クリエイター梶原 おと(wupy9516)
管理番号1195-23903 オファー日2013-05-13(月) 11:16

オファーPC サシャ・エルガシャ(chsz4170)ロストメモリー 女 20歳 メイド/仕立て屋

<ノベル>

「ごめんください、まし?」
 サシャ・エルガシャが恐る恐る声をかけつつ扉を開けると、カウンタの奥にいた店主が顔を上げた。目が合うとにこりと笑い、ようこそと声をかけながら近寄ってきた。
「どうやら大きな荷物をお持ちのようだ。よければ手を貸そう」
「助かります」
 中途半端に扉を押さえたまま動けないのは、もう片手で荷物をぶつけないように上手く入る自信がなかったからだ。大きく扉を開けて止めた店主は、サシャの手から大事そうに荷物を受け取るとカウンタに向かう。
 壊れ物を扱うような仕種で軽々と運んでいる姿を見るとうっかり忘れそうになるが、彼女がいた時代のミシンはかなりの重量がある。見かけによらず力強いみたいと感心しながら扉を閉めて後に続き、重くありませんかとつい声をかけていた。
「そうだな、少々腕にくる。客人こそ大丈夫だったかい?」
 これからは出張サービスも考えたほうがいいなと顎先に手を当てて呟きながらも気遣ってくれる店主に、ワタシは大丈夫ですと両手で拳を作ってみせた。
「メイドは体力勝負ですので!」
「これは頼もしい。だが家も男手はあるのでね、よければ帰りは扱き使ってやってくれ」
 くすりと笑いつつ椅子を勧めてくれる店主に、思わずふふと口許を緩めたサシャは勧められたまま椅子に腰掛けた。
「さて、現物があるのだから野暮な質問とは思うが。今日はどんな御用向きで?」
「修理を、」
 言いかけて、一度口を噤むと店主が軽く首を傾げる。ううんと小さく首を振ったサシャは、真っ直ぐ店主を見つめた。
「……このミシンを、今のワタシに相応しくリメイクしてほしいんです」
 やってもらえますかと知らず小さくなってしまった声で依頼すると、店主は勿論と笑顔になった。
「ただ、今の客人に相応しくとなると少しばかり話を聞かせて頂くことになるが……時間は大丈夫かい?」
 聞かせてくれ、今の君を。
 目を細めるように微笑って促され、サシャは小さく、けれど力強く頷いた。



 用意した鞄から慎重な手つきで取り出されたのは、壱番世界ヴィクトリア朝の英国で使われていたごく初期のタイプのミシン。黒くてごつごつとした厳つい見た目だが、形としては今売られているそれとあまり変わらない。ただ右側に手回しのハンドルが付いていて、鋳物であるためかなりの重量がある。実際のところ、ここまで運ぶのもなかなかに骨を折った。
 これまで大事に丁寧に扱ってきたけれど、今ではすっかりアンティーク扱いされるだけあって時間による細かい傷が目についた。それでもミシンとしてはまだまだ現役で、裁縫が趣味であるサシャにとっては頼もしい相棒。最近はもっと性能がよくコンパクトで安い物もあると知ってはいるけれど、何があっても手放す気にはなれなかった。
 壱番世界でだけでなく、大体の人がこれを目にしてなんて骨董品と目を瞠るのも分かっている。順調に進んでいるところを突然糸が詰まったりして時折手も取られるけれど、サシャにとってはこの長すぎる時を一緒に刻んでくれた仲間でもある。例え記憶を失ったとしても、変わらず側にあってくれたミシンが一緒に働いてくれればそれだけで心強い気がする──。
 普通に生きていれば、する必要のない覚悟。けれど彼女が決断するためには欠かせなかった、記憶の消失に対するそれ。親友や、サシャと少しでも関わりを持った人に対して幾許かの罪悪感は覚えても、彼女はもう決めてしまった。ロストメモリーになることを。
 どの世界に帰属するのかと考えた時、壱番世界に戻ることも勿論選択肢の中にはあった。けれどそこに故郷と呼べる場所はあっても、本当の意味で彼女を待っていてくれる存在はもういない。それをして故郷と呼ぶのは、違う気がしたのだ。
 懐かしい記憶を、惜しむ気持ちは当然ある。孤児だったサシャを拾って優しい時間を与えてくれた旦那様、立派にメイドとして仕えられるように教育してくれたメイド頭に執事長。失敗してもお小言を言いながら受け入れてくれた、次は上手くいくようにと笑って見守ってくれたメイドたち。
 楽しいことばかりではなかったけれど、振り返って胸が熱くなるほど苦しいのは辛いからではない。言い足りない感謝の言葉が詰まるから……。
 それでも、サシャは選び取った。今も思い出すたびにしくんと胸が痛い、その全てを差し出しても0世界に留まる道を。
「決めた、んだな」
 咎めるでもなく納得するでもなく、ただ確認するように呟かれた店主の言葉にサシャは静かに一つ頷いた。
 そう。決めたのだ。揺らがない決意の現われとして、ミシンを持ち込んだ。0世界で生計を立てるに当たって、譲れない仕事を生業とするために。
「仕立て屋に、なりたいんです」
 思ったより声は小さくなってしまったけれど、揺らいではいない。そのことに自分でも勇気付けられるように顔を上げ、サシャは笑顔になった。
「仕立て屋サシャとして出発の第一歩……それにぴったりな仕事道具が欲しいんです」
 厳しくそこに鎮座するミシンは、そこにあるだけで懐かしい。けれどわすれもの屋の言葉を借りるなら、想いと共に道具も形を変えていいはずだ。サシャの進むべきに相応しく、より頼りになる相棒に。
 店主は口許を緩めると、サシャの想いを掬い上げるように大事そうにミシンを持ち上げた。
「ご依頼、承ろう」
 客人のおもいのままに、と目を細めた店主はそれを持って奥の部屋へと一旦姿を消した。
 一人そこに残されたサシャは、ゆっくりと大きく息を吸い、そうと吐き出した。どうやら思ったより緊張していたのだろう。自分で決めた事ながら、人に伝えるべく話すのはまた別の勇気がいるらしい。
 こんなことでは先が思いやられるなぁと苦笑していると、思いを託して店主が戻ってきた。
「日を改めて訪ねたほうがよろしいですか?」
「いや、今日中にはお返しできる。家は迅速丁寧がモットーなのでね」
 仕上がってからご連絡することもできるがと水を向けられるが、できればここでと頭を振る。退屈でなければいくらでもと微笑んで向かいに腰掛け直す店主を見て、お店をするのは大変ですかと思わず問いかけていた。大きく一度瞬きをした店主は、そうだなと滲むように笑う。
「家はこれが本業ではないからな、まぁ、客人から見たら呑気な商売だろう。参考にしたいなら、ここにはいいお手本がおられるじゃないか」
 そちらに伺ってはどうだろうと勧められ、それはちょっとぉ、と言い淀む。不思議そうに首を傾げられるので、お断りされたんですと苦笑がちに話す。
「本当は、ジ・グローブで働かせてほしかったんですけど……」
 彼女の作る服が、大好きだった。「迷子」になって長いサシャを慰め、勇気付けてくれた華やかな衣装。自分もそんな風に誰かに喜んでもらえればと、強く願った。憧れた。
「あそこで働かせてもらうのが、ワタシのしたいことに一番の近いと思ったんです。でも、そんな甘い考えは見透かされてしまって」
 貴方には貴方の道があるのではなくて? と真面目に見据えて諭してくれた瞳が突き放すだけでなく優しかったから、はっとした。
 誰かの作り上げた道を辿るのでは、きっと駄目なのだ。サシャが望んで、望まれて作り上げる衣装。それは誰かの元で、諾々と作る物ではないのだから。
 憧れの人の元で勉強したいという考えは否定されるところではないが、彼女の店で働くことにしてはサシャが誰かのために作る服ではなくなってしまう。何のためにここに残り、仕立て屋になりたいと願ったか分からなくなってしまう。
 メイドの仕事には、今も誇りを持っている。大好きな旦那様が喜んでくれるならと、彼に褒めてもらえるメイドであろうと努力してきた。自分の淹れる紅茶で笑顔になってくれる人がいるのも知っている。遣り甲斐のある仕事だと胸を張れる。けれど。
 誰かに、何かを贈りたい。かつて彼女がそうだったように。身につけるだけで心が軽くなるような、手にしただけで嬉しくて笑顔になれるような最高を、向き合ったたった一人のために仕立てたい……。
「ワタシが贈れる、唯一つ」
 故郷に帰る、ツーリストの親友へ。壱番世界に再帰属を望む、コンダクターの親友へ。
 それぞれに贈る服を仕立てたい、それが今一番強い願いであり目標だ。そのための、一歩。
「まだ全然、目処も立ってない話ですけど」
 でも何れはと強い思いを込めて宣言するサシャに、店主はどこか眩しそうに目を細めた。
「それが客人の餞、というわけか」
「餞……、そうかもしれない」
 いつも、彼女は送られる側だった。旦那様の死に目には間に合わず、初恋の人とは生き別れ。それでも立ち止まったりできず、何度も振り向きながら進んできた。送ってくれる誰かがもうどこにもいなくなっても、ずっと──今まで、ずっと。
「今度は、私が送る側に……贈る側になろうって決めたの」
 思いを定めたから尚更、迷う必要もなく自然に笑みを浮かべる。
「大好きな人の門出を笑顔で祝福できるように」
 大好きだ。大好きだ、それ以外に言葉はないほど、ただ。
 いつか来る別れの日を思うと僅かに鼻の奥がつんとするけれど、その時親友たちが自分の贈った服を纏っていてくれたら。この想いを全部託して送れるなら、泣く必要なんてないはずだ。だから、微笑む。
 黙って聞いていた店主は、そっと感嘆するように息を吐いた。強いなとどこか羨ましげに呟き、サシャが尋ね返す前にできたようだと席を立った。



 先ほど店主が姿を消した奥の部屋から、のそりと出てきたのは大柄な男性。大事そうに抱えているのはミシンで、見た目はさっき渡したままさほど変わらないように思えた。けれどゆっくりとカウンタに置かれたそれは、ところどころ目についた傷を隠すように細かい花蔦が刻まれている。
 さながら持ってきてくれた男性みたいごつい印象を受けるミシンは、けれど控えめにそれらが刻まれただけで華やいで見えた。
「可愛い」
 思わず頬を緩めて呟くと、店主はどうぞ持ってみてくれと促してきた。
「随分軽くなっているから、気をつけて」
 伸ばした手が触れる前にされた忠告に、首を傾げつつも取り上げて驚く。ついさっきまで腕にずっしりと圧し掛かってきた重みが、大分軽減されている。これなら持ち運びも楽そうだ。
「凄い……、見た目はほとんどそのままなのに」
「そこを変えてしまっては、家にリメイクを頼まれた意味がないだろう? 客人の記憶に寄り添うまま、けれど性能は格段にアップした」
 言って説明される付け足された機能を聞いていれば、本当に変わらないのは見た目だけで中身はほとんど全部と言っていいほど変わっているのではないだろうか。サシャが知る最新式のミシンも真っ青の、多機能高性能だ。
 買い換えるほうが早い上に手間もかからなかったと意地の悪い誰かは言うかもしれないが、サシャにとってその仮定はあまりに意味がない。店主が言ったように、リメイクの価値は懐かしいその黒にこそあったのだと思い知る。
 だって、見た目はほとんど変わらない。傷を隠して優しい模様になっているけれど、それでも見ればここにどんな傷があったのかは思い出せる。そっと指先でなぞり、変わらない感触に泣かないようぐっと唇を噛む必要があった。
 これら全部、忘れてしまうのだとしても。どうしても手放したくなかった想いは、汲んでもらえた。黒くてごつくて、少しだけ愛らしく装飾されて。この先のサシャを支えてくれる機能と、多分いつまでも懐かしく思えるだろう姿を残してくれたから。
「ワタシも……、負けないようにしなくっちゃ」
 大事に撫でながらそっと呟くと、おやと店主が片方の眉を上げた。気になって視線を上げると、どこか悪戯っぽく笑いかけられる。
「今の客人に相応しいように、とのご依頼だったはずだが?」
 君の覚悟と進むべきに相応しい形と自負しているがと真っ直ぐに見つめられ、少し言葉に詰まったけれど堪えきれずに口許を緩めた。
「ありがとう、ございます」
「ご依頼の品、それで間違いありませんか?」
 居住まいを正して尋ねられるそれに、はい! と力強く頷く。
「お願いしてよかったです」
「これは光栄の至り」
 胸に手を当てて少しおどけた様子で応えた店主は、嬉しそうな笑みを広げて丁寧に頭を下げた。
「またのご来店、お待ちしております。いつなりと、あなたのおもいでなおします」

クリエイターコメントわすれもの屋にリメイクのご依頼、ありがとうございました。
プラノベでわすれもの屋をご指定して頂けるとは思っていませんでしたので、嬉しい驚きでした。しかも初リメイク。
捏造歓迎のお言葉にも甘えて無駄に張り切った感は否めませんが、ご満足頂ける形でお返しできましたでしょうか。

相当な覚悟を秘めた決意、ご自身で選び取られた道にどんな言葉も野暮かと思いますが、せめて今回お預かりしたミシンが少しの支えとなってくれますように。
何れ仕立てられるだろう服を、店主ともどもこっそり楽しみにしております。

永い時間を共に過ごし、この先もそっと寄り添えるだろう一歩の証、確かにお返し致します。
またいつなりとおいでくださいませ、お待ちしております。
公開日時2013-05-17(金) 22:10

 

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