波しぶきを上げて、その船はジャンクヘブン近海を航海していた。豪華客船といって差し支えないその船にはプールやバイキング、スイーツパラダイスにエステサロンまであるというから驚きだ。「すごい船じゃのう」「さすが、商人さん!」 船の案内パンフレットを額を突き合わせるようにして見ているジュリエッタ・凛・アヴェルリーノとサシャ・エルガシャは、思わず声を上げた。 *-*-* そもそも二人が何故この船に乗っているかというと。 親友同士、二人で過ごそうとブルーインブルーを訪れてた所、困った様子の商人らしきおじいさんがいたので、おじいさんを助けて手伝ってあげたのである。 そのおじいさんは孫のような年頃の二人が自分の時間を割いて手伝ってくれたことにいたく感激して、この船のチケットとパンフレットをお礼にくれたのであった。よくよく聞いてみれば、このおじいさん、この豪華客船のオーナーらしい。 そんなお金持ちだとは知らずに偶然助けた二人は勿論お礼を期待してしたことではないと固辞したのだが、だからこそ礼をしたいと押し切られて船に乗せられたのである。 こんな豪華客船そうそう簡単に乗れるものではない。どうせ二人で過ごすなら、楽しくはじけて過ごしたい、そう思った二人は、ありがたくエンジョイさせてもらうことにしたのだった。 元々水着を持参していた二人は着替えてプールへと向かった。もちろん、はじけまくるつもりである。「見よサシャ殿、プールサイドによさげな殿方が」「こんな時でもお婿捜しは忘れないんだねジュリエッタちゃん……」 少々呆れ気味というか、感心したふうに呟くサシャ。ジュリエッタの視線の先にはトロピカルドリンクを片手に笑む青年の姿があった。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ(cppx6659)サシャ・エルガシャ(chsz4170)=========
麗しき二人の乙女はさっそく戦闘服と言う名の水着に着替え、プールサイドへと向かう。 「今日のワタシはキューピット役。ジュリエッタちゃんの恋を応援するよ。旦那様ゲット頑張って!」 「うむ。サシャ殿がおれば心強い。百人力じゃ!」 船上プールへと通じる扉を開けたサシャ・エルガシャとジュリエッタ・凛・アヴェルリーノは、一気に海風に包まれて。潮の匂いのする風は、二人を海色気分へと変えていく。 さすが豪華客船、船上とは思えない広さのプールには、老若男女問わずセレブ感ばりばりの客達が高級そうな水着に身を包み、思い思いに水遊びを、パラソルの下で潮風を、椅子に寝そべって日光を楽しんでいる。 「「わぁ」」 キラキラしたその光景に二人は思わず声を上げた。 ジュリエッタは長い手足と白い肌を生かした露出の多いタイプのビキニで、白地に斜めに入った明るい緑のストライプ柄が彼女の瞳によく似合っている。 サシャは紺地にアクセントに白いフリルの付いたビキニ。褐色の肌に太陽がとても良く似合っている。 総じて二人共、それぞれよく似合っていて水辺に華を添えてはいるのだが。ジュリエッタは少し思うところがあったようで。 ジュリエッタの視線はプールサイドでトロピカルジュースを側において寝そべっている青年を捉え、即座にロックオンした。だが、プールにいる他の人々がジュリエッタにはまぶしすぎた。 (はっ……そういえば最近色々あってオシャレに気を使っていなかったのう) まぐれで乗船できた二人とは違い、他の豪華客船に乗っている人達といえばお金を払って乗船しているのだから、お金持ちやセレブばかり。雰囲気に飲まれてしまうのも仕方あるまい。 「どうしたの、ジュリエッタちゃん。あの人が気になるの? なら話しかけて――」 「ま、待つのじゃ、サシャ殿!」 ぐいっ。プールサイドを歩み行こうとしたサシャの腕が強い力で引っ張られる。サシャは驚いた表情でジュリエッタを振り返った。ジュリエッタはなぜか思いつめたような渋い顔をしていて、サシャは首を傾げる。 「確か、この船にはエステサロンがあったのう……行ってみぬか?」 「え、ワタシはいいけど、お婿さん探しは?」 「まずは自分を磨いてからじゃ! 自分磨きを怠った姿、未来の婿殿には見せられぬ」 「じゃあエステサロンね。行こう! ワタシもロキ様のために磨いてもらおうっと」 先ほどプールサイドに出たばかりだというのに、二人は踵を返してプールサイドを後にする。その足取りは軽く、期待に満ちたものだった。 *-*-* 「もうわたくしも大学生じゃからのう……いくら年を取らぬからと言って手入れを怠ってはダメじゃ」 「綺麗なお肌でしたけれども、何もせずにいつまでもこのお肌は続くものではありませんからねぇ。綺麗な肌を保つには日々のメンテナンスとたゆまぬ努力が必要ですよ」 鏡を見ながらつやつやさとすべすべさを増した自身の肌な触れて満足そうなジュリエッタ。サシャも隣の椅子で手鏡を手に満足そうだ。二人共、エステティシャンの言葉に頷いて。 水着の上からノースリーブのワンピースを羽織ってエステサロンにやってきた二人は、蒸しタオルと蒸気で温められた後、マッサージで悪いものを流し出すようにされて。クリームを塗って再びマッサージをされて。最初は痛い部分もあったマッサージがだんだんと痛気持ちよくなり、最後には気持ちよさだけが残った。 その後は乾くタイプのパックで開いた毛穴から老廃物を取り出して、続いてブルーインブルー特有の海藻を混ぜたパックでミネラルを補給して。海藻パックを洗い流せばツルツルのお肌が出来あがる。元々二人共若いためまだまだツルツルではあるのだが、更に肌のキメが細かくなったような気がした。 ふと、ジュリエッタはエステティシャンの足元に視線を落とした。と、視界に入ったのはサンダルから飛び出ているエステティシャンの足の指。その爪には色鮮やかなハイビスカスが描かれていた。 「ふむ、オシャレに気をつかう女子は手だけでなく足先にも手入れを怠らぬとか。ネイルアートにも挑戦しようかのう」 「あ、それ可愛いなとワタシも思ってたんだ」 「ご希望のものをお描きいたしますよ」 エステティシャンに勧められて、二人はネイリストの元へと移動する。 「ジュリエッタちゃんは何を描いてもらうの?」 「なにか南国風の花をモチーフにのう」 「ワタシは何にしようかなぁ」 椅子を勧められて大きな花がらのクッションを背に挟んで寄りかかる。足を台に乗せてネイリストを跪かせるとなんだか女王様気分だ。サシャは足を他人に見せるのは少々恥ずかしかったりもして。だから彼女は手の爪にネイルアートを施してもらうことにした。メイドとして常に短く清潔に切りそろえている爪だが、それでも構わないという。 「……今日はメイドのお仕事はお休みだから」 帰ったらいつか落とさなければいけないだろうが、今日はつかの間の休日だ。少しくらい、自分にご褒美をあげてもいいだろう。 そんな彼女達の心境に構う様子はなく、ネイリストはまずベースコートから作業を始める。 「お客さまはどんな柄にいたしましょうか?」 「えっと、じやあお任せで。ここにきた記念になるようなものでお願いします」 問われたサシャはこれだというものを決められずにお任せにしてしまった。だがネイリストは嫌な顔一つせず、かしこまりましたと手を動かす。 「どんなものが出来上がるんだろうね」 「楽しみじゃな」 顔を合わせて微笑んで。飛び出てくるのは他愛もない話。 「綺麗になったジュリエッタちゃんを見たら、彼きっとジュリエッタちゃんの事好きになるんじゃないかなぁ?」 「そうか? そうだと良いがのう」 プールサイドの青年を思い描いて二人で盛り上がる。婿候補をゲットした後の話ならば色々と妄想も広がって。二人の話はどんどん盛り上がっていく。最終的に孫が二人できた辺りまで妄想が進んだ頃だろうか、ネイリストから声がかかった。出来上がったというのだ。 「ほう……素晴らしいのう」 ジュリエッタの足には真紅のハイビスカスが何輪も咲き誇っていて。サンダルから飛び出したつま先は目を引くことだろう。 サシャの手にはブルーインブルーの海と、そこに浮かぶ船が描かれていて。まさにこの船に乗った記念のようだった。 「ステキ!」 互いの爪を見せ合って嬉しそうに嗤う少女達を、ネイリスト達はそれこそ嬉しそうに見つめていた。 *-*-* ところが。 暫くして、二人はバイキング会場にいた。 「ううむ、今回は慎重にいきすぎたかのう……しかしわたくしはめげぬ、次こそじゃ! おお以前見た通り様々な色のトマト料理が!」 「ジュリエッタちゃん、そんなに食べるの?」 目をぱちぱちさせているサシャが見つめるのは、ジュリエッタの手にしたお皿。作法通りに一つの皿には温かい料理と冷たい料理を混ぜて乗せてはいないが、その皿に乗っているのはトマト料理ばかりだった。赤だけでなく黄色やオレンジ、黒など、ここには変わったトマトがたくさんあるらしい。以前にジャンクヘヴンを訪れたジュリエッタは、色々なトマトを試食したことがあった。 「やけ食いなのじゃ」 「まあ……やけ食いもしたくなるよね」 サシャはバランスよく料理をとって皿に載せている。二人が席に戻ると。ジュリエッタはもぐもぐとトマト料理を口に運び始めた。 実はあの後再びプールサイドへと赴いた二人だったのだが、エステとネイルに時間を取られたからか、二人が意気揚々と扉を開けると独り者の青年なんてどこにもいなかったのだ。そう、ジュリエッタが目をつけた青年も、すでに女性を侍らして一時のアバンチュールを楽しんでいる最中。女性の頬にキスをする青年を前に燃え尽きそうなジュリエッタ。彼女を引っ張ってサシャはバイキングへと来たのだった。 「だが、このような沢山のトマト料理を前にしたら、落ち込んでいられないのじゃ!」 「もう復活!? でも、ジュリエッタちゃんらしい」 今度は冷たいトマト料理をと新しい皿を手に料理の並ぶ長テーブルの前へと歩みゆくジュリエッタを見て、サシャはくすっと笑った。少し元気が無いように見えたジュリエッタが、なんだか元気になったように見えたのだ。元気になってくれたのだったら、やはり嬉しい。 「どのトマトがおすすめ?」 サシャも席を立ち、新しい皿を手にしてジュリエッタの側へと向かった。 「オレンジのトマトを使った白身魚の煮物もいいが、黄色いトマトも美味じゃ。とりあえずひと通りすこしずつ食べてみるといいと思うのじゃ」 トマトの話をする親友は、本当に楽しそうに笑っていた。 聞けば、スイーツパラダイスはバイキングの隣のスペースで行なっているらしい。と聞けば、突撃せずにいられるだろうか。ただ、バイキングで食べ過ぎてしまったので、どれだけ食べられるか不安ではある。 「美容にいい果物を狙うのじゃ」 「そうだね、自分を磨いておけば、いつでも突撃できるものね?」 「その通り!」 フルーツのコーナーへと狙いを定める二人。キウイやグレープフルーツなどを取りつつ、見つけたのは赤いうろこ状の果皮をもつ果物。 「おおこれはライチじゃ。なんと瑞々しい……かの有名な楊貴妃も美貌を保つために食したというのう」 果皮をめくれば白色半透明の果実が顔を出す。溢れ出る果汁を逃さぬように二人は果実に口を近づけて。 「んー、美味しい! 上品な甘さで良い香り」 「楊貴妃のように美しくなれるかのぅ」 「毎日食べないとね!」 「あるだけもらってくるかのぅ……」 「ジュ、ジュリエッタちゃん……」 冗談と軽口を挟みながら、楽しい時間をすごせるのはやっぱり、二人が気が置けない間柄だからだろう。 船の揺れが、波の音が心地よく、二人の笑い声を乗せていく――。 *-*-* 楽しい時間がすぎるのは早い。しかし船上で見る夕日は、普通に見るより何倍も大きく、美しく見える。 「彼氏殿とは順調かのう? 赤の王との戦いでは色々ありすぎて正直落ち込んでおったが、今日はとても楽しかったのじゃ」 「ジュリエッタちゃんが楽しそうで、ワタシも嬉しいよ」 「何よりサシャ殿の笑顔は眩しいのう、憧れるのじゃ。またこのような旅に付き合ってくれるかのう?」 「もちろん! ……あのね、ジュリエッタちゃん」 答えて後、サシャは隣で一緒に夕陽を見ている彼女の名を呼び、一瞬口ごもる。ジュリエッタは不思議そうにサシャを見て、言葉の続きを待っていた。 「ワタシ0世界に帰属したいの」 「!」 「それでね、リリイさんのお店で働きたいなって思ってるんだ。ずーっとメイド一筋でやってきて、可愛い服やそれを作る人に憧れがあって、リリイさんと出会って、その気持ちが固まったの」 サシャの瞳は沈みゆく夕日を受けてキラキラと輝いている。その気持は、夕日と一緒に沈んだりはしない。 「メイドは天職だって自負してるけど服飾も学んでみたい」 「そうか……」 「ジュリエッタちゃんはこれからどうする? 壱番世界に再帰属するの、覚悟はしてるけど……離れ離れは寂しいな」 目を伏せたサシャ。ジュリエッタは視線を動かし、水平線を視界に収める。 「わたくしはまだどうするかわからぬ……伴侶次第じゃの!」 明るく言ったジュリエッタだったが、声のトーンを落としてぽつり、と。 「……じゃが、離れ離れはわたくしも寂しいのぅ」 いつかは離れる日が来るかもしれないのはわかっていたはずなのに、改めて考える時になるとわかっていても心が苦しくなる。 「あと……実はね、この事ロキ様にはまだ話してないの。どうやって切り出したらいいか悩んでて。何かいいアドバイス貰えないかなって」 「ふむ……彼氏殿に、か」 顔を上げたサシャの横顔。ちらりと見ると、瞳が不安げに揺れていた。 「ワタシは0世界に帰属したいけど、ロキ様の気持ちは判らない。もし他に帰属したいなら、ワタシのわがままに付き合わせることになっちゃうんじゃないかって」 「サシャ殿がこうやって苦しんでいることを知らないということが、彼氏殿を苦しめるのではないかのう。彼氏殿なら、相談してほしい、一緒に悩んで考えたいと思うのではないか?」 「そう、かな……でもロキ様優しいから、無理にワタシに合わせようとしちゃうんじゃないかって」 「そればかりはなんとも言えぬのう……。もし互いに帰属したい世界が違うのなら、どちらかが譲らなければならぬ。二人で一緒にいたいなら、な」 「そっか……そうだよね」 何にせよ、サシャが自分の気持を吐き出さなければ始まらないのだ。期を見て、自分の気持をまっすぐに伝えてみよう、我がままに付き合わせるのは悪いと思っていることも。 「あまり力になれなくてすまんのう」 「ううん、そんなこと無いよ!」 首を振って、サシャはジュリエッタの手をとって微笑む。ありがとう、伝えればジュリエッタもはにかむように微笑んだ。 「ごめん 暗くして。ねえ、もう一度スイーツパラダイス行かない? 実はケーキが気になってて」 「夕食の前にケーキじゃな? 今日だけの贅沢じゃな、よし、行くぞ!」 手を握ったまま、二人は再び船内へ。丁度、潮風がノースリーブの肩には冷たくなってきた頃だった。 *-*-* おやつの時間が過ぎたからか夕食の前だということもあるからか、スイーツパラダイスは空いていた。それでもケーキは次々と新しいものが提供されて。二人の目を引き付ける。食べ放題って素敵! 「ねえねえ ジュリエッタちゃんの理想のウェディングドレスってどんなの? モチーフの希望はある?」 「気が早くはないか、サシャ殿。わたくしは今日伴侶候補を逃したばかりじゃぞ?」 ベリーのケーキをひとくち食べて、ワクワクした様子で問うサシャに、ジュリエッタは笑いながら答える。その様子から見て、今日あの青年に声をかけそびれたことは、本当にもう気にしていないようだった。 「気が早いってわかってる。でも考えるだけでわくわくする。親友のウェディングドレスを作れるだなんて。こんなシアワセな事ってないもの」 「そうじゃな、わたくしもサシャ殿の作ったドレスを着られるのは嬉しいのう」 ジュリエッタはパイナップルやキウイの乗ったタルトをパクりと口に入れて、笑む。実現したらほんとうに嬉しい結婚式となるだろう。 「リリイさんに雇ってもらえるかわからない。でも、想像するだけなら自由。夢が現実になるかは全てワタシ次第……だから」 「わたくしの夢、将来有望な伴侶獲得も私次第なのじゃ!」 フォークをギュッと握りしめて、意志の強い瞳で視線を絡ませる二人。一瞬の後、どちらからともなく表情を緩める。 「でも……式を挙げるのはワタシの方が早いかも、なんて」 「言ってくれるな? サシャ殿」 「絶対出席してね、ジュリエッタちゃん」 フォークを置いてテーブル越しにそっと差し出されたのは細い小指。その意味を悟って、ジュリエッタも小指を差し出して絡める。 「約束だよ」 「約束じゃ」 固く、指と指が絡んで。 深まった友情がここに結実する。 ゆったりと揺れる波の上で誓った友情。 海のような広い心で受け止めてくれる共。 きっと、住む世界が違ってしまったとしても、その友情は途切れまい。 「また二人で出かけたいのう」 「そうだね」 【了】
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