雲の合間に無数の島が浮かび、ぬいぐるみのような可愛らしい種族「アニモフ」たちが遊ぶ、天上の楽園・モフトピア。 その端っこの更に端っこ。うっかりすると雲海の陰に隠れて見逃してしまいそうな場所に、ボンダンス島という小さな島がありました。 太陽から遠く離れたこの島は、昼の時間が極端に短く、空は常に夕闇から夜にかけての暗い色をしています。 建っている家も皆、ホコリだらけにクモの巣だらけのボロボロで、うっかり足を踏み入れると今にも崩れてしまいそうです。 そんな島に住むアニモフたちも、当然一筋縄ではいきません。 毛むくじゃらの雪男に、一つ目や三つ目、果ては顔面これ目だらけのモンスター、三頭身のドラキュラに小悪魔……そう、ここはちょっと不気味でユーモラスな、世にも珍しいアニモフ「ブギー族」の島だったのです。◇「うきょきょきょきょきょきょ!」「わきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!!」「どっひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」 とある古びた屋敷から、カン高い奇声が響き渡ります。 屋敷の廊下では、今日もブギー族がドタドタと足音を響かせ、追いかけっこをしていました。 ぷるぷるとしたスライム状の体をしたブギー族の子供は、うっかり腐った床板を踏み抜き、そのまま下の階に落ちていきます。「おわぶっ」 勢いよく床に叩きつけられたスライム君は、まるで潰れたトマトのように、いくつもの小さなスライムベビーに分裂してしまいました。時と共にスライムベビーたちは一つにまとまり、やがて元通りのスライム君が復活します。「ああ、また穴をあけちゃった。後で直しておかないとね……紙とボンドで☆」 頭が体の1.5倍ほどありそうな、いささか寸詰まりのゴスロリ人形がつまづいて転ぶと、すぽーんと大きな首がもげ、コロコロと転がっていきました。「あ痛たたたた……まったく、お肌にキズがついちゃったじゃない」 ゆるりと立ち上がったゴスロリちゃんは、よいしょ、と自分の首を拾い上げると、元通りに体の上に乗せました。 普通なら死にそうなダメージを受けても生き返るあたり、さすがはアニモフ。 そんなシュールな光景が、屋敷のあちこちで繰り広げられます。 ひとしきり遊び(?)終えた後、辺りは再び、しーんと静まり返ってしまいました。「……静かだねえ」「だねえ」「……ヒマだねえ」「だねえ」 はぁー……。 誰からとも無く、退屈そうなため息が漏れました。 何しろここは、ただでさえ辺境のド田舎島。おまけに住人は皆、控えめに言っても「へんてこな」……はっきり言えば「キモイ」外見の者ばかり。他のアニモフと違って、もふもふしてもゴツゴツ、ヌルヌル、トゲトゲしてて、あまり気持ちよくありません。「他の島は最近、異世界からのお客さんが来て、大いに盛り上がっているそうだよ」「いいなあ……オイラもお菓子食べたいなあ……」「トリック・オア・トリート(お菓子くれなきゃイタズラするぞ)!! ……ああダメだ! 初対面のお客さんにいきなりこんなこと言ったらきっとドン引きされちゃう!!」 ブギー族たちは途方に暮れました。このままでは退屈で死んでしまいそうです。いや、本当に死ぬことはないけど。 ひとしきり考え込んだ後、一人が何やら思いつきました。「……そうだ!」◇「ボンダンス島? 聞いたことのない島だねえ」 世界司書のエミリエ・ミィは、『導きの書』に書かれた島の名前と奇妙な住人の姿に、思わず首をかしげました。「何なに……『このたびボンダンス島では、とっても恐ろし……楽しいパーティーを開くことになりました。異世界からのお客様も大歓迎ですので、ふるってご参加ください。今までにないスペシャルなお菓子と驚きのイベントを用意してお待ちしております。合言葉は、トリック・オア・トリート!!』……分かった。これはきっとハロウィン・パーティーなんだよ!」 壱番世界の風習「ハロウィン」のことは、エミリエも知っていました。お化けの仮装をした子供達が「トリック・オア・トリート!!」の掛け声と共に、街を練り歩いてはお菓子を貰う、それはそれは楽しいお祭りです。「お菓子も用意してますって書いてあるし、新しい島の調査も必要だし、もしよかったら行ってみない? え? もし何か危険なことがあったらどうするのかって? 大丈夫。モフトピアでは死んだり大怪我するようなことは絶対ないんだもん。ほんとだよ」
ここは0世界のターミナル。モフトピア行きのロストレイルが発着するホームを軽やかに歩く、二足歩行のネズミ少年が一人。 「ハロウィンは初めてだ。おいら楽しみだなー!」 そのネズミ少年・瓢シャトトは、初めてのモフトピアへの旅と、話に聞いたハロウィンの楽しげな様子、そしてスペシャルなお菓子という謳い文句に、すっかり希望に胸を膨らませていました。 ホームには二人の先客がいました。そのうちの一人は全身を禍々しい黒甲冑で覆った、顔の見えない騎士。 「あの……私、高田リエリといいます。よ、よろしくお願いします!」 そう名乗った黒騎士は、およそ魔族らしからぬ可愛らしい声と腰の低さで、ぺこりと頭を下げました。 「おいらシャトトっていうんだ。よろしくな!」 「あたしゃ於玉。壱番世界出身の『こんだくたぁ』って奴さ。ひとつよろしく頼むよ……ヒェッヒェッヒェ!」 於玉と名乗った老婆は、皺だらけで干物じみた顔にニタリと笑みを浮かべました。 「それにしても、みんな気合が入ってるなあ。もうお化けに仮装してるんだ!」 「おやおや、あたしゃ別に仮装なんかしておらんよ?」 「……えっ、仮装じゃなくて素顔? すごいなあ。壱番世界にも色んな種族がいるんだね!」 あわわわわと背後で大慌てするリエリをよそに、あくまでも無邪気に感想を述べるシャトト。その言葉を於玉の地獄耳は一言たりとも聞き逃しませんでした。 「ほほぉぉぉ~? 中々面白い事を言う子だねぇ……こりゃ向こうに着いたら、近所の悪ガキ共を不必要に震え上がらせたこのあたしの力を、見せてあげないといけないねぇ……ヒェーッヒェッヒェヒェヒェ!!」 ゴゴゴゴゴゴゴゴという擬音と共に、於玉の背後で禍々しい瘴気が蠢きます。本人はあくまで「肝試しパーティー本番になったら頑張ろう」ぐらいの意味で言ったのですが、すっかり恐怖に震え上がった二人には、全くシャレになりません。 「ヒィィィィィィごめんなさああああい!!」 「きゃあああああすみませんすみませんすみません!!」 おやおや、今回の旅人達は、出発前から大いに盛り上がっているようですね。 グラサンにやたら派手ないでたちの僧職系男子・烏丸明良は、スキップスキップランランランと足取り軽く鼻息荒く、モフトピア行きの列車に乗り込みました。 「ハロウィン!! それはカップルがいちゃいちゃしあうには最高のシチュエーション!! 今回は、そう今回こそは! 美人のおねえちゃんロストナンバーが『きゃー烏丸さん怖いわー助けてー』なんて俺の腕にしがみついてきて、触れ合う手と手、重ねる吐息、震えるハートビートでラブラブファイヤー! な展開が待ってい……」 そんな彼の目に映った、今回の旅の仲間たちは、 ・人間の子供大のネズミ ・何か悪者っぽい甲冑を纏った、素顔不明の黒騎士 ・何か得体の知れない妖怪オババ 「……あきらめたぜ!!」 一筋の涙と冷や汗をきらめかせて、明良は精一杯のいい笑顔を浮かべるのでした。 ◇ やがて汽車は、モフトピアの駅に到着しました。 「ハロウィンと言えば、何はなくとも仮装じゃろうて。ヒェッヒェッヒェ!」 いつの間にか於玉は魔女の仮装に着替えていました。右手に杖、左手にランタン。オウルフォームのセクタン・次郎丸を従え、瘴気を纏ったその姿は、中々の魔女っぷりです……むしろそれが真の姿ではないのか? と思えるほどに。 他のメンバーは黒騎士にネズミにやたら派手な坊さん。そのままで十分、仮装の必要はなさそうです。 「ようこそモフトピアへー」 駅の設置された島の住人である、くま型のアニモフがお出迎えします。元来善良で疑うことを知らないアニモフたち。列車から降り立つ於玉たちの異様な風体も、大して気にしていないようでした。 「まあ、何てかわいらしい」 「これこれ、寄り道をしている場合ではないぞえ?」 「ボンダンス島ってここから結構遠いんだよね? じゃあ、早速出発しようか!」 ふわふわ、もふもふなアニモフの感触を名残惜しむように、一行は流れる雲の一つに乗りました。ふわふわと青空を漂う雲に乗って進む様は、正にメルヘンそのもの……でも今回は、そこに乗ってる旅人が妖怪ババアだったり怪しい坊主だったりするのですが。 雲はどんどん太陽に近い中心部から遠ざかり、次第に空は暗く、風は冷たくなっていきます。そしてついに……一行は目指すボンダンス島へたどりつきました。 「ここがボンダンス島? モフトピアってもっとこう、さっきの駅みたいな明るい世界だって聞いたんだけど……」 シャトトは首を捻ります。暗い夜空にコウモリが舞い、時折犬の遠吠えやカラスの鳴き声が響き渡る光景は、一般に知られるモフトピアのイメージとは程遠い、ちょっと不気味なものでした。隣のリエリも、少し怯えているようです。 「……ボンダンス島へよぉうこそ~~~~~~~~~!!」 「わあっ!!」 横合いから、木の枝から、地中から、いきなり飛び出してきたちっちゃい住人たちに、一行はびっくり仰天。その姿は、確かにユーモラスではありましたが、どれも皆、顔や体のつくりがアンバランスだったり、絵本やマンガに出てくるモンスターっぽい感じだったりで、おおよそスタンダートな「かわいい」イメージとはかけ離れたものでした。明良や於玉のような壱番世界の住人ならば「キモカワイイ」という言葉を思い出すところなのですが、出身世界にそんな高度な概念の存在しないリエリは、ただただ怯えるばかりです。 (この人たちもアニモフさんですよね? 大丈夫。きっとあのくまさんたちと同じように、良い人たちに違いありません。人を見かけで判断してはいけませんもの……!) そう自分に言い聞かせて、必死にスマイルを作ろうとします。 そして、いち早く気を取り直したシャトトは一歩前へ進み出ました。 「君たちがボンダンス島のブギー族かい? おいらシャトトっていうんだ! よろしくな!」 そう言って、握手を求め手を差し出すシャトト。それに答えて前へ出たのはスライム君です。 「ようこそ、僕らのパーティーへ。よろしくねぇ~」 べちょ。 (うえっ……) 握り締めたスライム君の、ねちょりとした手の感触は、お世辞にも気持ちの良いものとは言えませんが、シャトトはじっと我慢で精一杯の(でもちょっと引きつった)スマイルを返しました。 「ところで……肝試しパーティーと聞いたが、一体俺たちは何をすれば良いんだ?」 明良の質問に、頭でっかちな吸血鬼型のブギー族は、背後の大きなボロ屋敷を指して答えました。 「この島で一番大きなこの屋敷。その一番奥の大広間にパーティーのご用意をしておりまーす。しかぁし! そこに行き着くまでには、僕たちブギー族による、スリルとサスペンスに満ちた数々のおもてなしが待ち受けてまーす」 彼らの言う「おもてなし」の内容がどういうものかは、おおよそ見当がつきました。 「要はおいらたち、お化け屋敷みたいにみんなに驚かされてキャーキャー言えばいいんだね?」 「当ったりー! ああでも、逆にみんなの方から、僕たちを驚かしてきてもいいんだよぉ~? 何たって僕たちブギー族は、驚かせるのも、驚かされるのも大好きだからねぇ~?」 「ヒェッヒェッヒェ……こいつは面白い。驚かすのも、驚かされるのも楽しみだ」 「リエリ、大丈夫だとは思うけど……怖かったらおいらの後ろに隠れてろよ? いいな?」 「はい……みなさんの村おこしのお役に立てるよう頑張ります!」 「さあ、ハロウィンカーニバルの始まりだぜ!」 そして一行は、不気味な幽霊屋敷へと足を踏み入れたのでした。そこで何が待ち受けているのかも知らず……。 ◇ シャトトとリエリは連れ立って、屋敷の二階を探索していました。頑強な黒騎士が腰も引け気味にネズミに庇われている様は、まるで何かの冗談のように見えなくもありません。 「心配すんな、リエリ。おいら達の方から驚かしに行くぐらいの気持ちでいこうぜ。何せ向こうだってそう言ってんだからな!」 「そ、そうですよね……が、がおーっ……って、やっぱベタ過ぎるかな……」 そんなことを話している二人の前に、小さな人影が見えました。 「おやおや、これは珍しいお客さんだ……大広間を探しているのかい?」 「ああ、そうだけど。もしかしてあんたもブギー族?」 「そうだ、と言ったらどうするね……?」 そう言って、くるりと振り向いたブギー族は、猫の顔をしていました。それも普通の可愛らしいネコ型アニモフなどではありません。耳元まで裂けた口の端を更に吊り上げ、ニヤリと笑う不気味な表情は、正に化け猫そのもの。もっとも、日中の明るい場所で見れば、それなりに愛嬌があると見えなくもありませんが、暗闇の中、窓から差し込む月明かりで逆光気味に照らされている今は、不気味なことこの上ありません。 「ギャアアアアアアアアアアアア!! おいら猫だけは苦手なんだ、苦手なんだよおおおおおっ!!」 シャトトは顔面蒼白になって、行く先々でトラップを仕掛けながら、脱兎の如く逃げ出しました。彼としては決してリエリを見捨てるつもりはなかったのですが、本能的に感じる猫への恐怖、生命の危機感に、彼の心はすっかり恐怖のズンドコに叩き落されていました。 「もうやだ! おいら帰る!! インヤンガイより怖いじゃねえかよおおおおおお!!」 「あっ、待ってください、シャトトさん、シャトトさぁーん!!」 涙目でシャトトの後を追うリエリ。しかし鈍重な甲冑は、逃げるのには障害にしかなりません。しかもなお悪いことに、シャトトが仕掛けたトラップは、追ってくるブギー族だけでなく肝心のリエリも巻き込んでしまうのです。 「ひぇええええん、シャトトさん何処ですかぁー?」 トラップにかかったブギー族たちが、警報機を鳴らして轟音を響かせたり、何処からともなく落ちてくる金ダライにぶつかったり、ばね仕掛けで空高くジャンプしたりして、「わー」「きゃー」「うひょー」と悲鳴とも嬌声ともつかない声を上げる中、すっかり腰を抜かしたリエリは、四つんばいになりながらも、必死でシャトトの姿を求め廊下を這い回り…… ばき。 「あーれー」 腐った床をバッチリ踏み抜いたリエリは――スローモーションで下の階に落下していきました。 ◇ 一方、こちらは一階の於玉。 「ヒェッヒェ、怖く無い。怖く無いよぉ?」 ニタリニタリと笑いながら、ブギー族たちにジリジリと迫っていきます。その背後には瘴気が蠢き、不気味な雰囲気を更に盛り上げていました。 「良い子には飴を上げようねえ。チョコレートもあるよぅ? さあおいで、おいでよ、美味しいよぉ?ヒェッヒェッヒェッヒェ!」 「きょわあああああああ!!」 悲鳴を上げて逃げ回るブギー族たち。しかしその表情は、どこか楽しげでもあります。於玉の恐怖パフォーマンスは確かに絶好調でしたが、何よりその熱演はブギー族にとって相当ツボだったのか、彼等のハートをガッチリ鷲づかみにしたようでした。 (おばあちゃん、もっと驚かして、驚かしてー!) ブギー族の心の声を代弁するなら、きっとこんな感じなのでしょう。 その時、於玉の背中にぺちゃりとした感触が。天井に潜んでいたスライム型のブギー族が、彼女の背中に張り付いたのです。 「ばあっ」 「ヒィェエエエエ!!」 物凄く怖い形相と凄まじい悲鳴。別に狙ってやってる訳ではないのですが、その姿は普通の人が見れば相当な恐怖を感じて余りあるものでした。 「ぎゃあああああああ!」 「ヒィィィィィィィ!!」 「うきょおおおおおおおお!!」 もはやどちらが驚かしているのかすら分からなくなるほどの異様な光景。そこへ……まことに運の悪いことに、ちょうど真上の階層から床を踏み抜いたリエリが落下し、於玉を下敷きにしてしまいました。 「ギョエエエエエエエ!!」 「そ、その声は於玉さん!? ご、ごめんなさい!!」 下敷きになったショックで、於玉は持っていたランタンを取り落としました。そして、更に悪いことに……ランタンの火が於玉の衣装に燃え移ってしまったのです! 「ギエエエエエエエエ!!」 途轍もない断末魔と共に、於玉は火柱になりました。ある意味乾物系なので、勢い良く炎は燃え盛り、そして一瞬のうちに、消し炭の棒杭が出来上がりました。ヒーラーの基礎知識を持つリエリでも、こうなっては手の施しようがありません。 「ああ、於玉さんがこんな姿に……ごめんなさい!! 本当にごめんなさい!!」 とうとうマジ泣きしてしまったリエリ。その時、消し炭の表面がパリパリと剥がれ落ち、中から元通りの於玉が現れました。そう、ここはモフトピア。ここを訪れた旅人たちは、通常の方法で死ぬことはありません。 「……ふう、やれやれ死ぬかと思ったよ。地獄の業火というものは、こういうのを言うのかねえ……ヒェッヒェッヒェ!」 「於玉さん! 生き返ったんですね!? ああ、良かったあ……」 リエリは復活した於玉に抱きつくと、大粒の涙を流して喜ぶのでした。 ◇ そんなこんなで、阿鼻叫喚の大騒ぎが繰り広げられる中、ただ一人明良だけは、別のことを考えていました。 「だいたいハロウィンキングとまで呼ばれたこの俺を招待するとは愚の骨頂!! この俺がアニモフ達に逆に驚かしのテクニックを教えてやるぜ!!」 彼はパーティー会場の大広間ではなく、何故か一直線に厨房を目指してゆきます。 しかし、一直線にと言っても、その道のりは決して平坦ではありません。蜘蛛の巣に何度もひっかかり、落とし穴に落ちまくりながら、ホコリまみれの廊下を渡りきって厨房にたどりつく頃には、すっかり泥だらけになってしまいました。 「こんな格好で厨房に入るわけにもいかねえよなあ……」 どうしたものかと悩んでいると、何と都合のよいことに、厨房の隣には浴室があるではありませんか。 「よっし、一風呂浴びていくか!」 「ふふっふっー、ふふふーん☆」 上機嫌で鼻歌など歌いながら体の汚れを洗い流す明良。ボロボロの見た目とは裏腹に、幸いシャワーは普通に使えるようです。 「やっぱりこう、風呂は命の洗濯だよなっ」 そう呟いたとき、彼はふと思い出してしまいました。 (確かホラー映画じゃあ、中盤で脈略もなくシャワーを浴びる美女は、高確率で殺人鬼の餌食になるんじゃなかったっけ……?) 何かこわい考えになってしまった明良の背後から、鈴のように愛らしい少女の声が聞こえました。 「……お背中お流しいたします。ご主人様」 「おう、気が利くねえ」 ごしごしごし…… ぺちょぺちょぺちょ…… 「……ってあんた誰?」 背中をさする異様な感触でようやく異変に気付いた明良が振り返ると、そこには一人の可愛らしい顔の少女人形が立っていました。ご丁寧にメイド服まで着ています。 何だ、この島の住人はキモイ外見の連中ばかりだと聞いていたのに、こんな可愛い子もいるじゃないか……と思ったのもつかの間、明良は見てしまったのです。スカートの裾から、タコかイカの足を思わせる無数のぬめぬめとした触手が伸びているのを。そしてその触手が、ずちゅり、ぬちゃりと嫌な音を立てて、明良の背中に張り付いているのを!! 「ぎゃああああああああああ出たあイカゲロ星人だあああああああああ!!!!」 きゃははと笑うイカゲロエイリアンなメイド人形から逃れるように、明良は絶叫をあげて、浴室から脱兎の如く逃げ出しました。ひとしきり走り終えた後、素っ裸だったことに気付き、慌てて着替えを取りに浴室に戻ると…… 「……お帰りなさいませ、ご主人様(はぁと)」 「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!!」 以後十数回ぐらい、同じシーンがリピート再生されるのでありました。 ◇ 「ぜーはーぜーはー……何だか風呂に入る前より、汗をかいたような気がするんだが」 浴室でのパニックからようやく立ち直った明良は、気を取り直して厨房に乗り込みました。 「たのーもーっ!!」 「ひゃあっ」 突然の来訪者に、厨房のブギー族たちは何枚ものお皿をひっくり返して粉々にし、お鍋を転がしてはこぼれたスープで滑って転んで大回転と、必要以上に派手なリアクションで驚きました。 「その程度で驚いててどうする! 気合が足りんぞ気合が!!」 もはや騒ぎすぎてパニック状態なのか大笑いしてるのかわからないブギー族の一人を逆に捕まえて、明良は説教をはじめました。 「いいか、驚かしの基本は『計画性』『大胆さ』、そして『意外性』の三つで成り立つ!! 貴公達には特に『意外性』が足りない!! 油断している相手の虚をつく精神が!! ……いや、なかなか頑張っているとは思うが……それでも想定の範囲内だ!! 考えてもみろ。お化け屋敷でお化けを見るよりも、お風呂入ってる最中にお化け見た方が驚くだろ? ……何しろ今さっき俺が実感したばかりだからな」 時折ダダ漏れになる心の声を必死で抑えながら、明良は更にレクチャーを続けました。 「というわけで、俺に一つ案がある、君達にも協力して貰う!! いいかみんな、俺についてこい!!」 そう言って明良はブギー族たちを呼び寄せると、ごにょごにょごにょと何やら耳打ちしました。 「そりゃあいい。お兄さんセンスいいねー」 「でっかいケーキ、作る、作るじょ」 明良の提案を聞いたブギー族たちは、上機嫌で大量の材料をこね回し、大きなオーブンをフル回転してケーキを焼き始めました。 やがて巨大なスポンジケーキが焼き上がると、明良は計画通り中をくりぬいてその空洞に入りました。生クリームを塗った上から、フルーツや砂糖菓子といったデコレーションが次々と飾られ、とっても大きくてゴージャスなスペシャルケーキが出来上がります。 「どうせなら、もっと派手な方がいいなあ……たとえば花火とか」 「おう、そりゃあいいアイディアだ。最近のナウでトレンディなバースディケーキには、花火は欠かせないからな」 以前壱番世界のグルメガイドで見かけた(でも自分は今まで実物を食したことの無い)どこかのレストランのバースディケーキ写真を思い出し、明良はノリノリでブギー族の提案を受け入れました。 その言葉を聞いて、ブギー族は一本、また一本とケーキの上に線香花火を突き立ててゆきます。 「どうせなら、もっと派手にしたいよねェ」 「よーし、もっと一杯花火持ってこようじぇえ」 (おいおい……ちょとやりすぎじゃねえか?) 次々とケーキに花火が突き刺される様子を内部で窺いながら、だんだん明良は不安になってきました。どうやらブギー族たちは「ケーキをキレイに飾り付ける」という当初の目的を忘れて、これでもかと花火を仕込むことに夢中になってしまったようです。 「こっちの方が威力がつよいじょ」 誰かがケーキの中に、グレープフルーツほどの大きさの球体を埋め込みました。 「こ、これって打ち上げ花火か? 何だこの文字……『DYNAMITE』……でぃなみて、じゃなくて『ダイナマイト』ぉ!? 待て! こんなの計画に……おいちょっと待てやーーーーーー!!」 ◇ 一方こちらはパーティー会場の大広間。 驚いたり驚かされたり死んだり生き返ったり(?)しながら、ようやくたどりついた三人は、明良の姿だけが見当たらないことに気付きました。 「そういえば、あの坊主のあんちゃんはまだ来てねーの?」 「大方あまりの怖さに、泣きべそでもかきながら屋敷を彷徨うておるんじゃろうて」 「本当に、何もなければいいんですが……」 やがて、人の背丈ほどもありそうな大きなケーキが運ばれます。 ケーキの表面には無数の線香花火がつき立てられ、色鮮やかな火花を散らしています。あまりに花火を立てすぎてケーキの表面が見えなかったりもしますが、そこはやはりアニモフであるブギー族のこと、大して気にしていないようです。 「あれがスペシャルなお菓子かあー。さすがモフトピア、スケールが違うなあ」 まさかその中に明良がいるなどとは夢にも思わず、素直に感心するシャトト。ケーキの中でジタバタもがく明良の「うわー出せー助けてくれー」という悲鳴は、分厚いスポンジケーキに阻まれて、外にいる仲間達の耳には聞こえません。 「さ~て、お待ちかねのカウントダウンだよ~。スリー、ツー、ワン、ファイヤー!!」 (ぎゃーーーーーーーーっ、ちょ、ちょっとタンマーーーーーーーーーー!!!!!!) BOOOOOOOOOOMB!!!! かくして、明良のプランどおりに見事ケーキは爆発四散し、あたり一面ケーキまみれになった室内に軽快なユーロビートが流れ出します。生クリームでべとべとになったブギー族たちがきゃいのきゃいのと踊り始めると、最初は呆然としていた旅人達も、次第にハイになってきたのか、一緒になって踊り始めました。 しかし、その中にただ一人、明良の姿はありません。 そう、彼は爆発のショックで空高く飛んでゆき、夜空に輝くお星様になったのでした。 ありがとう明良。自ら体を張ってパーティーを盛り上げてくれたあなたのことはきっと忘れません。5秒ぐらい。 「あ、流れ星」 ふと窓の外を見上げたリエリは、キラリ輝く流星を見つけました。 「みんな、何かお願いした?」 「決まってるじゃないか。『世界人類が幸せになりますように』だよ。ヒェッヒェッヒェ!」 下手な妖怪以上に怖すぎる風貌のおかげでいまいち説得力に欠ける答えを於玉が返した直後、流れ星は屋敷の屋根を突き破り、轟音を立てて一行の目の前に落下しました。 「これは……烏丸さん!? 大丈夫ですか烏丸さん!?」 「……ボンダンス島よ、俺は帰ってきた……ぐはぁっ」 流れ星――坊主頭なのに何故かアフロになった明良は、そう一言呟くと、ばったりと倒れるのでした。 「それにしても……あの爆発したでっかいケーキは、ちょっともったいなかったなあ……」 ひとしきり踊り終えた後、少し残念そうなシャトトを見て、ブギー族の一人が言いました。 「だいじょーぶ。こんなこともあろうかと、スペシャルなお菓子をちゃーんとご用意してまーす」 テーブルの上には、たくさんのお菓子やジュースが並べられていました。見たところお菓子はキャンディーやスナック菓子が中心のようです。先ほどのケーキのようなゴージャスさはありませんが、ハロウィンで交換するお菓子としてはスタンダードなところでしょう。 「さーさー、食べて食べてー」 ブギー族たちに勧められるまま、一行はお菓子を手に取り、ぱくり。 … …… ……… 一口食べたその瞬間、皆一斉に微妙な顔をして黙り込みました。 「このキャラメル……ホイコーローの味がする……」 「こっちのチューイングキャンディーは、ドリアンみたいな臭いがします……」 「豚足風味のドロップか……ヒェッヒェッヒェ、面白いことをしてくれるねぇ」 「レバニラ味の羊羹だとう!? 誰だ、こんなもん考え付いたのは!」 口直しにと手近なジュースを一気飲みした明良は、そのあまりにも独創的過ぎる味に思わずブーッと噴き出しました。 そう、そのジュースの瓶に貼られたラベルには「マスタードラムネ」の文字が。 「やれやれ、近頃の若いもんはお行儀が悪いねえ。もったいないお化けが出ちまうよ」 そんな明良の様子を呆れ顔で眺め、於玉は「うがい薬の味がするジュース」をちびりちびりと飲みながら一人ごちました。そんな於玉に、ブギー族たちがわらわらと集まって話しかけてきます。 「おばあちゃん、このキャンディーおいしいねえ」 「おや、お前さんにはこのあたしの特製飴玉の良さが分かるのかい? こいつはお目が高いねえ。あんたらのこのジュースもなかなかのもんだ」 「僕たちなんだか気が合うみたいだねえ。もういっそ、ここでずーっと一緒に暮らさない? 僕たち歓迎するよぉ~?」 「おやおや、このババアをそんなに気に入ってくれるたあ、あんたらも物好きだねえ。でも今は遠慮しとくよ。何と言っても、ここで身につけた驚かしテクニックを、是非とも他のみんなにも試してみたいからねぇ……ヒェッヒェッヒェ! でもまあ、ひとしきり驚かし尽くしてネタが尽きたら、その時はまた寄らせてもらうさ」 「あの……烏丸さん、本当に大丈夫ですか?」 「いやーもう、早いとこファイヤーボンバーなお口を冷まして……ブフーーーーッ!!!」 今度は「青汁コーラ」を飲んでしまい、再びパニックに陥る明良。お菓子を食べるために一旦兜を外したリエリの素顔は、実はけっこうな美少女だったりするのですが、そんなことに気付く余裕は、もはや今の明良にはありませんでした。 ◇ 「あー、全く酷い目に遭ったぜ」 帰りのロストレイルの中、ぐったりした様子の四人。しかしその表情は決して不愉快なものではなく、どこか照れ笑いにも似て、いっそ清々しささえ感じさせるものでした。 「でも、大声上げて叫んで走ったら、何だかすっきりしちゃいました」 リエリの言葉に、明良と於玉も深く頷きます。既に兜を被っている彼女の表情は外からはうかがい知れませんが、その口調は穏やかで、嬉しそうなものでした。 「うーん……おいら結構楽しかったぜ……むにゃむにゃ」 隣の席のシャトトはすっかり夢の中のようです。 「あたしもこの百年間生きてて、あんだけ感謝されたことなんてなかったよ。また是非来たいもんだ。それに……こいつは是非とも、エミリエのお嬢ちゃんたちにも持って帰ってあげないとねえ……」 そう呟いて、ヒェッヒェッヒェと不気味スマイルを浮かべる於玉の手には、旅立つ間際にブギー族から貰った包みが、大事そうに抱えられていました。 四人が持ち帰った「おみやげ」を、エミリエはじめターミナルの住人たちが本当に食べたのか、そしてその後どんな悲喜劇が繰り広げられたのか、それを伝える記録は残っていません。 ただひとつ、ごく普通のもふもふでは物足りない、一部の層に向けてのニッチな観光スポットとして、ボンダンス島の名がロストナンバーたちの間に知れ渡ったことだけは確かなようです。 <おしまい☆>
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