オープニング

 そのとき、司書たちは感じた。
 ターミナルごと、軋んで揺らぐような、無数の轟音を。
『導きの書』を抱きしめて、司書たちは天を仰ぐ。
 ――予言はつねに、残酷な未来を映し出す。
 しかし旅人たちは、何度もそれを凌駕してきた。その想いを武器として、運命のチェス盤が示す破滅のチェックメイトに抗ってきた。
 だから。だから今度も。
 だから――ああ、だけど。

 † † †

 ……そもそも。
「ねーねー、みなさ~ん! たまには世界司書有志で、美味しいものでも食べながら親睦を深めて親密度を高めましょうよぉ~。んねー、アドさん~。ルルーさん~。モリーオさん~。グラウゼさ~ん。緋穂た~ん。茶缶さ~ん(正式名称スルー)、ルティさーん、予祝之命さん~、にゃんこさ~ん、灯緒さ~ん、火城さぁん」
 などと言い出したのは、無名の司書だった。気分転換になり、お互い仕事もはかどるだろうし、というのはまあ、後付け設定である。
 クリスタル・パレスの定休日を活用すれば、店長のラファエル・フロイトも、セルフサービスを条件にリーズナブルな貸し切りに応じてくれるだろうし、そういうことならと、ギャルソンのシオン・ユングが休日出勤するのもやぶさかではなかろう。
 ――という目論見のもと、世界司書たちによる非公式の『懇親会』はいきなり開催されたのだが。

 おりしも、皆に飲み物が配られ、乾杯の音頭がなされたとき、第一報は入った。
 ウォスティ・ベルによる宣戦布告と、キャンディポットの死亡、そしてホワイトタワー崩壊を。
 いち早く50名のロストナンバーたちが、対処するために駆けつけたことも。 
 懇親会は中断され、カフェは慌ただしい情報収集の場となった。

 息を詰め、第二報を待っていた彼らは、天空が割れたかのような、不吉な爆音を聞いた。
「皆さん、下がってください!」
 異変を察知したラファエルが、司書たちを壁際に避難させる。
 喉を焼くような熱風。鉄骨がひしゃげ、硝子の破片が飛び散った。
 観葉植物が次々に横倒しになる。鉢が割れ、土が散乱していく。

 クリスタル・パレスの天井を突き破り、ナレンシフが一機、墜落したのだ。

 † † †

「……!!」
 紫上緋穂は両手で口を押える。悲鳴がくぐもった。
「店長!」
「ラファエル!」
 走り寄った無名の司書とモリーオ・ノルドが眉を寄せる。
 ナレンシフが横倒しに床にめりこんだ際、ラファエルも足を巻き込まれていたのだ。
「大丈夫……、じゃなさそうだな。痛むか?」
 贖ノ森火城が、傷の具合をたしかめた。
「たいしたことはありませんよ。骨折程度ですので」
「程度ってあんた」
「私はいいとして、中にいるかたがたが心配です。彼らのほうが重傷でしょう」
『どれ』
 アドは尻尾をひとふりし、するするとナレンシフをよじのぼる。上部に破損があり、そこから中を伺えたのだ。
『あー、いるいる。工事現場の監督みたいなおっさんと、他にもいろんなのが大勢。オレより弱そうなのもいるぞー。非戦闘員をどっかに避難させようとして流れ弾に当たったってとこかぁ』
「ドンガッシュ、さまと、世界樹旅団の……。皆様、お怪我をしていらっしゃるのですか?」
 少しためらってから予祝之命は、ドンガッシュに「さま」をつけた。目隠しの奥から気遣わしげに問う。
『んー。みんな、けっこう血まみれー』
「それはいけない。シオン、早く皆さんの治療を」
「おれじゃ無理だよ。止血くらいしかできねーぞ」
 それでもシオンは救急箱を持ってきた。包帯と消毒薬と擦り傷用軟膏と胃薬があるくらいで、何とも心もとない。
「その前に、ここから出してあげないとじゃないー?」
 ルティ・シディが、コンコンと出入口らしき部分を叩く。
「どうすれば開くのかしら」
「開閉機能が壊れてるようだ……。だめだ、開かない」
 グラウゼ・シオンが進みでて、二度、三度、銀色の機体に体当たりをした。
 だが、びくともしない。
「茶缶さんが、『とびらのすきまにせいぎょそうちがはさまってます』みたいなことを言ってる……、ような気がするの」
 無名の司書が、宇治喜撰241673をふにゃんと抱えながら、よくわからない通訳(?)をした。
「隙間――と言っても」
 灯緒が、そっと前脚を伸ばし、冷たくなめらかな表層に触れる。
「1ミリもないにゃあ」
 黒猫にゃんこも、ぽふん、と、前脚を押し付けて思案顔になる。
 大小の肉球が、銀の機体に並んだ。

 † † †

「皆さん、ご無事ですか!?」
 ティアラ・アレンが駆け込んできた。画廊街近くに位置する古書店『Pandora』は、クリスタル・パレスからさほど遠くない。
 ナレンシフの墜落が『Pandora』からも確認できたため、様子を見に来たのだという。
 店内の惨状に息を呑むティアラには、非常に珍しい同行者がいた。
「ロバート卿。意外なところでお会いしますね」
 ヴァン・A・ルルーに言われ、ロバート・エルトダウンは苦笑する。
「僕が古書店を訪ねるのは、そんなに意外かな? マツオ・バショウの『おくのほそ道』を読んでみたくなって――いや、それどころではないようだね」
「ええ。開閉機能の故障で、負傷者の救出が困難になっていて」
「……ふむ」
 ロバート卿はみずからのギアを取り出した。金貨から放たれた光の刃は、ごく僅かな隙間をも貫通し、開閉をさまたげていた制御装置は撤去された。
 扉が、開く。
 満身創痍のドンガッシュが、ふらつきながら現れた。
 額から、ぽたりぽたりと血が落ちる。
「……ここは……?」
 ドンガッシュは店内を見回した。
「世界図書館の非戦闘員たちを保護している避難所のようだな……。壊してすまない」
 ドンガッシュはおもむろに、右腕を巨大なショベルに、左腕をドリルに変えた。
『世界建築士』の力により、みるみるうちに、破損した天井は元に戻っていく。
 修復は、すぐになしえたが……。
「ドンガッシュさん!」
 がくり、と、ひざをついたドンガッシュが床にくずおれる前に、ラファエルが受け止めた。
「シオン、止血を!」
「お、おう。無茶すんじゃねぇよ、おっさん。傷、広がってんじゃんか」
「治療などしなくていい。この地で果てるなら、これも運命だ。……だが」
 ドンガッシュは、ナレンシフの中にいる旅団員たちを見やった。
「他のものたちは保護してほしい。皆、戦意はないし、負傷もしている」
「ドンガッシュのおじちゃん!」
 ナレンシフの中から、純白の毛並みのユキヒョウの仔が、足を引きずり、出て来た。
「やだよ。死んじゃやだよ。世界とかじゃなくて、みんなで住める大きな家をつくってくれるって言ったじゃないか」
 大きな青い瞳に涙をためて、ユキヒョウの仔は、小さな頭をドンガッシュに擦りつける。
 その愛らしさに、ふっと微笑んだロバートは、ユキヒョウに向かって手招きをした。
「おいで。傷の手当をしなければ」
 しかしユキヒョウは、警戒心をむき出しにして、じりりと後ずさる。
「おいで」
「やだ!」
 かまわずに近づいて、抱き上げようとしたロバートは、手をしたたかに噛みつかれてしまった。
 くっきりとついた歯型から、血があふれ出す。
「あちゃー。怪我人が増えてやんの。消毒薬少ないのになー」
 シオンは新しい脱脂綿を取り出した。
「……まあ、なんだ。子ども好きなのに子どもからは好かれないひとってのは、いるよな、うん」
「それはフォローのつもりかね? 僕も人並みに傷ついているのだが」
「おまえたちなんか信じない。誰も信じない。世界樹旅団のやつらも、世界図書館のやつらも」
 ユキヒョウは威嚇を続ける。
「みんな、殺すつもりなんだ。ドンガッシュのおじちゃんも、ここにいるみんなも、全部ぜんぶ、殺すつもりなんだろう。近づくなよ!」

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「――……無粋だな」
 眼下の惨劇に、ゴウエンはぼそりとつぶやく。
 あちこちで煙が上がり、悲鳴が聞こえる。
 暴虐の力が猛るとき、犠牲になるのは咎なき弱き民ばかりだ。その襲撃の源たる、世界樹旅団に与する己に言えた義理ではないが。
「戦う意志のないものまで巻き込むとは。――ドンガッシュたちはどうなった」
 赤と青の色彩を持つ少年たちが、交互に報告する。
「墜落した先で救助されています」
「負傷者は少なくないようですが、世界図書館側のロストナンバーが手当てをしてくれているようですね」
「そうか。出来ることなら、彼らが蹂躙されることは避けたいが……」
 ゴウエンは戦う意志を貴ぶ。
 そこに命の在りかたを見るからだ。
 しかし、だからこそ、戦いに命の意味を見出さない、別の在りかたでもって輝く人々が、その暴虐に泣くことがないようにと思うのだ。――それは、彼が故郷を滅ぼし覚醒した理由のひとつでもあったから。
「だが、そうも言っていられないようだ」
 ごおおおぉんんんん、という重苦しい音とともに、猛烈な風が引き起こされる。
 背後を見やるまでもなく、そこには、全長50メートルにもなる巨大戦艦が浮かんでいる。内部には数百名からなる荒々しい連中が乗り込んでおり、戦いが始まるのを今か今かと待っているはずだ。
 分厚い鋼鉄の装甲からは、連中が発する残酷な喜悦が滲み出てくるかのようだった。
『さァて……殺戮の始まりってヤツだ。ちっぽけな連中を踏みにじるってのは実にワクワクするよなァ。ってことで護衛とサポート頼むぜ、ゴウエンのおっさん!』
 けたたましい哄笑とともに、意識に直接言葉が響く。通信などではなく、戦艦自身が発している声だ。
 氷血のビスマルク。
 我が身を変形させ、さまざまな乗り物になることが出来る金属生命体だ。一度にたくさんの旅団員を運ぶことができるうえ、自身も多様な攻撃手段を有しているので重宝はされているようだが、冷酷で嗜虐的、血を好む性質から、戦うことを得手としない旅団員たちからは恐れられてもいるようだ。
「……やりすぎるな、ビスマルク」
『はァ? これは戦争だぜ? ナニ寝惚けたこと言ってんだ……アンタ、本当に、世界を丸ごと滅ぼして覚醒した鬼神なのかよ?』
 嘲りを含んだそれに、赤と青の少年たちが眉を跳ね上げた。
 腰の刀に手が伸びそうになるのを制止して、
「安い挑発だ、乗るな」
 ゴウエンは地上を見やる。そして、目を細めた。
 ――当然、そうなるだろうと思っていた。
「やはり来るか……出自を異にするもののふたちよ」
 空を舞い、飛び、彼らのもとへと一直線に突き進んでくる人影、その数、わずかに十名。
 ビスマルクが下卑た、嘲笑に満ちた笑い声を響かせた。
『おい、ハエみてーな連中が来やがったぜ。あれっぽっちで何をするつもりなんだろーな? ははッ、あははははッ、面白ェ、ぐっちゃぐちゃに踏みにじってやんよ……!』
 笑いすぎて咳き込みながら、ビスマルクが全砲門にさまざまな兵器を展開する。
『ゴウエンのおっさん、他の連中も、きりきり働けよな!』
 ビスマルクの物言いに、赤と青の少年たちがまた射殺しそうな目を向けた。
「放っておけ。おそらく踏みにじられるのは奴らのほうだ」
 ゴウエンは知っている。彼らが、容易く蹂躙されるような存在ではないことを。彼らが、立ち向かうだけの強い力と心を――戦う理由を持つ猛者だということを。
 美しい少年の姿を取ったカイル=クロウがくすくすと笑う。
「いいよね、あの人たち。本気でぶつかってみたら、僕にも見つけられるかな? 『答え』のかけらをさ」
 世界開闢のときから存在するという旧い獣の眼には、喜悦と期待の双方が揺れている。
 レェン・ルウは大きな鎌を担ぎ、白いドレスの美麗な少女へと声をかけた。少女は頷き、自分の身体よりも大きなガトリング・ガンを軽々と持ち上げる。
「行くぞ、ブリュンヒルデ」
「はい、マスター。――わたしは楽しみです、彼らの魂に触れることが」
「そうだな、私もだ」
 そして彼らは動き始める。
「言うまでもないが、無益な殺戮は不要だ。強きものとのみ当たれ。――戦う意志のないものまで巻き込むことのないよう最善を尽くせ」
「ホント蛇足だよ、ゴウエン」
「カイル、またお前は……!」
 それぞれの思惑、それぞれの立ち位置をまっとうするために。

 * * *

 クリスタル・パレスはまだ騒然としている。

 墜落したナレンシフの上に座りこんだまま、アドはばたばたと忙しなく動き回る様子を眺めていた。悲痛の叫びや怒号とともにせめて治療だけでもとなんとか説得しようとする声、救急箱を持ってきたり外から駆け込んでくる人々が右往左往している。
 一瞬、自分の周囲がまるっと暗くなり、アドは空を見上げる。綺麗に直された硝子の城がキラキラと輝く向こうに大小様々な影が動いているのが見え、パッと発光したと思えば爆撃の音がする。季節も空も変化のない0世界には本来、ありえない光景にアドはため息を零し、ぱらぱらとトラベラーズノートと導きの書をめくる。案の定、何通ものエアメールと予言が現れていた。
 リクレカ・ミウフレビヌからはナラゴニアからターミナルへの一斉砲撃の予言があった、と連絡が、リベル・セヴァンからも駅舎の避難所への誘導が伝えられている。クリスタル・パレスから飛び出したルティ・シディから告解室へ大事な物を運んでいいとメールが届けば、夢幻の宮からは中継地点として香房【夢現鏡】を解放すると連絡が入り、コロッセオではリュカオスが囚われの身となっているようだ。
 ティアラ・アレンが経営する古書店『Pandora』へ向かうためクリスタル・パレスを出て行ったのを見届けたアドは少し離れた場所で火城が佇んでいるのを見つけ、木々を揺らして移動する。司書であり料理人でもある火城がいつもより険しい視線で空を睨んでいるのを見たアドはするりと火城の肩へと降り立ち、小さな手で火城の頬をむにむにと押した。
『武人のお前さんは怖くていけねぇな。なんか見えたか』
「……厄介だな」
 呟き、ちらとアドに視線を流した火城は口元を緩め優しく微笑むが、直ぐに険しい顔に戻ってしまう。火城の導きの書に現れたことを聞いたアドの眉間にはじわじわと皺がよっていく。
 それは、決して楽には勝てないだろう強者と、残虐性を持ち合わせた狂戦士が溢れかえる大型戦艦の訪れ。
『まじかい。0世界は戦場を想定してない作りだってのに……しかも戦艦って空中だろ。どうすんだそれ』
「図書館と旅団という同じ条件の揃った集まりが同時に存在していること自体、想定外だろうな。出会うことも……考え方が違う敵として出会うことすらも」
『生きるためには考えが違う者とぶつかり合うってか。嫌だねぇ』
「さて、急ぎ空を飛べる者を集めよう。なに、風と氷の魔法が得意な魔術師もいるんだ」
『オレに働けってか? じょーだんだろぅ? って言いたいとこだが、こんな状況じゃぁ頑張るしかないだろうな。まったく、こんなにドンパチ騒いでチャイ=ブレ起きたらどーすんだよ。あーヤダヤダ』
「嫌いか?」
『嫌いだね。埃っぽいし痛いし疲れるし煩いし、皆ギラギラして苦しそうで、楽しいことなんかありゃしねぇ。美味いもん食って寝てるのが一番じゃねぇか』
 ふっ、と小さく笑う火城がアドを肩に乗せたままクリスタル・パレスの扉を開けると、見慣れた街は哀しい姿を見せる。
『でも、まぁ、これはもっと嫌だね。クリスタル・パレスは元に戻ったものの、このままじゃPandoraも告解室も夢現鏡も危険だ。あぁ、火城の店も近いか』
「シネマヴェリテと骨董品店『白騙』もあるな。お気に入りだったろ?」
『おう、静かでひんやりしててどっちも昼寝にいーんだぜ。店主もいいヤツばっかだ。おやつくれるし。そういうわけで、やることやらないと懇親会の続きもできねぇ。火城の差し入れ美味そうだったなぁ。料理名わかんねぇけど』
「バーニャカウダとスープ入りトルテッリーニとリグーリア風魚介類の蒸し煮、だ。何、これが終われば直ぐに食べられ……」
『火城ー、それフラグー』
「む、そうか」
 恥ずかしげもなく答え、火城はどこまでも届きそうな大声を、しかし聴く者に落ち着きをもたらすような凛とした声を張り上げた。
「空を飛べる者はいるか! 飛べなくともサポートはする、飛ぶことを恐れず戦える者でもいい! 力を貸してくれ!」

 * * *

 集まった31人と話し合った結果、火城担当の戦艦殲滅に向かうのは10名、のこり20名はアド担当の上空警備となった。
 31人目の眩しいピンクのふりふり魔女っ子衣装を纏ったおっさん、ゲールハルトはアドとともに皆のサポートに回るという。
 火城の手の中で、『導きの書』が予言を紡ぎだす。
 戦いに臨む強者の姿を映し出すのだ。

 世界をひとつほろぼし覚醒した荒ぶる鬼神、清 業淵。
 闇から闇、影から影を渡る魔忍の少年、赤彌(あかや)および青慧(あおえ)。
 精神と魂の領域を司るいにしえの獣、カイル=クロウ・ダークブラッド。
 死の因子に侵され望むと望まざるとにかかわらず死を振り撒く死穢使い、レェン・ルウ。
 常人には持ち上げることさえ不可能な巨大銃火器で武装した自動少女人形、ブリュンヒルデ。

 それら、単体でも面倒の多そうな猛者たちが、氷血戦艦ビスマルクの前に立ちはだかっている。彼らを打ち倒し、ビスマルクを破壊しなければ――戦艦をこれより先に進ませてしまえば、そこに待つのはあまたの死と蹂躙だけだ。
 そんなシビアでシリアスな任務なのに、あまりにもあちこちに人手が割かれているのもあって、立ち向かえるのは十名のみというのが現状だ。
「こういうのを無理ゲーっていうのかな……難易度高すぎんだろ」
 誰かがぼやく。
「でもクリアできなきゃ全滅フラグだもんなぁ……」
 世界図書館がわのロストナンバーたちは、今、必死に戦っている。
 それぞれがそれぞれの役目を全うし、責任を果たそうとしている。
 ならば、彼らもまた、自分に出来ることを全身全霊でやり遂げるしか、ないだろう。
 そしてその時、彼らの戦意を受け取り、助けようとでもいうように、

「なぜ生きる? 自分以外の命を犠牲にして、なぜ」
「俺たちは知りたい。ヒトが、命を懸ける理由を」
「命を懸けるに足る戦いの意味を」
「僕をつくった造物主は、眠りに就く間際に言ったよ。人間の望みを叶え続けろ、心と魂を護れって。――心ってなんだろう? 魂を護るって、どういうこと?」
「生き物は死ぬ。必ず滅びる。――それでも彼らが輝くのは、なぜだ?」
「わたしは知りたい……愛とは何なのかを。その美しさ、その意味を。心を持たない人形だからこそ」

 『導きの書』は、彼らが覚醒し世界樹旅団に与することとなった理由の一端を紡ぎ出していた。
「時間がないから手短に言うぞ。最大の目的は戦艦を落とす、もしくは戦闘不能にして追い返すことだ。戦艦には何百人もの乱暴な連中が乗り込んでいて、あれに街中へ攻め込まれたら比喩ではなく血の川が流れる」
 しかし、ビスマルクの前には戦艦を護衛する六人がいる。
 下手をすれば、ビスマルク内の数百人を凌駕するほどの力を持つ六人だ。
「彼らは厄介だが、襲撃に対して乗り気ではないようだ。もともと、団内では浮いているようだしな。今回も、ポーズとして戦っている節がある。――ここに彼らが抱いている疑問、いや魂の命題というべきなのかな、そういうものがある。これに真っ向から挑んで答えることが出来れば、おそらく彼らは退くだろう。『導きの書』はそう言っている」
 六人を説得、もしくは納得させて退かせ、獰猛な愉悦に湧き立つ巨大戦艦ビスマルクを陥落させる。言葉にすれば簡単だが、集められたのがたかだか十名という現状を鑑みるに、決して楽な仕事ではない。
「もしくは、彼らと戦うふりをしながら、戦艦を巻き込んでしまうのもいいかもしれないな。ゴウエンたちは、あの戦艦に対してあまりいい思いを持っていないようだから、乗せられてくれるかもしれない」
 なぜ生き、なぜ戦い、なぜ愛するのか。
 彼らが欲し、求めている答えは、あまりにも単純だがあまりにも深い、まさに根源の問いだった。
「……お前たちは、その答えを持っているか? それとも、まだ問い続けているところなのか? 何でもいい、その思いの丈をぶつけてみればいい。きっと、彼らには届くはずだ」
 おりしも、アドとゲールハルトが飛翔の魔法を紡ぎ始めている。
 どこかから砲撃の音が聞こえてくる。
 誰かが、ため息とともに笑った。
 やれやれといった趣の、しかし絶望など含まれてはいない明るさで。
 そして、告げるのだ。
「さあ……行こうか。雨に打たれる求道者のように」
 孤独に、荘厳に、壮烈に、勇敢に、――せつないほど愚直に。
 引けない、譲れない理由なら、持っている。

 風をまとい飛び上がり、まっすぐに見上げた先の空で、五本角の鬼が、猛々しく笑った。


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!注意!

イベントシナリオ群『進撃のナラゴニア』について、以下のように参加のルールを定めさせていただきます。

(0)パーソナルイベント『虹の妖精郷へ潜入せよ:第2ターン』および企画シナリオ『ナレンシフ強奪計画ファイナル~温泉ゼリーの下見仕立て観光風味~』にご参加の方は、参加できません。

(1)抽選エントリーは、1キャラクターにつき、すべての通常シナリオ・パーティシナリオの中からいずれか1つのみ、エントリーできます。

(2)通常シナリオへの参加は1キャラクターにつき1本のみで、通常シナリオに参加する方は、パーティシナリオには参加できません。

(3)パーティシナリオには複数本参加していただいて構いません(抽選エントリーできるのは1つだけです。抽選後の空席は自由に参加できます。通常シナリオに参加した人は参加できません)。

※誤ってご参加された場合、参加が取り消されることがあります。
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品目シナリオ 管理番号2166
クリエイター黒洲カラ(wnip7890)
クリエイターコメント皆さんこんばんは。
イベントの波に乗っかって、戦いのお誘いに上がりました。
黒洲と言えば(たぶん)これ、ということで、「考えるんじゃない、感じるんだ!」な、安定の血塗れヒートソウルバトルにてお届けいたします。

今回、ありがたくも皆さんとリンクさせていただいているほか、桐原WRとの真正コラボにてお送りさせていただきます。ちーたんありがとう愛してる。


さて、今回、黒洲サイドは、一言で言うならスタイリッシュ・チートバトル、となっております。コンセプトは魂の語らい及び猛者対猛者の血塗れ中二ガチバトルです。魂の熱いほとばしりと、血湧き肉躍る激戦をお届けしたいという欲望によって出来上がったシナリオと言って過言ではありません。

いろいろなことを考えていただく材料になれば、と、こまごまとした設定など書き込みましたが、あまり深く悩む必要はありません。設定はすべて、PCさんの戦いに花を添えるための要素にすぎませんので、「このネタは美味しいな」と思うものがありましたら食いついてみてください。

一応、一定以上の戦闘力をお持ちのPCさんがターゲットではありますが、『問い』に熱い思いをお持ちの方ならば、アド&ゲールハルトが魔法にて戦闘力の補助をさせていただきますのでどなたでも参加していただけます。

ご参加に当たっては、
1.参加した理由、心情、決意や覚悟、護りたいもの
2.戦いに臨む装備、戦闘の方法、仲間との連携、極限状態の行動(だれかを身体で庇う、逃げる、自己犠牲的行動に出る、など)
3.いずれかの『問い』に対するあなたなりの答え(正解というものはありません。自由に、真摯に、PCさんの内面をお書きください)
(4.血塗れ大怪我可のPCさんはその旨お書きいただけると記録者が大ハッスルします)
などの、基本の行動をお書きいただき、
1)ゴウエンたちと戦う(お好きな対戦相手を選択してください)。→危険度大
2)ゴウエンたちと語らい説得する(お好きな話し相手を選択してください)。→危険度小
3)氷血戦艦ビスマルクを内側から攻撃する(内部に侵入します)。→危険度大
4)氷血戦艦ビスマルクを外側から攻撃する(囮になって、内部侵入組をサポートします)。→危険度中
5)ゴウエンたちと戦うふりをしながら氷血戦艦ビスマルクを巻き込む(2)に失敗していた場合、うまくいかないかもしれません)。→危険度中
6)その他、後方空中支援組との絡みなどやってみたいことがあれば何でもご自由に(文字数の関係もあり、必ずしも採用されるわけではありませんのでプレイング比率にご注意ください)。
上記六つよりお好きな行動をご選択になり、その詳細をお書きください。行動をひとつに集中させるも多岐に渡らせるも自由です(多岐に渡っている場合、それぞれの描写は薄くなるかもしれません)。

今回、状況自体はシビアですが、判定はあまり厳しくなく、最悪の事態に陥る確率は一割以下です。状況のシビアさは、「極限状態においてPCさんはどう戦い、どう己が意志を表出され、どう輝かれるのか」を引き出すための道具となっておりますので、ミッションの成功失敗はあまり心配されず、(PCさんは悲壮な気持ちかもしれませんが)PLさんにおかれましてはのびのびとプレイングを書いていただければと思います。
※なお、ゴウエンたちの説得において、ひとつだけNGワード及び行動があります。おそらくこれが唯一の「最悪の事態(=防衛が叶わず、ビスマルクが街中にて虐殺を開始)」への道です。
プレイングにそれがあった場合、そのPCさんの説得は失敗し、協力は得られなくなります(他PCさんが成功していた場合はミッション失敗にはなりません)。それは彼らの設定などにはいっさい関係がなく、ヒトが他者に理解されたい、思いを通したいと願うとき、どうしても必要となることです。それほど難しいことでもないので、よろしければ、それについても思いを馳せながらプレイングを考えてみてください。

そして、いつものことですが、プレイングによっては登場率に著しい偏りが出る場合があります。チートな猛者PCさん大歓迎のシナリオではありますが、ただオールマイティに強いだけ、チートなだけではあまり目立てないかもしれません。完璧ではないあなたの、完璧ではないがゆえに美しい立ち姿をお見せください。

こまごまと書かせていただきましたが、まずは、PCさんたちの思いの丈をこめた戦いと血まみれの献身を描かせていただきたいと思っておりますので、どうぞPCさんの心の在りかたをお教えください。熱き思いに、全身全霊にて応えさせていただきたく思います。

長いOP及びクリエイターコメントを読んでくださってありがとうございました。


それでは、みなさんのお越しを、驟雨に打たれながら思索する求道者のごとくにお待ちしております。

参加者
理星(cmwz5682)ツーリスト 男 28歳 太刀使い、不遇の混血児
ファン・オンシミン・セロン(czta4413)ツーリスト その他 56歳 龍の生術師
スカイ・ランナー(cfnn1844)ツーリスト 男 18歳 環境テロリスト
ドアマン(cvyu5216)ツーリスト 男 53歳 ドアマン
迦楼羅王(cmrt2778)ツーリスト 男 29歳 武神将
テオドール・アンスラン(ctud2734)ツーリスト 男 23歳 冒険者/短剣使い
祇十(csnd8512)ツーリスト 男 25歳 書道師
村崎 神無(cwfx8355)ツーリスト 女 19歳 世界園丁の右腕
山本 檸於(cfwt9682)コンダクター 男 21歳 会社員
ベルゼ・フェアグリッド(csrp5664)ツーリスト 男 21歳 従者

ノベル

 1.翼は風をまとって

 どこかから爆発音が聞こえてくる。
 鈍い地響きが辺り一帯を細かく震わせる。
 流れてくる風は焦げ臭い。
 その焦げ臭さに、ときおり、誰かの焦燥を思わせる空気が混ざる。焦げ臭さを吸い込めば、背筋をざわめかせるような危機感に、手足の先がチリチリと疼いた。
 ――今やここは戦場なのだ。
 つい先刻まで、人々が憩い、笑いあい、活き活きと闊歩していたことが嘘のように、戦いと狂騒の空気ばかりが充満している。蹂躙を目論む、相容れぬ人々の、残酷な愉悦が大気に満ちている。
 戦わなければ、もうずいぶん昔のことのようにすら思える、ターミナルにあった平穏は、決して戻ってはこないのだ。
「うん……そうだ。だから、俺は、ここにいるんだ、きっと」
 理星は美しい白翼を大きく広げた。
 彼の周囲を光る粒が舞う。
「何で戦うかって? そんなん、笑っててほしい人がいるからに決まってんじゃん」
 すべての、世界図書館に所属するロストナンバーが『そう』なのかは知らないが、理星にとってここはすでに故郷と同等だ。ここで出会った人たちが、理星にたくさんのものをくれ、彼は失っていた力さえ取り戻した。
「俺は人より丈夫だし、戦うのは得意だ。羽で皆を庇うことだって出来るよ。自分に出来ることをやろう、全力で」
 いつも通りの軽装に、手には大太刀、『鬼ノ角』。鬼族としての、理星のあかしだ。
「たくさん、たくさん戦おう。そうやって、たくさん、護ろう」
 理星の銀の眼を、強い光がよぎる。
 それと同時に、彼の周囲で、また、喜ばしい力をはらんだ光が舞った。

 ファン・オンシミン・セロンは、そのやわらかな藤紫色の身体をくねらせ、武骨に鈍く光る戦艦を見上げて眼を細めた。
「なんとも、嘆かわしいことじゃ」
 命をはぐくむことに喜びを見出す生術師たるファンにとって、殺し壊し蹂躙する喜びに猛るビスマルクは無粋の極みのごとき存在だ。
「なぜ戦うのか、か……」
 生み出すこと、生きること、生かすこと。
 それらはファンの根本だ。
 世界を救いたいと望み、覚醒し、しかしついには叶えることが出来なかった。なすすべもなく零れ落ちてゆく命を、見送ることも見届けることも叶わなかった。
 生み出すものであるがゆえに、ファンは命のはかなさ、哀しさを知っている。
 知っていて、いとしいと、慈しみたいと思うのだ。
「実に簡単なことじゃ。そこに守るべき価値のあるモノがあるからじゃ!」
 世界樹旅団側の事情も理解はできる。生きるために奪い殺すしかないのは生命の本質でもある。それを責めることはファンには出来ない。
 しかし、生きるために狩り、喰らうのと、楽しみのために殺すのとでは意味が違う。そして、旅団が生きるために図書館を襲うとして、図書館側もまた生きるために迎え撃つのだ。明日を迎えたいから戦うのだ。
「妾は妾の価値あるモノのため、全力を尽くそうぞ」
 それはおそらく、ここに集ったすべての人々の想いでもあった。

 スカイ・ランナーはビスマルクから少し離れた高台で、かの生きた戦艦を睨み据えていた。
 銃火器の扱いを得意とする彼は、あえて空中戦ではなく地上からの狙撃による戦いを選んだのだ。トラベルギア【VG-10】は対艦ライフルへと換装され、己が使われるときを今か今かと待っている。
「あまり長くは持たないだろうけど……頼むぜ、相棒」
 ギアに語りかけ、再度上空を見上げる。
 ――あれに蹂躙を許してはいけない。
 強い、危機感に似た戦意が湧きあがり、彼はギアのグリップを強く握った。
「戦う理由、か……」
 赤い眼を、ふっと感傷めいた色がよぎる。
「……そうだな」
 初めは復讐だった。
 五年前、彼はただの少年だった。風鳴ケイタという名の、どこにでもいる学生だったのだ。
 彼がケイタからスカイ・ランナーへと変わったのは、夏休みの、よく晴れた日だった。悪辣で傲慢、横暴な企業に、ただ彼らの商売の邪魔になるからと、家族も帰る場所も護るものも、ありとあらゆる大切なものを奪われた。
 その激烈な怒りを昇華させるには、企業を狙ったテロリズムに訴えるしかなかった。それは、正義や世の中のためではなかった。そうしなければ、風鳴ケイタは生きることが出来なかったのだ。
 しかし、今は少し違う。
「きっと、どこかにあるはずなんだ……俺の、第二の故郷が」
 美しく瑞々しい自然にあふれたエネルギッシュな世界。
 そこへ帰属して、すでに緩やかな痛みとなった思い出に懐かしく浸りながら過ごしたい。最期を迎えるときは、穏やかな気持ちでありたい。そういう思いに至れる余生を過ごしたいと彼は思うのだ。
「だから、俺は、戦おう」
 対艦ライフルへ弾を込めながらスカイはつぶやく。
「降りかかる火の粉を払い、立ちはだかるすべての障害物を吹き飛ばし粉砕して、俺は俺の故郷を手に入れよう」
 そのために戦う覚悟なら、とうの昔に出来ている。

 ドアマンは、この場にはそぐわぬほどもの静かな笑みを浮かべていた。
 しかし、その眼には薄青い光がちらついている。
「こういう時こそ、何と言いましたか、そう、超気張るしかありません」
 妙に現代的な――若干若者っぽい――物言いをしつつ、ドアマンは穏やかに回顧する。
「私は、人というものにたくさんのことを教えられました。それゆえに、私は、戦わねば」
 ドアマンは知っている。
 労わりが人を生かすことを。それが力を与え、希望へと導くことを。
 強者ですら、その労わりに支えられている。
 人々が、護るべきもののために無償で命を懸ける、そこには、人と人のつながり、各人の思う大切なものがある。知っているからこそ、戦える。
「本当に無力なものなど、どこにもいない」
 ――何とまぶしく愛しいものか、と、ドアマンは思うのだ。
「無論、喪うこともありましょうが……護ることを諦めたくはありません」
 ヒトの歴史は続いてゆく。
 こんなところで終わりはしない。
 花は、はるか未来でも咲くだろう。
 その花を、喪いまた遺された人々が望む限り、ドアマンは戦う。
「参りましょう……求道者、否、花園の守り手のごとくに」
 微笑みとともに、また、彼の眼が青く光った。

 迦楼羅王は、まさにかの四天王、仏法を守護する神将のごとき甲冑を身にまとい、深紅の翼を背に広げていた。その姿は、力強く神々しく、荒々しくも美しい。
 秀麗で冷涼な面立ちには、怒りと、それにもまして強い決意の色がある。
「気に食わん」
 彼はそもそも無慈悲で好戦的な武神だが、無辜の民を巻き込んで戦うやりかたは許容できない。強大であるがゆえに、迦楼羅王は、無益な殺生に意味はないと考える。
「なんぴとたりとも、何かを犠牲にせねば生きては行けぬ。その犠牲あって、誰もが生かされている。――だが」
 旅団を悪とは断じない。
 彼らには彼らの事情があり、生きる意味があり、渇望があろうから。
 しかし、旅団の、犠牲を強要する一方的な蹂躙を許すことは出来ない。
 前の世で人間として生きた時間が、迦楼羅王に使命を与えた。
「護るべきものを護ろう。この力の及ぶ限り」
 手の中で、握り締めた折伏刀が熱を帯びる。

 テオドール・アンスランは、上着を脱いだ軽装でそこに佇んでいた。
 額の鉢金が妙に物々しい。
「……止めなければ。誰のためにもならないのだから」
 彼の、最大の強みである敏捷性を活かすため、あえての軽装である。行動を阻害するものはすべて排除してきた。腰に、応急手当て用の器具が入った小さくて頑丈なポーチがくくりつけてある程度だ。
 その、抜身の刃のような出で立ちは、彼の、虐殺阻止に対する決意の表れでもあった。
 背には、アドとゲールハルトの魔法を借りた、黒く大きな翼手がある。蝙蝠のそれに似ている、といえば判りやすいだろう。
「旅団も、図書館も、関係ない」
 生きたいというせつない願いを足蹴にはしたくない。同居人や、覚醒後に出会った大切な人たちを護りたい。――旅団側にも、同じ思いの人々がいることを忘れたくない。
 ならば、テオドールがなすべきことなど、最初から決まっていた。
「ひとりでも多く助ける。死なずに済む命を、少しでも増やそう」
 彼の、まぶしいほどの金の眼は、その強い想いに呼応するかのように美しくきらめいた。

 祇十はというと、いつも通りせっかちにあちこち動き回り、あれやこれやと口にしては結果的に戦意を高めていた。
「だいたいにして、いきなり来て好き放題やられて黙ってられるかってんでぃ。死ぬがどうした、んなもんに怯えて降参するような軟弱もんじゃ書道師なんざ務まらねぇよ」
 彼の背には、アドとゲールハルトがほどこした魔法によって、蜻蛉のような透き通った翅が出現していた。あの、素早くて落ち着かない、せわしない生き物の翅は、祇十の性状には相応しいかもしれない。
「とはいえそう簡単にこの命くれてやる気はねぇぞ。あっさり落として来られるような、安い生き方はしちゃいねぇ」
 書くために生きている。
 書けなくなったらたぶん死ぬ。
 すべての人間が自分と同じありかただとまでは思わないが、祇十にとって生きるというのは要するにそういうことだ。生きるにたる理由があるから生きている。その理由が、祇十を生かしている。
 そう、例えば、これまでに書いたどの文字より美しい何かが書けたら死んでもいい、というような。
 矛盾しているようでいて、それは彼にとっての絶対的な真理だ。
「……死ぬ気で暴れて、生きて帰ってやる」
 生きざまというのだ、それを。
 旅団の連中に、そのすさまじい覚悟を見せつけてやろう、と、祇十はギアを握り締めた。

 村崎 神無は刀ひとふりを手にしてここに来ていた。
 あらかじめ鞘から抜いてあるそれを、手錠をしたまま抜身の状態で携えている。自らの犯した罪への戒めとして、常に手錠をはめている彼女だが、この非常事態には思うところもある。
「……これは、早々に外すべきかもしれないわね。そのために届かないものがあっては困るもの」
 愛するものをこの手で害した。
 その罪を忘れないために、神無は手錠で我が手をつないでいる。
 しかし、今や事態は一刻を争う。
 神無は、首から下げた鎖の先を見下ろした。そこには、小さな鍵が鈍く光っている。
「ターミナルを救う……なんて、おこがましいことは言えないけれど」
 覚醒してもなお、己が無力を痛感する。
 どうすれば償えるのか判らない罪に、目の前を塞がれているような錯覚さえ覚える。
「でも、誰かが苦しむのはいや。誰かが泣くのなんて、みたくない」
 神無は、刀を揮うことしか出来ない自分を知っている。
 けれど、だからこそ、力を出し惜しみすまいとも思うのだ。
 そう、たとえ、新たな罪を背負うことになっても。

 山本 檸於は空を見上げてぎゅっと奥歯を噛みしめた。
 そうでもしなければ、盛大に鳴ってしまいそうだったからだ。
 膝はすでに笑っている。
 手指の先が震えて冷たい。痺れる。
 暑くもないのに、嫌な汗が背中を滑り落ちてゆく。
「戦いに臨む心構え? って、なんだっけ?」
 まったく判らない。それどころじゃない。
 ここは自分の帰りたい世界ではない。愛する人のいる世界でもない
「でも……でも、でも」
 言葉が空回りする。思考も、視界も、ふらふらする。
「だけど、ここが好きだから」
 それでも護りたいと思うのだ。
 この、ごちゃ混ぜでカオスで何でもありの、よく判らない世界を好きだと思うのだ。
「ここは、どんな奴でも、受け入れてくれる。受け止めてくれる。誰だってここにいていい。――そのことが、こんなに嬉しいなんて、俺はここにきて初めて知ったから」
 檸於は震える手を叱咤して拳を握り締めた。掌にすべての光が収められているとでもいうように、強く強く握り込めば、不思議と恐怖は薄れた。
「そうだ……行こう、レオカイザー」
 トラベルギアに話しかける。
 そいつは何も返事をしないけれど、檸於には判っている。
「今、闘わなくてどうする? そういうことだよな?」
 死ぬつもりで護るわけではない。
 死んでもいいなどと、かけらも思わない。
 生きて帰る。
 そして、いつも通りの日常をすごすために、命をかけて闘うのだ。
 それは矛盾ではなかった。檸於の、ひとつの覚悟だった。

 ベルゼ・フェアグリッドはフンと鼻を鳴らし、それから不敵な笑みを浮かべた。
「……昔を思い出すよな」
 傍らに、まるで白い相棒がいるかのような口調で語りかけ、ベルゼはキシシと笑った。
「ああ、胸糞悪ィ過去ってやつだ」
 英雄なる存在に眉間を貫かれ、鎮められる前は、ベルゼ自身が蹂躙する側だった。無慈悲に、悪辣に、残酷に、あまたの骸、あまたの死を積み重ね、人々に恐怖され唾棄され憎悪されていた。
 望んでなしたことではないが、それはベルゼの罪だ。
 今も、償う方法を模索している、模索し続けるしかない罪。
「そんでもさ……そんな俺が、こっち側に立ってるなんて、なァ? いったい誰が想像した? こんなストーリーをさ。親父だって予想もしなかっただろ」
 しかしベルゼは選択した。
 そして護りたいものを再び得た。隣にいてほしい『家族』と、再度巡り会うことを許された。
 ならば、ベルゼは描くしかないだろう。
 『父』ですら思い浮かばなかったような、この物語の続きを。
「さあ、ヒーローショウの始まりだぜ、キシシシシッ!」
 ベルゼがトラベルギアである拳銃【ヴォイドブラスター】を空に掲げ、宣言すると、ファンは集った面々をぐるりと見渡し、眼を細めた。
「意気軒昂、といったところかの。ふむ……しかし、状況の厳しさに変わりはない。ここは、全体的な援護に回るべきかのぉ」
 ファンがツイと首をもたげると、辺り一面にやわらかな光が生み出された。
「この空より、影を――闇を振り払おうぞ」
 さまざまなものを生み出すことをなりわいとする生術の使い手である。
 死の因子をばら撒くのであれば、それに対抗する生の活力を。その身を超える火力相手なのであれば、その身を超える守りの加護を。精神と魂を操るのであれば、身代わりの精神と魂を。
 そういう思惑から紡ぎ出された力は、しかし、大きく実を結ぶことはなかった。それぞれが、ほんの少しずつ身体を軽くしたことは確かなのだが、
 理由など確認するまでもない。
「ちょっとゴウエン、何、また領域広げちゃってんの!? やめてよね、僕の補助までかき消されちゃうじゃない!」
「……ゴウエンの真っ向勝負好きは今に始まったことじゃない、まぁ……仕方ないだろう」
「はい、マスター」
「隊長はそこがかっこいいんだ。なあ、赤彌」
「そうだな、青慧」
 敵陣営から漏れ聞こえてくる会話を耳にすれば、大半の事情は判る。
 語らおうというのなら、真正面から、細工はなしで。そういうことだろう。
「……なんともまあ、猛々しいことよ」
 ファンは苦笑したが、
「まァ、そういうのもアリだろ。誰にだってやり方やら意地はあらァな。俺はそういうの、嫌いじゃねぇや」
「うん、もっと頑張るしかねーよな。ドアマンさんふうに言うと、超気張る? っていうんだっけ?」
「ええ、超気張りましょう、理星さま。ここから、正念場でございます」
 こちら側の参戦面子は特に気にするでもなく、むしろ戦意を高めているようだ。
 ファンはくつりと喉の奥で笑い、長く優美な身体をくねらせて空へ舞いあがった。
「ならば、妾は裏側より皆を助けようぞ。存分に揮うがよい」
 龍の、厳かですらある言葉に頷き、ロストナンバーたちはめいめいに空へ飛び上がる。
 びょう、と強い風が吹き、それが戦いの合図になった。



 2.わたしとあなた

 テオドールが相対したのは、赤と青という色以外すべてがそっくりな少年たちだった。影から影、闇から闇へ渡る魔忍、と火城は言っていたが、テオドールはその意味するところを、身を持って味わっていた。
 彼らはごくごく短距離の瞬間移動を用いた多角的な攻撃を得手とする、忍びをやるために生まれてきたような力の持ち主だったのだ。
「なるほど、魔忍、とは、暗殺者という意味か……?」
 赤彌の刀が真正面から突き込まれるのを短剣で受け止め、真横から横薙ぎに揮われた青慧の刀を、軽く身をひねって避ける。瞬時に背後へ移動した赤彌の、試すような拳を腕で受け止め、払う。次の瞬間には青慧の姿が眼前にあって、下から跳ね上げられる刀の切っ先を短剣の腹で止めて流す。
 瞬間移動という能力を抜きにしても、速さといいコンビネーションといい、相棒と同年代の少年とは思えないほど殺伐と磨き上げられた『殺す』ための技巧だった。
「そう、お偉いさんたちのために、敵のお偉いさんの首を獲ってくるのが俺たちの仕事? 今はちょっと違うけど」
 赤彌の刀が左から、青慧の刀が右から、テオドールを挟み込むように揮われる。あまりの速さに、前後左右への回避が間に合わない。しかし、テオドールはわざと羽ばたきを止め、数メートル落下することで刃をかわし、再度大きく翼を動かしてもとの場所へ復帰した。
 落ちることへの恐怖も躊躇いも、テオドールにはない。
 そして、テオドールは気づいていた。
 一歩間違えば死ぬような、迷いも容赦もない攻撃を加えながら、双子の魔忍からは敵意が伝わってこないことに。彼らは笑みさえ浮かべている。それはまるで、テオドールとの命がけのじゃれ合いを愉しんでいるかのようだった。――否、事実、楽しんでいるのだろう。
 気づいたら、そのまま戦い続けることは、テオドールには出来なかった。
「あんたたちは……なぜ?」
 短剣を腰に戻し、問う。
 少年たちは、彼から戦意が消えたことにも、戦いが中断されたことにも、別段反発を見せることなく、テオドールの短い問いに肩をすくめた。
 おそらく、そもそも、素直な性状の持ち主なのだろうともテオドールは思う。
「俺たちは魔族に仕える人間の一族出身なんだ」
「魔王陛下のために、聖神軍の連中を人知れず始末してまわる、まあ危険で報われない仕事さ」
 彼らは、聖神に仕える人間の王を暗殺するよう命じられ、向かった先で、王を護るために立ちはだかった近衛騎士と戦いになり、ほとんど相討ちになった。そして、その時の傷がもとで覚醒したのだという。
「あの騎士は、たぶん死んだだろうな。普通の人間なのに、他人を護るために命を懸けたんだ」
「俺たち魔忍の一族は、自分の命に意味なんてないって教わる。魔王陛下のために死ぬことだけが唯一の生きる意味で、理由だって。だけど、他の人間はそうじゃないんだろ?」
「俺たちは人間だけど人間じゃない。人間みたいな『幸せ』な生き方をするために生まれてきたわけじゃない。だから、誰でも殺せるし、自分の命だって簡単に捨てられる。――他の人間はそうじゃないから敵だ、そう教わって来たのに」
「不思議だよな……本当に、不思議だ。一回死んだら、もう、誰も戻って来られないのに」
 なぜ、ヒトは命を懸けるのか。
 自分たちのように、意味も理由もない魔忍とは違う、価値ある命を持つ人々が、なぜ。
 ――命を懸けるに値する戦いとは、何なのか。
 もしかしたら、その、素朴にして切実な疑問が、彼らを覚醒させたのかもしれなかった。
「あんたはそれ、知ってるか?」
 赤彌に問われ、青慧にまっすぐ見つめられる。
 どこかで爆音が響き、それに伴って吹いた風が、三人の髪を揺らした。
 テオドールは思案しながら口を開く。
「あんたたちの望むかたちかどうかは知らないが」
「それは、どんな?」
 赤彌が首を傾げると同時に、背後から『怠けてんじゃねーぞガキども!』という思念が飛んできて、少年たちが舌打ちをする。
「あいつ、ほんとむかつく」
「――仕方ない、やるぞ」
 再び、刀を握る手に力がこもった。
 しかし、こちらに寄越した視線には、いたずらっぽい光が宿っている。それですべてを察し、テオドールは苦笑して小さくうなずいた。短剣を抜き、身構える。
 少年たちが次々に繰り出す攻撃を、紙一重で受け止め、避けながら、テオドールもまた模範的なほど美しい動きで短剣を、拳を揮う。
「で、続きは?」
 内緒話のひそやかさで囁かれ、ああ、と返す。
「俺もそうだが、人というのは幸福を望むものだ」
「知ってる」
「しかし、真の幸福は他者の不幸と同時に存在しない」
「……うん?」
「苦しむ者を助け、ともに幸福になりたい。己に出来ることには限界があるし、力及ばないこともあるだろうが、それはきっと誰かの幸福を護る何かにつながるはず。だから、全力を尽くす。――命を懸けるのは、その延長のようなものだろうと俺は思う」
「それは……つまり?」
「自分さえ幸福ならいい、とは思えないから、人は戦うんだろう。自分が幸福であるのと同時に、自分以外の誰かにも、幸福でいてほしいじゃないか」
 短剣と手甲でふたりの刀を受け止めながらテオドールがきっぱり言うと、魔忍たちは顔を見合わせた。きょとんとした、と表現するのが相応しい邪気のなさだった。
「あんたって……もしかして、甘い?」
「いや? 心を持つものなら、たいていがそう思うはずだが?」
「……ふーん。あ、そっか、俺が、出来れば赤彌には死んでほしくないって思うのと同じことかな」
「それなら、俺も判るかも。……そう、かあ……」
 しみじみと頷く――頷きつつも手は正確無比にテオドールの急所を狙ってきているが――ふたりに、テオドールは呼びかける。
「俺は、あんたたちもなんら変わらず、自他の幸福のために戦える人間だと思う。――なあ、だから、ひとつ頼まれてくれないか。俺は、あれを止めたいんだ」
 ちらり、三人の視線がビスマルクへ移る。
 双子が、まったく同じ顔で、にやりと笑うのと、その傍らを、鋼鉄の翼を生やした少女と、白翼を血に染めあちこちを穴だらけにした理星がすさまじい速度で通り過ぎてゆくのとは同時だった。

 *

 ブリュンヒルデの銃火器に理星は苦戦していた。
 なにせ彼女は飛び道具、理星は太刀だ。リーチが違いすぎる。
 しかも、華奢な美少女然とした出で立ちからは想像もつかないほどの、巨大と言って過言ではない銃火器の数々をどこからともなく取り出し、反動など存在しないかのような正確さでこちらを狙ってくるのだ。
 理星に銃火器の知識はないが、物知りなら、彼女の得物が、本来ひとりでは扱えない類の重機関銃や対戦車・対物ライフルなどのオンパレードであることを驚愕とともに指摘しただろう。
「すげーな、あんた。なんでそんなに力持ちなんだ?」
 しかし理星に焦りはない。
 銃弾が身体中に穴を空けても、銀の眼から力が失われることはない。
「わたしは、殲滅のためにつくられた人形型兵器ですから」
 淡々とした答えとともに、重機関銃が斉射される。鋼鉄の翼から羽根の一部が離れたかと思うと、それらはナイフの凶悪な光を放ちながらいっせいに理星めがけて飛んだ。
 理星はその軌道を見極め、螺旋形を描くように飛ぶことで大半を回避する。 避けきれなかった弾丸や刃が身体を――羽を貫き、傷つけたが、理星は怯まない。得物を携えて真っ直ぐに飛び、大太刀の一閃で彼女が手にした重機関銃を真っ二つにした。
 しかし、ブリュンヒルデ自身に、理星の太刀が届くことはない。
 届かないのではなく、理星にそのつもりがないのだ。
「……不思議な人ですね。あなた、わたしを傷つける気がないのでしょう。でも、それでは、わたしを斃すことは出来ませんよ」
 理星はうーん、と首を傾げた。
 彼女を傷つけたくないのは本当だ。
「あんたがさ、愛って何なのか疑問に思ってるって聞いたから」
 そんな素晴らしいものについて知りたいと思っている相手を、理星が傷つけられる道理がない。それは、理星を生み、はぐくみ、今も生かしている大きなものだからだ。
「あなたはそれをご存知なのですか?」
「んー、ごぞんじかどうかは判んねーけど、いっぱい助けてもらった」
 目線だけで先を促され、理星は幸福な笑みを浮かべる。
 全長二メートルにも達する巨大なビーム兵器が二挺、いつの間にかブリュンヒルデの腕に抱えられ、理星を狙う。しかし彼は、光のごときそれを、前回りの要領で避けた。
 半分はポーズなのだろう、執拗に追尾はしてこない。
「愛することも愛されることもすげー幸せなことなんだぜ。ここにいることを許してもらえるってことだから。結局それはさ、自分より大事なものがあるってことだと思うんだ」
「許されることは幸せですか。あなたはその幸せのために戦っているの? そうやって、傷つきながら?」
「うん。自分が血塗れになったって、その人たちが笑ってくれるのが幸せなんだ」
 ビスマルクから罵声めいた思念が飛ぶ。
 戦え、殺せ、破壊しろという野卑な言葉に、他者への否定的な思いを抱きにくい理星ですら眉をひそめた。
 傷つけられ、殺され、壊されれば、必ず誰かが哀しむ。
 理星は、自分が傷つくのは平気だが、人が苦しむ姿を見ているのは辛い。
「なあ、あんたはどう思う? あんたはなんでそれを知りてーと思ったの? ホントいうと気づき始めてるから? 大事な人が出来たから?」
 教えてほしい、と理星は思った。
「俺は頭がよくないから、あんたがほしい答えを正しく出すことは出来ねーけどさ。あんたが気づいたこと全部、俺は知りてーな」
 彼女の持つ、どんな思いも答えも、拒絶したくないし否定したくない。
 自分の感じ方、受け止め方を彼女に強いたいとは思わない。
 彼女自身が直面し経験し、自分なりに得た納得を、とてつもなく貴いものだと感じるからだ。
「……わたしは覚醒した先でマスターに拾われました。彼は、わたしが殺戮と破壊のためだけにつくられた兵器と知りながら、わたしを慈しんでくださいます。わたしに、殺したくないなら殺さなくていいと言ってくれたのは、彼がはじめて」
 淡々とした眼差しにわずかな熱がこもる。
 理星はにっこりと笑った。
「それって、すっごく幸せなことじゃね? 俺も、ここにいていいって言ってくれた人のこと思うと、すげー幸せ」
 太陽のような笑顔に、少女人形の眼が大きく見開かれる。
 その横を、銃を掲げたベルゼと、大鎌を手にしたレェンとが行き過ぎる。

 *

 レェン・ルウがばらまく死の因子は、つまるところさまざまな要素を『殺す』ものだった。
 ベルゼの攻撃、たとえば魔力弾であったり精霊魔法であったりするそれは、レェンの身体からにじみ出る澱のような何かに絡め取られ、勢いをなくして消滅するのだ。
 それに、人間をはじめとした命あるものが触れたとき、いったい何が起きるのか、想像はつくし試してみたいとも思わない。
「お前はさ、そいつが原因で覚醒したのか?」
 澱は、完全にレェンのコントロール下にあるわけではないようだった。レェン自身の攻撃が、その澱によって阻まれることも多々あったからだ。
「……そうだ。私は、世界を侵蝕する呪われた存在だった。覚醒の影響で今は抑えられているが、あのままいれば、世界そのものを死の澱で満たし、滅ぼしていただろう」
 それは何という孤独だろうとベルゼは思う。
 自分自身、世界に害なす存在だった過去を持つ彼には、その孤独が判る。望んでもいないのに、そこにいることそのものが、世界への罪なのだ。その絶望は、いかばかりのものだっただろうか。
「だから、知りてぇのか? なんで、絶対死ぬ生き物が、あんなに輝くのかって」
 ビスマルクの罵声をBGMに、表向きは激しい戦いを演じながらベルゼは問う。
 レェンの鎌をヴォイドブラスターのグリップで受け止め、それと同時に魔法でカマイタチを発生させる。刃と化した風がレェンを襲い、彼の髪をひと房、斬り飛ばす。すぐに双方、後ろへ飛んで、ベルゼは貫通弾での攻撃、レェンは因子を盾にしての防戦へ移る。
 はた目には激戦を繰り広げつつ、静かな会話が展開されている。
「……そうだな。私には存在する意味すらなかった。だから、不思議で、まぶしく思うんだろう」
「なるほどなあ。俺だって、覚醒しなかったらどうなってたかは判んねぇもんなぁ」
 0世界でたくさんの人たちと出会い、父と、相棒と再会し、絆を深め距離を縮めてベルゼは救われた。前を向き、罪を償うことを決めた。
「俺はさ、何で生きるのかって訊かれたら、道を、“物語”を残すためだ、って答える」
「道?」
「そうさ。そりゃ、道にだっていろいろあるよ、後世の標になるような栄光に満ちた凱旋だったり、どす黒い血だまりの耐え難い痛みに満ちた、目を背けたくなるような道だったりするけどさ」
 それは時に、他者から嘲り笑われるような小ささであったり、眉をひそめられるような小汚いものであったりもするだろう。信念に従って進んだ道が、世の中の理から外れてしまうこともあるだろう。
「けどな、どんなちっぽけな道だって、そいつの歩く道は一本しかねェんだ。悩んで苦しんで、のた打ち回りながら進んだその一本道には、いろんな“物語”が……そいつの生き様が詰まってる」
 命は輝くだろう、儚いがゆえに。
 命持つものたちが、懸命に日々を生き、“道”を進むがゆえに。
 今だからこそ、ベルゼは信じられる。
「だから、俺は言うよ。命の“道”に詰まってる物語こそが、生きる力、輝ける力なんだ、ってな!」
 その輝きを、希望とか喜びとか幸いと呼ぶのだろう、と。
 きっぱりと言い切って、ベルゼはまっすぐにレェンを見つめた。
「お前だって判ってるはずだ。お前にも、お前が歩くべき“道”があるって。そいつは、何の罪もねェ人間を虫けらみてェに殺すことなのかよ? その“道”を歩くことは、お前を本当にお前たらしめるのかよ?」
 こちらへ来いとあからさまには言えなかった。懐柔を受けたと旅団に知られた場合、彼の立場を悪くするかもしれないからだ。
 しかし、レェンはそれを気にするでもなく、
「……いいや。ああ、そうだな……」
 苦笑とともに首を振る。
 ふたりの視線が、同時に、轟音を立てながら浮かぶビスマルクへと移された。



 3.生きよ、なお生きよと

 祇十の手が紙面を前に踊るたび、光沢のある黒で文字がしたためられてゆく。
 『貫』は銀の矢を、『波』は光る衝撃波を、『砕』は固めた巨大な拳を叩きつけるような激烈な一撃を生み出し、甘く美麗な容姿をした少年へと襲いかかった。
 当代一の天才と呼ばれた祇十の書である。
 目にもとまらぬ早業で書かれた文字は、勇壮にして秀麗、豪放にして優美、思わず人の目を奪う力強さを伴って顕れ、発現する。
「すごいね、お兄さん。お兄さんの全身が強靭に輝いているのが見えるよ……なんてまぶしい、きれいな輝きなんだろう」
 うっとりとした言葉を紡ぎながらも、カイルの華奢な身体から奇妙な波動が放たれる。それは祇十を包み込み、彼の全身を重くする。誰かが背中に張りついたような重さだ、と、怪談めいたことを考えていると、彼の内心を読んだようにカイルがにっこり笑った。
「うん、それはお兄さんの人生の重みだよ。魂が蓄積してきた重さと言えばいいのかな。お兄さんは、いろいろなものを背負ってここまで来たんだねえ」
 精神と魂の領域を司る存在なら、そんなこともやってのけるだろう。
 身体はどんどん重くなる。
「何のために、こんなことするんでぃ。おめぇ、これが楽しいのかよ?」
「ひどいことしてごめんね? でも、僕は見たいんだ。僕が僕として立ち続けるために、どうしても知りたいんだよ」
 それでも踏ん張って立つのは祇十の意地だ。
 背負ったものがどんなに重くても、それは彼が生きてきた結果だ。だから、振り返らない。我が道を進むと、彼はもう決めている。そのために何を踏みつけることになっても悔いない。誰に罵られても構わない。――そう、覚悟している。
「俺ぁ確かによ、面白くもねぇことを経験してここまで来たが、別にそれを恨んでも憎んでもいねぇや。俺ぁ俺のために生きんだよ。俺っていうモンを通すために、無様さらしてでも生きんだよ」
 ぐっと身体に力を入れる。
 すでにすっかりなじんだトンボの翅をせわしなく動かして姿勢を保つ。
 ナイフのように尖った爪を閃かせ、カイルが一直線に突っ込んでくるのを、ギアで受け止めて弾き飛ばした。その後すぐに『解』の文字を書きつけ、身体の重みを打ち消す。
「僕の干渉をそんなふうにかき消すなんて……」
「おう、おめぇ、魂を護るってのぁどういうことか知りてぇんだってな? ひとつ訊くが、魂ってのぁどこに宿ると思う?」
「えー、うーん、心臓? それとも頭?」
「ま、そういうやつらもいるかもしんねぇな。だが、俺の魂は心の臓にじゃねぇ、ありとあらゆる書を生み出す可能性を持った、この両の腕に宿ってる」
 力強く握った拳を掲げる。
 カイルが不思議そうに、どこかまぶしそうにその拳を見上げた。
「人さまにとっちゃ、こいつはただの腕、ただの身体の一部かもしれねぇがな。俺には、商売道具ってだけじゃねぇ、誇りそのものでもあるんだよ」
「誇り……か。それは、どのくらい大切なもの? お兄さんにとっては、命より?」
「そうとも。どんだけ無様さらしてのた打ち回ろうと、それでくたばっちまおうと、人は誇りを失わなけれりゃあ負けじゃねぇんだよ。俺にとっての魂ってのぁ、そういうもんなんだ」
 書くために生きている。
 書けなければ生きる意味を失う。
 祇十の根本は、そこにしかない。
「……じゃあ、その腕を失ったらお兄さんは誇りを失うの? 僕がその腕を切り落としたら、お兄さんはどうする?」
「そりゃあ、絶望するしかねぇだろうな。っつーかおめぇ、そんな猟奇趣味があんのかよ。何が面白ぇんだ、そんなの」
「いや、うん、ないけど。そう返されるとは思わなかったな……」
 真顔の切り返しに、カイルが呆れたように笑う。
「だけど、何となく判ったよ。人には、そういう、命より大切なものや、命をかけてでも取り組むに値する何かが存在するんだね」
「おうよ、だからよ」
 我が意を得たりとばかりに、祇十は手を叩いた。
「おめぇの仕事と責任が、魂を護るってことにあるんなら、おめぇは、いろんな連中が持ってる誇りとか生きる意味とか、そういうもんを護ればいいんじゃねぇのか。俺にゃあ、おめぇを生んだ造物主とやらの思惑を全部推測してやることは出来ねぇがよ」
「そうかな」
「おうよ」
「……うん、そうだね……」
 他人のことなど二の次で生きている。
 何よりも書を優先させる、自分の傲慢を理解していないわけでもない。
 しかし、だからこそ、他人にも命をかけて悔いない誇りがあることくらいは、祇十にだってわかっているし、それを護るものがいれば、心強かろうとも思うのだ。

 *

 神無はドアマンとファンの助けを借りてゴウエンと対峙していた。
 伝えたいこと、尋ねたいことがあったからだ。
 武骨な剣を一振り手にしただけのゴウエンは、しかし、そこに存在するだけで天災のごとき猛烈さを持っていた。刀で彼の一撃を受け止めたら、手がしびれて感覚をなくすほどの力だ。
 よって、神無は早々に手錠を外していた。
 自戒が、0世界や世界図書館に不利を招くようでは、そのために護りたいものをこぼしてしまうようでは意味がない。
 ドアマンが次々に展開するドアをくぐり、ゴウエンへと肉迫、刀を揮う。ゴウエンの剣は、ファンが生み出した刃や炎、風や氷が阻んだ。ゴウエンの剣や拳がファンの攻撃を砕く間に、神無の刀が撃ち込まれる。しかし、驚異の速さで剣を戻し、ゴウエンは刀を受け止めた。
「なんとも頼もしい娘御だな」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
 律儀に返すと、ファンとドアマンのみならずゴウエンまでが笑った。
 細身の娘とはいえ、神無は将来を嘱望された退魔師だ。戦いの技術には精通しているし、刀を揮うことが誰かのためになるなら躊躇わないという強い思いも持っている。
「恐れはないのか」
「苦しむ人を見るのはいやですから」
 凛と答え、踏み出す。
 足場はファンが生み出した。
 次々と構築される足場を軽やかに蹴って跳び、柄を握り締めて振り下ろす。
 ゴウエンが神無の身の丈ほどもある剣を操って刀を受け止める。弾かれても構わず、フェイクを交えて次々に撃ち込む。いったん退いて、隙をついて突き入れる。刃と刃が噛み合うとき、硬い手ごたえが伝わってきて、神無は自分が戦意に昂揚していることを理解した。
「私は……戦いたい。誰かのために。生きる意味を、そこに見出してもいいのなら」
「娘御」
「神無です」
「では、神無殿。貴殿は、なぜ生きる?」
 問われて唇を引き結び、深呼吸する。
 それに答えるために、彼女はここまで来たのだ。
「罪を償うためだ」
 そこだけ語尾が強く変化した。
 それは彼女の、魂の吐露でもあったから。
「罪は生きて償わなければならない。死ぬのは逃げだ。そのために新たな罪を背負うことになったら、その分も償う。罪の償い方は、まだ見つけられていないから、それを探すために生きている。生き続けていればきっと見つかるはずだから」
「ならば、誰のためにその罪を償う。誰に許されるために」
「えっ」
 一瞬、虚を突かれた。
 父を殺した罪を償わねば、そう思って生きてきた。
 そして、父を殺した自分には、人生を楽しむ資格などないのだとも。
「それは……私は」
 償うべき父、許してほしい人はもういない。
 では、誰のために?
 償いの先に、何を見るために?
 その答えを、今の神無は出すことが出来なかった。
「そうか……私は、もっと考えなければならないのね」
 ゴウエンはつけ入るような真似はせず、金の眼で彼女をまっすぐに見つめた。そこに何かを懐かしむような、彼には似つかわしくないやわらかい光が宿って、神無は当惑する。
 当惑のまま、問いをぶつけていた。
「あなたは……この世界も滅ぼそうとしているんですか?」
 神無は確かめたかったのだ。
 ゴウエンが本当に『襲撃に乗り気ではない』のか。
「だとしたら、どうする」
「――戦います。私のすべてを投げ打ってでも」
 どこか愉快そうなそれにきっぱりと答えたら、ゴウエンはくつりと笑い声を立てた。金眼をまた、慈しみに似た色がかすめた。
「神無殿は我が巫女と少し似ておられる」
「巫女?」
「口を差し挟んで申しわけありません。それは、貴方が世界を滅ぼし、覚醒するに至った……?」
「いかにも。巫女は、乱れ穢れた世の中で、善き人々を護りたいと俺を目覚めさせた。善き人など一握りしかおらぬ、暗闇に沈んだ世界でだ」
 巫女は、悪徳をこそよしとする世界で、清らかに生きたいと願う人々の支えとなり、鬼神ゴウエンを目覚めさせたのだという。
 巫女の魂を貴んだゴウエンの護りの中で、ひとときの幸いを得たものの、その幸いをやっかんだ連中によってゴウエンは彼女たちから引き離され、巫女は、彼女が護りたいと願った人々もろとも、悪心に魂まで浸ったものたちによって害され果てたという。
 彼女は、最期まで――駆けつけたゴウエンの腕の中で息絶えるまで、同胞たちを案じ、彼らの幸いばかりを願っていたという。
「それで……貴方は」
 悼みの色がドアマンの眼をよぎる。
 世界を滅ぼした鬼神の、覚醒の理由がそれだった。
「ならば……妾とそなたは判りあえよう。生あるものへの慈しみを知るそなたとならば」
 ファンが神無を包み込むように彼女の周りでとぐろを巻き、銀の目で鬼神を見つめた。
「妾はの、あの戦艦に怒りしか感じぬのじゃ。妾は生きること育むことをよしとするもの。命には護るべき価値があると信じておる。それゆえに、無意味な、なにも生まぬ殺生を許すことは出来ぬのじゃ」
「……なるほど、それが貴殿の生きる理由か」
「いかにも。彼奴らが殺戮の意志を持って暴虐に走るなら、妾はそれに倍する生の力で対抗するだけじゃ。妾は生かそう、生み出して護ろう。それだけのことじゃ」
 ファンの眼は強い意志を覗かせつつも穏やかだ。
「のう、鬼神殿、そなたならば判るであろう? この世界に生きる人々の命が、それぞれに美しく貴いことが。――ゆえに、そなたにお願いしたいのじゃ。何、あれを斃せなどと申すつもりはないわえ」
「それは、つまり?」
「妾らが本気でぶつかれば、彼奴にもとばっちりのひとつは行こう?」
「なるほど。――意地の悪いことだ」
「ほ、世渡り上手と言っておくれ」
 くくく、と、愉しげにファンが笑う。
 神無はそこに言葉を重ねた。
「お願いします、ゴウエンさん。私はあれを倒します。誰も苦しませたくないのです。戦えるものが戦わなくては」
「貴殿ばかりが負うべき傷、痛みではないのだとしてもか」
「厭いません。私が刀を揮うことで誰かが救えるのなら。――通して、いただけませんか」
 しばしの沈黙が落ちる。
 そこへ、
「ゴウエン殿」
 ドアマンの静かな声がかかった。
「ドアマン殿か……先日は、佳き出会いを」
「これはご丁寧に。こちらこそ」
 ドアマンの眼が青い光を放つ。
 彼は、こうして話をしながらも、ビスマルク内部侵入組のためにいくつものドアを構築し、さらに戦艦が放つ弾丸や砲弾をドアで受け止めて、別のドアからビスマルクにぶつけては地味な嫌がらせに勤しんでいた。ビスマルクの口汚い罵りは、しれっとした穏やかな笑顔で受け流す。歯牙にもかけぬ、といった風情だ。
「私は、私の得た答えを貴方に押し付けたくはありません。価値観も見てきたものも人それぞれと思えば、私のそれが貴方にあてはまるかは判らないのですから。――けれど、こうも思うのです。巫女殿は、貴方の滅びを望んだだろうか、と」
 ドアマンの表情からは、彼がゴウエンに敬意を抱いていることが見て取れた。
「余計なお世話と承知で申し上げます。旅団を離れ、同胞を導かれては? あなたのような方は、集団にとって必要です。無論、恩やしがらみなどもありましょうが……」
『おい、何やってんだおっさん! とっとと殺せ、てめぇのそのくそダセェ角は飾りか、あァ!? 図書館の連中を皆殺しにしていい絶好の機会なんだ、愉しめよ!』
 ドアマンの言葉に、ビスマルクの罵声が重なり、響く。
 品性の下劣さを物語るような、聞くに堪えないそれに、別所で戦っている――ふりをしている――人々が顔をしかめた。
 ドアマンは溜息をひとつ落とし、
「私は人の営みを愛するもの。命を貴ぶものでありたいといつも思っております。しかし、力に酔い、人々の思いを笑う輩を看過するつもりはございません。いつか、旅団の無辜の民に、かの暴威が向くことがあるやもしれません。――考えてみてはいただけませんか」
 微笑とともに締めくくる。
「何より、年少者の教育にもよろしくありませんでしょう」
 ゴウエンは一瞬の沈黙ののち、にやりと笑った。
 武骨で巨大な剣を掲げ、ドアマンやファンへの宣戦布告とも見える仕草でそれを突きつけて、神無へやさしい眼を向ける。
「行かれよ、娘御。彼奴らには取りこぼしたと見せかけるゆえ」
「はい」
「さて、ドアマン殿、ファン殿。ひとつ、激しく行こうではないか」
 鬼神が笑う。猛々しく。
「ええ……揮いましょう、存分に」
「ほほ、愉快なことよな」
 ドアマンが微笑み、ファンは軽快な笑い声を響かせて、それぞれにその偉大な力を展開した。



 4.薄紅に花開く

 そのころ、スカイは孤独な戦いを続けていた。
 ただひとり、離れた位置からの狙撃を選んだ彼だが、たとえ弾があったところで対艦ライフルは続けて何発も撃てるものではなく、よって、慎重に好機を見極め、戦局を見据えて撃つしかない。空中で戦っている仲間たちに当てないよう、細心の注意も必要だ。
 それゆえ、戦いが始まってから彼が引き金を引いたのは、まだたったの三回だけだった。
 しかし、生身の人間が接地もせずに撃てば、反動で吹き飛び、腕を失いかねない凶暴な銃だ。
 全身をくまなく機械化したサイボーグだからこそなんとか耐えられているが、たかだか三発分の反動で、偽腕の機能には支障が出始めていた。ちりちりとした不気味な感触が、スカイに、あまり長くは持たないことを告げている。
「果たして、何発まで耐えられるやら……」
 戦艦を見上げながらつぶやく。
 おりしも空では、テオドールと魔忍たちがもつれ合うようにビスマルク内部へ転がり込み、ブリュンヒルデを振り切った理星が同じく戦艦へ突っ込んで、ベルゼとレェンが戦艦周囲をまわりながら激しく撃ち合っている。カイルの猛烈な一撃を受けて吹っ飛んだ――ように見える――祇十も戦艦に飛び込んだし、そのあとを追うように、ドアマンの構築したドアから乗り込んだのは神無だ。ドアマンとファンは、巨大な剣を軽々と振り回すゴウエンと、火花が散るような激しい攻防を続けている。
 戦いだ。
 どこにも、戦いが満ちている。
 それは、己が意地を貫くための戦いだ。
 決して捨てられない、諦められない何かのために、自分を削って差し出す戦いだ。
「そうだ……たとえ腕が吹き飛んでも、もう一度つなげればいいだけじゃないか」
 スカイは、戦艦だけを狙って撃った。
 腕がみしみしと軋む。
 戦艦から罵詈雑言が放たれ、砲台のひとつがこちらを向いた。
 反動に囚われて身動きできないスカイに、それを避けるすべはない。
「ち、」
 せめて少しでも無事な部分を残そうと、我が身を庇う体勢を取りかけたスカイの前に、
「まったく、無茶をする」
 深紅の翼をした男が立ちはだかった。
 迦楼羅王。そういう名の、畏怖すら感じる神秘的な気配をまとった男だ。
 彼は呆れ半分、愉快さ半分といった趣でスカイを見やり、それからすさまじいエネルギーの凝縮された塊のようなものを片手で発生させた。そのエネルギー体は、無慈悲な速さで飛来した砲弾を受け止め、溶かし、あっという間に蒸発させる。
「……今のは」
「雷撃のエネルギーを凝縮したバリアのようなものだ。これで防げたからよかったものの、一歩間違えば危険なことになっていたぞ」
 スカイは苦笑して礼を言うしかない。
「すまん。でも、俺にはこうするしか方法がないんだ」
「……見たところ、その銃は、お前ひとりで扱うには向いていないようだが?」
「そうだな。そのうち、両腕が吹き飛んで自分でも接続できなくなるかもしれない。そうなったら、あんたにつなげてもらうさ」
「私がいなかったらどうするつもりなんだ」
 溜息を含んだ、いさめるようなそれにスカイは首を振る。
「……無茶なやり方だなんて、自分でも判っているさ」
「判っているなら、なぜ。私は、この戦いで誰を死なせるつもりもないぞ」
 迦楼羅王の言葉には素朴な疑念がにじんだ。
「執着、かな。異常だと知って、そうせざるを得ないんだ」
 迦楼羅王はますます眉をひそめたが、スカイはそれ以上言わず、ライフルに弾を込め直した。
 あの、もはや永遠に戻らない夏休みが脳裏をよぎる。
 獰悪で貪欲な企業に奪われた故郷を想う。
「命を懸ける理由……か」
 防御には適さないスカイを護らねばという気持ちになったらしく、彼の前に壁よろしく立つ迦楼羅王が、その独白に首を傾げた。
「どうした?」
「いや。俺にはただ、余生を自然のある、故郷を思い出せる地で過ごす、という目的しかない。ただそれだけに執着し、妨げになるものは吹き飛ばす。それが俺の理由だが、おかしいかな? きっとこれは、善なるものの在り方ではないんだろうな」
 迦楼羅王は、風と雷撃を操って、こちらへ流れ飛んでくる砲弾やナレンシフを撃墜しながら首を振った。深い紫の眼差しに、苦笑を伴う慈悲の色が揺れる。
「いいや」
 この、冷ややかでありながら激烈な戦士のにおいをさせた、ヒトならぬモノから、そんな穏やかな言葉が返るとは思わず、スカイは思わずぱちぱちと瞬きをした。失敬なやつめと言いつつ、迦楼羅王の目も声も怒ってはいない。
「私はかつて、身勝手で欲望に塗れた人間など護る価値のかけらもないと思っていた」
「そうだな、そういう一面もある」
「だがな、人間道に堕とされ、人間として生きるうちに、その強さ美しさを愛するようになった」
 絶え間ない苦痛に苛まれ無様に足掻きながらも希望を失わず、どこまでも人として、自分らしく生きようとする彼らの姿と魂の輝きに魅入られたのだ、と迦楼羅王は懐かしげに語る。愛し愛される喜びをそこで知った、と口にした時の彼は、確かにただの人間にしか見えなかった。
「だから、人を善と悪などという簡単な言葉で量ることは出来ん。私にもお前にも思いや願いがあって、その信念に従い生きている。それを否定する気はない」
「……あんたって」
「?」
「見かけによらず、アツいな」
 素直な感嘆の言葉だったが、迦楼羅王は苦笑してそれはどうもと返しただけだった。
 それから、
「私がお前を護る。だからお前は、思う存分撃てばいい。お前の信念が満足するまで」
 そう言って、彼は、片手に諸刃の長剣、片手に美しい色合いの短剣を構え、背筋を伸ばしてスカイの前に立つ。
 その背を、美しく貴いとスカイは思った。

 *

 檸於はドアマンのつくりだすドアに便乗して内部へ転がり込んだクチだった。
「どこでも……いやきっとこれ言っちゃだめだ……!」
 思わず口走りそうになるネタを必死で押し留めつつ、騒然とする艦内を走り抜ける。
「ありがとうドアマンさん、今度何か美味しいものご馳走しますからッ!」
 どことも知れぬ宙に向かって親指をぐっと立てる。
 無論その方向にドアマンはいないが、檸於の脳裏では、超爽やかな笑顔で輝く白い歯を見せながら親指を立て、頷くドアマンの姿が展開されている。おそらく外で同じポーズをしているのだろうという確信もあった。
「よし……それじゃ、行くか……!」
 先に侵入した人々が大暴れしているのだろう、あちこちから怒号と悲鳴、爆発音、何かが盛大に引っ繰り返る音が絶え間なく聞こえてくる。外部からも衝撃が加わるところをみると、六人の説得は成功したようだし、遠方からの狙撃も続いているのだろう。
「艦自体が生命体だとすると……操作室があるかは微妙なところか? でも、戦艦の形態を取っている以上は、駆動系もしくはそれに類する何かがあるはず。生きてるんなら、内臓みたいな何かがあるかもしれないし。まずはそこを……!」
 騒然とした艦内を、息をひそめて移動する。
 狙っているものを知られたくないのもあって、見つけ出すまではなるべく隠密にと思っての行動だったが、そううまく運ぶものではない。
「こんなとこにもいやがったか!」
 品のないやくざをさらに極悪化させたような、明らかに堅気ではない雰囲気をにじませたごついおっさんが数名、殺気立って押し寄せてくるのが見え、彼は顔を引き攣らせた。
「くそッ……」
 素早く周囲を見回す。
 おそらくここなら味方を巻き込むことはないはずだ。
「狭い通路を利用すれば、対多数でもなんとかなる、か……?」
 懐のギアを握り締める手が汗で粘る。濃厚な死の気配に息が荒くなる。
 それを回避するには、レオカイザーを起動させ、この区画ごと削り取る勢いで攻撃するしかない、と、檸於がギアを発動しようとした一瞬前、飛び込んできたのがテオドールと神無だった。
「無事か、山本さん!」
 飛び込んでくるなり、テオドールは無造作に固めた拳の一撃で、次々と男たちを昏倒させてゆく。
「何か策があるんですか? 手伝います、気にせず進んで!」
 神無は、軽やかな刀さばきで男たちを沈めてゆくが、檸於に虐殺シーンを見せるわけにはいかないという気遣いからか、峰打ちで通していた。檸於はホッと息を吐く。どっと汗が背中を流れた。
「あ……ありがとう。ビスマルクの駆動系統、もしくは中枢まで行きたいんだ。そいつを破壊すれば、無力化出来るかもしれない」
「……なるほど、その可能性は高いな。判った、同行しよう」
「そうですね、どちらにせよ、乗り込んでいる人間も無力化してしまいたいですし」
 言って、テオドールと神無が両脇から檸於を護る体勢に入る。
 誰かが伝えたのか、凶悪な顔つきの乗組員たちがばらばらと姿を現し、三人を取り囲んだ。
 護衛ふたりは数の多さなどものともしていない風情だったが、その時、轟音とともに、真っ白な翼に炎熱をまとわせた理星が鋼鉄の壁を突き破って姿を現す。それを追いかけて突っ込んできたブリュンヒルデが特大のガトリング・ガンを斉射して、乗組員たちを盛大に巻き込んだ。
『てめェこの役立たず、何余計なことして……ぎゃああッ!?』
 ビスマルクに悲鳴を上げさせたのは、レェンとのポーズ戦闘を続けていたベルゼだった。
「『バレットレイン』ってぇんだ、かっこいいだろ、キシシシッ」
 縦横無尽の乱れ撃ちに、強化力を生み出すファンの生術が加わって、それは分厚い鋼鉄すら貫く弾丸へと変化している。
「もう一発、喰らっとくかい?」
 ファンがベルゼのために生み出した大地、ビスマルクの下部一面につくられたそこへ、精緻な文様が描かれてゆく。それは不思議な光を螺旋状に描きながら何かを収束させてゆき、
「てめぇの尻に火をつけるぜ。――『ブランククレスト』!」
 ベルゼの、発動の言葉とともに、激烈なエネルギーの塊を叩きつけた。どおん、と下から突き上げられて、檸於の身体は一瞬浮かぶ。ビスマルクの苦痛に満ちた絶叫が脳裏に響く。
「山本さん、今だ。行こう!」
 乗組員たちが悲鳴を上げながらごろごろ転がるのを踏み越えて、檸於は走った。
 自分の命そのものを収めておくとしたらどこか。檸於なら、どこからの攻撃も届きにくい真ん中を選ぶだろう。だからこそ、それは中枢と呼ばれるのだ。
 走った先で、檸於たちは大きな筆を担いだ祇十と鉢合わせた。
「おっ、なんでぃ、おめぇらも来たのかい」
「祇十さんも? もしかして何か企みアリ?」
「おうよ。俺ぁ別に血も争いもどうでもいいんでぃ。こんな時こそ、粋を愛でてぇって魂胆よ」
 豪快に笑い、祇十が見やった先は、分厚い鋼鉄の扉に閉ざされている。めんどくせぇなオイ、と息を吐く祇十に、檸於は頷いてみせた。
「俺、自分のギアが好きじゃないんだよな。正直、見せるのも恥ずかしいし」
 言いつつも、檸於の目はやさしい。
「でも、こいつのお陰で俺は戦えるんだ。なんだかんだ言って、感謝してるよ」
 そして、トラベルギアを掲げ、高らかに叫ぶ。
「発進! レオカイザー!」
 ごぉうっ、と風が渦巻き、ギアのエンジンが点火する。ロボット型のギアが生きているように動き出すのを確認し、間髪入れず檸於は叫んだ。
「レオブレェェェドッ!」
 超空間から取り出された剣が、抉り取るように扉を切り裂く。
 ごおおおん、と鈍い音を立てて崩れ落ちる扉の向こうへ踏み込めば、そこには機械とも内臓とも取れぬ何かが、ちかちかと光を瞬かせながら低い振動音を立てている。
 ビスマルクの驚愕と狼狽が伝わってくる。
 やめろとかそこに近づくと殺すぞとか、脅し言葉が聞こえるが、先刻の威勢からはほど遠い。
 祇十がにやりと笑って大筆を構えた。
「祇十様の書……とくと拝みやがれってんだ!」
 渾身の力で腕を揮い、中央の基盤のような何かに特大の文字をしたためる。
 彼が書いたのは――『桜』。
 発動したそれが、ビスマルクの身体を食い破りながら爆発的に生育、膨張、巨大化して、
『ぎゃああああああッ!?』
 断末魔の絶叫をBGMに、瞬く間に薄紅色の花を咲かせた。
「ほう……美しいのぉ」
 季節外れの、満開の桜に、墜落してゆくビスマルクから同胞を回収しながらファンが目を細めた。ドアマンも、遠方から手を振るスカイと迦楼羅王も、桜を見て眼を細めているようだ。
 戦艦を覆い尽くすほどの巨大な桜は、確かに粋で、美しかった。
「こういうきれいなもので、世界がつくれたらいいのに」
 神無が少女の純粋さでつぶやけば、理星がそれに同調して笑った。
 ようやく人心地ついて気が抜けた檸於はファンの背中に座り込み、テオドールに甲斐甲斐しく介抱されている。よいしょっとばかりにファンの背中へよじ登ったベルゼは、花見がしてぇなあと言ってキシシと笑った。
「ともあれ、任務は完了……だな。アイツら、どうするつもりなのかね。俺は、もうこっちにくりゃいいのにって思うんだけどさ」
 ゴウエンたちを見やりながらベルゼが言った。
 妙な親近感さえ覚えるようになった人々の行く末に、皆が思いをはせようとしたとき、
「待て……何か、おかしい……!」
 唐突に、ファンが鋭く異変を告げる。
 眉をひそめ、周囲を、空を見渡して、
「!?」
 誰もが息を飲んだ。
 見たことのない光景が、そこで展開されている。
 世界樹から、太く長い何か――そう、根かツタのような――が伸ばされている。
 それは触手めいた不気味さで蠢きながら、チェス盤のような0世界の大地に突き刺さった。侵蝕しているのか、絡め取ろうとしているのか、ずずん、ずしん、という重々しい音が響いてくる。
 ――世界樹がひときわ大きくなったような錯覚さえあって、気味の悪い焦燥が背筋を這い上がる。
「な、なにが……いったい……!?」
 誰かの上ずった問いに、答えられるものは、いなかった。

クリエイターコメントご参加ありがとうございました!
総勢十名さまによる、激戦と対話の物語をお届けいたします。

といっても、皆さんが真摯に向き合ってくださったのもあって、対話多め、流血率低めの内容になりました。皆さんの、さまざまに美しいお心に、記録者は敬意と感謝を表する次第です。

なお、今回は戦いと対話主体のシナリオと申し上げておりましたので、基本的にはその周辺のプレイングが多く採用されていますが、皆さんが的確に備え、考え、実行してくださったのもあって、すべてのPCさんに活躍していただけたのではないかと思います。

ちなみに、唯一のNGワード、行動は、「説得相手の言葉を否定・拒絶する、自分の意見・主張・考えを押し付ける」でした。
これは逆に、自分が旅団から仲間になれと勧誘された場合を考えると判りやすいかもしれません(自分が愛着を持ち、護りたいと思うもののある場所を離れてこちらに来いと誘われるとき、「そんなつまらないところは見限ればいい」とか、「俺の言うことを聞け、俺のほうが正しいんだから」と言われて説得に応じる気持ちになるだろうか? ということですね)。
拒絶しない、押し付けない、否定しない……とプレイングに書いてくださった理星さん、ドアマンさん、迦楼羅王さん、ありがとうございました。どうかこれからも、そのお心のままでいらっしゃってください。

それ以外にも、命への強くあたたかい想いを見せてくださったファンさん、身を焦がす渇望を教えてくださったスカイさん、共感につくしてくださったテオドールさん、せつないほどの純粋さを見せてくださった神無さん、日常のために命をかける強さを矛盾なく示してくださった檸於さん、熱いお心で“道”を示してくださったベルゼさん、そして最大級の粋と美でもって戦場を彩ってくださった祇十さん。今回ご参加くださった十名さまの、まさに十人十色のお心と世界に、記録者は深く感謝する次第です。

こまごまと捏造させていただきつつも、とても楽しく、熱く書かせていただきました。少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。


そして、物語はいったん収束しますが、どうやらこのままでは終わらない様子。ここから先、0世界は、世界図書館は、世界樹旅団はどうなってゆくのか、皆さんの見せてくださる行く末を、ひそかに見守らせていただきますね。

それでは、どうもありがとうございました。
ご縁がありましたら、また。
公開日時2012-09-18(火) 00:00

 

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