クリエイター櫻井文規(wogu2578)
管理番号1156-23636 オファー日2013-08-14(水) 03:12

オファーPC 奇兵衛(cpfc1240)ツーリスト 男 48歳 紙問屋
ゲストPC1 橡(cnmz5314) コンダクター 男 30歳 引きこもり侍

<ノベル>

 常日頃から抱えていた疑念。胸の奥底でわだかまるそれを己の外に晒す事など、半ば醜態であるとさえ思っていた。
 立場的なものだけを取るならば、己は武士。
 国府より得た認の下、代々続く家名を受け継ぎ生を得た身でもある。すなわちそこには相応の矜持も一分もわきまえ抱えてもいるのだ。腰に提げ持つは出自世界において有していたそれとは異なる大刀ではあるが、藩士であった時分の鍛錬は今も変わらず重ねている。
 剃り入れた月代、折り目も美しい和装。――胆こそ弱く細くはあるが、それでも、肩に負う任の重みは今も変わらず胸の内に掲げているのだ。
 対する男は常に飄々とした町人風情をまとい、掴みどころは皆無。面に浮かべる色も貼りつけたようにさえ見える笑みのまま。ゆえにその面の下に隠し持つ本音も性も知れぬまま、流れぬ時の淀みの内に流れぬ日ばかりが過ぎていく。
 商人風情をまとう男――奇兵衛。
 齢は橡よりも二十近くも上であり、胆も座り何事にも動じず、大店の主であるかのような品格と貫禄すらも備えている。論を巡らせればぬらりくらりを演じながらも明晰であり、立ち居の動きからは”故意に作られたような”隙が顔を覗かせる。まるで武芸の心得など一欠けらでさえも持ち得てなどいないかのような。油断を覗かせるその顔に、橡は深い違和を覚えてやまない。
 橡に対しては慇懃であり、礼節をわきまえ、町人が武士をたてていたのと変わらぬ態度で接することを忘れない。まさに平身低頭。
 けれど
 ――そこには奇兵衛が引いた線引きが厳然として存在しているのだ。形ある言葉と成さずとも。
 畳敷きの広間の上座と下座。橡はむろん上座に座り、奇兵衛は下座も下座、橡より十と五尺はゆうに離れ、畳の目に指をついて低頭し、今まさに場を立ち去ろうとしている。
 橡は奇兵衛を見る。黙したまま、両膝の上に両手をつき。
 すぐ傍らに控えているの小弥太が奇兵衛の動きに合わせて小さな唸りをこぼす。その背中を静かに撫でてやりながら、橡もまた警戒の色を緩める事をしないままだ。
 ――この男が俺に見せている平身低頭たる応対は、心のこもらぬものでしかない。
 知っている。
 奇兵衛が剣術や武術の達人であろう事も、純然たる商人などではない事も。ゆえにその腹の底、果たして橡に対し如何なる心を持ち得ているのかなど、およそ知る由もない事だ。
 ゆえに橡は奇兵衛を警戒する。その面に張り付き浮かぶ笑みに疑念を抱く。
 奴がこうして見せている外面は、恐らくは所詮上辺だけのものでしかないのだ。信用などしてはならない。取り込まれてなどしてはならない。
 険のある眼差しの先、常と同じ笑みを浮かべ、奇兵衛がすらりと立ち上がる。それから改めて橡を見据えて頬を緩めた。細く浮かぶ月のそれを思わせる形を得た双眸が、ほんのわずか、鈍く薄い光をはらむ。

 視界の先、上座に腰を据えた橡が険ある面持ちを浮かべこちらを見ている。その目に浮かぶ疑念の色を隠そうともせず、正直で歪みのない、真っ直ぐな感情。畳の目に額を押しつけるほどに低頭していた頃から感じていた視線は、面を持ち上げるとことさらに強いものへと変わる。背を正し膝を折った姿勢のまま、奇兵衛は臆する事も悪びれる事も無く、向けられる視線を真っ直ぐに受け止めた。
 橡が己に対し、常より如何なるものを抱き心を淀ませているのか。――想像するに難くない事だ。
 けれど、そこにあるのは嫌悪ではない。奇兵衛という個へ向ける疑念、それだけだ。そうしてその疑念の軸となるのはおそらく、奇兵衛という個を解する事が出来ぬゆえのものなのだろう。
 当然だ。
 腹の底で低く笑う。
 そも、己という個への理解を他者に求めようと思った事など皆無に近い。
 他者との交わりの内に求めるものは、ただの退屈の埋め合わせのみと言っても過言ではない。己が面白ければそれで良し。大事に思うのはかつて己が斬り臥せ殺めた子どものみ。それも此岸より消えてしまった今、他の者たちは奇兵衛にとり、総じて等しくどうでもよい存在にすぎないのだ。
 対峙する橡という男は首攫イ邸が選択した主。邸内には百鬼が群れを成し潜んでいる。日ごろはその姿を目にする事もなく、一見すれば何という事もない閑寂とした場にすぎない空間も、その実不可視の化生どもが数知れず身を潜ませているのだ。
 橡に対するはすなわち首攫イ邸との対峙をも意味する。そうしてそれはそのまま邸内にひしめく百鬼夜行との対峙に直結する。さしもの奇兵衛でも、さすがに百鬼夜行との対峙は難度の高いものになるだろう。
 ――けれど、胸をついた好奇の熱が、厄介を避けようという思考を跳ね除けた。
「手前に何事か仰りたい由がおありのようでございますね」
 安穏とした語調で口を開く。橡の眉がわずかに跳ねた。
「さて、貴方の御心を乱す事由、言の葉と成すだけでも幾ばくかは晴れるやもしれませんよ。手前でよろしければ、一葉、お伺いいたしましょうか」
 張りつけた笑みのままにそう告げる。その奇兵衛の言を受け、橡の眉が再び跳ね上がった。そうしてその面の変容を、奇兵衛は見逃さない。
 つ、と半歩を進む。橡との距離がわずかに縮んだ。橡がじわりと緊張を帯びたのが空気ごしに伝わる。腹の底で何かがくつりと笑ったのが知れた。その気配を隠すように扇を広げ、口元に浮かぶ歪んだ笑みを隠した。
「改まった話など」
 あるはずもない。橡はそう応えようとしたが、けれど何故か言葉に詰まる。
 良い機かもしれない。――お前の心が見えぬのだ、と。そう伝えてみるのも良いかもしれない。腹を割り互いに思うところを明かし話していけば、あるいは。
 悶々としたままに気がつけば、橡のすぐ目の前にまで歩み寄っていた奇兵衛の姿があった。座したままの橡を見下ろす面には、常よりも酷薄めいた笑みが張り付いている。口元を覆う扇が表情の全容を隠してはいるが、纏う空気のそれは決して好ましいものではない。
「手前の心の根がお見えになりませんか?」
 奇兵衛の声が降る。橡は弾かれたように目を見開いた。小弥太が警戒の咆哮を繰り返す。
「手前には何もかもが一律公平に同じものでしかないんですよ、ねェ?」
「……一律公平? ……奇兵衛、お前、何を」
「手前にとっては凡て退屈をしのぐためのもの。言ってしまえば凡てがどうだっていいものでしかないんですよ」
「何を」
「えぇ、単なる退屈しのぎですよ。……手前の心の根が知りたいのでしょう?」 教えて差し上げますよ。
 奇兵衛の面がぐにゃりと大きく歪んだように見えた。目を見開き奇兵衛を仰ぎ見たまま、橡は刹那、己の頭を押さえた。そうして次の瞬間に沸いたのは、全身が紅潮するほどの熱だった。
 脇に据えていた大刀に手を伸ばし、片膝を起こし、手にした刀を抜刀する。その一律の動きは文字通りの早業。刃は奇兵衛の扇を両断していた。
「我らはお前の手慰めのものと申すか」
 露わになった奇兵衛の面は歪んだ笑みを浮かべている。立ち上がり、刃を鞘に戻した。
 対する奇兵衛は怖じるわけでもなし、飄々とした笑みのままに橡を見据える。
「ようくお解かりでおいでだ」
「”人”を侮るな!」
 橡の怒号が畳の間の隅々にまで響き渡る。そうしてそれを合図としたかのように、橡の背面を除く三方に渡る襖が一斉に音を立てて開かれた。
 首攫イ邸が怒号を鳴らす。橡の意思は邸の意思。それはそのまま邸に潜む百鬼の意思へも通じるのだ。
 開かれた襖の向こう、ガチガチと歯の音を鳴らしながらぬらりと覗きこんでいるのはがしゃ髑髏。穿たれた眼孔の奥で黒い焔がちろちろと蠢いていた。牛の首に蜘蛛の身体を得た牛鬼の足が畳を踏む。数多の狐火が点り、腹を膨らませた女郎蜘蛛が奇怪じみた笑みを鳴らした。
 ――邸内に潜む百鬼が姿を見せたのだ。
 奇兵衛はくつりと笑み、首をかしげる。ちらりと一度橡を見つめ、それから白足袋を履いた足を畳に滑らせるような動きで畳の間の央を目指し、去っていく。間を開ける事無く次々と襲い来る百鬼どもをいなす滑らかな動きは、さながら舞いを踊っているかのようにも見えた。
 橡は大刀を手にしたまま、やはり頭を押さえる。風景が歪む。ひどい目眩で頭がぐらついていた。視線の先で奇兵衛が舞っている。その目がわずかにこちらを向いたような気がした。

 藩主の子息がまたも難儀を起こした。そう話に聞いたのは、その日の夕刻の事だった。声を潜め語る年老いた男に目をすがめつつ、如何なる難儀を起こしたものかと思案に暮れていた橡に藩主より招きの沙汰があったのは、宵も更けた頃の事。
 藩主は半紙に包まれたものを重ね、それを橡の前に伸べながら、満面の笑みを浮かべて口を開けた。
 ――我が愚息に代わり、これよりはそなたも辻斬りをせよ。なぁに、酒精に酔うた者などいくらでもおろう。目についた酔客を剣術の練習台と思えば良いのだ。
 つまりは藩主の子息が戯れに起こしている辻斬りの尻を拭えと言われているのだ。子息が下手人として捕まれば藩の名に深い傷もつく。存続すらも危ぶまれてしまいかねない。ゆえに橡が下手人となれ、と。そう言われているのだ。
 それは如何なものか、と。申し立てる択もあっただろう。けれど橡の背にもまた、家名という少なからずの看板があるのだ。ここで藩主の腹を損ねれば、己の身だけでなく、その看板をすら潰されてしまいかねないのだろう。
 橡に出来たのは御意の応えを口に成す事のみだった。
 そこからの顛末は坂を転がる石のごとく。
 辻斬りは下手人の像が立てられぬまま、半ば迷宮入りとなった。藩主はこれに気を良くし、あるいは橡の抜刀の腕を買い、次から次と新たな難儀を橡の前に差し伸べ続けたのだ。
 上役の敵を闇に紛れて斬り殺しもした。義をもって事の全容を突き止めた無二の友には毒を盛り葬った。いつしか人を殺める事に何の躊躇もなくなっていた。情の揺らぎもなく、己の背に血の河が出来ているのに気がついてからも、一切の感情を得る事もなかった。
 

 記憶が揺れる。視界が歪み、心は捻じ切れそうに悲鳴をあげた。
 小さな呻きをこぼしながらうずくまった橡の前に立ったのは、百鬼の襲撃をかいくぐりいなし流して来た奇兵衛の姿だった。
 橡はゆっくりと顔をあげる。目の前に立つ奇兵衛の姿を仰ぎ見て、己を苛む記憶に深い喘ぎを落とした。
「さァて、遊戯はここまでに致しましょうか」
 歪んだ笑みのままに奇兵衛が言う。白足袋が畳を摺る。その手が橡の持つ大刀の鞘に届こうとした。――その瞬間に。
「それはあたしの玩具だよ」
 奇兵衛の声が降って落ちた。
 顔を上げた橡の、安定しない視界の中で、ふたりの奇兵衛が対峙していた。片や常と変わらぬ笑みを張りつけ、片や一切の情を感じさせぬ面を浮かべている。
 首攫イ邸の百鬼は変わらず怒号している。現れたふたりの奇兵衛を前にしても、かれらの動向はまるで変化を帯びない。いずれも主に仇なすものである事に変わりはないのだ。
 橡が次に見たものは、ふたりの奇兵衛を目掛け襲いかかる百鬼の群れ。振り下ろされる数々の撃に懐刀を抜いて応じているのは笑みを張りつけた側の奇兵衛。白足袋は変わらずすり足で動き、撃をいなし、流し、あるいは受けては返している。もう一方の奇兵衛もまた数々の撃を同じように流しながら、こちらは懐から取り出した扇を手に応じていた。
 響くは百鬼どもの咆哮、あるいは嘲笑。けれども奇兵衛たちは稚児に応じるがごとくにこれを受け流し、蜘蛛の足を一閃し、腹を割き、目玉を落としているのだ。それでいてその動きは滑らかなまま、神仏に捧ぐ舞いの如くに美しい。
 果たしてどちらが実の奇兵衛であるのだろうか。考えながら、橡は眼前で広げられている美しいまでに壮絶な応戦を食い入るように見つめた。
 片や短刀を手に、片や扇を得物に戦うふたりの男。どちらも同じ顔、同じ声音、――おそらくは同じもの。
 
 奇兵衛という男の底が知れず、不安であったのは確かだ。常に艶然とした笑みを浮かべ、橡の頭の内を読んでいるかのごとくに振る舞い、あたかも数手まで先を打たれた上で動かされているかのような感覚を味わった事もある。底の知れぬものに怯えるなと言うほうが無理であろう。警戒し、抱いていたのはただただ畏怖にも近い感情だった。好悪を問われればさほど好かぬ相手だと応えるより他にない相手だ。お前の事はあまり好かぬと申し立てたところで、奇兵衛は飄々とした笑みのままに左様ですかと返してよこすだけであっただろう。それもまた妙に腹立たしくもある。
 けれど、今。
 今こうして眼前で舞うその姿は、筆舌にし難いほどに美しい。まさに鬼神のごとし、という喩えがしっくりとあてはまるであろうほどに。
 百鬼どもの撃が繰り出される。短刀を手にした奇兵衛がそれらを一閃する。旋風が起こり、襖の幾枚かが吹き飛ばされた。百鬼どもがわずかに驚き動きを止めた。それはおそらくほんの刹那の間の事。
 その刹那の隙をつき、扇を持つ奇兵衛が大股でふたつ踏み込んだ。一切の情の宿らぬ能面のような面のまま、手にした扇を横薙ぎに振る。
 ぼとり、と重い音をたてて、奇兵衛の首が畳に転がった。ほんの僅か、秒にも満たぬ空白が過ぎる。これまで二手に割れざるを得なかった百鬼どもの撃は、今度は一斉に、ひとりとなった奇兵衛の上へと向けられた。その数など知れようはずもない。残った奇兵衛はぬらりと顔を持ち上げて、己の上に注がれる数多の牙に笑みを浮かべた。
 ――あたしの死に時ってヤツですかねェ
 頭をよぎるのは諦念にも近いため息。
 ――まァ、いいか
 口元に浮かぶのは清々しいまでの微笑。
 ぱたりと音を鳴らし、扇を閉じる。ここで百鬼どもに喰われ死すのもまた一興。
 しかし、
「この邸の主はこの俺ぞ!」
 空気をつんざいたのは橡が発した一喝だった。
 開かれた数多のあぎとや剥かれた牙が、奇兵衛に触れる寸前でぴたりと止まる。邸を揺らしていた怒号も嘲笑も同時にひたりと止み、広がったのは耳が痛くなるほどの静寂だ。
「去ね」
 橡の声が静寂を破る。
 百鬼どもは刹那ざわついたが、橡の意思を見て知ったのか、次の時には再び邸の影の内へと姿を消していった。
 畳の間に残されたのは再び奇兵衛と橡、ただふたり。
 小弥太の背を撫でつけて宥めながら、橡は深い息を吐く。そうしながら再び腰を下ろし、奇兵衛にも座すように進言した。
 奇兵衛は橡より五尺ほど離れた場所に膝を折る。首を落とされた奇兵衛の姿はどこにも見えなくなっていた。百鬼どもが喰ったのか、――あるいは煙と化して消えたのか。
「奇兵衛」
「へい」
 畳に額を押しつけるほどに低頭して見せた奇兵衛の名を呼ぶ。面を上げた奇兵衛の顔は、常と同じ、飄然とした笑みを浮かべていた。
 訊ねてみたい事は幾つもあったように思う。けれどそれを口にしようとすると、何故か端から消えていく。
 わずかな惑いを見せた後、橡はひとつだけ口にした。
「お主はどちらの奇兵衛か」
 それは発した己ですらも今ひとつ判然としない問いかけだ。如何なる応えであれば正当であり、橡の心に添うものであるのか。橡自身でさえも分からない。
 奇兵衛はしばし思案する。橡が如何なる応えを求めているのか、如何なる応えを返すのが真っ当であるのかを。しかし、浮かぶ応えはただひとつきり。
 背を正し、笑みをのせ、奇兵衛は静かに口を開けた。応えにすら届かぬ言を返すため。

「さて、どちらで御座いましょうね」

クリエイターコメントこのたびはオファーからお届けまで長々としたお時間をいただいてしまいましたこと、まずは深くお詫びいたします。気長にお待ちいただけましたことに多大な感謝を述べさせていただきます。

正直に申しますと、描写が難しく、自分の中でしっくりとくる書き回しが出来ず、ひたすらもだもだとさせていただきました。しかしながら大好きなお二人様ですので、どうしてもどうしても書かせていただきたく思いまして。愛ばかりは詰め込ませていただいております。

お待たせしました分も、少しでもお気に召していただけましたら幸いです。
それでは、あえてこの言葉を。
またのご縁、心よりお待ちしております。
公開日時2014-01-27(月) 21:40

 

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