オープニング

 ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。
 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。
 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。
 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。

 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。
 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。

 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。
 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。

●ご案内
このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・見た夢はどんなものか
・夢の中での行動や反応
・目覚めたあとの感想
などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。

品目ソロシナリオ 管理番号1083
クリエイター黒洲カラ(wnip7890)
クリエイターコメント旅人たちの見る夢は、楽夢か悪夢か、夢が孕むのは出会いか別れか、愛か憎悪か、微笑みか涙か。

あなたの願い、あなたの苦しみ、あなたの想い、あなたの決意、あなたの悲嘆、あなたの覚悟、あなたの祈り、あなたの透徹――それらが紡ぐ未来の物語。

いずれ出会うのか、刻一刻と変わってゆくのか、それすらも定まってはいない、そんなものの欠片を、竜刻のもたらす夢に乗せてお届けします。

なお、付添い人としてNPCの神楽・プリギエーラを同行させることも可能です(悪夢に魘された際には起こさせていただきます)。希望される場合はプレイングにお書きくださいませ。

※ネタ夢も歓迎。

※なお、「神託の夢」が二本同時に運営されておりますが、こちらは混雑解消のための苦肉の策です。申し訳ありませんが、同一PCさんで双方にお入りになることはご遠慮くださいませ。


それでは、夢の帳の内側でお会い出来ることを祈って。

参加者
ハルシュタット(cnpx2518)ツーリスト 男 24歳 猫/夜魔

ノベル

 ふと気づけば、荘厳にして瀟洒、壮麗にして優美な古城の一角、青白い月光に照らされた中庭のような場所に佇んでいた。いつものような仔猫ではなく、中性的な美貌を持つ線の細い青年の姿を取って。
 いったいここはどこだっただろうかと考えて、自分がかつて幽閉されていた街の『礎』たる城だと気づく。
「何で、ここに……」
 高く聳え立つ城には何の変わりもなく、懐かしくも恐ろしく、あれだけ必死に逃げ続けて、ようやく逃げ果せたと思っていたのに何故、と、彼は足早に出口を求めて歩く。
 さくさく、しゃりしゃり、ぱりぱり。
 歩くごとに、足元で、細かなかけらが砕けるささやかな音が聞こえ、彼はその違和感に気づいた。
 かつて彼がいた頃の城は、塵ひとつなく掃き清められ、整えられていて、こんなかけらが散在するような余地はなかったはずだ。
「いったい、なに、」
 大地を見下ろして、彼は瞠目する。
 ――彼の踏み締める足元は、女たちの骸で埋め尽くされていた。
 咽喉笛を食い千切られ、血を啜り尽くされ、肉を貪られて真っ白になった、無残な――しかし、安らかで幸せそうな慈愛の笑みを浮かべた――、無数の、美しい骸が織り成す大地。
「あ……」
 見上げれば、城もまた女たちの骸で出来ていた。
 白いドレスを身にまとい、満足げな微笑を浮かべた、美しくも哀しい『花嫁』たち。
 それは、彼の――この街を護る夜魔の生け贄として城に遣わされ、彼を愛し愛されて喰らわれた、愛しい女たちの骸だ。
 誰ひとりとして忘れたことのない、記憶の中の花嫁の名を呼び、華奢な指先で冷たい頬をなぞってゆく。
「ディアナ」
 最初の花嫁。
 はにかんだ笑みが可愛くて、そっと抱き締めてくれる温かい腕が大好きだった。
「アプロディテ」
 情熱的な花嫁。
 喰らわれる身と知っていて、最期まで明るさと強さを失わず、彼の傍にいてくれた。
「アルテミス」
 物静かで聡明な花嫁。
 彼女の詠んだ愛の詩を、今でも魂のお守のように抱いている。
「ブリギット」
 凛とした花嫁。
 それでも貴方を愛しましょうと、無数の口づけとともに誓ってくれた。
「ダヌ」
 穏やかで温かい花嫁。
 空腹と罪の意識、両極の苦しみに懊悩する彼を、母のような強さで包み込んでくれた。
「イシュタル」
 ミステリアスな花嫁。
 私がここに来たのは運命だから何を罪と思う必要もないの、と彼を憩わせてくれた。
「ウェヌス、ミネルヴァ、アテネ、デルピュネ、イナンナ、モリガン、スカアハ、ロスメルタ、マヤウェル、サラスヴァティ、ウシャス、ラートリー、アナヒタ、ヴァジェト、レギンレイヴ」
 青褪めた月光に照らされ、真っ白に浮かび上がるひとりひとりを、いとおしむように、懐かしむように呼び、強張った手の甲にそっと口付けを落としてゆく。
「……判ってるよ、判ってる」
 二度と目覚めぬ眠りに就いた彼女らの、声なき声、祈りのような言葉が脳裏をよぎり、彼は哀しく微笑む。
 女たちは皆、自分のすべてを差し出す代わりに、もう誰も殺さないでと――もう罪の意識に苦しまないでと、彼に願い続けた。そのために、死してなお永遠の愛を捧げましょうと。
 花嫁たちは、いずれ喰らわれる身と知っていて、皆、彼を心から愛してくれた。己の命を奪うものを、魂をかけて愛してくれた。その愛のゆえ、彼に、人間の身勝手でこれ以上罪を重ねさせたくない、苦しめたくないと言ってくれたのだ。
 その願い、祈りのような最期の望みを、あの街から逃げ果せた今なら叶えられる。
「判ってる」
 自分に確かめる如くに呟くと、大地に跪き、地面を埋め尽くす骸をかき集めるように抱きしめ、口づけて、誓いを口にする。
 彼女らの冷たい硬さと死のにおいは、しかし、彼にいとおしさを与えるのみだ。
「もう、誰も愛さないから……殺さないから、だから、ここにいて。おれの心に、ずっと」
 無上の愛と敬意を込めて囁くと、花嫁の骸で出来た城は、大地は、彼の中にすうっと融けていった。
 すべてが暗闇に飲み込まれ、なにもかもが掻き消える瞬間、くすくすという、軽やかな、明るい笑い声が聞こえた気がして、彼はその場に跪いたまま瞑目し、無償の愛で自分を包んでくれた、優しい女たちのことを無心に想った。

 * * * * *

 目を開けると、見慣れない天蓋が視界に飛び込んできた。
「……ああ、そっか」
 ハルシュタットは大きな欠伸とともに伸びをして、簡素なベッドから飛び降りる。
 銀の首飾りがしりん、と鳴って、ハルシュタットは前脚で髭を整え、尻尾をピンと立てた。
「どんな夢を?」
 朱金の髪の付添い人が問うてくるのへ、
「……だいすきな人たちの夢」
 寂しくも満たされた笑みを見せ、答える。
 ――花嫁たちの愛と記憶で、今の彼は出来ている。
 尽きかけた魔力と満たされない空腹は、彼女らを決して裏切らないという証だ。
「しあわせな夢だったよ、おれにとっては」
 だから、閉ざされた箱庭のような幸福を抱き、誓いのためにハルシュタットは生きる。
 己が幸いを疑うこともなく。

クリエイターコメントご参加ありがとうございました。

二度と違えない約束を、過去の風景と、全身全霊の愛に載せてお届けいたします。

細々と捏造させていただきましたが、お望みの通りの夢を描けておりましたらば、幸いです。

それでは、また機会とご縁がありましたら、よろしくお願い致します。
公開日時2010-12-21(火) 21:50

 

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