オープニング

 ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。
 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。
 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。
 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。

 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。
 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。

 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。
 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。

●ご案内
このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・見た夢はどんなものか
・夢の中での行動や反応
・目覚めたあとの感想
などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。

品目ソロシナリオ 管理番号1728
クリエイターリョウ(wnmf1548)
クリエイターコメントこんにちは、リョウです。
先日、夢に古い友人が出てきました。
少し当時を思い出してみたり…。なんというかアンニュイ?

あなたの夢、教えてくたださい。

参加者
神園 理沙(cync6455)コンダクター 女 18歳 大学生

ノベル

 カツン カツン
  歩を進める度に自分の足音が辺りに響いた。
 
(どこだろう、ここは?)
 
 神園理沙は辺りを見回した。開けた空間だが、人々は忙しなく動いている。しかし、不思議と彼らの顔はよく見えない。曖昧模糊とした感覚。ここが夢である事はわかっていた。メイムが見せる、神託の夢。
 理沙は夢の中を歩いている。だからなのか、あたりは霧がかかったようにぼやけて見えた。しかし、集中するとそこは鮮明になり、はっきりと見る事ができる。人々の多くは、手に何かを持っていた。あれは何だろうと、理沙は眼を凝らす。舞台の台本のようだ。さらに集中すると、表紙に書かれたタイトルが見えた。『ベニスの商人』と書かれている。
 ベニスの商人――ベニスの商人アントーニオは友人のために高利貸しのシャイロックから借金をする。借金を期限までに返済する事ができなくなってしまったアントーニオは、金を借りた際にかわした証文の通り、自身の肉1ポンドを切り取りシャイロックに差し出す事を迫られるが、裁判官に扮したポーシャの機転により救われるという、シェイクスピアの有名な喜劇の一つである。
 自分がまだ幼なかった頃に父が同作の舞台に出演した事があった。その事を思い出した理沙は、ここが見覚えがある場所である事に気づく。  
 
(そうだ。ここはお父さんが所属している劇団の練習スタジオだ。)
 
 途端、霧がかっていた辺りの様子が鮮明になる。ざわざわと周りの音までもが先ほどよりはっきりと してきた。目の前では舞台の立ち稽古が行われている。理沙は稽古をしている人々を見てはっとした。自分のよく見知っている人物がそこにいたからだ。彼女の父である。
 父が演じているのは高利貸しのシャイロックであるようだった。
 そして理沙は他の劇団員へ視線をむけ、さらに驚く事になる。  

(私……?)

 女性の劇団員のそばに、今よりもずっと幼い自分自身がにいた。そしてまた一つ思い出した。
 
(そうだ。お父さんに連れられて練習を見にきたんだ)

 幼い理沙は眼をきらきらさせながら、稽古の様子を眺めていた。理沙もまた、同じように父と、劇団員達の稽古に魅入った。稽古が行われているのは、かの有名な法廷での一幕である。
「証文の通り、アントーニオの肉を1ポンドいただくぞ!!」
 シャイロックの台詞に理沙はびくと身体を強張らせた。父の迫真の演技に気圧される。 それは幼い理沙も同じであるようだ。ただ、幼い理沙の顔は父の迫力の所為か、泣き顔へと変わっていった。理沙の鳴き声がスタジオに響き渡る。稽古は一時中断となり、父はオロオロしながらも必死に娘をあやしていた。その微笑ましい様子に、他の劇団員は笑っている。父と一緒になって理沙をあやしている団員もいる。必死に幼い自分をあやす父の姿に、理沙は苦笑した。
「おとうさんじゃないー!」

(え……? )

 なぜか理沙には幼い自分のこの言葉が引っかかった。
 おとうさんじゃない。 
 なぜ、自分はそんな事を言ったのだろうか。舞台本番は衣装やメイクで別人に見えてもおかしくはない。しかし、今は練習だ。父はいつもと代わらぬ身なりであり、他人に見える訳が無かった。
「理沙、いつものお父さんだよ。そんなに泣かないでくれ」
 父は優しく理沙を抱き上げ微笑んだ。
「おとうさん?おとうさん」
 理沙は父にぎゅっと抱きついた。父は理沙の頭を優しく撫でた。
「理沙ごめんなー。お母さんに迎えにきてもらって先にお家に帰ろうなー」
「やだー。理沙も一緒にやってみたい!」
 突然の理沙の申し出に父は困惑したが、他の劇団員達は、かわいらしい未来の女優のお願いを断るつもりはないらしい。理沙は練習に参加する事になった。
 理沙はポーシャを演じた。難しい台詞が多く、ほとんどが棒読みであったが、父と共に演じたのはこれが初めてで、ただただ嬉しくて、楽しかった。
 練習後、理沙は父に抱きついて言う。
「わたし、おとうさんみたいなすっごいやくしゃさんになるー!」
 幼い自分の言葉に、理沙は心がざわめくのを感じた。
 途端、辺りが暗くなった。理沙は辺りを見回す。しかし、何も見えない。声を出すが、闇に吸い込まれていく。理沙は不安になった。

(何?何が起こったの?)

 パッと光が理沙を照らし出した。スポットライト。ふと自分を見ると、裁判官の衣装を着ている。周りを見渡す。舞台の上だ。客席は人で埋め尽くされている。

(どうして?なんで私は舞台に――)

 不意に響き渡る声。  
「証文の通り、アントーニオの肉を1ポンドをいただく!!裁判官殿、判決をお願い致します!!」
 父の声だった。稽古のときとは比べ物にならないくらい、その演技には鬼気迫るものがあった。見ると、シャイロックに扮した父がいる。父の演技に答えなければ。
「わかりました。証文通りあなたは彼の肉を切り取らねばならない。法律がこれを許し、裁判所がこれを認めます。しかし、証文には血は含まれていません。血を一滴でも流せば、あなたの土地と財産はヴェネチアの法によって没収されるでしょう」
 幼い自分が読み上げていた台詞を、ポーシャに扮した理沙が改めて演じる。父にはまだまだ及ばないと、共に舞台に立つ事で改めて感じる事となった。それでも、理沙は今の自分にできる精一杯の演技を披露する。
 理沙は考えていた。幼い自分が父の演技を見て泣いたのは何故だったのか。父の迫力はもちろんだが、なにより、父が父ではなくなってしまったかのように思えたのだ。声、顔までも、自分の知っているそれとは違って見えた。今、自分の目の前の父は、父であって、父でない。彼はシャイロックだ。
 役にはそれぞれの人としての背景がある。それをも飲み込んで、理解する。それは設定を記憶する事ではない。役の人生をも自分の中におさめて、はじめてその役を演じられるのだ。父はそれができる人だ。自分もそうなれるだろうか?
 気がつけば、全ての幕が終わっていた。拍手が響き渡る。スタンディングオベーション。
 胸が熱い。スポットライトの熱などではない。内から湧いてくる、あたたかい何か。
 理沙は父と共に客席にお辞儀をする。傍らの父を見る。暖かい笑顔。それはいつもの父の顔だった。理沙の胸の中は言いようの無い満足感で満たされている。

(演じるってなんて素晴らしいんだろう――)



 ふっと眼を開くと、天幕の布が眼に入った。傍らにいたオウルフォームのセクタンであるラーウスは、理沙が目覚めた事に気づくとホゥと短く鳴いた。理沙は起き上がるとラーウスを抱きしめた。その感触を確かめながら、夢に見た事を思い出す。
「らーくん、私決めたよ。もう迷わない」
 夢で立った、父との舞台。スポットライトの光。客性からの視線。共演者の息づかい。
 どれも夢にしてはリアルだった。あの胸の興奮も、何もかもが。
「ずっと悩んでた……でも、私は演じるのが好き。お父さんやお母さんみたいな凄い役者になりたい。この夢は絶対曲げられない」
 彼女の瞳は、キラキラと輝いている。夢の中で見た幼い彼女と同じように。その瞳に、迷いは無い。 
   
(私に決心をさせてくれた神託の都に感謝します)

 理沙は神託の都を後にした。

クリエイターコメントご参加いただきありがとうございました。
優しくて暖かくて、でも理沙様の強い決心がみえる素敵な夢を共に見る事ができて、嬉しい限りです。夢に向かって迷わず歩み続けてくださいますように。

正直なところ、何を演じてもらおうか悩みました…。最初はアイーダにしようかと思っていました。他にも候補はいくつかありましたが、ベニスの商人で正解だったかな?

では、素敵な夢をありがとうございました。
公開日時2012-02-29(水) 21:10

 

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