少年は、痛快な冒険を求めるものだ。 遥か彼方より、彼を呼ぶ声が聞こえてくる。応えなければならぬ使命感が、少年を強く動かす。 やがて彼は、見えぬ翼を駆使し、果てしない天を駆けるだろう。 たとえ、地上のことわりに繋がれたものたちが、 「んん? ここではないどこかから、俺を呼ぶ声がする――ですって? 滅びた竜の遺骸のうえに築かれた世界へ、海魔と列強海賊がうごめく海上都市へ、毛玉から生まれた愛らしい生き物が住む浮遊島へ、無秩序な建築物と荒ぶる暴霊が織りなす血と陰惨の街へ、これから旅立たなければならない? ちょちょ、ちょーっと待ちんさい。落ち着いて。息吸ってー、吐いて。はい、もう一回。……で、それってどこの旅行会社のキャンペーン? 旅行代金はいくらよ? タダ? オリエント急行もまっつぁおの豪華列車に乗れて、場合によっては報酬がでるかも? 何それ、めちゃくちゃ危ないわよ。その声が言ってること、信用できないわ。ここんとこ、ナントカ詐欺とか流行ってるし、相手の身元確かめてからでも遅くないから。ねっ?」 と、口を揃えて引き止めたとしても、決して、彼の枷とはならない。 飛翔しようとする彼を、縛ることはできない。 ……なぜならば、それが少年というものだから。 かつて少年であった男も、それは同じである。 やりがいのある仕事を見いだし、経験と信頼を積み重ねてきた大人の男であっても――いや、だからこそ、心の奥には、少年の日の、蒼く透明な殻で覆われた翼が眠ったままなのだともいえる。 ほんの僅かなきっかけさえあれば、殻は破られ、翼は大きく広げられ、その羽ばたきは風を起こすに違いない。 発端はクリスマスの夜。0世界での出来事だった。 謎列車に乗って異世界に行けちゃうパスを、相沢優くん17歳今どきの男子高校生と、綾賀城流さん33歳小児科医は、とーーーっくにゲットしており、すでに幾多もの冒険をこなしていた。 その日、ふたりは、とあるカフェの裏口でけんちん汁を食べながら親睦を深めており、 「ロボットフォームのセクタンの能力って、すごいんですよ。俺でも飛行機とか飛ばせるようになるらしいです!」 「パイロット並の能力かぁ……。男のロマンだよなぁ! 羨ましいな、おい♪」 「なんなら今度、流さん乗せて、衝撃の空中ドライブに行ってみますか?」 「いいな、それ。でも、普通のアクロバティック飛行程度じゃ、驚かないぜ?」 「まかせてください。流さんがあっと驚く、すごい乗り物を用意しますから」 「そうか? じゃあ約束な。楽しみにしてるよ」 ちょっぴり脚色してあるが、このような経緯で、会話は斜め上に盛り上がったのだった。 すべては、雑談から始まった。 ま、冒険の始まりとは、たいてい、そんなものである。 † † † そして優が、その特殊能力に目ェつけて引っぱりこん、もとい、協力を要請したのは、三才巻名さん外見年齢18歳本体トンデモ本であった。 「そんなこんななので、巻名さん、よろしくお願いします!」 「……ユウ君。今ひとつ趣旨が把握できないのだが」 巻名は、神秘的なフードつきのローブごと小首を傾げる。 「その、きみが発案したという、空中ドライブ計画を実行するにあたり、私はどんな役割を果たせるというのかね?」 「未確認飛行物体(UFO)になってください。流さんを驚かせたいんです」 「少年よ……」 思わずずり落ちた眼鏡を、指の腹で押し上げる。 「イイ笑顔で無茶なことをさらっと言うが、私には、変身能力はないのだよ」 「知ってますよー。でも1冒険につき1回だけ、本に憑依して挿し絵を実体化できるんですよね?」 だからこれ、用意してきました、と、優は、持参の本を巻名に見せる。 【1999年、アトランティスとムー大陸の真黙示録が蘇る! 今明かされる地球空洞説の謎! 時を駆ける神殿祭司ノストラダムスの宇宙船の正体とは?】 ……レトロな内容である。いろいろ苦労して盛り込んではいるが、トンデモ系としてはか〜な〜り時代遅れの1冊だ。 アトランティスやムー大陸はネタとして使われすぎだし、地球空洞説は否定されて久しい。1999年7の月もすでに遠い過去となり、ノストラダムス関連本は、黒歴史なさがらに壱番世界の書店からその痕跡を抹消されている。 しか〜し、優はその本を、古本屋の100円均一コーナーでゲットしていたのだった。ぱらぱらとページをめくり、不可思議な乗り物のイラストを指さす。 それは、宇宙人にしてアトランティスとムー大陸の神殿祭司ノストラダムス(という設定)が乗ったことになっている宇宙船『恐怖の大王号』の想像図だ。 『恐怖の大王号』は、名称だけはおどろおどろしいものの、そのビジュアルはたいそう古典的で、あまりにもオーソドックスでほとんど記号化してるよね的――早い話が、空飛ぶ円盤型の宇宙船だった。おなじみのデザインであるのに、イラストレーターさんがめっっちゃ上手くて、画廊街の画家たちに勝るとも劣らない筆致で描かれているため、なかなかに迫力がある。 「このUFOイラストを実体化してください。お願いします」 「それならば可能だが、宇宙船を動かすことはできないよ。私は本に憑依したままなのでね」 「もちろんわかってます。操縦はタイムがナビゲートしてくれるから俺でも大丈夫! な、タイム?」 優のセクタン、タイムは、すでにロボットフォームと化して準備万端である。カクカク、カックン、と、上体を斜め前に倒す。どうやら、巻名に挨拶をしたらしい。 「ほほう、これは」 巻名の目が、きら〜んと光る。 「噂の、セクタンロボットフォームか。すごそうだな」 「うん。タイムはすごいんですよ」 優はにこにこと、可愛いセクタンを自慢する。 カクカク、カックン。カクカク、カックン。 しきりに頷くロボセクタンに、巻名は、人差し指をぴっ、と向けた。 「言っておくが、私も、すごさには自信がある。大変すごいのだ。とにかくすごいのだ。ものすごくすごいのだよ」 カックン……? 「よろしい。それでは、私とどっちがすごいか、尋常に勝負しようではないか!」 † † † そして3人は、壱番世界の奥多摩へと降り立った。 ここを選んだのは、とても東京都内とは思えない深山幽谷の場所であるということと、ウレトルマンや御面ライダーなど、特撮ロケにも使用されることが多いため、万一誰かに見られた場合も、そっち方面の言い訳ができそうだと思ったからでもある。 「おふたりは初対面でしたよね? 巻名さん、こちらは綾賀城流さん。小児科の先生です」 「初めまして、巻名さん。いやぁ、うれしいなぁ。こんな美人さんが協力してくれるなんて」 「どういたしまして。大船に乗ったつもりでいると良いよ」 「頼もしいなぁ!」 流は、これからの冒険に心躍らせ、わくわくが止まらないようだ。 「流さん、こちらは三才巻名さんです。職業は、えーと」 双方と面識のある優が、紹介をかってでたものの、黙ってれば神秘的な、もの静かな女性に対して、彼女、実はトンデモ本なんです、という表現は適切なのかどうか。 「……とにかく、すごいんです」 「うむ。とにかくすごいのだよ」 「そうか、すごいのか! それは楽しみだ」 流が、あっさり納得したところで、巻名は本に憑依した。 そ し て どこからどう見ても、文句のつけようのない、 円 盤 型 U F O が 出 現 し た。 UFOは未確認飛行物体のことなのだから、素性がわかっている場合「Identified Flying Object(確認済飛行物体)」が正しいのではというご意見もあろうが、こまけぇことを気にしてはいけない。 とにもかくにも、ここに、円盤型宇宙船がある。 そして、少年と元少年は、本に憑依したまま動けない巻名を抱え、喜び勇んで飛び乗った。 † † † 「うえ↑」「した↓」「みぎ→」「ひだり←」「とばす」「とまる」 円盤内部の操作ボタンは、おもちゃのようにまん丸く、一見、小さなお子さんやお年寄りでも安全運転できそうな親切設計のようだが、なかなかどうして。 「じゃあ、行きますよーーーー!」 「うえ↑」ボタンと「とばす」ボタンを、優は同時に押す。 「よーし、出発進行だ! あとは任せたぞ、相沢パイロット!」 流も、思い切り良く拳を振り上げる。 その勢いとはうらはらに、ほんにゃり、と、しか言いようのないヨタヨタっぷりで、UFOは宙に浮かび―― ジグザグ。ジグザグ。 ジグザグ。ジグザグ。 ジグザグ。ジグザグザグ。 やたらジクザクしながらも、なんとか飛行を始めることができた。 タイムのナビゲートがあるので操作に迷いはないが、どうも、ボタンを押す力加減が難しい。 「そういえば、壱番世界のUFOの目撃例に、ジグザグ飛行ってありましたよね」 「あったね。じゃあ、もしかして」 「ユウ君のように、慣れないパイロットの試運転だったかも知れないな」 † † † やがて―― 少しずつ少しずつ、ジグザグの角が取れていく。 宇宙船の軌跡は滑らかになってきた。 少年の上達は早い。優はもう、いっぱしのUFOパイロットである。 「そろそろ行けそうかな? よし、アクロバディック飛行に挑戦します!」 「いよいよか。待ってました」 「流さん、シートベルトしてくださいね」 「ああ。もうスタンバイOKだよ」 「……私がツッコむのもどうかと思うが、UFO内部の座席に、シートベルトがあったとはね」 「まずは、1回転!」 ぎゅーーーいーーーん。 いーーーーん。 ぎゅゆゆゆ〜〜〜ん。 「2回転!!」 ぎゅーーーむいーーーんん。 むいーーーーん。いんいん。いーん。 どぎゅゆゆゆ〜〜〜ん。 「3回転半捻り!!!」 どぎゅーーーむいーーーんん。 むいーーーーん。いんいん。いーん。 ぎゅよゆゆゆん〜〜〜ゆゆ〜ん。 どっきゅ〜〜〜ぐるりんぱ〜〜 〜〜 〜〜 「おお、いいぞ!」 ふつーのひとなら、三半規管がぐるぐるしちゃうとこだが、何しろ綾賀城先生は、ブルーインブルーで鮫を素手で獲るという荒業を披露し、改造人間疑惑まで掛けられた男。 「もっとスピード早めますよ!」 優くんはもう、目をきらきらさせて大はしゃぎ。 4回転、5回転、いっそ7回転。限界に挑戦しつづけた、そのとき―― 「……ユウ君。向こうから飛行機が来ているようだが」 男子ふたりのテンションがあまりにも絶好調ゆえに、本状態の巻名は、相対的に冷静になっている。 しかし、飛行機とすれ違うくらい、彼らにとってはそよ風のようなもの。 「こんにちはー」 「いい天気だね」 飛行機に向かって、優は大きく手を振り、流は満面の笑顔でVサインをやらかしたのだった。 窓際の席にいた、世田谷区にお住まいの会社員、A子さん(29)は、すべての状況をぶっちぎって、ふたりの笑顔に、ぽっと頬を染めたそうな。 † † † 「あれ? このボタン、何だろう?」 運転台の真ん中に、「へんけい」と表記されたボタンが、ある。 その隣に「わーぷ」というのも、あったりする。 ……何だろうも何も、押しちゃったらきっと、変型したりワープしたりするに決まってるのだが、そこをぽちっと押しちゃうのが優くんクオリティ。 で、どうなったかというと。 U F O は 人 型 巨 大 ロ ボ ッ ト に 変 型 し ま し た。 そんで、月 面 なう。 月から臨む地球は青く、美しい―― 「はは」 「ははは」 「わはははは」 顔を見合わせ、優くんと綾賀城先生と巻名さんは笑いましたとさ。 青ざめながら、何かを、こー、誤摩化すように、 † † † 月面から奥多摩へ帰還後、3人は同時に、非常に健全なことを言った。 「「「お腹すいた」」」 奥多摩といっても広いが、なんたってここは山奥。 街に出るのも大冒険なわけで―― 果たして彼らは、無事に食事にありつけるのだろうか? † † † UFO目撃情報が飛び交った後日、世田谷区のA子さんのもとに、オカルト雑誌の記者が訪ねてきたそうな。 しかしA子さんは、 「それが、よく覚えていないんです……。円盤型のUFOだったような気がしますけれど、なんだか、おぼろげで……。はい、乗っていたのは、さわやかな笑顔の男性と、高校生くらいの男の子で。宇宙人には見えませんでした。むしろ、日本人のような……。タイプだったか? ええ、それはもう。……私の妄想……? そうかも知れませんね。このところ海外出張が多くて、疲れているのかも」 と、答えたそうである。
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