モフトピア辺境の、更に端っこの端っこ。人を驚かすのが大好きなキモカワ系アニモフ「ブギー族」の住むボンダンス島では、毎年恒例のマンドラゴラ収穫の季節がやってきました。 壱番世界やヴォロスあたりの伝承で知られる「一般的な」マンドラゴラは、引き抜かれると恐ろしい悲鳴を上げ、それを聞いた者は死んでしまうというものですが、このボンダンス島のマンドラゴラは一味違います。 引き抜かれて悲鳴を上げるところまでは一緒なのですが、それを聞いた者は死ぬのではなく「脳みそがホニャララに」なってしまうのです。 脳みそをホニャララにされてしまった者は、その場で「ホニャララホニャララー」と奇声を発しながら、妙ちくりんなダンスを踊り続けてしまいます。 ホニャララ状態は放っておいてもしばらく時間が経てば治るのですが、その隙にマンドラゴラには逃げられてしまいます。 おかげで仕事にならないため、毎年人手の確保に苦労しています。 そんなわけで、ボンダンス島ではマンドラゴラ収穫を手伝ってくれる短期アルバイトを募集しています。 未経験者歓迎。三食昼寝つき。完全出来高制(頑張り次第でボーナス有り!) 君もボンダンス島で、青春の汗を流さないか?◇「……と、いうことらしいんだけどね……なーんか本気で『苦労している』ようには見えないんだよね……何というかこう、ホニャララ状態で大騒ぎになってることすら楽しんでる、みたいな」『導きの書』を通じてボンダンス島からの依頼を受けた世界司書、エミリエ・ミィは、まるで奥歯に物が挟まったような、微妙に引きつった表情で言いました。先日旅人達から報告された肝試しパーティーでの乱痴気騒ぎと、そのおみやげとしてもらった「スペシャルなお菓子」のことを思えば、仕方の無いところでしょう。「で、問題のマンドラゴラというのが、これ」 エミリエは『導きの書』のページを見せました。そこに描かれていたマンドラゴラの姿は、先端が二股に割れたニンジンに「丸描いてちょん」をアンバランスに並べたような虚ろな目、妙にリアルでぽってりとした唇、くねくねとした動きを思い起こさせるポージング……と、それはそれは奇妙なものでした。壱番世界の住人ならば「叫び」と題された名画を更に「チラシの裏の落書き」風に戯画化したような印象を抱くでしょう。 そう、ぶっちゃけ、はっきり言って、 キモッ エミリエ含め、その場にいた誰もあえて口にはしませんでしたが、きっと内心ではそう思っていたことでしょう。「でも、世界図書館としては依頼されたものを断るわけにはいかないし、何だかんだ言っても大変そうなのは確かみたいだから……もし気が向いたら行って見てもいいんじゃないかな? その…無理にとは……言わないけど……」 申し訳なさそうにゴニョゴニョと口ごもりながら、エミリエはモフトピア行きのチケットを出しました。好奇心にかられてか、それともいかにもアレな住人からの依頼を押し付けられたエミリエをかわいそうに思ったのか、幾人かの旅人達がそれを受け取ります。 旅人達が去ろうとした時、大慌てでエミリエは付け加えました。「あ、別に『おみやげ』はもらってこなくていいからね!! 間違ってもマンドラゴラを甘露丸に渡したりなんかしちゃだめだよ!! だめなんだったら!!」
ここは0世界のターミナル。モフトピア行きの列車が停まるホームを、『中の人がいない』甲冑のイクシスと狼族の獣人・ティルスが、仲良く連れ立って歩いていました。 二人は過去2回、一緒にモフトピアを旅したことのある旧知の間柄でした。 「こうしてティルスさんと一緒に冒険するのって、行き倒れの吸血鬼さんを保護した時以来だねー」 「そういえばイクシスさんって、あの後も何度かモフトピアに行ってたみたいだけど、何か面白いことあった?」 「そうだなあ……『だごん様』に遭遇したり、モフトピア史上最悪の凶悪犯罪者を捕まえたり……」 「……何か、ものすごい経験をしてきたみたいだね……」 何故かそれ以上は聞いてはいけないような気がして、ティルスは黙り込みました。 しばらく行くと、一頭の熊が列車の入り口を塞いでいるのが見えました。 「ぬぬっ、抜けない、抜けないですよっ」 どうやら普通サイズの入り口から無理矢理入ろうとしたものの、顔が挟まって抜けなくなってしまったようです。このままではロストレイルも発車できませんし、他のお客様にも迷惑です。 二人は顔を見合わせると、このかわいそうな巨熊を助けようと、思いっきり引っ張りました。 「うんとこしょっ、どっこいしょ!」 何度か引っ張った後、きゅぽんっ、と音を立てて、巨熊の顔が入り口から抜けました。 引っ張られた反動で大きなしりもちをついてしまった巨熊は、照れくさそうに頭をかいて見せました。 「いやあ、どうもすみません。助かりましたよ……もしかしてお二人も、ボンダンス島に行かれるので?」 「アナタもなんですか! ボクはイクシス。で、こっちはティルスさん。よろしくね!」 「おいらはワーブ・シートン。ここで会ったのも何かの縁、ということで、よろしくお願いするですよ。しかし困ったなあ。これではモフトピア行きどころか、列車にすら乗れないですよ」 「……あっち」 ティルスが指差した先には、特大サイズの旅人用に作られた大き目の入り口がありました。 今回が2回目のボンダンス島行きとなるネズミ少年・瓢シャトトと非モテ系僧職男子・烏丸明良は、連れ立ってホームを歩いていました。 「ひっさしぶりー。明良のあんちゃんもやっぱ、ボンダンス島へ行くわけ?」 「おうよ! 前回は酷い目に遭ったが、今回こそは『可愛いロストナンバーのお姉ちゃん』と、100%スイーツなハーレム生活を満喫するぞうっ。それに、大分お困りな様子のエミリエたんのためにも、今回の依頼を無事解決してあげれば、彼女からの評価もウナギのぼりに……」 そんな明良の目に映った、今回の旅の仲間たちは、 ・眼鏡をかけた狼っぽい獣人 ・全体長3m超の巨熊 ・甲冑 「……何このワクワクどうぶつ王国!? ってゆーか人間っぽいの俺だけ!?」 目の前の二人と一頭、アンド隣のシャトトを見て、愕然とする明良の背後から、一人の少女が声をかけてきました。 「あ、烏丸っちだー。奇遇だねー」 「げっ、お前は!!」 現れたのは武闘派女子高生、日和坂綾。一見するとごく普通の活発そうな女の子ですが、彼女を一目見た明良の胸中は穏やかではありません。 「姉ちゃん、もしかして明良の知り合い?」 「あれー? ワーブさんも来てたんだー。久しぶりー」 「先日のヴォロスの一件以来ですねえ」 「可愛い子だねー。やっぱ紅一点、華があっていいよねぇ」 「……あれ? どうしたの明良? 何か顔色悪いよ?」 周囲が綾と親睦を深め合う中、何故か明良だけが微妙に顔を引きつらせていることに、シャトトは気付きました。 「……ミンナ、アレを、ごくフツーのオンナノコと、思わないほうが、イイヨ?」 「やだなあ、明良さんったら、何言ってんのかさっぱりだよ」 「ソノうち、イヤでも、ワカルヨ?」 らしくない棒読み口調で答えると、明良はカチコチになって、ロストレイルに乗り込むのでした。 ◇ モフトピアの駅に到着後、一行は流れる雲に乗って、ボンダンス島へ向かいます。 はじめのうちは、自分のような巨体が乗っても大丈夫かと心配するワーブでしたが、実際に乗ってみると、ふわふわとした乗り心地にすっかりご満悦になっていました。もっとも、この平和な世界では、身長57メートル、体重550トンの巨大ロボが乗っても平気かもしれません。 そして一行は、目指すボンダンス島に到着します。 「へぇ、モフトピアにもこんなとこがあったんだねえ」 モフトピアに関してはすっかりリピーターなイクシスも、初めて感じるこのボンダンス島の一種独特な空気には、思わず目を見張りました。 「このボンダンス島に関しては、おいら達が先輩だかんな! わかんないことがあったら何でも聞いてくれよ! ……しかし、妙に静かだな。そろそろ『……ボンダンス島へよぉうこそ~~~~~~~~~!!』って、やたら騒々しく出迎えてもよさそうなものなんだけど……」 シャトトを含め、誰もが疑問に思い始めたその時、 「ご主人さまぁぁぁぁぁ~~~~~っ(はぁと)」 「ゲェッ!! お、お前は!?」 明良はビックリ仰天しました。現れたのは先の肝試しパーティーで、彼を散々恐怖のズンドコに叩き落したあのイカゲロ星人なメイド人形でした。顔立ちこそいわゆる「萌え萌え美少女」というものですが、スカートの下では10本の触手がぬめぬめと蠢いています。 「ご主人様、お久しゅうございます! ゲソ美はずっと、ご主人様が再びここへいらっしゃるのをお待ちしておりました!」 「お前、ゲソ美って名前だったのか……っておい! 確か依頼が終わったら、現地の住人は高確率で俺らのこと忘れるんじゃなかったのか!?」 「愛するご主人様のことを、忘れられるはずがないではございませんか。そうあの日、浴室で二人きり肌と肌を重ねあった熱い夜を……」 「だから誤解を招くような発言はやめれーーーーーっ!!」 タジタジになる明良の態度に構わず、ゲソ美はその身を摺り寄せてきました。ヌルヌルネチョネチョな触手を絡ませながら抱きついてくるので、明良にしてみれば気持ち悪いことこの上ありません。 「ひゅーひゅー、明良ってば、おいら達が屋敷で必死になってた時にそんなことやってたの? 隅に置けないねえ」 「もういっそ、お嫁にもらっちゃえば? そこのゲソ美ちゃん」 「やはり男たるもの、きちんと責任は取らないといけないですよ」 仲間たちの生暖かい視線を一身に受けながら、明良は魂の叫びを上げました。 「こんなめちゃモテは嫌ーーーーっ!!」 「それでは、皆さんをマンドラゴラ畑へご案内しまーす」 一行はゲソ美たちブギー族に案内され、町外れの広大な農場にやってきました。 だだっ広い畑の畝には、根菜らしきものの葉っぱが整然と植えられていました。ぱっと見はごく普通のニンジン畑と変わりませんが、実際に埋まっているのが、あのキモイ顔のマンドラゴラかと思うと、嫌でも期待と不安の入り混じった妙な胸騒ぎがしてなりません。 「引き抜かれた後、逃げ出したマンドラちゃんは、向こうに見える裏山の林や原っぱに適当に埋まって『野良マンドラ化』することがあるんです。移動範囲はそう広くないから、近くを適当に歩いていればすぐ見つかると思います。そういう『野良マンドラ』も収穫数に入れて良いんですのよ。方法は皆様にお任せいたします。それでは皆様、がんばってくださいねぇ~。そして……」 ゲソ美は妙にキラキラした瞳を潤ませながら、明良をうっとりと見つめて言いました。 「……頑張ってくださいね、ご主人様。キラッ☆」 「だからその『キラッ☆』はやめれっ!?」 ◇ 「……で、イクシスさん? その妙な『ふさふさ』は一体何?」 準備を終え、いよいよマンドラゴラ収穫も本番という時。ティルスは目の前のイクシスの面妖ないでたちに絶句しました。 「これ? マンドラゴラ取りの正装だって、出発前に世界司書さんから聞いたんだよー。犬耳に付け尻尾。そしてプードルのふわふわアフロにコリーのふさふさ胸毛! ねーねー、かわいいでしょー。もふもふしてみるー?」 「……誰が教えたの、そんなウソ知識」 「えーっ!? ウソだったのー!? 何かブギー族っぽい外見の人だから、もしかしたらここ出身の司書さんなのかなー、とか思ったんだけど……確かチャランさんとかポランさんとかいう名前の……」 「聞いたことない名前だなあ……まあいいか。とにかく収穫を始めよう。壱番世界の本で読んだんだけど、マンドラゴラの収穫方法って『マンドラゴラの茎に縛り付けたロープを、犬に引かせて引っこ抜く』らしいね。つまりマンドラゴラは『引っこ抜く』と叫ぶんだから、スコップでマンドラゴラの周りに穴を掘って堀り出せば叫ばないんじゃないかな、つまり山芋掘りの要領で掘ればいいんだよ!」 「うん、それボクも考えてた! どうせならもっと用心して、5mぐらい先から地下道を掘っていけばいいんじゃないかなー? で、マンドラゴラの真下から『落とす』ようにすれば大丈夫なはずだよ。 そうだ、そうしよう!!」 何か色々と論理が複雑骨折しているような気もしますが、そんなことを気にする二人ではありません。 そうと決まれば話は早いとばかりに、二人は地面を堀り進んでいきました。 さて、そんな二人から少し離れた場所では、明良が気合も満タンとばかりに、収穫の意気込みを見せていました。 「えーと、で、マンドラゴラだっけ? こう土から抜くと悲鳴をあげるって? ふん、そんなものマンドラゴラハンターとよばれた、この俺に任せときな」 「キャーご主人様ー。素敵ですわー」 彼の側では、何故かゲソ美ちゃんが期待に瞳をウルウルさせながら見守っています。 「うー、何か調子狂うよな……まあいい。まず、マンドラゴラをめちゃくちゃ可愛くて萌え萌えな女の子と脳内で妄想し、必死にそれを思い込む! ……むおぉぉぉおっぉぉお!」 目を閉じて何やら念じ始めた明良の背後から、やがて煩悩全開の桃色オーラが立ち上り始めました。 「よーし、見えてきたぞー! このマンドラゴラちゃん(設定年齢16歳 やぎ座のB型)はとっても恥ずかしがりやさんだから、今は土の中に隠れちゃってるわけだ。俺はそこから生まれたままの姿の彼女を掘り出して、あげると。だから悲鳴は『きゃー烏丸さんのHっっ!!』という叫び声に高速変換される。そうすれば、お風呂覗いてる気分で楽しめるアルネー」 「きゃーご主人様のHっっ!! でもそんなご主人様がス・テ・キ……(はぁと)」 こちらの論理も既に手の施しようがない末期状態ですが、やはりそんなことを気にする明良ではありません。 「それじゃあ、行くぜ!」 思いっきり力を込めて、明良はマンドラゴラを引き抜きました! 「「ぎゃぁぁぁぁぁぁっぁあっぁぁぁぁあぁっっぁぁぁぁ!!」」 引き抜いた明良と、引き抜かれたマンドラゴラ。互いの悲鳴が反響しあい……そして悲鳴が止んだ後、明良の顔はすっかりホニャララ状態になっていました。 「さぁ、楽しいホニャララタイムがはっじまるヨー!!」 「みんな、ご主人様を大いに盛り上げるわよー!!」 ゲソ美の号令の下、たくさんのイカゲロメイドたちが一斉に躍り出ました。彼女達もやはりマンドラゴラの悲鳴を聞いてしまったので、色々とハイな状態になっています。 「ミュージック、スタート!」 ♪煩悩開眼 煩悩開眼 非モテ 喪男 寂しい夜は 極楽昇天 極楽昇天 みんなで逝きましょ 草食寺 レッツゴー☆ 軽快なユーロビートをBGMに、明良&ゲソ美ちゃん率いるイカゲロシスターズが踊り狂います。 そして完全にホニャララ状態となった明良は、ダンスのリズムに合わせながら、そこかしらのマンドラゴラをかたっぱしから抜き始めるのでした。 「ずっと、ホニャララのタァァァァーン!!」 明良がホニャララ言いながらマンドラゴラを引っこ抜く度、耳をつんざく悲鳴があたり一面に響き渡ります。 当然それは、地面を掘り進めていたイクシスとティルスの耳にも届きました。 なんということでしょう。自分の収穫方法に絶対の自信を持っていた二人は、最初から悲鳴対策など立てていなかったのです。 「バルサミコ酢ー、やっぱ要らへんねんー♪」 「めったに会えぬー、キャラメル男子ー♪」 「ホーッホーッホニャララー、ホーッホーッホニャララー♪」 「ホーッホーッホニャララー、ホーッホーッホニャララー♪」 スコップを抱えた獣人と甲冑が、いきなり地中で暴れ……もとい踊りだしたものだからさあ大変。 ……ず、ず、ず、ずずーん。 彼等の周囲数メートルが地盤沈下を起こし、地盤が緩んだことで地上に放たれた大量のマンドラゴラは、一斉に畑の外へと逃げ出してゆきます。 そして地中に生き埋めになった二人は、しばらくすると紙のようにペラペラになって地表の隙間から這い出し、風に乗って空へ舞うのでした。 「みてみてー、僕たち今、鳥さんのように空を飛んでるんだよ……」 ヒョオォォォォォォ……。 ◇ 「ここはボンダンス島なんだから、やっぱブギー族のお家芸で攻めるのが確実だと思うんだよね。よーし、おいら気合入れてトラップ仕掛けまくるぞ!」 畑から少し離れた山中の雑木林で、シャトトは得意のトラップを仕掛けていました。当然、逃走中のマンドラゴラを捕まえるのが狙いです。 トラベルギアのジャンビーヤで周囲の地面や木の幹に図形を刻むと、そこに落とし穴やとりもち、タライといった罠が作られてゆきます。 「じゃあボクはここに入って、やってきたマンドラゴラに覆いかぶさればいいんだねー?」 「ああ、よろしく頼むな!」 シャトトに協力して、ブギー族のスライム君がたらいの一つに入りました 「よーし、一通り罠は仕掛け終わったぞ。あとはターゲットが来るのを待つだけだな!」 シャトトは物陰に隠れます。すると畑の方から、マンドラゴラたちが大挙して押し寄せてくるではありませんか。向こうで何があったのかは分かりませんが、シャトトにとってありがたいことには違いありません。 二足歩行にホニャララ悲鳴と、いくら人知を超えた能力を持っているといっても、所詮はお野菜。マンドラゴラは次々にトラップに引っかかり、気を失って倒れてゆきました。 「しめしめ、大漁大漁、っと」 予想以上の収穫に、シャトトはほくほく顔でマンドラゴラを拾い集めてゆきます。 しかし彼には一つだけ、誤算がありました。 トラップに引っかかったのは、マンドラゴラ『だけ』ではなかったのです。 シャトトと同様、逃げた野良マンドラを捕まえることにしたワーブは、一人森の中を歩いていました。 「ヴォ?」 ふと見ると、目の前を野良マンドラがポテポテと歩いているのを見つけました。 「ヴォオオオオオ!!」 唸り声を上げながら、ワーブは夢中で追いかけます。しかしあまりに目の前の標的に夢中すぎてシャトトのトラップに気付かず、うっかり仕掛けを踏み抜いてしまいました。 「グヴォッ!?」 「ばあっ」 仕掛けの発動と共にスライム君入り金ダライがワーブを直撃し、中のスライム君が顔に張り付きました。 いきなり視界を塞がれたワーブはふらふらとたたらを踏み、そのまま足元の「何か」を踏みつけてしまいます。 「ゴアアアア!!」 今度は右前足にブギー族の仕掛けたトラバサミを引っ掛けてしまい、ワーブはあまりの苦痛に絶叫しました。 シャトトの罠だけでなく、ブギー族が最初から仕掛けた罠もあって、この辺りは一面すっかり罠だらけになっていたのです。 「グォアアアアオオオオオオオオオ!!」 次々と罠に引っかかり、何度も苦痛と恐怖を味わったせいで、ワーブは完全にバーサーク状態に入ってしまいました。 トラバサミを両手両足にいくつも引っ掛け、縄にかかり、網にかかり、とりもちにかかり、更にワーブの暴れっぷりに、周囲の木々が次々となぎ倒されてゆきます。 「うぎゃあああああ! ブギー族より怖えぇじゃねえかよぉぉぉぉぉお!!」 突然の闖入者にすっかり恐怖し、必死で逃げ回るシャトト。しかしそんな彼に、ワーブのなぎ倒した巨木の一本が容赦なく倒れこみ…… 「何かおいら今……ちょうちょになった気分……へろへろ~」 倒れた木の下敷きになったシャトトは、やはりティルスたちと同様ペラペラにになって、空に舞うのでした。 ◇ 「つまりアレだっ。逃走中の不思議生物をとっ捕まえながら、罠をかわしたり武器の練習が出来たりする上に、最後は貰った食材で美味しいお菓子も作ってもらえるかもしれないとゆ~、そゆコトだねっ?! よーし、張り切っちゃうぞぉ~!!」 綾は他の旅人達と違い、半ば修行とお菓子目的でここにやって来ていたのでした。そんな彼女の目にも、野良マンドラがポテポテと歩いてゆく姿が見えました。 「うっ、なんて幸せの魔女さんのハートにクリーンヒットしそうなキモカワなのっ? でも残念っ! 私にはお菓子の素にしか見えないんだからっ! 待て~、食材っ!」 さっそく野良マンドラを追いかける綾。しかし、地面に仕掛けられた罠を避けようとして、マンドラゴラとの距離はなかなか縮まりません。 「こうなったらターザンみたいに、枝渡りで一気に距離を縮めるしかないか。色がピンクなのは恥ずかしいけど……アインスに貰った鞭が、今こそ役立つ時が来たわ!」 彼女が手にしたピンクの鞭を、近くの枝にひっかけようとしたその時、 「グォオオオオオオオオ!!」 体中にトラバサミをくっつけたまま、雄叫びを上げて暴れまわるワーブが乱入してきました。 「ワ……ワーブさん!? 一体どうしちゃったの!?」 普段の丁寧な態度が嘘のような凶暴熊と化したワーブの姿に、面食らった綾は思わず身構えました。 更にまずいことに、イカゲロメイド隊を引き連れた明良が、マンドラゴラを引っこ抜きながら踊り歩いてきたのです。 「♪ホニャラホニャーラーホニャラホニャーラー」 「♪ホニャラチョメチョメチョメチョメチョメ!!」 明良は踊り狂いながら、地面に埋まっている野良マンドラを思いっきり引っこ抜きました。その場に居合わせた綾とワーブも、当然悲鳴対策など立てていません。 「ぼえぇぇぇぇぇえぇぇぇぇえ!!」 空を引き裂く野良マンドラの悲鳴が、二人の耳に響き渡りました――。 ◇ 目の前に立つ敵は、巨大なる熊であった。 血の如く紅き夕日を背負い、後ろ足ですっくと立ったその姿は、まるで聳え立つ山であった。 体中に纏わりついたトラバサミを強引に引き剥がすと、そこから真紅の血がドク、ドクと流れ出し、漆黒の毛皮で覆われた巨躯に血化粧を施す。 右手に装着した、鋼鉄の鉤爪が、血と闘争の臭いを求めて、ギラリ、と光る。 凶獣の瞳が、眼前の綾を見下ろしていた。 「……貴様、只の小娘ではないニャ?」 対峙する綾も、不敵な笑みを浮かべ、ワーブを睨めつける。 「熊は熊らしく、この鞭で調教してあげようかとも思ったけれど、やはりこの拳で熊を倒してこそ、一人前の格闘家とも言うホニャね」 手にしていた鞭を投げ捨てた綾は、拳を握り締め、身構えた。 「女だからと言って、手加減はせぬホニャ」 「こちらこそ、相手にとって不足はないホニャ」 ホニャ。 ホニャ。 ホニャ。 二人の周囲を取り巻く空気が、ホニャララと鳴動した。 「おいおいおい、ワーブも綾っちもどうしちまったんだよ!? 急に剣呑な雰囲気になっちゃって。でも妙にホニャホニャ言ってるし!?」 ペラペラ状態と化していたが故に唯一難を逃れたシャトトは、周囲の尋常ならざる気配に驚愕していた。 「気配ってゆーかノベルの文体まで変わってるよ! 明良のあんちゃんはあんな調子だし、こうなったら頼みの綱はティルスとイクシスだけ……」 「綾……ワーブ……」 「何その、電柱の影から大リーグ養成ギプスをはめた弟を見守る姉のようなウルウルな瞳は! イクシスもすっかり慣れない展開と演出とホニャララに自分を見失ってるよ!」 「フッ、どうやらサブイベントのフラグが立ったようだな」 「ティルスまで! おいらだけ、おいらだけなのか? この展開に騒ぎ取り乱してるのは!」 先に動いたのは、綾であった。 一直線にワーブへと駆け寄ると、拳に渾身の気合を込め、放つ。 対するワーブはそれを軽くいなし、綾の頭部を粉砕せんと、己が鋭き爪を叩き付けようとする。 綾はそれをもかわし、瞬点の後、その巨躯の左脇腹に強烈な回し蹴りを叩き込んだ。 「まだまだホニャよ! ホーニャララララララララララララララララ!!」 秒速での速さで無数に繰り出される突き、 突き、 突き、 突き、 突き、 「ホニャアァァァァァァァァァァアァァァァァァァァアッ!!」 神速を纏い、更に破壊力を増した綾の拳が、ワーブの腹の中心を捉え、直撃した。 「ぬぅっ! あれは!!」 「知っているのか烏丸!!」 「うむ、あれはかつて、我が寺の仏像を粉々に砕き、更には『我が秘蔵のお宝』をも灰燼に帰した、恐るべき殺人拳。その名も『草食寺破壊拳』!!」 「な、何だってー!」 「……フッ、その程度ニャのか。娘」 広大な腹部に無数のクレーターを作られながらも、ワーブは微動だにせず、悠然と立っていた。 「私のこの拳が効かないとは……なかなか手ごわいホニャね」 「そろそろ我も、本気を出す時が来たようだニャ」 「私の力は、まだまだこんなものではニャくってよ?」 ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、…… 二人の身体から、禍々しい“気”が放たれる。 それは、純粋な闘志であった。 それは、純粋な破壊力であった。 生半可な素人であれば、触れただけで無事ではすまないであろう。 力と力の鳴動が、大地を揺るがし、木々をざわめかせる。 「「グォォオォォォアァァァァァオォォォォォォォ!!」」 二人の雄叫びと共に、ボンダンス島の大地は世界の終末の如く鳴動した。 「やべえよ! これ以上あの二人が戦ったら、まず確実にどっちかが死んじゃうよ!」 シャトトは恐怖した。 確かに、このモフトピアにおいては、彼等は通常の方法で『死ぬ』ことは無い。 しかし唯一「異世界からの来訪者」の攻撃だけが、この世界の生き物を『殺せる』。 無論それは、彼等自身とて例外ではない。 方や、その身の丈、優に三メートルを越える巨熊。 方や、草食寺の住職をも震撼たらしめた、恐るべき魔拳の使い手。 このまま両者がぶつかれば、どちらかが、死ぬ。 その時、ティルスとイクシスが立ち上がった。 「……ついに我々の力を見せる時が来たようだな。ゆくぞイクシス!」 「おうっ!! こんなこともあろうかと、今さっき完成させた友情の合体技!!」 ティルスは、イクシスの足首を掴み、そのままハンマー投げの要領で勢い良く振り回す。 「喰らえっ、ジャイアント・アーマー・スウィング!!」 「まあぁぁぁぁぁわあぁぁぁぁぁぁるうぅぅぅぅぅぅぅよおぉぉぉぉぉぉおっ!!」 裂帛の気合と共に、ティルスはイクシスの身体を宙へと解き放った。 遠心力により更に破壊力を増した鋼鉄の鎧は、今まさにぶつかりあわんとするワーブと綾の間に飛び込んで行く。 「がはぁっ……!!」 二人の拳を同時に受け、バラバラに壊れてゆくイクシス。 飛び散った腕が、足が、兜が、周囲の樹木にぶつかり…… がんっ。 がんっ。 がんっ。 樹上に仕掛けられた無数の金ダライが次々に落下し、その場にいた者たちの脳天を直撃する。 綾に、 ワーブに、 ティルスに、 シャトトに、 明良に、 ゲソ美に、 イカゲロメイド隊に、 そして数多のブギー族たちに、金ダライの洗礼は等しく降り注ぎ…… ……そしてみんな、仲良く気絶してしまいましたとさ☆ そんな死屍累々(?)な光景の中、明良のセクタン・カスガと綾のセクタン・エンエンが、小さな体で一生懸命マンドラゴラを拾い集めていました。 セクタンたちは拾ったマンドラゴラをみんなの麻袋の中に詰め込み、ついでにバラバラになっていたイクシスを元通りに組み立てた後、その中にもめいっぱいマンドラゴラを詰め込んだのでした。 ◇ 「皆さぁん、お疲れ様でしたぁー!」 「でしたー!」 日もすっかり落ち、夜の闇が辺りを覆う頃。阿鼻叫喚の中で必死にマンドラゴラ収穫を手伝って(?)くれた旅人達を、ブギー族たちがねぎらいます。 しかし皆の表情は「労働の後の心地よい疲れ」というよりも「3日連続の徹夜明け直後のナチュラルハイ状態」に近いものだったのですが。 「頑張った皆さんに、おみやげをさしあげまーす」 ゲソ美率いるイカゲロメイド隊が、一人一人にマンドラゴラの詰まった袋を渡してゆきました。 「そしてお待ちかね、今日最も頑張った方への、特別ボーナスでございまーす!」 ボーナスと聞いてワクワクする旅人達の前に、ブギー族はマンドラゴラを詰め込んだかごを運んで来ました。 しかし彼等は、すたすたと旅人達の脇を通り過ぎると、隣できょとんとしているカスガとエンエンにそれを手渡したのです。 「もしかして……この子たちがMVP?」 「ってことは俺らセクタン以下!?」 もっとも、セクタンにはもらったマンドラゴラをどうこうすることも出来ないので、結局はご主人たちの手に渡るわけですが。 「それでは引き続き、打ち上げパーティーの開催でございまーす」 ゲソ美ちゃん&イカゲロシスターズが、いそいそと準備を始めます。 広い庭にコンロが並べられてゆくところを見ると、どうやらバーベキュー形式の立食パーティーのようです。 そして、火を入れたコンロに、採れたてのマンドラゴラが並べられてゆきました。 「それにしてもさあ……どう見てもキモイよな。このマンドラゴラ」 「でも味はきっと美味しいのよね? よねっ?」 「……食べてミレバ イイと 思うヨ?」(棒読み) 「でもボク鎧だから、味とかよくわかんないんだよね。残念だなあ」 一行が期待と不安に胸をドキドキさせているうちに、マンドラゴラはこんがり焼きあがりました。 「いっただきまーす」 前回の顛末を知っているシャトトと明良、そして鎧なので食べられないイクシスを除く三人は、お皿の上の焼きたてマンドラゴラを一口、ぱくり。 (……ゲロマズ) 一口食べた瞬間、三人は一斉に青筋を立てて絶句しました。 だけど、せっかく歓迎してくれているブギー族の手前、うかつなことは言えません。何とか口に入れた分を我慢して飲み下すと、皆は微妙に顔を引きつらせながら、慎重に言葉を選んで言いました。 「何というか……とっても『個性的な味』……よね?」 「ある意味『一生に一度出会えるかどうかも分からない珍味』というか……」 「うむ……『筆舌に尽くしがたい』とは、正にこのことですね……う、ウソは言ってないですよ?」 「そうなんだー。やっぱりおいしいんだね!! うらやましいなあー」 何とかひねり出した精一杯の社交辞令を、思いっきり額面どおりに受け取るイクシス。実際、ブギー族たちがおいしそうにそれを食べている様子を見れば、無理もない話かもしれません。 「そうだ、イクシス君。せっかくだからこれ全部、君にあげますよ!」 「いいの? 本当にボクが全部もらっちゃって」 「あ、あたし今ダイエット中だから。ほら、格闘家たるものウェイトコントロールも大事だし?」 「……もらえるモノは もらっといた方が イイヨ?」(棒読み) そう言うと皆は、せっかく空にしたイクシス(の甲冑)の中に、再びおみやげ用マンドラゴラを目一杯押し込めるのでした。 ◇ 0世界に帰還し、エミリエに一通りの報告を終えた後、仲間たちと別れたイクシスは、ちょうど向こうから歩いてくる小さな人影に気付きました。 「……あ、チャランさんだ。チャランさーん」 ビシィッ! その小さな人影の腕が触手のように「ぐにょん」と伸び、イクシスの脳天に空手チョップをお見舞いしました。 「チャランとかゆーな。『ポラン様』と呼べ、ポラン様と」 「あ痛たたたた……す、すみません、ポランさ……ま」 ブギー族並みの寸詰まり体型なのに、妙に態度のデカいこの世界司書、その名も「ポラン様」は、だるそうな糸目を更に細めてイクシスに言いました。 「まあ良い。今回は許す。して、此度のボンダンス島の旅は楽しかったか?」 「ええ、それはもう!! でも何かずっとホニャララしてたような気がして、あまりよく覚えてないのが残念だけど……そうそう、おみやげのマンドラゴラ、いっぱいもらってきたんです。せっかくなんで、ポランさんもどうぞ!」 そう言ってイクシスは、自分の頭部=兜をパカッと外し、中からマンドラゴラを一つ取り出しました。ポランはそれを受け取ると、そのまま大口を開けて一気に丸呑みし、ムシャムシャとかっ食らいました。 「……うむ。このモッタリとしていてクドクドな味わい……うーまーいーぞー」 「やっぱり美味しいんですね! 良かったぁー。出来ればこれ、甘露丸さんにもあげたいんだけど……」 「そうか。それはさぞや甘露丸も喜ぶであろう。よし、甘露丸への連絡はこのポランからつけてやろう」 上機嫌のポランはどこからともなく携帯電話を取り出し、甘露丸へ電話をかけました。 「……あ、甘露丸さん? ポランでーす☆ ほら、この前世界司書になったばかりの。でねー、モフトピアに行ってきた旅人さんが、おみやげにとっても珍しい食材をもらったんだって! 今からそっちに持っていくから、よろしくねー☆」 「あの……ポランさん今、顔、変わってませんでした? 何というかこう、急に目鼻立ちがはっきりして『萌え萌え~』っていうか……」 「イクシスよ。細かいことを気にしていては人間(?)長生き出来んぞ」 ポランはそう言って「ニヤリ」と微笑を浮かべ、強引にイクシスを引っ張ってゆくのでした。 こうして、エミリエの必死の頼みも空しく、大量のマンドラゴラが甘露丸の手に渡ることになりました。 そしてその夜、館長公邸のディナーには、マンドラゴラのサラダにステーキ、デザートにはマンドラゴラゼリーといった「ボンダンス・マンドラゴラづくしのフルコース」が出されたのですが……それはまた別のお話。 今宵のお楽しみは、ここまでにございます。 <おしまい☆>
このライターへメールを送る