オープニング

 天竜月天王が這った跡と伝承される悠久の大河、その大河を交易路と交わるところからさかのぼっていくと、河の恵みを受けた肥沃な大地が広がる。ここはヴォロスの中でも古い土地だ。
 水辺に群がるいくつもの小国を通り抜けると大河は聖王国の手前でいくつもの支流に別れる。そのうちの一つを辿っていったところに月天城があるという。
 月天城は人の手の入った爽やかな森にあり、支流が突き当たる滝上に満月の夜にのみあらわれる。銀盤を背に浮かび上がる城は神秘的で、確かに地元住民が恐れるだけのことはある。
 この一帯は月天城の吸血鬼の支配下だ。

 私は竜刻石を求めて魔人に面会を求めた。

                    ―――― J. A. のノートより

†  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †

 カナン、ロディ、コレットの一行は夜の居城に辿り着いた。カナン少年が今年の生け贄という触れ込みである。近くの村で簡単に作法を教えて貰っている。
 滝のしぶきが月光をさらさらとうけ、透き通るような影が崖の上に確固とそびえ立った。尖塔は高く天空を臨み、旅人を睥睨している。

 崖を登る階段は、水けむりが漂いひんやりとしていた。まだ水遊びをするには早い季節だ。やがて城の裏口とおぼしきに行き着くと、そこにはカナン少年とそう遠くない年頃の少女が待ち構えていた。村で教わった作法で呼びかけると

「ようこそ、新しい私たちの仲間」

 と静かな声で迎えられた。
 たいまつが掲げられた石造りの廊下はほんのり明るく、滝で冷やされた体に熱を与えてくる。少女の案内に従い古い階段を登り、城の奥へ奥へと歩みを進める。空気が湿っているせいかほこりを感じることもない。歩きながらロディは自分たちがカナンの両親であり、今年の贄が彼であると告げた。

「お付き添いがおられるのはめずらしいですね。私の時は滝でお別れでした」

 そう応える少女はコレットにはどことなく寂しげにみえた。

「そこ、気をつけてください。落とし穴があります。太古の戦の名残です。危険ですが、レリア様はこれらの遺物を大切にされております」

 レリアとはこの城を支配すると言う吸血鬼の名だ。やれ小山ほどの巨人だとか、肉のこそげ落ちたしゃれこうべだとか、はたまた高僧をも惑わす絶世の美女だとか多くはおどろおどろしい噂(一部は例外)に彩られ実体は定かではない。

 試しにロディが尋ねてみると
「寂しい方です」
 と要領を得ない。それではと
「あなたは以前に捧げられた子供ですか?」
 とのコレットの質問には、視線をわずかに下げうなずいた。前年の贄が新しい仔羊を出迎えるしきたりなのだと言う。青白い彼女からは生命の息吹は感じられない。レンフィールドとか、眷属とか呼ばれる者の類であろう。たいまつにあかく照らされた階段は長い。

†  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †

 やがていくつもの回廊を抜けると開けた空間に出た。
 ホールである。天井のガラスが月明かりを導びき、シャンデリア代わりに青白い光で場を満たしていた。
 だだっ広い中央には、これはまた大きな丸テーブルがあり、所狭しと料理がならばれようとしていた。
 たとえば、よく冷えたスープ、新鮮なサラダ、異国から取り寄せたとおぼしきハム、生魚の酢浸し。料理たちは青々とした月の光をうけ冷たく輝いていた。
 十数を数える人影がめいめいに皿をそろえたり、厨房から食べ物を持ってきたりと忙しそうである。
「これはレリア様の円卓です。私たちは毎日一度ここで餐をします。カナンさん、あなたはまだ我々の正式な仲間ではありませんが、今晩からご一緒していただきます。ご両親のお二人もどうぞ」
 そう言って少女は人影たちに人数が増えたことを伝え、両親ことロディとコレットの席を作った。人影たちもそれぞれの席に座り静かに食事を始めた。
 春も終わりだというのに石造りの城は底冷えし、おいしい ……が冷たい料理ばかりを食べていると震えが来た。
「なぁ、あの正面の空席はなんだ?」
 雰囲気に飲まれないようにロディが尋ねるとそれこそが吸血鬼レリアの席だという。この城の主はカナンを正式に迎え入れるときに初めて姿を現すという。恐れることは無いと。冷気に当てられたカナンがなにか温かい料理を要求すれば
「我々を暖め慰めることができるのは ――血だけですから」
 無口な人影のひとりがカナンとコレットに膝掛けを渡した。

†  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †

「なぁ、どう思うよ。完璧に幽霊屋敷って雰囲気だぞ」
 食事が終わったら三人は豪奢な部屋に案内された。暖炉のある部屋であったのは心遣いであろうか。薪をくべると炎が冷えた体をあかく照らした。
 古い玩具が置かれているところからも、歓迎はされてはいるようであるが判然としない。一行の目的がばれているのかどうかもわからない。吸血鬼ともまだ会えていない。
「ホールの奥の観音開きの扉。あの向こうは礼拝堂らしいですね」
「竜刻石があるとしたらあそこかな?」
「それともレリア本人が身につけているかだ」
 カナンを仲間にするイニシエーションが予定されているという。それではカナンがアンデッドの仲間入りとなってしまう。そうなる前にカタをつける必要がある。
「儀式の真っ最中に大暴れは分が悪そうだな」
 ロディは不気味な人影たちを思い浮かべた。彼らに戦闘能力が無いとは考えにくい。

「探検だね!」

†  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †

 かくして一行は場内の探索に出発した。
 人影たちとかち合うこともあったが、とくに詰問されることもなく自由に城内をいどうすることができた。
「部屋でおとなしくしろとは言われなかったしね」
 人影たちは歴代の犠牲者のなれの果てなのだろうか、観察してみると、生きている人間とそう大差の無い者から、えらく茫洋と曖昧なのまで多様である。共通していることは三人にあまり興味を持っていないと思われるところだ。案内の少女のことを考えるとこの城に捕らわれてから徐々に活力を失うとも考えられる。
「ロストナンバーが消失していくみたいでぞっとしませんね」
「このまま僕が仲間になったら次はあの案内の子も薄れていくのかな。やだよ」
 ホールはまさにがらんどうであった。ひょっとしたら見張られているのかもしれないが、その気配はあまりに薄い。
 天から差し込む月明かりを見上げてコレットは嘆息した。
――お母さんも私のことを忘れているのだろうか
「ママどうしたの?」
「うぅん、なんでもないの。礼拝堂を見てみましょう」

 礼拝堂は予想に反して ……この城の大きさを考えればとても小さい部屋であった。窓は無く、所狭しと長いすが並び。正面の壁には満月を模したとおぼしき神秘的な図案が掲げられ、祭壇といったものはない。満月図は文字通り月の明かりがあふれ出ていて部屋は明るい。
 そして祭壇の代わりに、地面には巨大な魔方陣が刻まれ、月を中心として各種天体の運行が刻まれていた。

 見まごうことは無い。魔方陣の中心に鎮座するのは竜刻石。灰色のそれはこぶし大の大きさで、あふれ出る力を封じるかのように銀の枠に固定されている。枠には首から掛けられる程度の鎖が伸びており、大仰なアクセサリにも見える。
「竜刻石 ……だよな、このパワー、月の石だと言われても信じるぜ」

 と、礼拝堂の扉が開いた。
 案内の娘である。空虚なまなざしを三人にむける。
「あなたたちもあれが狙いだったの?」

「そうよ。ごめんね」
 先んじて、コレットが竜刻石を手に取ったときに異変がおきた。
 魔方陣の天体達がめいめいに蛇行を始め、ありえない宇宙を描きだした。がくんと床が動き、ロストレイル号が世界をわたるときのような衝撃をうけた。
 城全体が月へと飛び立ったのでは無いのかと思われ、銀の光が竜刻石からほとばしる。

 光に気を取られたカナンは不意に抱きしめられた。いつの間にかコレットが目の前に来ている。コレットの両の腕が少女とは思えない力でカナンを引き寄せる離さない。
『おまえが一角獣の仔。なるほど可愛らしい。命に満ち満ちている』
「ママ。なにを……」
 顔を寄せ、首筋に吐息を這わせる感覚にぞくっとし、震える。

「や」
「コレット、お前どうし……」

 ロディに向きなおったコレットの胸には『月天王』がさも当然のようにおさまっていた。

『おやおや。まだ星辰正しき刻では無いぞ――』
「まさか ……レリア」
『そう呼ばれることもあるな。この娘の心には埋めなければならぬ隙間が多い』
 不自然な生命に敏感なユニコーンは即座に悟った。禍々しい何かが竜刻石から這い出し鎖を伝い、愛する母を縛り付けている。おもわずカナンはコレットを突き放そし、深淵からの浸食者はひるんだ。
「ママから出て行け! ヴァンパイア!」
『若い幻獣よ。そなたなら永らくこの城をヴォロスに繋ぎ止めることができる。交換にはいつでも応じるぞ』

 礼拝堂に人影たちが続々と集まっていく

「いったん撤退だ!」
「ママが! 僕だって戦える」
「今はお前の安全が先だ! 図書館の支援を呼ぶぞ!」
「いやだ! 次の満月までママを放っておけない!」
「安心しろ! 奴のねらいは聖獣ユニコーンのお前だ。それまで依代のコレットは手離さないはずだ」

 礼拝堂を脱出。ホールを駆け抜け、門の脇の巨大なレバーにとりつく。前体重をのせ引くとギリギリと鎖のこすれる音とともに城の正面の観音が開いていった。
 もう夜が明けても良い時間だ。

「バカな」

 逃げる二人を待ち構えていたのは天空に煌々と輝く銀盤であった。満月からはさらさらと銀の粒子が降りそそぎ、爽やかな春の夜の風に乗って茫然とするロストナンバー達のほおをやさしくなぜた。

 背後から重たい気配が気配が近づき、コレットの優しい声であざわらう。

『知らなかったのか? ヴァンパイアの城では夜はあけない』


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!注意!
この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。ただし、参加締切までにご参加にならなかった場合、参加権は失われます。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、ライターの意向により参加がキャンセルになることがあります(チケットは返却されます)。その場合、参加枠数がひとつ減った状態での運営になり、予定者の中に参加できない方が発生することがあります。

<参加予定者>
カナン(cvfm6499)
ロディ・オブライエン(czvh5923)
コレット・ネロ(cput4934)

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品目企画シナリオ 管理番号1314
クリエイター高幡信(wasw7476)
クリエイターコメント手を挙げたのにOP作成が延び延びになって申し訳ありません。
ひらにひらに御容赦を

みなさん初めましてと言うことで説明を、
私のノベルでは危機はスパイスです。
物語を盛り上げるためのものですので
カツカツに解決にこだわらなくて結構です。

今回もホットスタートでいたるところに死の罠が張り巡らせてありますが
判定自体は激甘ですので
こんな状況でキャラがどうカッコよく振る舞うかという
ことを念頭にプレイングに書いていただければと思います。
正攻法でアタックするなり搦め手で立ち向かうなりなんでも結構です
確定ロールのようなものも通りやすいですし
OPに書いていないことをねつ造してもOKです。

とりあえず、わかりにくいところですが
・レリアの正体はOPでは明白ではありません
・月天王がどんな竜刻石なのかも明白ではありません
・コレットさんは精神の主導権を取り返そうとしても、開き直って吸血鬼やってもどちらでも結構です

それではプレイイングを楽しみにさせていただきます。

参加者
カナン(cvfm6499)ツーリスト 男 10歳 ユニコーン
コレット・ネロ(cput4934)コンダクター 女 16歳 学生
ロディ・オブライエン(czvh5923)ツーリスト 男 26歳 守護天使

ノベル

 ロディは飛翔していた。

 月が尋常ならざる大きさだ。光に浮かび上がる月天城を見下ろし、滑空する。天使の羽を広げた腕には、霊獣カナンが抱えられていた。
「パパ降ろしてよ! ママ‥‥! ママを助けないと。あのレリアって言うヤツを追い出さなきゃ‥‥!」

 見下ろすと、コレットを中心に影達が群がっていた。落ちた果実にたかる蟻の集団を彷彿させる。銀の粒子をふりまくコレットは、さしずめ女王蟻と言ったところだ。影は慎重にコレットの胸の竜刻石 ――月天王から、礼を失しない程度の距離をたもっている。
「カナン。コレットは俺が助ける。安心しろ」
 ロディは竜刻石をにらみつけた。レリアは一体何者なんだ。竜刻石の月天王との関係はなんなんだ。疑問点は数多い。カナンも同様に思ったようだ。
「それにしても憑依だなんて幽霊みたいなヤツ! って言うかヴァンパイアって憑依なんて出来たっけ」
「そうだな、コレットの意識を乗っ取っている所を見るとヴァンパイアというよりは悪霊のたぐいだな」
「‥‥レリアって言うのが特別なのかなあ。とにかく捕まってるママを取り戻したいよ」
「ああ、なんとしてでもコレットを取り戻さそう」
 竜刻石も回収しなければならない。

 羽を羽ばたかせ、二人はバルコニーの一つに降り立った。支援を待っている余裕は無く状況は厳しい。天使の技を自在に振るうことができるロディも、カナンを抱えたまま戦うことは不利だと考えた。カナンの足が地面についたことを確認すると、ロディはコレットの残された城門前を見下ろした。
 信頼する父親分の表情を見て、カナンの体に悪寒が走る。
―― パパは憑依しているレリアと‥‥ママと戦うのかな。パパとママが戦うなんて嫌だよ、何とかしなくちゃ。
「待ってよ、パパ。ママをどうにかしちゃうの?」
「カナン ……コレットも今は闘っているはずだ。俺らでレリアの正体を突き止めよう」
 そして、勇気を振り絞る少年にほほえみかけた。
「コレットの首に掛かっている竜刻石を取り上げる事が出来れれば、レリアを引き離すことができるんじゃないか」
 カナンの表情に希望が戻るのを確認すると、ロディはバルコニーの窓を蹴破った。

―― それとも奴は正式な仲間が出来る時に、はっきりと姿を現すのかもしれないが。


†  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †


 その頃、コレットは自身の主導権を取り戻そうと一人でたたかっていた。
 カナンの悲痛な叫びが耳に残っている。ロディはきっと彼を守ってくれることであろう。

―― 埋めなければいけない、隙間―― きっと、私の弱さに付け込まれてしまったのね。このままレリアさんが、私の中から出て行かなかったら、どうなるのかな……

 それも一つの結末と流されてしまいそうになるが、安易を肯定できない理由もある。二人はきっとコレットを助けるために戻って来るであろう。
 その想いは彼女のこころを暖めたが、一瞬にすぎず、するすると城の石に熱が吸い取られていくがごとく、かえって胸の中が空虚になっていくのを感じた。二人を傷つけてしまう可能性が恐ろしい。
 コレットにはこの青い絶望になじみがある。見渡すと自分を中心に影達が大勢集まってきいるが、結界で遮られているように、ある境を超えて踏み込んでくるものはいない。レリアの孤独には理解ができてしまう。カナンもロディも感じられない状況が重くのしかかってきた。

 振り返ると、大きさをさらに増した月が空を埋めていた。さっきまで二人が飛んでいた空には、降りそそぐ銀の露がきらきらと航跡をのこしている。
 両手を天空に掲げると水滴は手のひらから溢れていき、腕を伝ってしみこんできた。
 いつしか、コレットのほおも濡れていた。

 それは、コレットの弱さでは無い。涙は彼女に取り憑いているレリアが流したものだ。

―― レリアさんを追い出す方法は…… わからない。でも、このままロディさんとカナンさんを追い詰めるのはイヤ……

 月からの雫は束になり、滝となっていく。


†  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †


 城内の二人は器用に落とし扉を避け、スイッチを避け、城の中を慎重に進む。
 いくつもの罠が残されているからだ。
「カナン、気をつけろよ。落とし穴以外にも、大いにあるだろうしな」
 言ったそばから、壁から槍が飛び出してきた。少年をぐっと引き寄せて難を逃れる。やがて、傾向がわかってきた。影達が徘徊するような場所には罠は無い。そして、普通の人間にとっては脅威であったとしても、経験を積んだ冒険者 ……或いはロストナンバーには通用するようなものでも無い。
 戦の跡と言うよりは趣味でなのであろう、悠久の時を耐えるための退屈しのぎなのだろうと結論づけた。
「さて、秘密が隠されているとしたら礼拝堂かな。もう一度調べてみるか」

 がらんとした広間を抜け、狭い礼拝堂に踏み入り、念のために扉を閉めた。

 整然と並んでいた長いすの多くは破壊されていて、もはや用を為さない。壁にも爆発の跡がある。破片を足でよけながら、何か残されていないか探る。
「めちゃめちゃになっちゃってるね」
 竜刻石が力を発動してこの程度で済めば、安い方であろう。

「魔方陣無くなっているよ」
「儀式は終わったってことだ。クソ」
 地面の刻まれていた天体運行図は壁と天井に移動していた。正面の壁にあったはずの満月も天井だ。月を中心として星々とその軌道が精密に表現されている。そして、満月に重ねて「月天王」と文字が浮かび上がっていた。

「この部屋は儀式のために重要ってことだよね」
「まさか、コレットに取り憑くためだけにこれだけのお膳立てが必要ってこともあるまい」

 となれば、可能性として儀式には第二段階があり、今現在も進行中となる。
 ヴァンパイアが真に欲していたのは霊獣であるカナンかもしれないが、ヴァンパイアがヴァンパイアであるのならばそこまで回りくどいことをしなくてもいいはずである。

「僕たちが来なかったらレリアはどうするつもりだったんだろうね」
「そりゃ、哀れな生け贄の血を吸っておしまいだろ」
「いつもは一人しか来ないって言っていたよね」
「竜刻石に触れられたこと自体イレギュラーってことか」
「そうじゃないよ、あんなすごい竜刻石があるのに、なんでわざわざ血なんか吸わないといけないわけ?」
「それもそうだな。ユニコーンのお前ならいざしらず、普通の人間の血を吸ったってたいした腹の足しにならんか。
 だいたい「月天王」ってなんなんだ」
 ロディの上では満月がなおも明るさを増していた。

 瓦礫を放って、カナンがつぶやいた。
「僕はホールの玉座も気になってきたよ」
 レリアがヴァンパイアなら魅了でコレットを操っている可能性がある。
「そうだとしたら、レリアの本体もきっとどこかにいると思うんだ。やっぱり玉座かな……」
 そうであれば話は単純だ。レリアの肉体を撃破すればコレットは解放されるはずである。

 ホールにつながる扉を開けると、そこはもう玉座のある広間だ。月明かりを導びく天井のガラスはいやおうにも輝きを増している。
 全員で食事をした丸テーブルはきれいに拭かれていて、今は月の光を受けて雫が浮いていた。

 玉座は主無く空席のままで寂しい佇まいだ。遠い年月を経て、朽ちはじめている椅子には、古代の文字がかすれかかっていた。「永遠」とか「再会」とか言う単語が推測される。魔方陣にも同じような文言があった。

「あのヴァンパイアは城をヴォロスにどうとか言っていたよね」
「『城をヴォロスに繋ぎ止める』だったかな」

 天井から垣間見える月は輝きを増すばかりだ。竜刻石から流れ出た銀の光にどんどん色が近くなってきている。

「まさか、コレットが取り憑かれたときのディラックの空に出たような衝撃」
―― 明けない夜
「この城って! 月に向かって飛んでいるんじゃ!」
「違う! 月のある上位階層に次元遷移しているんだ。ここはもうヴォロスじゃ無い!」


†  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †


 焦燥に駆られ、外に駆けてみると、月は天を覆っていた。まるで空に蓋をしたかのようである。
 その天空へと水晶の階段が続いていた。
「きれい……」
 息を飲み、彼方に視線をやると、階段の先は月から降りそそぐ滝に吸い込まれていった。そして、行者の列のような影達がしずしずと歩みを進めていた。
 コレットはその先にいるに違いない。

 階段を駆け上っていくと、不思議と息は軽い。大気にエーテルが満ちているからか、月からの吸引力が働いているからかはわからない。
 影達を追い越し、先頭まで行くと、はたしてコレットがいた。

 追ってきた二人を認めると、コレットは影達を制止し巡業の列を止めた。
『どうした? 我を見捨てて逃げたのでは無かったのか?』

 皮肉に応えず、ロディは雷撃を放った。
―― 首に掛かっている竜刻石を取り上げる事が出来れれば意識は取り戻せるかもしれないな
 電光は漂う雫に散らされ、コレットの脇をかすめた。コレットを傷つけたくはないのが見透かされているのか、はったりだけでは隙を見せてはくれないようだ。
『その程度では、我を倒すどころか、傷つけることすらできないぞ』
―― やむを得まい、後でカナンの力で回復させれるしかないな
 こぶしを握り込み集中する。二発目は本気だ。大気を揺るがす轟音と共に水滴が蒸発し、湿度が一気に上がっていく。コレットの顔をしたものに焦りの表情が浮ぶ。

 そこにカナンが割り込んだ。

 紫電は少年を焦がした。カナンの細い体は水晶の欄干に打ち付けられバウンド。たまらず人としての姿を失い、獣の姿に戻る。
 ぷすぷすと煙を上げる毛並みは醜く焦げ付き、焼けて覗く皮膚が痛ましい。
「パパ、お願いだから止めて!」

『あらっ、本当に可愛らしい。でも死んでしまっては駄目よ。おまえは貴重なのだから』
 ロディがかけつけるよりも早く、カナンはコレットに抱きかかえられていた。
「ママ、大好きだよ。レリアの元から戻ってきてよ、お願い」
『おまえが身を差し出すのなら』
 カナンは目を閉じ、静かにうなづいた。
 これは、レリアを油断させ竜刻石を破壊するカナンの捨て身の作戦だ。コレットの首にぶら下がる石を弾き飛ばして、ロディが石を撃ち抜けばコレットは解放される。

 惨めに助けを求める仔馬の姿は、囚われているコレットの精神を揺さぶるには十分だった。コレットのまとっていた禍々しい気配が清涼な風と共に薄れる。
「カナンさん、ありがとう。あなたは強くなったのね」
 レリアの意思をなんとか押し退けたコレットは、つかの間の自由を得た。
―― レリアさんが、ロディさんやカナンさんに危害を加えることは出来なくなら……
 自由はなのはほんの一瞬だ。できることは限られている。コレットは、腰から儀式用の短剣を引き抜くと自分の体に向けた。自分の腕とか足に突き立て、身体が動かなくするのが目的だ。
―― それで私が死んじゃっても、それは仕方のないことだわ。

 しかし、物語は苛烈である。
 竜刻石を狙ってユニコーンの角をのばしたカナンと、自刃しようとしたコレットが交錯した。コレットの刃は、カナンの角を滑って彼のひたいを切り裂いた。
 カナンの頭からはどくどくと赤い血が流れ出る。見守るしか無かったロディの心臓が止まりそうになったが、額にあるのは静脈ばかりで小さな傷でも大げさに出血することを思い出すと安堵のため息をついた。
 しかし、大量の血はコレットに致命的な作用を及ぼした。絶望したコレットが精神の手綱を手放すのと、血の臭いでレリアが刺激されたのとどちらが先だかはわからない。

 ともかく、気がついたときにはヴァンパイアの牙が深くカナンの首に突き立てられていた。

 異変に気づいたロディは銃を抜き放つが、カナンが盾になっているので狙いがさだまらない。
 ならばと、階段を一気に飛び上がり、二人に肉薄すると、蹴りを繰り出した。足の軌道はカナンを避けるように、円弧を描き、宙に浮かぶ水滴を薙いだ。
「カナンから離れろ!」
 しかし、必殺の一撃は軽く掲げられたコレットの細腕に阻まれた。石像でも蹴ったかのごとき衝撃が、ロディの体軸を震わせる。
 たたらを踏み、反射的に間合いを取り直そうとした隙に、潜り込りこまれる。コレットの右腕が閃いた。ヴァンパイアの爪を生やした手は、内蔵をつかむようにロディの腹にねじりこまれた。
 胃と肋骨を粉砕され、守護天使は宙に舞うしかない。

 フンと、ヴァンパイアはあごを逸らし、血化粧された口元をぬぐいもせずに、哀れな霊獣を放り捨てた。喜悦の表情を浮かべる。
『おお、流石のユニコーン。素晴らしい生命力だ』
「野郎!」

 階段にそって落下するロディはとっさに翼を広げ、制動。逆さになりながらも、空中でヴァンパイアに向きなおった。
 手加減する余裕は無い。今度こそ、コレットを狙って引き金を引いた。トラベルギア「デス・センテンス」から帯電した弾頭が発射される。
『霧雨の中だから、軌道は丸見えじゃぞ』
 破れかぶれの弾丸は軽いステップで避けられ、コレットの体を傷つけることはなかった。

 そして、ヴァンパイアはきびすを返すと軽やかにステップを踏み、月から降りそそぐ滝の方へと駆け上がっていった。


†  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †


 精神の牢獄に自ら戻ったコレットはその一部始終を見せつけられていた。

―― 強くなったと自分で言ったのに、カナンを信じきれていなかった……

 レリアが大切な二人に対する興味を失ったので安堵した。ヴァンパイアの鋭敏な感覚は、カナンがトラベルギアでロディの怪我を癒しているのを捉えている。それでも、自らの手が信頼する男の致命的なところをえぐる感覚を生涯忘れないだろう。
 彼女は深々と沈んでいく。

―― レリアさんは、どうして生贄になった人たちを傍に留めておくのかしら……。 ……寂しいのかな。

―― レリアさんの親とか、兄弟とか、いないのかな……。好きな人や友だちは? たくさん一緒にいてくれる眷属の人がいて、まだ足りないのかな。一人が辛いのは、私も…… たぶん、分かる。

―― レリアさんが、生贄を求めてきたのは、悪いこと。それは分かる…… でも、そうしようと思ったレリアさんの感情も、分かるような気がするから。

 こうして魂を共有していると、レリアの渇望が伝わってくる。ヴァンパイアの視線はずっと滝の上の月を釘付けだ。
 やがて、月からの水が階段に流れ落ちるたもとまで登ると、影達は整然と並び歌い始めた。単調なメロディーは原始的だが洗練された風情があった。
 コレットの喉からも歌声は響く、レリアの切実な想いと共に、歌声が広がっていった。

―― 賛美歌かしら、 ……誰を賛美しているんだろう、 ……月天王? レリアさんの大切な人とは

 膨大な魔力が奔流となり、滝を逆流させた。粒子が集まっていき、薄れている影から次々と大地のくびきからはなたれ持ち上がっていく。

―― どんどん体が軽くなっていく……、このまま天に昇るのね。


†  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †


「……月天王」

 ロディとカナンの目の前で、水滴が影達がコレットがヴァンパイアが天に昇っていく。
 いにしえの竜、月天王は文字通り月の竜なのだ。その体は月に遺されている。ヴォロスを見下ろす月は天高く、人の身で手を届かせることはできない、そのために重い体を捨て、魔力を高め、一年で月が大地に最も近くなる時に儀式を重ねてきたのであろう。

―― ロディさんカナンさん、離れたくない。私、二人と一緒に帰りたい。

 だが、コレットの体に収まっているレリアは生命の重さを抱えたままだ。影達に取り残されるように速度を落とした。
『今回で昇れなければ…… もう次は……』

 そこに天使が追いついてきた。少しでも高く昇ろうとするヴァンパイアに後ろから近づき、竜刻石をつないでいる鎖を引きちぎった。
「隙だらけだぜ、アンデッド野郎! 加護がある、俺には入れないだろ」
 ぐったりしているコレットを抱き寄せ、銃口を竜刻石に当てた。
「こいつを破壊すれば終わりだ」

「パパ! ダメ!! 投げて! 天高く!!!」
「カナン、お前、血を吸われてヴァンパイアの下僕に成り下がったのか」
 竜刻石を持った手が泳ぐ
「違う、彼女の目的がわかったんだよ」
「私からもお願い、 レリアさんは ……主に会いたいだけなのよ」

 ロディは竜刻石を真上に投げようかまえた。
「まだだ。これでは届かない、コレット! レリア! 力を寄越せ!」
 竜刻石にライフ・スティールをかけるとレリアの負の生命力が流れ込んできた。天使の翼は黒く濁り、吸血の牙が生えてくる。
 さらに、ロディはコレットの首筋に牙を突き立てた。忌まわしい鉄の味と共にユニコーンの聖なる力が流れ込んでくる。3対6枚の翼を広げ、神をたたえる H Y M N を具象化した。

 雷を司る奇跡 ――ライトニング・コマンドには様々な使い方がある。先程の戦いでわかった。この竜刻石「月天王」は絶縁体だ。今ならばできるはずだ。0世界で聞いた電撃の技、レールガン
 両腕を天に掲げ、左右に逆の電荷をのせる。ジリジリと力が集まっていき、血管が切れそうだ。竜刻石を挟み込み、全電力を押加、投射体を音の何倍にも瞬間加速。

 レリアの魂は、一筋の光となって天を貫いた。


†  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †


 星辰正しき刻は終わりを告げ、月へと至る水晶の階段が崩れはじめる。

 世界が安定を失う中、滝壺でコレットは水につかったまま空を仰ぎ見上げていた。魂を共有した女の消えていった軌跡が瞳から消えない。
 そんな、コレットをカナンがぎゅっと抱きしめた。
「ママ、よかった」
 ロディも加わる。
「さて、ずらがるぜ」
 二人をロディが両腕に抱え、持ち上げた。滝もみるみる細くなっていき、影達がばらばらと落ちていく。
「おら、ちゃんとひっついてろ。落ちるぞ」
 天使の羽は水しぶきをはじき、三人は虚空におどりでた。


†  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †


 城のバルコニーから眺めると、月へと至る階段が消えゆくのと入れ替わりに、まずは雲が戻ってきた。
 耳をこらせば、森の動物たちの鳴き声が聞こえはじめ。空は漆黒からほんのりと青みがかってくる。月は正常の運行に戻り、沈もうとしていた。

 三人の永い夜は明け、一行は豊穣なヴォロスに還ってきた。振り返れば城は、蔦が絡み、ひびが入り、苔むした、朽ちた遺跡となっていた。

「なんか、ずいぶん疲れたな」
 石壁を背に座り込んだロディには、コレットが寄りかかっている。
 二人の膝の上には仔馬のカナンがごろんと寝転んでいた。さっきから、コレットがユニコーンの角についた固まった血をこすって落とそうとしている。
「僕たち、ずっと一緒だよね」
「カナンさん、ロディさん、血がつながっていなくても、私たちは深い絆で結ばれているわ」
 主を失ったレリアと違い自分たちには家族がいる。

「そういやさ、俺らはずいぶん血を吸ったり吸われたりしたわけで……」
 カナンがぴくぴくっと耳を動かした。
「……色々混ざっちまったと思うんだ。だから、な」

クリエイターコメントお待たせしました~~

今回は幻想ファンタジーに挑戦してみました。
普段使わない言葉ばっかりでチャレンジングでした。

なかなかプロットが定まらず、ごちゃごちゃ書き直しているうちに訳のわからないところに着地してしまったように思えます。
満足いただけるかどきどきです。

それでは、今後ともどうかよろしくお願いします。
公開日時2011-07-11(月) 21:30

 

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