元旅団員のイェンは『何でも屋』だ。どんな仕事かと一言でいえば『人材提供業』である。やれることは限られてはいるものの、彼は今日も自宅を事務所に暖簾を掲げる。 ――『ネコノテ』 貴方のお手伝いをいたします――「いらっしゃい。今日は何を手伝えばいい?」 店を訪れると、イェンが笑顔で出迎える。『何でも屋』はよっぽどの事がない限り、貴方の頼み事を色々としてくれる。 この『ネコノテ』には数人のロストナンバー達が関わっている。希望があればその人が手伝ってくれるだろう。 迷った時は依頼内容を吟味した上で手伝う人を考え、派遣してくれるという。 さぁ、彼らに何を頼もう……?
――素敵な家を見つけたのだけれど、ちょっと古いから手入れしてお引越ししたいの。お願いできるかしら?―― そんな依頼を受けた『ネコノテ』メンバーは、総出でカグイ ホノカの引越しとリフォームの仕事を受けた。今回、ホノカが引っ越すのはとある古びた一軒家。しかし、中々趣があり、彼女のセンスの良さを感じさせる。 ホノカは優しく、人あたりの良い笑顔をした女性で、赤い髪で結ったシニヨンと秘書風の服装がとても似合っていた。 「ここをリフォーム、かぁ。俺はそういうのは苦手だが肥前屋の姐さんとマーイョリスなら任せられるな」 イェンが屋敷の中を見てうんうんと頷いていると、銀髪の双子マリィとホリィがクーランと共に掃除道具を持ってきた。 「あのっ、掃除から始めましょう! ホノカさんは早速買い物に出かけましたから」 「お昼ご飯はホノカさんが作ってくれるんだって! ね、マリィ!」 「私たちもお手伝いするんだよ! ね、ホリィ!」 双子は嬉しそうに跳ね回るのでそれを窘める。そして4人は早速掃除を始めるのであった。 一方、買い物組。カーテンなどを吟味しつつ、肥前屋はそれとなくホノカと話していた。 「中々の拘りようだね」 「勿論。自分の世界に帰れるまでターミナルに住まなきゃならないなら、気に入った場所で快適に過ごしたいじゃない?」 だからこそ内装の張り替えや外の柵の塗り直しだけではなく、インテリアも充実させたいし、キッチンも良いものにしたい、とのことだ。 「ホノカちゃん、照明に関してはどうする? アタシはこっちのランプ風な物が合うと思うんだけれど……」 マーイョリスが取り出した照明サンプルを見、ホノカは別の物と見比べる。楽しげに迷うその姿に微笑みながら、肥前屋は煙管をくるり、と回した。 「あの屋敷にあった物をリサイクルできるモノはそうするよ。その方が費用は抑えられるけど?」 「あと、手作りできる物があるならアタシたちで作っちゃうから。任せて頂戴ね?」 肥前屋とマーイョリスの言葉に、ホノカは「お願いね」と微笑むのだった。 昼食はホノカのお手製で、どの料理も店が持てる程のレベルである。美味しくてついおかわりしてしまうイェンを肥前屋が窘め、ホノカはくすくす笑う。おやつにと作ったクッキーも好評で、銀髪の双子は大喜びで食べていた。 「もしよかったら、私に作り方を教えてくださいませんか?」 「ええ、勿論! レシピも差し上げましょうか?」 クーランの申し出も快く受け入れるホノカは、双子とクーランに慕われる。そんな様子に微笑みながら、イェンは頼まれた仕事を完璧にこなそう、とマーイョリスと肥前屋と共に頷き合う。……そうしながらも、彼の胸の中には何かが引っかかっていた。 『ネコノテ』メンバーが奮闘したおかげで予定より1日早くリフォームと引越しが終わる。それから3日後、ホノカは近所の人々と『ネコノテ』メンバーをホームパーティーに招待した。 見違える程綺麗になったホノカの家は、実に女性らしい雰囲気に溢れていた。それでいて上品さも忘れてはいないデザインであり、ここはマーイョリスとクーランが知恵を絞った結果であった。 「このカーテン、とっても素敵ね。花の模様が華美すぎないし、色合いも壁紙に合っていて綺麗だわ。本当にありがとう!」 「そう言ってもらえると、苦労した甲斐があるって物よ。今度、時間があるときにでもお買い物に行きましょうね。ホノカちゃんに合いそうなお化粧とかみたいし」 マーイョリスが黒鳥の羽を震わせて笑えば、傍らからお人形のようなお洋服に身を包んだ双子が、にっこり笑って顔を覗かせた。少し恥ずかしがっている姿にくすっ、と笑っていると、クーランが背中に触れると、双子は籠をもってホノカの前に出た。 「引越し祝いに、今度は僕たちがクッキーを作ったよ!」 「ホノカお姉さん、作り方を教えてくれてありがとうございますっ」 マリィとホリィが歪だけど美味しそうな匂いのするクッキーを籠いっぱいに入れてホノカに手渡す。それを「ありがとう」と優しい笑顔で受け取るホノカ。 「上手に出来たわね! あのレシピが役に立って嬉しいわ」 「ホノカさんが丁寧に書いてくださったレシピのおかげです」 クーランが頭を下げれば、ホノカは優しく笑って頷く。 少し離れた所で、イェンが穏やかな目でその光景を見守っていると、傍らの肥前屋がぽつり、と呟いた。 「アンタ、さっきから依頼人をずっと見てるけど、惚れたのかい?」 「違うよ。ただ、楽しそうだなってだけさ」 クスクス混じりの言葉に苦笑するイェン。肥前屋は「そうかい」と笑うだけだったが……ややあって真面目な顔でイェンと頷きあった。 一段落着いた、という頃。ホノカは何気なくイェンを探す。ややあって、ホノカお手製の料理を満面の笑みで食べている彼を見つけ、ホノカはそれとなく傍に寄った。 「おう、ホノカ! 改めてお誘いありがとな。しっかし、これ美味いな。料理ができるってスゲー」 自分でもやってみようかな、と呟く彼にホノカはそれとなく話しかける。けれども、横顔がちょっと残念そうなのは何故だろうか? 「実は、確信はないけど……零世界に同郷の仲間がいるみたいなの。本当は今日呼びたかったのだけれど、ノートは顔を合わせてお互いを認識できた後でないと使えないじゃない?」 ぱっと聞いた感じでは普通の会話のはずなのに、イェンは無意識に身構える。ホノカは解らなかったが、イェンの目は、少しだけ細くなっていた。彼はホノカの探し人の名を聞くと、小さく頷いた。 「先日、俺を助けてくれた人だ。彼女と、ホノカさんは同郷だったんだな」 「ええ。イェンは知っていたのね。 よかったら家かバイト先か知らないかしら? 連絡を取りたいのよ」 安堵の息を漏らすホノカ。彼女の赤い瞳が柔和そうな笑みを色濃くし、もし会ったら、探している事を伝えて欲しいと頼む。イェンは少し考えて、ホノカを見た。 「俺がドジ踏んだ時、彼女に助けられたけど、家とかは知らないんだ。それに、あれ以来会ってなくてさ」 改めてお礼とかしたいけど、と苦笑すればホノカは少し残念そうに笑う。赤い瞳を細めた彼女は、金色をしたイェンの瞳をそっと見た。 「そうね、もし会ったらさっきの伝言を伝えてもらえたら嬉しいわ。きっと、彼女も安心すると思うの」 「まぁ、知り合いもこっちに来ているって解かれば、心強いよな。元の世界に帰るにしろ、別の世界に帰属する事を目指すにしろ、仲間っていいもんだよな」 伝えるよ、と頷きつつ答えるイェン。しかし、彼は見逃さなかった。ホノカの赤い瞳が、僅かに底光ったのを。 パーティーもお開きになり、『ネコノテ』メンバーが後片付けを手伝ってから帰った後。ホノカは一人部屋の中で思う。 (食いつくかはさて置き、餌はまいた。所属する忍軍のために殺し合うのがシノビの諚。どんな手段を使っても……) あの世界に帰れるシノビはたった一人。その事は自分も彼女も知っている。ホノカの瞳が赤く揺らめいたその時、一つのメールが届いた。不思議に思ってみると、相手はイェンだった。依頼とお誘いへのお礼からなる他愛もないメールはこの様な文章で締められていた。 俺は、友達だと思っている貴方々を殺しあわせたくない。 「甘いぞ、イェン。お前もシノビならば……」 ホノカは小さく吐き捨て、ひどく苦笑した。 (終)
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