クリエイター櫻井文規(wogu2578)
管理番号1156-27372 オファー日2014-01-31(金) 23:43

オファーPC 七夏(cdst7984)ツーリスト 女 23歳 手芸屋店長

<ノベル>

 ホームに残ったヒルガブが手を振っている。その姿が見えなくなるまで手を振り返した後、七夏は頬を紅潮させたままでシートに深々と腰を下ろす。
 単独で依頼を引き受けて現地に足を運ぶことなど、滅多にあるものではない。もしもうっかり現地で何か危険な事などあったら――。七夏と伴侶になったばかりの世界司書はそう言ってなかなかチケットを出そうとはしなかった。とは言え、向かう先はモフトピアだ。モフトピアなのだ。ふわふわとした綿菓子のような浮雲の上にある駅、その浮雲のすぐ近くに浮かぶ島の上にはぬいぐるみのように愛らしいくま型アニモフたちの集落がある。アニモフたちはロストレイルが姿を現すと揃って目を輝かせ、きっと何か楽しいことがあるに違いないという期待を胸に、わらわらと駅を取り囲み旅人を出迎えるのだ。
 殺伐としたことなど起こるはずもない、のんびりとした世界。ほとんどの旅人がまるで無防備といっても過言ではないほどの安息を得られる安らぎとモフモフに満ちた世界。
 ――それでも、心配を寄せられるのは決して迷惑なものでもない。
 思い出すとほんのりと暖かくなる胸を抱いて、七夏はひとり、モフトピアのホームに降り立った。当然のようにくま型アニモフたちが七夏の周りを取り囲む。

「きょうはどんなことがあるの?」
「どこにいくの?」
「あそんでくれる?」
 そんなことを口々に言いながら七夏の歩く先々にぴょこぴょこついてくるアニモフたち。気がつけばクマ型の他にもウサギ型やネコ型のアニモフたちもちらほらと交ざっていた。
 七夏はアニモフたちに笑いかけながら答える。
「そうね。探し物が済んだらね」
 言いながら間近にいたクマ型アニモフの頭を軽くひと撫で。撫でられたアニモフはくすぐったげに笑い、周りにいたアニモフたちは自分も撫でてくれと催促する。七夏もかれらをやさしく撫でてやりながら、話の続きを口にした。
「あのね、私、糸を探しに来たの」
「いと?」
 ウサギ型アニモフが首をかしげて長い耳を揺らす。七夏も合わせて首をかしげ、二本の触覚をぴょこりと動かした。
「持ち主以外に絶対に切ることの出来ない糸があるって聞いたの」
 ふわりと微笑みながら続けた七夏に、けれどアニモフたちは一斉にさわさわとざわめき始める。やがて奥に隠れていたネコ型アニモフがぴょっこりと顔を覗かせ、ヒゲを揺らした。
「ぼくしってるよ!」
 名乗り出たアニモフに、他のアニモフたちの視線は一度に寄せられる。ネコ型アニモフは恥ずかしそうに目をぱちぱちさせながら、それでも七夏に近寄って、おずおずとした手つきで七夏の服の裾を掴んだ。
「糸のある場所を知ってるの?」
 七夏はネコ型アニモフの頭を撫でながら聞いた。アニモフは七夏が頭を撫でてくれたのが嬉しかったのか、少し緊張したような顔をしていたのから一転、頬をぱああっと紅潮させて何度も大きくうなずく。
「あのね、”べにぐものゆめみおか”にあるってきいたことがあるの!」
「”べにぐものゆめみおか”?」
 聞き返す七夏の周り、クマ型アニモフやウサギ型アニモフたちがざわざわと騒ぎ始めた。
「でも”べにぐものゆめみおか”はすっごくこわいんだよ」
「すっごくくらいとこをとおるんだもん」
「すっごくおっきなおばけがでてくるんだって」
「おねえちゃん、やめようよ」
 そう口々に言いながら七夏の腕を引くアニモフたちを順に眺めつつ、七夏はふわりと笑ってかぶりを振った。
「でもね、私、その糸がどうしても欲しいのよ」
「あぶないよ」
「ぼくたちとあそぼうよ」
 そう言って七夏を引き止めようとしていたアニモフたちも、けれど七夏がもう一度静かに笑ってかぶりを振ると、少しの間だけしぃんと静かに口をつぐむ。それから、さっきのネコ型アニモフが思い切ったように――あるいは勇気を振り絞ったような、キリッとした顔をして、トテトテと七夏の前に走り出た。
「ぼく、ぼく、おねえちゃんをあんないする!」
 勇気あるその言葉に、周りのアニモフたちが驚きの声をあげる。けれどそれはネコ型アニモフを引き止めようとするものではなく。
「ずるーい! じゃあわたしもいっしょにいくー!」
「ぼくも! ぼくも!」
「おやつならもってきてるよ! ほら!」
 広げたアニモフの、柔らかそうな肉球の上で転がる色とりどりな紙で包まれたキャラメル。
「おねえちゃんもたべて!」
 得意げに目を輝かせるクマ型アニモフに、七夏はふわりとしたやわらかな笑みを浮かべて見せた。

 モフトピアのどこかに”所有者以外には絶対に切ることの出来ない糸”がある、という噂を耳にしたのは、つい最近のことだった。
 式こそまだ挙げてはいないものの、実質上、七夏は世界司書ヒルガブの妻となった。おかげで執務室を訪れるのもずいぶんと気楽にもなったし、ふたりで暮らす新居への荷運びも着々と進んでいる。
 ――幸福を絵に描いたような現状。
 けれど、だからこそ、七夏はそれまでは心の片隅でかすかに抱いていただけにすぎない願いの力を、強く意識するようにもなっていた。
 ロストメモリーは0世界を離れることはない。その伴侶となる道を選択した以上、七夏もまた帰属というものを果たすことなく、これからも長くロストナンバーとして0世界で生活していくことになるのだ。
 その、先行きの知れない長い歳月の向こうで、果たしてどんな事態が0世界を見舞うかもしれない。依頼の中で、これまで対峙したことのないような脅威と遭遇することだってあるだろう。そんな時、自分は自分が有する力を万全に揮うことが出来るだろうか。――違う、そうではない。
 万全たる状態で、少しでも他者や世界のために力を揮えるようにしておく必要がある。――そう考えたのだ。
 そうして、件の糸に関する噂を耳にした時、これはきっと転機になるのだろうと思いついた。強くなるために。自信を持てるようになりたいから。

「おねえちゃん」
 くいくいと袖を引かれて気がついた。
 ふわふわとした淡い彩りの綿菓子の上、あるいは眠りを誘う心地よさを持った風に波うつ草原の中。途中で小休止してはおやつを食べたりお昼寝を楽しむアニモフたちに翻弄されつつ、浮雲と浮雲の間にかかる虹の橋を渡って辿りついたのは、こんもりとした小さな丘の上にある、小さな洞窟にも似た穴だった。
「ここが”べにぐものゆめみおか”なの?」
 聞きながら振り向き、丘の上から望む草の海に頬をゆるめる。渡ってきた虹の橋は吹く風をうけてゆらゆらと色味を変えていた。
「そうだよ!」
「あのにじのはしにくもがかかるんだよ」
 言われ、なるほどと小さくうなずく。
 べにぐもというのは単純に雲のことなのだ。それが色味を変える虹が放つ彩りをうけて染まるのだろう。そうして、なるほど確かに。少しだけ小高くなった丘の上には一層心地よい風が吹いている。ふわふわのベッドにも似た草の上で横になれば、きっととても素晴らしいお昼寝が出来るに違いない。
「とてもいい場所だわ」
 目をすがめた七夏の袖が、またつんつんと小さく引かれる。
「このあなのおくに、きのねっこがあるの」
「樹の根っこ?」
 訊ねる。ネコ型アニモフは大きくうなずいた。それから丸いふわふわの手で洞窟の上を示す。そちらに目をやった七夏が見たのは、洞窟の上に伸びる一本の巨木だった。
「ぼく、ここでおひるねするの」
「気持ちいいもんね」
「うん」
 交わされるのはそんなやり取りばかりだが、七夏は理解した。
「それじゃあ、ちょっと行ってくるわね」
 言いながらアニモフたちの頭を撫でる。アニモフたちは嬉しそうに目を細めては、風に揺れるやわらかな草のベッドの上に転がっていった。

 洞窟はアニモフたち用サイズ――つまり七夏は膝を折って四つんばいになる格好で進まなくてはならない程度の大きさだった。奥行きもアニモフサイズ。ほんの数メートルほどの距離しかなく、照らす明かりの類は無くても入口から差し込む太陽光のおかげで視界をふさがれることも無く、事も無げに樹の根が伸びる場所にまで至ることが出来た。
 進んできた道に比べれば少しだけ広くなった空間。天井から伸びる樹の根からは豊かな大地の匂いがした。
 植物からも糸は取れる。表皮からは細胞壁として、内部からは維管束や皮層にある線維細胞として。それをよりあわせることで糸を成すのだ。
 豊かな大地に根ざす巨木の根ならば確かに強度も期待出来るのかもしれない。
 試しに少しだけ根を切って確かめた。――けれど表皮も維管束も線維も、手の中でもろくも壊れてしまった。
 砕けてしまった樹の根を手の中でしばらく検め続け、やがて七夏は触覚をぴょこんと躍らせる。それから唇を結び、真摯な表情を浮かべて樹の根に祈った。
 きっと良い糸を編みあげて、きっときっと良い使い方をする。
 誰に向けたものでもない誓いを捧げた後に、七夏は再び、さっきよりも思い切って樹の根を切った。
 大地と太陽の匂いが辺りいっぱいに広がった。

 洞窟を出てみれば、アニモフたちは揃ってお昼寝中だった。アニモフたちはこの場所を”怖い場所だ”と言っていた。考えて、七夏は小さく笑う。――確かにアニモフたちからすれば、薄暗く狭い洞窟の中に入るのは相当な恐怖に相当するのだろう。その中で手をつなぎ怖々進むアニモフたちを思えば、可愛らしさに自然と頬がゆるんだ。
 寝息を立て、ぽっこりとしたお腹をゆっくり上下させながらお昼寝しているアニモフたちを、しばらく微笑ましく見つめる。それから手にしている樹の根を検め、考えた。
 ここから糸を作り出していく工程は、たぶん簡単なことではないだろう。もしかすると今回手に出来た分を無駄にしてしまうかもしれない。かと言って、そう何度も採るわけにもいかないものだ。大切に大切に、祈るようにしながら作り出していく必要があるのだろう。
 そんなことを考えながら、七夏は間近で眠るネコ型アニモフの頭を静かに撫でた。アニモフはくすぐったそうに笑って寝返りを打ち、そのまま再び穏やかな眠りの中に戻っていった。

 それから目を覚ましたアニモフたちから洞窟探検についての話をねだられたりもしたが、七夏は無事に夫との約束を果たし、ケガのひとつも負うことなく0世界への帰路についた。
 大切に大切により合わせ紡いでいる間、糸は太陽と大地の匂いを漂わせ続けていた。その、暖かささえ感じられる樹の根の細い線維をより合わせ少しずつ強度の強いものへと変じさせる。その間にもひたすら静かに祈りを続けた。
 この糸が自分の力となるように。大切なものを守るための自信となりますように。風吹くあの丘のやわらかな草の上で、穏やかな安寧を過ごすアニモフたちのように。――願わくは、これからも続いていく世界が永遠に平穏たる流れの中に在り続いていけるように。どこまでも遠く伸びていく糸のようになだらかに。
 
 七夏が作りあげた糸は太陽と大地の香りをまとい、その糸に捉われたものの大半は強い睡魔に見舞われて抗う力を放棄するのだ。そうして七夏が視認出来る範囲内であれば糸の強度はほとんど揺らぐこともなく、捉えた対象をほぼ確実に押さえつけることも可能だった。けれどもその反面、糸の所有者である七夏の精神が激しく揺らげば、糸の強度は見る間に弱いものへ変じていくという効果も持ち合わせていたのだが。
 いずれにせよ、ワンダリングボイスと名付けられたその糸は、今日も、七夏の願いをのせて安らぎの未来へと伸びていく。
 
 
 

クリエイターコメントこのたびはオファー、まことにありがとうございましたー!お待たせいたしました。
仰るとおり、櫻井はここまでモフトピアには一度も触れることなく活動してまいりました。最後の最後に機会を与えていただきましたこと、感謝いたします。
本当はもう少し、こう、メルヘンとかぽわぽわした空気を表現したかったのですが。ぐぬぬ。
お気に召していただけましたら幸いなのですが。

糸に関する設定は軽く組ませていただきました。名称はワーズワースの詩から拝借しております。

残すところはエピシナですね。がっつりハッピーエンドでまいりましょうー!
公開日時2014-03-02(日) 21:50

 

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