▼あらすじ ミスタ・テスラ世界にある、コルロディ島。 ここには多くのオートマタが人間と共に暮らしており、それと同時に何人ものオートマタ職人(ドール・スミス)がいた。特にひとつの工房を管理するドール・スミスは、敬意をこめて〝マイスター〟とも呼ばれる。 ある日、ひとりのマイスターが亡くなった。 そのマイスターの元には、二人の弟子がいた。 ひとりはモリアス。自信過剰でプライドが高く、高慢な性格をしていたが、天才的な技術力と優秀な知性を持つ青年だ。 もうひとりはゼペルト。気弱な少年で、人形製作の技術も凡才的なものだが、優しい心を持っていた。 師匠であったマイスターが亡くなったことで、二人のどちらが工房を引き継ぐかという話になった。 しかし、性格も能力もまったく異なる二人の意見は対立してしまったのだ。「いいかゼペルト。人形はヒトの代わりとして作られる労働力だ。道具として如何に優れているかを追求すべきものだ。便利で効率的であることが求められているんだ」「違うよモリアス。人形は道具である前に、ヒトのパートナーだ。道具としての優秀さだけを追い求めるのは、間違っていると思う」 モリアスの製作技術は、師匠も目を見張るほどのものだった。彼が仕立てる人形は精巧で機能的であり素晴らしい出来栄えで、発注者からも賞賛された。製作効率も良く、モリアスは優れた人形を次々と生産することができた。 一方、ゼペルトにはモリアスのような天才的素質はなかった。それなりに身につけた製作技術で、それなりの質を維持した人形を、じっくりと時間をかけて仕上げることしかできずにいた。ゼペルトの仕立てる人形は、心回路の発達にこそ優れている一方、他の能力は普通の人形に比べて劣っていることが多くあった。「心意気と理想だけでは、何も生み出さない。大切なのは結果だ、ゼペルト。効率的な設備と計画で、すぐに役立てる人形を大量に生産するべきなんだよ」「それは違うよ、モリアス。僕たちドール・スミスは――」「……なぁ、おまえ。何か勘違いしていないか?」 モリアスは肩をすくめ、うんざりするように言葉を挟む。「おまえは、まるでオートマタをヒトにしたがっているようだが……ヒトがヒトを造ってどうする気だ? ヒトはヒトを生み出せるのに、それでは意味がないだろう」「……」「ヒトにできないことをやらせるのが、オートマタの役割だ。ヒトの生活を豊かにし、ヒトの肩代わりをさせるのが人形の存在意義なんだ。人形は労働力なんだよ」「……」「おまえは労働力を確保するために、他の土地へ侵攻して植民地にして、そこから人間を奴隷のようにさらってくるつもりか? そんな野蛮な時代はもうとっくに終わってる」「……」「ヒトの欲望の抑止力が、オートマタなんだ。人間が人間を使って人間から搾取しないために、オートマタは生まれたんだよ」「……」「人形はヒトである前に道具だ。ヒトに近づけるのは間違っている。人形はヒトじゃない」「……」「人形に必要なのは、道具として役目を果たすための優れた性能だ。心や魂なんていう、管理が煩雑なものは不要だ」「ねぇ、モリアス――」「はっきり言わせてもらう、ゼペルト。おまえは間違っている。師匠も技術は素晴らしかったが、掲げた理想だけは今でも賛同しかねる。おまえも師匠も……やってること、やろうとしてることは所詮〝お人形遊び〟の延長なんだよ」「……!」 こうして。 意見の相違から二人は仲違いし、モリアスは自ら工房を去って。 その後、新たな土地でひとり新しい工房を打ちたてたモリアスは、その天才的素質を生かして次々と優れた人形を生産していった。 ゼペルトは亡くなった師匠の工房を引き継ぎ、新たなマイスターとして活動すべく、自分のやり方を信じて人形や仕事と向き合っていた。 ……けれども。 モリアスの造った人形と自分の造った人形を、どうしても比べてしまって。「こんなのじゃダメだ! 心意気だけ立派だなんて、間違っているなんて言われないように……師匠や僕が正しいことを、モリアスに証明するために。少しでも、理想に近いオートマタを造らなくちゃ……!」 そうして。 天才に敵うように、何体も人形を造り上げていく中で。凡才は先を見失ってしまう。 己への問いかけに、答えが見出せず。彼の手は止まり、工房には納期が迫ったことによる催促の手紙や連絡が、ひっきりなしに届いていた。 でもゼペルトの目は生気を失ったように虚ろで、迷いと悩みに充ちていて。思考を重ねても回答は出ない。ただただ時間だけが過ぎていく。 † そんなマスターの様子を見かねて、彼に仕えるオートマタのメイド・アリスは、ある手段を取った。 コルロディ島に訪れる、遠方からやってくると言うあの不思議な旅人たち。たくさんのものを見、たくさんのことを知っているであろう彼らであれば、マスターが探し求める答えを知っているのではないか。あるいはそのヒントになるものを持っているのではないか。そう考えたのだった。 アリスは早速協会へ連絡を取り付け、旅人たちが来たときには工房へよこすように伝えた。 そしてコルロディ島にやってきたあなたたちロストナンバーは、マイスターであるゼペルトの工房へと案内されたのだった。▼ミスタ・テスラ世界、コルロディ島、ゼペルトの工房にて 城のように大きな屋敷の中へ、ロストナンバーは招かれた。 あなたたちを先導するのは、この工房のマイスターに仕える、専属の女性型オートマタのメイド。むき出しになった大げさな球体間接や、肌と言うよりも装甲に近い金属質の肌など、見る限りは随分と旧いオートマタのようだった。 彼女に導かれた屋敷の地下に、工房はあった。木と鉄の骨組みで作られた地下工房は、小さな村ならばまるごとひとつ収められてしまえそうなほど、広大で。その縦にも横にも広い地下室は、ほとんどの空間が大型の機械装置と埋め尽くされていた。 めまいがするほどの緻密さと膨大な量の歯車やパイプ、金属製の部品によって作られたそれは、ミスタ・テスラ世界の独特の〝機関(エンジン)〟と呼ばれるもの。蒸気科学と魔道科学を組み合わせることで生まれた、複雑怪奇な機械装置だ。 壁に走る幾多もの動力管と接続された大型機関は、圧縮された蒸気を天井に噴出す音と、その機械仕掛けを蠢かせる力強い騒音を轟かせながら、絶え間なく動いている。血管や神経のように張り巡らされた動力管の端々にはメーターがついており、その鋭い針を不定期に左右へと振っていた。「私の知る技術とはまるで違いますね。洗練さには欠けますが、何と生命力に満ち溢れた機械でしょうか……」 荘厳とも言える機械の連なりを見上げながら、ジューンは感嘆とした様子で呟いた。 外宇宙への惑星間航行まで確立されているような、極めて科学の発達した世界を出身とするジューンにとって、ミスタ・テスラの生活様式や文化の数々は、すべてが新鮮なものに映った。 人間に極めて近く造られたアンドロイドでもある彼女の両眼のセンサーアイが、ピントを合わせる微かな駆動音を漏らしながら目の前の大型機関を視認する。感情回路の昂ぶりを内部機構が感知した。 一行は、そんな大型機関のある大部屋を抜けて、回廊に入っていく。 あれほどの規格からなる機関からにじみ出す稼動音はそれなりに大きく、会話には声を張り上げる必要がありそうなほどだった。 回廊に入ったことで駆動音も遠くに感じるようになってから、ジューンは先導役のメイド・アリスに尋ねる。「アリスさん、先ほどの機械は一体?」「オートマタを製造するにあたって必要となる、膨大な量の計算を担う高速演算装置です。こちらとは別の回廊の奥にある、ガントレットエンジンの使用に必要不可欠なものです」「ガントレットエンジン、ですか?」「当工房のマイスターである我がマスターは、〝オートマタの命を紡ぎ出す、機械仕掛けの母なる腕〟と称します」 先を行くアリスは皆を振り返りもせず、淡々とした様子で答える。「母の腕、かぁ。なかなか詩的な感じだね」 顎に手をあてがい、うんうんと納得した様子で緋夏(ひなつ)が頷き。その横を歩くメルヒオールが、意外そうな視線を向けて問いかけてくる。「へぇ……あんた、詩なんて読んだりするのか?」「何よお、あたしが本一冊読まないようなヤツだと思ってるわけ?」「正直に言えばな」「なんだよ、失礼だなぁ。――まぁ読んだことないんだけどね! 絵本とかだったら、マヤには読んでもらうんだけどなー」 悩むわけでもなく、あっけらかんと豪快に笑いながら緋夏は返す。メルヒオールは「んなことだろうと思ったよ……」と、つまらなそうに頭をぼりぼりと掻いて。 こうして親しみのあるやり取りをしているのも、二人は縁あって共に何度も、ここミスタ・テスラを訪れているからだった。 そんなメルヒオールと緋夏、二人の後方からふたつの声が届く。「……絵本を読んであげると、すぐに寝てくれますから手間がかからないんです」「あはは。マヤのマスターさん、子どもだもんね」 ひとつは、溜息交じりの冷めた声。緋夏が以前、このコルロディ島で面倒を見た少女型オートマタ〝マヤ〟だった。 もうひとつは、明るい笑い声と弾んだ声音。メルヒオールが育成を担当した少女型オートマタの〝イーリス〟だ。 どこから話を聞きつけてきたのか、一行がコルロディ島に到着するや否や、二人を出迎えてくれたのだ。そして、何だかよく分からないけれど着いてくることになってしまい、今に至る。「ゼシカちゃんは、絵本とか好き?」 イーリスとマヤの二人に手を引かれながら歩く小さな子どもへ、イーリスは気さくに声をかけた。 一行の中でもっとも背が小さく、歳も大きく離れているこの子どもは、ゼシカ・ホーエンハイムだ。 ゼシカほどの小さい子が珍しいのか、イーリスとマヤはゼシカの面倒を見ると言ってはしゃぎ、常にこうして手をつないでいる。 人見知りで引っ込み思案でもあるゼシカは、最初こそびくびくと遠慮がちだったけれど。オートマタの少女ふたりが優しくしてくれるので、ちょっとずつ慣れてきているようだった。 イーリスの問いに、ゼシカは視線を落とし考える仕草をして。やがてイーリスを見上げながら、こくこくと頷いた。「うん……ゼシね、絵本、すきよ。読んでもらうの、すき」「やーん、ちっちゃい子ちょー可愛い。私、ゼシカちゃんみたいな妹が欲しいなぁ。マヤもそう思うでしょ?」「……まぁゼシカくらいなら、面倒みてあげてもいいですね」 言葉はそっけないけど、ゼシカを見下ろすマヤの瞳は、ほっこりしていて。 ゼシカはそんなマヤの視線に気がつくと、はにかむんで目をそらしてしまう。愛らしい仕草に、マヤがくすりと微笑んだ。「やーん、ちっちゃいゼシカ見て笑ってるマヤちょー可愛い。やっぱりうちのマヤは最高だなぁ」「あの……歩きにくいのでやめてもらえます?」 いつも冷たく淡白で、あんまり他のことに興味を示さないマヤの反応が新鮮で可愛くて。緋夏はマヤに抱きついて頬擦りした。 マヤは、自分のセミロングの黒髪が乱れてしまうことを気にして、面倒くさそうに嘆息する。でも抵抗はせず、頬擦りされるがままだったけれど。(……それにしても、なんで俺のまわりはこう、女しか集まらないんだ……) 緋夏もジューンもゼシカも、少女オートマタであるイーリスもマヤも、先導役のメイド・オートマタのアリスですら、みんな女性。女性が苦手なメルヒオールは、なぜいつも自分の苦手なものばかりが集まってくるのか不思議で、己の運の無さを内心で嘆いた。 でもアリスによればマイスターは男性とのことだったので、少しは気が楽になるかと踏んでいた。というか信じていた。「で、メイドさんよ。マイスターさんってのはまだか」「丁度、到着しました。こちらです」 回廊を進み、いくつかの大部屋を通過した先。 大きな木製の扉を開くと、無数の人間が商品のように陳列されている大部屋が皆の目に飛び込んできた。 瞳を閉じ、身動きも呼吸もしない人間が無数に並んでいる。それは製造され、保存されているオートマタたちであった。 幼子、青年、大人。あるいは妖精のように小さなオートマタ、あるいは鉄巨人のような大きいオートマタ、人型をしておらず動物か虫か何かに見える歪な人形もいた。 固有の椅子のようなものに腰掛け、あるいはハンガーに吊るす衣服のように壁にかけられている。しなやかな木製素材で編まれた籠の中で小鳥のようにじっといていたり、あるいは豪奢な棺のような木箱の中で眠り姫のごとく横たわっている。まるでオートマタの保管庫を思わせる。 保管庫の中央だけは人形が並んでおらず、代わりに作業台といくつかの使い古した机があった。その隣ではロッキング・チェアがゆらゆらと揺れており、そこに力なく腰掛けている人影が遠巻きに見えた。 アリスに連れられ、皆は人影の近くまで案内される。 眠りこけているように動かないその人物にアリスが近づき、耳元で何かを囁いた。「ん……まさか本当に連れてきたの? アリス……」「はい、マスター。……代わってご紹介いたします。我がマスターであり、当工房のあるじでもある、マイスター・ゼペルトです」 ゼペルトと呼ばれた人物は、ロッキング・チェアからゆっくりと腰を上げた。 背はあまり大きくはなく、ジューンと同じ程度だった。まだ大人と呼ぶには到底早すぎる年齢だった。少なくとも20歳には満たないだろう。顔つきも声も、幼さが抜け切っていない。 全体の線は細く、薄汚れた作業着の上に厚手のエプロンを身に着けている。いくつもある衣嚢には無数の道具が詰め込まれている。 顔には複数のレンズから成る、大きくて奇妙な真鍮製の眼鏡をつけていた。縁には小さなダイヤルやつまみがついていて、眼鏡というよりは機械のようだった。「アリスが言うとおり、僕がゼペルトだ。……でも、ごめん。今は客人を歓迎している余裕はないんだ……」 分厚い皮手袋を外し、機械眼鏡の位置を直しながら。疲労でかすれた声音で、ゼペルトはぼそぼそと呟いた。「正直なところ……君たち旅人を、僕の個人的な用事などで呼びつけるなんて反対だったんだけれど……」 溜息をつきながらも、ゼペルトが眩しそうな視線を向けたのは。仲良く手をつないでいる少女オートマタのイーリスとマヤに挟まれている、ゼシカだった。 イーリスとマヤには「……うん、よく稼動してるようだね。さすが師匠のオートマタだ……」と、懐かしそうに呟いて。 ゼペルトは、ゼシカのもとにふらふらと歩み寄ると肩膝をつき、視線の高さを合わせた。「こんな小さな子まで来てくれたとなると……無下にはできないからね。……君、歳はいくつ?」「5つよ」 ゼシカはつないでいた手を離し、片手の指をいっぱいに広げてみせた。「5歳か。君も、僕とお話するために、来てくれたの?」 ゼシカは口元に手をやりながら、遠慮がちに小さく、何度も頷いて。「うん。ゼシ、ゼシね。お人形がどうやって造られるのか、見てみたくて……見学にきたの。大人のお人形も、子どものお人形も、ロボットさんなお人形も、いるんでしょう? とっても楽しそうだから――」「うんうん……」 必死に言葉を紡ぐ幼女を前に、ゼペルトのやつれ顔は微かに笑んで。「――だから、おーえんしに来たの。職人さんのこと、おーえんしにきたの。ゼシには、むずかしくてよく分からないけど……でも、頑張るわっ」 肩にかけた鞄の紐を、きゅっと握って。ゼシカはマイスターのゼペルトを、真っ直ぐに見上げた。 ゼペルトはゼシカの頭を、ぽふりとひと撫でしてから、重そうに腰をあげて。「……さて、話を聞くにしても、こんな汚れた格好じゃ申し訳ないからね……ガントレットエンジンも使いっぱなしだったし、ついでに休ませてくるよ。少し席を外すけど、ここの屋敷のものは自由に触れていいし、必要なものがあればアリスに言ってくれ」「ねーねー。ここに置いてあるオートマタって、動かないの?」 大量に保管されている周囲の人形をぐるりと見回しながら、緋夏は無遠慮に明るく問いかけた。でもゼペルトは気にした様子も見せず。「あぁ、残念だけど動かない。僕はオートマタに、覚醒や選択の意志を与えているんだ。端的に言えば、ここのオートマタたちは持ち主を選ぶ。それまでは決して目覚めることがないのさ」「まるで眠り姫、だな」 メルヒオールが何気なく呟くと、緋夏は弾んだように指をぱちんと鳴らして得意げに言った。「それだー、さすがメル先生! もしかしたら、キスとかすれば目覚めるんじゃない? マヤ、イーリス、ゼシカ、ちょっとこの子たち起こしにいこうっ!」 なんて言うが早いか、両手に二人、背中にゼシカを乗っけて、保存されている人形たちへと駆け寄っていく。 メルヒオールは、そんな彼女たち(主に緋夏)の言動を見て、疲れたような溜息ひとつ。「……何だか、うちの連れが迷惑かけるな」「いいさ。賑やかだし、気分転換にもなるから」 こほん、とジューンが咳払いを挟み、ゼペルトに問いかける。「……ところで、マイスター・ゼペルト。アリスさんからお伺いしましたが、オートマタ作成で悩んでいるとお聞きしました。……何やら大きな問いがあるようだ、とアリスさんはおっしゃっていたのですが、その問いとは?」「あぁ……色々あって、オートマタを製造するにあたっていくつかの疑問が浮かんでしまってね。いや、考えても仕方のないことなんだろうけど、頭の中をついて回って離れないんだ」 機械眼鏡を外し、こめかみを指でほぐしてから、ゼペルトは言葉を続ける。問いは、大きく分けて3つあった。 1:人形はヒトたり得るのか。人形=ヒトなのか。人形は道具であるべきなのか。人形とヒトの違いとは何なのか。 ――彼は問う。人形とヒトは、どうあるべきなのか? 2:ヒトとそうでないものとは、心や魂が宿っているかの違いがあると言う。では、心と魂とは何だ? 巧みな数式で組まれた行動命令と、いったい何が違うのだろう。心や魂があり、余分な葛藤や欲を抱く人形など、不便でしかないのだろうか。 ――彼は問う。人形に心や魂は必要か? そして心とは、魂とは何か? 3:オートマタという名の人形。ヒトがそのような人造生命を生み出すことは、正しいことなのだろうか。自分がやっていることは、はたして正しいのだろうか。 ――彼は問う。ヒトが人形を作り出すことは、正しいことなのだろうか?「以上が、僕からの問いかけだ……」 ゼペルトは機械眼鏡を再び装着する。「はるか遠くから来たと言う、旅人の君たちは……僕の問いに、何と答えてくれるのかな」 マイスター・ゼペルトは、疲れ切った青白い顔をゆがめて。命の灯火を小さくさせた病人のように、力なく哂った。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ゼシカ・ホーエンハイム(cahu8675)メルヒオール(cadf8794)ジューン(cbhx5705)緋夏(curd9943)=========
▼ゼペルトの工房、地下の保管庫にて 「何これ、すげー! 超カッコイイ!」 ゼペルトから借りた機械眼鏡を手にして、緋夏は目を輝かせた。「貸してよー」とせがむイーリスや、機械眼鏡を珍しそうに見上げているマヤに、緋夏は大人げなく「いいだろー」「あたしが先に借りたんだからね、あとあと!」と子どもみたいに自慢している。 ゼシカは、保管庫で綺麗に並べられているオートマタ達を見て回っていた。 「本当に、お人形さん達がいっぱいいるのね」 小さいもの大きいもの、人型ではなく虫や動物のようなもの……たくさんの人形が、身動きひとつせず彫像のように佇んでいる。 その中で見かけた一体に、ゼシカは強く興味を惹かれた。小走りで駆け寄っていく。 大人の男性を模したオートマタだ。薄幸そうな顔立ちに黒い髪。牧師服のようなゆったりとした服を着込んでいる。瞳を閉じたまま、背もたれと肘掛のついた椅子に腰掛けている姿は、まるで眠っているようでもあって。 「……パパ?」 ゼシカは古びた写真一枚でしか、行方不明である父の姿を知らない。その写真で見た父親の外見と、このオートマタがそっくりであったのだ。 ゼシカのつぶらな瞳が、不思議そうに瞬きをした。その人形を見つめていると、ジューンが声をかけてくる。 「どうしたのですか?」 「このお人形がね。ゼシのパパに見えたの」 「パパに、ですか。……ゼシカさんのお父様は?」 「いなくなっちゃったわ。だからゼシ、探してるの。いつも似顔絵を持ってるのよ、ほら」 ゼシカは、鞄から取り出した包みをひらいて、丸めて畳んでいた似顔絵を取り出した。ジューンはそれを受け取り、両手で広げる。 へにょりと曲がった輪郭、単純な色付け。歳相応の幼い絵だ。ジューンはやんわりと微笑みながら「上手ですね」とゼシカの頭をぽふぽふして。 そこに、オートマタの少女達ふたりも近寄ってくる。 長い髪を後頭部で編み、ピンで留めているほうがイーリスだ。質素だけど清潔感のあるワンピースの上に、エプロンをつけている。 「これゼシカちゃんが描いたの? ふふ、かわいい絵っ」 ジューンの横から顔を出し、ゼシカの絵をにこにこしながら見下ろして。 イーリスとは反対側のほうから顔を覗かせたのが、マヤだ。真っ直ぐに伸びたセミロングの黒髪と細い双眸、大人びた雰囲気が特徴の少女型オートマタ。 「黒い髪……これは眼鏡? 知的だけど自信が無さそうな顔をしていますね」 幼女の拙い絵に、マヤはしれっとそんな感想を呟く。 はっきりとした物言いにジューンやイーリスは苦笑いするしかできない。緋夏が慌てた様子で駆け寄ってくる。 「ちょっとマヤ、だめ! 先生はともかく、ゼシちゃんには優しく――」 「……けれど、優しそうな笑顔をしてる。ゼシカは、きっとお父さん似ね」 マヤが頭を撫でると、ゼシカはこすぐったそうにはにかんだ。マヤが後からきちんとフォローしたのが意外だったので、緋夏はずっこけるように脱力したものの、安堵の溜息をつき。 それからゼシカは、父親に似ている男性オートマタをしんみりとした表情で見上げていた。 すると。 音も無く、静かに。男性オートマタが、瞼を開いたのだった。ジューンやイーリス達はぱちくりと瞬きをして、動き出したオートマタに驚く。 「動いた……? ゼペルトさんは、オートマタがひとを選んで目覚めるように設定した、とは言っていましたが……」 ジューンは、動き出した男性人形をまじまじと観察して。 ゼシカはしばらく、その人形を黙って見上げていた。確認するように指や関節を動かしている彼が、やがてゼシカに視線を転じてくる。 「おはよう、お寝坊さん」 ゼシカは、にこりと笑いながら手を伸ばす。 「ゼシの名前はね、ゼシカ。ゼシカ・ホーエンハイムと言うのよ。ゼシって呼んでね」 「マすター、ゼし……」 まだ発声がうまく機能していないのか、男性人形の呟きは掠れていて。 「そう、ゼシよ。お利巧さんね。……ゼシのパパは、ハイドって言うお名前なの。だから、パパに似てる貴方の名前は、ジキルよ」 「じキる……」 「そうよ、ジキル。さ、ゼシが色々と教えてあげるわ。一緒に遊びましょ」 舌足らずな声で提案したゼシカは、手足の動作がまだおぼつかないジキルの手をとり、寄り添うようにして歩いていく。 緋夏はその様子を横目で見ながら、メルヒオールへ耳打ちをして。 「なんでハイドだとジキルなの?」 「壱番世界の架空小説に、ジキルとハイドっていう二人のキャラクターが登場していた本があるって聞いたことがあるぞ。そのつながりじゃないか」 メルヒオールは緋夏に顔を向けぬまま、ぬぼーっと返答した。 相変わらずメルヒオールは眠たそうにしているが、内心では工房の見学をそれなりに楽しんでいた。ミスタ・テスラには縁あって何度も訪れているが、この世界独自の文明品が生産される現場を、間近で見ることは機会も少ないからだ。 そうして一人、博物館を散策するような足取りでゆっくりと見て回っていると、片腕に機械人形のイーリスが元気良くしがみついてきて。 「せんせ、何してるの?」 「別に何も。……そっちは最近、調子はどうなんだ」 「ん、いつもどおり。瑠璃は勉強三昧、ジングは鍛錬ばっかり、ミオはぼーっとしてるし。あーでも、ティンカーベルは遠方の変わった演劇? に興味示してたっけ」 「ふーん。で、おまえ自身の調子は?」 「別にー、変わらないよ」 「……そうか」 特に発展することもなく、会話はフェードアウト。メルヒオールは気にせず、人形達の見物を続ける。でもイーリスはその横で、少しつまらなそうにほっぺたを膨らませていた。 「……」 「なぁイーリス、いい加減に腕――」 その後も、イーリスが一向に自分の腕から離れてくれないので、メルヒオールは怪訝そうな目を向けた。するとイーリスの眼差しが、旅の仲間であるジューンへ向いてることに気がついて。 「……何見てるんだ?」 「ジューンさんのお洋服、素敵だなーって。私のエプロン、繕い跡ばっかりで何だかみすぼらしいんだもん」 イーリスは切なそうに、エプロンとスカートをはたいた。 「俺はおまえの、このエプロン……嫌いじゃないけどな」 メルヒオールは片膝をついて座り込む。イーリスのエプロンの裾をつまんで、その生地を確かめるように指先で触る。 「汚れは、それだけおまえが頑張って家事や仕事をした証だろ。繕い跡があるのも、穴が開いたりひどい汚れが付いてしまうくらい、たくさん労働した証だ。それに、こうした修繕だってイーリス、おまえは自分でやってるんだ。それはすごいことだぞ。おまえはおまえで良いところがあるんだから、気にするな」 片膝をついたまま、イーリスを見上げて。彼女の頭を撫でてやる。 イーリスは不機嫌そうな目つきをしながら顔をそらした。けれど口元がにまにまと綻んでいるのを見ると、まんざらでもないようで。 そんな二人を遠巻きに見ていた緋夏は、黄色い声をあげてはしゃぐ。 「きゃー、むっつりメル先生がイーリスちゃんのスカートめくろうとしてるゥ」 「いや待て、どこがそう見えるんだ!」 メルヒオールは、ばっと素早く立ち上がって緋夏に抗議した。そんな彼に、マヤとイーリスは蔑むような目を向けて。 「……男は不潔ですね」 「先生のえっち」 (く、だから女は苦手なんだ……) ぎりぎりと胃が収縮するような不快感に襲われつつ。メルヒオールは力なく肩を落とし、面倒くさそうに顔をしかめるしかできなかった。 「……?」 ジキルと一緒にいたゼシカは、そんな彼の様子を遠巻きに目にして。でもよく分からないといった表情で、不思議そうに首を傾ぐだけだった。 ジューンはそうした中、並ぶ機械人形達を眺めて、瞳にどこか悲しそうな色をにじませていた。椅子の上や鳥籠・棺の中で、自らが求める主と出会うまで眠ったままの、大小さまざまな人形達を見つめる。 (ここで眠ったままということは、遣えるべき主にまだめぐり会えていないということなのですね……可哀想に) ジューンは見た目こそ人間のそれに近いが、精巧に作られた女性型アンドロイドだ。ひとの手により、目的を持って造られた存在である。人間に極めて近い外見と、高度な思考能力を与えられている。 けれどジューンは、己を人間であると誤解したり過信したりせず、ある種の道具であることを認識し、受け止め、あるべき役目を果たすことが造られた側の喜びである――と考えている。そうした意味も役割も、目覚めてこそ与えられるものだ。 それができずに眠り続ける彼らは、きっと目覚めを心待ちにしているはずで。 (早く貴方達が目覚めて、人と共に働く喜びを味わえますように) 自分には、何もできない。だから祈るしかできず。 歯がゆさを感じるジューンは一人、悲しそうに目を伏せた。 † やがてゼペルトが戻ってきた。一行は地下工房から移動し、地上にある屋敷の一室へと通された。 ゼペルトの方針なのか、客人をもてなすような部屋であっても目を見張るような調度品は見当たらない。しかしアリスが丁寧に掃除しているためか、部屋は小奇麗に整理整頓され、質素の中にも清潔感があった。 ロストナンバーの面々は、それぞれ椅子やソファーに腰掛けて。机を挟んだ向こうにいるゼペルトとの、対話を始める。 「貴方が神を気取っていないならば――」 まず初めにジューンが挙手し、彼に対してそう切り込んだ。無遠慮とまではいかないが、はっきりとした物言いだ。 「せめて貴方が自分の子育てを体験なさるまで、オートマタ製作をお止めになるよう忠告します」 「おいおい、いきなりストレートだな……」 メルヒオールは苦笑がちに言葉を挟みながら、ちらりとゼペルトを盗み見た。彼は怒るわけでも苦笑するわけでもなく、顎に手を当て、真剣な表情で思案をしながら、ジューンの言葉に耳を傾けているようだった。 射抜くような視線をゼペルトから外さないジューンに、緋夏は唇を尖らせながら言う。 「ちょっとジューン、ゼペルトに失礼じゃなーい?」 「ソファーの上でふんぞり返って、お茶菓子平らげてるおまえが言えた台詞じゃないだろ……」 そんなやり取りに反応することなく、ゼペルトは中空に流した視線をジューンへと向けなおして。 「なるほどね。ジューンさん、だっけ。君の真意は何?」 「貴方は自分が一番、オートマタを物だと差別している事に気付いていらっしゃらない」 「僕が実際に、そうしてるかどうかはともかく……君にとっては僕の、オートマタへの扱いが許せない……ということかな。なら君にとって、オートマタはどういう存在?」 「オートマタは〝ヒトの隣人ではあるが、ヒトではない存在〟と考えます。それは――」 ジューンが述べる考えは、こうだった。 オートマタは隣人であり生き物であり、道具の延長線上であると。それ故に、他の誰かの役に立つ事を喜びとする。その心は個人ひとりに仕えるのではなく、社会で暮らすことで育まれる、と。 「――それなのに貴方は、オートマタと主人との関係だけに目を向けて、あの子達の働く喜びと経験を奪ってしまっています」 「なるほどね」 ゼペルトが腕を組んで思考にふける中、ゼシカと緋夏は軽くうなり声を上げながら首を傾けた。 「職人さんが、キカイを奪った……の? うーん」 「この名探偵ヒナツでもよく分かんないやー」 「ゼシカはともかく、おまえは最初から考える気がないように見えるんだが」 メルヒオールがぼんやりと頭を掻きながら、二人に解説する。 「〝社会で生きることで、誰かの役に立つ喜びを育む機会〟をゼペルトがオートマタから奪っている……という意見が、ジューンの考えだ。ゼペルトは基本的に、個人に向けたオートマタ製作をしている。でもジューンにとっては、その〝個人に向けた提供〟という意向自体が間違いであり、オートマタの心を育てる機会を奪っている……という訴えなんじゃないかと思うんだが。……違うか? ジューン」 「私の言葉をどう受け止めるかは、皆さんにお任せします。これ以上の発言は致しません」 メルヒオールが向けた問いかけに、ジューンは凛とした態度で答えて。 ゼペルトは眼鏡(今は普通の眼鏡だ)の位置を直しながら、苦笑ひとつ漏らさず首を小さく縦に動かして。 「いや、参考になったよありがとう。遠慮のない真っ直ぐな意見のほうが、僕も思案しやすい」 ジューンの言葉は、ゼペルトの意向そのものを否定するようなものであった。けれど彼が怒ることはない。今は自分自身の感情と、自分への意見とを切り離し、客観的に受け止めながら考察しているようだ。 「でも、確かに……ひとは誰かと接することで、生きている。それは特定の誰か個人であったり、社会という仕組みであったり……」 ぶつぶつと呟きながら、ゼペルトはまた深い思考にふける。 何だか置いてけぼり感が否めない緋夏は、つまらなそうに椅子の上で胡坐をかき。 「ゼシちゃん、つまりどういうことー? ひなつ分かんなーい」 「うんとね……お友達や好きなひとだけじゃなくて、苦手なひとともお付き合いしなくちゃいけない……ってことだと思うの」 もじもじしながら、ゼシカなりの言葉で解説がされた。 メルヒオールは、それに感心の頷きをして。 「大したもんだ、ゼシカ」 「いやー、ゼシちゃんかわいいね! もじーってしながら頑張って喋る姿とか、マジたぎるね! あたしもゼシちゃんみたいに、ゆるふわ可愛いくなりたーいっ」 「おまえはいつも頭の中がゆるふわだよ」 「やだなー、もう誉めないでよメル先生!」 「……だめだこりゃ」 メルヒオールは片手で頭を抱えつつ、呆れるしかなかった。 思考のまとめが済んだゼペルトは、俯けていた顔をあげてジューンを見る。 「君が、人形達のことを憂いてくれていることは伝わったよ。オートマタのあるべき立ち位置、というのを考えろと……そう言ってくれているんだろう?」 ジューンは否定も肯定もせず、ただ沈黙を返して。 「……他に意見があるひとは?」 「ん、じゃあいいか」 メルヒオールがのそりと手をあげた。 「まぁ俺は機械に詳しいわけでもないし、もうこの島でイーリスやマヤといったオートマタの子ども達と接している。思い入れや体験の有無もあるから、公平さには欠けるかもしれないぞ」 「構わないよ、続けて」 「じゃあまず……オートマタに心が有るか無いかで変化するのは、オートマタ自身ももちろんそうだが……それと接する人間の方にも、大きな影響があるんじゃないかと思う」 相変わらず覇気には欠けるが、メルヒオールはゆったりと己の考えを言葉にして並べていく。 「オートマタをただの道具だと思うなら、使って捨てるだけだろ。彼らに心があるかどうかは関係なく」 「確かに、そういう見方もある。モリアスがそれに近いかもしれないね」 「だが〝オートマタとは心を通わすことができる〟なんて思っている人間なら、彼らには感情移入すると思うんだ。言葉の通じない動物と心を通じ合わせるみたいに、心の存在が互いの関係に作用することもある。ちょうど、俺とイーリスも似たようなもんだ」 メルヒオールは、隣に座るイーリスの頭に、ぽふんと手を乗せた。イーリスはその手を払い、恥ずかしそうにそっぽを向く。 「そんな関係性は、ひとによって違うし多様だ。だから人間とオートマタの関係が、善いか悪いかなんて単純に答えを決めてしまってはいけないと考えてる。ひとつの型に押し込めてしまえば、それ以上の変化はしなくなってしまうからな。善悪の判断が揺れるからこそ、間違っていたとしても修正していけるだろ。もっとも、悩み続けるのは負担であるかもしれんが……」 メルヒオールはそこまで話すと、唸りながら申し訳無さそうに頬を掻き。 「うーむ。……曖昧だったらすまんな」 「いや、大丈夫。なるほどね……心の有無で変わるのは、オートマタ自身だけではなく、それと接する人間達も……か。ジューンさんの言いたいことと、少し結びつくような気がするね」 ゼペルトは目を閉じ、腕を組む。顎を指先でとんとんと叩きながら、メルヒオールの意見を頭の中で咀嚼した。 ふと、今まで目立った発言をしていなかったゼシカに気づくと、ゼペルトはそちらに優しそうな目を向けて。 「……ゼシカには、ちょっと難しい問題かな。でも良ければ僕に、ゼシカが思ってることを教えてくれないかい?」 その言葉に、ゼシカは他の面々をちらちらとうかがった。それぞれ「大丈夫だよ」と肯定するように頷いてくれたのを確認してから、ゼシカはひとつ深呼吸を挟み。舌足らずな声で語り出す。 「ゼシね、相棒さん……その、モリアス、さん? ……の言うことも、分かる気がするの。お人形は、ひとのお手伝いをするために生まれたって」 その言葉に、ジューンは賛同するようにそっと頷いて。 「でもね、きっとそれだけじゃないと思うの。おとーさんとおかーさんから、赤ちゃんが生まれるみたいに……職人さんが愛情をこめてお人形を造ったのなら……お人形がココロを持っても、ちっとも不思議じゃないわ。それを無いだとか、いらないとか決めちゃうのは、寂しいし悲しい気がするの……」 ゼシカは隣に顔を向けた。従者のように付き従う男性型オートマタのジキルが、ゼシカの腰掛けるソファーの傍で片膝をつき、じっとしていた。 ゼペルトが戻ってくるまで、ゼシカは彼と一緒に工房を巡ったり、本や道具を使って物事を教えていたりしていた。大人びた青年に、幼い女の子が手取り足取り教えているさまは、皆にとっても微笑ましいもので。 ゼシカは、傍にいるジキルの頭を優しく撫でて。 「ねぇ職人さん、ゼペルトさん……。ゼペルトさんは、この子達のおとーさん? それとも神さま? こうやって、ジキルやアリスさんみたいに造ったお人形達を……どうしてもらいたいの?」 批難するわけではなく、ただ純粋に疑問を持ったのだろう。ゼシカは無垢な眼差しを向けながら、ゼペルトにそう問いかけた。 彼は首をひねって少し考えてから、ぽつりと呟く。 「……大切にして欲しい、かな。だから僕は、オートマタに鍵をかけた。自らが望む主くらいは、彼らが選べるようにって」 「お人形さん達のこと、愛しているのね」 物事に対して、そうして躊躇なく「愛してる」だなんて口にできるのは、幼い彼女の特権かもしれない。 緋夏が横で、ゼシカの可愛さと台詞の恥ずかしさにもだもだしていると、メルヒオールとマヤがぱしんと頭を引っぱたいて静かにさせた。ジューンはそんなやり取りを見て、おかしそうに微笑み。 ゼシカは指をもじもじさせながら、言葉を続ける。 「ココロやタマシイってね、誰かを想う気持ちなの。こうなって欲しいとか、ああなって欲しいとか、してもらいたいとか。……アリスさんもジキルも、ここにはいない他のお人形さん達もみんな、そう。ゼペルトさんから心を貰ったのよ」 だから、その――と。うまく言葉が続けられず、ゼシカはおろおろと視線を泳がせる。溢れる感情を処理できなくて、長い睫毛に縁取られた瞳が潤む。 ジューンが歩み寄ろうとしたが、ゼシカの傍に控えていたジキルが、そっとゼシカの肩に手を置いて。 「だイ、ジょウ、ぶ」 たどたどしい発音で、そう励ました。 ゼシカはこくこく頷きながら、つい溢れそうになってしまった涙を拭って。 「何がイイとか、ダメだとか……ゼシ、難しいことは分からないけど……お人形さんが、ゼシ達と同じように泣いたり笑ったりする、そんなココロを持っているのは……素敵なことだと思うわ」 「ひとつしっつもーん!」 しんみりとした静かな空気を読まず、緋夏が元気良く挙手をする。 「ゼシちゃん、すっごい大人だね! 歳いくつだっけ?」 「五つよ」 ゼシカは指を開いた手を、ん、と見せてあげるようにした。 「すごいよ、あたしより立派だよ! よくそんなに難しいこと、考えられるなぁ」 緋夏はお菓子を平らげた皿をテーブルに戻すと、こくこく頷いて。 「あたしはほら、脳味噌ちっちゃいし。悩んでることがまずよく分かってないんだよねー」 あっけらかんと言い放つ緋夏に、メルヒオールは僅かに眉をしかめて。 「いつも思うんだが、おまえ何しに来てるんだ?」 「え、何って遊びに……」 けろっと軽く返した。悪びれる様子は微塵もない。 「……聞いた俺がバカだったよ」 「ま、難しいことはメル先生に任せるとして――」 「……勝手に任せるなよ」 「あたし、考えるの苦手なんだよね。正しい在り様とかそんなの考えなーい。それに、人によって答えも考え方も違うでしょ? 答えはひとつじゃないし……だったら、悩んでも仕方ないかなーって」 髪の毛をいじくりながら、緋夏は無遠慮にそう言って。でもゼペルトは彼女の言葉に頷きを返しながら、きちんと耳を傾けているようだ。 「とにかく分かるのはさ。あたしはマヤが好きってこと。マヤがいてくれて嬉しいってこと。これだけは絶対に確実!」 窓際に立って外を眺めていたマヤを引っ張り、無理やり抱きしめて何度も頬にキスを連発する。マヤは鬱陶しそうに眉をしかめるが、嫌がったりはせず。 そのあと緋夏は、白い歯を見せながらゼペルトに朗らかな笑みを向けて。 「あたしね、家族いないんだ。だからマヤみたいな家族ができて、ほんと嬉しいって思ってる。マヤと出会えたのも、ゼペルトやその師匠さんがいてくれたおかげだよ、ありがとね!」 太陽みたいに明るい緋夏の笑顔を受けて、ゼペルトははっと目を見開いた。彼女の言葉で何かにふと気づいた、そういった雰囲気。 「ねぇねぇ、ゼペルトさん」 ゼシカは戸惑いを見せながら言う。 「何がただしーとか、りそーとか。いちど全部忘れて……なんで人形を作り始めたのかを、思い出してみて?」 「ゼシカさんの言う通りかもしれません」 ジューンは首肯し、淡々とした様子で言葉をつないだ。 「ヒトが何故、人形を……オートマタを作るのか。もう一度見つめなおしてみてください」 「もともとは、思ったものを自らの手でカタチにしたいという欲求があったじゃないかと、俺は思うんだが」 メルヒオールも頷き、ぼうっとした声音でゼペルトに問う。 「ゼペルト……あんたの心の根っこにある、その欲求とは何なんだ? なぜあんたは、オートマタを造ろうとしたんだ?」 「心の底にある欲求……一番の願い……?」 皆の言葉を受けて。ゼペルトは中空に視線を泳がせ、どこともない一点をじっと見つめた。 それからしばらく、言葉にならない呟きを漏らしながら、彼の思索が続いて。 「そうか……そうなのか……そう、そうだ! それなんだ!」 ゼペルトはどこかを注視したまま、勢い良く席を立って叫んだ。 「E U R E K A !(分かったぞ!)」 † その後、ゼペルトは嬉々とした様子で部屋を飛び出した。 呆気に取られる一行を、メイドのアリスが地下の工房へと案内する。 ゼペルトはそこで、地下工房の巨大回廊に密集する大型機関群を起動させていた。わくわくとした笑みが溢れて、気持ちが急いているといった表情と足取り。 そんなゼペルトの背中を、ロストナンバー達は思い思いの表情で見守る。 「僕の、最初の願い……それは、家族のためだった。父さんと母さんが遺してくれた、僕の唯一の家族……アリス」 ゼペルトは手元を動かしながら、独り言のように呟く。 「アリスを修理してあげたかった。もっときちんと動けるように、もっと丈夫に、もっと綺麗に……」 無数に穴の開いた、薄くて長い帯状の紙を機関内部に滑り込ませてゆく。 「そうしてオートマタを造り始めてから、やがて思った。ただ意図的に造られ、意図的に買われるのではなく……彼らに、主を選ばせてもいいんじゃないかって。偶然に思えるような必然、運命の出会い……それを与えてあげたかったんだ」 血管のように張り巡らされた、蒸気動力管の圧力メーターを見ながらコックを捻る。バルブを回す。レバーを倒す。そうして機械群を操作していき、針が規定の数値を示すように調整する。 「それが別に、お人形遊びと言われても構わない。神を気取っていると蔑まれても構わない」 パンチ穴の開いたカード状のものを、機関の細い隙間にいくつも差し込んでゆく。 「僕は、ドール・スミスをやめない。人形達に心を与え続ける。モリアスが目指すものと、僕が目指すものは違う……!」 ゼペルトは眼鏡を外し、専用の眼鏡をつけた。複数のレンズから成る、大きくて奇妙な真鍮製の眼鏡。縁には小さなダイヤルやつまみといった機巧が付いていて、眼鏡というよりは機械に見えるそれ。 「悩んでいることに、絶対の終わりをつけなくても良いんだ……考え続けて悩み続ける。歩むことをやめないことが、僕にできること」 ゼペルトはひときわ大きなレバーを倒した。 圧縮された蒸気を吹き出しながら、回廊奥の壁面が扉のように開いていく。 白い蒸気に包まれながら姿を現すのは、黄金色に輝く金属の棒、歯車、シリンダー、バネ、鎖、あるいは木製の部品などで構成された、巨大で巧妙な機械装置。一本の太い柱にも見える機械仕掛けの集合体。その先端はさらに五つの集合体に分岐し、何かを覆うように大きく広げられている。 それは機械仕掛けの巨大な腕だった。指一本の長さや大きさは、成人男性ひとり分くらいはある。腕は天井から吊るされていた。 機械仕掛けの腕、すなわちガントレット・エンジンを背にし、ゼペルトは一行に向き直った。 「せっかくここまで来てくれた、せめてものお礼だ。ガントレット・エンジンが動く様を見せてあげるよ」 その表情には、もう迷いはなかった。 いくつもの機械装置を取り付けたような椅子に、ゼペルトは腰掛けた。紙が張られた金属の板を、横から引っ張ってきて手元に置く。紙には、何かの図面や膨大な数式などが記されていた。 板に備え付けられたキーを押すと、図面らしき紙が次々とめくられ、切り替わっていく。小さな針のついた金属の腕が椅子の側面から飛び出してきて、図面に線や文字や数字を自動的に記していく。 「それと、イーリスにマヤ。あとで君達を特別に整備してあげよう。外も中身も、うんと綺麗にしてあげる!」 イーリスとマヤの二人は顔を見合わせると、手を取り合って喜び合った。 大型機関が、大地を揺さぶるような轟音と凄まじい量の蒸気を吹き出しながら、震える、揺れる、蠢き出す。 ガントレット・エンジン。大きな大きな、機械の指先。それらが稼動を始めた。巧みに精緻に動き、静止し、重なり合う。用途不明の部品の数々が、機械仕掛けの掌で、瞬く間に組み上げられていく。ひとつのカタチを取っていく。 「ふおおお、すげー! こうやってマヤも生まれたんだね」 「良かったな、イーリス。これで少しは美人になるぞ」 「キカイがいっぱい……すごいわね! あ、ジキル。よく見えないから、ゼシを抱っこしてちょうだい?」 「これが、ガントレット・エンジン……私のような擬似の命を紡ぎ出す、機械仕掛けの母なる腕……」 黄金の掌の上で紡がれていく、人工の命。造形されていく機械人形。 その、ある種芸術的とも言える製造工程を。皆は感嘆の眼差しを注ぎながら、静かに見守っていた。 <了>
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