年末というのは忙しいもので。 その依頼については、事前の打ち合わせもそこそこ、慣れた仲間ということで大したこともせず、ホイホイとロストレイルに乗りこんでここまで来てしまった。 道中ずっとそわそわと何かを言いだそうとしていたサキに気付きながらも、また前の依頼に引き続きのインヤンガイであることがそわそわの原因であろうと、何となく言葉を書けない方が良いだろうと思ってしまったヴァージニア・劉と星川 征秀である。 それは大きな勘違いなのだが、そもそもこの場には酒も無く、征秀は冗舌になったりしなかったし、劉は気を使って口を聞くなんてスキルがそもそも乏しかった。 依頼内容はとある非合法な秘密結社の壊滅。 とあるというのはそのまま、司書から伝えられた情報であり、その秘密結社に名前がそもそも無いらしい。 それに伴ってか情報も少ない。 三人は若干、いや結構、依頼内容を軽く見ていた。 特殊能力者が居ないらしい、と聞いていたことも原因の一つである。(見た目に反し)比較的慢心しない堅実なメンバーではあったが、サキが本調子でないこともありサックリと片付けて裏街の呑み屋で一杯ひっかけてから帰ろう、なんて思っていた。「ソアと付き合うことになったんだけど……ウワァアアアアアアアア」 サキの台詞を二人は最後まで聞くことができなかった。 あんまりに聞き捨てならない台詞であったが、その時、彼は二人の視界から消えていた。――落とし穴 何と初歩的でショボイ罠にかかったのか。「おいっ、サキ!!」 慌てて指から糸を放った劉だが、その糸は落とし穴の中程で絡めとられ、中階に引き込まれてしまう。「うおっ」「劉!!」 征秀は追って飛びこもうかと思って、思いとどまった。 自分たちはとても動揺している。 しかしそれは仲間が落とし穴に落ちたこととは関係ないように思える。「……まったく、バカな後輩を持つと……」 征秀は舌打ちをして落とし穴を跳び越え奥へと駆けた。 罠が作動してしまった以上、侵入者がいることはバレてしまったと考えるのが賢明だ。 さて、二人はサキと合流できるのか。そして、組織の壊滅は叶うのか。 明らかに二人にボコられる流れとなっているサキの運命はいかに……!!!― フロアMAP ― 2F□ 1F□ B1■←征秀 B2□ B3■←劉 B4×←中ボス? B5■←サキ? B6×←ボス?=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ヴァージニア・劉(csfr8065)星川 征秀(cfpv1452)サキ(cnma2144)=========
「これは恥だ」 やたらと深い落とし穴も、幸いなことに、側面からの攻撃が幾ばくか有った為、その力を利用して落下速度を緩めることができた。とはいっても、壁面まで手が届かなかったのが惜しい。届きさえすれば今の状況は無い。 部屋のど真ん中で、網に絡めとられているというこの状況は。 「落とし穴に落ちるような間抜けを殺す気はねえと」 「二人だったら殺していた。一人なら人質として扱いやすい」 「……はぁなるほど……」 「勿論危険なら殺す」 絡め取られるなら劉の糸のほうがよかった。先輩には間抜けと言われるだろうが、幾分マシである。 ――旅団の頃だったら舌噛んで死んどけくらいのアレかも…… 「トラップの周到さからいって、御存じかと思いますが。俺たちは三人です。 間違えなく俺を探しに来ると思います。人質として役に立つと思いますが、命乞いしても良いでしょうか?」 多分、これが最善……だと思う。 二人は強い。それに俺が生きていると信じて助けに来るだろう。 「随分弱いな。穴に落ちるだけのことはあるか」 「返す言葉もないですよ」 自分ならするであろうエグイ人質の扱いをいくつか思い起こして、サキは五体満足で二人と合流できることを祈った。 ↑ ↑ 「ちっ」 劉は引きこまれたその場自体に危険が無いのを確認してから煙草に火をつけた。 すぱすぱと煙を灰に入れると頭がクリアになっていく。 「結局、このトラップは何だ? 投網の要領か。引きずりこんでおきながら無人っつーのが、不気味なもんだが」 サキもどっかで投網にひっかかってるのだろうか。だとしたら相当の間抜けだ。 征秀は自分より後に落ちてはこなかった。来たら来たでこちらもキャッチ出来る余裕がなかったので、征秀の判断は良かった。 とりあえず二人に連絡を取りたい。それから、安全な経路の確保……。 「サキ……はさすがに応答がねぇか」 トラベラーズノートを使って、サキと征秀に一筆ずつメールを打った。 煙草が短くなり指を焦がしそうになるのを地面に落とし、片腕でノートを抱えたまま二本目。 「星川もねぇな、取り込み中か」 諦めて一旦ノートを閉じた。 とりあえず普通に考えれば、星川は上にいて、サキは下にいるだろう。 「このフロアの安全を確保する」 劉はパキパキと指を鳴らした。 ↑ ↑ ――俺としたことが気が緩みすぎだ……冷静にならないと。 征秀は襲ってきた構成員達と戦いながら考えていた。 穴はかなり深かった、思った以上にでかい組織かもしれない……しかし劉を中階に引き込んだアレはなんだったのか。 あまりに用意周到で狙い澄ましたトラップだ。 自分たちは思った以上に監視されているのか? 情報系統も不明だが、とりあえず現在自分のことを発見している敵は倒しておいたほうがいいだろう。 征秀がトラベルギアの星杖を突きだすと、腹を突かれた男が魔力とともに吹き飛ばされ、数名を巻き込んで壁に叩きつけられる。 クルクルと槍のように杖を回すと、後ろに鋭い突き、そのまま薙ぐように拳銃を叩き落とす。 星杖自体は時折キラキラとかわいらしい光をこぼしており、メルヘンちっくな感じですらあるが、攻撃は少しもメルヘンではなかった。 非常に現実的に、着実に、敵の腕や胴を突いていく。 星が血に染まる。 ひととおり、敵を沈黙させたところで、トラベラーズノートの着信を確認する。 ――劉から 現実的な連絡手段に感心しつつ、本文を読んだ。 ――2階分は落ちたか。合流したいが、どうする。 ――こちらは現時点では交戦なしだ。 非常にシンプル。しかし大事なところは伝わって来る。 読んでる間にもう一通、続けて劉からメールが届く。 ――サキ応答なし。少数ながら交戦有り。 ――移動は西の階段か落ちた穴、どちらかだ。後は隠し階段があると思うがわからねぇ。 征秀が交戦しているあいだに、劉は手早く偵察をすませたらしい。 時間の短さから言って、劉のいる階のが狭いのか……しかし西なら、建物の構造的にさほど遠くないはず。 征秀はペンを持つと劉にメールを返した。 ――こちらも交戦後。少し尋問してから行くから、そのフロアに居てくれ。 ――攻撃は毒をつかって泳がせてくれ。近づいたときわかりやすい。 2フロアくらいならあっという間だろう。 劉なら近づけば気配でもわかる。 メールで打った通り、手近に転がっている敵の胸倉をつかみあげて叩き起こす。 そこで征秀は組織の意外な力を知ることになった。 ↓ ↓ 星川からメールが返って来た。 無事そうでなにより。 しかしあまり広くない空間に辟易する。不可視の糸を張り巡らせて駆け込んできたところをスパスパ……と行きたいところだったが、相手も警戒しているのかほとんど駆けこんでこなかった。 結局あまり気乗りしなかったが、階段周辺の広けた空間に陣取る。階段の上下と廊下、周囲を囲まれやすい場所ではあるが、自分には宙がある。 上下の踊り場まで糸を張り巡らせ、蜘蛛のように糸の上を移動。 遠くから拳銃の弾も飛んでくるが、大した問題じゃない。鋼糸を使って銃を切断してやったあとに、毒を含ませた糸でちょいと切ってやる。 そうすれば、ちょっとは血なまぐさい場面に慣れた奴ならその痛みが普通の切り傷のものじゃないと気づくはず。 「あまり暴れると毒が回るぞ?」 ニヤニヤと言われた言葉に、ただでさえ毒で青くなった顔が真っ青に染まっていく。 恐れ、悲鳴、雑魚はこれで十分だ。 早く二人と合流したかった。 サキの中途半端な言葉の続きも気になる。 「劉!!」 「星川!!」 → 「ボスは未来視の力を持っている」 劉と合流した征秀が語ったのは、意外な言葉だった。 「どのくらいの精度かはわからないが、俺たちの侵入に対する用意周到なトラップはそのせいかもしれない」 気が緩んでいたからといって、簡単に分断されてしまった三人。 確かに普通ではありえない。 「のわりには、簡単に合流できたじゃねーか」 「それは俺も能力を使ったせいだ。ここは一番西の階段じゃなかった。 ここは地下で方角が確認できなかったよな? 落ちた時に狂わされてる」 「そんなことできるのか?」 「できない、とは言い切れない」 征秀が眼鏡を外した眉間を押さえた。 自らも持っている未来視の能力。あまり使いたくはなかったが、敵が同じ力を持つと解った以上、加減をするのが難しい。 「しかしなんつっても雑魚が弱ぇ、それに俺たちは合流できた、俺たちの方が強い。違うか?」 「そう楽観するもんじゃないと思うが」 「いいじゃねぇか相棒。さっさとサキを拾って、ボスとやらをボコってやろうぜ。 星川も気になるだろ? サキの話がよ」 「それは、まぁな」 征秀は口元を緩ませる。敵の幹部は一つ下の階にいたはずだが、今は更に下、どうもサキと同じ階に移動したらしい。ボスはさらにその下。 「俺が鋼糸で攻撃するから、目晦ましを頼む。予想がつこうがつかまいが、強烈な光が揺さぶってくれるさ。まぁ最初は劣勢なフリをしてもいい。油断は命取りってな」 「わかった」 できれば交戦したくないが……、とりあえずはサキが生きてるうちに確保したほうがいいだろう。少し派手に動きすぎたかもしれない。 「幹部が下にいる。急ごう」 征秀は眼鏡をかけなおし、階段を駆け降りた。 ↓ ↓ → ← → ← 「どういう構造してんだよ!」 「複雑な構造だ」 征秀は率直に述べた。 二人での戦いは一人と比べると格段に楽ではあった。 敵は劉の鋼糸を警戒して前には出てこない。しかし、勿論逃げるばかりというわけにはいかない。 その微妙な敵の動きを征秀が察知し、劉に伝える。 何も鋼糸は待ち構えるだけの武器ではない。劉が器用に紡ぎ出す糸は銃弾を弾き、敵の拳銃ごと腕を絡め折り砕く。 ――確かに雑魚は雑魚だ。 下っ端の構成員を蹴散らしながら、劉と征秀はサキを探して肩端から部屋を暴く。 はたして。 「ちょっとは遠慮して立ち廻れよぉ」 人質のサキが弱音を吐くくらいは、ワンフロア分の構成員を綺麗に片づけてから征秀と劉はサキを捉える幹部と部下たちの前に居た。 さすがに軽くボコられ……腕が折れてるらしいサキの声は弱弱しかった。 「悪ぃ悪ぃ」 劉は苦笑いをして、片手を立てた。鋼糸による攻撃を警戒して、幹部達の体に力が入る。 「ミスったのはサキだ。生きてればだいたい問題ないだろ?」 征秀はクールに言うと星杖を構える。 その後は大混戦だった。 征秀が前に出る、杖を突きだし敵のナイフを払い飛ばし、時々杖から光を放って眼つぶしをする。劉は征秀の死角になる位置を確認しながら自らが飛ばした鋼糸に飛び乗り征秀に迫る男の顔面に靴底をめり込ませる。 劉が糸から離れた瞬間に征秀はその糸に魔力を流し込んだ。 気づかずに柔らかな糸にとらわれていた構成員達がもんどり打って倒れる。 幹部がサキを蹴り転がそうと足を上げたが、サキはそれより高く、宙の糸を駆けあがって空中でひとひねり、劉と征秀の傍に降り立った。 「合流成功!」 「戦力外にしか見えないけどな」 「そんなことないさ」 サキは腕を庇いながらも、宙に向かって蹴りを放ち、劉の張った糸の一部をムリヤリ引き寄せると構成員たちを足払いした。 「劉の糸は慣れれば見える」 「ぜってぇ嘘だ」 「いや、確かに見える」 征秀がそう言ったので劉が驚いて眉をあげた。 「せいっ!」 征秀は短くそう言うと、魔力を込めた星杖を地面に勢いよく突き刺した。 すると、 ――ビシビシッッッ!!!! この戦闘に至るまでの、通路や各部屋での戦闘。 そのたびに劉が放っていた糸の端がそこに集まっていた。 そして、それは建物のいくつかの重要な基礎を貫通していて…… ――ゴゴゴゴゴゴゴゴ その組織はビルの陥没とともに消滅した。 ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ 「丸潰しとはエグイな、先輩……グッ」 劉が星川を抱え、星川がサキを抱えていた。 三人が居た部屋の上は元々落とし穴のあったところであり、ビルが陥没する瞬間まではそれなりの幅が存在していた。 そこを劉の鋼糸をリールのようにして上がってきたのだ。 「行きあたりばったりだったな」 「違う、俺は見えてた。敵のボスの未来視が恐かった。だから、できるだけ気取られないように仕掛けを作ったんだ」 「二人とも俺の糸を便利に使ってくれちまってまぁ……」 劉が地階に二人を下ろしてから、嫌そうな顔をした。 「ボスがちゃんと潰れたか確認してないけどいいのか? まぁ幹部はしっかり埋まったみたいだったが」 サキは散々ボコってくれた幹部の男が瓦礫の隙間に落ちていくところを見た。多少の罪悪感はあったものの非常にすっとした気分である。 「そこらへんは、組織のヤバイ資料とかも、こっそりな」 征秀が腰の後ろから資料をバサバサと出したのを見て、さらに劉は嫌そうな顔をした。 「抜け目のないことで」 「さすがにヤバイと思ったからな? サキが大ボケかましてくれたおかげで」 「はぁ、その説は本当申し訳ありませんでした」 「……で?」 「え?」 「何か言いかけてたことがあるだろ。……で?」 「あっ」 サキは顔を赤くして口をパクパクとさせた。助けを求めるように劉を見たが、 「……で?」 劉も征秀に調子を合わせてニヤニヤと聞いた。 「ええと、ソアと付き合う事に……」 「……で?」 「ちょっと油断していたというか、告白させてしまいまして」 「……で?」 「クリスマスプレゼントも何を送ったらいいかわからなくって」 「……で?」 「そのうち旅行にでも……」 「で、キスくらいしたのかよ?」 「してないです」 → → → ↓ インヤンガイの地下呑み屋。 「まあ、よかったんじゃないか?」 征秀は軽くそう言った。 「良くねぇだろ、まぁこうなるとは思ってたが、良くはねぇよ」 劉がアルコールで良く回るようになった舌でまくしたてた。 「でもまだ童貞仲間だからな、おめでとう、くそ、ソアに乾杯!」 ガッチリとサキのジョッキに殴るような乾杯をかまし、サキがこぼれそうになるビールに慌てた。 「俺だってそのうち……」 ぶつぶつと劉が言うのに、征秀が小さくため息をつきながら言う。 「花見の時から考えると凄い進歩だな。しかし……そうだな、これだけの時間があれば、いつ付き合い始めてもおかしくなかった」 征秀は感慨深げに頷きながら言葉をつづけた。 「付き合うからにはちゃんとしろよ、色んな意味でな。 ……ホストのバイトはどうする、続けるのか?」 「え、続けちゃマズイっすかね」 「そりゃ女の子にとってはあまり気分の良くない仕事だからな」 サキは驚いて目を開いた。 「いや、でもソアはしょっちゅうウチの店に遊びに来てるし……そもそも劉を連れて来たのも店で」 はぁ、と征秀は大きくため息をついた。 「付き合う前と後じゃ別だろ」 「ええええそうなんっすか」 「わかってねぇなーサキ!」 「劉だってわかってねぇだろが! 俺はお前よりは女の機微に疎くない自信があるね」 「んだと、やるか!?」 立ちあがる劉のシャツを征秀が引っ張って席に戻した。 「まぁ、ちゃんと信頼しあえるならいい。しかしお前は油断すると、女に抱きつかれていたりするからな……」 「ああああれは友達だからな、あいつのおかげで付き合えることになったようなもんだし……」 「そこのところ詳しく」 サキは結局告白やその他後の顛末を事細かに説明することになり、大いにブーイングを受けることとなる。 「星川もサキもホストなんかやめちまってさ、俺と仕事すれば良い。 サキが付き合おうと何だろうと、俺は二人をダチだと思ってるし、仕事での相性だって抜群だろ? 俺は三人でずっとやっていきてーけど」 「サキが色ボケしなければ、確かに相性はいいな」 劉の言葉に征秀が笑った。 「色ボケっつーか、俺だってダチに報告とか初めてだからね。そりゃ緊張もするってもんで」 『ダチ』って言葉はくすぐったいな、とサキは思った。 「しかしソアが帰属するんなら、お前ついてくってことじゃねーか。ったく、主体性の薄い奴だな。お前が0世界に残りたいって言ったらソアだって着いてくるんじゃねーか?」 「まぁそうだなー、まだちょっと今は考え中」 「何だ、彼女が一番か、ダチは二番か三番か」 「俺は0世界に残るって決めたからな」 「え、星川先輩が? 故郷に帰るんだと思ってました」 「考えたら、やることができてな」 「だよなー! 星川は俺のダチだから、俺とすることがあんの!」 満面の笑みで肩を抱いてくる劉に征秀が小さく「酔っ払い」と呟く。 「あ、あれ、疎外感? これ何なんですか?」 「彼女なんか作るからだ」 (終)
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