ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。=======
天幕をくぐると、中は不思議な香りで満ちていた。 「……たしか安眠を誘う香が焚かれてるんだっけ」 ブレイク・エルスノールはすうと香りを吸いこんで、 「――うん、慣れない香りだけど、悪くないかも。安眠作用ってうなずけるなあ」 この敷物も気持ちいいね、と敷かれている布にのっかり、ぽんぽんと叩く。 『ソレデ、何ヲスルツモリナンダ?』 使い魔ラドヴァスターが、訝しそうに主たる青年を見やる。 ええとねえ、とブレイクはにこっと従者に笑いかけた。 「年明けにはいい夢を見られるって聞いて来たんだ。ヴォロスの暦は知らないけど、気持ちの問題だよね?」 『夢を見に』来た――そう告げた主に、ラドは驚いたような気配を見せる。 ここは信託の都メイム。訪れる人々は十中八九『夢』を求めている。それは当たり前だが、 『夢ッテチョット待テ不眠症。寝レルノカ?』 ブレイクはその体に悪魔の力を宿している。その副作用のようなもので、彼は睡眠を受けつけることができないのだ。いつも眠たげにしている主のことを、ラドはよく知っている。 しかし使い魔の当然の疑問に、ブレイクは「いいところに気づいたね、ラド」と悪戯っぽく瞳をきらめかせた。 「僕がぐっすり眠るためには、ラドの力が必要だよ」 『……催眠カ? 催眠ニ限ラズ、使イ魔ガ主に魔術ヲ掛ケルノハ、局デ禁ジラレテルダロ』 「だーいじょーぶここは局の監査来ないから。あ、ついでに付添人よろしくねー」 『オ前最近、使イ魔扱イ荒クネェカ?』 ぼやき始めた使い魔をよそに、ブレイクは柔らかい敷物の上に横になった。瞼を閉じると、世界が暗転する。 やれやれとラドが術の用意を始める。 ふわり、と安眠を誘う香が、青年の鼻腔をくすぐった。―― ***** そこは透明な空間だった。 何もない世界。物もなく音もなく色もなく匂いもない。まっさらな世界の中心に、ぽつりとブレイクだけが立っている。 足元を見ても、やっぱり何もない。けれど落ちていくわけでもない。何もなくても、誰もいなくても、不安になることはないんだな――とブレイクは冷静な自分を不思議に思う。 (これ……夢、だよねえ? なんだかなあ……) せっかくいい夢を見たくて来たのに。ブレイクは首をかしげて、 「どんな意味があるんだろう? まさか僕には未来がないとか?」 ぼやいては見たが、それは違うと自分で思った。たしかに何もない世界だったが、不愉快ではなかったのだ。 しかしこれでは、どこを見ていいか分からない。 途方に暮れてふと見下ろした手足に、ふと気がついた。 (……ああ、この格好は……) 長く鋭く伸びた爪。色が変わった皮膚。……口元に違和感、これは牙だ――さらに後ろを確認すれば尻尾もついている。 鏡はないが、自分の全体像が自ずと脳裏に浮かんだ。ブレイクはおぼろげに納得した。 (……夢って内面が出てくるみたいだから、夢の中では悪魔の姿になるんだ……) 当たり前のように尻尾を動かすことができるし、意識すれば爪の長さも変えられる。本来の姿でいたときにはありえないことを、今の自分はごく自然に行える。 太さの変わった腕を撫でながら、ぼんやりと思った。 (0世界に来るまでは、この姿がキライだったなあ……) 何となく、その姿で歩いてみた。 透明な世界に、初めて変化が起きた。彼を包む景色が変容する――見覚えのある人々の顔。 ブレイクを見て、恐怖に慄く目。 あるいは異質なものを侮蔑する目。 そしてブレイクが何もせずとも、“そこにいるだけで”人々はパニックを起こし、場は騒然となる。自分はそれに背を向け、ただ逃げるしかなかったあの頃。 (……別にみんなを恨むつもりもないんだ。自分が普通の人間で、目の前にこんな姿のやつがいたら、僕だって動揺したと思うし。ただ) ただ、誰も自分の言葉を聞いてくれないのが辛かった。 みんなは悪くない。全ては自分のこの姿のせいなんだと、自分を責めるしかなかった。 ――それに、この姿でいると。 ブレイクは足を止めた。 景色がまた動いた。彼の心を映すように揺れ、そして生まれた光景に、彼はそっと目を閉じる。 (……局の、人たちに……実験台に、されるし) ――でも今は、まるで遠い世界の話のようだ。 静かな湖水のような心持ち。『過去』といういびつな石を放りこまれても、波紋はほんのわずかに生まれるだけ。 そして、波もいつかは消えていく。 いつの間に自分の心の湖は、こんなに大きくなっただろうか―― (0世界に来て。色んな人と出会って。……今は、割とフツーかな) 大きくて広かったのは世界の方だ。あらゆる世界から来た人々は、ブレイクの想像をはるかに超えていた。それに圧倒される毎日。 僕よりスゴイ人もいたし。そう思って、ブレイクは少し笑った。 0世界においては、自分が思っていた“異質”はただの“個性”でしかない。間違っても『そんな姿をしているから』『そんな力を持っているから』『そんな過去を持っているから』なんていうことが、存在を否定する理由にはならないのだ。 自分の生まれた世界の価値観だけが全てではなかった。それを知れたことを、とても幸運に思う。 『割ト元気ソーダナ。悪魔ノ姿モ気ニ入ッタカ?』 ふと声が聞こえた。 振り向くと、そこに見慣れた使い魔の姿があった。 「あれ、ラドも来てたの?」 『チョイト様子見ニナ。ヤッパリソノ姿ダッタナ』 賢い使い魔は、主人の見る夢を予想していたらしい。 ゆっくり主人に近づいてくると、石の拳でこつりとブレイクを叩く。 『ソノ格好ニナッチマッテ、ビクビクシテンジャネーカト思ッテタガ、ヒトマズ安心ダ』 「安心って、何が?」 『ナニ、』 笑うような、気配があった。 『姿形ガドウ変ワロウト、テメェハソノママダッテコトダヨ。中身ガナ』 薫風が吹きこむように、その言葉が心をくすぐっていく。 ――僕はそのまま。姿形が変わっても、そのまま―― 透明だった世界がまた揺れる。心地よい波に揺れるように。そして世界が色づいてゆく。明るくあざやかな色が次々と生まれて広がっていく―― ***** 「……あれっ?」 目を覚ますと、そこは天幕の中だった。 「……あれえ? もう終わり?」 緩慢なしぐさで体を起こして、ブレイクは肩を落とす。何だかとてもいいところで夢が終わってしまった気がする。 見える景色が、これからどんどん変わりそうだったのに。 「……もっかい寝たいです」 『見レル夢ハ一回ポッキリダゼ、少年?』 夢の中と同じように、使い魔は隣に浮遊して、腕組みをしながら主を見下ろしている。ブレイクは思わずラドをにらみつけた。 「これじゃラドとお話しただけだよ。やだまた寝る」 ぼさっと敷物の上に体を倒した彼の脇腹を、使い魔は呆れたように蹴っ飛ばした。 『タダノ夢ジャネェ神託ダ。ツマリオレッチノ言葉ハ神託ッテコトデOKジャネ?』 「そんな神託の初夢やだー」 『トニカクモウ催眠カケテヤラネェゾ』 「やだやだ、もっかい寝るー!」 ばたばたと暴れて子供のように駄々をこねるブレイク。つれなく却下し続けるラド。 結局あきらめて天幕を出るのに、小一時間かかったとか…… ● ――彼の見た、夢は透明。 何色にでも染まる世界。 そこにどんな景色を描いていくかは全て彼次第。神託の都は彼の行く道に無限を見せて、………
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