オープニング

 ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。
 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。
 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。
 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。

 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。
 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。

 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。
 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。

●ご案内
このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・見た夢はどんなものか
・夢の中での行動や反応
・目覚めたあとの感想
などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
=======

品目ソロシナリオ 管理番号1601
クリエイタークロカ(waee5222)
クリエイターコメントお年始といえば『初夢』!
……ということで、突発的にやる気になりました、クロカです。

初夢という概念があるかどうかはともかくとして。
初夢ネタにしてもOK、通常運転のメイムでもOK。
年をまたいで夢に振り回されたい方、ぜひご参加ください(←そんな人はいない

*プレイング日数が短くなっておりますので、ご注意ください。

参加者
ブレイク・エルスノール(cybt3247)ツーリスト 男 20歳 魔導師/魔人

ノベル

 天幕をくぐると、中は不思議な香りで満ちていた。
「……たしか安眠を誘う香が焚かれてるんだっけ」
 ブレイク・エルスノールはすうと香りを吸いこんで、
「――うん、慣れない香りだけど、悪くないかも。安眠作用ってうなずけるなあ」
 この敷物も気持ちいいね、と敷かれている布にのっかり、ぽんぽんと叩く。
『ソレデ、何ヲスルツモリナンダ?』
 使い魔ラドヴァスターが、訝しそうに主たる青年を見やる。
 ええとねえ、とブレイクはにこっと従者に笑いかけた。
「年明けにはいい夢を見られるって聞いて来たんだ。ヴォロスの暦は知らないけど、気持ちの問題だよね?」
 『夢を見に』来た――そう告げた主に、ラドは驚いたような気配を見せる。
 ここは信託の都メイム。訪れる人々は十中八九『夢』を求めている。それは当たり前だが、
『夢ッテチョット待テ不眠症。寝レルノカ?』
 ブレイクはその体に悪魔の力を宿している。その副作用のようなもので、彼は睡眠を受けつけることができないのだ。いつも眠たげにしている主のことを、ラドはよく知っている。
 しかし使い魔の当然の疑問に、ブレイクは「いいところに気づいたね、ラド」と悪戯っぽく瞳をきらめかせた。
「僕がぐっすり眠るためには、ラドの力が必要だよ」
『……催眠カ? 催眠ニ限ラズ、使イ魔ガ主に魔術ヲ掛ケルノハ、局デ禁ジラレテルダロ』
「だーいじょーぶここは局の監査来ないから。あ、ついでに付添人よろしくねー」
『オ前最近、使イ魔扱イ荒クネェカ?』
 ぼやき始めた使い魔をよそに、ブレイクは柔らかい敷物の上に横になった。瞼を閉じると、世界が暗転する。
 やれやれとラドが術の用意を始める。
 ふわり、と安眠を誘う香が、青年の鼻腔をくすぐった。――
 
 *****
 
 そこは透明な空間だった。
 何もない世界。物もなく音もなく色もなく匂いもない。まっさらな世界の中心に、ぽつりとブレイクだけが立っている。
 足元を見ても、やっぱり何もない。けれど落ちていくわけでもない。何もなくても、誰もいなくても、不安になることはないんだな――とブレイクは冷静な自分を不思議に思う。
(これ……夢、だよねえ? なんだかなあ……)
 せっかくいい夢を見たくて来たのに。ブレイクは首をかしげて、
「どんな意味があるんだろう? まさか僕には未来がないとか?」
 ぼやいては見たが、それは違うと自分で思った。たしかに何もない世界だったが、不愉快ではなかったのだ。
 しかしこれでは、どこを見ていいか分からない。
 途方に暮れてふと見下ろした手足に、ふと気がついた。
(……ああ、この格好は……)
 長く鋭く伸びた爪。色が変わった皮膚。……口元に違和感、これは牙だ――さらに後ろを確認すれば尻尾もついている。
 鏡はないが、自分の全体像が自ずと脳裏に浮かんだ。ブレイクはおぼろげに納得した。
(……夢って内面が出てくるみたいだから、夢の中では悪魔の姿になるんだ……)
 当たり前のように尻尾を動かすことができるし、意識すれば爪の長さも変えられる。本来の姿でいたときにはありえないことを、今の自分はごく自然に行える。
 太さの変わった腕を撫でながら、ぼんやりと思った。
(0世界に来るまでは、この姿がキライだったなあ……)
 何となく、その姿で歩いてみた。
 透明な世界に、初めて変化が起きた。彼を包む景色が変容する――見覚えのある人々の顔。
 ブレイクを見て、恐怖に慄く目。
 あるいは異質なものを侮蔑する目。
 そしてブレイクが何もせずとも、“そこにいるだけで”人々はパニックを起こし、場は騒然となる。自分はそれに背を向け、ただ逃げるしかなかったあの頃。
(……別にみんなを恨むつもりもないんだ。自分が普通の人間で、目の前にこんな姿のやつがいたら、僕だって動揺したと思うし。ただ)
 ただ、誰も自分の言葉を聞いてくれないのが辛かった。
 みんなは悪くない。全ては自分のこの姿のせいなんだと、自分を責めるしかなかった。
 ――それに、この姿でいると。
 ブレイクは足を止めた。
 景色がまた動いた。彼の心を映すように揺れ、そして生まれた光景に、彼はそっと目を閉じる。
(……局の、人たちに……実験台に、されるし)
 ――でも今は、まるで遠い世界の話のようだ。
 静かな湖水のような心持ち。『過去』といういびつな石を放りこまれても、波紋はほんのわずかに生まれるだけ。
 そして、波もいつかは消えていく。
 いつの間に自分の心の湖は、こんなに大きくなっただろうか――
(0世界に来て。色んな人と出会って。……今は、割とフツーかな)
 大きくて広かったのは世界の方だ。あらゆる世界から来た人々は、ブレイクの想像をはるかに超えていた。それに圧倒される毎日。
 僕よりスゴイ人もいたし。そう思って、ブレイクは少し笑った。
 0世界においては、自分が思っていた“異質”はただの“個性”でしかない。間違っても『そんな姿をしているから』『そんな力を持っているから』『そんな過去を持っているから』なんていうことが、存在を否定する理由にはならないのだ。
 自分の生まれた世界の価値観だけが全てではなかった。それを知れたことを、とても幸運に思う。
 
『割ト元気ソーダナ。悪魔ノ姿モ気ニ入ッタカ?』
 ふと声が聞こえた。
 振り向くと、そこに見慣れた使い魔の姿があった。
「あれ、ラドも来てたの?」
『チョイト様子見ニナ。ヤッパリソノ姿ダッタナ』
 賢い使い魔は、主人の見る夢を予想していたらしい。
 ゆっくり主人に近づいてくると、石の拳でこつりとブレイクを叩く。
『ソノ格好ニナッチマッテ、ビクビクシテンジャネーカト思ッテタガ、ヒトマズ安心ダ』
「安心って、何が?」
『ナニ、』
 笑うような、気配があった。
『姿形ガドウ変ワロウト、テメェハソノママダッテコトダヨ。中身ガナ』
 薫風が吹きこむように、その言葉が心をくすぐっていく。
 ――僕はそのまま。姿形が変わっても、そのまま――
 透明だった世界がまた揺れる。心地よい波に揺れるように。そして世界が色づいてゆく。明るくあざやかな色が次々と生まれて広がっていく――
 
 *****
 
「……あれっ?」
 目を覚ますと、そこは天幕の中だった。
「……あれえ? もう終わり?」
 緩慢なしぐさで体を起こして、ブレイクは肩を落とす。何だかとてもいいところで夢が終わってしまった気がする。
 見える景色が、これからどんどん変わりそうだったのに。
「……もっかい寝たいです」
『見レル夢ハ一回ポッキリダゼ、少年?』
 夢の中と同じように、使い魔は隣に浮遊して、腕組みをしながら主を見下ろしている。ブレイクは思わずラドをにらみつけた。
「これじゃラドとお話しただけだよ。やだまた寝る」
 ぼさっと敷物の上に体を倒した彼の脇腹を、使い魔は呆れたように蹴っ飛ばした。
『タダノ夢ジャネェ神託ダ。ツマリオレッチノ言葉ハ神託ッテコトデOKジャネ?』
「そんな神託の初夢やだー」
『トニカクモウ催眠カケテヤラネェゾ』
「やだやだ、もっかい寝るー!」
 ばたばたと暴れて子供のように駄々をこねるブレイク。つれなく却下し続けるラド。
 結局あきらめて天幕を出るのに、小一時間かかったとか……
 

 
 ――彼の見た、夢は透明。
 何色にでも染まる世界。
 そこにどんな景色を描いていくかは全て彼次第。神託の都は彼の行く道に無限を見せて、………

クリエイターコメント『夢は鏡、まっさらな己自身』

初夢は1日に見た夢だと長く信じておりました、クロカです。
このたびはご参加ありがとうございました!初夢という言葉にのってくださり嬉しかったです^^
ラドさんとの会話でほのぼのでもいいような気がしましたが、せっかくなので若干味つけしてみました。ほんの少し……;
年のはじめが気持ち良いものでありますようにと願いをこめて。

またお会いできましたら光栄です。
よい思い出、よい年となりますよう……
公開日時2012-01-01(日) 08:00

 

このライターへメールを送る

 

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン

これまでのあらすじ

初めての方はこちらから

ゲームマニュアル