「おおっ!? 憂とヘルじゃんか。いらっしゃいませー! クリスタル・パレスにようこそ今日のご指名は誰になさいますかおれですかおれですねわっかりましたこちらの席にどうぞー!」 黒嶋憂とヘルウェンディ・ブルックリンは、カフェを訪れるなり、有無を言わさず窓際の席に案内された。 グランドメニューを渡され、憂はしばらくためらっていたが、やがて、意を決して口を開く。 今日、彼女が、友人のヘルウェンディをともなってここに来たのには、理由があったのだ。「あの、シオンさま」「んー? 何かなー? 憂はやさしげでおっとりしてて、ちょっとシャイなところが可愛いよなー」「お願いがあります」「よっしゃあキタあーー! デートのお誘いだな。もちろんOKだとも!」「あのねシオン」「なんだなんだヘル、おまえまで! わかった、彼氏はいるけどやっぱりおれのことも気になるとか、そーゆーことだなこの小悪魔め。いいとも前向きに検討しようじゃないか」「シオン……」「冗談ですすみませんごめんなさい言ってみたかっただけなんですヘルさんが身持ちの堅い娘さんだってことはよくわかってますちょっとイイ夢見たかっただけなんですごめんなさい」 ヘルウェンディの背から乙女の怒りオーラが立ち昇るのを見て、シオンは慌てて謝る。謝りながら話を逸らした。「そういや、おまえたち、仲良しだったんだな」「はい……」 憂がそっと、胸の上で手を合わせた。「以前から、ラファエルさまが、日々のご苦労に加えて、出身世界でのことでもさまざまな問題に直面なさってらっしゃるのを知って……、けれど、今まであまりお話する機会もなく、お声がけするのも不躾ではないかと思い悩んでいましたところ、ヘルさまが相談に乗ってくださって、それがきっかけで親しくさせていただいてます」「はーあ。なるほどなー」 シオンは大げさにため息をついた。「店長ねぇ。そんな予感はしてたんだ」「お願いです、シオンさま」 憂は、ひた、と、シオンを見つめた。「せめてラファエルさまに、胃の痛まない休日を過ごしていただきたいんです。一日だけでいいんです、何とぞ、予定の調整を……!」「3人でお出かけしたいとか、そういうことかな? 店長が休むくらい、おれがカバーすればどってことないけど」「穴埋めにはならないかもしれませんが、後日改めてお店のお手伝いをいたします。どうか、どうか何とぞ……!」「くーっ、いじらしいなぁ。しゃあない、憂に免じて何とかすっか――店長の今月のシフト、どうなってたかな」 シフト表を確認しながら、シオンはぼそりと言う。「とりあえず今日は休みだけど、ひとりで出かけちゃったみたいだしなー。お気に入りの美女に逢いに。ひとめぼれなんだってさ」「……え?」「ええっ!?」 晴天の霹靂に、憂とヘルは息を呑む。「……ラファエルさまがひとめぼれって、いったいどんな女性……」「ローラ・モンテスって言って、すげぇ美人の未亡人だよ。もと旅団員で、子どもが3人いるんだって。今はターミナルで、定食屋兼居酒屋の『うさぎ小屋』って店をやってる」「そんな……」「彼女といると癒されるしリラックスできるし胃も痛くならないって、そらもう、たいへんな惚れ込みようで。でも気持ちはわかるなー。いい女だもんな、ローラ姉さん」「そのお店、どこにあるんですか!?」「画廊街だよ。ウチの寮の近く。……だからさぁ、憂も、あんなおっさん構ってないでおれと……あれ?」 シオンの話が終わらぬうちに、ふたりはカフェを飛び出した。 * *『うさぎ小屋』は、すぐに見つかった。 カウンター前に数席の椅子が置いてあるだけの、小さな店だ。 窓からそっと、中の様子を伺う。 客はたったひとり、ラファエルだけのようだ。カーテンが目隠しをし、カウンター内にいるローラ女将のすがたは見えない。 ただ、非常に親密そうな会話は、漏れ聞こえてきた。「……あんたも物好きだねぇ。今だけの、かりそめの関係なんだろうに?」「それでは、いけませんか?」「あたしの身体だけが、目当てなのかい?」「……そう仰られますと、返す言葉もありませんが」「あ……」 憂は涙をいっぱいにため、うつむいた。 思わずヘルは身構える。そして、「ちょっとラファエルーー! なにウチの父親みたいなことしてんのよーーー!!」 ばばーーん、と、ドアを蹴り開けた。 そしてふたりは、「ラファエルが惚れ込んでいる女性」の正体を知る。「あらぁ。元気のいいお嬢ちゃんと、おとなしげなお嬢ちゃん。いらっしゃい」 カウンター奥で出迎えたのは、身長160㎝ほどの巨大なうさぎだだった。 美しい純白の毛並みに、目尻の部分にだけ朱が入った、仇で粋な佇まいである。 さらに。「わーい、お客さんだー!」「いらっしゃいませぇー」「ませぇー!」 白・黒・オレンジの可愛らしい仔うさぎが3匹、ぴょんぴょこやってきた。「『らぁ』でーす。ボケたんとうです」「『りぃ』でーす。ツッコミたんとうです」「『るぅ』でーす。いるだけでーす」 唖然とするふたりに、ラファエルは苦笑する。 「おや、憂さま。意外なところでお会いしますね。ヘルさまも、お父様譲りの良い蹴りっぷりですが、お手柔らかにお願いしますよ。年ごろのお嬢さんなのですから」「一緒にしないで頂戴。ドアを壊さない程度には調整したわ」「申し訳ございません。憂は、誤解してしまいました」「……誤解?」 ひたすら恐縮する憂に、ローラは、ふふ、と、笑った。「かわいらしいねぇ。良かったらお嬢ちゃんたちも、このフクロウさんと一緒に、あたしのチェンバーで月見をしていくといいよ。ねぇ、ラファエル?」「そうですね、ローラさんのご了解がいただけるようであれば、是非」 ――少なくとも、ここにいる間は、胃が痛まないと思いますので。 =========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>黒嶋 憂(cdfz2799)ヘルウェンディ・ブルックリン(cxsh5984)ラファエル・フロイト(cytm2870)=========
Relax1■花 白露を こぼさぬ萩の うねりかな ――松尾芭蕉 草原が広がっている。 その中央に立つ巨樹の周囲には、小さな蝶のかたちの紫紅の草花と、ふわりとした箒のような花が群生していた。 《月見のチェンバー》に、ヘルウェンディとともに案内された憂は、珍しそうに、しみじみとその草花を見る。 「ラファエルさま。ローラさま。この花は何というのでしょう?」 「とても満月に映えますね。たしかに正式名称が気になります。壱番世界でいうところの、萩とススキに似ていますが」 「まさしくその『萩』と『ススキ』だよ。壱番世界と同じものを植えてみたんでねぇ」 「ローラさんは風流でいらっしゃる。……おみ足を草に奪われませぬよう、お手を」 ふわふわの毛並みに下草が絡まり、若干、歩きにくそうなローラに、ラファエルは手を差し伸べた。 「ありがとう。でも大丈夫だよ。あたしのチェンバーなんだから、そう簡単に転んだりしないさね」 「ですが、万一、その美しい毛並みがごくわずかでも損なわれたりしたら」 「あはは、あたしをおだてても何も出ないよ」 (これはっ……!) ラファエルとローラが手に手を取って至近距離で親しげに話している様子に、ヘルは危機感を覚えた。 この店長は老若男女種族属性問わず、一定の礼節と穏やかさで接することをヘルは知っている。けれど彼は、女性相手には非常に気を使って、慎重に距離を置いているような気もしていた。 それがどうだろう、この打ち解けようは。こんなにくつろいだ表情のラファエルを見たことがない。 ……いや。 あるには、ある。飲み友達である自分の父親が自宅に誘って夜通し飲み明かして、そのままふたりして眠りこけたときなどがそれだ。ヘルはため息をつきながら、ろくでなしの男どもに毛布を掛けてやった。 それと同じように、ローラには気を許しているのだとしたら。 (恋愛の先輩として憂を応援しなきゃ!) ラファエルさまに話しかけたいのだけれども、なかなか機会がなくて、と、憂から相談されたのは先日のことだ。言われるまでもなく、憂がラファエルを好いているらしいことは、ヘルから見てもまるわかりだった。とにかく、第一歩を踏み出さないと始まらないわよ、と、ヘルはアドバイスをしたのだが。 (憂はシャイだから、自分からはなかなか言い出せないと思うのよね) 憂の様子を、そっと伺う。 こういうときは、わざと足を滑らすなどして、ラファエルに支えてもらったりすれば何かのきっかけになると思うのに、しかし憂は、そんなことを考えもしないようだ。 ただただ、萩とススキが月光を受けて輝く光景に目を細めている。 (憂。積極的に話しかけなきゃダメよ。このままだとお月見するだけで終わっちゃうわよ) (あ、はい) 言われて憂は、ラファエルだけでなく、全員に話しかける。 「ヘルさま、ラファエルさま、ローラさま。先ほど誤解したとき、憂はすごくしょんぼりとしてしまったのです。 なぜなのでしょう……?」 「……!」 ヘルは思わず、自分が足を滑らせた。あらあら、と、ローラが支える。 「なぜなのでしょうって、あのね、憂」 ラファエルは困惑気味に詫びた。 「申し訳ありません、憂さま。どうやら若いお嬢さんに破廉恥なありさまをお見せしてしまったようで」 「……ラファエル」 ヘルはローラにしがみついたまま言う。 「あなたもあなたよ。鈍感なの? それともわざとなの?」 ラファエルはますます困惑し、おそるおそるローラに問うた。 「すみませんがローラさん。ヘルさんは何をお怒りなのでしょうか?」 ローラはヘルを見、憂を見、何となく事情を察したうえで、くすくす笑う。 「あんたがあたしを弄んでるって思ったんじゃないかねぇ?」 「なるほど」 大真面目にラファエルは頷いた。 「しかし私は今、どんな素敵な女性を前にしようとも正式に求婚できるような立場ではなく、将来の約束を前提としてローラさんに交際を申し込むのはかえって不誠実のような」 「ちーがーうー!」 ヘルの絶叫が草原に響く。 萩とススキが、わかっているよと言いたげに、風に揺れた。 Relax2■鳥 誤解が誤解を呼んだままの状態ではあるが、とりあえず三人は巨樹の下に腰を降ろした。 周りを仔うさぎたちがぴょんぴょん跳ねている。 少し話題を変えようと、ヘルは口を開く。 「ねえラファエル」 「はい?」 「貴方は故郷に帰るの?」 「ひとことでは答えにくいことをお聞きになりますね、あなたも、お父さんも」 「知りたいの」 そうですねぇ、と、ラファエルは月を見上げる。 「そのつもりではあっても、私もシオンもまだ問題が山積みでして。私の意思だけではどうしようもない要素も多くありますのでね」 「……もし、ふたりが帰ることが決まったら……」 ヘルの声がくぐもる。 「お店はどうするの? 社員寮は?」 「クリスタル・パレスについては、ジークフリートが引き継いでくれると思います。アルバトロス館とストレリチア館の管理は今までどおり無名の司書さんがしてくださるでしょう」 「そう」 ヘルを励ますように、ラファエルはことばを重ねる。 「これからも、たくさんの有翼のロストナンバーが新しく入店して皆様をお迎えすると思いますよ。私やシオンがいなくなったことなど忘れてしまうくらいに、にぎやかに。……ヘルさん?」 「貴方がいなくなったら淋しい」 「ヘルさん」 「でもそれが一番いいのかも。帰れる場所があって待っててくれるひとがいるなら」 私もシルフィーラに会いたかった、と、ヘルは微笑んだ。 「沢山話してみたかったな。お互いの父親の事とか恋愛相談とか」 「会う機会はこれからもあると思います……、しかしですね」 「なにその不安そうな顔」 「勝ち気なあなたがたのことですからさぞ話は合うでしょうけれど。娘たちにどんな言われようをするかと思うと、胃薬片手に今すぐお父さんと飲みに行きたい気持ちになります」 「しっつれいね!」 まるで年の離れた兄妹のように、ざっくばらんなやりとりをしているヘルとラファエルを、憂はまぶしげに見る。 (楽しそう……) ぽっふん、と、その頭に、ローラの手が乗った。 「……ローラさま」 「焦っちゃだめだよ」 「はい……。ただ、うらやましくて」 「誰かと親しくなろうと思ったら、少しずつ少しずつ時間を積み重ねていかなくちゃ。真面目なラファエルさんがあれだけ砕けているってことは、あのお嬢ちゃんとは付き合いが長いんだろうね」 「でも……、ローラさまとは出会われて日が浅そうなのに、とても親密で」 「そりゃ、身体目当てなんだから当然さね」 先ほど、ふたりの仲を誤解してしまった光景を、憂は思い出す。 「憂にも、目当てにしてもらえるものがあったら」 「おやおや」 「……ゆ、憂は贅沢です。羽根があればよいのにと思ったり、今度は自分がもふもふであればいい、などと思ったり……」 「あんたはそのままでいいんじゃないのかねぇ」 「ヘルさまみたいに、ラファエルさまと気軽にお話ができれば、と思ったり。……ほんとう、憂は贅沢ですね」 「それも、そのままでいいんじゃないのかねぇ。おとなしい女の子には、相応の魅力があるものさ」 Relax3■風 「……それにしても」 銀の粉を振りまいたような星空に、大きな満月がひかりを放つ。 「こんなまん丸で綺麗なお月さんを見られるなんて……」 目をいっぱいに見張り、憂は空を仰ぐ。 「ローラさまにもラファエルさまにも感謝しないといけませんね」 「あんたときたら」 ローラが吹き出した。 「お嬢ちゃんの目もまんまるになってるよ。いい子だねぇ」 「そうですか?」 憂はきょとんとして、いっそう目を丸くする。 ラファエルがにこやかに振り返った。 「くつろいでいらっしゃいますか?」 「あ、はい」 「それは良かった。憂さまにはいつもお心遣いいただいておりますので、くつろげる機会になったのでしたら、うれしいですね」 その表情に、憂ははたと気づく。 (Σはっ……! そうでした、憂は今日の趣旨を失念していました……!) 「ラファエルさま!」 「はい?」 「憂は頑張ります」 「……はい?」 「そうよ憂、頑張って!」 やっとその気になってくれたのかと、ヘルは両手を握りしめる。 「ラファエルさまにもゆっくりくつろいでいただけるよう、頑張らないと……!」 「ああああー。ちがーう!」 うな垂れたヘルの背中を、ローラがぽふぽふ叩く。 「元気なお嬢ちゃん、あんた、もしかして苦労性じゃないのかい? そんなに先回りして気を揉むと、しなくていい苦労を背負い込むことになっちまうよ」 「私、せっかちなのかも。父親譲りね」 「ひとの恋路は、他人にはどうしようもできないものさ。そもそも、本人たちの思い通りにさえ、ならないんだから」 ふかふかの手が、ヘルの頭を撫でた。 「まあ、あんたはあんたでゆっくりする必要があるかも知れないねぇ。ちょっと疲れてるみたいに見えるよ」 Relax3■風 「……ねえラファエル、人生相談していいかしら?」 「何なりと」 「私の読み間違いでエイドリアンやロバートに嫌な思いさせちゃった。ひとんちの事情に首を突っ込んで。余計なことだったのかな……」 「余計なことかどうか、という観点からであれば、『まったくもって余計なこと』としか言いようがありませんが」 「はっきり言うのね」 「親しみを持っているかたには容赦しない主義ですのでお許しを。ですがヘルさんは『余計なこと』をなさるつもりも他家の事情に踏み込むつもりもまったくなかったのでは? 捜査の結果、そうなったということでしょう?」 「ええ」 「であれば、それは捜査方針を決定する段階で失敗した、ということであり、自警団全体の責任ということになります。誤った捜査方針が捜査対象へどう影響したかはまた別の問題ですので、混同するべきではありません」 「だけど……、結局」 「自警団の活動に限ったことではなく、ヘルさんに限ったことでもなく。誤解の発生や感情の行き違いによる軋轢は、社会のなかで生きている以上、避けられないことです。そして、誰かにつけてしまった傷は、そっくりそのまま、ご自身に還ってきます」 「……。ええ」 「その事実は、とてもつらいものです。ヘルさんが今こうして、私などに打ち明けずにはいられないように」 ラファエルは静かに笑う。 「これは壱番世界の心理学者のかたから聞いたことなのですが。誰かに傷を負わせたという事実の重さに耐えられず、それを認めたくないあまり、傷つけた対象を悪く思いこみ、攻撃に転化するという心理現象が起こるケースさえあるそうです」 「……そう。それはそれでつらいわね」 「肝心なのは、ヘルさんのように真摯に受け止めることだと思います。どんなにつらくても、決して自己弁護や自己卑下はなさらないように。ひたむきに失敗に向き合う姿勢が、最終的にはご自身を楽にしてくれますから」 「らぁ、癒しまーす!」 「りぃ、癒すふりして抱っこされまーす!」 「るぅ、むずかしいことはおいといて抱っこされまーす!」 ぴょんぴょんぴょーん、と、三匹の仔うさぎが次々に、ヘルの膝に乗った。 仔うさぎたちをまとめて抱きしめて、ヘルは、ほう、と息をつく。 「……しあわせ。最近バタバタしてて、こんなリラックスした事ないかも」 「おや、いいねぇ、お姉ちゃんに抱っこしてもらって」 「ひとりで子供三人育ててくのは大変でしょ、ローラ? 旦那はどうしたの?」 「ああ、戦場で逝っちまったよ」 「ローラだったらもてるでしょ。再婚はしないの?」 「ドンガッシュの旦那を口説いてみたんだけど、ふられちまってねぇ」 「ひどいわねドンガッシュ。こんないい女を」 「まったくだよ」 * * 憂はじっと、彼らの話を聞いていた。 何も言わず、ただ聞いて、受け止めていた。 そして――月を見る。 「私の故郷ではお月さんにお団子を供えて、ススキと一緒に愛でる行事がありました」 憂の横顔を月が照らす。 「そうですか。風雅な催しですね」 「聞くところによると、壱番世界にもそういう文化があるみたいで」 「仲秋の名月ですね。平安時代の貴族などは観月の宴を催し、舟遊びで歌を詠み、水に映る月を愛でたそうですよ」 「素敵ですね……。時期は少し過ぎてしまいましたが、こういう形で月を見ることが出来てよかったです。それに……」 それに、故郷では考えられないくらい賑やかで……、素敵なひとたちと一緒で……。 それがとても嬉しいです、と、憂は笑みを見せる。 Relax4■月 ヘルはすっと立ち上がり、うさぎたちに手招きをした。 「ローラ、らぁ、りぃ、るぅ。ちょっと」 「何だい?」 「なにー?」 「なにー?」 「なにー?」 何ごとか耳打ちをされ、うさぎたちはうんうんと頷く。 そしてヘルは、憂にささやいた。 ――ちょっと待ってて。今、ふたりっきりにしてあげる。 * * 「私、用事を思い出したの。ひと足先に帰るわ。またね、ラファエル」 「お送りしましょうか?」 「大丈夫よ。あとで憂を送ってあげて」 月光の下、ヘルの黒髪が艶やかに光る。 「……私、もっと強くなって父親の相棒になりたい。家でじっと祈って待つだけなんて性に合わない」 「ヘルさんはもう、そうなっておられる気がしますけどね」 「だといいけど。勝手に死なれるのが怖いなら、そうさせないようできることをすればいいと思って」 それに今はカーサーもいてくれる、と、ヘルは呟く。 「貴方が故郷へ帰っても、ロストナンバーでいる限り会いに行く事はできるわ。でも……願わくば、憂を一緒に」 「ヘルさん」 ラファエルは片手を上げ、ヘルのことばを止める。 「先ほども申し上げましたように、私はまだ、どなたに対しても、将来の約束を前提とした交際を申し込むことが可能な状態ではありません。まして、私は憂さまのことをほとんど存じ上げず、憂さまにつきましても同様のはずです」 「……頑固ねぇ。いい加減子離れして新しい恋を見つけなきゃ、って思うんだけど?」 「まったく同じ台詞を私が申し上げていたと、お父さんにお伝えいただければさいわいです」 「そうね」 ヘルは笑いながらコンタクトレンズを外す。 父親譲りの黒い瞳が現れた。 「……変かな?」 「いいえ」 「もう子供っぽい意地を張るのはやめたの。結構イケてる?」 「はい。私がせめてもう10年若ければ恋に落ちているところです」 「嘘ばっかり」 「不実な男で申し訳なく」 * * ヘルとうさぎたちは、そっと席を外す。 煌煌と輝く満月を見上げながら、憂は異世界へのあこがれを語った。 「壱番世界には様々な国々があって、駅のある国のほかにも、多種多様な文化があるのだと聞き及んでいます」 「憂さまは、世界群のなかでは、特に壱番世界にご興味がおありになる?」 「はい、憂の世界にも沢山国がありましたが、壱番世界ほどの多様さはないので、とても気になります」 今にも旅に出たいとばかりに、憂の瞳がそわりと動く。 「……ああ、けれど、全く異なる場所がひとつありました」 「それは?」 「『暗世』という暗く、黒い世界なのですが、そこで見る夜空が、この星空のように美しかったことを覚えています」 故郷を懐かしむように空を見る憂の双眸に、銀の月が映り込む。 「ラファエルさま」 「はい?」 「月が綺麗ですね」 「そうですね、綺麗ですね」 ――Fin.
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