俺の名前はヒバリ。 来年っても、あと数時間で年が変わるんだけど。 大学受験を控えた高三だ。 大晦日だし、さすがに今日は勉強しろって言われない。模試の判定はAだし。当日、ポカミスしなければ問題ないと思う。 っていうか、大事なのは俺じゃないんだ。 鷸ジイのことなんだよ。 鷸ジイってのは、俺の母さんの母さん、つまり祖母の妹と結婚した親戚の爺ちゃん。 奥さんは亡くなって、子供はいないらしい。言うなれば、独居老人。 でも、孤独死とかはないな。鷸ジイ交友関係広いし。 あの年にしては、動きもしっかりしてるし。弓に関していえば、俺よりずっと上手いし。 っていうか、弓は鷸ジイの見てて始めたわけだし。いうなれば、俺の弓の師匠なんだ、先生だ。 そういったら、鼻で笑われたけど。 鷸ジイは、年金で生活してるらしいけど。よくどこかへふらっと出掛けるんだよな。 それは前々からあったんだけど、最近出掛けてる時間がどんどん長くなってきてる。 鷸ジイ、元々謎の多い人だったんだけど、最近不安になるんだ。 いつか出掛けたまま、帰って来なくなるんじゃないかって。 「荷見です」 「いた! 俺、俺!」 「詐欺は間に合ってるよ」 「待った! 俺だよ、ヒバリ!」 「何だ?」 少し間が空いてから返事がきた。鷸ジイめ、今絶対切ろうとしてたな。 「今すぐ行くから家に居て!」 「すぐか?」 「今まさに玄関出るとこ」 携帯を顔と肩で挟んで、靴に足を突っ込む。 携帯はこんな時本当に便利だと思う。鷸ジイの家なんて黒電話だし、逆にプレミアだよ。 「解った」 鷸ジイは言葉少なく了承すると電話を切っていた。ため息聞こえたんですけど、この野郎。 だが、その程度気にしない! 最近、電話しても全然捕まらないし、学校帰りに家の前通っても電気点いてないし、夕飯の余りもの届けに行ってもいないし! 携帯電話くらい持てっての。 「鷸ジイんとこ、行ってくるー!」 玄関から叫んだら、ちょっと待ってって言われて、少し待ってたら母さんが何かを持ってきた。 「どーせ、帰って来ないんでしょ? お蕎麦持って行きなさい。鷸お爺ちゃん、用意してるとは思えないし」 母さんに行動を読まれるのはシャクだけど、蕎麦は助かる。っていうか、そんなこと全然思いつかなかった。 「うん、ありがとう」 「はいはい、いってらっしゃい。良いお年を」 「こんばんはー。お邪魔しまーす!」 玄関の引き戸を開ける。鷸ジイの家は古民家だ。テレビとかで見る日本の田舎の家って感じなんだ。 「ああ。こんばんは」 「はい、これ。母さんから」 「蕎麦か。後で茹でるとしよう」 久しぶりに見る鷸ジイは相変わらず元気そうだった。 「うー、寒っ。少し出ただけで冷える」 台所へ蕎麦を置きに行った鷸ジイを横目に居間へと向かった。居間は畳敷きの日本間になってて、冬は炬燵が置いてあるんだ。 「お、クヌギもいたんだ。久しぶり」 炬燵の掛け布団の上で丸くなっているキツネをぽんぽん叩く。鷸ジイ曰く、クヌギはキツネの一種らしい。性格は悪戯好きで人懐っこい、結構可愛い。なんて言う種類のキツネかは知らないらしい、雑種ってことで落ち着いている。 「ほれ」 クヌギの背中の皮を伸ばしてると、鷸ジイがお盆にコップを載せて持ってきた。 「何これ?」 「甘酒だ」 「頂まーす」 冷えた体も炬燵と甘酒でほかほかしてきた。 あと、数時間で年明けだ。年末の特番を見るともなしに見ながら、鷸ジイと喋る。 会話は途切れがちだけど、それはいつものこと。 鷸ジイ、元々話上手じゃないもんな。でも、何か喋らないと空気が重くて耐えられないっていうこともないし。このゆったりした雰囲気は、居心地が良い。 鷸ジイ愛想無いけど、機嫌良くないと口数減るから分かりやすいんだよな。今日は、いつも通り。 良かった。いきなり押し掛けたから、機嫌が悪かったらどうしようと思ったよ。 ほっと肩の力抜いて、久しぶりに居間の中を見回してみた。 「鷸ジイ」 「何だ」 「また何処か行ってただろ?」 「何でだ」 「変なの増えてる」 前はなかった置物が床の間に増えてるし。 「良く覚えてるな」 「だって、鷸ジイの家物少ないじゃんか」 あれ、あの置物って確か。 「鷸ジイ、あの氷の像ってさ。何時から置いてるっけ?」 「夏くらいだな」 「氷って溶けないんだっけ?」 「そんなわけないだろう」 「ですよねー。じゃあ、何であの置物は溶けないんだろう」 「気温が低いんだろう」 「家の中なのに?」 「……局地的な異常気象だろう。最近、ニュースでも大雨やら大雪やらある」 んなわけあるかい! どんだけピンポイントな異常気象だよ! 「ふーん。何処で買ったの?」 「貰い物だ」 「誰からの?」 「さあな、年のせいか覚えとらん」 にゃろう、喋りたくないってか。 「あのさ、鷸ジイ。さっきの俺の質問、答えてくれてないんだけど」 「何のことだ?」 「何処に行ってたかって質問」 「さっきのは、何処かに出掛けていたか、という質問だろう」 「しっかり聞いてるじゃんかよ」 この野郎。トボケようとしてたな。 「そう言えばな、駅前のカフェで鳥のシギを見たぞ」 「ふーん」 で? 「……ところで、ヒバリ家は良いのか?」 鷸ジイが時計を見た。 「大丈夫。どうせ帰って来ないでしょうって、母さんに蕎麦持たされたんだから」 「そうか」 あ、クヌギが起きた。あいつ、まだ半分寝てるな。 おっ、近寄ってきた。膝に乗りたいのか。 「しょーがないな」 クヌギを抱っこして膝に乗せると、少しもぞもぞして具合のいい体勢を見つけたのか、動かなくなった。 「少し早いが蕎麦でも茹でるか。ヒバリ、飯はどうした?」 「食べてきた」 「なら、そんなに茹でなくもいいな」 鷸ジイは台所に行っちゃった。 「おまえだって、鷸ジイが何処に行ってるか気になるよなー?」 クヌギの毛並みを撫でると、そうだと言わんばかりに、しっぽがばさって動いた。 「ですよねー」 クヌギをもふりながらテレビをぼーっと見てると、鷸ジイが蕎麦を持ってきた。 テレビを見ながら、鷸ジイと二人でずるずる蕎麦を啜ってると、クヌギの耳がひょこっと動いた。 顔を上げたクヌギが鼻をひくつかせてる。 「食べる?」 蕎麦を一本を取り出して、クヌギの顔に近づけてみた。ふんふん匂いを嗅いだと思ったら、ぱくんと蕎麦に食いついた。しかも、ちゅるんって啜った!? 「器用だなー」 「キツネだしな」 蕎麦を気に入ったのか、顔を上げて催促してくるクヌギが満足するまで食べさせたんだけど。 「クヌギって、食いしん坊なんだな」 蕎麦が結構減っちゃったし。夕飯はしっかり食べたからいいんだけどさ。 食べ終わった丼を、鷸ジイが片付けてくれる。いや、ダラけてるわけじゃないんだ。クヌギが膝に乗ってるから、動けないし。鷸ジイもクヌギの相手をしてろって言うからさ。 それから、鷸ジイが持ってきた蜜柑を食べながら、大晦日の恒例である歌合戦を見てた。 そしたら、炬燵の上に置いた携帯に着信があったんだ。 メールだ。 明けまして、おめでとうございますって、タイトルだけで用件終わってるぞ。あ、そうか。早めに送ってくれたんだ。日付が変わる頃は、大混雑になるもんな。 返信、返信っと。 「あ、そうだ。鷸ジイ、携帯持とうよ」 「面倒くさい」 「だから、お年寄り用のラクラク携帯でいいって。前にカタログ持ってきただろ」 よし、送信っと。 「携帯あれば、いざっていう時にすぐ連絡取れるしさ。鷸ジイ、一人暮らしなんだから持ってた方が絶対いいって」 「電話なら有る」 「今時レアな黒電話でしょ? しかも、ダイヤル式って。俺、鷸ジイの家以外で、同じ電話見たことないよ」 「まだ使える」 「いやいやいや、それ当たり前だし。使えない電話は電話じゃないし」 この頑固爺め。 「この前置いていったカタログで、印付けてったの見てくれた?」 「ああ」 「本当にー?」 「見た」 「じゃあ、どれが良かった?」 「どれも要らん」 鷸ジイ、相変わらず手強いな。 「それなら、どれなら鷸ジイも良いのか、カタログ見ながら話そう」 「……」 「鷸ジイ?」 「何処に置いたのか覚えとらん」 あ、さては。 「捨てた?」 「いや、覚えてないだけだ」 ほほう、言い張りますか。 「はいはい、覚えてないのね。じゃあ次からは、保存用、鑑賞用、選ぶ用で三冊持ってくるから。それなら、一冊くらい何処にやったか忘れても大丈夫だよな」 この程度で諦めると思うなよ! それから、鷸ジイの家に泊まった。 朝ご飯は、昨日の蕎麦の残りに納豆を乗せた、納豆蕎麦。 「ヒバリ、初詣に行くぞ。合格祈願しとけ」 あー、そこは外せないよね。 まだ九時前だってのに、結構な人だかりだ。まあ、有名な神社に比べれば、全然マシなんだろうけどな。 五円玉がないだと!? 仕方ない、大学受験だし。奮発して五百円だ。あ、そうだ。せっかくお賽銭奮発したんだし、もう一個くらいお願い追加してもいいだろ。 ここはじっくり拝んでおこう。 「鷸ジイは何をお願いした?」 「ヒバリが合格しますように、だ」 まさかの合格祈願!? よ、予想外だ。まさか鷸ジイから、そんな言葉が出るなんて。明日大雪なんじゃないか? 「おい、ヒバリ」 「何?」 びっくりしてたら、鷸ジイが目の前に千円札を出してきた。 「何これ」 「千円札だ」 「それは解るけど、これをどうしろと?」 鷸ジイは、指に挟んだ千円札を呆れたようにヒラヒラさせてるけど、いきなりお金を見せられても意味解んないだろ。 「年玉だ」 「え、やっす」 「そうか、要らんのか」 「いやいやいやいや、千円は大金です! ありがとう鷸ジイ! 太っ腹!」 やっば、思わず本音が。 いやでも、鷸ジイからの年玉なんて、何年ぶりだ。毎年くだらないオヤジギャグで誤魔化してたから、それがデフォだと思ってたよ!? 「え、何、鷸ジイ。昨日は俺と同じもの食べてたよね?」 「朝飯、あれだけじゃ足りんだろ。買い食いしてこい」 あ、ああ、そういうこと。 「何だろう、今日の鷸ジイは後光が差して見える」 「お迎えが来たって言いたいのか?」 「そんなん来たら、俺が追い返してるよ!」 思わぬ軍資金が手に入ったことだし。何食べようかな! お好み焼きと串焼き。これが食べたかったっていうよりも、どっちも出来立てだったからつい買ってしまった。 炭水化物ウマー。串焼きウマー。 ごちそうさまの後は、ゴミをきちんとゴミ箱へーっと。 さて、ジイは何処だろなー。こういう時こそ、携帯あると便利なんだってのに。 あ、いたいた。何もらってるんだろ? 「鷸ジイ、それ何?」 「甘酒だ。ヒバリも欲しければ並べ」 え、この長さの列に? 今から? 「いや、こんなに並んでまで欲しくないし」 「それじゃ、初詣も終わったことだし帰るぞ」 鷸ジイがすたすたと先に歩いて行った。ほんと、年の割にしっかりしてるよな。 「そういえば、おまえは何を拝んでいたんだ? 随分と時間をかけてたな」 「ああ、二つお願いしてたから」 「二つ願うと、どっちも叶えてもらえんぞ」 「え、そうなの!?」 「そんな気がした」 「どっちだよ!?」 思わず鷸ジイにツッコミを入れてしまった。 「大体、受験生に合格祈願以外の何があるんだ?」 「鷸ジイのことだよ」 「私のこと?」 「鷸ジイが黙っていなくなりませんようにってさ」 「……」 なんで、そこで黙るかな! 「鷸ジイ、出掛けるのはいい。だけど、絶対帰って来いよ。俺、大学行っても弓は続けるから、まだまだ教わりたいことあるし。って、鷸ジイ、聞いてる? 俺、今かなり真面目に話してるよ?」 お、鷸ジイが止まった。さあ、どう来る。今年の俺は、簡単には誤魔化されないぞ! って、えええええ!?あ、頭撫でてるぅうー!? い、いや、撫でられてるぅー!? え、誰、この人!?鷸ジイの姿の宇宙人!? 男が頭撫でられても、恥ずかしいだけなんすけど!? い、いや、鷸ジイに誉められるのはちょっと嬉しいけどさ。 って、あれ、それだけ!? いや、インパクトはもの凄かったけど。返事ないの? いやいやいや、それはないよ。ないからね! よーし、いいだろう。そっちがその気なら、こっちにだって考えがあるよ! 「鷸ジイ、鳥のシギが居たっていうカフェの場所教えてよ」 駅前には携帯ショップがあるんだからな。 何を買うか決まるまで、とことん付き合ってもらいましょうか!!
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