オープニング

 ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。
 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。
 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。
 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。

 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。
 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。

 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。
 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。

●ご案内
このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・見た夢はどんなものか
・夢の中での行動や反応
・目覚めたあとの感想
などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。

品目ソロシナリオ 管理番号570
クリエイター櫻井文規(wogu2578)
クリエイターコメントソロシナリオのお誘いにあがりました。

皆さまがご覧になる夢は、果たしてどのようなものなのでしょうか。夢とは願いを映すものでもあり、あるいは目を逸らしたくなるような暗鬱たるものでもあります。美しい風景を、懐かしい微笑みを、まだ見ぬ温もりを。そういったものに触れることのできる、とても素晴らしく、そして残酷なものでもあるように思います。

よろしければあなたの見る夢の描写を、わたしに描かせてはいただけませんでしょうか。



プレイング日数を少し短めに、製作日数を多めにとらせていただいております。
ご理解のほど、お願いいたします。

参加者
祇十(csnd8512)ツーリスト 男 25歳 書道師

ノベル

 遠くで、何かがしゃらしゃらと音を響かせている。雨でも降っていやがるんだろうかと考えて、いや違う、ありゃあ水の流れる音だろうと思いつく。
 葉擦れの音が耳に触れる。ああ、こいつァあれだ、あの河川敷の、一等大きな桜の、

「兄上様」
 
 ◇

 呼ばれ、祇十ははたりと足を止めた。
 齢十三、未だ少年と呼ぶに相応しい、面持ちには稚さの名残りの残る貌ながら、身丈は同年代の少年たちからすれば幾分高い。眼光は鷹のそれを思わせる鋭さを持ち、子供ながら全身から気迫に満ちたものを放っている。故に、身につけている着流しも決して浮ついたものには思えず、分家筋であるとはいえ”玄葉”の家に生まれついた者であることを知れば、誰しもが首肯する。
 肩越しに振り向けば、そこには仕立ての良い着物を身につけた少女が満面の笑みを浮かべ立っていた。祇十の妹だ。
 癪持ちである妹は、常であれば家の中で大人しくしている事を義務づけられている。煩わしい家の中から抜け出し、下町界隈をうろつき遊んでいる祇十とは、少なくとも家の外で顔を合わせる事など滅多にはない。
「兄上様、どこへ行くのです?」
 兄の顔を仰ぎ、妹は澱みのない澄んだ眼を輝かせている。「兄上様がこうして家を抜け出しているのを、これまで何度かお見かけしてきました」
「ちぃとそこいらをぶらぶらしてくるだけでぃ」
 妹の眼にある好奇心を打ち消してやろうと思い返した言葉だったが、祇十が口にした応えは妹の好奇心を一層高めてしまったようだ。
「ご一緒したい!」
 連れていかないと今すぐ父母をここに呼んでやるとまで言われ、祇十はようやく小さな息をひとつ吐く。
「行きてぇところは?」
 問うと、妹は少しだけ考えた後に「桜が見たい!」と声を弾ませた。

 ”玄葉”は書道師の名家として知られる。
 文字には力が宿り、書いた文字はその内容に対応した現象を起こすのだ。すなわち魔術のそれに近しい技術といえる。
 産業や軍事、むろん日常生活に至るまでの影響力を及ぼすほどのこの技術を行使できる者は、当然ながら重宝される。世界各地で、より質の高い技術を持つ者を求めているのだ。
 和國幕府御用達の名門書道師”玄葉”。その一族の中でも分家に生まれた祇十は、本来であれば比較的のんびりとした生活を送ることができていたはずだった。
 だが、祇十が生まれ持った才気は、むしろ本家筋の者たちのそれをも充分に凌ぐほどのものだった。百年に一人の逸材と認定され、それゆえに本家筋からひどく疎まれた。・
 寄せられる期待、それに反した妬み、悪意。
 家の中には煩わしいことばかりが詰まっている。才覚と風格を備え持ち生まれたとはいえ、祇十は未だ十三だ。寄せられる様々な感情から、少しでも遠く離れた場所に身を置きたいと考えるのは当然のこと。

 月は橘、花見月を終え、ほどなく梅雨のころを迎えようとしている。河川敷にある桜の大木は、確かに薄墨の見事な花を咲かせていた。が、枝垂れの花もすでに終わり、今となっては葉桜を残すばかりとなっている。
 思えば、決して丈夫とは言えない身体を持って生まれた妹は、ただでさえ煩わしいことの多々ある家の中で、それでも懸命に日々を送っているのだ。
 庭木はきちんと手入れが届き、四季折々の草花を咲かせる。屋敷の外に足を運ばずとも、庭を散策するだけで四季の移ろいを知ることができるのだ。むろん、桜の花も目にしてはいるはずだ。本数は決して多くはないが、それでも数種の桜が毎年庭先に風雅を散らすのだから。
「花なんざ、ぜぇんぶ終わっちまってんだろうが」
 目に鮮やかな緑の映える柳を横目に、祇十は浮き足立った妹の手を引きながら河川敷を歩く。
 空は澄み渡った青をたたえ、その中に真白な雲が糸のように細く棚引いている。河川は涼やかな水流の音をもって耳元を撫でる。柳の木に間に立つ桜は当然のごとくに葉桜となっていて、葉の間を流れる風が初夏の訪れを報せていた。
 けれど、妹は兄の言葉にかぶりを振って、じゃれつくように祇十の手を握りしめ、目を瞬かせた。
「兄上様とこうして町を歩いてみたかったんです。兄上様、いつもお一人でこっそりと出掛けてしまうんだもの」
 ようやく念願叶いました。そう続けて朗らかに笑う妹を、祇十は苦虫を潰したような顔で横目に見やり、それからふっと目を葉桜揺れる大きな木へと向ける。
 ――例えば、今、この葉桜を再び薄墨の桜に変容させることが出来たならば。
 それは、書道師としての能力を使えば、あるいは、可能かもしれない。 
 思い立って、祇十は常から腰に提げ持っている紙の束を広げ、墨壷と毛筆とを用意した。
 隣で、妹が小さく息を飲んだのが分かる。
 息を整え、筆をきちんと構え持って、一息に願いをしたためた。花よ、咲き誇れ。そう心に強く思いながら。

 ◇

 しゃらしゃらという音が耳に触れて、祇十はゆっくりと瞼を開いた。
 天幕代わりの薄布が風をうけてゆったりと波打っている。その動きに合わせ、石を寄せ集めて作った飾りがしゃらしゃらと音を鳴らしているのだ。
 祇十はやわらかな布の上に横たわり、眠っていた。視線を向ければ、白い煙を立ち昇らせている香炉があるのが見える。
 お目覚めですか。扇子のようなもので祇十を扇ぎながら、女がひっそりと微笑んだ。
 祇十は天幕の揺れるのを見つめつつ、「ああ」と応えて再び静かに目を閉じる。

 懐かしい夢を見た。
 
 あの時、祇十は小さな奇蹟を起こした。
 桜の大木の一枝が葉桜から薄墨の花へと姿を変じたのだ。
 ただ、それは本当に一枝限りの奇蹟だった。満開の桜を生み出すには、あの時の祇十の腕では遠く及びはしなかったのだ。
 けれど、妹は、一枝の桜を手にとって喜色を満面に浮かべ、何度も何度も礼を言った。その妹をまっすぐに見やり、ぎこちなく笑いかけてやったのだ。

 良い夢をご覧になれましたか。
 女に問われ、祇十は身を起こしながら頭を掻く。

「あんなろくでもねえ家出られて清々したってよ、ずっと思ってたんだが、……違えっつーのかね」
 言って、脇に置かれていた墨壷や紙束を腰に提げなおし、静かに目を細めた。

 窮屈なばかりで、煩わしさしか感じたことのなかった場所。そう感じていたのはきっと祇十だけではなかったはずだ。病を理由に家の奥に身を置くしかなかった妹は、もしかすると一層の窮屈を感じていたのかもしれない。
 もっとも、玄葉の家に戻るのは死んでも御免、そう思う。しかし、こんな夢を見て後ろ髪を引かれるような心地になるのは、
「名残惜しいってぇのかねぇ。あすこにゃぁあすこなりに、大事(でぇじ)なもんってのがあったってぇことなんだろうねぇ」
 呟き、首を鳴らして立ち上がる。

 あの日から数年の後、祇十は玄葉の家を追いやられ、言わば身一つとなった。
 年を負うごとに軋轢は増し、祇十の立ち位置は一層悪いものとなっていた。が、妹だけは唯一態度も心も変えることなく祇十を慕い続けてくれたのだ。
 ――もっと書道うまくなってよ、満開の桜ぐれぇいつでも拝ませてやるからよ
 早口にそう告げた時、妹は約束よとうなずいた。まるでほころぶ花のような笑顔で。
 約束は今も果たせてはいない。

「やらなきゃなんねぇこともおっぽりだしてるんじゃぁ、話にならねぇってもんだよなぁ」

 誰に向けたものでもない言葉に応えるように、風を受けた石がしゃらしゃらと小さな音を鳴らした。 

クリエイターコメントこのたびはソロシナリオへのご参加、まことにありがとうございました。

捏造改変、お言葉に甘えさせていただいてしまいましたが、よろしかったでしょうか。
特に妹様に関しての設定(口調、一人称、他)が心配です。

口調その他、上記に関するものでも、不都合な点などございましたら、お気軽にお申し付けくださいませ。

少しでもお楽しみいただけていましたら幸いです。
それでは、またのご縁、お待ちしております。
公開日時2010-06-14(月) 20:30

 

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