オープニング

 砂の気配をまじえた乾いた空気を風が揺らす。陽光が降らせる熱は、そこかしこに張られた布天井の下に潜れば一転、涼やかで心地よいものへと変わる。
 ヴォロスの一郭に在する町、メイム。夢見をもたらすことで知られるこの町は、石造りの建物と石敷きの路地とが続く静寂の都でもある。迷途のように細く入り組んだ路地、ところどころに点在し軒を広げる小さなバザールじみた一郭も広がっていた。香料や織物、採れたての果物や野菜が並ぶ一帯は、一応、メイムを訪れた客人たちに向けた観光みやげを気取ったものであるらしい。
 とは言え、メイムを訪れる者たちのほとんどが目的としているのは、観光よりもメイムがもたらす夢見の宣託だ。目につく建物のほとんどがその託宣を行っている。ゆえに、メイムを訪れる客人たちのほとんどはそれぞれ思い思いの建物の中、それぞれの託宣を求めて夢路の中に身を沈めているのだ。それゆえの静寂でもあるのだろう。

 あまり大きな変化を見せることのない風景を横目に送りながら、メルヒオールは一通り同じような建物を通り過ぎ、そうしてようやく、一軒の建物の前で歩みを止めた。
 吹き抜けとなった窓の奥からやわらかな風の音がする。風鈴が響かせるそれにも似た音だ。入り口にはドア代わりなのだろう、薄布が垂らされ揺れていた。その布に左手をかけて中に身を入れようとした矢先、メルヒオールの視界の隅にひとりの少女の姿が映りこんだ。
 喪服を思わせるような黒いゴシックドレスは、古い時代を思わせるデザインをしている。
 風に踊る金色の長い髪は豊かなフリルをあしらった帽子の下。帽子が落とす影の下にあるのは印象的な赤の双眸と屍者のそれを思わせるような紫色の肌。
「まあ」
 少女の、紫色の唇がひらく。
「奇遇ですわね」
 言いながら、少女――死の魔女は止まることなくゆっくりと歩みを続け、ほどなくメルヒオールの前で足を止めた。それからまっすぐにメルヒオールの顔を見上げ、ゆるゆるとした笑みを落とす。
「あなたも夢を見にいらしたんですの?」
「……この町にはめぼしい観光地はなかったと思うが」
「あら、そういえばそうですわね」
 返し、魔女は小さく笑った。
「ここへ?」
「……ああ」
「私もここにしようと思いましたの。――綺麗な音が聴こえてきますもの」
 魔女の言葉の後、わずかな間、小さな沈黙が訪れる。が、それを破ったのはメルヒオールのため息まじりの声だった。
「……今からまた捜すのもめんどうだ。……ふたりまとめて入れるかどうか、訊いてみよう」 
 言いながら寝ぐせのついた黒髪を掻きまぜて、メルヒオールは薄布の中に足を踏み入れる。
 その背が布の奥に消えたのを確かめた後、魔女もまた、跳ねるような足取りで薄布の中へ入っていった。



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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。

<参加予定者>

メルヒオール(cadf8794)
死の魔女(cfvb1404)

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品目企画シナリオ 管理番号3030
クリエイター櫻井文規(wogu2578)
クリエイターコメントこのたび当企画を担当させていただくことになりました櫻井です。お世話になっております、もしくは初めまして。
非常に浮かびやすい内容の申請内容でしたので、速攻でOP作製させていただきました。意味を成すのは本文だと思いましたので、OP自体はあっさりとしたものとさせていただいております。

構成としましてはソロシナリオを二篇書かせていただく感じとなるかと思われます。むろん、お二人の交流等、ご指定いただけましたらその描写も挟ませていただこうとは思っております。
お二人はどのような夢をご覧になるのでしょうか。櫻井の力の及ぶ限り、お二人それぞれの展開にご助力させていただこうと思っております。

それでは、ご参加、ならびにプレイング、楽しみにお待ちしております。

なお、製作日数を少々多めに取らせていただいております。ご確認の上、ご了承いただけましたら幸いです。

参加者
メルヒオール(cadf8794)ツーリスト 男 27歳 元・呪われ先生
死の魔女(cfvb1404)ツーリスト 女 13歳 魔女

ノベル

 身を横たえると、敷布はとても柔らかくぼうやりとした温もりがあって、床は石造りで硬質としているが、敷布の効力が強く、ゴツゴツとした不快はまるで感じられない。
 風に鳴っていたのは薄い石を幾枚も重ねあわせて造ったものだった。間近に聴けば、その風鈴はさらさらと流れる水のそれを彷彿とさせるような音をしていて、空気を満たす香の気配と織り交ざり、どこか懐かしい――そんな心地をも抱かせる。
 ふたりが選択した館に入ってみれば、そこは予想していたよりも手狭な場所だった。とてもではないがメルヒオールと魔女のふたりがそれぞれ別室でというわけにはいきそうにもない。
「あら、私はかまいませんわよ」
 魔女はそう言って首をかしげつつ笑みを浮かべる。むしろメルヒオールとの添い寝を望んでいる風でもあった。けれど対するメルヒオールはと言えば、眉間に寄せるしわの数も増やし、双眸には深い困惑の色すらありありと浮かんでいる。その無言に押し負け――否、小さな笑いを残して、魔女はメルヒオールの敷布と自分の敷布との距離を開かせた。
 館のあるじがふたりの間に薄布を張っていく。そうすることで、空間は簡易的な別室へと分かたれた。
 吹き抜けの窓から流れ込む風が布を揺らす。
 天井から下げられた薄布が大きく小さな波を描き踊る。
 風は長い長い歳月を流れ続け、岩場に風紋を刻みつけるのだという。その風紋は文字通りに風の通り道そのものなのだろうが、――なるほど、風に揺れて波を打つ薄布を見れば、そこには確かに不可視の軌跡があるのが理解できるようだ。
 鈴が鳴っている。
 ふと、メルヒオールの指先に、コツリと何かが触れた。目をやれば、そこには布の向こうで身を横たえている魔女の、細く冷たい指がある。迷うように小さく床を撫で、時おり意を決めたようにメルヒオールの左手の小指に触れては、再び迷うように床を撫でて離れていく。
 薄布でつくられた壁の向こう、少女が何を思い、赤の眼でどこを見つめているのか。それを知る術はない。
 けれど。
 メルヒオールは小さな息をひとつ吐き、床を迷う少女の小指に自分の小指を絡ませ、繋いだ。魔女が息をのんだような気配を感じる。その気配から目をそらし、そのまま、メルヒオールはぼうやりとした視線を天井に向けた。風が唄いながら波を打っている。花の芳香にも似た香が鼻先を泳ぐ。付添いをつとめる館のあるじが、静かな礼をひとつ残して部屋を後にする。
 小指と小指を繋いだまま、ふたりはしばしの間を置いた後、それぞれにゆるやかに目を閉じた。

 ◇

 メルヒオールがメイムを訪れたのは、今回が初めてのことではなかった。以前にも、別の館ではあったが、そこで夢見を迎えたことがあった。
 目を閉じ、過日に見た夢の内容を思い出す。――夢の中で対峙した石の魔女の姿を思い出す。
 郷里においての深い――宿業的な因縁を得た石の魔女。その呪いは深く、本来ならばメルヒオールの全身を覆い包み、石化させていたはずだった。けれどそれはなぜか、メルヒオールの右上半身を覆い包むだけとなっている。
 浮かぶその顔を振り切るように、まぶたをかたく瞑る。風の唄を耳にとめ、小指の先にある感触に気を向ける。息を整えると、その呼気に合わせたかのようなリズムで、眠りの入り江が静かに夢の波紋を広げ、メルヒオールを包み込んだ。

 風の唄が遠くで鳴っている。左手を持ち上げ、寝癖のついた黒髪を梳き上げた。乱雑に頭を掻きまぜながら、開いた視線を周囲へと移ろわせる。うろんな眼が捉えたのは、やはり、メルヒオールを放逐した郷里における自室の風景だった。
 魔法学校の敷地内にあった研究塔の中に構えていた研究室。生活の大半をその部屋の中で過ごしていた。ゆえに、書籍や道具や植物や紙の束――そんなものに混ざりこみ、メルヒオールの生活道具も多々見受けられる。
 古書の類や紙の束が放つ匂いは独特だ。けれどそのゆえにひどく懐かしい。
 手近にあった本の表皮を撫でながら、メルヒオールは、しかし、次の瞬間、弾かれたように顔をあげた。
 ――脳裏に蘇るのは、以前に見た夢の記憶。その夢の中、眼前に立っていたのは、他ならぬ深い因縁の対峙者――石の魔女だったのだ。そうしてその夢の中でもやはり、今と同じように、郷里での自室の中に立っていた。
 ならば、もしかすると
 半歩を退き腕を引く。そうして身構えた状態で部屋の中を見渡したメルヒオールの目に映ったのは、やはりひとりの魔女の姿だった。ただし、それは
「……おまえ、なんでここに」
 思わず口を開く。
 視線の先に立っていたのは金色の長い髪と赤い双眸をもった魔女だった。――ただし、そこにいたのは石の魔女ではなく、華奢な身体をドレスで包んだ死の魔女だったのだ。
 繋いでいるはずの小指が不思議な感触を得る。その感覚に引かれるように、メルヒオールは退いた半歩を進み、さらに数歩を歩み進めた。死の魔女もまたゆっくりと近付いてきている。歩くたびに揺れる金色の髪、穏やかな笑みをのせる赤い瞳。形の良い唇が薄く開き言葉を落とす。聞き取れず、メルヒオールはさらに歩みを進めて少女に近付く。距離を縮め、左の腕を伸ばせば指先が少女の頬に触れられそうなほどの位置に立った。
 本や紙が積みあがっている机を挟み、身丈の差異のある魔女を見据える。魔女もまた足を止め、本と紙の束を積み上げた机越しにメルヒオールを仰ぎ見た。唇が再びゆっくりと動く。今度は距離も近い。魔女が何を告げているのか、その声を聞き取ることが出来る距離だ。魔女の声に耳を寄せる。魔女の目がメルヒオールを見つめ、笑みを浮かべる。人形のように細い首がかしげられ、そうして、ガラスの鈴の音を思わせる声が、死の魔女の唇から落とされた。
「せんせぇ」
 その声に、メルヒオールの動きがぴたりと停止する。魔女の手が持ち上がり、メルヒオールの指を求め宙をなぞる。
「うれしぃ、せんせぇ。やっぱり戻ってきてくれた」
「……おまえ」
 一言だけ返す。眼前にいるのは確かに死の魔女だ。その声も顔も、死の魔女のそれと何も変わらない。けれどその声に、その表情に、その仕草に。――端々に、忌わしい石の魔女の面影が重なって見えるのだ。
「……誰だ」
 問いかけとも言えない、どこか間の抜けた一言を告げる。それを受け、魔女がふわりと口角を歪めた。
「ねぇ、センセ。ねぇ、せんせぇ。ねぇ、先生。どうやれば嫌いになってくれるか、ですって?」
 魔女は宙を撫でていた両手を机の上に放りやる。本と紙の山が崩れ、埃が薄い雪のように舞い上がった。
 埃の舞うその中で、魔女は鈴の音の声で紡ぐ。唄うように、夢を語るように。
「嫌いになんかなってあげないわ。諦めたりしてあげないの。せんせぇはずっと自由になんかしてあげないわ。忘れたりしてあげないわ。忘れさせてもあげないわ。どんな理の環を抜けたって、せんせぇはきっと必ず戻ってきてくれるもの」
 不吉を告げる赤が明滅する。その仄暗い光から目を逸らすことが出来ない。その場を離れることも、言葉を返すことも出来ない。
 ――これは
 夢だ。
 頭のどこかがそうささやく。
 左手で髪を掻きむしる。魔女の目を見つめたまま、ひたすらに頭を掻きむしった。


 ◇

 自身は『死』を司る者。死は常に己の内にある。生は謳歌するものではなく、己の意思のままに弄ぶだけのものにすぎない。
 ――私は本来、眠りにまどろむことが出来ないのですが……
 伸べた手の先に目線を向ける。
 魔女の手首から先は、風に揺れ、小さな波を打つ薄布の向こうへと伸びている。
 望みを言えば、腕に包まれ、呼気に合わせ上下する胸に耳をあてながら横になってみたかった。けれどもその薄い望みは、深い夜のしじまにも似たあの黒い双眸によってやんわりと拒まれてしまった。――いや、拒絶とは別のものなのかもしれない。浮かんでいたのは嫌悪を示す色ではなく、困惑を示すものだったようにも思う。
 小さな笑みを浮かべ、視線をゆっくりと天井へと向ける。
 風に波打つ布の揺らぎ、唄う石の鈴、ふうわりとした心地の良い香の気配。
 ――不思議ですわね
 こうやって身を横たえていると、まるで、眠りの中に沈んでいくような心地すら感じられる。
 どこか縁遠いものとなってしまった眠りの入り江。もう一度小指にわずかな力をこめて、意を決めたように、魔女は静かに瞼を閉じた。

 ――ふと、湿り気を含んだ、けれどもどこか生ぬるいような、身にじっとりと張り付く濡れた衣服のような、淡い不快感を肌に感じた。
 耳に触れるのは風の音。遠く近く聴こえる、怨嗟を織りまぜ唄う音。
 両手で肩を抱えこみながら、魔女はゆっくりと目を開く。
 目に映るのは終わることのない夜に沈み続ける世界の風景。仰げばそこには大きな月ばかりがぽっかりと口蓋を開き、不穏めいた色で地表をくまなく照らしだしている。
 喉の奥に引き攣れた感覚がこみあがる。足先から這い上がってくる動揺は、生温い風に踊り舞う髪を撫でつけることでかろうじて押さえつけることが出来た。
 アンダーランド。
 この世界には永遠に朝はやってこない。連綿と続く、幕引きを知らない夜の世界。若い魔女たちは充分に齢を重ねるまではこの世界に身を置かなくてはならない。そうして齢と経歴を重ね、力を備えた魔女はアンダーランドを後にするのだ。そうして他の世界へと移り渡ってあらゆる災厄をばら撒くのだという。
 けれどこの世界には負の感情が渦巻き広がっている。自身の内包するエゴが絶対的正義。ゆえに魔女たちは己のエゴを貫くため、他のエゴを根絶していかねばならない。すなわち、アンダーランドでは若い魔女たちによる殺し合いが連綿と続いているのだ。
 
 懐かしい郷里の土を踏む。ひとつ歩みを進めれば、そのたびに、その土の下で死んでいった魔女たちが憾みの唄をつぶやく。
 死の魔女は戦いの勝利者となった。
 斬首の魔女によって落とされた首は、しかし、それより早くに死の魔女が己自身に施していた死の魔法によって、何ら意味を成さないものへと変じてしまった。
 死は死の魔女の手の中にある領域だ。それを操ることなど他愛もないことだ。死者を甦らせ、生ける屍として従属させるのはお手のものなのだ。ゆえに死の魔女は決して死ぬことはない。何故ならすでに死んでいるのだから。誰も死の魔女を殺すことなど出来はしないのだ。
 
「長い年月を費やしましたが、ようやく私の願いが叶ったのですわ! 全ての1を0に変えたのですわ! これで邪魔な生者はいなくなり、この世界は死の魔女による"死の世界"となるのですわ!」
 初めのうちこそ、少女は満願の幸いを唄い踊った。くるりくるりとドレスの裾を躍らせて、生気の途絶えた人形のような身体で、永遠とも知れぬようなワルツを踊った。
 少女の夢は全ての生き物を"お友達"に変えてしまう事。死者は魔女が望めば甦生を遂げる。そうして魔女の意思に添い、尽きることのない舞踏会を広げるのだ。
 けれどあるとき、少女は知る。気づいてしまう。
 甦った”お友達”は、どれも皆、己の意思を持たない人形に過ぎないのだ。死の魔女の言葉のすべてを肯定し、死の魔女の願いのすべてをそのままこなしてくれるだけの、中身のない、うろんなばかりの人形に過ぎないのだ。
 けれどそれは彼女たちの賛同を得た結果によるものではない。誰ひとりとして死の魔女のエゴに賛同などしていない。皆が茫洋とした笑みを浮かべているだけ。当然だ、皆、死の魔女の魔法で動いているだけのからくりに過ぎないのだから。

 ひとつふたつと歩みを進める。憾みの唄が魔女の足を絡めとる。まろびそうになりながら、魔女は唇を噛みしめた。
 月を仰ぐ。暗礁ばかりの空の中、月は変わらず嘲笑している。
「……で、私はこれから何をすれば宜しいのでしょうか?」
 誰に向けたものとも知れない問い。応えはない。怨嗟を編んだ風が少女の髪を吹きつける。
「死の世界。それは只、死に逝くのみの世界。されど、死の一線を越えてしまった私はこれから何処に進めば宜しいのですの?」
 声がわずかに震えた。
 望みは叶えた。けれど満願の先には何も用意されていなかった。
 両手で肩を抱えこみ、請うように月を仰ぐ。
 死というものからも放逐されている己は、これからもきっと、たくさんの生から置いてきぼりにされるのだ。どれほどに想う相手に恵まれようと、いずれはその死を見送ることになるのだろう。会いたくなったら魔法を使えばいい。きっと再び、きっと再び、同じよ
うに笑ってくれるだろう。魔女の望む通りの言葉を告げて、魔女の望む通りに手を伸べてくれるだろう。
 ――けれど、それは、違う。
 今なら解かる。なぜ解からなかったのだろう。なぜ誰も教えてくれなかったのだろう。
 
「せん、せ」
 震える声が小さくあえぐ。
「先生、……先生っ」
 名前を呼んだ。
 応えるように、小指の先が小さく引かれたような気がした。 

 ◇

 目を覚ましたふたりは、付添い人が用意してくれていた冷たいお茶を口にする。花の匂いのするお茶だった。未だどこか薄く夢の残滓の中にある意識が、花の匂いに招かれ、ゆっくりとほぐれていく。
 メルヒオールは寝癖を掻きまぜるようにしながら、横目に魔女の顔を盗み見た。
 ――夢にみたものが頭を離れない。
 メイムで見る夢は未来を示す神託なのだという。ならばこの夢は一体、何を意味するものだというのだろうか。
 死の魔女の目がゆるりと持ち上がり、メルヒオールの目と重なる。少女の目がゆっくりと瞬いたのを見て、メルヒオールはふと視線を移ろわせた。
 ――魔女と一緒に訪れたからだろうか。
 考えながら、夢の中の魔女の言葉を思い出す。
 ――あれは、どちらの魔女の言葉なのだろう。

 繋いでいた指先はほどかれてしまった。視線を感じ目を向ければ、それまでこちらを見ていたメルヒオールはそのまま目を逸らしてしまった。
 どんな夢を見ていたのだろう。訊ねてみたいような気もするが、それはきっと遠慮しておくべきなのだろう。
 花の香りのする冷茶が喉を過ぎていく。
 夢にあえぎ渇いていた身体も、ゆっくりと潤いを得ていった。
 
「……悪い夢でも見たのか?」
 不意にメルヒオールの声がして、魔女はゆっくりと顔をあげる。
「悪い夢……そう、……かもしれませんわね」
 返したそれは曖昧なものだ。
 魔女は小さな笑みを浮かべ、視線を冷茶に戻しながら、ふと、口を開く。
「……私はこれから、何処へ進めば宜しいのかしら」
「……?」
 もし私の進むべき道が間違っていたのでしたら……私という存在は一体何だというのですの!?
 夢の中でなら引き攣れ枯れた声で繰り返し訊ねることが出来ていた問いかけも、目覚めた後、当人を前にすると形を成すのは難しい。
 魔女は声を飲む。それから再び顔を上げ、メルヒオールの顔を見つめて笑みを浮かべた。
「なんでもありませんわ」

 魔女の笑みに、内心では眉をしかめた。――魔女が何か言いかけ、それを飲みこんだことだけは確かなのだ。
 私はこれから、何処へ進めば宜しいのかしら
 落とした言葉はそれだった。けれど魔女は首を振る。なんでもないと言って笑うのなら、聴こえていなかった振りをするのも礼儀なのかもしれない。
 
「……行くか」
 冷茶を干し、館のあるじに礼を残した後、ふたりは再びメイムの街中へと歩み出た。
 日差しはいくぶん和らいでいる。けれども静寂に包まれた空気は変わりない。まるで他には誰ひとりとして住んでいないような、そんな感覚すら漂う街の中、ふたりは数歩の距離を離れ、言葉を交わすわけでもない。
 路面に落ちる影はふたつ。長く伸びるそれを見つめながら、メルヒオールは思い出したように立ち止まる。自由に動く左手でポケットをまさぐって、思いついたように振り向いた。
「……この前、ブルーインブルーの祭りに行ったんだが」
「まあ」
「そん時の土産だ」
 言いながら差し出したそれはディルリ島で摘んできたシュシュの花だった。魔法で枯れないように加工し保存していたそれは、日が経った今も変わらず美しく咲いている。
 恋人たちのお守りとして、あるいは愛の告白に一役買うものとして使われることのある花だという。迷いながらも結局摘み帰ってきた花がもつ意味までは、魔女に伝えることはなく。
 魔女は嬉しそうに両手を伸べて、けれどすぐ、躊躇したような顔を見せて手を引いた。
 メルヒオールは息を吐く。
「……俺が持っていてもしょうがないもんだ。いらないなら捨てろ。……おまえの好きなようにしたらいい」
 言いながら、半ば押し付けるように魔女の手に渡した。
 魔女の手の中で、遠い海のほとりで咲き揺れる花は鮮やかな生の色を浮かべている。鼻先に持ち上げれば、やわらかな匂いがふわりと舞った。
「……ありがとうございます。……大切にしますわ」 
 魔女は花を大切に握りしめ、跳ねるような足取りでメルヒオールの後を追う。メルヒオールの左に回り、袖口をそっと握る。
 メルヒオールはうっそりとした目で魔女を見る。仰ぎ見ながら魔女は笑む。

 夢の神託が意味するものを知るのは、きっとまだ先のこと。それでも今は、まだこのまま。

クリエイターコメントまずはこのたび、櫻井の私的な事情により過分なお時間をいただきましたこと、深くお詫びいたします。気長にお待ちいただけましたこと、心より感謝いたします。

さて、書き上げてみましたら、淡くはあるものの、なにやら恋愛色のあるものになってしまったような気がします。
いただいたプレイングがそれぞれに通じるようなものを感じましたので、特に指定はありませんでしたが、根っこの部分では微妙な交わりをしていたりもしています。象徴的な書き方にさせていただきましたので、分かりにくかったら申し訳ありません。

ええと、そうですね。個別コメントというものの必要性は、今回は特に感じません。ので、省略させていただきます。
お届けが遅くなりましたので申し訳ないかぎりなのですが、おふたりの今後の展開にわずかでもきっかけのようなものとなれれば幸いです。

あ、あと、なにぶんにも、新しいキーボードでの第一作ですので、あの、気をつけてはいるのですが、うっかり誤字とかありましたら、ご指摘等いただけましたらと思います。
それでは、またのご縁、心よりお待ちしております。
公開日時2013-12-09(月) 21:20

 

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