オープニング

 彼女がパソコンの前で両拳を天井に掲げガッツポーズをとる。その後ろ姿を見た瞬間
――そうだ、旅にでよう――
 そんな、ひと昔前にTVCMで見かけたフレーズを無意識に心の中で呟いたヒナタは、一人寂しく世界図書館へと来ていた。
 壱番世界は初夏と言うには少し早い、梅雨が訪れる少し前。大学生で彼女持ちのヒナタはデートのひとつやふたつできそうな、いや、せめて月に一度くらいは簡単な食事でもできそうな気がするのだが、残念ながらあのガッツポーズがでた瞬間、ヒナタが構ってもらえる時間は無くなった。
――盆暮れはしょうがない、うん。しょうがない……。後ろ姿に歴戦の猛将が重なって見えたんだ。無理。ムリ。我慢我慢。とはいえ――
 理解してはいるものの、ちょっぴり寂しい気持ちを引きずったままヒナタは幾つかの依頼を眺める。ヴォロスの竜刻回収は戦闘確実、インヤンガイは死体とご対面、ブルーインブルーも海魔か海賊あいてのドタバタ、モフトピアは平和すぎて冒険という感じではない。
「相変わらず物騒な依頼ばっかりだなァ~」
 多少体力はあるもののごくごく普通の壱番世界住人であるヒナタは、あたりまえのように戦闘をしたくない。剣を振り回し戦うなどとんでもない、魔法なんて遠くから見学できれば十分です、というスタンスだ。とはいえ、せっかくなのだからちょっとは冒険らしいこともしてみたい。夏の思い出も無理そうなのだからいまのうちに海へでも、ブルーインブルーに行くのはどうだろうか。せめて戦闘のない依頼はないか司書に問い合わせてみるか。ヒナタが辺りを見渡すと、見るからに暇そうな司書がいた。
「おーい、アドさんや」
 身体を丸めてぐーすか寝ているアドに声をかけると耳がぴくぴくと動き、少ししてちらと片目が開いた。
『なんでぇ、ヒナタか。どした?』
「なぁ、海賊や海魔がでてこない依頼ってねぇの?」
『あるぜ?』
「あるのかよ!?」
 テンポ良いノリツッコミが披露され、身体を伸ばしたアドが後ろ足で顔を掻く。
「なぁ、それどんな内容? まだチケット余ってる?」
『ブルーインブルー、ジャンクヘヴン近郊、近距離を行き来する商戦の護衛、お望みどおり海魔も海賊もなし。これから募集かけようとしたんで人数は決めてねぇよ』
 覚書程度のメモを見せられ、ヒナタは小さくガッツポーズをとる。
「俺が言ったのそのままじゃん! 求める依頼そのものじゃん! 行く行く。俺が行く。行かせてください!」
『そうか? んじゃ、ついでに……そうだな、あと3人声かけてきてくれねぇ? 書類書いてチケット手配しとくから』
「おっけー!」
 軽い足取りでトラベラーズカフェへと向かったヒナタは、自分と同じコンダクター………いや、戦闘が苦手な仲間を見つけた。
 これが、数日前の事である。



「誰かッ! 誰かいませんかーーー! お願いですからだれかぁぁぁ! 返事してくださいよぉぉぉ!」
 どんどんと落し扉を叩き大声を張り上げるが、一の声に答えてくれる返事はない。聞こえるのはざんざんという波の音だけだ。涙目になりながら、一がトラベラーズノートを広げてみるがページには自分が書いた文しかなく、まだ誰も気がついてくれていないようだ。
 港が遠くなり、一面の海ばかりが広がる景色に飽きた一は船内見学へと歩き出した。港で見た時からぴかぴかと光る船の中はどんなに綺麗なのだろう、シャンデリアに真っ赤な絨毯、きっと豪華客船のようなところだってあるだろうとワクワクしていた。ところが、外観とは裏腹に船の中は酷い汚らしいものだった。通路にはモップで拭いた後が残り掃除の手抜きが目に見え、これならしないほうがいいんじゃと思うほどの雑さだ。廊下のランプは少なく、しかも殆ど灯りがついていない。隙間から漏れる太陽の日差しがなかったらと思うとゾッとする暗さの中で、また下に降りる階段を見つける。恐る恐る階段を数段おり、下を覗き込むとそこは真っ暗だ。
「うん、戻ろう」
 一が後ろを振り返ったその時、船が大きく揺れた。掴むものを見つけられなかった一は階段にしゃがみ込むと、バタン、と大きな音がし、暗闇が辺に広がった。
 一瞬さっと血の気が引いた様な恐怖が訪れたが、船が揺れた衝撃で階段の落とし扉が閉じただけだ、と理解した一は
「もーー! びっくりしたじゃないですかーーー! やだもう! とっとと出て……ちょ、ちょっとちょっと! なんで、なんで開かないんですか! なんなんですかこの船! 職務怠慢じゃないですか!? ふざけないでくださいよーー! 開かないとか。そんな、まさか、そんなねぇ、ちょッ!! だ、だれかー! 開けてくれませんかー!」
 無駄に大声で叫び、不安や恐怖をかき消しながら扉を押し開けようとするが、扉は一向に持ち上がらない。両手が痛くなり、閉じ込められたのではと思う。しかし、その事実だけは認めたくない。それだけは、一には認められない。
「そ、そうですよ、この先に、だれかいる……い……」
 ただただ広がる暗闇を見て、一はほんの僅かに日の差し込む落とし扉の前から身動きが取れずにいた。誰かいるかもしれないが、先に進む事は、この暗闇の中へと行くことは、一にはできない。
「うぅぅか、かじかじさぁぁん! ヒナタさぁぁぁん! 律さぁぁん! だれか、だれかここから出してくださいよぉぉぉ!」



 ぎらぎらと輝く眩しい太陽の下、紫外線対策万全、UVカット加工洋服ばっちりの律は船に乗り込む前から客室にいる事を宣言した。日当たりの良い部屋も景色の良い部屋もないと言われ、むしろ日の当たらない部屋がいいと答える。船員に怪訝そうな顔を向けられるが、律は本当にそういう部屋がいいのだから、しょうがない。案内された部屋は船首楼から階段を二つ降りた先、船の内側にある。言われた通り日の届かないか細い炎が付いたランプの置かれた薄暗く狭い部屋だった。テーブルと椅子が一脚にベッド変わりのハンモックが一つ、それだけの部屋は人が使っている気配はない。しかし、今の律にはそれで十分だと、椅子に座り目を閉じる。日が傾いたら、海を眺めに行こう。
「波の音だけでも、十分いいかもね」
 律は一人、静かな部屋にいる。
 扉の外で何が起きているのか、律は知らない。自分がこの部屋に閉じ込められている事も、まだ、知らないのだ。



 遠くスケッチブックにペンを走らせ景色を楽しんでいるヒナタを見つけた鰍は、それに習う様に甲板を見渡す。青い空白い雲、青い海には風を受けて波打つ白い帆、海魔も海賊もでない平穏な航海。平和だなと目を細め、ふと、違和感を覚えた。
 何が、かはわからない。どうしてかも、わからない。ただ、なんとなく漠然とした〝なんかおかしい〟というものだ。
「なんだろう……なにか……。あぁそうだ、船内図、一応もらっとかないと」
 ロストナンバーである鰍たちはこの航海で海賊も海魔も襲ってこない事を知っているが、今回の雇い主であるこの船の持ち主はそんな事実を知らない。よほど大事な仕事なのか、雇い主は鰍たちとの挨拶もそこそこに直ぐに出航するから早く乗れと急がせた。
 曲がりなりにも護衛としてこの船に乗っているからには、それなりの行動をとっておかない事には失礼だろう。最年長である鰍は一応、メンバーの代表扱いだ。
「えーっと、何かあった時の為に必要な情報は、船内図と乗組員の情報と、あとなんだ? 積荷の場所?」
 声にだし、一つ一つ指折り確認しながら鰍は雇い主がいるだろう部屋へと向かうが、扉には鍵がかかっていた。
 部屋にいないのかと思い、では船員を見つけようと近くの階段を降りる。働いているのだろう物音や走り回る足音を頼りに歩き人を探すが、薄暗い廊下を歩いていくと何故か木箱が積まれ道を塞いでいた。あれ、と首をかしげた鰍は辺りを見渡し、開きっぱなしの扉を見つけ部屋を覗き込む。部屋というより広めの通路、といった感じのそこには誰もいない。奥にも同じような扉が見えたが、鰍はその場から動かず、自分が来た道を振り返った。
 慌てて船に乗り込む事になったが、依頼主も船員も皆乗り込んだのは確実だ。鰍はヒナタ、一と共に甲板から身を乗り出しその様子を見学していたのだから。しかし、改めて思うと依頼主は不満そうな視線を鰍達に向け、イライラかりかりとした風な口調だった、気がする。屈強な傭兵ではなくひょろく年若いのばかり、しかも一人は女の子だから、まぁしょうがないだろうとしてもだ。遠めに見て全員乗り込んだとわかる人数だったのは、はたして、正しい事なのだろうか。
 波の音の合間に足元や物音は、今も聞こえている。間違いなく、いるはずだ。だが……
「……船員は、どこだ?」
 なんか、おかしい。鰍は改めて思った。



 手で押さえきれない紙端がばたばたと音を立ててるスケッチブックをヒナタは呆然と見下ろす。今、潮風が吹きすさぶ甲板にいるのはヒナタ一人だ。皆どこに行ったんだろうと思いながら何気なく自分のスケッチを確認していたヒナタは、枚数の少なさに驚愕し何度も確認した。何度も何どもページをめくり、人物スケッチのおかしなところを抜粋し端に数字を記入し始める。
 ブルーインブルーは確か、壱番世界の18世紀頃に酷似していて、機械がまだ発展していない。だから、この船だって人力のはずだ。正確な情報や知識があるわけではないが、船の大きさも考え、ちょっとかじった程度の歴史知識や似たような映画情報を総動員して考えても、どう考えても百人前後の船員がいないとおかしい。
 なのに、ヒナタがスケッチした人数はその半分にも満たない。
「……間違いなく、全員スケッチした。うん。した」
 積荷を運ぶ船員も出港準備の船員も、途中で集まって点呼をとっていた時に描いていない人を確認して特徴は全て描いた。素描に自信もあったが、出港までのタイムアタックで全員描けたと一人喜んでもいたのだ。
 己の特技として胸を張って言える程、ヒナタは造形の把握と補完能力に優れ、生物の骨格や筋組織に関する造詣にも自信を持っている。だからこそ、気がついた事もある。
「……やっぱり、皆、細すぎる」
 船乗りという体力と力仕事をする身体とは思えないスケッチ。腕や足だけじゃない、体全体が薄いと感じる頼りなさすぎる体躯は骨格そのものがおかしい部分もある。骨を折る怪我をまともに治療をせずに治ってしまった、不格好な繋がりと、それを際際立せる筋。肉などない。ただの筋の線としかいえないような、人としてギリギリなのではないだろうかと不安になるスケッチだ。
「やだよ、ちょっと。何これ。超怖い。なんで誰もいない…………やだこわい」
 ざざん、ざざんと海を裂き、船は今も進んでいた。

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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
鹿毛 ヒナタ(chuw8442)
鰍(cnvx4116)
一一 一(cexe9619)
冷泉 律(cczu5385)

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品目企画シナリオ 管理番号2001
クリエイター桐原 千尋(wcnu9722)
クリエイターコメント こんにちは桐原です。

 プレイング日数は7日、制作日数もめいっぱいとらせていただきました。

 企画スレッドは拝見いたしましたが、あえて、OPには描写しない形にいたしました。すいません。

みなさんバラバラの場所にいますので、いる場所の確認と簡単に船の構造とを、説明させていただきます。

 甲板:ヒナタさんはこちらにいらっしゃいます。下への階段は前方から船首楼の左右に一つずつ、中央マスト付近には左右に二つずつで四箇所、船尾看板の左右にも二つあります。船尾には依頼主の部屋に続く扉と、その上に登る階段があり、ここに操舵輪があります。舵の後ろには依頼主の部屋に続く階段もありますが、こちらも鍵のかかった扉があります。

 上層甲板:鰍さんが船首側にいらっしゃいます。地下一階、と考えてください。この階は航海に必要な積荷や大砲がありますが、戦闘時以外は取り外し可能の壁で仕切られ幾つかの部屋となっています。現在は積荷に通路を塞がれ、ちょっとした迷路にもみえます。

 ???:一さんは下層看板への階段の上にいますので、居場所としてはどこ、ともいえません。


 下層甲板:律さんはこちらにいらっしゃいます。船長以外の乗組員全員の居住区で10部屋と多くのハンモックがならんでいます。中央に貨物倉庫への階段が二つあります。


 説明が長くなりましたが、以上となります。
 それでは、皆様、ご自由に行動なさってください。


 いってらっしゃい!

参加者
鹿毛 ヒナタ(chuw8442)コンダクター 男 20歳 美術系専門学生
一一 一(cexe9619)ツーリスト 女 15歳 学生
鰍(cnvx4116)コンダクター 男 31歳 私立探偵/鍵師
冷泉 律(cczu5385)コンダクター 男 17歳 貧乏性な大学生

ノベル

 雲一つ無い青空の中をヒナタの舟が飛ぶ。障害物の無い海上にぽつんとある船はまるでミニチュアかジオラマでも見ている気分だ。
「ほんっと、何もねぇや。海上にて忽然と姿を消す乗船者。なんだっけ、まりーなんちゃらとかみすなんちゃら」
 ひしひしと感じる恐怖感を紛らわせようと独り言を言いながら、ヒナタはスケッチブックにペンを走らせる。舟の視界から船を見下ろして見たがマストの上に見張りは無く、周囲に小舟も見えない事から、船員が船から脱出しているわけではなさそうだ。
「それともあれか、半ば船に閉じ込められ互いの足を鎖に繋がれ只管艪を漕ぐ者達……。幽霊船とか海賊船に捕まるとよくあるシーンじゃん? 見える所に頭数が足りてないとそんな陰惨な光景を連想するけど、奴隷大好きっ子海賊もいるんでしょ? そこから買ったりーの金の代わりにもらったりーのしてんのかね。あの死に体な人達も、奴隷なら納得いくわな。あれ、だとしたらちょいヤバの雇い主じゃね? フラグたってねぇ?」
 舟が室内に依頼主がいるのを見つけ、ヒナタが扉をノックしてみるが返事はなく、鍵もかかったままだ。
「なんだろね、中に居るのに出てこない返事しないってのは。ほんと、いやんなボスフラグだこと。あれでもここ奴隷って合法だっけ違うっけ? ディープな依頼受けんから法律とか知らんわ。後で特命派遣隊だった一ちゃんに訊いてみようかねっと、こんなもんかね。ホラゲ的にはまず地図だよねー。そこらへん見たらハーブが生えてるとか武器が手に入るとかも期待したいけど、あっても無駄だよね。食うの怖いし、逃げ専だし」
 ざっと地図を描いたヒナタの側に一仕事終えた舟が降り立つと、返事をする様に咥えている笛をピッ!と吹く。
「ごくろーさん。んじゃ、人探し行くか。本当は行きたくねぇけど、ぼっちの方が怖いし、しゃーない」
 ギアのサングラスをかけ直し歩き出すと、ピッ、ピーピッ!と笛を吹き鳴らす舟がヒナタの後ろをついてくる。
「フロアは全部踏みしめてチェックしてこそよねー。とりあえず上層船首から船尾行って下層、ローラー捜索が妥当だな。どっかで誰かに会えりゃいんだけど……」
 背後から追い風を感じながら、薄暗く汚い下り階段を見下ろし、ゴクリと生唾を飲む。
「うーん。画面越しじゃないと、やっぱ怖さ倍増」
 ピッ!ピーーーーッ!
「いや、行く、行くから。というか、舟さんや」
 ピー?
「笛、はずそう。隠密だから。ね。暫く禁止。見つかっちゃう。暗いから視界、君が頼りだし。様子見も行ってもらうしね。ね?」
 ひゅるるるる、と空気の抜ける寂しい音が鳴った。



 異様な気配に若干気圧された鰍だが、すぐ我に返りノートを開く。他の皆はどうしているのか、何も起きてないといいがと祈りながらページを捲ると、一の書き殴りを見つける。どこかに閉じ込められたらしいその文は最初こそ綺麗に書かれているが文字はだんだんと崩れ、前に書いたものと重なり不安と動揺が目に見えてわかる。
 鰍は周囲を見回すとノートを壁に押し付け、三人にメッセージを送る。自分のいる場所と現状の不可解な様子、続いてそれぞれの居場所を書き、近くにいる人とすぐ合流するようにと記す。
「こんな雰囲気なんだ。気がつくとは思うんだが」
 気がつくだろうが直ぐに返事がくると思ってない鰍はいつでも確認できる様ページにペンを挟めると頭上にいるホリさんに声をかける
「悪いんだけど、先行して……あだだだだ! ちょっお願い! 話聞いて!」
 ぐいぐいと髪の毛を引っ張られた鰍が叫ぶと、ホリさんは頭から飛び降りる。いつかハゲるんじゃねぇかなと愚痴ながら頭をさする鰍は膝をつくと、真面目な顔でホリさんに話しかける。
「俺は大丈夫だから。一と一緒に居てやってくれないか」
 言われ、ホリさんはダンダンと足を踏み鳴らし身体全体で拒絶を表す。いつも鰍にキツくあたるホリさんだが、鰍を大事には思っているらしく、この状況で離れるのは不満らしい。
「頼む」
 コンダクター疑惑だ何だと茶化している様に、壱番世界住人とそう変わりない一はれっきとしたツーリストだ。それはある意味、覚醒していない一般人とほぼ同意。セクタンも連れていない一は今、本当に一人きりでいる。ノートを見る限りまだ危ない目にはあっていないが、今後何が起こるかは解らない。
「頼む」
 ぷぅ、と膨らませた頬を萎ませ、小さく頷いたホリさんは積み上げられた荷物の隙間へと消えていく。
 立ち上がった鰍はノートを一瞥し、変化がないのを確認するとふむ、と考え込む。
 律は戦えるし、ヒナタはしっかりしてるので大丈夫だろう。
 そう判断した鰍は周囲の積荷を調べだす。下手に崩して通路を完全に塞ぐわけにもいかないので山は崩せない。見える範囲で中身を確認し、手の届く範囲で大砲の火薬や武器等は念の為隠していく。
「なんだ、殆ど空箱じゃ」
 ぎしり、と床板を踏む音が聞こえ鰍が振り返る。
 誰もいない方向を睨みつけギアを手にし音を立てないよう慎重に歩き出すと、積荷からオウルが出てきた。
「……ヒナタ?」
「です。俺です」
 両手を上げ降参のポーズで積荷の影から姿を出したヒナタを見て、鰍は小さく吹き出す。
「ひっで、鰍さんに攻撃されたら俺即KOだってのに」
「俺もだぜ。隠れるの上手だな」
「ホラゲの賜物っすよ」
「最近のゲームはすげぇな」
 話しながら鰍がノートを開くと、ヒナタからそっちに行く、との一文があった。律はもう一つ下の階にいるが、部屋の扉が開かないらしい。
「わりぃ、気がつかなかったわ」
「携帯と違って音鳴らないし、いっすよ。下への階段あったんだけど、一ちゃんとこ行く前に鰍さんと合流した方がいいと思いまして」
「俺のホリさん先に向かわせんだが……。丁度、合流したみたいだ」
 話している最中、一からの文字が浮かび上がる。少し歪なままだが返信できる余裕はできた様だ。
「一安心。で、どうします? なんか色々ヤバそう」
「依頼人にまだ会えてないんだ。状況確認に行くとしても、まず地図だな」
「あ、地図書きながら来てるんで、今ノートに写しますわ」
 同じ階にいる律と一が居場所の確認をしあっているのを横目に、ヒナタはスケッチブックに描いてきた自前の地図を共有しあえるよう、ノートに書き写す。
「さっすが美術系。そんじゃ、現状把握、といきたいところなんだが、どう思う?」
「どうもこうも。まぁ、思いつくのはストくらいじゃね? としか。依頼人は部屋に閉じ篭り奴隷は見当たらないで軽いホラーだけど」
「やっぱり部屋にいるのか……って、奴隷?」
 鰍が驚いた声で聞き返すと、ヒナタは船の地図が書かれたページを破り取り人物スケッチのページを鰍に差し出す。
「憶測ですけどね。奴隷がセーフなのかも知りませんし、その辺介入する権利も立場でもないしで、船上で波風起こす気もないですけどねー? 真相知っといた方が図書館的にはいいんですかね?」
「奴隷はアウトだろ……。ま、ヒナタの案に賛成だ。依頼は護衛だし、身の安全が第一。穏便にいこうぜ」
「デスヨネー。ってもまず人見つけないとですが、ほんと、どうします?」
「そうだな、じゃぁ下行ってくれるか? 二人と合流して、上に来てくれ。俺は先に上行って依頼人に事情聞いてくるわ。話の通じる人だといんだけどなぁ」
「きゃー。リーダーかっこいー。俺社会人になりたくねぇなぁ」
「成人男子が何言ってんだよ、働け若者」
 笑い、ヒナタの頭をわしゃわしゃと撫でる。ノートには地図が描かれ、一と律の相談も終わった様だ。
「じゃ。また後で」
 歩き出したヒナタに鰍が声を低くして言う。
「これも憶測なんだけどな、密航者の可能性も考えてる」
「ん、見つけるのは比較的簡単っすね」
「え、そうか?」
「スケッチにいない、怪我してない人が、密航者じゃん?」
「……お前頭いいな、探偵になれるぞ」
「遠慮しときます」
 笑い混じりの会話だが、別れ際、二人の表情は少し固かった。



 ひんやりとした冷気を額に感じながら、律はぼうっと天井を見上げる。少し頭を冷やしたい。悩み事があるからそう思っていたが、考え事に本気で向き合うには、まだ心が落ち着いていない。とはいえ、何もしないでいると無意識に考えがそっちにいくので律は言葉通り、物理的に頭を冷やしている。
 ぷにぷにの姿になっても間延びした例の目は変わらず、はたから見ればそっくりなんじゃないだろうかなど、取り留めもない事を考えていた。
「……あぁ、仕事なんだし、それらしい事もしないと」
 ぼそりと呟き、額に載せてた礼を鷲掴むと立ち上がる。2人ずつでローテーションで自由時間できるよう、鰍さんに提案してみようと、扉に手をかけるが、がだがだと音がするだけで扉は全く動かない。
「あれ? 建て付けが悪いのかな? コツがいる、とか?」
 扉を叩き、外へ呼びかけてみるが、いつまでたっても返答はない。聞こえないのだろうかとどんどんと強めに叩き、扉に耳をつけて外の様子を伺ってみるが、不気味な程何も聞こえなかった。床に這い蹲り隙間から外を覗いてみると、扉の前に何か、重たい物があるように見える。
「うーん、誰もいないと思って何か置かれちゃったのかな? 誰かに来てもおう……え?」
 ノートを開くと、そこには一の悲痛の叫びと鰍からの連絡が書かれていた
「居場所……。確か船首から階段を二つ降りたから……」
 律はだいたいの居場所と扉が開かない事を書くと、すぐ後に一の文字が出てきた。
「同じ階……。近いなら合流したいけど、動けるかな」
 一に向け場所の確認をしていると、隣のページに船内図が現れてくる。それを見ながら、それぞれの居場所を確認すると、どうやら一は比較的近くにいるようだ。
「悪いけど、来てもらっていいかな、と」
 一から今いく、と返事をもらった律はノートを開いたまま床に置き、閉じないよう礼を重石として乗せた。
「何か、使えそうな物があればいいんだけど……」
 埃くらいしか見当たらないからっぽの部屋を見渡すと、律は引っ越した直後の部屋を思い出し、軽く眉を顰める。
「……暗いって書いてたし、灯り探そう。ランプ使えるかな……それか、ロウソクとか?」
 今は一と合流するのが先だと言い聞かせるように呟き、律は狭い部屋の中を探し始めた。



 すぅ、はぁ、とゆっくり呼吸をし、一は両手で握るギアのスイッチを入れる。出力が不安定で電流の明かりは不安定だが真っ暗よりはマシだ。そう思い暗いのも狭いのも嫌いな一は何度もバチバチとギアを空回しさせ、落ち着きを取り戻そうとしている。携帯の画面の方が安定して明るい事も、真っ暗な場所に目が慣れないせいで余計暗さが増して見える事にも今の一は気が付かない。
 いつまでもここにいる息苦しさより、移動して身体を動かす方が楽かもしれない。何度目かのよし、という決意の震える声を吐き出し一は意を決して歩き出す。
「ど、どなたかいませんかーーー! あのぉ!!」
 ミシミシと軋む音は聞こえるだけで返答が何もない度、一の心は圧迫されていく。駆け出す事もできず、時に咳き込みながら大声をあげ一が歩いていると前方で赤い光が落ちてきた。
「ひッ!!」
 驚き声を漏らした一は両手で握るギアを目一杯前に突き出し、何ども空回しさせ電流を光らせる。ゆらゆらと揺れる赤い光が近づき、ホリさんの姿が見えると一はぽかんと口をあけてる。
「ホ、ホリさん?」
 名を呼ばれ、ホリさんは一めがけて飛びつく。一はずっと握っていたギアから手を離しホリさんを抱きとめると、まじまじと見下ろし、何度もホリさんを撫でる。
 本物だろうかという思いはふわふわとした毛並みと炎で明るくなった周囲に消えていく。
「ホ、ホ、ホリざぁぁぁぁん、うわぁぁん! よかったよー!」
 ぎゅうぎゅうに抱きしめ、毛皮に顔をぐりぐりと埋める一にホリさんはちょっとだけ苦しそうな顔をするが、拒否する事はない。暫く好きにさせたホリさんは一が落ち着くとノートをみろ、と促す。
「あ、皆気がついてくれたんだー、遅いよーバカー。ありがとうございますぅぅぅ。明るいよぉぉぉ」
 いつもの一らしさが戻り言っている事はぐちゃぐちゃだが、文字は冷静を取り戻している。ホリさんを抱えたままノートで皆と相談をし終えると、彼女はよし!と力強く言い両手で頬を叩いた。
「いっづ、強すぎた。律さんとこ行きましょう!」
 応えるようにホリさんの炎がぼうっと大きく明るくなると、暗闇の向こうに一人の少年がいた。
「きゃぁぁぁぁっぁ!」
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
 二人は同時に叫び声をあげばたばたと後ろに下がる。
「だ、どちらさまでしょうか!」
「おま、お前こそ! っつーか、お前が叫んでたからきてやったのに!」
「へ?」
 あ、とバツの悪そうな顔をした少年は
「も、もういいな! お前一人じゃないみたいだし!」
 と叫び踵を返す。
「あ、ま、待ってください! あの!」
「なんだよ!」
「ついでに部屋まで連れてってください!」
「はぁ?」
 苛立ちを隠さない声で言い、少年が振り返るとホリさんを抱えたまま、一はお願いします!と深く頭を下げる。
「あの、道わからなくてですね、友人が部屋にいるので、そこまでで良いんです。お願いします!」
「……わぁったよ。ついてこい」
「あ、ありがとうございます! やりましたよホリさん!律さんにすぐ会えます!」
 歯切れの悪い少年の言葉に一は満面の笑みでお礼を言う。その素直な仕草に少年は困ったような顔のままずかずかと先へ進み、一は小走りでその後をついてく。
 積荷の壁を横目に見ながら何ども蛇行して行く中、明かりが手に入った一はほえぇと感心したような声を上げる。 
 少しだけ明かりの差し込む階段を通りすぎ、少年が通路の脇にある積荷の前で立ち止まると、ぽいぽいと積荷を放り投げだす。
 一が慌てているが少年は構わず箱を投げ続け、扉が現れると乱暴に開ける。そこには礼を抱えた律がにっこりと笑い、待っていた。
「開けてくださってありがとうございます。一さんも、来てくれてありがとう」
「律さん! 無事で良かったです! あの、本当にありがとうございました。えっと、そういえばお名前聞いてませんね」
「名前なんて持ってねぇよ。もういいだろ? 俺仕事……」
「あっれー、なんだもう出れてるじゃん。一ちゃんまでいるし。俺のほうが早いと思ったのになー」
 へらへらっと笑いながらヒナタが声をかけ、歩み寄ってくると、少年は小さく舌打ちをした。
「迎えに来てくれたんですか、ありがとうございます」
「あれ、鰍さんどうしました?」
「依頼人と話してくるって。でさ、君、船員なんだよね?」
 テンプルを持ちサングラスを少し下げたヒナタは少年と目を合わせ問いかける。
「他の人はどこにいるのかな? 全然見かけないんだけど」
「……さぁ、仕事してんじゃねぇの?」
「いやいや、甲板からここまで誰もいないってのはないでしょ。見張りもいなかったし」
「人すくねぇからな、この船」
「あー、一番偉い人……は依頼人だから、二番目に偉い人、どこにいる? ちょっと聞きたいことあってさー。あ、あと積荷の場所もお願いできる?」
「……なんなんだよ、アンタ」
 尋問するようなヒナタの問いかけに少年が戸惑うと、何か気がついたのか、律は一歩前にでてギアに手を置く。
「ち、ちょっとちょっと、ヒナタさんも律さんもどうしたんですか? 彼は私と律さんを助けてくれた、良い人なんですよ?」
「そ、いい人っぽいから、聞きたいんだけど、あー、もう直に聞いていい? 何しようとしてるの?」 
 首を傾げて言うヒナタに少年は本当に直球だ、と言いたげな呆れ顔を向ける。
「あの、何か困ってるんでしたらお手伝いしますけど……」
「できることなら、だけどね」
 一と律の言葉も聞き、少年は物凄く悩んでいる様子を見せると
「依頼人に会うって言ってたけど……」
「今、話してるみたい。何か……伝えたい事でもある?」
 ノートに鰍のメモを見つけた律が言うと、少年は更に難しい顔をする。三人が少年を見守っていると
「……反乱、起こそうとしてるんだ」
 と小さく言い、ゆっくりと話し始めた。



 頬を真っ赤に染め、意気揚々と語ったかと思えば、血相を変えてヒステリックに叫ぶ。方々に話題を飛ばし、聞くに堪えない罵詈雑言と自分自慢を延々と聞かされ続け、流石の鰍も愛想笑いが引つりだす。
 事情を聴きに来た筈の鰍は何を言っても通じない、聴いてもらえない依頼人に困り果てていた。どう話しても、言葉を変え聞き方を変えても何故か『私もそういう経験がある。あれは……まだ家が黄色い屋根だったから8つくらいの頃で』と、全てが相手の話題にすり替えられ、何一つ話が進まない。いや、始まりもしていない。よって退席もできない。しまいには今回の取引がいかに重要かをつらつらと語り届け物である胸像を自慢し、磨くと輝きがますのだよ!と必死に磨き続けている。
 最早何をどうしていいか解らなくなった鰍がノートを見ると、ヒナタの連絡がびっちり書かれているのを見つけ適当に相槌を打ちながらノートを盗み見る。
 Mr.BLAAK商家は先日、三代目が引き継いだ、そこそこ名のある商家だったらしい。らしい、という表現の通り、今ではいつ倒産しても不思議ではない酷い経営状態だという。三代目を引き継いだのが最近なだけで依頼人は随分前から仕事を一人で取り仕切っており、実際はまだ引き継いでいなかったんだ、という感じだ。
 彼が取り仕切る様になってから業績は緩く下がり、給料や人員を減らして現状維持を努めようとしたが、過酷な労働を強いるのに人も給料も減りでは人が残る訳がない。人が減り続けた結果、新しく雇うのは真っ当な職場なら雇わないだろう子供や病気持ちが多くなり、ミスは増え続け信頼と共に仕事も激減していった。
 今、船に残っている船員達はそういった行き場のない人達と辞めどきを見失い、怪我をしてしまった為今更他で雇ってもらえない者たちだ。彼らは長い間、酷い状況の日々を過ごし、その外見は酷く、一は直視する事が辛く悔しそうに顔を背けてしまう程だ。
 食事は1日に1度、最悪3日も無い事があり、怪我や病気でも休めない。給料はどんどん引かれ、何人も帰らぬ人となった。死亡しても事故扱いで、残された家族に連絡が行っていない事も多々あった。
 このまま殺されるくらいなら、と長い間反乱計画を立てた彼らは今回の取引がとても重要なものだと知り、やるなら今回だと相談していた。しかし、ここで大きな障害が来る。
 護衛である君達だ。
 海魔討伐をする様な護衛が来ると聞き、船員達は慌てた。屈強な戦士がきては計画は妨害されるのではと話し合ったが、今回を逃せばどうせ殺されるのだと思ったらしい。君達の姿を見てみてなんとかなりそうだと思ったとも。
 彼らの計画は船の進路を変え、商家の力が及ばぬ遠くの地を目指す。積荷は山分けして解散。取引先との約束を反故にした商家は打撃を受け、倒産すると目論んでいた。
 船員が少ない事、彼らが負傷している事等、気になっていた理由全てが書かれた横には、吹き出しの中に超漆黒企業という文字があり、鰍は吹き出すのを必死で堪えた。
 隣のページには一と律らしきデフォルメされた似顔絵があり、文章が吹き出しで囲われ二人の主張がメモられている
『なんて酷い!こんなの絶対おかしいです!断固許せません!抗議しましょう抗議!ですが、やり方は反対です。そんな事をしては無関係の人が苦しむ事になりますし、一歩間違えば皆さんが海賊扱いされてしまうでしょう。ここはジャンクヘヴンへ戻り海軍か政府の治安組織に正式に訴えるべきです。相手が汚い手を使うからと自分達もそれに染まってはいけません!』
『そうだね。一時的な憂さ晴らしだと事態は悪化するだけだから、根本的な対処が必要だね。聞いた限りだと職場環境の改善は厳しそうだし、話し合いで無理なら治安組織に打診するのはいいかも。資金が必要なら、この船が海魔のせいで沈められて積荷は海に消えたことにする?海から船底に俺のギアで遠距離攻撃して穴開ければ海魔の仕業に見えるだろうし、積荷は俺たちで売捌いて手数料を貰って、残りは全部渡すとかもあるけど』
 二人の発言の下にはヒナタの心情なんだろう、なんか怖いこと言ってるんですケドーという文字がある。そのすぐ側にも『止まる感じ無。むしろ今バトル始まってもおかしくない。どうしよう』と、読むにつれ文字が乱雑になっていく様は緊迫感が伝わり、鰍は掌にじっとりと汗を掻いた。
――これ、いつ書かれたんだ――
 携帯の様に連絡が入ればいいのに、と改めて思いながらも何か依頼人の気を引けそうな話題はないか文面に目を落としていると、
『みなそちいく』
 さぁっと血の気が引くのを感じ、鰍は慌てて依頼人に声をかける。話を途中で遮られ目に見えてムッとする依頼者を他所に、鰍は言葉を探す
「あのですね! へ、部屋でませんか!」
 鍵をかけて閉じ篭っていた人にそんな事を言っってはいそうですね、と出かけるわけもない。怪訝そうな顔をし、きゅっきゅと胸像を磨く依頼人をどうにかして移動させようと鰍は必死で話しかける。
 可能なら依頼は無事終えたいし、犠牲者も出したくない。最悪の場合、船員達の望む通りにする代わり、依頼人と自分たちの命を保障して貰いどこか港で降ろして貰うよう交渉する必要がある。この依頼人が制裁を加えないという条件も必要になる事も含め、酷い難事件だ。依頼人だって命に比べれば船も金も安いもん、の筈だ。
 鰍の努力も虚しく壊れた様な音を立て扉は開け放たれる。間に合わなかった、と空を仰ぐ鰍の背後で怒号の様な叫びと共に部屋に押し入った船員達は何故か、一瞬にして言葉を止め静かになる。
 どうしたのかと振り返った鰍の前にはあんぐりと口を開け呆然としている船員達と、彼らと共に室内に入った仲間が何事?と顔を見合わせている。驚きのあまり怒鳴る事もできなくなった依頼人に一を助けた少年が指差し、震える声で言う。
「そ、それ……」
 依頼人は不満そうな顔を一瞬にして満足げな顔に変えると美しいだろう、お前たちでは一生かかっても手に入れられない芸術にして至高の美術品だと、鼻息荒く語り、きゅ、と胸像を磨く。
「み、磨いたのか! おまえ、それ! 磨いてたのか!!」
 依頼人とは対照的に顔を真っ青にした少年が酷く狼狽して叫ぶと、船員が何人か乾いた笑いをしその場に崩れ落ちた。余りの様子に鰍達も依頼人も面くらっていると、少年の悲痛の叫びが続く。
「あん、あんた本当に商人か! その胸像は磨いちゃいけないんだ! 磨いたら〝価値が無くなる〟んだぞ! あぁぁ、なん、なんて……どうしたらッ!!!」
 少年は頭を抱え取り乱し、船員たちは真っ白に燃え尽きる。
「あ、あの、なんで磨いたらダメなんですか? 光って綺麗ですけど」
 恐る恐る一が聞くと、今にも死にそうな顔で少年は語る。
「……磨けば光るから、貴族は胸像にした物を庭に置いて、長い年月をかけて雨風で、自然に磨かせるんだ。金と時間を掛けて作るから価値がある。その輝きは段違いに違う。並べなくたってわかるんだ。大違いだ。こんなの、ごまかせない。無価値だ」
「そんな大事な事なのに、どうして磨いてしまったんですか」
 律が依頼人を見て言うが、今聞かされた事実が理解できない様で彼は呆然としたままだ。深い深い溜息をついた少年が代わりに答える。
「欠片は磨いて光らせて、ちょっと高値のアクセサリーで出回るんだよ。裕福な家庭が買えるくらいの、値段で」
 言葉もない。誰一人、何も言えず部屋はしんと静まり返る。そこに、一石を投じたのは依頼人だ。
―― 磨いたのは、お前だ――
 少年を指差し言うと、依頼人はふふん、と誇らしげ笑う。己の失敗を押し付け、責任をとらせるつもりだ。その瞬間、その場にいた船員達の怒りが爆発した。ギャーギャーと叫ぶ声はすでに言葉ではなく雄叫びだ。依頼人に飛びかかりそうなのはそれぞれが必死で抑える。律は身体を張って止め、鰍はホリさんの炎をめくらましに、ヒナタは両手でサングラスを抑え必死にギアを制御して彼らを、そして一を抑える。
 若い正義感に溢れ、ヒーローを目指す一には依頼人の所業も行動も何もかも許せない物だ。生贄にされそうな少年よりも激怒し、怒鳴る一は勢いに任せこう叫んでしまう。
「こちとら太守と顔見知り……むぐむぐぅぅぅ!」
「いや、俺労働基準監督署の回し者じゃないですよー!?」
 ヒナタの影に口元を抑えられた一はそのまま引きずられていく。なんで邪魔するんですか!と言うギラギラとした目で見る一にヒナタは囁く。
「一ちゃんそれはだめだって!」
「なんでですか!こんなの太守も宰相も望んでません!」
「ここでそんな事言ってできなかったら、彼らは太守を憎む」
 一が我に返った瞬間、ぐらりと船が傾く。あまりに大きく傾いた衝動は誰一人立っていられず手を付く。
 ゴン、ドンと大きな音が聞こえ、地面を這うように動いた律が扉を開けると、我先にと皆が扉を飛び出し、その光景に息を飲み込んだ。
 二曹の船が両脇に並び桟橋が掛けられている。目の前の甲板には揃いの制服に身を包んだ人が数人、見るからに強そうな男たちが数人武器を手に立っていた。
 片方の船は真っ白な帆が貼られているが、もう片方の帆には海賊のマークが〝宝石で飾られた髑髏〟が付いていた。





 屋台が並ぶ賑やかな場所で一項垂れ席に着いていた。近くでは纏め買いするからまけろと言う律の声がする。
 海賊が依頼人の取引だった為、あの場は事なきを得た。依頼人は迎えが来たのだと、鼻歌交じりに海賊船へと乗り込んで行き、その後の事は何も知らない。
 残された船と船員は見張りを兼ねた傭兵と共に街まで返された。反乱は起きなかったが船員は職を失った。
 結局、何も出来なかったのだ。
 ふわりと良い香りが鼻をくすぐる。一の目の前に座った律は何も言わず、もぐもぐと口を動かしていた。


「一ちゃんは喜べないんだよねぇ」
「ヒーローだからな」
「若さが眩しい」
「ははッ、否定したいが、同感だ」
 遠くから一の様子を伺っていた鰍とヒナタはやりきれない顔で笑う。
 彼女の正義は美しく理想的だ。だからこそ、妥協と諦めを覚えた大人が直視するには少々きつい。
「それで、なんの用だ、少年」
「金を持ってきただけだぜ」
 いつの間にか、側に少年が立っている。
「海賊の金かい?」
「やっぱりバレてたか」
 二人が無言でいると少年はにんまりと笑い4つの小袋を差し出し、鰍がそれを受け取る。
「いつわかった?」
「大怪我してないのと、詳しすぎたとこ」
「あれは驚くって」
 確かに、と二人が頷くと少年はプッと吹き出し、年相応の顔を見せる。
「安心していいよ、その金はあくまでアイツの金、船員達の給料もね。再就職先は無いけど」
「至れり尽くせりだな」
「先払いなだけさ」
 思わせぶりに言い、少年はこう続ける
「あのおねーちゃんに、ありがとって言っといて。あんなに怒ってくれたの、初めてだったから嬉しかった」
「直接言えよ」
「やめとくよ、海賊だから。俺」
 にかっと笑い、少年は人ごみへと消えていく。



 心に少し傷を残し、依頼は達成された。

クリエイターコメントこんにちは、桐原です。
この度は企画シナリオを担当させていただき、ありがとうございました。



ギャグ要素がまったく消えてしまい、大変申し訳ありません。プレイングからもギャグが見受けられなかったのでこのような形になりました。OPのせいもありそうです。精進します。


ガルタンロック出張もすいません。こちらもプレイングにて依頼主や船員達をどうするか、がありませんでしたし、PCさんの意見が見事に分かれている感じがいたしましたので、第三者による解決といたしました。


問題がありましたら、お手数ですが事務局経由にてご連絡くださいませ。

それでは、ありがとうございあした。よろしければまた、お会いしましょう。
公開日時2012-07-24(火) 21:30

 

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