オープニング

 ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。
 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。
 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。
 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。

 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。
 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。

 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。
 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。

●ご案内
このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・見た夢はどんなものか
・夢の中での行動や反応
・目覚めたあとの感想
などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。

品目ソロシナリオ 管理番号1527
クリエイター桂野九生(wshe3828)
クリエイターコメント夢とは、過去の記憶の清算とも、未来の運命の道標とも
目に見えぬ「友人」達が導く精神世界への扉とも、言われます。
夢見る旅人よ、キミはそこに何を見る?

それでは、良い夢を。

参加者
モービル・オケアノス(cbvt4696)ツーリスト 男 15歳 戦士見習い

ノベル

 その場所には見覚えがあった。否あったというどころではなく、それはまさにかつてモービル・オケアノスが生まれた世界、数多の国家数多の氏族が覇権を争い凌ぎを削る戦国の世だった。
 ふと、何処かから二つの声が聞こえた。剣術の稽古でもつけているのか、掛け声と剣が風を斬る音。
 大きく立派で壮健な武人、あれは兄だ。兄弟の長兄、将来の族長候補でもある。その兄が
「よし、上達したな、偉いぞ」
そう言って頭を撫でる幼子、つまりあれは
 ――ああ、あれこそはぼくだ。兄弟の三男だったぼくだ。
 正直、いまだ半人前のモービルから見てもただ振り回してるだけの、未熟にも程がある剣捌きを、それでも
「よぉし、その調子だな。お前は立派な武人になるぞ」
と兄は褒めその度に
「うん、ぼく兄上みたいな立派な武人になるよ」
と、嬉しそうに笑う幼子モービル。
 本当は、戦場の事を考えると怖い、自分が誰かとこの剣で戦うだなんて恐ろしい。戦士にはあまりにも相応しくない繊細で穏やかな性質は本来武勇を尊ぶ一族に於いて疎まれる程で、それは当時から同じであったが。
 兄の真似をして剣を振るのは楽しかった。兄が褒めてくれると嬉しかった。兄の色々な武勇を聞くのは愉快だった。ぼくはこの兄が大好きで大好きで堪らなかったんだ。
 モービルはふいにある種の違和感を感じた。あの幼子は自分であって自分ではない。自分はまるで自分の半生を記録した映画か何かを見ているようにただ傍観者としてここに居る。それでも、幼子モービルの幸せで嬉しい気持ちはまるで心が同一であるかの様に流れ込む。
 しかし、その幸せをつんざくようにもう一つの声は響いた。

「モービル! モービルはおるか!」

 父がいた。族長である父を中心に一族の者が集まって何かを取り囲んでいる。成長し、幼子から少年になったモービルの目前には、ただ静かに目を閉じ横たわる長兄があった。
「あ、兄上……!」
「お前の兄は一族の名誉の為に死んだのだ。これは我が一族の誇りだ」
 静かに父は告げ、相槌の様に
「本当に立派な武人だ」
「一族の誇りだ」
と次々に聞こえる。
 そんな、兄上が……。信じられぬ顔でモービル少年は胸の上に揃えられた手に触れるがそれは既に冷たく乾き、既に生命の巡りが途絶えた事を示した。
「お前も、兄の守った名誉を汚さぬよう精進せよ」
 頭上から降り注ぐ父の声にモービル少年はぐ、と、俯き握り拳を固く締める。心の奥底から込み上げるモノを飲み込んで。
「……はい! 一族の名誉と誇りと、兄の死に恥じぬ武人になります!」
 勢い良く顔を上げて叫んだ。
 年まだ幼いとは言えその心が死を分るには十分だった、「名誉の為」がどういう事か知るには十分だった、だけれどそれらを理解するにはまだまだ、足りなかった。
 それから、モービル少年は良く鍛錬に励んだ。兄の死を武人として当然と、誇りと語った。その身に戦化粧を施し自分も立派な武人であろうとした。
 ――その奥底に沈殿していくどす黒い『何か』をモービルは見た。
 兄への、父への、一族への、世界への。飲み込んだ思いは、気丈に振舞う少年の心にじわりとゆっくりと沈み込み染み込んだ。そうして、そうっとぬるりと広がるそれは

 モービルの眼前を覆った。

 突然の、何も見えない、暗闇。自分以外には誰も……いや、声が聞こえる。激しく言い争う声だ。身が竦み上がる程の激しい諍いの怒声だ。
「考え直してください! これではモービルが……」
「いいややらねばならぬのだ、この儀式は必ず……」
 モービル……ああ、ぼくだ。ああでも『ぼく』はここにある。
 ならば彼らの呼ぶのは過去の『ぼく』?ぼくに儀式?何の事だろう?
 先程まではモービル自身の過去であった、それを走馬灯のようにただ眺めていた。
 であればこれも過去の出来事なのだろうか、しかしモービルが記憶の糸を幾ら辿って見ようとも『儀式』の記憶は見当たらない。はじめて知る『儀式』。或いは夢が見せた幻かもしれないとモービルは思った。
 声は尚も言い争っていた。よく聞いてみれば、儀式を遂行せんとする者は何かしらの上に立つ者のようだ。聞き覚えがある様な気がしたが――わからない。
 反対者はそれでも随分と粘っていたがとうとう。
「よいな?」
と念を押す相手に
「……承知いたしました」
と返す声は苦渋に満ちている。
「では儀式の準備を始める。この事は密かに行うように」
 儀式は行われてしまうのだ。だけれど何の?
 どうして?
 『ぼく』は――

 再び晴れた視界に、仄かな明りを透過して静かな天幕が映る。穏やかな香が鼻をくすぐって、館の係の気遣う声が心地良く聞こえる。
 ここは神託の都メイム、夢見の館。自分は今そこで眠り、夢を見、目覚めたのだとモービルは合点した。それを確かめる様に、心地良い柔らかな敷物から静かに体を起こす。
 係に礼を言い館をあとにする。奇妙な迷宮のような道を帰路につきながらモービルはふとある考えを巡らせた。
 彼にはもう一つ、「記憶にない事」があったのだ。
「ぼくを覚醒させたのって、もしかして……」
それこそがあの『儀式』かもしれない。
 覚えのない『儀式』、気が付けば為されていた『覚醒』。その二つの記憶の暗闇の端は繋がるのだろうか。

 モービル・オケアノスの懸案を知ってか知らずか。メイムは今日も静かな眠りに佇む。

クリエイターコメントご参加有難うございます。お待たせしました。
モービル・オケアノスさんの過去と、見知らぬ『儀式』の夢……ということで少し盛りすぎてしまったかもしれません。
ともあれ、楽しんで頂ければ幸いです。

神託の都で見た夢が、一つの標とならん事を。
それでは、良い旅を。
公開日時2011-11-28(月) 21:20

 

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