オープニング

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 壱番世界では、厳しい残暑も和らいだと聞き及びます。
 皆様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか?

 このたび、私たちは結婚することになりました。

 つきましては、日ごろ親しくしていただいている皆様に
 結婚の証人になっていただきたく
 婚約記念の場所でもある「クリスタル・パレス」にて
 人前結婚式を挙げることにいたしました。

 挙式後は、世界図書館の空中庭園にて、披露宴を行います。
 心ばかりのパーティではありますが
 楽しい時間を過ごしていただければ幸せに思います。

 是非ご出席を賜り、私たちの門出を見守ってくださいますよう
 お願い申し上げます。


               マルチェロ・キルシュ
               サシャ・エルガシャ

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 硝子と鉄骨の建物は、今日に限っては、薔薇の宮殿と化していた。
 淡いピンクの『クイーン・ネフェルティティ』。甘いアプリコットオレンジの『クラウン・プリンセス・マルガリータ』。はじけるシャンパンいろの『コンテ・ドゥ・シャンパニュー
』 。清楚なライラックピンクの『シスター・エリザベス』。息をのむロイヤルパープルの『ザ・プリンス』。
 花嫁が好むイングリッシュローズを、ラファエルはターミナル中から集めたのだ。
 建物を覆い尽くし、溢れ出る華やかな色彩は街路にまで及んでいる。まるで画廊街のすべてがバージンロードになったかのようだ。
 なおも足らじと、摘みたての薔薇が次々に店内に運ばれてくる。
 アリッサとレディ・カリスに協賛を依頼したところ、館長公邸のローズガーデンから、さらには《赤の城》の薔薇園からも、あらゆる種類のイングリッシュローズが供出されたのである。
「……ロキとサシャ、喜んでくれるかな?」
 薔薇のアーチをつらねた会場を見て、シオンはつぶやく。
 マルチェロの友人である彼のもとにも、招待状は届いていた。
 ゆえに形式上は列席者としての参加となるが、そうはいっても、裏方として、できる限りのことはしたい。
「そうであってくださるようにと願うばかりだ。おふたりにとって、このうえない寿ぎの日となるのだから」
 披露宴会場で提供する料理と飲み物の算段に抜かりはないだろうね、招待客の席のご用意を再度確認するように、と、ラファエルは念を押す。
「了解。幸せの魔女さま。ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノさま。ティリクティアさま。森間野・ ロイ・コケさま。シュマイト・ハーケズヤさま。ハイユ・ティップラルさま。ジョヴァンニ・コルレオーネさま。以上……」
 読み上げて、シオンは、ふっと声を詰まらせた。
「どうした?」
「いや、何か、さ」
 天井を見上げ、目頭を押さえる。
「誰かが幸せになるのって、いいな、って思って」

 それは、ロストメモリーとなる儀式が行われる、少し前。
 アリッサの指示により、ターミナルの空に虹の演出がなされた、ある水曜日のことだった。



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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
サシャ・エルガシャ(chsz4170)
マルチェロ・キルシュ(cvxy2123)
幸せの魔女(cyxm2318)
ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ(cppx6659)
ティリクティア(curp9866)
森間野・ ロイ・コケ(cryt6100)
シュマイト・ハーケズヤ(cute5512)
ハイユ・ティップラル(cxda9871)
ジョヴァンニ・コルレオーネ(ctnc6517)

シオン・ユング(crmf8449)
ラファエル・フロイト(cytm2870)
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品目企画シナリオ 管理番号2956
クリエイター神無月まりばな(wwyt8985)
クリエイターコメント【司会進行:ラファエル・フロイト】
ロキさま。サシャさま。このたびは本当におめでとうございます。
人生の節目となる大切な場に、当カフェをご指定くださいましたこと、改めて御礼申し上げます。
また、ご列席の皆様におかれましては、ご多忙のところ、お越しくださいましてありがとうございます。
どうぞ、若いおふたりの門出を祝福くださいませ。

  **

※司会進行担当は、結婚式がラファエル、披露宴がシオンの予定です。

では失礼して、式前の打ち合わせなどを。

【新郎新婦様】
・当日のお召し物はどのようなご予定でしょうか?
(おまかせいただいてもかまいません)
・「誓いの言葉」の草案がありましたら。
(おまかせいただいてもかまいません)
・現在の心情やご列席の皆様への想いなど、お聞かせください。

【ご列席の皆様】
・当日のお召し物はどのようなご予定でしょうか?
(おまかせいただいてもかまいません)
・現在の心情や新郎新婦への想いなど、お聞かせください。
・ひとことずつ、祝福の言葉をお願いいたします。
・披露宴でのスピーチ、一曲披露、その他楽しい演出をご希望の場合はぜひ。

なお、当日は、思わぬ方々から祝電が届くかもしれませんが、サプライズということで、詳細は伏せさせていただきますね。

それでは、佳き日を迎えるといたしましょう。

参加者
シュマイト・ハーケズヤ(cute5512)ツーリスト 女 19歳 発明家
ハイユ・ティップラル(cxda9871)ツーリスト 女 26歳 メイド
森間野・ ロイ・コケ(cryt6100)ツーリスト 女 9歳 お姉ちゃん/探偵の伴侶
ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ(cppx6659)コンダクター 女 16歳 女子大生
マルチェロ・キルシュ(cvxy2123)コンダクター 男 23歳 教員
幸せの魔女(cyxm2318)ツーリスト 女 17歳 魔女
ティリクティア(curp9866)ツーリスト 女 10歳 巫女姫
サシャ・エルガシャ(chsz4170)ロストメモリー 女 20歳 メイド/仕立て屋
ジョヴァンニ・コルレオーネ(ctnc6517)コンダクター 男 73歳 ご隠居

ノベル

*+*+*+*+*+花嫁

 子供の頃から、ずっと夢見ていたの。
 大好きなひとのお嫁さんになって、ウエディングドレスを着る日を。

 思い返せば、いろんなことがあった。
 いろんな冒険をした。
 
 お母さん。
 お父さん。
 お邸のみんな。

 ――そして、旦那様。
 どうか、天国で見届けて。

 サシャ・エルガシャから、サシャ・キルシュになるワタシを。


*+*+*+*+*+贈る想い

(サシャの喜ぶ顔が見たい)
 ティリクティアが、式の前日、クリスタル・パレスを訪れたのは、ひとえにその想いからだった。
 招待状を受け取ってからというもの、彼女はずっと考えて考えて考えていた。
 サシャが喜んでくれるようなサプライズを、どうすれば用意できるだろう?
 ……そしてふと、思い出したのだ。
 サシャに招待された、お茶会のできごとを。
 あのとき、サシャに、初めてケーキ作りというものを教わり、完成させた。ティリクティアの料理の腕が順調に伸びていったのは、それが契機だった。
「ウエディングケーキをお作りになりたい?」
「ティアが?」
「お願い、ラファエル、シオン。もちろん、私ひとりじゃ難しいのはわかってるの。ふたりに手伝ってもらうことになると思う。だけど、つくりたいの。自分に出来ることで、サシャの喜ぶ顔がみたいの」
 ティリクティアはおもむろに、カフェの床に正座した。そして両手をつく。
「ちょーー! ティア! なにしてんの」
「壱番世界の聖なる文化、土下座を」
「おーい誰だぁ、ティアにヘンなこと教えたの。わかったから立って立って」
「ティアさまのお気持ちは素晴らしいと思いますよ。さあ、厨房にまいりましょう」

 ――ウエディングケーキ製作におけるチーフパティシエとして、私どもにご指示ください。

「あ、ティアちゃんだ。ちょうどいいところに」
 花嫁のブーケと、ヘッドドレスを作成中だったハツネが、厨房にひょいと顔を出す。
「薔薇づくしでまとめたいんだけど、サシャさんにはどの薔薇が合うかしら? 選んでくれない?」


*+*+*+*+*+添えられる花々

 そして、当日。
 薔薇のアーチのもとへ、列席者は集まった。
「ふたりは儂にとっても孫のようなものじゃからのう。結ばれるのを見るのは感慨深い。こちらの気持ちまで若やぐようじゃ」
 グレーのシルクハットを粋な仕草で脱ぎ、ジョヴァンニ・コルレオーネは目を細める。クラシックなデザインのブラックスーツと同色のベスト、シルバーグレーのタイ。白無地のシャツには、銀と真珠のカフスボタンという礼装だ。
「列席の乙女たちも、いずれ劣らぬ名花揃い。薔薇に負けじと咲いておる」
「そうね。みんなとても可愛いくて綺麗!」
 ティリクティアは歓声をあげながらあたりを見回す。
 かくいう彼女も、ルビーレッドのふわりとしたパーティドレスに、やわらかな薔薇モチーフのショールを合わせている。ティリクティアにしては思い切った鮮やかな色使いは、リリイのおすすめだった。白い肌の女の子に映える、カラーマジックであるらしい。
「ジョヴァンニさんも、とてもかっこいいわ」
「おや、お褒めの言葉をいただこうとはの」
 薔薇の海のなかで、花のような乙女たちがさんざめく。
「あらあら。私ったらてっきり、サシャさんとロキさんはとっくに結婚しているものだと思っていたわ」
 幸せの魔女は、紺色のサテンのドレスを着こなしていた。肩から胸元にかけて、流れるようにレースのフリルをあしらった、上品なワンピースドレスである。
「まぁでも、勘違いで良かったわ。大切な友達の幸せをこうやって共有できる、幸せな日を迎えることができたもの。うっかりしてた自分に感謝しなくっちゃ」
 首元には白いオーガンジーのスカーフをあしらい、胸元には白い百合の花飾り。清楚なすがたに、シオンが超失礼にも小首を傾げる。
「あっれぇ? さっちゃんの衣装、おとなしめ」
「さっちゃん呼ばわりされた!?」
 幸子さん(幸子さん呼ばわりもされてる)が、珍しくも控えめな落ち着いた雰囲気をアピールしているのにはちゃんと理由がある。それは、新郎新婦が今日一日だけは、幸せの魔女よりも幸せであると認められた証なのだ。
「べ、別に悔しくなんてないんだからね。今日いちにち限りなんだからね!」
 おもむろにハンカチを噛む幸子さん。何アピールだかは、ちょいと不明だ。
 森間野・ ロイ・コケは、やわらかなオーガンジーを幾重にも重ねた、薄緑色のパーティドレスを身につけていた。
 灰の入った小瓶の首飾りには、小さな黄色い花がひとつだけ飾られている。ポニーテールにまとめた髪にも、同じ花。歩くたびに揺らめくドレスの軌跡が、花と緑の精霊のようだ。手持ちの紙袋には、後でサシャに渡すプレゼントが入っている。
「よくお似合いじゃ、コケ殿」
 ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノが話しかける。
「披露宴では、別のドレス、着る。サシャに仕立ててもらった、エプロンドレス」
「おお、そうか。サシャ殿も喜ぶじゃろう」
「ジュリエッタ、着物、きれい」
 ジュリエッタの衣装は、加賀友禅の中振袖である。花鳥風月が描かれた伝統柄で、華やかさを抑制したシックないでたちだ。髪はふわふわに巻いてアップにし、トップにはボリュームを持たせている。壱番世界の成人式などでも大人気な、愛され系のキュートなヘアスタイルであった。
「あくまで主役はサシャ殿たちじゃからのう。衣装は大人っぽく、しかし髪型は今風にしてみたのじゃ」
 ところで、と、ジュリエッタは、ラファエルとシオンを見る。
「この薔薇の海は、ふたりがコーディネイトしたものじゃというが、見事としか言いようがないのう」
「ありがとうございます。アリッサ館長とレディ・カリスのおかげです」
「いつになるやらわからぬが、わたくしの時もぜひお願いした……とと」
 照れながら口ごもったジュリエッタを、シオンが肩をつかんで揺さぶる。
「今何を言いかけたぁあああーー! おおおおれを差し置いて、いいいいったい、だだだだ誰と」
「わたくしのことは良いのじゃ」
 にこにこと、ジュリエッタは交互にふたりを見た。
「ラファエル殿もシオン殿も、良き伴侶殿を見つけるのじゃぞ? そのときは、わたくしもぜひ呼んでくれなのじゃ」
「シオンにもそんな日が来ると良いのですがねぇ。早く身を固めて落ち着いてほしいとは思うのですが、なにぶん、まだまだ子どもで」
「いやいや、そっちのヨメ取りが先っしょ、とーちゃん!」
「誰ぞ、あてはあるのかのう?」
「……ないなあ。ジュリエッタも知ってると思うけど、とーちゃん、モテてるように見えて実はぜんっぜんモテてないからなぁ」
 肩をすくめたシオンに、ジュリエッタが吹き出した。

(ついに、この日が来たか)
 シュマイト・ハーケズヤは、今日のために仕立てた青いドレスを着ていた。
 大人びたワンショルダーのデザインで、ブルーインブルーの広大な海を連想させるかのような、鮮やかな青のグラデーションがはっと目を惹く。
 髪飾りもイヤリングも銀でまとめているため、手首の白い貝殻のブレスレットが印象に残る。
 そのブレスレットこそ、他ならぬサシャから貰ったものだ。
 ――切れない友情の、証として。
「こういうときターミナルは、天気の心配をしなくていいから便利よね」
 何かを堪えているようなシュマイトのそばで、ハイユ・ティップラルはいつもの調子、いつもの服装、つまりはメイド服で、あっけらかんとしている。
「はーいはいはい、お嬢様とメイドさんのツーショットもーらい。ふたりとも目線こっちねー」
 女性陣の盛装を片っ端から撮り始めたシオンが、ふたりにもカメラを向ける。シュマイトは怪訝な顔をした。
「私たちを撮って何が面白いのだ?」
「おれがうれしい!」
「少年、ボタンもういっこ外そっか?」
 ハイユはウインクを返す。
「いいなあ、このレアな光景。ハイユ姉さんの通常営業にシビれます憧れます」
「メイド服のこと? これがあたしの正装よ」
 胸を張るハイユの、その胸をしっかと見つめ、シオンは大きく頷く。
「真理です正義です宇宙の不文律です」
「褒めはいいから、とりあえず酒を持ってきて!」
「喜んで! といいたいところだけど、式が恙なく終了して、披露宴に移るまで待ってぇ」
「じゃあメシ!」
「披露宴会場で、ボディに影響しない程度に食べまくってくださいよぅ。それよりもう一枚!」
「写真といえば、わたしも発明品を持って来た」
 一見、中身のない額縁に見えるそれを、シュマイトは取り出した。
「見たいと願うひとや光景を、映し出す機械だ」

 サシャの旦那様の姿を映したいと思ってね。
 きっと誰よりも、列席を望んだ人物だろうから。

「皆様、お揃いですね。では、おふたりをお迎えいたしましょう」
 ラファエルは目線で合図を送る。
 この日のために持ち込まれたグランドピアノで、シオンが、おぼつかない手つきながらも、ワーグナーの結婚行進曲(婚礼の合唱)を奏で始めた。

 Treulich geführt ziehet dahin,
 wo euch der Segen der Liebe bewahr’!
 Siegreicher Mut, Minnegewinn
 eint euch in Treue zum seligsten Paar.

 真摯な気持ちで進むが良い。
 ゆるぎなき愛の祝福に満ちあふれた場所へと。
 誠実なる勇気と愛のめぐみをもって、
 祝福されし汝らは、貞淑な夫婦となるだろう。

 Streiter der Jugend, schreite voran!
 Zierde der Jugend, schreite voran!

 若き勇者よ、歩みゆかれよ。
 若き花嫁よ、歩みゆかれよ。


*+*+*+*+*+宣誓

 一同が見守るなか、新郎新婦が入場する。
 白のフロックコートを着たマルチェロ・キルシュは、その生まれと育ちの良さが相まって、華燭の典の場にいることが非常に映える。選び抜かれたのであろう布地の上質さ、仕立ての見事さは、リリイの渾身の作であることが見て取れる。
 マルチェロはプロポーズのときと同様に、髪を後ろでひとつに結んでいた。もし、無名の司書がこの場にいたら、熱く激しくそのうなじの魅力に言及するであろう。これは彼なりのけじめなので、今後もずっと、この髪型にするつもりであるらしい。
 なお、薔薇の提供元を聞いたマルチェロは、感謝に余念がなく、事前に、カリスとアリッサに礼状を贈ったそうだ。
(今日のロキ様、一段とかっこいい……)
 新郎をうっとりと見つめるサシャの美しさもまた、輝くばかりだ。
 純白のウエディングドレスは、オフショルダーの総レース。ロングトレーンの優雅なラインは、まるでここが壱番世界の大聖堂であるかのように思わせる。細いウエストに結ばれたリボンには、一輪の薔薇のつぼみがあしらわれ、華やかなドレープの流れの起点となっている。
 ふわりと髪を包むヘッドドレスを彩るのは、やわらかな薄紅にも淡いアプリコットいろにも見える、エレガントな薔薇であった。
 ――レッチフィールド・エンジェル。
 この品種の名は、英国のリッチフィールド大聖堂で発見された、八世紀の石版画に描かれた天使のものだ。
 ブーケにも、同じ薔薇を使っている。このイングリッシュ・ローズは、ティリクティアが選んだものだった。
「サシャ、とっても綺麗……! ロキもサシャも、お似合いで素敵……」
 ティリクティアは目を見張り、声を弾ませる。
 シュマイトは無言で、花嫁を見つめた。
(以前のわたしは、この日が来るのが恐ろしかった)
 かけがえのない友人のサシャが、自分以外のものになってしまう。そう考えてしまう自分に醜さを感じていた。
(だが――今は違う)
 さみしさもあるが、こころのどこかで安心してもいる。
 シュマイトには叶えられなかったサシャの望みが、叶うのだ。
 今はただ、それを喜びたいと思う。
 コケはしずかに、両手を胸の前で交差させる。
(コケ、サシャに、たくさん、助けてもらった。すごくたくさん失敗して、もうだめって思ったときも。体験したことのなかった、楽しいことを教えてもらったときも)
 良いことも悪いことも共有してくれた、友達。コケの大切な、友達……。

(結婚ねぇ。ま、したいならすればいいんじゃない?)
 ハイユには、結婚願望というものがあまりない。
 そのときそのときで、好きになった相手と楽しく遊んで、あとは御館様を想っていられれば幸せなのだ。
(でもそれは、未来に踏み出せないってことなんだろうね)
 サシャは今までの自分から、新しい自分になろうとしている。
 その決断には心から拍手を送りたい。
(だから、絶対に後悔はしないでほしいな。まあ、サシャちゃんなら大丈夫だと思うけどね)

 感慨深く、ジュリエッタはひとり頷く。
(わたくしは、いつでもサシャ殿に会うことができるが、少し寂しくはあるのう……。共に伴侶を求めておった身としては)
 それでも、ふたりのなんと幸せな表情であることか。
(わたくしも、いつか必ず、今日のふたりのように……)

 幸せの魔女は、幸せにとても敏感である。
 ふたりの幸せな顔を見れば、この幸せがどれほどの困難や障害を乗り越えて育まれてきたものかは、すぐにわかる。
 私は幸せ者だ、と思う。
 その幸せを、今日ここにいる全員で共有できるのだから。
(ふぅ〜。この幸せ、やっぱり力ずくで奪わないでおいて正解だったわぁ~)

「ジョバンニさま、こちらに」
 ラファエルがジョバンニに声を掛けた。
「列席者代表として、おふたりに宣誓をお願いください」
 ジョバンニは頷いて、ふたりの前に立つ。
「サシャ嬢。ロキ君。今日より君達は夫婦になる。互いに支え合い愛し合い、素晴らしい家庭を築いてくれたまえ。君達ならきっとできるはずじゃ」
 儂と妻には負けるじゃろうがな、と、微笑んだのを合図に、誓いの言葉を、ふたりは同時に読み上げた。

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 私たちは本日お集まりいただいた皆様の前で、
 今ここに結婚いたします。

 出会いのきっかけは、ドバイのホテルのロビーラウンジでした。
 その後、自然に、ともに時間を過ごすことが多くなり、
 やがて、お互いがとても大切で、
 かけがえのない存在になりました。

 これからも、大切なひとと一緒にいられる幸せに感謝し、
 互いに尊敬しあい、
 いたわりあえる夫婦であるよう、
 永遠に変わることなく、
 ずっと一緒に生きていくことを、
 ご列席の皆様に、誓います。

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 指輪の交換がなされ、誓いのキスが交わされる。
 花嫁の瞳に、涙があふれた。

(幸せすぎてこわいくらい。……ねえ、ロキ様。マルチェロって呼んでもいい?)
(サシャ)
(夫婦になったのに、いつまでもロキって呼ぶのもおかしいし……。ワタシはロキ様の今までもこれからも、ひっくるめて愛したいから、貴方の本当の名前も過去も受け入れたい。……だめかな?)
(そんなことはない)
(ありがとう。あいしてるよ、マルチェロ)

 ターミナルで一番の、ううん、あらゆる世界群で一番の旦那様。
 ――何があっても、放さないでね。

 軽やかに、ブーケが投げられる。
 宙を舞ったレッチフィールド・エンジェルの花束は、
 すとん、と、

    シュマイトの腕のなかに、収まった。

「……!」

 大聖堂の天使の名を持つ薔薇を、シュマイトは愛おしげに抱きしめる。


*+*+*+*+*+空中庭園の宴

「ところでロキ、今後は孤児院の教師が本職となるのかね?」
 皆で披露宴会場に移動する道すがら、シュマイトは問う。
「そのことなんだけど」
 結婚を機に孤児院を退職し、独立するつもりだと、マルチェロは伝えた。
 同僚であるシュマイトや、幸せの魔女には知らせておきたかった、と。
「そうか。わたしは、もうすぐ0世界を旅立つ予定だ」
「……行ってしまうのか?」
 ブーケとマルチェロを交互に見つめ、シュマイトは微笑む。
「わたし自身からも言うつもりではいるが、孤児院の子供らにはうまく対応しておいてくれるとうれしい」
 ……技術科の鬼教師がいなくなったと、逆に喜ぶかも知れないがな。
「淋しくなるな」
 呟くマルチェロに、シオンは、すこし目元を赤くしていた。
「そういやロキは、ロストメモリーになるんだよな?」
「ああ、だけどそのまえに」
 マルチェロはふと足を止め、友人を見る。
「数日かけてでも、シオンと旅行したいかな」
「えっ」
「こういう言い方もどうかと思うけど、修学旅行とか卒業旅行みたいな、そんな感じで」
「うわぁぁぁーーん!!! ロキぃぃぃーー!」
 がっし、と、シオンはロキにしがみつく。
「おれ、故郷で、友達って、あんま、いなくて。一緒に旅行に行ってくれる友達ができるとかも、思ってなくて。だから、だからさぁ……」
 花婿に抱きついたまま、シオンはぐしぐしとしゃくりあげた。
「いやまてよ、新婚さんの邪魔することになるんじゃね?」
「サシャはわかってくれると思うよ。――ね?」
 傍らの花嫁を見る。ずっと涙ぐんでいたサシャは、雨上がりの青空のような笑顔で応えた。
「うん、行って来て。楽しんで来てね。でも、お土産奮発してくれなくちゃイヤだよ?」

*+*+*+*+*+祝辞

 今日は空中庭園にも色彩ゆたかな薔薇が運び込まれ、華やかなフラワーガーデンと化している。
 まるで森の中にある城の薔薇園が、ぽっかりと空中に浮かんでいるかのような演出だった。祝宴の料理が並べられた白いテーブルも、その四隅は棘を抜いた蔓薔薇で飾られており、招待客の席には、クリスタルグラスの横に薔薇のつぼみが一輪、置かれている。
 さっそくハイユが、酒ーっ、と叫ぶ。
「はーいはい。もうお式も無事に終わったし、何だかんだでここにいる皆は友人知人だし、披露宴つっても二次会のノリでいいよねーと、新郎新婦の許可を電波でいただいてまーす」
 マイクを握ったシオンが、いい調子で進行を始めた。
「それ無許可ってことじゃない?」
「おーいハツネ、ハイユ姉さんにじゃんじゃん酒注いで黙らせてー。さぁて、皆さんお待ちかねのケーキ入刀、いってみよっかあー! ちなみにケーキ製作のチーフパティシエはティアでーす」
 新郎新婦の前に、ウエディングケーキが運ばれて来た。
 色とりどりの宝石と大理石で作られたような0世界の模型は、よくよくみれば、街路はスイートチョコ、建物はベリー類とホワイトチョコというように、選び抜いた旬のフルーツと上質のクーベルチョコを駆使していて――
 それは、ターミナル全景を模した、螺旋状のウエディングケーキだったのだ。
「ティアちゃん、これ……」
 驚きと感動のあまり、サシャはことばを呑み込む。
 花嫁は再び、いっぱいに涙をため、ティリクティアを見た。
「――うん。おめでとうサシャ。おめでとうロキ。ふたりともいつまでも、笑顔でいつづけてね」

 ティリクティアは、ケーキ入刀を、穏やかな眼差しで見守る。
 自分なりの覚悟を秘めて。

 私は覚醒できて、世界図書館に拾われて良かった。
 大切なひとができて、大切なひとが幸せになる瞬間を見ることができたから。
 大切なひと達には、いつまでも笑顔でいて欲しいわ。

 私には、貴方達のような幸せを得ることはできない。
 けれど、自分なりの形で幸せを得ることはできる。
 たとえ、世界は違っても、私は私なりの幸せを必ず得るわ、サシャ。
 
 ――貴女に、誓う。

 すう、と、息を吸い込み、巫女姫は歌う。
 それは彼女の故郷につたわる旧い祝歌であり、神聖な誓いの意味を持つ歌でもあった。
 やさしい魔法が、空中庭園を包む。
 ほんの一瞬、無数の薔薇の花びらが、雪のように降り注いだ。
 
 コケが、ゆっくりと進み出た。
 アッシュグリーンのエプロンドレスに着替えた彼女の髪には、次々に、花が咲き始める。
 それもまた宙に舞い上がり、可憐なフラワーシャワーとなる。
「結婚は、大好きな人とずっと、一緒にいられるということ。サシャが幸せなら、コケも幸せ」
 紙袋からそっと取り出し、目を閉じ、祈りを込めてから、サシャに差し出したそれは……。

 インドの国花の蓮と、倫敦――イングランドの国花の薔薇を合わせた、コサージュだった。
 葉に見立てた緑色のレースリボンが、しなやかに結ばれている。
「コケちゃん」
「幸せになれるよう、祈りを込めて、作った。……サシャに、もらってほしい」
「ありがとう。ありがとうね、コケちゃん」
 コケはにこりと頷いてから、今度は、新郎新婦と列席者に、一輪ずつ、花を贈る。
 それぞれをイメージした花言葉を持つ、花を。

 サシャには、黒をのぞくさまざまな色のコスモス。乙女心、純情、まごころ、愛情、調和。
 マルチェロには、スパティフイラム。包み込む愛。
 シュマイトには、小さめに咲かせてハート型にしたグラマトフィラム。誰にも負けない友情。
 ハイユには、スプレーバラ。温かな心。
 ジュリエッタには、カサブランカ。純潔、無邪気、高貴。
 幸せの魔女には、クチナシ。私は幸せ。
 ティリクティアには、クロッカス。あなたを待っています、喜び、陽気。
 ジョヴァンニには、やまざくら。微笑み。

「サシャ。おめでとう」
 マルチェロの妻となったサシャに、シュマイトは歩み寄る。
「大切なキミがずっと幸せであることを、わたしは祈っている」
「シュマイトちゃん」
「キミと出会ったことで、わたしは弱くなった。キミと楽しい時間を過ごせた代わりに、キミの心を推し量っては不安を覚え、キミと過ごせない時間をさびしく感じるようになった」
「シュマイトちゃ……」
「だが、それも今日限りだね。……いかんな。泣いてしまいそうだ、わたしとしたことが」
 嬉しいからなのだろう、きっと。
 本当に、わたしは弱くなった……。
「シュマイトちゃん。シュマイトちゃん。ワタシ、ワタシも」
 サシャはぽろぽろと大粒の涙をこぼす。
 泣くのを我慢している、シュマイトの分まで。

「では、わたくしからも祝辞を」
 ジュリエッタがシオンからマイクを受け取る。 
「二人は違う時代に生まれ、違う時を過ごし、違う世界で出会った。そして共に過ごすようになった。その出会いこそ正に奇跡じゃ」
「ジュリエッタちゃん……」
「そんな二人じゃからこそ、その愛は永遠に変わらぬじゃろう」

 ――おめでとう。
 そして、これからもよろしく。

「うん……。ジュリエッタちゃんも、大好きなひとと、幸せになってね?」
「……うむ。しかし、あのとき木から降ってきたサシャ殿が人妻になるとはのう」
 ジュリエッタは茶目っ気たっぷりに、サシャと初めて会ったときのエピソードを披露した。
「さて、これは二人へのお守りじゃ」
 ジュリエッタは、天使をあしらった馬蹄チャームを渡す。
「その愛が永遠に続くよう、守護してくれようぞ」

「幸せの魔女が宣言します」
 幸せの魔女はいつの間にか、新郎新婦の間に立っていた。
「夫婦となるこのふたりの人間に、あらん限りの幸せが訪れん事を。この幸せが何者にも奪われない磐石なものとならん事を」
 ヴェールのようなひかりが、ほんの一瞬、ふたりを包んで消える。
 マルチェロとサシャは、幸せの魔女による「幸せのお裾分け」を、受け取った。

「どうじゃねサシャ嬢、花婿と喧嘩したら、いつでも儂の城に逃げてきたまえ。なんならずっと居着いても一向に構わんぞい?」
「ジョヴァンニ様」
「君の淹れる紅茶は絶品じゃからな。孫娘にも是非、スコーンの焼き方を教えてやってほしい」
「そんな」
「……ほっほっ、冗談じゃ」
 ジョヴァンニは笑いながら、杖を一振りした。
「これは、儂からの餞別じゃ」

 空中庭園に、大きな虹が渡される。
 ターミナルの空と、この場所と。二重の虹が、愛の誓いを見守る如くに。

「ロストメモリーは子を産めん。だが君達には多くの子供が――家族がいる。ロキ君の働く孤児院の子供達、そしてサシャ嬢が服を仕立てた客人たち。君達の手が慈しみ育み、送り出したもの全てが、かけがえのない愛の結晶じゃ」
 若き二人が歩む道に、幸多からん事を。
 静かに告げるジョヴァンニに、マルチェロは頷く。
(たぶんジョヴァンニさんには、素性がバレていたと思う。そうでなくとも、秘密を全部預けてもいいと思っていた)
「これから、ジョヴァンニさんは……?」
「儂は、壱番世界に再帰属する」
「……そうですか」
「そのうちお迎えが来て、君達とも会えなくなるが、今日の佳き日を忘れんと宣誓しようぞ」
「淋しくなります」
「なに、孫の結婚式までは死ねんさ。寿命が尽きるのは当分先じゃ、安心したまえ」
 これは儂からの贈り物じゃ、と、ジョヴァンニはハードカバーの日記帳を手渡す。
「不老不死となった身に永遠は余りに長い。だが一日とて同じ日はない。それを心して、けっして忘れぬよう日々を積み重ねて欲しい」

 永遠に倦み、死を望む日がいつか訪れたら。
 この日記帳を最初から、読み返したまえ。


*+*+*+*+*+祝電披露
 
「えー、おふたりに、壱番世界でいうところの祝電が届いてますー。まずは、と」
 メッセージカードを一枚ずつ、シオンは読み上げる。
「『きゃーきゃーきゃー! サシャたんとロキさんの結婚式って今日なの? やだ出席したかったー! 今からでも間に合うかしら?』……なんだこれ、無名の姉さんか。間に合うわけねーからパスね」
 あっさり取りのけて、
「お、これこれ。レイラ姉さんからのメッセージ」
 シオンは淡いグリーンの封筒を開いた。
 葡萄の花モチーフが一点、型押しされている白色の便箋に、レイラ・マープルのことばが綴られている。

  * *

 ロキさん、サシャさん、この度はご結婚おめでとうございます。
これからお二人で歩む長い道程には、うれしいことも、楽しいことも、困難な壁もあるでしょう。
 困ったときには思い出してください。
 結婚し、ともに添い遂げることを決めたのは、お二人のうちのどちらかではなく、お二人であることを。
 そして、ロキさんとサシャさんには、お二人の暮らしを見守り助けてくださる、よきご友人がたくさんいらっしゃることを。
 みんな、一人ぼっちでも、二人きりでもありません。
 そしてお二人の門出、今日という佳き日のお祝いにお力添え出来たこと、嬉しく思います。
 お二人の笑顔に挟まれる幸せな食卓、その上にある食器を選べたことは、わたしのささやかな誇りです。
どうか、お幸せに。

                           ――レイラ・マープル



「いいなぁレイラ姉さん、じーんとくるなぁ。……さてと、お。ロキと縁の深い子たちから来てる。イムとメムからだ」
 差し出し人の名を聞いて、マルチェロは身を乗り出した。
「イムとメムだって……!?」
 封筒には、カエルとウサギのような生き物の絵と、なぜかカメの絵も描いてあった。
 さらには『祝亀!』と大きな字で書かれている。
 ……どうやら、字とか意味とかを勘違いしているらしい。
 中のカードを開いたとたん、メムとイムの立体映像が浮かび上がった。
「おおっ、かっこいいー。ビデオレターみたいなカンジだな」
 
『ロキ』
『サシャ』
『『結婚、おめでとー!!!!』』
 花火や鳩やテープなどのエフェクトが飛び交うなか、ふたりが口々に言う。
『ロキと、はじめてみずがめざのロストレイルで会って、そのあとサシャとは運動会で会って、いろんなことがあったけど、メムたちは二人と出会えてしあわせになれたし、二人にも、もっともっとしあわせになってほしいな!』
『仲良く暮らせよ! そのうちオレたちも遊びに行くから、またなんかご馳走してくれよな!』
『おじさんも、テレてないで、おいわいしなきゃ!』
 映像の中にジルヴァも登場した。
 咳払いをしながら、ジルヴァは言う。
『あー、……うん、何だ、とにかく良かったな。おめでとう。色々世話になった。食器も――』
 メムがジルヴァを遮る。
『そうそう、おじさんにプレゼントあげたら、泣いてよろこんだんだよ!』
『泣いてなんかねぇよ』
『ウソ! 涙がうかんでたもん』
『あれは単に目が乾いただけだ』
 言い合っている二人を背にして、イムは、かつてロキから貰ったカエルとウサギのジッパーチャームを持ち、アップにする。
 人形劇のように動かしながら、ふたりは祝いの言葉を贈った。

『おめでとう! おめでとう! 末永くお幸せに!』

「……。……!」
 マルチェロの瞳に、涙が滲んだ。
 彼にとって、このふたりとの出会いが、転機のひとつだったのだ。
(出会ってからの二年……。あっという間だったような、気がする)
 その肩に、シオンは手を置いた。
 
  * *

 もらい泣きしながらも、シオンは次のカードをチェックする。
「わ。カリスさまとアリッサと、リリイ姉さんとロバート卿からも来てる。……ていうか、何でロバート卿……、そっか、ドバイへの招待のとき、サシャとロキが出会ったからか」
 
  * *

 華燭の御盛典を祝し、若いお二人に幸多からんことをお祈り申し上げます。
 すべてが永遠であるこの0世界に、永遠の愛がひとつ加わることは、
 私たちすべてにとっての幸いとなることでしょう。
 旅人から新たな隣人となられたお二人を、ターミナルは歓迎します。

                            ――エヴァ・ベイフルック

 ロキさん、サシャさん、おめでとう!
 ロストナンバーの旅はいつか終わるけれど、
 それが幸せな終わりになるよう、私はいつも祈っています。
 ふたりは素敵な終着駅を見つけたんだね。
 でもここから、結婚生活という違う路線に乗り換えての旅が始まるよ。
 それは私も知らない道だから、アドバイスもできないけれど、
 ずっと応援しています。どうかお幸せに。
                            ――アリッサ・ベイフルック


 ご結婚おめでとう。
 サシャさん。仕立て屋としては私が先輩だけど、
 花嫁では後輩になってしまったわ。
 これからも良きライバルでいてください。
 マルチェロさん。貴方の妻はターミナルの有望な仕立て人です。
 妻としても申し分のない人ですから衣食に困ることはないでしょう。
 愛と感謝を絶やすことなく、守り続けてくださるよう、私からもお願いします。
 お二人に幸多きことを祈って。
                            ――リリイ・ハムレット


 ご結婚おめでとうございます。
 お二人の輝かしい門出を心よりお祝い申し上げます。
 信頼は大きくなるのが遅い木です。
 焦らずゆっくりと、素晴らしい家庭を築かれますように。
                            ――ロバート・エルトダウン


 
*+*+*+*+*+スパイスをひとかけら

「お酒おかわりね」
「あれ? そういやハイユ姉さん、祝辞まだじゃん」
 マイクを渡されて、ハイユは仕方なさそうに言う。
「えーと、おめでとう、お幸せに」
「……それだけ?」
「ダメ? そうねぇ。サシャちゃんは、純情乙女ですごくからかい……、可愛がりがいのあるいい後輩だったわ」
「ほほー」
「紳士とロマンスとか言ってたサシャちゃんが結婚とはねー。メイドも卒業しちゃうしさ」
「あー、それはちょっと勿体ないような気がおれも」
「あたしが『メイド辞めて仕立屋になる覚悟があるならメイド服を脱げ』」って言ったら、本当に公衆の面前で脱ぎ出したのも今ではいい思い出よ」
「……マジ?」
「マジマジ」
 サシャがぶんぶんと、必死に首を横に振っているのだが、ハイユは斟酌しない。
「じゃ、おしまい。今度こそ酒おかわり」
「はっ、お注ぎしますー」
「ま、露骨なエロネタいくつか思いついたけどさ。あたしオトナだからこの席では言わな~い」
「え、じゃあ、あとでそこらへんの物陰で実践つきでご教授を」
「少年がそんなにそっち方面の食いつきがいいとは思わなかったよ」
「いいんですよ! でも誰も誘ってくれなくて淋しいんですよ!」
「わかった、じゃー、あとで物陰でね。幸せちゃんといちゃついたあとになるけど、いい?」
 ハイユはグラス片手に、幸せの魔女を手招きし、何ごとかを囁く。
「もう、ハイユさんったら。そういう事は寝室で言うものよ」
 幸せの魔女は妖艶な笑みで、ハイユにしなだれかかる。
「……うふふ、次は私達の番だったりしてねぇ。ハイユさんとなら式場選びも楽しくなるわ」
「そうそう、新郎新婦はあたしらのラヴに負けちゃダメよ?」
 言ってハイユは、はいプレゼント、と、持参のブツをどんとテーブルに置いた。
「『金曜に結婚すると不幸になるというのは本当だ。金曜だけが例外であるはずがない』バーナード・ショーだったかな? 水曜日のジンクスと勝負しなよ」

 ハイユ姉さんの贈り物は、以下の通りである。

  仕立屋の命! → ハサミ
  料理がんばれ! → 包丁
  仲良く食ってろ! → 重箱弁当
  二人で遊べ! → ジェンガ

「え、全部だめ? なんでよー?」 
 絶叫が、空中庭園に木霊した。

 
*+*+*+*+*+再びの花嫁

 シュマイトの「祈念写真」に浮かんだ「旦那様」に、サシャは別れを告げる。
(覚醒を恨んだ事もあったけど、ロストナンバーにならなきゃこの「今」はなかった)

 ワタシの旅は、これでおしまい。
 ロストメモリーになって、ロキ様を支えるって決めたの。
 これからは、ふたりで手を取り合って生きていくって。

 でも、皆の旅はまだまだ続く。
 それぞれの世界に帰っても、どうか今日の事は忘れないで。

 ワタシも、ずっとずっと覚えてるから。

 皆と出会えてよかった。
 マルチェロと結ばれて良かった。

 さようなら、旦那様。
 さようなら、ロストナンバーのサシャ・エルガシャ。
 次に目覚めた時は、ロストメモリーのサシャ・キルシュね。

 ――大好きな貴方が隣にいてくれるなら、怖くないよ。




 ――Fin.

クリエイターコメントお待たせいたしました! ロキさん♡サシャさんの、結婚式の報告書をお届けいたします。
この度は、本当におめでとうございます。
末永く、おしあわせに。
また、ご列席の皆様の未来も、どうかしあわせでありますように。

ウエディングケーキのデザインは、チーフパティシエのティアたんのもと、0世界に暮らすおふたりをイメージし、私が捏造させていただきました。
また、祝電にご協賛くださいました、鴇家WR、瀬島WR、ありがとうございました!
おかげさまで素敵な演出となりました。

※なお、カリスさま、アリッサ、リリイさん、ロバート卿からの祝電は、事務局さんより発せられた「公式」なものでございます。ご覧下さい、この格調の高さ。私が書いたんじゃこうはいかない。

おふたりに幸多からんことを、改めてお祈りいたします。
大切なノベルをおまかせくださいまして、ありがとうございました。
公開日時2013-11-10(日) 23:00

 

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