クリエイター北野東眞(wdpb9025)
管理番号1158-18777 オファー日2012-08-25(土) 20:30

オファーPC アクラブ・サリク(chcz1557)ツーリスト 男 32歳 武装神官

<ノベル>

 ――ねぇ、兄上、どんなことがあっても私たちは兄弟ですよね?

 まるで太陽のような、何にも冒されることのない白銀の輝きの眩しさにアクラブ・サクリは目を逸らすしかなかった。それまで己が一番憐れなものだと心のどこかで思っていた驕りに気が付くと、無意識にも被害者面をして当然のように弟を憎み、周囲を嫌悪して自分はひと一段上にあるのだとどこかで錯覚していたのだと思い知った。まるで、それは酒に酔うようにタチ悪く、目覚めてしまったあとにはひどい嫌悪しか残らない。
 俺は、憎悪している。
 父を、義母を、使用人たちを、そそのかす愚かな者たちを、なによりも純粋無垢で自分を本当に愛してくれようとする弟を
 その真実に辿りついたとき、己に対する激しい嫌悪と怒りを覚えた。
 幸いだったのはその現実から逃げることがアクラブには出来たことだ。
 寮暮らしで、屋敷にはほとんどもどらないのは今にはじまったことではない。
 神のために戦うことを定められた武装神官であるアクラブは定期的に戦場に駆り出される運命にもあった。

 南の土地――水の神を崇める者たちと、アクラブたち炎火神を崇める者たちは長いこぜりあいを続けていた。
 皮肉なことに南の土地は砂漠地帯で、神の恩恵から得られる水なしには生きられない。逆にアクラブたちの土地は森に覆われた豊かな自然はあるが、冬は厳しく、炎火神のぬくもりなくては生きられない。
 そうした真逆の土地が隣り合わせれば、いやおうなく戦いは繰り返されるのは必然。
百年、二百年……人では到底考えられぬほどの長きにわたってぶつかりあい、重なり合い、また分かれ、ぶつかりあう。
 ときとして豊かさが、または貧しさが、神の名を冠して戦う理由となった。

 今、アクラブたちが争う理由は純粋な――信仰の復活のためだ。
 以前の戦争から五年。そのころアクラブはまだ学生だったので聞いた話では、聖地エルファを巡っての戦いに悪魔の雨が聖なる火をかき消し、無抵抗な神官たちを残虐していった――異端者の強奪。
 五年間、ただ無駄に神殿を見ているだけではない。何度も聖地を取り返すための戦は行われ、そのたびに雨による妨害、激風による足止め、更には食べ物が腐っていたための食中毒……まるで呪われたようにことごとく完敗に終わった。

「その状態に頭から湯気をたてるほどに激怒しているのが、我らが親愛なる司教様ということだ」
 森のなかを神官たちが乱れることのない列を作り、進行していく。その様子はまるで真っ赤な川のようだと、彼らの出発を見守る者たちは口にする。
 赤い、浄化の炎の川。と。
「……」
「こうは考えないのかね、あそこはもう水の神のものだと」
「……」
「なぁ、アクラブ」
「黙っていろ。無駄口を叩くな」
 隣を歩くナクトは肩を竦めて笑った。同じ黒と赤と金――炎火神の守護色で構成された武装神官の衣服をまとっているが、頭一つ分低いナクトがアクラブの隣に立つと優男のようだ。しかし、ナクトのほうが五年も先輩で、指導者する立場にある。本来ならばこのような口の利き方は注意されるのだろうが、ナクトはどこ吹く風だ。
「俺は三回ほどエルファを巡る戦に出たよ、アクラブ。もう慣れっこだ」
「……」
「だがお前ははじめてだったな。本物の戦闘は」
「何度か、出たことはある」
「けど、それは小さな村のこぜりあいだろう? いつもいつも説教したりして争いになることはなかっただろう」
 アクラブは黙っていた。たしかに、今まで赴いたのは小さな村々を襲う山賊の相手、もしくは貧困ゆえの村同士の小競り合いの調停だった。
「お前ほどならば黙っていても出世できるというのに、どうしてわざわざこんなものに出てきた?」
 神官はすべてにおいて平等というが、見えない権力は存在した。
 アクラブは貴族の出で、炎火神の恩恵を強く受けている。誰もがアクラブに一目を置いていたが、それはどうかかわればいいのかわからないという疎みと、アクラブの権力を求めたハイエナのような連中ばかりだった。
彼らをアクラブは無視して淡々と己のするべきことをこなしていたが、つい先日、上司に直々に今度の戦争に己も足を運ぶと宣言した。それに何度か考え直すように助言がもたらされたが、アクラブは突き進んでここまで来た。
「どうしてここにきた?」
「……」
「お前なら、そのままでも出世できるのにな。まるで逃げるように」
「そう見えるか?」
 ナクトは憐れみをこめてアクラブを見た。けれど顔が笑っている。アクラブはこの男のことを心の底から信頼はしていなかった。あまりにも横暴で軽口が過ぎる。そしてなによりも淀んだ目が気に触った。
 それでも何度とない戦争を生き残った実力者だ。だからこそ、上司は彼と組むように指示したのだろう。
「死ぬなよ?」
 ナクトは笑った。
「俺はお前が気に入っているんだ。アクラブ」
「生死は炎火神の導きの元にある」
「そりゃ、聖書の言葉だ。アクラブ。戦争で生き残るっていうのはな、意地汚さゆえさ」
 ナクトの笑いはひどく虚ろで、アクラブはやはり目を逸らした。

 爆発。
 炎の嘲笑う声。
 雨。
 水の湿った香り。
 激しい罵りあい。

 アクラブは雨に濡れて立っていた。息をしているか、それともしていないのか。くらくらと眩暈する頭でははっきりとわからない。それでも全身の痛みと億劫さは感じていた。生きている。まだ。
 戦場は一瞬ではじまり、一瞬で混乱に陥った。それはアクラブが今までの人生で感じたどの瞬間とも違う興奮を与え、それに嫌悪を感じる暇などないほどの激しい奔流が心を飲みこんだ。敵同士がまるでチェス盤に並ぶ駒のように向かいあい、そして動き出し――鬨の声をあげて剣を振るい、炎が舞った。次には敵の矢が飛び、進行する仲間たちを撃つ。雨が、降り始めたのに戦場はさらに混乱した。味方がどこにいるのかわからぬ視界の暗さ、むせかえる血と冷たさに心も体も凍てつくが、ぬかるんだ地面を這うように進む。どこまで? どこまで行けば神は満足する? 地面に倒れる仲間と敵の折り重なった死体。虚ろな目にアクラブは奥歯を噛みしめ、祈りを捧げる。死すれば誰もが神の手に抱かれる。次の瞬間、声が聞こえて振り返ると剣を握った敵が迫ってくる。一瞬の隙。体は重く、炎の祈りも届かない――赤い血が飛び散った。アクラブは目を見開く。
「頭をさげろっ! この馬鹿っ」
「ナクト」
 ナクトはアクラブの頭を掴んで地面にさげると、片手に持つ短剣をくるくると回して、血まみれになりながも迫ってくる敵の首を叩き切った。鮮血が散り、アクラブの身を、大地を濡らす。まるで炎のように。けれどそよりもずっと濃い色をしている。
「なぜだぁ!」
 アクラブは叫び、前に進もうとするナクトを睨みつけた。
「先ほどの一撃で勝負はついていた! なのになぜトドメを刺した!」
 ナクトはじっとアクラブを見つめた。
「敵だ」
「それはわかっている。ならば」
「異端者は狩り殺せといわれなかったのか、お前は」
「……っ、しかし、彼は先ほどの一撃でもう動けなかったっ」
「それでも向かってきただろう」
「勝負になどなりはしなかったっ」
「お前は」
 ナクトは微笑んだ。憐れみをこめて。
「なぜ、ここにきた? 一人でも異端者を殺せといわれなかったか? お前の信仰とはその程度か?」
「……なにを」
「異端者は天の国にはいけない。そして俺たちはこう教わる。憐れなる異端者を狩れ、一人でも多く狩れば神は我等を天の国へと導かん」
 武装神官ならば誰でもそらんじれる、はじめに教えられる一節。
 祈り導く神官と戦いへと出る神官がいるのはこのためだ。人々を導くには常に試練が存在する。力弱き者を、もしくは信仰を陥れる者を排除する。それが武装神官の役割だ。
「だから俺はお前についたのさ。アクラブ、お前には迷いがある。どうしてここにきた? 救われたいからだろう?」
「俺は」
 救われたかったのだ。弟を憎む己から、本当は憐れなる被害者ではないという現実から。こんな罪深さをなくしたかった。だから異端者を求めたのかもしれない。
「迷え、さすれば道は開ける。しかし、戦場で迷えば死ぬ。だから言っただろう。迷うなと」
 アクラブはナクトを見つめた。虚ろと思った瞳は一切の迷いもなにもない。まぎれもない信仰の道を見出している。
「忘れろ。敵に祈るものがあることも、想うものがあるということも、忘れてしまえ。アクラブ、自分が救われたいなら。誰かの祈りの土台になりたくないならば」
「……俺は、俺は忘れることは出来ない」
 絞り出すようにアクラブは吐き捨てる。目の前で血を流した者は生きていた。叫ぶ祈りの悲鳴を自分は直に聞いたのだ。
「なら、死ね」
 ナクトは笑った。
「俺は異端なのだろうな。決してこの信仰は揺らがない、俺は神を信じ続ける。アクラブ、お前もまた異端だ。本来は持つべきではない力を有してここにいる。だからお前には生きてほしい。けれど答えが出ないならば、その力で何も出来ないというならば、死ね」
 迷わぬ異端があるならば、生まれたことが歓迎されないというのに力を持ってしまったアクラブもまたそうだ。 
 雨が降る。
 迷いも、愚かさも、血も、涙も、なにもかも洗い流そうと。それこそが神の与えた慈悲なのかもしれない。
 アクラブは拳を握りしめる。
 そのなかに生まれる灼熱を感じる。
 戦えと心が叫ぶ。
 じゅっと音をたてて、水が蒸発する。アクラブは立ちあがった。片手に握りしめた金の剣を持って走り出す。目の前には敵がいる。異端者がいる。狩るべき存在が。
 なんのために迷うのか
 なんのために争うのか
「うおおおおおおおおおおおっ!」
 祈りを求める迷える子どものように、アクラブは叫びあげる。

 笑う弟の顔が一瞬、浮かんで、沈んだ。

「お疲れ様。英雄殿」
 ナクトは笑った。神殿によりかかって、剣を握りしめていたアクラブは雨が止んでもまだ立ちこめる曇り空ゆえの視界の悪さにじっと彼を見つめた。
「誰よりも強い神の恩恵から、聖地を奪い返した貢献者とたたえられるだろう。よかったな、アクラブ」
「それは、皮肉か」
「いいや。お前は戦いぬいた。それは褒めてやる。……お前、数人、わざと逃したな。あれは慈悲か、それとも自己満足か、どちらだ」
「俺は、自分のなかの憎悪を嫌悪する。こんなものは信仰には必要ない」
 弟への憎悪を、義母の嫌悪を、使用人たちの偽善を。けれどそれはすべて自分のなかにある。
「迷い続けてここまできたか。甘いな。お前は、もっと嫌な奴かと思ったが」
 ナクトは肩を竦めると、アクラブの横に腰かけた。
「奪い返したこの建物をみたか? ただの石で作られた神殿だ。入れ物だ。からっぽのな。こんなもののために大勢死んだ。殺した。けど、戦とはそういうものだ。お前は生きろよ。生きて答えを出して、見せてくれ」
 アクラブが口を開こうとしたとき、さっと金の手が頬を掠めた。神の手。その言葉が浮かび、顔をあげると、灰色の雲が割れて漏れる日差しの神々しさに息を飲む。
「神の祝福のようだ」
 手にした血まみれの剣、己の迷い、そして、空っぽの神殿――それらを金の手が包みこんで、抱いてくれる。
 その瞬間を、きっと生涯忘れることは出来ないだろう――アクラブは目を伏せた。

クリエイターコメント オファー、ありがとうございました。

 アクラブ様の初戦争の初々しさとともに強さをイメージして書いてみました。
 信仰ゆえの戦いというと複雑だと思います。双方ともに正義があるわけですから。
 そして、迷いのない信仰とはそれ自体が一つの異端ではないかと思います。アクラブ様のような生まれなのに神の恩恵を強く持つこともひとつの異端ではないのでしょうか。ではどうして戦うのか。
 迷いのイメージを強く出してみました。
公開日時2012-10-18(木) 21:10

 

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