ACT.1■とあるカボチャのモノローグ 我輩はカボチャである。固有名詞は特にない。 ……なぜ、カボチャの第一人称で物語が始まるのかって? それはだな、話せば長いことながら、長過ぎると文字数を消費していろいろ不都合だからかいつまんでいうと、ここがヴォロスの辺境『栄華の破片』ダスティンクルで、名物と名産が未亡人探偵メリンダとお化けカボチャで、この国の土壌には古王国時代の竜刻が砕けて埋まってて、その力が年に一度烙聖節の時期に強まって、それがまあ我輩みたいな普通のカボチャにも意志みたいなものを与えて片っ端からモンスター化したあげく、異世界から来た見栄えのいい旅人たちが楽しそうに舞踏会にいくのが妬ましくて悔しくて戦闘吹っかけて……え? 全然かいつまんでない? つまり吾輩たちは、妬み嫉みの塊だったわけだ。 だって七色のランタンを手にして同じ色もってるヤツと踊る仮面舞踏会って、あれだろ美男美女が出会っちゃって目と目が合って触れ合う手と手が恋の始まりなのよこれが運命なのね「美しいかただ。ご趣味は?」「イケメン同時攻略ですわ。最初はツンだった態度がだんだんデレていく経緯がたまりませんの。ぽっ」みたいな、壱番世界の専門用語でいえば『リア充』なイベントじゃないか。 そんなん、飾りになったり、くり抜かれてランタンになったり、調理されて美味しいパーティメニューになったりする運命な、ヴォロスのとある地方の方言でいうところの『KIRIN』にさえもなれない吾輩たちはそりゃむかつくよ逆上するよ暴れるよ邪魔するよ! そのムード満点の出会いはなぁ、吾輩たちの血涙の上に成り立ってんだよチクショー! ん? なんでダスティングル産のモブカボチャがそんな他地域や異世界の用語に詳しいのかって? 竜刻パワーに決まってるじゃんか。烙聖節の夜は不思議なことがたくさん起こるものなんだよ。どうせ明日になったら忘れるんだからほっといてくれ。 まあそういう流れで、吾輩たちは全力で異世界の旅人たちと戦闘したわけだ。 詳細は誰かが報告書とやらにまとめてるはずだからそっち読んでくれ。結局、吾輩たちは、あらゆる意味でボロ負けして浄化されてカボチャ類補完計画的に合体融合して「カボチャの馬車」に変身するオチになったけども。 馬車になった我輩たちは、古城の入口まで、旅人たちを送り届けた。 横付けした馬車から降りて、旅人たちはダンスホールに入っていく。 その背中を見送りながら、吾輩たちは思ったね。 ――これで、役目は終わりだ。 ふつうのカボチャに戻って、朝を迎えよう。 ◆◇◆ ◆◇◆ ……というのも、物わかり良すぎてつまんないかも。 そう、カボチャたちは思い直したらしい。 たしかに、ロストナンバーを降ろしたカボチャの馬車はふたたび、お化けカボチャの群れに戻った。 しかし、その中からひとつだけ、小さな個体がちょこまかと走り出し、トコトコと――ある貴婦人のあとをついていったのだ。 黒のロングドレスに真紅の巻毛の、由緒ある王国の王妃にも見えるその貴婦人は、何を隠そう、テオドール・アンスランが変装術のプロフェッショナルたる技術の限りをつくした姿であった。 お化けカボチャたちとの戦闘で少し遅れてしまったが、テオドールは、古城で、友人たちと待ち合わせをしていた。 同居人であり旅仲間のレヴィ・エルウッド。闇の眷属の剣士、ヴァリオ・ゴルドベルグ。愛らしい妖狐、御山守真弓。「赤き闇の盟主」レイモンド・メリル。その従者、ルイーゼ・バーゼルト。 そもそもテオドールのこの仮装は、真弓の発案によるくじ引きの結果であった。 おそらくは彼らも、くじの結果に基づいた装いをしていることだろう。 友人たちが待つダンスホールへと、テオドールは急ぐ。 そのあとを、柱の陰に隠れながら、カボチャが追いかける。 そしてこのカボチャが、この舞踏会で起こった一幕を見届ける、貴重な証人(証カボチャ)となったのである。 ACT.2■王妃・妖精・姫・王子・女使用人、そして衝撃の……? 揺れる篝火が、古城をひめやかに包んでいる。 銀の燭台に灯された蝋燭の炎と、天窓から降り注ぐ青い霧雨のような月光が、ヴェールのようにフロアを包み込む。来客の顔ぶれとも相まって、今年の舞踏会はいつにも増して幻想的だった。 楽団が奏でる、三拍子のワルツ。人々は七色のランタンを手に、ダスティンクルの流儀に則って、同じ色のランタンを持つ相手にダンスを申し込む。趣向を凝らした仮装をまとい、仮面で目元を隠した彼らは、次々に優雅な踊りの輪を増やしていく。流れるようなステップが床を甘く蹴る。くるりくるりと、しなやかに揺れる絹のドレス。蝋燭の炎を映し、胸元の宝石がきららかに輝く。 「あっ、テオにぃ。こっちだよー」 テオドールを見つけ、真弓は無邪気に手を振った。 その呼びかけは音楽に消され、他のものには聞こえない。よしんば聞こえたところで、まさかこの、黒の仮面を装着していてさえ絶世の美女ぶりが丸わかりな、真紅の巻毛の王妃の正体は誰にも見破れまい。たとえ、誰かが、実はこのひとテオドールさんの変装なんですよ〜、びっくりだよね、とバラしたところで、誰も信じはしないだろう。それほどに完璧な王妃ぶりだった。 「すっこく綺麗だよ。みんなが見てる」 実はテオドールがダンスホールに入った瞬間、ざわめきが起こり、曲調が大きく乱れた。人々の視線が一斉に集中し、何事かと思った楽団の指揮者までが、つい王妃に見とれてしまったのだ。楽団員も同様で、ヴィオラとチェロは不協和音を奏で、フルートは歓声に似た悲鳴を上げ、トランペットはうっかりファンファーレを発した。ヴァイオリンの弦が切れなかったのが不思議なくらいである。 「真弓も、よく似合っている」 「えへへ、そう?」 妖精に扮した真弓は、嬉しそうに笑う。 やわらかな狐の耳と尻尾は今は隠し、透きとおる蝶のような羽根を出現させていた。薄手の袖なしワンピースはやさしいドレープを描き、ほっそりした肢体をいっそうかわいらしく清純に見せている。仮面の色も、編み上げのロングブーツも、膝上で結ばれたリボンも純白だった。 髪に飾った白い生花は古城の周りに自生していた野草を摘んだので、それがまた、妖精らしさを醸し出している。 「ヴァリオは?」 「ここだ」 すぐそばに立っていた、長身かつ筋肉ばっちりの女使用人が、簡潔に言葉を発した。 ヴァリオは、足元まであるロングスカートとロングエプロン、白のカチューシャという、正統派のメイド服を着用していた。クラシカルなメイドの姿であるのに、彼が着ると、メイドというよりは、「女使用人」といったほうがしっくりくる。質実剛健、威風堂々。しかし本人がまったく気にしていないので、非常に自然体に見える。 「あー、何ていうか、くじ引きの結果とはいえ……」 気の毒そうにテオドールは言うが、ヴァリオは淡々としたものである。 「妖精でないだけましだ」 そう言いながらてきぱきと、小休止中の人々から請われて飲み物の給仕をしたりしている。あまりにも自然体過ぎて、ナチュラルに使用人扱いされているのだ。 あちらのお客様にお菓子を差し上げて、などと、メリンダからも指示が出る始末だ。お茶目なのか、本気なのか、未亡人探偵の真意はわからない。 「あの……、テオ兄さん」 薄紅の花のような可憐な姫が、口を開く。レヴィだった。 淡いピンクに白を配したドレスは繊細なレースで彩られ、大きな花びらを幾層にも重ねたようだ。ごく薄い絹地を使っており、動くたびにふうわりと広がる。靴は淡い紅のエナメル。銀の髪には小さなティアラ。瞳と同じ色のイヤリングが、白い耳たぶで揺れている。 「まったく違和感がないな」 言われてレヴィはしょんぼりする。 「そうかな……」 「似合いすぎて、本当に、どこかの姫ぎみに見えますね」 そういったのはルイーゼだ。 彼女は、青く艶めいた天鵞絨の、金糸で刺繍をほどこされた上下に、素晴らしく上質の革のブーツという、壱番世界の中世貴族を思わせるいでたちだった。その装いは、ルイーゼが従者として仕えている、レイモンドが普段身に着けているものによく似ている。 ……今宵の彼らの衣装は、皆、くじ引きの結果を遵守し、問答無用で決めたのである。 テオドールは【王妃】、真弓は【妖精】、ヴァリオは【女使用人】、レヴィは【姫】。ルイーゼは【王子】。 そして、ルイーゼのあるじ、レイモンドは……。 「おや。みんな、そろったようですね。こうして並ぶと壮観です」 おっとりと響く、品の良い、穏やかな声。 それはまぎれもなく、レイモンドである。 だが……。 ごしごし。 思わず、テオドールはそっと目をこすった。 (見間違いか?) もう一度、目をこする。 しかし、変わらない。 これは、いわゆる。 ……馬。 馬? 馬ぁ……!? ちょおおおお、馬ぁぁぁーー!!!??? あの、レイモンドが。 どっからどうみてもあんた王子だろ、な、レイモンドが。 白い馬の、着ぐるみ、の、中のヒトになってる……!? そんな馬鹿な。いやしかし。 二足歩行状態で立ち、お腹にぽっこりと空いた穴から顔を出しているそのひとこそは―― メリル家の嫡子、レイモンド・メリル。 古来より連綿と続く、由緒正しい「赤き闇の盟主」。 淡い色あいの、美しい金髪。ルビーのような紅の瞳。 冷ややかなほどに整った、はっと目を惹くその美貌。 そんなレイモンドが……。 ものっそ、残念無念なことになっている。 つい素で叫びたい気持ちを、かろうじてテオドールは押さえた。 何しろ今は、優雅な王妃様なのだ。 「まさかレイモンド様が【王子の白馬】を引かれるとは思いませんでした……」 ルイーゼは、がっくりと肩を落とす。 「いいじゃないですか。滅多に経験できないことですよ」 「こんなことしょっちゅう経験されてたまりますか!」 馬の着ぐるみから顔だけ出したあるじは、何でもないことのようににこにこしている。その無頓着さたるや、ヴァリオ以上だ。 それどころか、二足歩行でひとりダンスを始め、着ぐるみの出来映えをチェックなどしている。 またその所作が、完璧なマナーと身のこなしで、いとも優雅である。 おそらくは、ダンスも華麗にこなすに違いない。 ……馬だけど。 「なかなか着心地がいいですね。ルイーゼは裁縫も上手でうれしいですよ」 「こんな発注、リリイさんにするわけにいきませんもの! 自分で作るしかなかったんです」 こんなに全開でボケられると、従者歴が長いルイーゼとてツッコみ切れない。 とうとうルイーゼ王子は、顔を手で覆った。 何と言うか「男泣き」である。 「着ぐるみに入ってると喉乾くだろ、レイモンド。何か飲むか?」 質実剛健メイド、ヴァリオは、平然と声を掛け、 「やあヴァリオ。似合いますね」 「……とても、お似合いです」 主従は声を揃えて、褒めたたえたのだった。 あるじは笑顔で、従者は涙目で。 ACT.3■そんなカボチャの実況報告 うっわー。なにこれなにこれ。 吾輩、もっとこう、ロマンティックが止まらない幻想的幽玄夢幻的めくるめくっちゃう仮面舞踏会を想像してたんだけど。だから血反吐吐くほど羨ましくてモンスター化するくらい嫉妬してたんだけど。 えっと、あのさああんたら、素材はすげえいいのにさぁ。背景も演出もばっちりのはずななのにさぁ。衣装とか、すげえ良くできてるのにさぁ。 王妃は美女で姫は美少女で妖精は可愛くて女使用人はカッコ良くて王子は美少年で、馬は美……、美馬? まあいいか。うん、すごく似合ってるよ? だけどさぁ。 揃いもそろって美形がイイ服着て舞踏会で踊るとかいうシチュで、何でこんな珍奇なことになってんの? 違う意味で目が離せないじゃんか。 乗りかかった何とやらで、柱の陰から我輩は、彼らの動向を観察していた。 こういうの、何ていうんだろ……。 そう、恐いもの見たさ? 王妃さまショックから、何とか気を取り直した楽団が、新しい曲を奏で始めた。 王妃と王子は、どちらからともなく手を差し伸べて、ワルツのステップを踏む。 周り中から、ほう、と、ため息が漏れた。 純情そうな青年が、王妃を熱っぽい目で見てるぞ……。 罪な女(?)だぜ、テオドール。 「ああ君。この可愛い妖精に、ふさわしい飲み物を」 「かしこまりました」 魔法使いっぽい服を着た青年が、ナチュラルにヴァリオに飲み物もってこさせてる。 どうも妖精たんとお近づきになりたいみたいだったが、とうの妖精たんが、ヴァリオと踊り始めたもんだから、何か人生の深淵を見たような表情で後ずさりしてた。気の毒に。 馬が、姫の前で片膝を折り、手を(前脚を)差し伸べて、ダンスを申し込む。 姫は恥ずかしげに頷いて、その手を(前脚を)取る。 完璧なリード。お手本のようなクイックステップ。 姫はふと、不安げに、周囲を見回す。 ははん。 どうせ、僕、男だってこと、バレてないかな? っていうか、バレないと、かえって困るかも。 みたいなことを思ってんだろ。 大丈夫だって。 世界の中心で大越で正体をバラしても、誰も信じねえよ。 あっと。 それは王妃も同様だけどな。 「あの……。どうか、踊っていただけませんか?」 ――ほうら。 純情青年が、とうとう、王妃にダンスを申し込んだぞ。 ACT.4■そして―― 青い月光のもと、舞踏会は続く。 断ったら泣き出しそうな青年にほだされて、王妃は申し込みを受け入れた。 青年のリードはなかなかサマになっている。 おそらくは、ダスティンクルの貴族なのだろう。貴婦人に対する礼節からして、騎士の家柄かも知れない。 これは、もしかしたら、運命の出会いってやつか。 ボーイミーツガールってやつか。ガールじゃないけどな! ◆◇◆ ◆◇◆ もう一曲。 せめて、あともう一曲。 そう追いすがる青年を残し、一行はダンスホールを退出した。 (また、来年、来いよ) 小さなカボチャはいつまでも見送っていた。 楽しげに語り合いながら、帰路につく旅人たちの、後ろ姿を。
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