クリエイター櫻井文規(wogu2578)
管理番号1156-24410 オファー日2013-07-17(水) 00:51

オファーPC ドアマン(cvyu5216)ツーリスト 男 53歳 ドアマン

<ノベル>

 ”賢者の脳髄市”の一郭に佇むホテル“Le point du chemin”。生者死者を問わず領域内外の客に利用されるこの施設には、当然にあらゆる客人たちが足を寄せる。

「ようこそLe point du cheminへ」
 ドアマンの迎えに導かれ、その日も客人が訪れる。

 その日訪れたのは、妙に落ち着きのない客だった。
 宗教画に描かれる髑髏の死神のように、漆黒色の布を頭からすっぽりとかぶり、己が姿を衆目にさらさぬように努めているようでもあった。折り曲げた腰のゆえか否か、あるいは並ぶドアマンが長躯であったがゆえか――いずれにせよ、身丈も奇妙に小さく、放たれる声音は布を押し当てながら話しているかのようで、明瞭に聞き取ることは難しいものだった。
 用意した部屋に篭りがちで、スタッフを呼ぶことも少なかった。短期の滞在ではあったが、定期的な清掃サービスも断りがちだった。ゆえにその客人の顔や姿や素性を知る者は皆無に等しかった。
 そうして数日の短い滞在の後、客人はついに己が素性をさらさぬままにホテルを後にした。見送りに添ったドアマンを半ば振り切るようにしながら、客人は文字通りに姿を消したのだ。もっとも、ホテルを出た後に煙のように消失する客人も珍しいものではない。
 ドアマンは客人が姿を消した場所に向かい、慇懃に腰を折り曲げた。

 客人が去った後の部屋を清掃していたスタッフが、客人の忘れ物であろうと思しきものを携えてドアマンの前に立ったのだ。さて、どうしたものかと首をかしげるスタッフの手には一体の木像が抱かれていた。
 木像は荒削りなものでこそあったが、何者かによる手彫りであろうと思われるものでもあった。慈悲深い笑みを浮かべたそれは、どこかの土地に継がれる神話の女神を模したものであろうと思われた。
 宿泊客の行方が掴めるはずもなく、ましてその連絡先を知るわけでもない。――否、ドアマンの能力をもってすれば相手がどの世界にあろうとも関わりなく、直ちに呼び寄せることも可能だ。けれどドアマンがそれを成すことは、ホテルの総支配人である女によって制される。
 それがそのものにとり必要なものであれば、放っておいても遠からず必ず引き取りに見えるはず。逆に、もしも不要なものであり、それを故意に捨て置いたのならば、再びそれを押し付け渡すのは野暮な行為であろう、と。
 そうしてその言葉の通り、ホテルに忘れ物をした客人は、すぐにそれを引き取りに見えるもの、もう二度と訪れることのないものとに分かたれていた。
 ゆえに、その木彫りの女神像はしばらくの間、ホテルで預かることとなった。

 ガラスケースに収められ、ロビーの、客人たちの目につきやすい位置に置かれることとなった木像は、しかし、何がしかの意図を有し、故意に放棄されていったものであったのだろう。
 ロビーに置かれたはずの木像は、気がつくとガラスケースだけを残して移動していた。時にはエントランスの真ん中に、時には客室のドアの前に、あるいはフロアの手すりの上に。まるでホテル内を徘徊しているかのように、木像は至るところで見つかっては、その度にロビーのガラスケースの中に戻された。
 木像が有していた奇異はそれだけではない。初めに見つかったとき、それは確かに慈悲深い笑みを浮かべた女神の姿をしていたはずだった。けれど木像はホテル内を徘徊し、見つけ出されるたびに、まったく別の姿へと変じているのだ。
 憤怒の表情を浮かべた男神、両翼を広げる大鴉、彷徨する狼、巨木に巻きつくうわばみ。その姿態は文字通りに様々ではあったが、いずれも木像であるという一点のみが共通していた。

 宿泊客たちやスタッフたちの間で、木像に関する噂話が持ち上がるまでに、さほどの時間は要さなかった。
 木像には魔道の影響が及ぼされているのだ。
 否、これこそが科学が創り上げた最たるものなのだ。
 想像はあらゆる可能性へと通じる。人々は木像が有する得体の知れなさに恐怖した。恐怖はまた、人々の好奇を招く最大の要素ともなりうる。
 程なくして、木像への好奇を抱いた人々の中にも奇異たる言動が見受けられるようになったのだ。
 
 宿泊客やスタッフたちの間で、木像を前にした懺悔や誓約が行われるようになった。
 何処かで罪を犯したものは木像を前にして膝をつき、涙ながらに己が罪を悔恨する。木像の前で永劫の愛を誓約するものたちもいた。懐に裕福さを持ちながらも勇気が持てず新たな事業に手を出せずにいた実業家は、木像の前で勇気を誓う。
 そうして、実業家に勇気をもたらした木像は、復讐に迷うものの背中を押すこともしていた。裏切りに対する報復を誓い、ついには殺害を果たしたものもいる。
 いずれにせよ、木像はただそこにあるばかり。まるで何かを捜してでもいるかのようにあちらこちらを徘徊し、姿を変えるそれが人々に向けて力や念を送るわけではないのだ。けれど、木像を前にして繰り返される人々の情念は、木像に力をもたらしたのかもしれない。
 ある日、木像はついに高らかに唄い出したのだ。

 天をも貫く三重の壁 真中に眠るは人なる赤子 
 天より零れし災厄の種 主の戯れその故に
 赤子は苗床 憐れみ給う 憐みの故に翼をもがれ 
 哀れ赤子は鳥籠の内
 如何なるものも如何なる調律も 赤子に勝る術はなし
 哀れ 名もなきその赤子 我らは名付く 
 「トリスメギストスの鳥籠」と
 されど鳥籠は天の戯れより逃れる術はなく 
 その戯れゆえに非業の末路を歩むであろう
 哀れ 鳥籠 天より零れし戯れゆえに
 終わることなき放浪の底

 時には美しい女の声で、あるいは鴉のがさついた声で。木像は壊れたオルゴールのように幾度も歌を繰り返していた。
 ――今日は綺麗な声ね
 声をかけられ、ドアマンは振り向く。立っていたのは総支配人だった。慇懃に腰を折り曲げて、総支配人が立つための場所を開ける。彼女はやわらかな笑みを浮かべて礼を述べ、数歩を進み、ドアマンの横で足を止めた。
 木像は唄っている。美しい女の声で、高らかに。
 哀れ 鳥籠 
 ――哀れ、ですって
 総支配人はそう言って小さく笑った。つられてドアマンも小さく笑う。
 ――あなたも哀れだと思う?
 総支配人が問う。ドアマンは彼女の顔を見据えた。美しい顔にあるのはやわらかな微笑みだ。けれども応えを求めるその眼差しには、捉えたものの逃避を許さない、確たる力が宿されている。
 トリスメギストスの鳥籠
 賢者の石は神の怒りに触れるに相応しいだけの効力を有しているのだろうか。故にそれを宿した赤子は永劫の呪いを受けるところとなるのだろうか。
 天に届こうと試み造られたバベルも、アザゼルの甘言にほだされ果実を口にしたアダムも、太陽に近く高い文化を創造した都市も、全て余さず神の呪いを受けたのだろうか。
 しばしの思考に沈みながらも、ドアマンは総支配人の眼差しを受け止めて微笑む。
 ――わたくしは貴方に生きていてほしいと願う者です。
 返した応えは、問いに対する応えとしては正しいものではなかったかもしれない。それでも。
 木像は唄い続けている。
 哀れ、哀れ、哀れ。

 木像を拝する人々の狂信は日を負うごとに強くなっていた。
 ある日、木像はやはりロビーのガラスケースから消失したのだ。けれどホテル内のどこを捜しても木像が見つかることはなかった。歌が響くこともなくなったが、代わり、木像に魅入られていたものたちは半ば発狂したようにホテルのあちらこちらを徘徊するようになっていた。
 けれどそれも数日のこと。
 客のひとりが顔を上気させ、興奮気味にエントランスに駆けこんできたのだ。その手には木像が抱えられていた。とある場所でそれを奉る教会を見つけたのだという。客人は誇らしげに胸を広げ、その教会ごと町ひとつ焼き尽くしてきたのだと自慢した。これはこの場にあるべきもの。自分の傍で唄を歌い続けなくてはならないものだ、と。しかし客人は次の瞬間、他の客によって頭を割られて崩れ落ちる。その木像は自分の手にこそあるべきものだ。棍棒を掲げ持つ客人はそう言って笑った。
 そこからはひたすらに惨劇が繰り広げられるばかりだった。
 木像の帰還を待ちわびていた兇徒たちが、互いに互いを殺し合い出したのだ。木像の奪還のため、誇らしげに笑いながら。
 
 暴徒が沈静化したのはそれからわずかな間を置いた後のこと。
 惨劇を収めようと分け入ったスタッフが、迷いの果てに木像を強く床に叩きつけたのだ。
 木像は鈍い音と共に砕け、木端となって散った。同時に暴徒たちは一斉にスタッフに集り、凶暴な獣のごとくに爪や歯をもって襲いかかる。喰い散らかされるスタッフの絶叫がとどろく。ドアマンが腕を掲げる。大きな扉が現れて開き、暴徒たちやスタッフたちをまとめて飲み込み、そうして何事もなかったかのように静かに閉じた。
 残されたのは静寂ばかり。狂気も狂喜も途絶え、あとは常時のLe point du cheminがあるだけだった。そうして木端と化した木像の成れの果てが床に転がり、エントランスに流れる緩やかなピアノ曲の中、夢の名残のように沈んでいた。

 事態は収束を迎えた。木像は破壊され、魅了されていた兇徒たちは互いを殺し合い、何処とも知れぬ空間へと飛ばされた。奇異なることはもう起こらず、このまま元の有り様に戻るはずだった。

 されど鳥籠は天の戯れより逃れる術はなく

 
 その日の夜更け。
 総支配人はホテル内にある自室の寝台の上で、ふと何かの気配を覚えて目を開けた。
 部屋の中を隅々にまで行き渡り満たす暗闇の中、確かに誰かの気配がそこにある。寝台から身を起こして目をこらす。そうして声をかけようと試みて、けれどその刹那、彼女は己が細い首が強く締め付けられているのを自覚した。

 寝台の上、自分と同じ顔をしたものがいる。慈悲に満ちたその笑みはあの木像が最初に浮かべていた表情だった。優しい笑みを満面に満たし、それは――木像は、総支配人の首を万力で締め上げていた。声を出すことも出来ず、その力に抗うことも出来ず。ただ木像の眼をまっすぐに捉えて見据え、視線だけで「なぜ」と訊ねた。
 木像は破壊されたはずだ。木端となったそれは確かに確認している。木端はその後焼かれて捨てられた。それも確認している。それなのに、木像はいま確かに目の前にある。木像という大きさからも変じ、己と同等の大きさを得ているそれは、果たして。
 木像は微笑む。そうしてゆるやかに唇を開く。
 ――『死』という正しさのため

 終わることなき放浪の底

 唄い、木像は笑んだ。細い腕に一層の力をこめて。
 哀れ、哀れ、哀れ
 総支配人の細い首の骨が限界に至った軋みをあげた。
 
 ――否、軋んだのは総支配人の首の骨ではなく、木像の身体だった。
 総支配人が見たのは、目の前で再び木端となり吹き飛んでいく木像の姿と、その向こうに立つドアマンのやわらかな笑顔だった。次に訪れたのは激しい嘔吐と咳だ。寝台の上に吐寫物を広げながら咳き込む総支配人を気遣いながら、ドアマンは木端となり転がる木像をさらに踏みつけて破壊した。
 ――二度と貴方の前に現れることのなきよう、処置いたしましょう
 そう落とすと、ドアマンは再び片手を揮う。再びドアが現出し、気味の悪い軋みを響かせながら開いた。
 その奥に広がっていたのは粘つくように波うつ暗い夜の海だった。波は次第に大きくなって触腕のようになり、触腕はやがて数本に増えて木端を掴む。そうしてそのまま再び波の底へと沈み、それを送った後、ドアはやはり軋みを響かせながらかたく閉ざされて消失した。
 残されたのは夜のしじまと静けさ。
 総支配人の身を案じ背をさするドアマンに、総支配人はようやく、絶え絶えにではあるものの、消え入りそうな声で笑った。
 ――困った人ね
 落とした言葉は、果たしてどんな意味をこめたものだったか。けれど総支配人は呼気を整え、小さなため息をひとつこぼした後再び言葉を続ける。
 ――助けられるのも運命かしら
 呟き、微笑む。その美しさに目をすがめ、ドアマンは応えることなく静かに笑んだ。

 哀れ赤子は鳥籠の内

 ――わたくしは貴方に生きていてほしいと望むものです
 落とした言葉は、総支配人の呟きに応じるものとしては相応しいものではなかったけれど。

クリエイターコメント続けましてのお届けとなります。こちらも大変にお待たせしてしまいましたこと、初めにお詫びいたします。気長にお待ちくださいまして、本当にありがとうございます。

さて、こちらですが。
錬金術や魔術というものに関する知識はほとんど皆無に近く、しかしながら今現在とても関心をもって書籍等の蒐集をしているところでもあります。ので、設定等、すごく興味深く拝見させていただきました。
お持ちの過去ノベルを参照にさせていただこうかとも思い、拝読もしているのですが。
しかしながら結局は櫻井流でやらせていただいております。

っていうか、ものすごくいい設定をお持ちですね!!機会がありましたら、もっといろんなものを描写してみたかったなーなどと、歯軋りしております。

描写や腕前は至りませんが、愛だけは全力でこめさせていただきました。少しでもお気に召していただけましたら幸いです。

それではまたのご縁、心よりお待ちしております。
公開日時2013-12-30(月) 23:10

 

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