クリエイター櫻井文規(wogu2578)
管理番号1156-25960 オファー日2013-11-23(土) 22:12

オファーPC 吉備 サクラ(cnxm1610)コンダクター 女 18歳 服飾デザイナー志望

<ノベル>

 カタリカタリと音をたて、ゆりかごのように静かに揺れる。
 目を開けた。四人掛けのコンパートメントシート。向かいの席に座るものはいない。
 ぼうやりとする瞼を数度瞬きさせてから、ゆっくりと視線を横へ移した。窓の外に流れていく数多の世界群。星の光にも見えるそれらはすべてがひとつひとつの世界なのだ。泡沫のように生まれては消えていく、途方もなく大きな、かけがえのないものであるはずの無二の生命。その灯の中には懸命に日々を生きるかけがえのないものたちが、目に見える数多の光の数よりも遥かに多く存在しているのだ。
 その、数多という表現でさえ追いつきそうにもない、途方もなく広大な永久を前にすると、そこに得体の知れないものの姿を薄く感じてしまう。得体の知れないものを思えば不安が胸をよぎり、目の前は怖れ大きく波を打つ。あらゆるものから逃れるように目を逸らし、サクラはもう一度目を伏せた。
 星の数よりも多い数の生命が存在している。どれも違う顔、姿、性格、名前。誰もがそれぞれに抱える記憶があり、想いがあり、感情がある。そんなことは当たり前の話だ。それなのに、そうであるものたちが数知れず存在しているのだと思えば心は途方に暮れる。
 カタリカタリと音が鳴る。閉じたままの瞼、耳先がその音ばかりを拾う。
 
 他人の考えていることを読む能力があればどれほどに便利だっただろうか。
 もちろん、他人の思考を覗き見てしまうという能力があればあったで、そこにはまたあらゆる難儀も付与されてしまうのだろう。けれど、それでも。
 例えば、あの時あんなことを言わなければ。逆に、あれを伝えていれば。言葉のひとつだけでも流れなんてものは大きく変化してしまう。それほどに言葉というものが持つ力は強くもあるのだ。
 けれど、サクラには他人の思考を読み取るような能力はない。壱番世界の、ごくありふれた家に生を享け、育った。ただそれだけの、変哲のないごくありふれた人間にすぎないのだ。もとよりそんな特別な能力を有したエスパーなどではなかったし、――少なくとも、そのための努力を重ねるようなこともしなかった。
 ――だからなの?
 心のどこかで別の自分が声をあげる。
 ――だから私は独りなの?
 世界にはこんなにも、こんなにもたくさんの人があふれているのに。どうして自分は誰の手も掴むことが出来ないのだろう。
 人がたくさんいる場所に行くと心は途方にくれてしまう。時にはうずくまり目を閉じて耳をふさいでしまいたくなるときもある。
 人の数が増えれば増えるほど、自分は孤独なのだと考えてしまう。心が絶望するのだ。なぜ自分は誰の手を掴むことも出来ず、孤独の中にうずくまることしか出来ないのだろうか。分からない。人の考えていることよりも何よりも、――自分が何を考え、望んでいるのか。
 分からない。それすらも。

 ふと目を開ける。列車の中にはサクラの他に誰の姿もない。車掌が姿を見せることもなく、アナウンスが流れることもない。聴こえるのはただカタリカタリと揺れる音、目に映るのは窓の外を流れていくディラックの海。
 もしかしたらこれは夢なのだろうか。ぼうやりと考えて、小さな息をひとつ吐いた。
 そういえば、自分はなぜこのシートに座っているのだろうか。これはロストレイル何号だった? ――どこへ向かおうとしていたのだっただろうか。
 まどろみの中から解かれたばかりの頭を抱え、しまいこんであるはずのチケットを探す。どこへ行くにも持ち歩いているコスプレ衣装。それをぱんぱんに詰めたカバンと、様々なことを記した手帳やスマホをいれた小さなカバン。そのどこかにしまってあるはずのチケットは、けれど、探しても探してもどこにも見当たらない。ひとしきり探しまわった後、サクラは再び、深々とした息を吐き出した。
 ――やはりこれはきっと夢なのだろう。
 夢だと認識しながらに見る夢というものもある。これがきっとそうなのだ。
 自分の他に誰も存在していない世界。心のどこかが安堵の息を吐いた。目を瞬き、ゆっくりと視線を手元へ落とす。
 誰の手を掴むことも出来ずにいる手。
 誰を幸せにすることも出来ず、――自分をすらも幸せへ導くことが出来ずにいる手。自嘲じみた笑みが浮かんで落ちた。ゆっくりとシートに身を沈めなおし、視線を窓の外へと放りやる。
 流れていく風景。余計な音のしない空間の中、繰り返す自分の呼気ばかりが薄く広がっていく。
 
 他人と交流が出来ないわけではない。他人との交流が恐ろしいわけではない。他者との交わりが好きでなければ、アルバイトなど出来るわけもない。親しくしている女性と共に温泉に浸かることが出来るわけもない。
 知り合いや他者と会い、顔を合わせれば、それなりに会話をすることも出来る。会話が弾めば自然と笑みがこぼれ、場が和むこともある。時には感謝の気持ちを伝え、逆に感謝の気持ちを述べられることもある。きっと誰も皆がそうして毎日を送っているのだ。他愛もない、何ということもない、変哲のない日々を。
 けれど、それでも。
 そうして楽しいひとときを送り、やがて再び誰もいない場に身を置いたとき。あるいは人に声をかけることにすらひどい躊躇を覚えてしまう自分が、まるで面識のない他人ばかりの中にひとり身を置かなければならなくなった場面で、果たして何を重ね過ごしていけばいいのか。
 声をかける機を見誤っているうちに、面識のなかったはずの他人たちは互いに気の合う相手を見つけて和を描いていることも珍しくはない。和の中に身を挟みこむだけの胆も気概も持ち合わせてなどいない。サクラはさらに独りを知ることになる。
 どうすれば他者との交わりを得、どうやれば他者の手を取ることが出来るのか。どうすれば他者の心を癒し、あるいは奮わせることが出来るのか。そんな事が何も浮かばないのだ。何一つとして浮かばない。――分からないのだ。
 それでも生きている限りは食事を摂り、睡眠を取らなくてはならない。日々の糧を得るためには対価を得なくてはならない。ナレッジキューブがなくなれば依頼を請けて稼がなくてはならないのだ。その摂理は覚醒前の世界でも覚醒後の世界でも、何ひとつとして変わらない。
 そう、何ひとつとして変わってなどいない。自分を取り囲む世界の有り様も、囲まれる自分自身も。今までもずっと分からないままだった。どうすれば自分の心に巣食い続ける孤独というものから抜け出す事が出来るのか。
 それでも、自らの命を自らの手で終わらせる事も出来ない。ならばどこまでも続いていく限り、生きて生きて生きて、生き続けていくことしか出来ないのだから。
 
 ぼうやりとしたままに視線を持ち上げる。カタリカタリと響く列車の音。窓の外には貼り付けたスクリーンが同じ映像を流し続けているかのような風景が流れる。流れていく数多の世界群を見るともなしに送り続けた。目を瞬き、開く。
 ――ふ、と
 視界を撫でて過ぎるように横切ったそれは世界群の光ではなく、例えば、そう、大きな翼を広げて飛ぶ鳥のようにも思えた。
 目を瞬き、窓に寄る。――ディラックの落とし子? それとも何か……。刹那、あらゆる事態が頭を巡った。けれど窓に寄り確かめたサクラの目がそれを捉える事はなく、世界はやはりサクラただひとりだけのものだった。
 それからもひとしきり窓の外を見てみたが、広がるのはディラックの海ばかり。ひらめく世界群の灯があるばかりで、用意された映像が連綿と流され続けているかのような静寂ばかりがあるだけだった。
 ゆるゆるとシートに戻る。
 刹那、見えたようにも思えたものの姿を思い出す。胸が高鳴り、やわらかな温もりを得ているような気さえした。
 息を吐き、目を閉じる。カタリカタリと音が鳴る。

 今見ているものが夢の中のものだという事は分かる。完全たる静寂の世界。サクラの他には誰ひとりとして存在しない場所。
 0世界には朝はない。朝という概念があるだけだ。セットした時計が概念を報せば目を開けて寝床を抜け出し、日々の糧を得るための重ねを始めなくてはならない。部屋のドアを開ければそこにはたくさんの人たちがあふれ返っているのだし、嫌でもその中に身を置きにいかなくてはならないのだ。
 
 誰もいない世界での孤独を思う。それから人で賑わう世界の中での孤独を考えた。――誰もいないのは寂しい。誰とも言葉も笑顔も交わす事がないままに永遠を送るのは、きっと喩えようもない孤独だろう。けれど、それでも。
 それでも、大勢の中にあってもただ独りきり、孤独に潰れ膝を抱えてうずくまるよりは、きっと。
 きっとよほど寂しくない。

 ゆっくりと目を開く。頭のどこかが薄く理解し始めている。もうすぐ夢が終わるのだ、と。
 このまま夢の中に身を置き続ける事が出来たなら、それはどれほどの幸福だろう。眠ったままひっそりと魂ばかりの旅に出るのだ。それはどれほどに幸せな事だろう。
 自分が壊れている事など理解している。心が壊れたままの自分に相応しいのは、やはり壊れた世界なのだろうか。自分を迎え入れてくれる世界はどういう場所なのだろう。そこでは少なくとも今よりは寂しくないだろうか。
 
 考えながら、薄くなっていく視界をもう一度窓の外へ向ける。世界群の灯がゆっくりと遠ざかっていくのが見えた。知らず、手を伸ばす。指先はしばしの間宙をかすめてばかりだったが、やがてふうわりとしたやわらかな熱に触れたような気がして、サクラは小さく首をかしげた。

 願う。
 遠く、遠く。どこまででも探しに行きたい。もう二度と寂しいと思う事がなくなるような、自分だけの新しい世界。陽だまりのようなぬくもり。心のどこかが、――魂のどこかがずっと渇望し続けている場所を。

クリエイターコメントこのたびはプラノベのオファーをいただきまして、まことにありがとうございました。お届けまで長くお時間いただいてしまいましたこと、初めにお詫びいたします。

ええと。
サクラ様が不遇な結末を迎えることは、わたしも認めるわけにはいかない点です。幸せになっていただきたいのです。
ですので、鬱々としているだけのものではなく、櫻井なりのアレンジを加えさせていただきました。
わたし、サクラ様のことも大好きなんですよ。

という告白はさておき。少しでもお気に召していただけましたら幸いです。

きっとまたどこかでご縁をいただけますこと、心よりお待ちしております。
公開日時2014-02-13(木) 21:30

 

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