オープニング

 インヤンガイ、とある街区。薄暗い路地の中心に、赤く染まった死体が無造作に置かれていた。
 これで、五人目。
 街区を担当する探偵、アヤメは小さく溜息をつき、死体の周りを確認する。
「やっぱりねぇ」
 苦笑交じりに呟く。赤く染まった布袋が、死体の傍に置かれている。赤の隙間から見える元の色は、青。
「参ったねぇ」
 アヤメは呟く。治安の悪い街区ではあるが、ここまで連続して殺人が起きる事は少ない。だからこそ、街区を取りまとめる者から依頼されたのだ。
 殺人鬼をどうにかしろ、と。
 報酬は悪くない。むしろ、良い。寂れた薬屋を営むアヤメにとって、逃す手は無いとも言える。尤も、寂れているのは「前向きになれる薬」だとか「歌が上手くなる薬」だとかいう、怪しげな薬を高価で売ろうとしているせいもあるのだが。
「アタシ一人じゃ、対処しきれないねぇ」
 何処に現れるかわからない殺人鬼に、一人で立ち向かうのは無謀だ。アヤメは溜息混じりに呟き、それから何かに気付いて小さく口元で笑んだ。
 対処し切れぬのならば、対処できるようになればいいだけの話なのだ。


 リベル・セヴァンは、集ってきた者達を見回す。
「被害者は、これまでで五人。いずれも青い袋を持っていました。最初の二人は、花柄の青。三人目は無地の青。四人目は青と白のストライプ。五人目は、青と言うよりも水色に近いものでした」
 ばらばらに見えるが、青というキイワードは崩れていない。
「死因は、頭を強打された事によります。ですが、殺害後に体を傷つけ、あたりを血の海に変えています。いずれも夜に行われていますが、場所は街区内というだけで、バラバラです。よって、共通事項は『青い袋』だけになります」
 リベルはそう言い、再び皆を見回した。
「殺人鬼を捕らえぬ限り、同様の殺人が起こり続けます。どうぞ、お気をつけて」


 その日、寂れた薬屋に訪れた者達を見回し、アヤメはにやりと笑った。
「良く来てくれたねぇ。アタシ一人じゃ、対処しきれなくてね」
 アヤメはそう言い、あらましを説明する。
 被害者の五人とも、青い袋を持っていた事。
 死因は鉄パイプのようなものによる撲殺で、後にナイフ等で体を切られている事。
 殺害場所は狭い路地というだけで、共通事項が見つからない事。
 被害者の性別や経歴に、共通性はないという事。
「アタシが調べたのは、これくらいかねぇ。共通しているのが、青い袋くらいしかないんだよ」
 アヤメは溜息混じりにそう言い、店の奥から青い袋を取り出す。青に白抜きの菖蒲の花が描かれた紙袋だ。
「これは、あたしの店の紙袋だ。標的になりそうだろう? だから、余計に何とかしないといけないのさ。商売に響くからねぇ」
 アヤメはくつくつと笑う。そうして、皆を見回して悪戯っぽく笑う。
「なんなら『恐怖に打ち克つ薬』を飲んでみるかい?」
 そう言ってアヤメが取り出した薬袋の中から現れたのは、黄色い飴玉であった。

品目シナリオ 管理番号636
クリエイター霜月玲守(wsba2220)
クリエイターコメントお久しぶりです、こんにちは。または、初めまして。霜月玲守です。

囮になるも良し、夜に見回りをしても良し。第六の殺人を防ぐべく、殺人鬼を捕らえてください。囮になる場合、アヤメの薬屋の紙袋を使用しても使用しなくても構いません。

皆様のご参加、お待ちしております。

参加者
虎部 隆(cuxx6990)コンダクター 男 17歳 学生
ロディ・オブライエン(czvh5923)ツーリスト 男 26歳 守護天使
シュマイト・ハーケズヤ(cute5512)ツーリスト 女 19歳 発明家
黒城 旱(cvvs2542)ツーリスト 男 35歳 探偵

ノベル

 アヤメの掌にある飴玉を、ひょい、と黒城 旱は取り上げた。
「ま、一個もらっとくよ。サンキュー、アヤメちゃん」
 旱は飴玉をポケットに突っ込む。アヤメは「どういたしまして」と言って笑う。
「あー……俺はいいやあ」
 虎部 隆はそう言って、手を振る。薬はなるべく飲まない主義なのだ。「というか、探偵の方がまだ、収入がいいと思うよ?」
「そうかねぇ」
 アヤメは笑い、肩を竦める。
「わたしも遠慮する。そういう妙な品は、自分の発明品だけで沢山だ」
 シュマイト・ハーケズヤも、同じく手を振った。
 アヤメは「そうかい」と言いながら飴玉を納め、一同を見回す。
「それで、どう見るんだい?」
「暴霊が犯人ではないか? 青い袋を持った者に殺され、狂った復讐心で動いているんだろう」
 シュマイトは、腕を組んだままそう言った。「人間がやっているにしては、無目的すぎる」
「確かに、被害者の性別や経歴に共通事項が無い以上、単純に青い袋を持っている者を見境なく狙っているんだろうが」
 ロディ・オブライエンはそこまで言って一呼吸置き、言葉を続ける。「意図的かどうかは、分からんな」
「わたしの推理に根拠はあれ以上、特に無い。が、間違いない。天才的な勘が、そう言っている」
 胸を張って言い切るシュマイトに、旱は「うーん」と言いながら腕を組む。
「俺は、意図的のような気がするな。青い袋を、血で赤に染めてるんだ。犯人にゃ、どうしても青い袋を赤くしなきゃなんねぇ理由でも、あるのかもなあ」
「犯人にしてみれば、青い袋を狙うだけの理由があるのだろう。だが、だからと言ってそれを斟酌する必要性は感じないな」
 ロディは溜息混じりに言う。
「青と赤が混じった袋、だよな。それって、心臓を連想させるんだよな。壱番世界の床屋の看板って、血管をモチーフにした色合いでそうなってるらしいし。そういうのに妄執を抱く人の犯行……病弱な奴が妬んでやった、とか」
 隆はそう言い、苦笑交じりに「まさか、ファージが世界を変える儀式をしてるんじゃないよなー」と付け加えた。
 隆の言葉に、一同はしんと静まり返る。絶対に無い、とはいえないが、世界司書であるリベルが何も言ってはいない。
「一応、頭には入れておくのがいいだろうな」
 旱が言い、皆が頷く。可能性がゼロではないのならば、考慮しておくに越した事はない。
「いずれにしても、これ以上被害を出さない為にも、此処で捕らえておかねばな」
 ロディの言葉に、皆が頷く。
「となると、囮を使うのが早そうだな」
 旱が言うと、一同が頷く。
「この店の袋があるから、それを使えば良いだろう」
 ロディがそういうと、シュマイトが「同感だ」と続ける。
「むしろ、本当の狙いは『アヤメの店の袋』という可能性もあるからな」
 シュマイトの言葉に、皆が一斉にアヤメを見る。アヤメは何を言うでもなく、のんびりと煙管を吸っている。
「アヤメちゃん、心当たりは?」
 静かに、旱が尋ねる。アヤメは「さてねぇ」と言ってにたりと笑う。
「もし、アヤメの店の袋が狙いならば、犯人探しも少しは楽になるのだが」
 シュマイトの言葉にも、アヤメは答えない。ただ黙って、煙管を吸うだけだ。
「まあ、いい。囮は誰がする? 襲撃された際に対応できる人間が囮を務めれば良いんだろうが、犯人を警戒させてしまう可能性を考えると難しいところだ」
 ロディはそう言い「誰も居なければ、俺が務めるが」と付け加える。
「わたしが囮になろう。わたしならば警戒もそこまでではないだろうし、対処も不可能ではない」
 シュマイトが言うと、旱が「俺もやるぜ」と言う。
「シュマイトちゃんにだけ、危ない真似をさせられないからな」
「なら、二人に囮役をやってもらって、俺とロディさんで応戦する。それで良いかな?」
 隆の言葉に、ロディが頷く。
「犯人が出ない可能性を考えると、見回りも必要だろうからな。勿論、すぐに駆けつけられるだけの距離は保っておく」
「行動方針が決まったようだねぇ。なら、これを持って行きな」
 アヤメはそう言い、青い袋をシュマイトと旱に手渡す。
「アヤメ、店でもしばらく青い袋を使わないようにしてくれ」
 シュマイトがそういうと、アヤメは「了解」と言って頷く。
「周囲にも呼びかけておく必要があるよな」
 隆の言葉に、シュマイトは「そうだな」と頷く。
「六人目を出さない為に、また犯人が囮を襲ってくる為に、必要な事だろう」
「では、手分けして声をかけておくか」
 ロディが言い、四人は揃ってアヤメの店を出る。そして別れようとしたその時、旱が「ちょっと待ってくれ」と呼び止めた。
「アヤメの事だが……彼女が犯人ってセンも、一応頭に入れておいてくれないか?」
 旱の言葉に、三人が顔を見合わせる。旱はポケットに手を突っ込み、先程アヤメから受け取った飴玉を取り出す。
「おかしくないか? 恐怖に打ち克つ薬ってのに、なんで飴玉なんだ? 俺の勘が正しけりゃ、この飴玉ん中に麻薬に近い成分が……」
 旱はそう言いながら、飴玉を匂ってみた後、軽く舐めてみる。
「……麻薬だって?」
 隆が絶句する。
「もしそうならば、犯人の狙いがそれだという可能性も、あるんじゃないか?」
 ロディの言葉に、シュマイトも「だな」と頷く。
「アヤメの店の関係者、という可能性が高まるな。アヤメは何も言わなかったが」
 考え込む三人に、旱は「うーん」と唸る。
「麻薬、ではないな。それに近い成分も無い。禁断症状に困ったアヤメの客が、やばい事に手を出してんだと思ったんだけどな。だから、アヤメの店の客が怪しい、と」
 青い袋や、訳のわからない飴玉。それらが偶然にしては出来すぎる、と旱は考えていた。ならば、犯人は店の客、若しくはアヤメではないか、とも。
 だが、飴はただの飴。特に怪しい成分は無い。
「外したか?」
 ちっ、と舌を打つ旱に、隆が「いや」と首を振る。
「まだ分かんないさ。とにかく、詳しい推理とかってのは、黒城さんに任せる。俺は、脚で稼ぐさ」
 隆の言葉に、旱は「そうか」と頷く。
 まだ、可能性を全部否定されたわけではない。頭に入れておいて、損は無いはずなのだ。
「では、これからは情報収集も兼ねて、注意を呼びかけよう」
 ロディがいい、皆が頷く。
「勿論、わたし達も注意を払いつつ、な」
「シュマイトちゃんは、特に気をつけるんだぜ。何せ、囮役だからな。可愛い顔に傷一つつかないようにするんだぜ」
 旱が言うと、シュマイトは「ははは」と笑う。
「口が上手いな」
「まあ、とにかく動こう。夜はすぐやってくるからな」
 隆が言うと、四人は顔を見合わせてうなずき合い、解散する。
 周囲への呼びかけと、情報収集をする為に。


 隆は、呼びかけに回る最中に、一つ前の事件現場を通りがかった。立ち入り禁止のテープが貼られたそこは、未だに赤黒く染まっている。
 思わず口元に手をやる。喉の奥が熱くなり、唾を飲み込む。
「俺だって、コンダクターだぜ?」
 こんな事では怯まない、と隆は続ける。
 赤黒い地面は、一部分だけ途切れていた。恐らくは、被害者が倒れていた所だろう。まるで、切り取られたかのように、そこだけ綺麗だ。それは同時に、流血の多さを物語っている。
「スプラッタを通り越して、異常だな。血の海で泳ぎたいとか?」
 嘲笑交じりに呟く。「どちらにしても、まともじゃねーな」
 隆はぐっと拳を握り締め、走り出した。周囲への呼びかけを、なるべく沢山行うように。


 ロディは、街区内を見回しながら呼びかけをしていた。
「結構入り組んでいるな。囮役と、離れすぎないようにしないと」
 ポツリと呟いた後、胸元の銃を確認する。
「最悪、準備だけはしておくか」
 捕らえるのが目的だ。決して、殺すのではない。それでも、最悪の場合は射殺しなければならぬかもしれない。
 相手は武器を持っているようなのだから。
 拳銃を取り出し、冷たく重い感触を確かめる。トラベルギアである、デス・センテンスだ。黒塗りに金の装飾が施された、オートマチック拳銃。
 それをロディは握り締めた後、また再び収めるのであった。


 シュマイトは、街区を取り締まる自警団の事務所に居た。「青い袋」事件が起こる少し前の事件記録を、確認する為だ。アヤメの手伝いだと名乗ると、すんなりと事件記録簿を見せてくれた。
「もし暴霊説が当たっているならば、暴霊を出した犯人がいる筈だからな」
 ぱらぱら、とめくっていく。が、特に関わりのありそうな事件は無い。
「無いのか?」
 「青い袋」事件まで、辿り着いてしまった。シュマイトは溜息混じりに、それを見る。そして、一件目と二件目の事件記録に目を留める。
 赤く染められた紙袋は、アヤメの店のものだった。


 呼びかけをしつつ、旱は街区をぐるりと見回す。
「インヤンガイか。初めて来るが……こりゃあ、俺の故郷にそっくりだぜ」
 くつくつ、と笑う。汚い街路に、すえた臭い。鼻が曲がりそうだ、と付け加える。
「恐怖に打ち克つ薬、か」
 麻薬でも、麻薬に近い成分でもなかった。単なる飴玉。それなのに、アヤメは「恐怖に打ち克つ薬」だという。
「何で、アヤメちゃんはこんなもんを売ってるのかねぇ」
 旱は呟く。いずれにしても、怪しい事に変わりは無い。アヤメと、アヤメの客に警戒して良いかもしれない。
「まあ、いいさ。同じ探偵のよしみだ。手伝ってやるか」
 報酬はデートとかな、と旱は呟く。それも悪くないかもしれない。


 再び集結し、互いの情報を交換し合う。中でも、シュマイトの「一件目と二件目の紙袋は、アヤメの店のもの」という情報が、皆の気に留まった。
「アヤメに尋ねた時、アヤメは答えなかった。事件について、調べたと言っていたにも関わらず、だ」
 シュマイトは言う。
「心当たりを聞いても、さあ、の一言だったしな」
 旱も思い返しつつ言う。
「じゃあ、アヤメさんも怪しいって事か?」
 隆の言葉に、ロディは「どうだろう」と言う。
「肯定も否定もしなかった。それだけで怪しいかどうかは分からない。勿論、頭に入れておくことは大事だが」
「そうだな。今は次の殺人を出さないべく、囮作戦を実行するだけだ」
 シュマイトはそう言い、紙袋を取り出す。
「もしアヤメちゃんが犯人ならば、囮作戦は筒抜けだ。成功するかどうかが、アヤメちゃんを疑う要素の一つになるだろうさ」
 旱も紙袋を取り出しながら言う。囮作戦の決行だ。
「じゃあ、二人はなるべく離れすぎないようにうろついてくれ。何かあったとき、すぐに駆けつけなきゃいけないからな」
 ロディが言うと、隆も「そうそう」と言う。
「一応、位置は把握しておくつもりだけど」
 シュマイトと旱は「分かった」と言って頷く。
 周囲には、警戒するように声をかけている。紙袋を持った者を襲いたいのならば、シュマイトか旱を狙うしかない。
 一同は顔を見合わせた後、配置に付く。旱とシュマイトは距離が離れすぎぬよう、かといって同じように動かぬように、辺りを歩く。旱は加えて、千里眼でもって周囲を見渡しつつ歩く。
 ロディと隆は、それぞれ二人の位置を確認しながら、すぐに駆けつけられる程度の距離を保ちつつ、警戒する。

――からから。

 シュマイトは、何かを引きずるような音を聞いた。鈍い金属音だ。ざりざという、地面をこする音も同時に聞こえる。
「その袋を、どうして持っている?」
 男の声だった。シュマイトは「来たか」と小さな声で呟く。
「駄目だ、その袋はいけない。持っていてはいけない。騙されているんだ!」
 
――からからからから。

 じりじりと、男の声が近づいてきていた。シュマイトは振り返り、ポケットの中をまさぐる。
 ポケットにはトラベルギアである拳銃「ラス11号型」がある。既に《晶》の魔法弾丸を込めており、犯人が襲ってきたらいつでも撃てる準備をしてあるのだ。
「キミが、一連の犯人か?」
 静かに、シュマイトは尋ねる。
「危ないよ。僕はね、教えてあげてるんだ。危ないって、騙されてるって、教えてあげているだけなんだよ」
 優しい声だ。小さな子を諭すような、柔らかな口調。その手に曲がりくねった鉄パイプさえなければ、普通に会話だけしてもおかしくないかのように。
「それが、キミの武器か?」
「武器?」
 男はきょとんとしている。手にしている鉄パイプが、武器として彼の中で一致していないのであろう。
「僕は、分かって欲しいだけだ。その袋、捨てた方がいい」
「何故」
「どうして分かってくれないんだ。あなたも、分かってくれないのかい?」
 男は、にたり、と口元だけで笑った。目は全く笑っていない。むしろ眉間に皺を寄せ、哀しそうな表情にも見えるのに。
 口元だけが、笑っている。
「暴霊、という訳ではなさそうだな」
 シュマイトは呟き、銃を構える。男の顔が、明らかに歪んだ。
「分かってくれないなら、簡単な方法を取るしかない。それが、一番簡単で、手っ取り早くて、確実なんだよ」
 くつくつくつ、と男は笑う。哀しい表情に、笑みを携えた口。男はゆっくりと、鉄パイプを振り上げた。
「やめろ! そこまでだ!」
 男がびくりと震え、振り返る。そこに立っているのは、隆。隆はにやりと笑い、びしっと男を指差す。
「あんたが何でこんな事してるのかは知らないが、他に方法があるだろう?」
「方法?」
「例えば、献血車を襲うとか」
 隆の言葉に、男はきょとんとした後、ははははは、と声を立てて笑った。
「それは面白い! それならば、確かに、あの袋は袋として用を成さない! だが、それだけだ!」
「な、なんだよ」
 隆はむっとしたように言い返す。
「献血者は、ちょっと違うようだぞ」
 シュマイトの突っ込みに、隆は「例えばだよ、例えば!」と言い返す。
「あなたみたいな人ばかりなら、良かったのにね」
 男は微笑んだ。大声で笑っていたのを、ぴたり、と止めて。そして、再び鉄パイプを振り上げた。
「くそっ!」
 隆はトラベルギアのシャーペン「水先案内人」を構え、芯を爪で折り飛ばす。男の頬をかすめ、鉄パイプの軌道がそれる。

――ガキンッ!

 軌道のそれた鉄パイプを、旱が蹴り飛ばした。男の手元から離れた鉄パイプは、がらがらと音を立て、地面を転がっていく。
「何を、するんだよ?」
 じんじんと痛むらしい手を震わせつつ、男が問う。
「それはこっちの台詞だ。何してるんだよ、おまえ」
 眉間に皺を寄せ、旱が睨み付ける。男は「あなたもか」と、嘲笑混じりに言う。
 旱の持っている、アヤメの店の紙袋を見つめながら。
「あなたも、騙されているんだよ。僕は、教えてあげてるのに。そう、僕は、親切なんだよ!」
 男は拳を握り締め、うおおお、と旱に向かっていく。旱はそれを呆気なくいなし、男を地に這わせた。
 男は「ぐっ」と言いつつ、地面を見つめながら「何でだよ、何でなんだよ?」と繰り返す。
「僕は、親切なだけなのに……!」
「だから、一体……」
「黒城さん、危ない!」
 隆が叫ぶ。旱が男に近寄ろうとしたその瞬間だった。
 男は胸元から、ナイフを取り出して旱に向かっていく。

――がしゃんっ!

 ナイフが、地に落ちる。
 気付けば、男の背後にロディがいた。ロディは男が旱の方に集中している隙を狙い、背に殴りかかったのだ。
 男は何度も咳き込み、げほ、と胃液を吐き出す。そこを隆が飛びかかり、男を取り押さえた。
「チェックメイトか。……どうする? 閉じ込めるか?」
 シュマイトが、銃を男に向ける。隆は「必要ないんじゃない?」とそれを制す。
「無力化するのが、目的だったし」
「にしても、呆気なかったな。最悪の場合も、考えてはいたんだが」
 ロディはそう言い、拳銃を服の上から確かめる。
「まあ、後は自警団あたりに突き出すだけだが……理由くらいなら、聞いてやってもいいぜ」
 旱が尋ねる。隆に取り押さえられたままの男は何度も咳き込み、辺りを見回し、転がっていった鉄パイプで視線を止める。
「まだやる気なのかよ?」
 隆が呆れ気味に言う。男は「あなた達は、騙されてるんだ」と、唸るように言う。
「その紙袋、青い。青い紙袋は危ないんだ。騙されてるんだ。僕は、そんな、あなた達を、助けたいだけなんだ」
「助けるだと?」
 旱は鼻で笑う。ずい、と青い紙袋を突き出しながら。「何から?」
「あの女の店は、いんちきだ! 高い金を出して、薬を、衝動を抑える薬を、買ったのに!」
「衝動を抑える薬、だと?」
 ロディの問いに、男は「離せ!」と隆に向かって叫ぶ。急に暴れた為、隆の押さえを振り切ることに成功した男は、ポケットからくしゃくしゃになった薬袋を取り出し、地面へ投げつける。
 ころころ、と中から青い飴玉が転がり出る。
 シュマイトはそれを一つ拾い上げ、じっと見つめる。
「飴玉に、見えるな」
「飴玉だ! 俺は、高い金を、払ったのに。あの女が、俺を、騙して」
 うおおおお、と男は叫んだ。「シュマイトちゃん、それ貸して」と旱はいい、飴玉を手にして匂いを確かめ、ぺろ、と舐める。
「確かに、飴玉だ。恐怖に打ち克つ薬と同じだな」
 苦笑交じりに、旱は言う。男は「それみろ!」と叫ぶ。
「分かっただろう? あの女は、あなた達を、騙している! だから、教えてあげたんだ。それなのに、紙袋を、捨てないから! 騙されたままでいるから!」
「もしかして……紙袋を奪おうとしたのかよ?」
 隆が尋ねる。
「そうだ! でも、聞いてくれない! だったら、もっと簡単な方法が、あるじゃないか!」
 最初は、警告だった。騙されていると、教えたいだけだった。だが、聞き入れてはもらえなかった。
 だから最初は、ほんのはずみ。
 奪おうとして抵抗され、突き飛ばされた先に鉄パイプがあった。たった、それだけ。
 騙されてるから、救おうと思った。
 救うためには、元凶を断たねばならなかった。
 つまりは、青い袋。
「青い袋がいけないんだ。あの女の店の袋がいけないんだ! 騙された薬を飲ませないようにしないといけないんだ!」
「あーつまり……おまえは、薬を飲ませないようにする事と、青い袋をどうにかする事。その二つをしようとしたわけだ」
 本末転倒だ、と旱は苦笑混じりに言う。
 だからこそ、男は青い袋を持った者を殺し、青い袋を赤く染めた。薬は飲めないし、青い袋もどうにかできた。
 最初の二件は、それだけだった。だが、三件目から、アヤメの店の袋だけではなく「青」に反応するようになってしまったのだ。
「大分、頭が混乱しているのだろう。何がなんだか、分からなくなっているようだ」
 シュマイトが言う。ロディも「確かに」と言いながら、男を見る。
「笑っているからな、あの男。既に、目的が摩り替わっている。並べまくっているのは、単なる言い訳だ」
「本当に、もっと他のやり方があったんじゃねぇの? そんなやり方じゃなくてさ」
 隆は、再び水先案内人を構える。ふらふらしながらも、男は尚も向かってこようとしている。
 近くに落ちていた、木の棒を手にして。
 シュマイトと旱の持っている、青い袋に。
「私が袋を持って、囮になろう。目標物は一つにした方がいいだろう」
「じゃあ、俺たちが全力で捕まえるか」
 シュマイトの言葉に旱は頷き、袋を手渡す。その途端、うおおおお、と再び男が叫んだ。
 地を蹴ってシュマイトに向かってくる男に、隆は芯を爪で折って飛ばす。男の頬にパチパチと当たり、一瞬の気がそれた。
 そこを狙い、旱とロディが向かっていく。男が振り回す木の棒を、旱が腕で受け止め、その隙にロディが男の体に拳を打ち込んでいく。
 隆はセクタンを、万が一に備えて待機させた。シュマイトは、目標物となるよう、青い袋を見せ付けるようにかざす。
 男は叫び、暴れ、叫び……やがて、その場に倒れた。
「やれやれ、やっとか」
 旱が言いながら、男の手首を捕らえる。と、そこにパチパチと言う拍手の音が響いた。
「お見事」
 にこやかに現れたのは、アヤメであった。
「アヤメの店の客だったようだが?」
 シュマイトが尋ねる。アヤメは「そうみたいだねぇ」と言って、笑う。
「あたしは、否定した覚えはないよ」
「でも、肯定もしなかったよね」
 隆が言うと、アヤメは「そうだねぇ」と言う。
「でもさ、だからなんだっていうんだい? あたしは、何も間違った事は言った覚えが無いよ。こうして、犯人は捕まえられたじゃないか」
「あの薬は、どうなんだ? 単なる飴玉のようだったが」
 ロディが言うと、アヤメは「そうだよ」と呆気なく頷く。
「プラシーボって奴だよ。高い金を払って買えば、効くような気がするだろう? 中身は、なんだっていいのさ。たまーに、効かない奴もいるけどね」
 ちらり、と旱に押さえつけられたままの男を見ながら、アヤメは言う。衝動を抑える薬を、男は購入したといった。
 だが、殺人衝動を男は抑えられなかった。全くもって、効いていない。
「アヤメちゃんが要因みたいなもんだよな、今回のって」
 旱が言うと、アヤメは「そうかねぇ」とはぐらかす。
「いずれにしても、無事解決してよかったじゃないか。もうすぐ、自警団も来るしね」
 アヤメは、くつくつと笑った。
「一番得したのは、アヤメのようだな」
 シュマイトが呆れたように言う。アヤメは「そうだねぇ」と言い、煙管を口へと持っていく。
「これで、あたしの店の袋も、堂々と使えるからねぇ」
 そう言って、にやり、とアヤメは笑う。
 四人は顔を見合わせ、溜息をつく。そうして、遠くから自警団の近づいてくる音が、聞こえてくるのであった。


<青に寄せる者を捕らえ・了>

クリエイターコメント この度は「青に寄せて」にご参加いただきまして、有難うございました。
 ちょっと悪い探偵、アヤメの不審行動を書いておきます。

・事件現場に行っているのに、自分の店の袋(花柄の袋)だと明言しない。
・単なる飴玉を高い薬として売っている。

 少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
 それでは、またお会いできるその時まで。
公開日時2010-06-26(土) 13:10

 

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