クリエイター櫻井文規(wogu2578)
管理番号1156-27273 オファー日2014-01-27(月) 23:03

オファーPC 樹菓(cwcw2489)ツーリスト 女 16歳 冥府三等書記官→冥府一等書記官補
ゲストPC1 金町 洋(csvy9267) コンダクター 女 22歳 覚醒時:大学院生→現在:嫁・調査船員

<ノベル>

「壱番世界のお寺で、地獄絵図の開帳があるんです。あたし、一度は見てみたいなって思ってるんだけど、なかなか行く機会もなくって」
 0世界の一郭、小さなカフェでお茶の席を共にしながら、洋が思い出したようにそう告げた。
 向かい合い座るのは樹菓だった。壱番世界の出自である洋が言う”地獄”とは異なる場所ではあるのだろうが、樹菓は冥界の出自である。壱番世界で伝播されている死後の世界というものが如何なる様相を呈した場所であるのか、心惹かれるのは当然の理であるのかもしれない。
「私も見てみたいです」
 紅茶のカップを受け皿に戻し、樹菓も洋の提言に賛同した。
 そうして手配してもらったフリーチケットを使って訪れたのは、壱番世界のとある地方、小さな山村の中にある古い寺で行われている祭事だった。

 0世界における地獄とは、宗教ごと個々に存在している。ふたりが訪れたのは仏門におけるそれであり、すなわち天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道と在する六道の内の最下層にあたるものに関するものとなっていた。
 人は心に迷いある限り六道の内を輪廻し続けるものだ。観音菩薩の導きによる救済により円環よりの解脱を迎える事が出来るという旨の信仰もあるが、解脱を迎えるに至るものは極僅かな数でしかない。大半のものは六道の環を脱する事の出来ぬままに輪廻を続けるより他にないのだ。
 
 気持ちばかりの栄えを見せる小さな町、そこから発着しているバスに乗って賑わいを外れる。わずかばかり行けばすぐに田畑の広がる山の裾野が広がった。目指す古寺はバス停を降りてからあぜ道にも似た道を数十分ほど歩き進まなくてはならない。
 0世界では季節の移ろいは存在しないが、壱番世界の日本では盆を迎える時節だ。田が並ぶのを右手に、わずかに見下ろす位置にある丘の道。左手には桜の木が並び、アブラゼミの声が文字通りの時雨となって降り注ぐ。
 祭りを兼ねた絵図披露という事もあってか、目指す方向を同じくしている人影も多く目についた。浴衣を身につけた人影もいる。金魚を入れた小さなビニール袋を手に、ふたりが進んできた方に走っていく子どもの姿もあった。
「あ、見てください、大きな雲!」
 空を指さす樹菓の小柄な体を包むのは、紫紺色の生地に桔梗を咲かせた柄の浴衣。腰まであるオレンジ色の髪はアップに結い上げられ、小花を模した髪飾りでまとめられている。
「入道雲ですね。ああいうのを見ると、夏だなあって思うんだぁ」
 樹菓が示した指の先をまぶしげに見つめながら、洋は日差しから目許をかばうようにして片手をかざす。洋は黒地に手毬と小花を咲かせた柄の浴衣を身につけていた。両腕で大事そうに抱えているのはドングリフォームのセクタン、豆助だった。豆助はふたりがしばし足を止めて夏の空に目をやっているのを、どこか不思議そうに見比べている。
 元々壱番世界の出自である洋とは違い、樹菓の目からすれば壱番世界の風景というものはどれも少なからずの興味を惹かれるものなのだ。浴衣を着ようと提案したのも洋だったが、嬉しそうはしゃぐ樹菓を見て、誘ったのは大正解だったと強く確信した。
 そうしてほどなく目指す古寺の山門が見えた。
 山門の前で足を止め、そろそろと伽藍を覗き込む樹菓の横で、洋もまた同じように足を止める。
「どうしたの?」
 中に入ろうと促す洋を仰ぎ見て、樹菓は静かに目をしばたいた。
「この門は境界ではないのですか?」
「境界?」
 今度は洋が目をしばたかせる。
 けれど樹菓はそれきり口をつぐみ、わずかの間山門とその奥に広がる伽藍を見つめていたが、やがて意を決めたようにうなずいて洋の袖を軽く引いた。
「行きましょう」
 そう言って笑った樹菓に、洋も数拍の間を置いた後に笑みを返す。
「うん」
 
 山門をくぐる。その瞬間、ふと空気が変わったように感じられて、洋は思わず背筋を伸ばした。隣を歩く樹菓を見る。樹菓は伽藍を珍しそうに眺めていたが、洋の視線に気がつくとすぐに洋を見てふわりと笑った。それから小さくうなずいて、伽藍の一郭にある本堂に目を向ける。
「あそこに御本尊が奉られているのでしょうか」
「行ってみる?」
「はい!」
 洋の言に迷う事なく応えを返す。
 敷地は決して広くはない。ゆえに出店は山門の外に並んでいた。山門から内は祭事の気配も遠くなり、空気は静まり粛然としたものとなった。山門の外では時雨のようだったセミの声もどこか遠いものとなっている。澄み渡る空は清々しいほどの水色をたたえていた。
 本尊を奉る本堂を詣でた後、絵図の公開をしているらしい講堂に足を向ける。数段ほどの階段の上、開かれた木戸。六畳分ほどの広さしかない堂ではあるが、それでもちらほらと人影が出入りしているのが見えた。
 下駄を脱いで、敷かれた木板の上に素足をのせる。夏の暑気を忘れるような冷涼感が足裏を通じて全身を包んだ。
 ふたりが堂の中に入るのと入れ違いに、母子連れと思しき人影が堂を後にしていった。稚い子どもはわずかに涙を滲ませて、母親はそれをやわらかくなだめている。
「地獄絵図って子どもには怖いらしいもんね」
 洋が呟く。樹菓は心配げに子ども背を送ったが、洋の言葉を耳にするとゆっくり向き直って深々とうなずいた。それから互いの顔を見合って笑みを交わすと、陽光が薄く射しいる堂の中に足を進めた。

 壁がけの絵図は全部で十一枚。ガラスケースの中に収められるわけでもなく、一見するとひどく無防備に飾られているようにも見える。
 ふたりは並び、厭離穢土と名称されている絵図を前にした。
 右に秤、左に浄瑠璃鏡を置いた閻魔大王がいる。亡者は鏡に映る生前の行いを見させられ、重ねてきた罪があればその裁決を受けるのだ。これより亡者は第一から第八まで分かたれた数ある地獄に落とされ、そこで尽きぬ責苦を負う事となる。
「これが第一等活地獄、極苦処と不喜処、それに屎泥処と瓮熱処。殺生を犯したものが落ちるのが、この地獄になります」
 ふと声をかけてきたのは袈裟をまとった初老の男だった。ふたりが男に目をやると、男は穏やかな笑みを浮かべて小さく礼をする。つられて礼を返したふたりに、男は絵図に関する説明を続けた。
「うちにあるのは八大地獄の絵図だけですが、他にも八寒地獄と称される地獄もありますし、十六遊増地獄と称されるものもあるんですよ」
 穏やかな声音のまま、男は言う。樹菓は男の話に深い感心を示し熱心に聞き入っていた。
「現世に生まれおちたものの内、一切の罪を犯さず浄瑠璃鏡の前に膝をつく事が出来るものが、果たしてどれほどいるのでしょう。世の汚れをろくに知る事もなく不幸にも死した子どもにさえ、酷い罰が科せられるのですから」
 言いながら、男は視線を絵図へ戻す。つられて視線を移した樹菓と洋の目に、あらゆる罪苦を責めたてられ救済のときを待つ衆生の絵姿が映った。
 人はいつ尽きるとも知れぬ歳月、輪廻の環の中に身を置き続けなくてはならない。それが如何なる理由の許に生じたものであっても、裁かれねばならない罪は存在する。業苦の中で思うのが己の犯した罪への悔恨であるのか、あるいは父や母や愛するものの名であるのか――そればかりは、もしかすると地獄の極卒であっても知り得ぬものなのかもしれないが。
 そうしてやがて歳月を経れば生前の記憶は消去され、亡者は再び現世へと生まれ変わるのだ。
 終わりの見えぬ円環。その中にあり続けるより他にないものたちは、いつ延べられるとも知れない救済を魂の底で待ちながら、それでも再び罪苦を重ねる。
 
 男の話に耳を寄せながら絵図を眺め、講堂を後にしたのはゆうに一時間ほどを経た後の事だった。
 外国のお嬢さんに興味を持ってもらって嬉しいですよと笑う男に丁寧な礼を残し、ふたりは再び伽藍の中に足を踏み出す。
 陽はわずかに傾いでいた。大きく膨らんでいた雲は散り散りになり、端のほうがぼうやりとした朱に染まりつつある。セミの声はやはり遠く、人の賑わう気配もやはり山門の向こうだけで響いていた。
「樹菓さんのところも、ああいう感じのところなの?」
 洋が問う。
 樹菓はしばし考えた後、わずかに首をかしげた。
「そうですね……絵図での確認だと少し難しいですけど……。もしかすると似たところもあるかもしれません」
 地獄を象徴するのは黒だと男は語っていた。
 餓鬼は赤、畜生は黄で修羅が青。それらすべてをない交ぜにしたのが地獄の黒なのだ、と。故であるのか、絵図に使われていた色もそうしたものが多かったように印象づいている。獄卒による責苦はどれも見るからに惨たらしいものばかりだった。己の死後に控えているのが絵図の中にあるものなのだと知らされるのは、なるほど喩えようもない恐怖ばかりを呼び起こすだろう。
 思案し、顔を上げる。
「でも、私のところは」
 少なからずの救いは用意された場所だったはずだ。そんなことを考えながら洋を見る。そうして、開きかけた口を思わず閉じた。
 洋はやわらかな笑みを浮かべながら樹菓を見ている。――けれどその目は樹菓を捉えていない。どこか違うところをぼんやりと眺めているようだった。
 
 生命は輪廻という円環に捉われ、いつ終わるとも知れない死と転生を繰り返し続けるものだ。――けれどロストナンバーとして覚醒を果たしてしまったものは、その円環の理から強制的に弾き出されてしまうことになるのだ。むろん、死が無いわけではない。冒険の中で死を迎えるものも少なからず存在している。
 けれど、基本的には、齢を重ねる事もなく、故に死というものからも必定遠い位置に立つ事にもなるのだ。不死を約束されたわけではない。しかし帰属という決着を迎えない限りは、円環の外にあり続ける事になるのも事実だ。
 ――不安がないわけではない。
 再帰属への道を見つけない限り、壱番世界に生きるものたちと理から放り出された洋との間に流れる時間は、決定的なほどの違いをもってしまうのだ。洋を知るものは齢を重ね、過ごす歳月の中で洋に関する記憶を無くし、そうしてやがては死を迎えてしまう。そうして、洋は老いる事もなく、容赦なく過ぎていく歳月を見送るより他にない。

「チヒロさん? 大丈夫ですか?」
 樹菓の声が耳に触れる。
「えっ」
 ふと我に戻った洋は、自分を覗き込む心配げな樹菓の顔を検めて目をしばたいた。
「だ、大丈夫! ごめん、ちょっとボーっとしちゃった」
「考え事ですか?」
 間を置かずに樹菓が問う。洋は刹那驚き目を見開いて、けれどすぐに笑ってうなずいた。
「……うん」
「そうですか」
 返された応えにうなずいて、樹菓はふわりと離れていく。それ以上を問う事もない。洋もまた、樹菓のやわらかな笑みに心を和ませ、そのまま視線を空へと向けた。

 空を仰ぎ見た洋の視線を追うようにして、樹菓もまたゆっくりと上を見る。
 遠く、手を伸ばしても届くことのない青空が広がっていた。あくびをするようにゆるやかに、川の水面に立つ細い波のような雲が流れている。眺めながら、樹菓もまたぼんやりと思う。
 樹菓はそもそも洋とは異なるものだ。最下級に近い位置にあるとは言え、一応は神という号を得た身なのだ。まして樹菓は亡者の罪を裁く側にあるものだ。本来であれば洋とは過ごす世界も時間も逸した身。
 それでも、その不安が理解出来ないわけではない。
 絵図を見て不安にかられ泣き出す子どもの気持ちも理解出来る。死というものへの恐怖。自分が消滅してしまうのではないかという恐怖。
 ロストナンバーとして覚醒した今は、壱番世界の存続に関する不安も存在している事を知った。いずれ壱番世界はチャイ=ブレによって消滅してしまうかもしれないのだ。
 自分の出自場所が消失の定めにあるのを知って、それを何の感情もなく素直に受け入れる事ができるものがどれほどいるだろうか。――もしも仮に、いつか樹菓自身にも消失という終着が訪れたなら。どこに帰着する事も出来ず、ある日煙のようにふわりと消えてしまう時が来たならば。
 消失という結着のありようを浮かべてみる。背筋がぞわりと粟立つのを感じた。
「チヒロさん」
「はい」
「……私、チヒロさんの世界が、……この壱番世界が消滅の未来から抜け出す事が出来るって、信じてます」
 洋の目をまっすぐに見据えての言葉。洋はわずかに驚いた顔をしてから、ふにゃりと笑みを浮かべて首肯する。
「うん。あたしもそう信じてる。それに、樹菓さんの世界はきっと見つかるって信じてるよ」
 そう言って笑う洋に、樹菓の顔も破顔する。向き合い、笑いあう。玉砂利の上を涼やかな風が撫でていった。

「おや、お嬢さん方」
 笑いあうふたりの声にまぎれ、男の声が挟みこまれる。講堂にいた男だった。
「まだいらしたんですね」
 そう言って頬をゆるめ目を細くした男に、ふたりは揃って腰を折る。見れば講堂の引き戸は閉められていた。
「今日の絵図公開は終わりですか?」
 洋が問う。男は笑んでうなずいた。
「今どき、地獄絵図など好んで観に来てくださる方はあまりいませんので」
「そうなんですか」
 首をかしげた洋の横で、樹菓は「残念です」と呟く。男はそれに笑みを深くした。
「外国から見えたお客さんがそう言ってくださるのは嬉しい話です」
 言って男はくすぐったそうに笑う。そうして思いついたような顔を浮かべ、言葉を継げた。
「そうだ、お時間がありましたら、もう一枚、特別にお見せいたしましょうか?」
「え!? もう一枚?」
「地獄絵図ですか?」
 樹菓と洋の声が重なる。男はわずかにかぶりを振った。
「いえ、いわゆる幽霊画というものです」
「幽霊画」
 洋が男の言葉を反芻する。樹菓は小さく首をかしげた。
「地獄絵図を寄贈くださった方が、一緒にと寄贈くださったものなのですが」

 いわく、当初はそれも絵図と共に公開していたのだという。

「毎年、このお盆の時期に合わせて公開していたんですけどね」
 言いながら、閉じた講堂の木戸を再び開けた。薄くホコリの匂いがする。
「目が動いてこっちを見ただの、絵の中で動いただのという話が続きましてね。……もちろんお祓いも済ませてはいますし、出自元も特別いわくありというわけではないのですが」
 そうして男は講堂の奥にある戸に手をかけた。
「ご覧になりますか?」
 確認するような男の声。
 ふたりが小さくうなずいたのを確認すると、男は静かに戸を開けた。

 そこに飾られていた一枚の掛け軸。そこには白い着物を身につけた女が描かれていた。
 足を縛られた状態で一軒の店の前で逆さ立ちをする女。その脇には赤ん坊が座っている。
 女の顔は軒先に向いているが、目は確かにこちらを見ていた。落ち窪み骸骨のようになった眼孔が、何かもの言いたげにこちらを見ているのだ。
 
「お産の途中で死んだ女が、墓の中で赤ん坊を産み落とし、子を育てるためにと毎夜こうして飴屋を訪れる、という内容の怪談がありまして。それを描いたものだとされています」
 男は説明する。
 洋と樹菓は、何とはなしに幽霊画からは幾分かの距離をとった場所で、女の顔を見つめていた。
 子を育てたいという女の念。それは呪いなどという暗いものではない。恐らくは怖れるようなものでもないはずだ。――けれども、男が戸を開けた瞬間から、空気がわずかに冷えたものに変わったような気がするのだ。
 遠く、どこかで、赤ん坊が泣いているような声がした。

 改めて男に礼を述べた後、ふたりは伽藍を後にした。
 山門を出た瞬間、空気は夏の暑気を取り戻し、セミの声は再び時雨のように降り注ぐ。
 出店に並ぶ人影が賑わい、面をかぶった子どもたちが駆けていった。

 樹菓は小さく目をしばたいて、それから洋を見た。洋もまた狐につままれたような顔で樹菓を眺めている。ふたりはどちらからともなく肩ごしに振り向き、たった今後にしたばかりの山門の奥に目をやった。
 男がそこに立っていた。
 男と目が合う。――瞬間、セミの声がひたりと止んだ。
 けれど男は笑みをたたえたまま、もの言いたげにまっすぐにふたりの顔を見つめているばかり。

クリエイターコメントこのたびはプラノベオファー、まことにありがとうございました!!
幾度か企画で打診いただいていた内容のものですが、しょうじきこの内容であればプラノベ向きではあったかなと思います。い、いえ、最後の打診をいただいたときはお請けしようと思っていたのです。ですがちょうどパソコンが壊れてしまいまして(泣き崩れ)。
いずれにせよ、お届けすることが出来ましたこと、光栄に思います。

どんな感じにまとめようかと思いましたが、こんな感じにしてみました。地獄の沙汰も君次第というやつでございましょうか。
楽しく書かせていただきましたー!ありがとうございます!
少しでもお気に召していただけましたら幸いです。

それでは、またいずれどこかでご縁などいただけますことを願いつつ。
よい旅を!
公開日時2014-03-16(日) 11:40

 

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