海。それはどの世界でも等しく命の始まりの場所である。ここ、ブルーインブルーでも例外ではない。むしろ、この世界では海こそが全てと言っても過言ではないだろう。ブルーインブルーのほとんどは、海に支配されているのだから。 海原を一艘の漁船が進む。漁船というにはやや大袈裟な造りをしている。船の切っ先は、異様に鋭利に作られ、またその側面はつや消しがされた鉄板で覆われている。多少の障害物ではその行く手を阻む事は出来ないであろう事が窺い知れた。 何故漁船がそんな大掛かりな造りをしているのか。それは、この船が釣り上げる獲物に関係してる。ソードフィッシュと呼ばれる巨大魚。この漁船が釣り上げるのはそれだ。壱番世界のソードフィッシュ――カジキマグロとは似て非なるものである。ブルーインブルーのそれは、突き出た吻が本物のソードなのだ。そんなソードフィッシュの突進を受ければ、普通の船ならば、船体に穴が空き海に沈む事となるだろう。そうならないためのこの漁船なのである。 また、ソードフィッシュ漁は一本釣りが常。それは漁師とソードフィッシュとの一対一の勝負といえる。そして、今まさに、船と海とに対峙した一人と一匹の戦いが行われていた。きらきらと輝く餌にソードフィッシュは食らいついている。「こいつはデカイぞ!」 船尾で竿を握った漁師が操舵室に向かって叫んだ。日焼けで黒光りした筋肉に汗が浮かんでいる。逞しく隆起した筋肉が躍動する。「兄さんしっかり!今そっちに行くよ」 操舵室から顔を覗かせた別の漁師が言う。どうやら兄弟で漁をしているようだ。弟もまた、健康的に日に焼けていた。身長は兄より高いが、兄ほど筋肉はついていない。それでも逞しい身体であるといえる。「大丈夫だ!それより舵を頼む。他のソードフィッシュがいないか気をつけてろよ。油断してると、こっちがやらるからな!」 兄に言われ、弟は頷いた。船首へと視線を向け、そして困惑した。 何だ…あの影は? 一匹の魚の影にしてはあまりにも長く、大きい。そう漁師は思った。それは蛇のように身体をくねらせて進んでいるようだ。20mはありそうなその影が確実にこちらへ向かってくる。 漁師はソードフィッシュを釣り上げるべく奮闘している兄に叫んだ。「兄さん!何かが!得体のしれない何かがくる!!」 弟の声を聞き、船尾の漁師は海へと視線を投げた。船の周りの海を見渡すが、何もいない。 脅かすなよと漁師は笑った。しかし操舵室に立つ漁師の顔は蒼白だ。「下だ…船の下に潜ったんだ!!」 叫び声の直後。ザバンっと派手な水しぶきが船尾でした。見れば先ほどまでそこにあった釣り竿はなく、ソードフィッシュがもの凄い勢いで漁船から離れていく姿が見えた。それはまさに一目散という言葉がぴったりであった。ソードフィッシュに逃げられた事は彼の経験上、何度かあったが、このような逃げ方をされた事は皆無だった。ソードフィッシュの野生がそうさせたのだろうか。得体の知れない存在がこの船に近づいている事を、ソードフィッシュは感じ取ったのかもしれない。 はっとして漁師は大慌てで舵をきった。自分たちもここから離れなくてはー一!フルスロットルで船を発進させる。 海は、空は、非情なほどに穏やかだった。 ++++++++ 「男のロマン……それは何かわかるか?」 シド・ビスタークは集まったロストナンバー達に背を向け仁王立ちでそう問いた。困惑顔の彼らには目もくれずー一実際背を向けているから見えていない訳だがーー彼は勢いよく振り向くと、ビシッと人差し指を突き出した。「そう!釣りだ!!!」 高らかに宣言する。何故か異様にテンションが高い。「漁師…それはまさに漢の生業…だが、その漁師達の生活を脅かす存在が現れやがった。そいつは属に”シーサーペント”と呼ばれる巨大な海蛇だ」 シドはぱらぱらと導き書のをめくった。言葉を発するときのテンションとは違い、その所作は至極丁寧である。シドは予言を読み上げる。「場所はブルーインブルーのとある海域。ここはソードフィッシュと呼ばれる巨大魚の漁が盛んだ。そこにシーサーペントが現れた。ソードフィッシュ漁をする漁船が襲われる事になる」 導きの書に視線を落としたまま続ける。 「ちなみに、このソードフィッシュだがな、壱番世界のカジキマグロによく似た魚だ。見た目はな。だが見た目以外は別物だ。こいつはカジキというより鮫に近い。それくらい獰猛だ。そして、突き出た吻は本物の刀でできている。油断してるとシーサーペントではなく、ソードフィッシュにやられちまうかもしれねーぞ」 シーサーペント、そしてソードフィッシュとは、なんとも危険な漁だ。「だが、勘違いするなよ、依頼は漁船の護衛だ。シーサーペントからソードフィッシュを釣り上げるべく海へ出る漁船を守れ」 シドは漁船がたどる航路の説明をした。ジャンクヘヴンを出発した船は、沖へと向かう。数時間船を進ませると、ソードフィッシュが多く生息する海域へと到着する。そこが漁場である。漁場の周りには小島など陸地となる物はいっさい無い。そこで漁を行い、同じ航路でジャンクヘヴンへと戻ってくる事になる。漁場となる海域までは危険はほとんどないと言っていいだろう。「つまり、お前らの仕事は漁の最中に襲ってくるシーサーペントから船を守る事、だ」 それから護衛する漁船の漁師が兄弟で漁をしている事、そして彼らが一度シーサーペントを目撃している事を付け加えた。「海魔を目の当たりにして、それでもまだ漁を続けるって言うんだから、たいした漢達だよな」 シドのハイテンションの原因はそこにあったようだ。何度でも危険な海に挑む、漁師の姿への敬意か憧れか、そういったものらしい。「基本は船から海へ向かっての戦闘となるだろうが、泳げるヤツ、水中戦が得意なヤツは海へ飛び込んでくれて構わない」 シドは導きの書を閉じ、顔をあげた。ロストナンバー達へと視線を投げる。「逃げ場の無い海、そして船の上での戦闘だ。機転を利かせていけよ。利用できる物は何でも使え。場合によっちゃ、ソードフィッシュを利用するのもありかもな」 シドはにやりと笑った。ロストナンバーたちがどのような働きをするのか、心底楽しみだというように。「以上だ。健闘を祈る!」
青が広がっている。空も海も青い。快晴である。青の中を突き進む一艘の漁船。モーターにより泡立った海水が、飛行機雲のように白いラインを描く。 ジャンクヘブンを出発した船はソードフィッシュの漁場へと進んでいく。 シーアールシー ゼロは船首に佇み、その銀髪を風に靡かせていた。 「風が気持ちいいのです」 「そうじゃのう。天気もいいし、最高の漁日和じゃな。のう、漁師殿?」 同じく船首に佇む少女、ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノは船の漁師に声をかけた。 「そうですね。波も穏やかで。これで化け物に出会う事が無ければ良いんですけど……」 苦笑まじりでそう返すのは、漁師アルフレッドだ。兄弟漁師の弟である。 「ガハハ!アルフレッドは気が小さいからな。この旅人さん達が俺たちと船を守ってくれるって言うんだから、そんなに心配する事は無いだろう?」 豪快に笑い声を上げるのは兄のジョージである。弟とは違い、豪快な性格のようだ。一方、船の操縦をしている弟は逞しいその身体とは裏腹に、少々気が小さいらしい。しかし、気が小さく慎重なのは悪い事ばかりとはいえない。シーサーペントを目撃したときも、彼が危険を感じ、船を走らせたから助かったという話だ。 「逃げたのは懸命な判断だな。未知の敵に無理に立ち向かう必要はない」 仁王立ちで海を見つめる飛天鴉刃は、過去のアルフレッドの判断を評価した。状況を判断し、撤退を選択するのもまた勇気の一つだ。 『おいらも見た事無い化け物見たら逃げちゃうかも…』 ぼそっと弱音を吐く北斗を鴉刃が横目でみると、北斗は慌てて弁解する。 『冗談だよ〜おいら逃げないよ〜』 鴉刃はふんっと鼻をならした。特に言及するつもりは無いらしい。 (食べられそうになったら逃げるかもだけど) テレパシーにはせずに胸中で呟く。しかし海に潜れる事だけは楽しみな北斗である。 港を出て数時間、トラブルも無く、予定通りに漁場へとたどり着いた。辺りに島も何も無い海の真ん中で、アルフレッドは船の速度を落とす。 「この辺りが漁場になります」 船の速度が落ちると、ジョージは豪快な物言いとは裏腹に、器用な手さばきで漁の準備をし始めた。手際よく釣り針に餌をつけると逞しい筋肉を無駄無く使い、竿を振った。釣り糸というには太いワイヤーが美しい放物線を描き、海へと伸びそして潜っていく。漁の開始である。 「しばらくはここにとどまるのだな?」 鴉刃は舵を握ったままのアルフレッドに声をかけた。 「ええ。碇を下ろしてる訳ではないので潮の流れで多少移動はしますけど。ここの海流は比較的穏やかなので大きくは動かないです」 「そうか。一応海中の様子を見てこよう。いつシーサーペントが現れるか分からんからな」 そういって鴉刃は船上から飛び立った。海上を浮遊し、船の周囲を警戒して回る。そして、船から少し離れた場所で海中へと潜った。 5m、10m、50m、100mと潜った辺りで周囲をぐるりと見渡す。アルフレッドが行った通り、潮の流れは穏やかであった。船の右側から左へと流れているようだ。水深は深い。しかし、海は澄んでおり、遠くまで見渡せた。鴉刃はもう一度辺りを見渡すと、海面へと戻っていった。 船の上の北斗は海へ潜った鴉刃を見ていたが、自分も泳ぎたいという衝動がわいてきている。何より、トドである自分は海の中の方が早く自由に動けるのだ。 『おいらも海の中行くよ!』 北斗は勢いよく海へと飛び込んだ。水を得た魚――ではなく、水を得たトド。北斗は飛ぶように海の中を泳いだ。 (海、うみ、好き。魚、いっぱい) 漁船の周りにはシーサーペントらしき姿は見えない。大好きな海の中で北斗はどきどきとわくわくで胸がいっぱいだ。 (でも、化け物に食べられたりしないように気をつけなきゃ) 海を楽しみながらも北斗は気を引き締めた。 漁場についてどれほどの時間が経っただろうか。空は相変わらず快晴のままだが、海上の鴉刃は今までに感じた事のない気配に気がついた。船からはまだだいぶ離れているが、こちらに向かってくるものがある。鴉刃は一度船に戻った。そして、船備え付けられている銛を一つ掴んだ。船上に向かって叫ぶ。 「くるぞ!」 『くるよ!』 海中の北斗がテレパシーで叫ぶのと同時だった。北斗もこちらへ向かってくる何かに気づいたようだ。それはソードフィッシュとは異なる別の生き物。 『蛇きた!!』 船上からもその影がみえる。長い身体をくねらせながら、それは進んでいる。鴉刃はそれにむかって飛び立った。そして、影へと向かって急降下した。海へと入り、シーサーペントの姿を肉眼でとらえる 。鱗に覆われた身体は、まさしく蛇である。青と黒の模様のその背へと銛を突き刺すーーが、刺さらない。鱗は思いの他の硬く、銛程度では傷つける事ができなかった。 鴉刃は即座に銛を捨て、かわりに自慢の爪を鱗の隙間に挿し入れた。鱗の内側は柔らかく、爪を食い込ませる事に成功する。破砕爪の一撃。即座にシーサーペントから離れる。直後、爪が破裂した。シーサーペントは痛みのせいか、身体をくねらせる。それにより水が激しく揺れた。押し流されないよう、鴉刃は注意しつつ、シーサーペントの動きを観察する。 そのシーサーペントがピタリと動きを止める。海よりも深い青色の瞳が、ギロリと鴉刃を睨んだ。標的を変更したようだ。その瞳を鴉刃は睨み返した。 シーサーペントが傷ついた頃から海が荒れはじめていた。波は高くなり、晴天だった空に雲が広がり始める。シーサーペントの力なのだろうか。攻撃を受けた事に怒りを覚えたかのごとく、海は荒れていく。 しかし、船はその波を直に受ける事はなかった。巨大化したゼロが船を庇っているのである。 「ゼロ殿、大丈夫か?」 文字通り体を張って船守っているゼロにジュリエッタは声をかけた。 「波だけならゼロでも防げるのです」 「うむ。すまんが頑張って耐えてくれ」 セクタンのミネルヴァの眼を使い、ジュリエッタは海中の状況を確認している。 「どうやらシーサーペントは鴉刃殿へ標的を変えたようだの」 「船はゼロが守るのです。漁師さん達は心配せず漁に集中してくださいなのです」 そうは言っても、こうなっては漁どころではない。シーサーペントを追い払うか倒すかしなければ漁を続ける事はできないだろう。 ゼロによって確かに波は防げている。しかし、シーサーペントがもっと直接的な攻撃をしてきた場合、ゼロ一人で防ぎきれるだろうか。早急にシーサーペントをどうにかしなければとジュリエッタは思考を巡らせる。海中で戦う事ができない自分は、船上から鴉刃と北斗を援護しなければいけない。 「そうじゃ!アルフレッド殿、確かソードフィッシュは光る物をめがけてくるのであったな?」 「そ、そうです」 「よし、ではわたくしの雷の光でソードフィッシュをシーサーペントのところまでおびき寄せてその刀で刺させよう!」 「ちょ、ちょっと待ってください!海に雷を落とすんですか?」 アルフレッドが慌ててジュリエッタの行動を阻止してきた。ジュリエッタは何が問題なのかとアルフレッドを見る。 「む?そうじゃが?」 「そんな事をしたら海中にいる鴉刃さんと北斗さんが感電しちゃいますよ!」 「そ、そうか」 む~っとジュリエッタは再び思案顔になる。どうやってソードフィッシュをここまでおびき出すか。 「ジュリエッタさん、ゼロの髪を使うのです。きらきらなのです」 自身の髪を一房掴み、それをジュリエッタへと差し出す。 「良いのか?」 「良いのです。ゼロは船を守るのでここを離れられないのです。これでソードフィッシュをシーサーペントのところまでおびき出してください」 ジュリエッタは頷くと、小脇差しでゼロの髪を一房切り取った。そしてマルゲリータを呼び戻し、その身体にゼロの髪を結びつける。 「よいかマルゲリータ。ソードフィッシュを見つけてここまでおびき出すのじゃ。食べれたりせぬよう十分気をつけるのじゃぞ!」 マルゲリータは頷くと海上へと飛ぶ。海面を飛ぶマルゲリータの身体に結ばれたゼロの髪が海へと垂れ、キラキラと輝いている。そのままソードフィッシュを求め海を進んでいった。 青い瞳が鴉刃を鋭く捉えている。蛇というより竜のようだ。 (私とは別物だが…) 鴉刃はグローブをはめ直す。できれば死角から攻撃したいが、こちらをまっすぐに捉えられていてはそれは叶わぬ願いだ。もっとも、真っ向勝負でも鴉刃は負けるとは思っていない。 飛ぶようにシーサーペントへとの距離を詰めた。相手も同じくこちらへと猛進してくる。シーサーペントが大口を開けると、鋭い牙がむき出しになった。 牙が鴉刃へと襲いかかる。 鴉刃はそれを紙一重で除け、シーサーペントの背へと跨がった。振り払おうと暴れるシーサーペーント。鴉刃は自身の尾を蛇の身体へと巻き付け、鱗の隙間へと爪を差し入れようとする。しかし、シーサーペントが激しく暴れるため、うまくいかない。鴉刃は尾をほどき一時海上へと離脱した。 海上へと出た鴉刃は、上空から海を見下した。シーサーペントの影が見て取れる。それは徐々に海面へと近づいてくる。そして鴉刃めがけて海中から飛び出してきた。再びシーサーペントの牙が鴉刃を襲う。 「遅い!」 鴉刃は攻撃をかわすと、シーサーペントの横面へと腕を振る。トラベルギアにより斬撃と化したそれは、シーサーペントの青い瞳の片方を切り裂いた。 「―――!!!」 シーサーペントはけたたましい声を上げた。一撃の後、鴉刃はシーサーペントとの距離を開ける。鴉刃が次の一手を繰り出すまでの一瞬の間に、残った瞳でシーサーペントは鋭く辺りを見渡した。そして漁船と、それを守るように立ちはだかるゼロに眼をとめると、猛スピードで船へと襲いかかった。 鴉刃がしまったと思うよりも早く、漁船の前に立ちはだかるゼロへと体当たりをしかけた。 「ゼロ殿ー!!」 船の上のジュリエッタが悲鳴をあげる。 「だ、大丈夫なのです」 痛みに耐えるゼロ。その身体にシーサーペントが巻き付いていく。ぎりぎりとゼロの身体を締め上げる。 ジョージとアルフレッドが果敢にも銛をシーサーペントの背へと投げつけた。しかし、固い鱗に覆われた身体はびくともしない。 「ちくしょー!化け物が!嬢ちゃんを離しやがれ!」 ジョージが悪態をつく。しかし、ただの漁師の彼にはこれ以上ゼロを助ける手段は無かった。ジュリエッタは漁師達を後ろに下がるよう手で押しのけるとゼロを助けなければと、小脇差しを握りしめ、神経を集中させた。 「ゼロ殿から離れるぬか!!!」 一括。それと同時に一筋の雷光がシーサーペントの身体へと落ちる。 『ゼロさんピンチ、助けなきゃ!』 海中の北斗はシーサーペントの真下へと潜り込んでいた。ゼロを締め上げているシーサーペントは、北斗の存在に気づいていない。北斗はこれはチャンスとトラベルギア、北斗七星を取り出し、モードを通常にした。それを尾びれで真上へと打ち上げた。そしてモードを金剛に変える。硬化したそれは、狙いを違わずシーサーペントの下腹部へと命中する。それとジュリエッタが船上からはなった雷とが命中するのはほぼ同時だった。比較的柔らかい腹部に打撃を受け、さらに雷まで受けたシーサーペントはたまらずゼロから離れていく。 そこへ3本のソードフィッシュがこちらへと向かってきていた。 『ソードフィッシュだ!!!』 北斗が叫ぶ。マルゲリータがおびき寄せたソードフィッシュが漁船とシーサーペントの周りを泳ぐ。そのスピードは速い。今にも漁船とそれを守るゼロにその刀のように尖った吻を突き刺しそうな勢いだ。 空から海を見ていた鴉刃もその事に気づくと、海へと急降下した。0世界であらかじめ購入しておいたライトを取り出すと、シーサーペントの周りを照らす。北斗もそれにならい、球体を閃光モードにするとシーサーペントの周囲へとテレキネシスで移動させた。それらの光めがけてソードフィッシュが猛進していく。1本、2本とソードフィッシュの刀状の吻がシーサーペントの身体へと突き刺さる――が、さすがのソードフィッシュの刀でもシーサーペントの固い鱗を突き破る事はできないようだ。逆に1本のソードフィッシュが食われてしまった。 『た、食べられちゃってるよ~』 その様子をシーサーペントの真下から見上げていた北斗ははっとする。 『お腹の方、鱗ない!?』 すかさず球体をシーサーペントの腹部へと移動させる。北斗の声を聞いた鴉刃もライトの位置を腹の方へと移動させた。誘導されるがままにソードフィッシュはシーサーペントの腹へと突進する。 ザクッザクッ これが海上であればそんな音がしたかもしれない。見事に2本のソードフィッシュがシーサーペントの腹へと突き刺さった。しかし、シーサーペントはまだ息絶えてはいない。悶えながら、片目になった視線を海底へと向ける。 (や、やばいかも) 北斗がそう思うや否や、シーサーペントは腹にソードフィッシュを刺したまま、北斗めがけて進んでいく。捕食しようとでも言うかのように、その口が大きく開かれた。 逃げるには距離が近過ぎる。 北斗は開かれた口めがけて球体を蹴った。大きな口だ。狙いを外す事は無い。球体はシーサーペントの喉まで入り込んだ。そこで北斗は球体を高熱モードに変えた。 シーサーペントに手があったのならば、喉を掻きむしったに違いない。表面は固い鱗に覆われているが、身体の中はそうはいかない。無防備な喉を高熱でやかれたシーサーペントは、その場でジタバタとのたうった。海が激しく揺れる。北斗は波に押されたが、巨大化したゼロの身体にあたり、それ以上流される事を防いだ。 ゼロの陰からシーサーペントの様子を伺うと、その動きがピタリとやんだ。 海底から海面へ向かって一閃が走る。鴉刃の鋭い爪がシーサーペントの喉を切り裂いたのだ。口を開けたまま絶命したシーサーペントは海上へとゆっくりと浮かび上がっていった。 空に広がっていた雲が晴れて行く。 ++++++++++++ 赤が広がっている。夕焼けに染まった空も海も赤い。その中を漁船はジャンクヘブンへ向かって進んでいる。船尾にはシーサーペントが括り付けられている。そして船上にはシーサーペントの腹に刺さっていた2本のソードフィッシュがつり下げられていた。 「いやー!あんたらのお陰で大漁だよ!」 ジョージがガハハと豪快に笑う。一本釣りでのソードフィッシュ漁は失敗したが、結果的にソードフィッシュを捕獲する事ができ、さらにはシーサーペントを退治する事ができた為、上機嫌のようだ。 「のう、ソードフィッシュは食べられるのかの?」 ジュリエッタが興味津々に問いかける。ソードフィッシュが一体どんな味なのか気になって仕方が無いようだ。 「おう!港に着いたら捌いてごちそうしてやるよ!な、アルフレッド?」 「ええ。ぜひ召し上がってください。ソードフィッシュは魚類ですが、その身は鶏肉のような食感で、煮るもよし、焼くもよし、刺身で生のまま食べてもよしの美味しい魚なんですよ」 アルフレッドの言葉を聞き、ジュリエッタは期待に胸を膨らませた。 「サメともマグロとも違うのじゃな。一体どんな味なのか…楽しみじゃの~」 『おいらは普通のお魚の方がいいな~』 その言葉にジョージはまたガハハと笑う。 「港に帰れば普通の魚もあるから安心しろ」 そういって北斗の頭を撫でた。それから思い出したように船尾のシーサーペントを指さす。 「折角だから後ろの化け物も手土産に持って帰ってやってくれ。さすがに食べた事は無いが、蛇肉はうめーからな。このシーサーペントもきっと巧いに違いねー!」 ジョージの提案に鴉刃がありがたいと答える。 「話を聞いて食べたいと言った奴が知り合いにいてな。ありがたく頂戴するぞ」 「ゼロも嬉しいのです。シドさんへのお土産にするのです」 喜ぶ鴉刃とゼロとは対照的に、ジュリエッタと北斗は激しく首を横に振った。 「シーサーペントは遠慮するぞ!」 『おいらもいらないよ~。おいらの方が食べられそうになったもの』 北斗の言葉に船上の皆が笑い声を上げた。 ジャンクヘブンはすぐそこだ。
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