士』の共犯者、『黒外套』なんだろぅ!」 荒ぶる心を抑えきれず、ナウラは激昂した。 地面に腕をつけ地面を変質させてうねらせた。 『共犯』という言葉に鷲頭の男は眉をピクリと動かし、ソフト帽を深く被り直す。 背中から翼を生やし、空へと舞った。 くるりと姿勢を替えると懐からルガーのような拳銃を抜いてトリガーを何度も引く。 飛び出した銃弾はナウラ目掛けて突っ込んでくる。 放たれた猟犬のように飛行する銃弾をナウラは分身してかわそうとするも、外れた銃弾が爆風を威力をみせてたじろぐ。 「俺をこんなザマにしやがった奴だぞ。……誰が誰の共犯だって?」 男は地面に降り立ち、ナウラに向けて銃口を突きつける。 猛禽類が持つ鋭い視線と共にドスの聞いた声が裏路地に響いた。 手に持つ獲物の先からはタバコの煙のように紫煙が揺らいでいる。 伸縮自在の体を持ち、分身さえできるナウラの力は決して弱いものではなかった。 しかし、くぐってきた修羅場の数で培われてきた心の強さは鷲頭の男の方に分がある。 尾行をして、彼を捕らえようとしたがこの様だった。 探偵助手として失格だったが、それ以上にナウラは男の目に宿る感情が信じられずにいる。 (……この人は煉獄博士を憎んでいる。黒外套じゃ、な、い?) 胸の奥からこみあげるモノを抑えきれずにナウラはその場に崩れ落ちた。 「ううぅぅ、うわぁぁぁあぁぁぁん!」 目から涙が溢れ、声を上げてナウラが泣き出す。 「やれやれ、コレに懲りたら大人しくしておくんだな」 煩いといわんばかりにソフト帽を被り直した男はゆっくりとその場を去ろうと歩き出した。 しかし、泣き声がやむことがない。 裏路地から出ようとなったとき、鷲頭はため息をついて振り返ってナウラの元へと戻ってきた。 「何か食うか。腹いっぱいになりゃ落ち着くさ」「余計なお世話だ」 そっぽを向いたナウラだったが、ぐぅぅと腹の虫がなく。 「おめぇさんの腹の方がよっぽど素直だねぇ」 「う、うるさいっ!」 顔を真っ赤にしたナウラはクククと笑う男の脛を思いっきり蹴った。 ――0世界・ターミナルにある小さな食堂 食堂で向かい合った席に二人は座る。 村山が店内を見回すと手書きの商品名と値段の書かれた札が壁に貼らているのが見えた。 調理場のほうでは恰幅のいい女性がいそいそと料理を作っている。 白いテーブルに丸い椅子が狭い間隔で並んでいる姿は大衆食堂らしい雰囲気だった。 「なんだか懐かしい感じもするな……俺は村山だ」 「私はナウラ」 「そうか……」 注文したものが来るまでと村山は話しかけたものの、会話が続かない。 ため息を漏らして視線を再び室内へと向けた。 来ている客は村山のような獣人系もいて、談笑しながら食事を取っている。 (この姿のままでいられるのは姿が楽でいいねぇ) そんな風に彼が思っていると、『おまちどう』とおばちゃんが料理を置いていった。 ナウラにはラーメン、そして村山には焼き鳥である。 「共食い……」 「うるせぇガキだな。どこの生まれだよ」 「私の生まれは――」 食べている村山の姿にナウラがぼそりと突っ込みを入れたことで会話が生まれた。 村山が聞く限り目の前の子供は自分と同じ世界の出身らしい。 そして、二人のいた時代に隔たりがあることもわかった。 「そういうことか、おまえさんは俺を知っていて、俺がおまえさんを知らなかったのもしょうがないわけだ」 こくりとナウラが小さく頷いた。 「ちょいとした未来を知れるわけぇことだな。あそこはどうなってるよ? ほら――」 村山はナウラに興味を抱き、話しかける。 未来から来た存在と会っているわけだから、自分とは直接関係ないところの話を聞いたってバチはあたらないだろう。 ナウラもラーメンを啜りながら話だすと、険しかった表情が緩んでくる。 建物のことや行事のこと、共通のローカルなネタで話せる相手がいる喜びを村山は感じていた。 きっと、ナウラもそうではないかと村山は自分から色々なネタを話はじめるナウラを見て思う。 食事が済んでも二人はしばらくの間、時間を忘れて盛り上がっていた。 ――0世界・食堂の外 「ごちそうさん」 店から出た村山の後を追ってナウラは食堂の外へと出た。 外の明るさは入るときと変っていないので時間の感覚がおかしく思える。 さっきまで懐かしい雰囲気のする食堂でローカルな話題で盛り上がっていたのもあるのかもしれない。 先を歩く村山の背中にナウラは声をかける。 「本当に共犯じゃないのか?」 「それだけはハッキリさせておくぜ、俺は共犯なんかじゃない。あの博士は鳥が好きだから似たような奴を俺と見間違えたんだろうさ」 真剣なナウラの問いかけに村山は軽く受け流すように答えた。 話している中で悪い奴ではないとナウラも感じているものの、村山の風貌や戦闘力に不安を抱えてもいる。 「それよりもおまえさんどうするつもりだい? こっちでの生活をこれからしていくなら知り合いを紹介してやってもいいぜ。あとは同郷のよしみってやつで帰る手段の捜索もな」 ソフト帽をかぶり直し、食べた焼き鳥の串を高楊枝のように咥えた村山がナウラの目をみつめてくる。 その瞳から感じる感情は言葉通りのものだとナウラにもわかる。 わかるだけに、先ほど襲い掛かった自分が少し惨めにも感じ、素直に首を縦に振ることができない。 「借りはいつか返すからな。……不意打ちして悪かった」 視線から逃げるように顔を背け、最後の方は蚊が飛ぶかのような声で答えるのがナウラが精一杯できることだった。 「面倒臭いガキだ。だが、嫌いじゃないぜ、おまえさんのような奴はよ」 クククと村山は笑いターミナルの自分の住処へと歩き出す。 その後ろをナウラはそっと追いかけた。 Fin
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