「今回の依頼は簡単といえば簡単、かな。難しいといえば難しい、かな」 なんとも歯切れの悪い口調で告げるのは黒猫にゃんこの変身した姿――十代の青年姿の猫は尻尾と耳が忙しく動かす。 この依頼に応じた赤き神官であるアクラブ・サクリと本来は青い竜であるサイネリア――現在は司書室にいるので人の姿をとっているのは不思議そうに猫を見つめる。「ヴォロスにある『赤き大地のソワレ』といわれる国にある竜刻の回収が目的なんだけど。あ、上にあるソワレのほうでね」「どういう意味だ、それは」 サイネリアが小首を傾げた。 赤き大地のソワレ――その名の由来は国のある周辺は赤砂とごつごつといし岩に覆われた土地だからだ。 また国は特徴として周囲をぐるりっと溝が覆われているのだ。それも一メートル、二メートルのものではない。何百メートル以上のもので国に入るには一本の橋からではないと不可能のため他国の侵略を阻んでいた。その溝の地下には蟻の巣のように地下都市が存在した。 地下と地上にある国は互いに「己こそがソワレ」だと主張しあっていがみ合って何百年と昔から一つの国でありながら地上のソワレと地下のソワレは血生臭い戦を繰り返していた。 その原因は二つのソワレの信仰する宗教の違いが深くかかわっていた。 地上に存在するソワレはヤスロ教。 地下に存在するソワレはゾイ教。 互いに「ソル」という太陽の神を崇めているが、名が違うように、信仰の内容も微妙に違っている。「けど、面白いことにこの二つの国が聖遣物としているものは同じなんだ。えーとね、ネックレスなんだけど、いくつもの宝石がついていてね、その真ん中に青い石がはめ込まれてる。それが竜刻なんだ」 猫はくすっと笑って導きの書をめくった。 現在、その『天上の青』といわれる聖遣物は上ソワレのヤスロ教の司祭が保管・管理しているが、今まで何度も上ソワレと下ソワレは聖遣物を巡って争いあってきたという。「天上の青、それに触れるとどんな傷も、病もたちどころになおしてしまう……といわれてる。正直、どうなのかはわからないけど……僕の予言書には、隣国のハイライド国から使者がくるんだけど、その日の、月の美しい夜、この聖遣物を盗もうと、ううん、下ソワレからしてみたら取り返すつもりらしいけど襲撃があるんだ。そこで竜刻が暴走する兆しがあるんだよね。だから、二人にはそれを止めてほしいんだ」「止めるとは、この場合、その争いの場をなんとかしろということか?」 とサイネリア。「いや、わざわざ争いの場に出向くよりは襲うといわれる下ソワレの者をどうにかすることを検討するべきか? もしくは上ソワレの司祭に助言をするべきか」 神妙な顔でアクラブが呟く。「どちらでも構わないよ。聖遣物をただ持ち帰るだけでいいし、気になるならその上ソワレ、下ソワレの二つにかかわるもよし。方法は君たち二人に任せる」 目的が聖遣物、さらに他国から使者が来ているのだから警備はいつもよりもずっと増しているだろう。それを奪うだけでもかなり骨が折れることは予想できる。また襲撃をどうくぐりぬけるのかも。「気になるのだが、どうして地上と地下に分かれてしまったのだ?」 サイネリアの当然の疑問に猫は頷いた。「この国はもともと、鉱物で生計をたてていたんだ。溝もそのなごりらしいけど、他国から襲われないための処置でもあるみたい。地下が出来たのはね、多くの労働者が一攫千金を夢見て穴に掘っていって、そこに食べ物や女性やらと生活の場が生まれたっていう流れだね……ただ、あるとき、災いが起きて二つに分かれたみたい。災いについては詳しくわからないけど、聖遣物はその時に見つかって、大勢の人を救ったみたいだね」「では元は下ソワレのものなのか?」「見つかった場所だけいえばね。けど、そのときはまだ二つに分かれていなかった。だんだんと分かれ始めてしまったんだよ。そもそもこの二つの宗教の発端もよくわからないんだ。この宗教はこの国ならではのものらしいからね。ううん、もしかしたら宗教のはじまりと聖遣物はなにかかかわりがあるのかも、ね」「わからないことだらけだな」 サイネリアが目を細めて呟く。「人の心をそのまま形にしたようだ」 サイネリアは「人間」に興味がある。彼らの見せる喜怒哀楽、盲目的に何かを信じる姿は理解に苦しむが、同時に知りたいとも思える不思議な魅力に満ちていた。そっと自分の首に触れながらサイネリアは唇に微笑を作る。「興味深い」「俺は元神官として一つの国に二つの教えがあるとのうが気になる。それにその聖遣物を回収するのに司祭と話す必要があるなら、いろいろと役に立てるかもしれん。または新たな学びにもるだろう」 アクラブは不遜に笑った。「俺としても興味深い」 二人の反応に猫はふふっと笑った。「君たちなら、そう言ってくれると思ったよ。チケットは二枚。二人の旅に祝福を」 猫がチケットを軽く二人の頭の上にふったあと差し出すのにサイネリアもアクラブもきよとんとした。「それは呪いか?」「なにかの教えなのか?」 二人の問いに猫は噴出した。「これは、そんな意味は……ううん、にゃんこ教でいうところの無事に帰ってくるようにっていうお祈りだよ」=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>アクラブ・サリク(chcz1557)サイネリア(crsb9673)=========
乾いた風に蠍のような赤髪が弄ばれ、砂塵が肌をざらりと撫でた。 「明るい内に両国の内情を調査しておきたいのだが、よいか?」 青い空を見上げたアクラブ・サリクは鈴のような声に現実に意識を戻し、空よりもずっと澄んだ泉色の青髪に黄昏色の瞳が印象的なサイネリアを見た。 「ああ」 旅人として入国することにした二人は時折吹く砂を含んだ風から身を守るための白いターバンに身を包ませていた。 この国は宗教の色が強いため、他国から知識や神への祈りのためにやってくる者は多く、それに紛れるのは容易い。 「なにを考えている?」 細い首を傾げてサイネリアは頭ひとつぶん大きなアクラブを見つめる。 「司書の話は本当なのかと、気になった」 アクラブは神を信仰する世界の生まれだ。そのため神を近くに感じ、祈り、捧げ、戦ってきた。しかし、たった一つの神の信仰が二つに分かれているなど見るのははじめてで戸惑いが大きい。 「それを調査して知るのも我々の目的だ」 竜核は無論気になるが人にたいして興味を抱くサイネリアはこの国、生活している人間に強い関心を抱いた。 幸いにも二人は旅人として難なく入国した。その際、サイネリアは信仰と文化に強い関心を抱く人間を装い、門番にあれこれと質問を投げた。自分の国に興味を抱く者に悪い気はしないのか門番は親切に図書館、大聖堂の場所を教えてくれた。 まずは図書館に行き、歴史を二人は辿ることにした。 木と岩を巧妙に合わせて作られた図書館のなかはひんやりとした空気が漂い、火を使わないため闇のなかで輝く光石によってほのかな灯りに満たされていた。 歴史に関する書物を扱うコーナーはすぐに見つかり、サイネリアはいくつかの本を手に取った。アクラブも手伝い、本に目を通していった。 「我は思ったのだが、猫の説明にはいくつか不可解な点がある」 「というと?」 「まず、災いが起きて二つにわかれた理由がはっきりとしていない……これは」 「イグアスの悪魔?」 二人が見つけたのは一つの国が二つに分かれたと原因と思われる歴史をつづった書物。 空、青く。 大地を染めし、イグアスの悪魔が現れる。地底を穢した魔を清めること叶わず 人々は祈り、閉ざし 天から落ちてきた光により、魔を払われん 「これは……」 「こちらにも、イグアスの悪魔と書かれているな」 サイネリアとアクラブは顔を見合わせると頷きあい、文献という文献を虱潰しにあさり始めた。 文献はそれぞれ本によって豪華な言葉で飾られ、言い回しや意味などが異なることはあるが「イグアスの悪魔」の箇所だけはすべての文献と一致していた。 「どういうことなのだ?」 石作りのテーブルに腰を下ろしてサイネリアは眉根を寄せた。 「あえて変えなかった箇所ということか」 「つまり、真実か」 「おそろく。聖堂にも調べてみよう。こちらよりもずっと正しい知識があるはずだ」 「そうだな」 アクラブに促されたサイネリアは頷いた。 図書館の横に大聖堂が存在する。それも石を削ったもので何年、何十年の歳月を感じさせるがっしりとした造りだ。 ここを訪れる旅人のためにも建物自体は開放され、重い樫のドアをくぐりなかに入ると石作りの建物特有の冷たい空気が二人を歓迎した。 二人が圧倒されたのは建物の構造だ。石で作られた長椅子、祭壇の背後には目に眩しい色硝子―-差し込む光は広い室内を鮮やかに照らしている。赤絨毯の敷かれた道を辿り、二人は室内を見てまわる。他にも見学者がいるのに白い僧衣を身に着けた若者がにこにこと笑ってあれこれと説明しているのにサイネリアとアクラブは近づいた。 「この国は石が多いのだな」 「ええ、ここは過去に石の都市と言われておりました。下ソワレと袂を分けた際にはその呼び名はなくなりましたが、この周辺でとれるとすれば鉱石くらいのものですから……公開しておりませんが、ここには地下もあるのですよ。そこには石板を削って歴史をつづっているのです」 「地下?」 サイネリアが目を丸める。 「はい。大切なものはすべて石に刻むようにしているのです」 「それを見ることは叶わないのか?」 サイネリアの言葉に若者が答えに窮した。相手が男性というのでサイネリアは僅かだか魅了の力を使用した。 人の心とは尊いものと思うサイネリアにとって、魅了など使って動かすのはあまりしたくない行為で、効果は最低限に留めてはおいた。 「我らは、この国の歴史、文化、宗教にとても興味を抱いている。ぜひ見てみたいのだ」 淡い瞳に見つめられて若者はどきまぎと俯いた。 「……地下に案内することは難しいのですが、祭壇でしたら近くで見ても問題はありません。地下にある言葉のほとんどは祭壇の壁に彫られたものと同じだそうです」 「そうか、……そなたの心使い、感謝する」 優しげな眼差しを向けてサイネリアは歩き出す。若者が俯いてもじもじしたのははたして魅了の力のせいか、それともサイネリアの持つ魅力のせいか、それは傍で見ていたアクラブにはわかりそうにない。 ただときどき澄んだ水のように人を引き付けて止まない神秘のオーラを感じるのは確かだ。 (彼女は一体……) ターミナルで偶然知り合ってから言葉を交わして、その纏う雰囲気に飲まれて、惹きつけられている己を感じていた。 「アクラブ! 見ろ!」 「ん?」 呼ばれてアクラブはサイネリアの後ろに立った。 「これは」 祭壇の頭上には何百年も昔に腕のよい絵師が描いただろう空の絵が――それは美しい青に彩られていた。その端にいくつかの言葉が見てとれた。 「古い言葉のようだな」 「……先ほど、図書館で見た文字だな。なんとか読めそうだ」 「真か! すこいな、アクラブ」 「暗記は昔さんざんやったからな」 神の言葉を暗記することは神官になるための常識だ。しかし、神の言葉は長い歴史で変化していくので、それらの言葉すべて覚えるのに自然と暗記力は身に付いた。 「こんなところで役立つとはな」 アクラブは苦笑いして、眼を眇める。 「やはり、イグアスの悪魔が下ソワレに来たと書かれてある」 「やはり、悪魔が来た、そして、青が祓った、か」 「真実のようだな、それが……しかし、サイネリア殿が言うように、多少、奇妙だな」 まるで喉の奥に小骨がひっかかるようにアクラブも気にかかりはじめていた。 なぜ二つの国は別れた? 一つの神に支配されているにもかかわらず。 信じる神が同じで争うなど、とても愚かしいことではないのか? いくら己とここでは信仰の形が違うにしても納得いかない。 神は試練を与えるが、己を信じる者同士で争えなどと言うのだろうか? ともに加護を受ければ多くが救われるはずだというのに。 「俺の考えはあくまで異教と思ったが、もっと根深いものがあるのかもしれんな」 「そのようだな。アクラブ、我は子どもたちにも話を聞いてみたい。大人の声にはそなたが耳を傾けてくれぬか?」 「子どもに?」 「そうだ。子どもはまだなにもしらぬ純粋さがある。それに異界といってもそなたは神官ならば通じるところあるはず。我はその点が無知だからな。せっかくのチャンスをフイにする可能性もある」 「そうだな。では、昼にはここで落ちあわないか? 下ソワレを調べるとしたらあまり時間をかけるわけにもいくまい」 「うむ」 乾いた空気に冷やかな土の香りが鼻孔をくすぐるなか、アクラブは聖堂を巡り、司祭たちと言葉を交わし、街のなかを見まわった。 この国がいかに空と太陽を崇めているのかは、信仰のシンボルを何度も目にして理解出来る。だからこそ、ますます謎が深まる結果となった。下ソワレも見たいと好奇心が頭をもたげる。 待ち合わせ場所で待っていると、小さな子どもたちが楽しそうに駆けていく。そのなかに淡い水が人の姿をとったような少女が混じっていた。 「すまぬな。また遊んでくれ」 少女の言葉に子どもたちは少しだけ不満そうだったが、ひらひらと手を振って行ってしまった。少女は真っ直ぐにアクラブの元に歩み寄った。 「待たせてしまったか?」 「サイネリアか? その姿は」 「変えた」 あっさりとサイネリアは告げる。 「子どもに話を聞くのに、魅了を使うの野暮だろう? 同じ子どもであれば警戒心も薄らぐ」 「そうか。何か知ったことはあるか」 「そうだな……あれを食べたくないか?」 サイネリアが指差したのは路地に出ている屋台だ。アツアツのパンに甘タレで焼いた肉と野菜を挟んだものを売っている。 サイネリアはアクラブを見て微笑んだ。 その笑みにアクラブは抵抗などできるはずもなかった。 パンと一緒にあたたかい紅茶を購入した二人は路地に置かれたテーブルと椅子に腰かけて食べながら、集めた情報を交換した。 アクラブはやはりどうしてもこの国の成り立ちが気になっていると口にするとサイネリアも同意した。 「うむ。子どもたちから話を聞いたが、この国にとって下ソワレは敵だと誰もが口にした。悪魔を生み出したのは下ソワレだと」 「悪魔を生み出した?」 「肝心なところは濁されていてわからないのが気になる。よし、腹も満たされた」 サイネリアがぴょんと椅子から飛びおる。 「下へと行くのだな」 「ああ。しかし、目立たないか」 「ならば姿を変えよう。しかし、アクラブよ、お前の赤髪も目立つのではないのか? だったら二人で一芝居打つのはどうだ?」 「芝居を?」 アクラブが目を瞬かせるとサイネリアはこくんと頷いた。 「先ほど、広場で子らと芝居を見たのだ。それを我らもやってみよう」 下ソワレに行く道は上ソワレ門の間近にある。 門番のチェック後に、地下へと降りるための蒸気仕立ての籠に乗り込んで降りるのだ。 しかし、上ソワレと下ソワレの両国は互いに牽制し、一日に同じ国を行き来することは出来ないようになっている。 下ソワレの門前に年老いた青髪の女に、それに付き従った赤毛の青年がよたよたと歩いてきた。 「病弱な母のためにも、下ソワレの聖堂で神に祈りを捧げたいのだ」 どこかぶっきらぼうな赤毛の青年の言葉に門番は少しばかり奇妙そうな顔をしたが何も言うこともなく入国する事が出来た。 下ソワレについたあと赤毛の青年――アクラブはため息をついた。 「芝居の必要性があったのか」 「ふふ、我は楽しかったぞ? アクラブの母のふりをするのはな」 息子に支えられていた母親――サイネリアは微笑む。 「もうしばらくこの芝居をやるか?」 「勘弁してくれ。俺は役者ではないぞ」 「しかし、この姿であれば我らが二人いても誰も怪しまないぞ」 サイネリアの正論にアクラブは言葉を封じられて口ごもった。 そのまま二人は病弱な母親と優しい息子のふりをして聖堂に訪れた。 聖堂は上ソワレと異なるといえば木材が一切使われていないことと、昏いために光石が昼間からでもふんだんに使われているという点だ。 それに地下は湿った空気にむっと鼻につく悪臭がした。さすがのサイネリアもこれには顔を歪めた。 「これは、鉱石を掘っているので地中にあるガスのせいだろう」 「ガス、か」 サイネリアは目を細めて天井を見る。 「さすがに暗くてみえぬか?」 「いや、なんと見える……ここでも悪魔か。しかし、ここで悪魔は正確な姿を持っているようだな」 「それは?」 「悪魔は白い姿をしている」 二人は顔を見合わせた。 聖堂から出たあとアクラブは遠慮がちに口を開いた。 「これは憶測だが、ひとつ、考えが浮かんだ」 「それは?」 アクラブの説明を聞いたサイネリアはふむと小さな声を漏らした。 「ゆえに争いがあると?」 「憶測だが……聖遣物を奪うことに気が引けるが俺たちの目的がそれならば、恨まれることも覚悟している。しかし、それがなにかここにいる者たちの役に立つかもしれないとも考えていた。二つの宗教が争わず、聖遣物に頼ることもなくなればよいと思わないか? 共生すれば豊かになる」 「それは、気の遠くなる時間が必要かもしれんぞ?」 「ああ、それでも、俺は賭けてみたい。この考えに」 試すような、託すような、それでいて問いかける純粋な慈悲深い瞳にアクラブは頷いた。 「別の芝居を打つがどうだ?」 「ふふ。よいだろう」 にっとサイネリアは唇に笑みを作り出した。 「では、俺は俺に出来ることをやる。サイネリアも頼めないか?」 「なにをする?」 「まず、疑問を持つことだ。襲撃時ぎりぎりまで人々に疑問を投げようと思う。本当にこのままでいいのか、聖遣物がなくとも今自分たちがこうして生きていることを自覚してほしい。よそ者の戯言は歓迎はされないだろうが、小さな石でも投げたい」 「よかろう。我は上ソワレで子どもたちに話してみよう。それに襲撃現場も下見しておこう。連絡はノートでとろう」 「助かる」 宵闇に紛れて複数の足音が響く。 豪華な晩餐をする広間に武器を持った男たちが流れ込んできた。 予想しなかった襲撃に上ソワレの司祭と隣国の使者は蒼白となった。 「覚悟!」 血の気の多い若者が声をあげて襲い掛かるのにざぁ! 空気を焦がす音に紅蓮の炎が舞う。誰もが息を飲むなか、アクラブは隠し通路から入ってきた。 建物に入ると隠し通路はサイネリアが魅了の力を使い、聞きだしておいた。それに二人はじっとこのタイミングを待っていた。 「くだらない戦はもう終わりだ!」 太い声でアクラブが告げる。 「お前たちにとって聖遣物とはなんだ? 確かに、悪魔を退けた。しかし、そのせいで国は二つに分かれて争っている。それが本当にお前たちの信仰する者が望んだことか?」 アクラブは司祭の手にある豪華な箱を見ると指を鳴らし、炎を蛇のように放って、箱を奪い取った。 この国を襲った悪魔――天然ガスに含まれる毒は多くの人を殺した。それを浄化し、人々を救ったのが天上の青と謳われる竜刻。 アクラブは蓋を開けると、淡く輝く青い光が零れた。 それに隠れていたサイネリアがゆっくりと姿を現した。 誰もが息を飲むなかサイネリアは慈愛深い瞳で人々を見た。 「我が青よ!」 アクラブは迷いもなく片膝をついた。それが人々にどれほどの動揺を与えるかも計算してのことだ。 己の神はたった一人。しかし、神を思う者のためならば膝をつくことも躊躇うことはない。 アクラブの信仰とは揺るぎなく、迷いなく、生きる人のためにある。 「争いはやめよ。我はずっと見ていたぞ」 凛とした声でサイネリアは告げる。 「我は愛しき子らに教えを伝え、救うことができてとても満足して深き眠りについた。しかし目覚めてみれば子らは二つに別れ争っている。我にとってそなたらは「同じ人間」。それが血で大地と魂を穢すことは……悲しきことだ」 「こんなの、嘘だ」 「はったりだ」 人々の動揺の声にアクラブは拳を握りしめる。いくらサイネリアが美しい青を身に宿していても与えるインパクトが弱すぎるかと焦ったとき、淡い光が再び輝いた。 顔をあげてアクラブは見た。 空のように青いドラゴンを。 「我を疑うとは、いつの間にそうなってしまった? この姿を見て信じてくれるか? 我にとっては一時のことでも、人は変わってしまったのか、愛しき子らよ。……人間の違いは些細なことだ。どちらも嬉しければ笑い悲しければ泣き邪な欲もあれば、かけがえのない愛もある。我は昔の、力を合わせ生きていた人間を愛した。だからこそ力を貸したのだ」 慈愛深い声でサイネリアは淡々と、けれど望みを託して告げる。 「我はこれから、この者と旅に出る……戻った時、我にまた昔のようなお前達を見せてほしい。頼まれてくれるな、愛しき子らよ」 くおおおんとサイネリアは優しく鳴き、アクラブを呼ぶ。アクラブはふらふらと立ち上がる。 誰もが息を飲むなかサイネリアはアクラブを背に乗せて、窓を破壊して空へと飛び立った。 「まさか、本当に……俺は、いや、私は」 戸惑うアクラブにたいして、淡い光に溢れる大地を見下ろしたサイネリアは目を眇める。 「人は変わるだろうか」 「……すぐは、難しいでしょう」 「そうだな。だが、我らが落とした波紋が、少しでも何かを与えればよい。我は人を信じている。彼らの心を、さぁ、戻ろう」 「はっ」 「ふふ、アクラブまでそう縮こまるな。寂しいではないか」 紺碧の果てに淡い光が見える。それに向かってサイネリアとアクラブは進む。
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