親しい人たちにさよならを告げるのは、この店を構えてからと決めていた。 ガラス張りの扉に、開店中であることを示す為コルク素材の小さなドアプレートをかける。『ビスポークテーラー "サティ・ディル" あなただけの服をお仕立てします』◆ プレートをかけた店主の名は、サシャ・エルガシャ。 二百年前の壱番世界に生き、置いていかれ、不変のこの街で再びその時を動かそうと前を向く、コンダクター。 そう、今はまだ。 サシャのことを少女と呼ぶにはいささか大人びている。 女性と呼ぶにはまだすこしあどけない。 ではなんと呼ぶべきだろうか。その問いに対する答えはひとつ、『仕立て屋さん』だ。 かつての姿であった、濃紺の清楚なピナフォアに目のさめるような純白のエプロンとホワイトブリムを着けていた『メイドさん』ではなく。 サシャの肩書きをあらわす衣装、それはサシャが雲の上のもののように憧れ、目標と戴いたひと、リリイ・ハムレットからの贈り物。同じ土俵に上がることへの、リリイなりの歓迎の証。それに袖を通し胸を張る彼女を、いったい他にどう呼べるだろうか。◆ 画廊街の一画に、アトリエ使用を主目的としてつくられた賃貸用の建物がある。店子は若い画家やものづくりをする者たちが主で、そこで絵を描く以外にも雑貨店や趣味の古本屋のように小さな店舗として利用されることの多い、フリースペースのようなところだ。その一階、いわば路面店としても優れたスペースに空きが出来たとの張り紙を見つけたのは、リリイ・ハムレットから仕立屋の衣装を受け取り、息弾ませ帰る途中のサシャであった。 善は急げ、思い立ったが吉日。 サシャは張り紙に書かれた連絡先にすぐさま赴き、こつこつと依頼で貯めたナレッジキューブをありったけ提示し(思えばこんなにどんと大金を積んでみせたのはリリイにドレスをオーダーしたとき以来かもしれない)、その一階スペースを自身の新しい城として構えるだけの手はずをその日のうちに済ませてみせたのである。 屋号はもう決めていた。 『サティ・ディル』と。 ターミナルで生きること、自分の道を自分で選ぶこと、好きな人たちを好きでいること、誰かが輝くための服を仕立てること、それら全ての意味は、サシャが壱番世界に生まれ落ちたときから始まりそして今も続いている、サシャが確かに歩んできた道の足跡の上と、ここから足跡を残すであろうまっさらな道の上にかならずある。それらを一言で表すのは難しい、だけど大事なことはいつでもひとつかふたつくらいなのだ。その大事なひとつかふたつを込めた屋号をドアプレートで眺め、サシャが小さく頷いたそのとき。「サシャ! オープンおめでとう、素敵なお店ね」「ティアちゃん!」 春の草木を思わせる、やわらかで弾むような声がサシャの耳に届く。開店の一報を聞きつけ訪れたティリクティアだ。祝いの品なのだろう、手に提げたリボンつきの花籠は愛らしいゼラニウムが咲いている。淡い桃色の花弁と明るい緑色の葉がティリクティアの足取りに合わせて軽やかに揺れ、薔薇を思わせる上品で甘い香りが漂った。「ねえ、もしかして私が最初のお客かしら?」「そうだね、嬉しいな!」「光栄だわ、それじゃあ恭しく出迎えてもらわなくっちゃ!」 部屋に友人を招き入れるような、くだけたサシャの笑顔がはっと引き締まる。そう、今は気のおけない友人同士ではなく、仕立て屋と客なのだ。「うん。…………サティ・ディルへようこそいらっしゃいました、ティリクティア様。……やっぱり名前はティアちゃんのままでいい?」「ふふ! 構わないわ、私もちょっと照れくさかったもの」◆ サティ・ディルの内装はロンドンの古きよき仕立て屋を思わせるシックな雰囲気であった。オーク材で統一された布地棚や裁断・裁縫用の大きな作業台、そして今はまだサシャが見よう見真似で描いたデザイン画がいくつか入っているだけだが、これから多くのお客の希望が収まってゆくであろう書類棚たち。家具としてはまだ若い色合いのそれらは、この店の深いグリーンの壁にはすこし明るいようにも見えたが、サシャの腕前とともに少しずつ、少しずつ深みを増していくのだろう。「……やっぱり、この街でお店を開いたのね?」「うん。……ワタシの未来は、ここにあるって分かったの」 サシャにことわってゼラニウムの花籠を日の当たるショーウィンドウ手前のミニテーブルに置き、ティリクティアはくるりとサシャに向き直った。新しい家具の匂いと花の芳香がうっとりと混ざり合う。「故郷に帰るみんなとはお別れ。でも、まだ時間はあるよ」「ええ」 己の意志で、誰にも流されず、道を決め歩み始めたサシャを、ティリクティアの瞳はしっかりと捉えていた。別れの寂しさが無いといえば嘘になる、けれどそれよりも新たな旅路を祝福する気持ちのほうがずっと大きい。短い相槌とともに瞬いた金色の瞳には、どんな未来が映っているのだろう。「ティアちゃんに、今のワタシを贈りたい。ワタシもみんなの旅立ちをお祝いしたいの」 紙束とペン、それから二人分のお茶とお菓子を応接テーブルに用意し、サシャが晴れやかに笑う。「ティアちゃんがワタシの服を着たいって言ってくれて、すごく嬉しかった。だから、聞かせてほしいの」 依頼したい服そのもののこと。それをいつ着たいか。どうしてそれを仕立てようと思ったのか。仕上がったらどこへ着て行きたいか、誰に見せたいか。今ではなくてもいつか着てみたい憧れの服はあるか、それはどんなものか。ティリクティアの理想に少しでも近いものを仕立てたい、だからサシャは耳をすませる。「ねえ、断言してもいいけれど……きっと服のことそっちのけで話し込んじゃうような気がするわ」「いいの。だって、ビスポークテーラーだもんね」 コジーをとったティーポットからそれぞれのカップにアッサムの紅茶が注がれ、香りと湯気がふんわりと二人の間に広がる。 さあ、話をしよう。心をかたちにするために。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>サシャ・エルガシャ(chsz4170)ティリクティア(curp9866)
アッサムの紅茶はストレート。その代わり、添えるお菓子はとびきり甘く。 優雅な香りと、風格すら感じさせるきりりとした渋み、その中にそっと隠れた優しい甘さ。それはまるで服を誂えに来た迷える淑女のよう。 「アッサムにはやっぱり生クリームだよね!」 「さすがサシャね、いただくわ」 あたためられた二つのカップに、琥珀を溶かしたような色合いの紅茶が注がれる。お茶請けはハローズのパティスリーで買ってきた一口サイズのシュークリームだ。かりっと焼きあげられたビスキュイ生地に、ふわふわの生クリームとバニラビーンズたっぷりのカスタードクリームが層を成して納まり、ずらりと整列した様はなんとも愛らしい。 「ふふ、真っ白と薄いクリーム色って素敵な組み合わせ」 「そうだね、ティアちゃんみたい」 光の当てようによって金色にも白色にも見えるプラチナブロンドが、ティリクティアの笑みに合わせて揺れる。白いブラウスと淡い飴色のワンピースに身を包んだティリクティアは確かに、甘いシュークリームのようだ。 「……そういえば、これも白ね」 「どうしたの?」 紅茶のカップをそっとソーサーに置き、ティリクティアは今日の自分の服装に目をやった。 「私が仕立てて欲しいのは、故郷で着る服なのだけど……」 「うん」 勝気な瞳が、ほんの少し、望郷の思いに揺れる。その変化を見逃さなかったサシャはペンを取った。 「……少し、私のことを話してもいいかしら?」 「もちろんだよ! 何でも聞かせて」 「ええ、ありがとう。……こうやってゆっくり話すのも久しぶりだものね」 じゃあ、とティリクティアが深く息を吸う。許された色を敢えて選び取ったのは、誇りの為。無私を貫き故郷を守らんと立つ巫女姫の、譲れない願いの為。金色の瞳がまた、輝き出す。 ◆ 私の故郷は、緑豊かで花に囲まれた美しい国なの。 かつて私が暮らしていた宮殿にも季節の花が咲き乱れていて……サシャにも見せてあげたいわ。 その代わりかしら、宮殿は真っ白。 私の住んでる世界全部が真っ白だったわ。 ああ、ええと……私、小さい頃に両親とは別れて、巫女姫になるためにずっと宮殿で育てられていたのよ。……そんな寂しそうな顔しないでちょうだい、サシャ。 確かに、故郷に居た頃の私に自由は無かったわ。 ここに来て初めて、好きな色の服を着て、好きなものを食べて、この街で出来た友達と色んな所に出かけて……素敵な日々だったわ。とっても楽しかった。つい色んな服を買ってしまって、衣装箪笥が服で溢れちゃっているのよ。だって、故郷では白い服しか着ちゃいけないんだもの。 ……もうすぐ、この暮らしも終わるわ。 故郷へ帰ったら、私が着られるのは白い服だけ。 でも、それでいいの。 ほんとうの自由ってそういうことなんだと思うわ。 だから、白い服がいいわ。 故郷でも着ていられる、白い服。 サシャが仕立ててくれた服を着て、私は胸を張って生きていたいの。 巫女姫の仕事は尊いけれどとても辛いこと。 たくさんの人々の運命を、たった一言で変えてしまう仕事なの。 でも、私にはその力がある。 より良くしていくためのね。 くじけそうになること、きっとあると思う。 でもその時、サシャを思い出したい。 だから、白い服を仕立ててほしいわ。 故郷を守ることを、巫女姫になることを選んだ私にふさわしい、白い服を。 ◆ 「……うん、まかせて。ティアちゃんの為の、ティアちゃんだけの服にしてみせる」 「楽しみにしているわ」 話の要点を書き留めた紙束をとんとんと束ね、サシャはふうっと息をついた。喋るのにずっと動かしていた唇を休ませるように、ティリクティアも紅茶をすする。こくりと飲み下した琥珀色のそれは、サシャに伝えたことがらに熱を奪われたようにひんやりとしていた。 「型紙を起こして、仮縫いが出来たら知らせるね? 一度合わせてみないと」 紙束の隅には、話を聞いて思いついたデザインを描き留めたラフイラストがいくつか見受けられる。薔薇のモチーフや、生地を幾重にも重ねたフレアスカートのふんわりしたイメージの断片が紙の上で踊る様を見て、ティリクティアは期待を込めながら微笑んだ。 「じゃあ、またのご来店をお待ちしております! ……ところでティアちゃん」 「ええ、連絡をくれたらすぐに飛んでいくわ! ……何かしら?」 「ワタシ、シュークリーム一つも食べてないんだけど……」 「そ、そうだったかしら?」 ◆ 「……さて、と!」 シュークリームのショックはさておき(元々がお客様用なのだからサシャが食べられなくとも何ら問題は無い、はずなのだがこの妙な寂しさは何だろう)、サシャは気を取り直して応接テーブルを片付けた。ティリクティアの話を思い出し、もやもやと形を成しつつあるドレスのデザインを掴もうと真剣に頭を働かせる。 「……白、かあ」 __ほんとうの自由ってそういうことなんだと思うわ 白を着ること、巫女姫になることを、ティリクティアは自ら選び取った。 決して、周りから役割を与えられるままではなく、自らの意志でそうしたのだ。 自由と無責任は似ているようで大きく違う、幼いティリクティアの瞳にはもう、国と民を導く巫女姫としての強い意志が備わっている。 「かっこいいな、ティアちゃん」 だから、期待に応えたい。 真っ白い紙に、その願いをのせて。 「……」 さらさらと、ペンが走る。故郷へ帰る大事な妹分への、最後の贈り物。 さっき書き留めていた紙束の言葉やラフを見返しながら、サシャはティリクティアが背負うものの重さをあらためて思う。それを選び受け入れた彼女に少しでも勇気をあげたい。このドレスのデザインにサシャからの思い全てをこめるように、真剣な眼差しでデザイン画と向き合っていた。 生地はオーガンジーとサテンがいい。レースもたっぷり使おう。 白は白でも、それだけじゃ寂しすぎて彼女のイメージには合わないから。生クリームだってそれだけでは決して素敵なお菓子にならないのと一緒。 円形に切り取った端切れ生地を更にピザのように切り離し、フレアスカートの形になるように何枚か重ねてみる。立ち姿も座り姿も愛らしくあってほしい、例えばそう、座ったら生地が花弁のようにふんわりと広がって……。 「ふふ、親指姫みたい」 花の国の王子さまのもとへ嫁いでいった親指姫とティリクティアを重ね、サシャが笑う。端切れで作ったちいさなちいさな仮のスカートを左手の親指にはめてくるりと回してみれば、まるでそこにティリクティアがいるかのようにスカートはふわりと嬉しげにふくらんだ。 ◆ 翌々日、ターミナルは今日も快晴。 サティ・ディルのショーウィンドウに飾られたゼラニウムの花籠も午前の日差しを浴びて心地よさそうに淡い緑色の葉を伸ばしている。 「サシャ、来たわよ! 随分早いのね」 「あ、ティアちゃん!」 仮縫いが出来たので調整をさせてほしいという連絡を受けて、ティリクティアが二日前と同じように足取り軽くやってくる。一つ違うのは、手土産に花籠ではなく焼き菓子がぎっしり詰まった籠を持っていること。 「この間はすっかりご馳走になっちゃったから、お返しよ。私の大好きなお店のクッキー」 「気にしないでいいのに、でもありがとう! 今お茶淹れるね」 「ふふ、それもサシャのお店の楽しみの一つだもの」 ティリクティアが店内に足を踏み入れると、そこには一昨日なかったはずのトルソーがしゃんと立っている。右半身と下半身に仮縫い用のシーチング生地を纏う姿はどこか誇らしげでもあった。 「すごい、これが私のドレスになるのね?」 「これは仮縫いだよ。本物の生地を切ったり縫ったりするのは今日のサイズ合わせが終わってから」 まち針に気をつけるよう促しながら、サシャがトルソーに着せた仮縫いのドレスをそっと脱がせる。上半身と下半身は着やすいよう、まち針でとめて形を保っているだけのようだった。 「じゃあ、こっちのフィッティングルームに」 「ええ」 ”取り込み中”の札を表の扉にかけ、ショーウィンドウにサッシをおろし、サシャが手招きする。 「スカートはこれくらいだね、一度そこに腰掛けてみてくれるかな」 「こうかしら? ……わぁ、素敵」 キャミソール姿になったティリクティアが仮縫いのスカート部分を穿き、サシャが細かくサイズ調整を行う。二つパターンのある生地を等間隔で縫い合わせたそれはティリクティアの細い腰にはすこしゆるかったようで、それぞれ重ね合わせるところを微妙にきつめに修正しまち針を打ってゆく。サシャの腰のベルトにつけられた針山からはあっという間にまち針がなくなり、ティリクティアのスカートがその分重みを増した。 サシャの指示通りフィッティングルームの椅子に浅く腰掛けたティリクティアは、そのシルエットの変化に思わず声を上げる。先程まではシンプルなロングスカートらしい形を保っていたそれが、ティリクティアの姿勢の変化に合わせて、内側に仕込んだ水色の生地が顔を覗かせたのだ。 「どうかな? 実際はどっちも白の生地で仕立てるけど、わかりやすいように今は他の色にしてみたよ」 「ええ、とっても素敵。まるで薔薇の花みたいね」 「中にパニエを穿いたらいつでもこんな風にふんわりするよ、どっちも楽しめたらいいなって思って……」 色が限られているのなら、せめて形でお洒落を楽しんで欲しい。皆に愛される巫女姫様なのだから。そんなサシャの気遣いが嬉しくて、ティリクティアは立ち上がって楽しげにスカートの裾をつまんだ。 「じゃあ、次は上半身ね。左右対称のデザインだから仮縫いは右半身だけなんだ」 「そうね、生地も節約しなくっちゃね……あ」 おそらくはネックレスが映えるようにだろう、広めに胸元の開いたデザインの右半身に袖を通し、ティリクティアは左手でそっと胸元へ手をやった。 「……ねえ、サシャ。この部分はもう少し隠れるように出来るかしら?」 「うん? ……あ、うん、分かった、まかせて」 キャミソールでもその大方が隠れている、この街に来る切欠となった傷跡。故郷で待ってくれている王太子セルリーズを庇ったときに出来たものだ。セルリーズを守れた誇らしい傷跡ではあるけれど、みだりに人に見せてよいものではない。きっとセルリーズも気にしてしまうだろう。サシャはただ小さく頷いて、この二日の間に描いた何枚ものデザイン画をティリクティアに見せる。 「じゃあ、こういう感じでどう? これはワタシの故郷の王女様が着るウェディングドレスにも似た形なの」 サシャが見せた袖のないハイネックタイプのデザインは、胸元の開いたものよりかえって大人っぽいクラシカルな雰囲気を纏っている。手袋の形やショールでも色々変化を楽しめるのを喜ぶようにティリクティアは頷き、デザインは急遽変更だ。 他にも添える小物のリクエストや実際の生地を触ってもらって、他にもたくさんのおしゃべりをミルフィーユのように重ねて、今日の打ち合わせは終了。いよいよ裁断と本縫が始まる。 「……ねえ、ティアちゃん。あのクッキー、お返しって言ってたよね……?」 「えっと、そうだったかしら?」 出したティーカップとポットを片付けながら、もしかしたらドレスのサイズは少しゆるめにしたほうがいいかもしれない……と、真剣に考え始めるサシャであった。 ◆ 最終決定した型紙をあて、サシャはためらいなく一息に布を裁断する。迷いがあっては切り口に乱れが生じ、ほつれの原因にもなる為だ。一枚、また一枚と、ティリクティアを包む花弁が切り取られ重ねられてゆく。 「……うん!」 大きめにデザインした絹のサテン生地が前に出るように、座ったりパニエを入れたりしたら内側のオーガンジー生地がそっと現れるように。表情の違う純白が織りなす美しさは、きっと故郷のティリクティアを優しく包み輝かせることだろう。 「(……でも、これだけじゃね)」 故郷に帰れば結婚が決まっているティリクティアに、お祝いをあげたい。真っ先にサシャが思い浮かべたのは、サムシングフォーの言い伝え。 __なにかひとつ、古いもの __なにかひとつ、新しいもの __なにかひとつ、借りたもの __なにかひとつ、青いもの 新しいものはこのドレスを。 古いものや借りたものは故郷で手に入れるのがいいだろう。 だからドレスの他に自分が贈るのは、青いものがいい。 だけど、ティリクティアが着ていいのは白い服だけ。 「……アクセサリーはいいんだよね?」 ティリクティアがいつもはめている指輪と、黒い盾のブローチを思い出し。 「そうだよね、ダメなら外しておけるものにしようっと。……故郷に帰ったら、背も伸びるんだし」 ドレスは体の成長に合わせて、いつか着られなくなる。だから、合わせて贈るアクセサリーはずっと使えるものがいい。たっぷりと長めにとったシルクの白いリボンに、ビーズ加工を施された小さめの真珠をいくつもつけて。その真ん中には、目のさめるような鮮やかな青いサテン生地を使った大輪の薔薇のコサージュを。 「ブルーローズの花言葉はね」 かつては、不可能、ありえない、そんな言葉が添えられていた花だけれど。 「……ティアちゃんは、ワタシのブルーローズ。なんてね!」 ちょっぴり気取った台詞を口ずさみながら、コサージュの花弁のふちをプラチナカラーのラメ箔で控えめに飾る。今はリボンベルトに、ドレスが合わなくなったらチョーカーに、そしてもっと成長して結婚の日を迎えたら、ブーケを束ねるリボンになってくれれば……そんな思いを込めて、サシャは一針一針丁寧にコサージュを縫い付ける。 その夜、サシャの針仕事は午前様まで続いた。 ひとつのことにこんなに夢中になれるなんて。 ひとりのためにこんなに夢中になれるなんて。 ◆ そして、約束の日。 「昨夜はドキドキして眠れなかったのよ、ああ、本当に楽しみ!」 「期待通りだといいなあ、ワタシも緊張してるよ」 ティリクティアを応接テーブルに案内し、サシャは完成したドレスを取りに奥へと消える。お互い、今が一番緊張の高まる瞬間だ。 「ティアちゃん、お待たせ!」 「……わぁ、素敵!」 サシャが誇らしげに、ドレスを着せたトルソーを引いてくる。完成品を目にしたティリクティアが目を見張り、すぐ満面の笑みに変わるその様子を見て、それだけでサシャは報酬を全てもらったような気分にさせられた。 上品な光沢をたたえるサテンの生地は少し重めでクラシカルな印象を与えるが、トルソーをくるりと一回転させればその内側に仕込んだオーガンジーが朝日を浴びて咲く花びらのようにふんわりと顔をのぞかせる。うっすらと透けるオーガンジーの下にはアンティークのレースをあしらって。快活な巫女姫のためにトレーンは短く、例えば、花畑の中でも裾を引きずって汚さないように。 そして上半身はオーガンジーの下に使ったものと同じレース仕立ての、気品あるアメリカンスリーブタイプに仕上がっている。背中まできちんと身頃のついたデザインは華やかさと清楚さを併せ持ち、公務の際にもティリクティアの凛とした美しさを引き立てるだろう。 「すごい、すごいわサシャ! 本当に素敵よ」 「えへへ、ありがとう! こっちは手袋とかの小物だよ、開けてみて」 促されるまま、サシャが指さした小箱を開けるティリクティア。肘先までを覆う手袋は、フィンガーレスのものとスタンダードなものの二種類を。フィンガーレスなら指輪をはめていてもいいし、爪を塗る楽しみもあるだろう。 だが何よりティリクティアが驚いたのは、大輪の青い薔薇が咲き誇るベルトリボン。 「白い服だけど……それはアクセサリーだからね。ほら、こんな風にウェストのワンポイントにしたり、首元につけても可愛いよ」 そしてゆくゆくはこのリボンでブーケを飾ってほしいと伝え、サシャはリボンベルトをティリクティアの腰元にそっと結んだ。 「ティアちゃん、ティアちゃんが故郷でワタシの服を着たいって言ってくれて、本当に嬉しい。巫女姫様のお仕事のいちばん近くにワタシの服があるんだね」 ブルーローズの花言葉は、奇跡、そして神の祝福。 「ティアちゃんの力は、神様からの贈り物。でも、それを活かしていくのは神様じゃなくティアちゃん自身だよ。忘れないでね」 予知の力に阿ることなく、願い、努力し続ける、それこそが本当に人々を導く力。 人を信じ、明日を信じ、いずれ隣に並ぶであろう人を信じ、そして愛すること。 愛しあい、やがて生まれる新しい家族、それが次の国の礎となる。 それを体現できる女性になって欲しいと、サシャは静かに語った。 「ティアちゃんなら、出来るよ。うんと幸せになってね」 「サシャ……私もサシャの幸せを誰より祈っているわ、いつまでも、いつまでも今みたいな笑顔でいてね」 同じ願い。同じ笑顔。ふたりは春にほころぶ花のように笑う。 ◆ サティ・ディルの書類棚には、サシャが今まで手がけた服のデザイン画が納められている。今日追加されたティリクティアのドレスのデザイン画には、右下に小さくマザーグースの歌の一遍が記されていた。 __なにかひとつ、古いもの __なにかひとつ、新しいもの __なにかひとつ、借りたもの __なにかひとつ、青いもの どうか幸せに。 ワタシの居ないところで満開に咲く、大切な友達。
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