オープニング

 広過ぎる砂の地は、掬ったものも指の隙間から零れていく。
 世界司書の証である「導きの書」を手にし、瑛嘉は静かに切り出した。
「皆には、ナイアーラトで『あるもの』を、砂漠を移動してとある場所へ届けて欲しいの」
 不毛の熱砂・ナイアーラト。昼間は酷暑、夜は極寒に晒される砂の地で、トラベラー達にとあるものの運搬をして欲しいのだという。
 ただ、「物品」を運ぶだけならば何もトラベラー達でなくても良いだろう。しかし、ナイアーラトには「砂獣」という存在が居た。
 砂獣は砂漠の中に生息し、爬虫類に似た外見が多いがそれだけではなく種類も多彩で人に害を成す事もしばしばだという。トラベラー達が通るであろう砂漠には、人を襲う砂獣の存在が確認されており、普通にそこを通過するのは難しいという事で元ロストナンバーであるロウという少年を通して依頼が来たという事だった。
 一行が通る砂漠のルートに棲息しているという砂獣は、壱番世界で言うと狼のような姿形で大きさはそれよりも一回り大きく、毛と爬虫類を思わせる鱗質が混じっている外観であるらしい。それが携える牙と爪は鋭く、現地の人々としては脅威に思われていた。
「砂獣の数は分からないけど……道中、天候の方は安定しているから、そこは気にしなくても良いわ。でも、現地に着いて届けるまで夜間だから服装とかには気を付けないといけないでしょうね」
 夜中の砂漠は、昼間の暑さを裏切るような寒さへと激変する。現地の人間がなるべく肌を露出させないのは、昼に日光に晒されないようにする為だけではなく、夜に寒さに凍えないようにする為でもあるのだろう。夜間、砂漠の中で凍死をしてしまうという事も現地では少なくない。
 道程自体は短いものだが、充分注意するようにと言いながら、瑛嘉は「導きの書」の頁を捲って数瞬だけ口を噤む。その後に、少し躊躇いがちに再び口を開いた。
「それと……知らせなくて、良い事かもしれないのだけれどね。その、皆に今回運んで貰う『あるもの』はね、ほんの少し前に……亡くなった人間よ」
 ふぅ、と小さく溜め息が漏れる。
 その者は出稼ぎ先で無理が祟って倒れたらしく、今の所は腐敗も始まっておらず簡単な処置をした後だという。届け先はその男の家族の許であり、今際に残した言葉も遺族の希望も合致していた為、何とか目的地である彼の自宅へ送り届けたいという旨も含まれていた。
「全身は砂除けの布で巻いてあって、身体の硬直で関節を動かして姿勢を変える、といった事は難しいと思うわ。砂除けの布は外しても構わないでしょうけれど……」
 わざわざ、顔を見ようという気にはならないだろう。僅かに困ったような笑みを見せ、瑛嘉は「導きの書」に挟んだチケットを手に取る。
「……余計な言葉だったかしら。あまり気持ちの良いものではないのは分かっているけれど……その人と家族はね、奥さんが居て、子供が居て、沢山の家族が居て、とても仲の良い幸せな家庭だったそうよ。だから皆、宜しくね」
 何を、とは言わず。ただチケットを託し、瑛嘉はトラベラー達を送り出した。

品目シナリオ 管理番号803
クリエイター月見里 らく(wzam6304)
クリエイターコメント 砂流れる地にて御送り致します、月見里 らくです。今回は凍える夜の砂漠にて砂獣を退けつつ、目的地まで御遺体運びです。
 敵である砂獣は然して強くありませんが、数は参加人数によって多少増減します。なお、皆様に運び頂くものはどのような事があっても「絶対に」生き返るといったような事はありません。傾向は少々しんみりになる予定です。
 それでは、皆様のプレイングを御待ちしています。

参加者
坂上 健(czzp3547)コンダクター 男 18歳 覚醒時:武器ヲタク高校生、現在:警察官
ホタル・カムイ(cdbn4553)ツーリスト その他 21歳 旧き太陽神/元火の剣の守護者
陸 抗(cmbv1562)ツーリスト 男 17歳 逃亡者 或いは 贖罪に生きる者
春秋 冬夏(csry1755)コンダクター 女 16歳 学生(高1)

ノベル

 眩い光と焼け付く熱を届ける陽は沈み、今は蒼褪めた月が浮かんでいる。
 砂音に喧騒が掻き消されてしまうこの世界は、黄昏を過ぎると更に静けさが際立つ。
「わぁ……星空が綺麗。やっぱり、こっちと壱番世界は違うのかな」
 空に広がる星模様を見仰ぎ、春秋 冬夏は小さく感嘆の声を上げる。
 暗い夜空では冴えるように閃く月ばかりが目立つが、ちらちらと瞬く星々も明るく見える。やはり壱番世界とは星空が違うのか、何処となく見慣れないように思えた。
 名目は調査を取り繕った観光のような訪問だったのなら、その美しさに見とれる時間も沢山あったかもしれない。しかし今回はそういったものでもなく、少し気を取り直して目を天から地上に戻した。
「今度は夜の砂漠……えっと、坂上さんとは初めましてかな? よろしくお願いしますね!」
「え? ああ、そうなのか……坂上だ、宜しくな」
 春秋からぺこりと礼儀正しく頭を下げられ、坂上 健は目を瞬かせてそうぼやく。
 正月で擦れ違った気もしないでもないが、初めましてといえばそうなるのだろうか。言葉から察するに、他の者とは顔見知りなのかもしれない。共に来た二人とは面識が無かったので、坂上の立場からすると他が初めましてという方なのだが。
「うん、冬夏さんとはお久しぶりっとな」
「冬夏も一緒か! 心強いぜ!」
 同意の頷きを返すホタル・カムイと、陸 抗の言葉が続く。
 その言葉で成程と思った所で、一行の許へ外套を翻しながら一人の少年が走って来た。
「すみません、御待たせ致しました。今回は此方の方を御願い致します」
「依頼だからさ、気にしなくて良いさ。あー、ここで言葉が通じるって、すばらしい……!」
 気に留めぬように、と手を左右に振ったホタルが、そう応えた所で言葉を噛み締める。
 この砂の地に来たのは二度目、それも一度目はセカンドディアスポラでその時は言葉が通じず、その時の事があってか今回は現地の人々とは積極的にコミュニケーションを図っていた。
 走って来た少年はトラベラー達がロストレイルの発着場から件のものが在るという場所まで案内した人間であり、依頼の仲介人でもある元ロストナンバーであるロウという者で、暫くすると簡易的な担架に乗せられて今回運ぶものが一行の前に運ばれて来た。
 砂除けの布は分厚く、全身をくまなく巻いているので大凡の背格好くらいしか見ただけでは分からない。固定の為だろう、細い紐で軽く括ってもあった。
「この人連れて行く方法、俺達が戸板で引っ張るんじゃないよな? 一緒にラクダかなんか乗るんだよな?」
「此処にはラクダみたいな動物が居るのかな。居たら、上手く乗れる自信ないなぁ」
 失礼ながらも砂除けに巻かれた存在を指差しながら坂上が尋ねると、春秋がちょっと困ったように呟きを落とす。
 見た所、戸板を用意している様子は無い。軽く周囲を見渡してみるもののラクダのように動物の類の姿は無く、もしかしてこの簡易的な担架で運ぶのだろうかと思ってしまう。
「その事なのですが……砂獣の危険があるのにそういった動物を貸したくはない、と。……今から何処か締め出して手配させても構いませんが」
「いやいやいや、別にそこまでしなくても。やっぱり、余所者とかには難しいだろうし、急な頼みだろうし」
 溜め息を吐いたその直後、ぼそりと呟かれた言葉にホタルは思わず即座に否定を返す。何だか、思い切り本気の響きだった。このままだと、本当に手近な現地の者を脅すなりして調達させかねない。
 では如何するのか、といった所で抗が持参してきた大判のカーペットを広げた。
「この用意してきたカーペットなら、遺体も乗せられるだろ? 運ぶのは任せてくれよ!」
 広げたカーペットは人間一人分どころか、一行全員を乗せられる程の広さがある。運び方については特に何も言う事は無いのかロウの方はそれで構わない、と小さく頷くと陸はその小さな掌でカーペットの端を叩いた。
「俺、砂漠をフライングカーペットでアラビアンナイトするのが夢だったんだ!!」
「えー……」
「否、ちゃんと依頼もするから。ちゃんと家族の元に返してやりたいもんな」
 ぐっ、と握り拳を立てながら主張する陸に坂上は少し半眼で見てしまうものの、後から弁解が入ったので咎めるのは無しとする。
「ところでロウ……ここは、死んだ人間はどうなるんだ? 星になって見守るのか? 俺の国では……いつか生まれ変わって戻ってくるって言うけど」
「砂に還る、と此処では言いますね」
「……砂に、還る?」
 返された答えに陸が不思議そうに尋ね返すと、ロウは首肯してから口を開く。
「はい。此処は砂に覆われた世界ですから」
 地上のほぼ全てが砂漠で埋め尽くされた世界。そこに生きるものが踏む土地も、辿り着く場所も、砂だけしかない。
 全ては砂に埋もれ行く。生命も、史歴も、何もかもが砂に還っていくのだという。
「そういうのも、世界によって違うんだな」
「……そうか。あと、この人の名前を教えてくれるか」
 名前、と坂上に訊かれるとロウは暫く目を瞬かせた後、一応の簡単な地図を渡す。
「……不思議な事を仰られるのですね。それもまた、砂に消え行くものですよ。……僕は此処でまだ雑務がありますので、後の事は御任せ致します」
 帰り、目的地はロストレイルの発着場の付近なので、道程としては戻って来るだけ。そこまで長く複雑なものでもないので迷う事は多分無いだろうと踏んだらしくロウは一行に向けて一礼すると、その場を任せる。如何やら、道行きを共にはしないらしい。
「よし、じゃあ行くか! エアーPKで飛ばすぜ!」
「抗は如何するんだ? 上着の中に入るか?」
 小さいから、とは流石に言わなかったが、台詞に込めた含みはそれと同じ。浮かせるらしいカーペットと同じように多分大丈夫だと思うものの、一応懸念があるので訊いてみる。
「ポケットとかフードの中に入って貰ったら、ちょっとは寒さが防げる筈だよね」
「しっかり着込んで来たから大丈夫だ! ……けど危なさそうだったら、冬夏頼むな」
「うん」
 ロストレイルに乗る時に事前に説明は受けていたので対策は考えていたようだが、何故か頼んだのが尋ねた坂上の方ではなくて春秋の方で思わず坂上があれ、と首を捻ると如何してかあらぬ方向へそっぽを向いているセクタンのポッポが目に入った。
「なぁポッポ、お前何であっち向いているんだよ。言いたい事あるなら言えって、否話せないけど!」
 何となくだが何か言いたげにも見えなくもない自らのセクタンの挙動に、セルフ突っ込み入れてそう声を上げてしまう。面識やら親しさ云々からというよりは、普段服の下をしこたま改造しまくっている所為だからと言葉無く言われたような気がしてならない。確かにそんな中に入るのは、ちょっと嫌だと坂上自身も思ったが。
 返答も無くすげないポッポとその様子にホタルは思わず噴き出してしまいつつ、あまり留まっていては夜も明けてしまうからと皆を促す。
 此方に運ぶ為に使われた簡易的な担架はこのままの方が安定しているだろうという事で留めている紐も外さず、特に手は加えないままカーペットの上に乗せる。
「皆も乗ってくか? 余裕、まだまだあるぜ」
 丸々人間一人分乗せても、一行全員分乗せるくらいの広さはあるらしい。移動速度を考えるとそちらの方が速そうなので陸の提案を受ける事にし、カーペットの上に乗る。陸は皆が上に乗った事を確認すると、能力でカーペット共々ふわりと宙に浮かせて進み始めた。
 砂漠の中を行く景色が流れると同じように、風が横を擦り抜けていく。砂漠の夜が冷えるのは、陽が出ている昼間の気温が高い所為だけではない。
「風も防いではいるけど……寒くないか? 平気か?」
 昼間の風は温いどころか熱く、慰めにもならないが一方で夜間の風は肌を刺すような冷たさになる。風に巻かれてさらさらと流れて行く砂の音は、静かな分だけよく耳に響くような気がした。
 冷たい夜風と砂粒が目に入らぬように配慮させつつ、陸は皆に訊いてみる。世界司書の言うように寒いが天気は悪くない。手酷く荒れるような事も無いだろう。
「いつも結構着込んでいるし……でも夜の砂漠なんて、何着て良いのか分かんなかったからなぁ。サハラマラソンと砂漠トレッキング関係読み漁って、似た感じで代用? 流石に全部買えないしな」
 ロストレイルに乗って様々な異世界に行っているが、異世界に行く事自体は慣れたとはいえまだ勝手がよく分からない時も多い。砂漠用の軍靴に登山用の衣服と帽子といった装備をしてきたものの、これで良かったのだろうかと坂上としては少々自信が無い。此処に来た時に見た現地の人々の服装も見てみたが、あれは現地に適応しているが故の事もあるのだろうかと首を捻りつつ、他の者達の服装も改めて見てみる。
「冬夏さんは今回大丈夫か?」
「あう……前に来た時は熱中症で倒れちゃったから、今回は気を付けなくちゃ、ってあったかいコートとマフラーを着てきました」
 以前の事を覚えていたホタルに言われ、その時の事を思い出して春秋は恥ずかしそうにしながらもコートの端をつまむ。
 昼と夜、寒暖はまるで逆だが、普通の格好では過ごせない事はどちらも同じである。今は昼間ではないので暑さで倒れるような事は無いだろうものの、今度は凍えてしまわないように下に着込んだ服も厚手のものにしていた。
「ホタルさんも大丈夫ですか? あったかい素材の布とかクッションとかもありますけど、ホタルさんは太陽神って言っていたから必要無いかもだけど邪魔にならない筈だから……」
「流石に寒さには弱いんだよ。だから肌出さない服と、コートと……あとスープを入れた魔法瓶を持って来た」
 気遣い有難うと言うホタルと共に、春秋も持参して来たものをこそりと取り出す。
「私も水筒に温かいお茶と……お握りとちょっとしたおかずを。それと、寒いからホットチョコにちょこっとスパイスを混ぜたもので……中からあったまるかな、って」
「うわー、流石、冬夏だな」
「俺、レーションとか携帯用のエネルギージェルとかくらいしか持って来てなかったなぁ」
「否、俺はそういうの持って来て無かったし」
 用意良く多分人形用のカップに注がれたホットチョコを啜りながら陸と、ぼんやりとホタルと春秋の様子を眺める坂上が遣り取りを交わす。ちゃんと衣服以外に配慮したものを用意して来てそれを話し合う光景は、見ていて中々微笑ましく思うものかもしれない。
 春秋とホタルの二人が話す様を見つつ、そういえばと陸は坂上に話題を振る。
「道はこれで合っているから……後は砂獣か。狼より大きいらしいけど、飛ぶのか?」
「そうだな……そっちの対応もあるもんな」
 貰った地図と元来た道を戻る程度、それに目的地はロストレイルの発着場の近く。発車場のある街には他の街には無いような巨木があり、その大樹も春秋のセクタンの能力で大体の位置を把握して貰っていた。
「砂漠の害獣かもしれないけど……砂獣も、この世界の生き物なんだろ。俺達は所謂闖入者って事なんだし」
 この不毛の熱砂と呼ばれるナイアーラトに生息しているという、砂獣の存在。それがどんなものなのか詳細には説明されなかったものの、現地に居る存在であるという事は間違いない。
 危害を加える存在でしかないのかもしれない。対処については何も言われなかった。けれども、だからといって過ぎた行為をするのはいけないのだろうか。そんな思いが浮かんで、坂上は鼻に皺を寄せてぼやく。
「出来るんなら届かない距離を保って見つからないように、こそーっと抜けていけるんだけどな」
 わざわざ、自分から危険を高くする必要は無い。それが出来るのならそれはそれで、と陸が言葉を漏らした後、ホタルが声を掛けて来た。
「何となく……気配を感じる。来るかもしれない」
「抗、着くまで浮かせられるよな?」
「おう、任せてくれよ!」
 問い掛けには快諾。気配が感じる、という台詞に春秋は宙に浮くカーペットの上から砂の地面を覗き込む。
 砂漠の地面はひたすらの平面ではなく、風の流れによって出来た高低がある。月光に照らされて視界に映るその高低差は今も吹く風で動き、まるで波打つように見えていた。
 厳しい環境の中でも、生き物が棲んでいるものだという。そういった生き物の類なのだろう、一匹の小さなトカゲが広い砂漠の中を横切っていく。
 あれもこの世界に棲んでいるそのトカゲの行き先を辿っていると、唐突に地面の砂が巻き上がった。
「わっ……」
「冬夏っ、危ねぇ!」
 前方に高く舞い上がった砂塵が視界を奪う。
 何処に居るのか正確には分からない。けれども何が起こったのかは分かる。
 中空に浮くカーペットから飛び降りると同時、坂上はトラベルギアのトンファーを構える。そして両足が砂の地面に付く前に、舞い上がった砂の所へ向けてトンファーを薙ぐように振るった。
 風切る音と横方向へ砂が散る音が響く。手応えは無い。気配は――直ぐ横。
 踏み締めた足を捻るように半円ターン。廻らせた視線の先に、鈍光りする鱗質が見えた。
「させないよ!」
 飛び掛かって来た存在――砂獣の脅威が届く前に、赤色の棍がそれを吹き飛ばした。
「助かった、ホタル」
 返事の代わりに、振るわれた棍がくるりと回される。舞い上がった砂粒が地面にまた落ちる頃には、周囲の状況も分かるようになっていた。
 爬虫類のような鱗質と、哺乳類の毛並み。姿形は壱番世界で言うと狼に近いが、それよりも大きい事と見た目から一見それとは結び付け難く思う部分もあるかもしれない。
「砂漠に棲むから、だけじゃないのか……」
 現地での「砂獣」という呼称は、砂漠に生息しているだけという訳ではないらしい。砂の中に潜んでもいるから、そういった名付けもされるのだろうか。
「まぁ……世の中、そう簡単に事が運ぶ訳無いよな」
 数は三。現れた砂獣の数を確認し、陸は呟きを落とす。多分、間違い無く砂獣の射程圏内になっている。
 何も無いのが一番。しかし、容易に行かない事が分かっているからこそトラベラー達が赴くような事があるのだろう。
「冬夏も俺が守るぜ。冬夏、この人を見ててくれるか?」
「うん。砂獣相手に戦うの、あんまり自信無いし……遺体を守るのを最優先にするね」
「俺等が一先ず場所を開ける。隙を見て、抗はこの人と冬夏を連れて先に行けよ」
 砂獣と接触したら先に行かせようと思っていたが、今の状況ではとりあえず突破口を開かねばならない。広げたカーペットは運ぶ遺体に一旦包めるようにさせ、広く場所を確保する。
「それじゃ、砂獣にはさっさと退場して貰うよ!」
 方針が決まったら、即行動。まずは手近な砂獣へ向かって、ホタルは棍を振るった。
 運ぶものを近付けさせないように、出来る限り此方に砂獣の注意を向けさせる。
 まず一匹目は正面から、近付けさせない事が第一なので棍のリーチを利用して距離を取らせる。砂獣が一歩退き、横合いから飛び掛かろうとしたもう一匹を坂上が攻撃を阻止する。
 開いた道筋。それを察して、坂上は声を張り上げた。
「今だ! 行けっ!」
「分かった! 冬夏、しっかり掴まってろよ!」
 声を上げ返すと陸は一度包むようにさせたカーペットを再度広げ、春秋は遺体が落ちぬように固定代わりに強く砂除けの布と括られた紐を掴む。
 広げられたカーペットが周囲の砂を散らす。示された道筋を進もうとした刹那、他の二匹とは少々離れていた三匹目が行く手を阻むかのようにその牙を向けて来た。
「……!」
 ぐっ、と息を呑み、春秋はトラベルギアの扇を持つ手に力を入れる。
 運ぶものが傷付いてしまったら、それを待ってくれている家族はきっと悲しむ。守らないと、と口唇を引き締めた所で、機敏さを生かして砂獣の顎下に潜り込んだ陸が自らの身を浮遊させながらも丹田に力を入れると剄で砂獣を吹き飛ばした。
「っと……まだもうちょっと距離を離さないとな」
 カーペットの上に着地し、陸は坂上とホタルの方を振り返る。
 追い付けない程まで先行する心算は無いが、ある程度は距離を取らなければならない。
 同じ頃、坂上とホタルも陸と春秋の様子を伺っていた。
「あと少しか……年の為に訊くが、何か策とか考えていたりするのか?」
「ははは、私は炎の特攻隊長だぞ? 何せ、戦闘時の作戦考えるのは、ヒジリ兄貴の仕事だったからなぁ」
 特攻かな、とホタルは要するに考えていないという事を示す返答を寄越す。それで良いのかとも思ったりもしたが、それなら万が一作戦なりを考えていた時に無碍にしないかとも思って坂上は気を取り直してホタルにガスマスクを投げ渡した。
「これは?」
「催涙弾と閃光弾を使う。最低限にしか、倒したくないんだ」
「そういう事か。……あっちの方には行かせない、っと……!」
 意図を察したホタルは一度怯んだものの再び牙を向けて来た砂獣を電撃で痺れさせ、動けなくさせた所で渡されたガスマスクを被る。それを確認してから坂上自身もガスマスクを被ると、引き付けていた砂獣達に向けて催涙弾と閃光弾を放った。
 砂漠の夜には似合わない眩い光と煙が、周囲を支配する。その為に砂獣達の姿も見えなくなるが、混乱状態に陥っているのは明らか。上手く無力化がなされたのを察すると、二人は全速力でその場から離れるように走り出した。
 向かう先は勿論、春秋と陸の所。走る度に蹴った砂が地面を舞い、膝の辺りに砂粒が掛かる。昼間よりも地面が冷えている分だけ砂の地面は固いが、それでも慣れていないと足を取られかねない所だろう。
「健! ホタル! こっちだ!」
 走る二人に対し、陸の声が飛んで来る。意図を察した為か、あちらから近付いて来る事は無く、程無くしてホタルと坂上は先行していた方と合流する。
「あの、怪我は? 包帯とか、消毒液とかあるから」
「本当に用意が良いなぁ。怪我は大丈夫だよ」
 心配そうに手当て道具の用意をする春秋に感心しつつ、ホタルはガスマスクを外して改めて周囲の様子を探る。如何やら、砂獣が追って来るという事は無さそうだ。
「何とかなったみたいだな。目的地の方も、あと少しだ」
 被りっ放しは窮屈なので坂上も直ぐにガスマスクを外すと、既に月の光を遮るようにして立つ大樹の木陰が足元を覆っていた。
「ああ、もう少しだし急ごう」
 ロストレイルの発着場がある街の、恐らく居住区にあたる所。住居らしき建物が並んでいたのでどれなのか一瞬迷うものの、この夜中に住居の前で何か待つように佇んでいる人達の姿を確認する。
 その者達に面識は無かったが、他に現地の者らしい姿は無く、そこまで辿り着いたトラベラー達はこの世界でよく見掛ける格好をした者達の方へ近付いた。
「えぇと……この人の、御家族ですか?」
 もしかして、と思って確認してみると、肯定の言葉が返って来る。
 街に入った時に不審に思われるといけないので遺体を乗せたカーペットは見た目浮かせないようにさせ、家族だという者達と手伝って運んで来た遺体を別の場所へ移す。砂除けの布は外していない。顔を確認したいと思っているかもしれないが、それはトラベラー達の目を憚ったのだろうか。
 此方に運んで来るという話は聞いていたのか、遺族の者達はトラベラー達の方に向き直ると深々と礼をする。感に堪えないようで言葉は途切れとぎれにしか聞こえて来なかったものの、紡がれる台詞は感謝の言葉だった。
「無事に連れて帰る事が出来て良かったよ」
「ああ。この家族ってさ、いいよな。暖かくて、こんな事になっても帰りを待ってくれて。この人も、帰る事を望んだんだろ。やっぱ、いい家族だったからじゃないかな」
 言葉無いものとして戻って来た事に、何か思う事もあるのだろう。見ない所で何があったのか、知りたいと思う事もあるだろう。他にも様々に、思う事も考える事もあるかもしれない。
「……遺体がある分だけ、私には羨ましいのだけれど」
 躯も無く、記憶の中にしか残っていない事もあるから。誰にも聞こえないように、ホタルはそう小さく呟く。
「その……俺たちにも、死者の平穏を祈らせて貰えないか。これは俺が住んでいる所の風習だけど……良かったら供えさせてくれ」
「遺品も、出来るだけ持って来ました。えっと、良ければ思い出話とか、聞かせて下さい。この人がどんな人だったのか、私達は知らなかったですから」
 坂上が手作りの小さなドライフラワーのリースを手渡し、春秋は遺品を遺族の前に差し出す。
 そういえば、遺体の者の名前は教えて貰えなかった。代わりに、それもまた砂に消え行くものだと返された言葉が甦る。
 死した後は、砂に還るという。何もかもが砂に埋められるのだという。それでもなお、残るものはあるのだろうか。
 春秋のコートのポケットに隠れながら陸が空を仰ぐと、月と星は仄かに輝いているも天はまだ暗く夜明けが遠い事を示していた。

クリエイターコメント 御待たせ致しました、リプレイを御送り致します。今回は夜の砂漠にて、目的地まで荷運びでした。
 少々しんみり予定でしたが、皆様の温かなプレイングで重過ぎない内容と相成りました。プレイング全ては反映出来ていない部分もあり、当方、今後精進の限りに思います。
 そして、この度はシナリオに御参加頂き誠に有難う御座いました。
公開日時2010-08-12(木) 18:50

 

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