オープニング

 ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。
 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。
 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。
 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。

 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。
 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。

 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。
 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。

●ご案内
このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・見た夢はどんなものか
・夢の中での行動や反応
・目覚めたあとの感想
などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。

品目ソロシナリオ 管理番号726
クリエイター黒洲カラ(wnip7890)
クリエイターコメント旅人たちの見る夢は、楽夢か悪夢か、夢が孕むのは出会いか別れか、愛か憎悪か、微笑みか涙か。

あなたの願い、あなたの苦しみ、あなたの想い、あなたの決意、あなたの悲嘆、あなたの覚悟、あなたの祈り、あなたの透徹――それらが紡ぐ未来の物語。

いずれ出会うのか、刻一刻と変わってゆくのか、それすらも定まってはいない、そんなものの欠片を、竜刻のもたらす夢に乗せてお届けします。

なお、付添い人としてNPCの神楽・プリギエーラを同行させることも可能です(悪夢に魘された際には起こさせていただきます)。希望される場合はプレイングにお書きくださいませ。

※ネタ夢も歓迎。


それでは、夢の帳の内側でお会い出来ることを祈って。

参加者
荷見 鷸(casu4681)コンダクター 男 64歳 無職

ノベル

 暗闇だ。
 先の見えない、完全な真っ暗闇。
 闇の中に、その部屋はあり、彼はいた。
 ごく普通の家庭にありそうな、六人がけの食卓。
 彼の座る椅子が一脚。
 机には、箸が一膳。
 それ以外は何も見えない。
 残り五脚の椅子も、食堂内にあるであろう食器棚も、炊事用の家電製品の類いも、彼以外の人々も、何も。
 奇妙な薄闇が、彼の視界を阻んでいるから。

(……)

 沈黙とともに見遣ると、誰かの手が食卓に皿を置いてゆく。
 目に見えるのは手だけで、それが誰の手なのかは判らない。
 判らないのだが、彼は、それを当然の、普通のこととして受け入れている。
 感謝と慕わしさ、煩わしさと負い目、引け目。
 そんなものが彼の心の表面を撫でてゆく。
 湯気を立てる豆腐の味噌汁、麦を入れて炊いた米飯、飛び魚の干物、葱と茗荷の載った冷奴、瓜と茄子の浅漬け。
 手の――骨と肉の様子からして女の手だ――並べるそれらを、椅子に腰掛けたまま黙って見つめたあと、やはり黙って立ち上がる。
 三歩進むと、そこには扉。
 扉を開けると、そこには――――異界。

 美しすぎる一面の桜の下で、大柄な犬がかすれた声で吼えている。
 空では、人の顔をした魚が槍を振り回し、木々の陰では逆さまの花が、土に鮮やかな花弁を埋め、根を風に揺らしている。
 流れる雲には、三本脚の、瞼のない妖精たちが無数にいて、意味のない歌を可憐な声でうたっている。
 草陰の虫は女の声で啜り泣き、煌めく翼を持った小鳥は、古の王の如くに威風堂々と哄笑を響かせる。
 極彩色の風が揺れている。
 白と黒で構成された沈鬱な森が鎮魂のメロディを奏でている。
 ――理解の出来ない、美しすぎる、しかし醜悪な、異質な何か。
 そんなものが、ここには、溢れかえっている。

(……)
 彼は淡々と弓に矢をつがえた。
 いつの間に弓と矢があったのか?
 そんな問いは無粋だ。

 矢をつがえ、構え、引き、放つ。
 犬が吹き飛んで、憐れっぽい鳴き声とともに、粉々に砕けて消える。
 繰り返す。
 花が甲高い笑い声とともに枯れた。
 繰り返す。
 妖精たちは羽を失って空から堕ちた。
 繰り返す。
 虫も小鳥も、歌をなくして沈黙を撒いた。
 繰り返す。
 森は燃え、風に解けて消えた。

 永遠に繰り返される徒労のような時間。

 ふと、彼は弓を捨て――

「行かないで」

 誰かの声に、振り向きもせずすべてを切り捨て、打ち捨てて――

「行かないで」

 差し出される手を、意識の外に追いやって――

(あれは、誰の声だったか)
(覚えがあるような、ないような)
(愛しくもあるような、煩わしくもあるような)
(あれは、一体、誰だったか)

 目の前に広がる、異質で異様な、しかしどうしようもなく目を離せない『何か』に惹かれ、焦がれて、彼は手を伸ばし――……そして。



「……」
 天蓋の落ち着いた青が目に入る。
 荷見 鷸は、それで、自分が今、ヴォロスの一都市メイムにいることを思い出した。
 未来を垣間見せると言われる、メイムでの夢。
 それに興味を覚えて、ここに来たのだ。
「起きたか。――どうだった?」
 付き添いを頼んだ、朱金の髪の人物が問うて来たが、聴こえなかった振りをして、鷸は首を横に振った。
「……ただの夢だ」
 意識の奥底にある、軽薄で無責任とも取れる感情を認められず、呟く。
 朱金の人物は、そんな鷸を見遣り、
「そうか」
 それだけ言って口を噤んだ。
 沈黙が周囲を満たす中、鷸は夢の内容を反芻し続けていた。
 鷸は、自分では認めようとはしないが、他者を想える、気遣える人だ。
 自分にも、壱番世界の崩壊を防ぐ手伝いが出来るなら、と思ってここにいる。
 自分を、何かと気にかけてくれる人々のためにも、壱番世界をこのまま滅亡させるわけには行かないと思っている。
 そのために、鷸はロストナンバーでい続けている。

(それなのに……)
 ――だから、絶対に口にしてはならない。
 絶対に、誰にも、この内面を知られるわけには行かない。
(……何故だろうな、この、気持ちは)
 認めたくないと、鷸自身思っているのに、消すことも出来ない。
 だからこそ、誰にも気取られるわけには行かない。

 ――ディラックの落とし子の描く、論も何もない決定的に間違った世界に、何故か、どうしようもなく強く、囚われでもしたかのように惹かれている、などということは。
 あの、『世界がつくり変えられる』薄ら寒い、激烈にして異質な違和感に、根源的な恐れを抱きつつも、知らず知らず魅せられ、惹き寄せられている、などということは。

「……そうとも、ただの夢だ。それ以外の、なにものでもない」

 己が心に立った漣を打ち消すように呟き、鷸は立ち上がる。

 ――認めない。
 誰にも知られてはならない。

 この、あまりにも身勝手で異質な、好奇の感情を。

クリエイターコメントご参加ありがとうございました。

どこまでが真実なのか判然としない、奇妙な夢をお届けいたします。

細々と捏造させていただきましたが、お望みの通りの夢を描けておりましたらば、幸いです。

それでは、また機会とご縁がありましたら、よろしくお願い致します。
公開日時2010-07-28(水) 17:10

 

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