オープニング

開かれた雨戸の向こう、夜の薄い闇が包む静かな庭の中、糸のように降り注ぐ雨の気配ばかりが広がっていた。
 畳敷きの部屋、板張りの廊下。小さな書棚やテーブル。気持ちの問題だろうか、蚊遣りの煙が空気を小さく揺らしている。

 ――怪異ナル小咄ノ蒐集ヲシテオリマス。代価トシテ、茶湯ヤ甘味、酒肴ナド御用意シテオリマス

 長屋の風体をしたチェンバーの木戸、風に揺れる浅葱色の暖簾の下に、そんな一文がしたためられた、小さな木製の看板が提げられていた。目にした客人が暖簾をくぐり、現われたチェンバーの主に案内されたのが、この部屋だった。
 雨師と名乗る男は、和装で身を包み、細くやわらかな眼光は、眼鏡の奥でゆるゆると穏やかな笑みを浮かべている。
 テーブルには酒と肴の用意が整えられていた。定食じみた食事の用意も、甘味と煎茶の用意も出来ると言う。
 
「それでは、お聞かせくださいますか?」
 言いながら、雨師は客人の前に膝を折り座った。
「あなたが経験したものでも、見聞したものでもかまいません。もちろん、創り話でも」
 怪異なものであるならば。
 そう言って、雨師は静かに客人が語り始めるのを待っている。





※このシナリオはロストレイル13号出発前の出来事として扱います(搭乗者の方も参加できます)。

品目ソロシナリオ 管理番号3198
クリエイター櫻井文規(wogu2578)
クリエイターコメント櫻井です。
季節などお構いなしに、怪談は付きまとうものなのだと思います。ええ、好きですよ。イワコデジマイワコデジマ。
ということなので、よろしければ少し立ち寄られてはいきませんか?
雨師が申しておりますように、怪異なものにまつわる話であるならば、内容は問いません。文字数の関係上、短めなものにはなるとは思います。
どうしても浮かばなければ、お題をいくつかご提示いただき、櫻井にお任せいただくという荒業もございます。

それでは、ご参加、お待ちしております。

参加者
ロウ ユエ(cfmp6626)ツーリスト 男 23歳 レジスタンス

ノベル

「怪異か。そうだな」
 上質な絹糸にも似た艶を得た銀色の長い髪を背で束ね、雪に染まらぬ南天の実よりもさらに赤い色を満たした双眸で、ロウ ユエは縁側の向こうに広がる薄闇に包まれた庭の草木を検めた。
 霧のように細かな雨が程度よく手入れの届いた庭木の枝葉をさらさらと打ち続けている。風は雨に湿った庭土の匂いを含んで流れ、傍に据えられた火鉢がほのかな温もりと灯とをもたらしていた。
 畳の上に姿勢よく膝を折り座るユエの傍には羽二重餅と松露を並べた皿が置かれ、淹れたばかりの緑茶が風味良い湯気をのぼらせている。添えられていた楊枝で松露を口に運べば、糖衣に包まれた餡玉の程よい甘味が口中にやわらかく広がった。
「継承に使われた子どもがすすり泣く声が聞こえるとか、そういった類の話ならば幾らでも転がっていたものだが」
 ゆえに、そういった話は別段口にするような怪異ではないと判じる。口中に残る甘味を緑茶で流しながら、ユエはひととき庭木を愛でた。そうしてはたりと思い出したように目を瞬かせ、雨師の方に向き直り改めて膝を揃えると、ユエはゆっくりと、記憶を手繰りながら語るようにしながら口を開く。

 十一を迎えた年、俺が住んでいた家に血縁の近しい者たちが集い、内々で小さな祭事を執り行ったんだ。その折に俺は祭事の決まりだとか何とかで女の装束を着せられてな。紫紅色の長衣に吊帯長裙だ。ごてごてと賑やかな飾りも付けられてな……。髪飾りもむろん付けられたし、顔には薄く化粧もされたな。……今思い出しても不本意極まりないものだったが……。
 さておいてだ。
 むろん、集った親族の中には俺と歳の近い子どもも何人かいたし、何やら堅苦しい話ばかりする大人たちから離れ、俺たちは俺たちで遊び回っていたんだ。家の敷地内には俺も出入りした事のない施設や建物も多くあったし、そもそも俺の住む家の中に総じていくつの部屋があるのかも、数えた事もなかったから把握してはいなかったんだが。
 集まった子どもの中の誰かがこう言ったんだ。昔使われてた地下牢と、それに付属する施設を見に行ってみないか、と。すると他のヤツも続いたんだ。聞いた事がある。この家の地下牢には何かが出るらしいっていう噂を、ってな。
 もちろん、俺たちはそれに乗ったさ。俺も地下牢へ行った事はなかったし、何かが出るなんて噂があるのも知らなかったんだ。好奇をそそられるのも当然な話だろう? それに、怖いから行きたくないなんて言えば弱虫だなんだと野次られるんだ。売り言葉に買い言葉ってやつだな。とにかく、俺たちは大人たちに隠れてこっそりと地下牢に向かう階段を下りたんだ。
 とは言え、何しろ咄嗟の思いつきだった。ろくな用意なんか誰もしちゃいなかった。小さいランプをひとつふたつ用意して、あとは何も持たずに向かったんだ。階段は思っていたよりも急で、真っ暗で、幅も狭く、ひとりずつゆっくり下りていくのがやっとといったぐらいの場所だった。
 しかも、いざ下りようとなると、この家に住んでるのは俺だから俺が一番先になって行くべきだとかいう話になってな。……まあ、今思えば苦笑いのひとつも出てしまう話なんだが、その時の俺はまだ子どもだったし、何しろ女物の服だと本当に歩きにくくてな。――いや、結局は一番先頭になって階段を下りたんだが。
 下りていくにつれて空気も重く湿っていく感じがしたな。ホコリっぽいような、カビ臭いような……そんな独特の空気があって、とにかく寒くてな。俺が着せられていた服が薄かったっていうのも余計に影響したんだろうが、さすがにちょっと足も進みにくくてな。……それでもどうにか長い階段を下りきったんだ。

 そこでユエは一度小さな息を吐いた。
 緑茶を口に運び、過日の冷えた身体を温めるようにしながらゆっくりと数口喉を通していく。

 下りきったところで、俺は誰かに背中を押されたんだ。強めに押された勢いで、俺は突き飛ばされる格好で手近にあった牢の中に転げてしまったのさ。しかも転げている間に牢の戸も閉められた音がした。さすがに嫌がらせも程がある。俺はちょっと抗議してやろうと思って振り向いたんだ。
 しかし、牢の鉄格子の向こうに立っていた連中は、皆が皆強張った顔で俺や周りを見回して、それから誰かが何かを見つけたような騒ぎを起こしながら階段を上り逃げて行ったんだ。それこそ這うようにしながらな。
 残された俺は自力で牢を出る事にしたんだ。鍵はされていなかったはずだった。しかし牢の戸は何故かどうしても開かない。強く押しても蹴っても、何をしてもだ。どうしようもないから異能を使ってどうにかしようとも思ったさ。けれど牢には異能封じの細工がされているようだった。脱獄を防止するためのものだったんだろうな。――もう使われていないはずの古い地下牢だ。あらゆる機能も届いていないはずの場所なのに、どうしてだか知らないが、その細工だけが生きていたんだ。
 いずれにせよ、どうやら俺は自力で牢を出る事は出来ないようだ。
 そう理解してからは大人しく救助を待つ事にしたさ。……放棄されて久しい地下牢だ。叫んだところで声が外に届くはずもないんだからな。逃げて行った連中が大人を呼んでくれる事に期待する事にしたんだ。
 それに、牢の中に閉じ込められたのは俺だけじゃなかった。もうひとり子どもがいたんだ。もっとも、転げた拍子にランプも壊れてしまっていたし、顔もろくに見えなかったけどな。それに、ろくに会う事もない親戚だ。仮に見えたとしても誰なのかなんて事を理解できるはずもないんだが。とにかくその子どもと話をして過ごしたよ。何ていう事のない会話をね。

 再び言葉を切って息を吐き、ユエは静かに首をかしげた。
「後で聞いた話なんだが、俺はひとりで牢に閉じ込められていたらしいんだ。一緒にいたはずの子どもの事は誰も知らなかった」
 言って、ユエはわずかに口をつぐむ。それから再び庭に目をやって、静かに言葉を継げた。

 逃げていった子どもたちは、得体の知れない呪詛を吐く、全身傷だらけの男を見ていたらしい。その男は胸に大穴が開いていたらしいな。――つまり心臓がなかったという事になる。むろん、俺はそんな男は見ていない。俺はてっきり、周りの雰囲気に呑まれ、牢の戸が閉まった大きな音に驚き逃げたのだとばかり思っていたんだからな。だからそいつが何なのか、それは今だに分からんのだが。
 
 ……そうだな。あの地下牢には、あの時も、もしかすると今もまだ、色々なものが閉じ込められているのかもしれないな。心臓を奪われ、自由を奪われ。……そりゃあ、呪詛も吐きたくなるというものかもしれないな。

 独り言のようにそう落とし、ユエはそっと視線を落とす。そうして何事かを思案したような色を浮かべ、再び静かに和菓子の甘味を口に運んだ。


 

クリエイターコメントこのたびはソロシナ怪異語りへのご参加、まことにありがとうございました。

いただいたプレイングが怪談らしいものとしてまとめられていたので、場面の想像や設定もしやすく、とても書きやすく楽しく作業させていただきました。
ノベルの大半を一人称でまとめさせていただいたのですが、語調など、イメージにそぐわない点などございませんでしょうか。
文中の装束は中国の女性貴人がまとうものを簡易に描写させていただいております。お家というかお城の設定も考えたのですが、今作においてはその描写の委細は必要ないかなと思い、省略させていただいております。一応、中国の城郭と内城を想定し、文中での「敷地内」というのは内城の中のものとして設定させていただきました。

お届けがぎりぎりになってしまい、申し訳ありません。少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。
それでは、またのご縁、いつかどこかで。
公開日時2014-02-08(土) 22:30

 

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