クリエイター阿瀬 春(wxft9376)
管理番号1147-24054 オファー日2013-05-27(月) 22:00

オファーPC イルファーン(ccvn5011)ツーリスト 男 23歳 精霊

<ノベル>

 砂漠の砂よりもなお白い、雪花石膏色の指先を砂粒が擦り抜ける。絹の触れ合うような微かな音たてて、薄い掌に優しく包まれていた砂が落ちる。
 肌よりも白い髪を夜風に揺らして、鳩の血色した瞳が空を仰ぐ。夜の漆黒映して、血の色が深くなる。幾億もの砂粒を撒き散らしたような星々を映して、星よりも明るく、瞳が輝く。
「降って来そうだね」
 一粒残らず砂の零れ落ちた手を夜空へ掲げる。細い手首を幾重にも飾る銀細工の腕輪が涼やかな音を立てる。
「降らせようか」
 背後で聞こえた悪戯気な声に合わせ、伸ばした指の先の空から星がひとつ零れ落ちる。あっ、と声上げ、流れる星を助けようと思わず腕を伸ばす。敷き布に下ろしていた腰が持ち上がる。
 指先に触れることなく、星は闇に燃えて消える。
 流星へ伸ばした腕を下ろせぬまま、イルファーンは肩越しに振り返る。僅かに不安の色含んだ鮮血色の瞳に映るのは、砂避けの外套を小柄な身体に巻きつけた黒髪の少年。幼い大きな瞳は楽しげな笑みに満ちている。
 鮮血の眼が驚きに丸くなる。
「今のは、スレイマンが?」
 最高位の精霊であるイルファーンでも、天の星を降らせることは難しい。けれど、数百年を少年の姿で生き、数多の魔術を操り、『全ての精霊を統べる王』とも呼ばれる伝説の魔術師スレイマンであるならば、星を降らせることも出来得るのかもしれない。
「百年経っても、お前の百面相は面白いな」
 スレイマンは幼い少年の顔で笑う。そうして、日に焼けた指で星空を指し示す。
 またからかわれたのか、と困ったように笑い、白い精霊は契約主の示す空を再度仰ぐ。
「我に出来るは星を読むのみ」
 おどけて言うスレイマンの指先に突かれたように、満天の空から千の星々が光の尾を引き降り注ぐ。一瞬で消える星、長く尾を引く星、流れる最中に爆ぜる星。様々に表情見せて、星が雨の如く降る。
「百年、旅をしたな」
 星の光を黒い瞳に宿し、スレイマンは何者にも惑わぬ強い笑みを浮かべる。イルファーンの背中に小さな背中を預け、敷き布に腰を下ろす。
「百年、旅をしたね」
 星の雨の光を白い頬に血の瞳に受け、イルファーンは頷く。背中に子供そのものの高い体温がある。背を向けていても、スレイマンがその心の内に抱く強い光が感じられて、イルファーンの頬に柔らかな笑みが浮かぶ。
 あの黒き悲劇の日から今に至るまでの百年を、これほど穏かに過ごせるとは思ってもいなかった。あの日、スレイマンと出会い、主従の契約を結んでいなければ、きっと今もまだ――
 不意に星の雨が闇に呑まれる。
 星を呑んだものは、夜よりも尚暗い闇色した雲。雲は渦巻き、星よりも重く砂の大地へ滴る。人のかたちとなる。
 爆ぜて砕けた星屑の欠片のような砂粒孕んで疾風が押し寄せる。人を傷付ける意志さえ感じさせる砂風から、けれど主を護ることすら忘れ、イルファーンはその血色の瞳を見張る。
「我が同胞を返して貰いにきたぞ、人間」
 漆黒の髪を風に乱し、紅玉の瞳を激しい憤怒に歪ませ、闇色の風をその褐色の肌に纏うて、夜空から精霊が舞い降りる。
「アシュラフ……」
 色失った唇で、イルファーンはその名を呼ぶ。己と共に空より生まれいでた、己の対となる精霊。
「その名で呼ぶな」
 砂と風でその身を鎧い、黒き精霊は低く唸る。イルファーンが人の名摸して黒き精霊に名づけたその名を撥ね退ける。
「人間のような名を」
 忌々しげに吐き捨て、イルファーンの眼前に降り立つ。
 風と砂が解け、星降る空が戻る。流星雨の空を背に負い、黒き精霊は白き精霊にその手を差し出す。
「百年、探したぞ」
 紅玉の瞳に宿るは、狂気にも似た執着。その手に愛しの同胞を取り返す為ならば、果てしない砂漠の世界を百年に渡り追跡することすら、彼にとっては瞬きの間。――そうして、愛しい同胞が愛する人々を殺し尽くすことさえも、彼にとっては全くの正当。
 そうすることで同胞がこの手に戻る。その為ならば、己より下位の存在である人間など何千人何万人殺しても構わない。町も国も、いくつであろうと滅ぼそう。愛しい同胞が幾度己の傍を離れて人間のもとに下ろうと、その度に人間を滅ぼそう。この手に同胞を取り戻そう。
「お前がアシュラフか」
 イルファーンの手を小さな人間の手が掴む。掌に感じる人の熱に、イルファーンは己の心を取り戻す。傍らに立つ主を、百年を共に過ごした友人を、その眼に映す。
 人間を虫よりも価値なきものと見做す黒き精霊の睥睨を真っ向から受け、スレイマンは幼い少年の顔をどこかあどけない仕種で傾ける。そうして、どこまでも明るく笑い、
「イルファーンから粗方聞いて、」
「それをそのような名で呼ぶな!」
 言おうとした言葉を、黒き精霊は荒々しく一蹴する。漆黒の髪が風を孕む。その頑強な身から青紫色した雷の蛇が跳ね上がる。精霊の怒りに応え、雷の蛇は牙を剥く。鎌首もたげ、一直線に少年の姿した魔術師へと疾る。
「おっと」
 スレイマンはイルファーンの手を掴むのとは反対の手を雷の蛇に差し伸べる。無造作に雷蛇の頭をその手に掴む。蛇はスレイマンの手の内で蒼白い火の粉を撒いてのたくる。爆ぜる火の粉が敷き布を燃え上がらせる。
「聞く耳持たずか」
 スレイマンは僅かに眉を上げる。雷掴む小さな掌を拳にする。頭を潰され、雷の蛇は青白い残像残して虚空に消えた。少年の頬に力が籠もる。小さな掌は黒く焼け焦げている。
「スレイマン」
「大事無い」
 悲鳴を上げる白き精霊に強気な笑みを向け、スレイマンは皮膚が焦げるほどに焼けた掌を黒き精霊に向ける。
「汚い手でそれに触れるな、人間」
 純粋過ぎる悪意が紅蓮の炎のかたち得て膨らむ。炎は、黒き精霊の背後に万の軍勢が居るかのような数千の矢となる。矢は炎の壁となり轟音立てて人間の魔術師に降りかかる。
 スレイマンの唇が僅かに動く。焼け焦げた掌のその先に清冽な水が波打つ。幕が開くように水の結界が展開する。炎の壁と水の壁がぶつかる。大量の蒸気が噴き上がる。砂漠に霧が降り注ぐ。
「僕も戦う!」
 水の結界の中、イルファーンはスレイマンの手を解く。黒き精霊に攻撃する許可を求める。
「否」
 主は解かれた手でもう一度イルファーンの手を取る。背後にイルファーンを追い遣る。
「……お前は逃げろ」
 イルファーンは眼を見開く。嫌だと言うより先、アシュラフの炎が水の結界を打ち砕く。白霧が炎の槍に裂かれる。炎の槍は巨大な狼のかたちとなる。炎の顎を開き、炎の爪を伸ばし、スレイマンに踊りかかる。
 スレイマンは砂避けの外套を脱ぎ捨てる。背に負った、己の背丈ほどもある大剣の鞘を払う。炎に吹き散らされた白霧の彼方の空で流れ続ける星屑の光を集めて、大剣の刃が白く輝く。
 小柄な身体で軽々と大剣を構え、魔術師は風の力をその身に集め、高く跳ぶ。炎狼の巨大な顎を、涼やかな光集めた刃で抉る。剣に宿る魔術が作用したのか、炎狼は黒煙をその全身から吐き出し形を崩す。
 風を巻きつけ、スレイマンは宙で身体を捻る。白砂を跳ね上げ、地に足を付ける。瞬間、砂の大地から氷の柱が突き上がる。
「返せ」
 紅玉の瞳を憎悪に燃え上がらせ、アシュラフが吼える。
 黒き精霊の殺意そのままに、柱は数多の鋭い刃に形を変える。凍える風を嘶かせ、刃の滝がスレイマンに雪崩れかかる。
「断る」
 黒髪を霜に白く染め、スレイマンは大剣を振るう。硝子の砕ける音立てて、氷の刃が次々に断たれる。進む力失くし、砕けた氷が砂上に墜ちる。氷を踏み砕き、スレイマンは大きく跳び退る。言葉ひとつで風を纏い、身を宙に舞わせる。主の命令受けられず立ち竦むイルファーンの傍らに、砂を跳ね上げ着地する。
 片手で魔術の印結び、もう片手で大剣を砂の大地に突き立てる。
 スレイマンの身を包んでいた風が解けると同時、膨れ上がる。風は砂を巻き込み、星降る夜空に螺旋描いて伸びる。天まで続く竜巻となる。
 砂嵐の結界の真中で、スレイマンは短い息を吐く。砂の上に突き刺した剣の柄から手を離し、イルファーンを見遣る。どこまでも強く強く、微笑む。
「スレイマン、お願いだから」
 懇願するイルファーンの手を、一度きつく握り、解く。
 主の唇が呪文を紡ぐ。
 その魔術に覚えがあった。何十年か前、戦に巻き込まれそうになった人々を、その人々の住む村落ごと遠い土地に転移させた魔術。
「嫌だ、スレイマン!」
 イルファーンは必死に叫ぶ。スレイマンは少年の顔で笑う。
「楽しい道行きだった」
 はにかむような笑顔のままで、
「今この時よりお前は自由だ」
 白き精霊を手元に留め置いたことを詫びるような言葉で、イルファーンとの百年の絆を断つ。白き精霊の主としての契約を解消する。
「自由だなんて、そんな!」
 主であるスレイマンと己とを結んでいた契約の絆の糸が、零れ落ちる砂よりも脆く解けて消える。消えてゆく主との契約を何とか繋ぎ止めようと、イルファーンはスレイマンの小さな手を掴む。焼け焦げて酷い熱持つ掌の傷を、その万能の力で以って瞬時に癒す。
「世界を、見せてはやれなかったかな」
 イルファーンに癒された己の手をちらりと見遣り、スレイマンは至極残念そうに呟く。百年前の契約の言葉を思い出し、イルファーンは首を横に振る。スレイマンの隣でなければ、見られなかったものがたくさんある。「スレイマンが傍に居てくれたから、」
 固い絆を結んでくれたから、
 種族を超えた魂の友と思わせてくれたから、
「僕は僕で居られたんだよ」
 だから、と続けるイルファーンの言葉を、スレイマンは酷く真摯な眸で見上げることで途切れさせる。
「何者にも縛られる事なく、風のように自由で在れ」
 火傷の癒えた手が、魔術を完成させるための呪術文字を砂に描く。
「……それが俺の、最後の望みだ」
 スレイマンのその言葉と光にも似た笑みに、イルファーンは抗うことを一瞬忘れた。
 力ある文字がふわりと白い光放ち、イルファーンを包み込む。
「スレイマン!」
 スレイマンの傍に留まろうともがくイルファーンを、白い光はその身の持つ強大な力ごと抑え込む。手を伸ばし叫ぶイルファーンに、スレイマンは背を向ける。
 魔術が作用する。スレイマンの背中が白く霞む。遥か遠くの地へと飛ばされようとするその刹那、イルファーンは見る。
 砂の地に立てたスレイマンの剣が粉々に砕け散る。
 砂嵐の結界が黒い雷に撃たれて爆ぜ飛ぶ。雷をその身に纏うた黒き精霊が夜明けの朱を背に舞い降り、呪いの言葉を吐き捨てる。
 黒き精霊の言葉は千の雷と千の風の刃となる。
 転移の魔術に包まれ身動き出来ぬイルファーンをその背に庇い、スレイマンが両手を広げる。少年の姿した魔術師の身を雷が焼く。風の刃が切り刻む。



 伸ばした手は砂を掴んだ。
 見開いた眼から涙が零れた。砂に落ちた涙が瞬きの間に乾いて消える。地に突いた掌が、膝が、焼けるほどに熱い。涙が頬を流れてゆく間に乾く。
 鳩の血色の瞳が虚ろに空を仰ぐ。中天にある眩い陽を映しても、その眼に光は戻らない。
「スレイマン」
 主であった魔術師の名を嗄れた声で呟く。身に僅かに残る契約の絆の残滓が、スレイマンの死を確かに告げている。
「スレイマン」
 百年を共に旅した少年は死んだ。
 己の対である黒き精霊に殺された。
 世界を埋める砂に身を投げ出す。丸めた身体を陽に焼かれるまま、ただひたすらに喪った友を想っていて、ふと気付いた。
 強制転移の魔術の最中に紛れ込んだのだろうか。身体の下には、己が護ること叶わなかった友が常に手にしていた魔術書。
「スレイマン」
 両腕に魔術書をかき抱く。強かに笑うスレイマンの幻が眼前に立つ。
 ――偶然で、あるわけがなかった。
 真昼の輝く空の下、形見の魔術書を開く。何かある、と信じて頁を繰る。人という存在を凌駕した魔術師の手で綴られた書物を読み進める。
 白き精霊は、世界の真理と叡智に触れる。
『風のように自由であれ』
 スレイマンの命を懸けた望みが、絶望と喪失に縛められた白き精霊の身を力強く抱きしめる。
 そうして、己の生まれた砂の世界から、白き精霊イルファーンは解き放たれる。


クリエイターコメント お待たせいたしました。
 イルファーンさまのおはなし、お届けにあがりました。
 お聞かせくださいましたものと少しかたちが変わっているかもしれませんが、少しでもお楽しみ頂けましたら幸いです。
 魔法戦を描くのがとても楽しかったのです。

 おはなし、聞かせてくださいましてありがとうございました。
 またいつか、お会いできましたら嬉しいです。
公開日時2013-06-17(月) 22:10

 

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