クリエイター阿瀬 春(wxft9376)
管理番号1147-26164 オファー日2013-10-28(月) 22:01

オファーPC ヴァージニア・劉(csfr8065)ツーリスト 男 25歳 ギャング

<ノベル>

「ヨウが逃げました」
 劉の腹を蹴り上げながら、組織の男は唇の端を吊り上げ、細い眼を糸のようにして笑う。
「聞いてます?」
 痩躯を折り曲げ、砕けたアスファルトの上に蹲る劉のダークブラウンの髪を男は掴む。髪ごと頭を引き上げられ、淡いそばかすの浮いた細い鼻梁が濁った空を仰ぐ。華奢な顎と喉仏が上を向く。
「復唱してくださいね」
 劉を路地裏に引きずり込み様にその唇から奪い取った、火のついたままの煙草を咥えて男は笑う。笑いながら劉の頬を手の甲で張る。
 メタルフレームの眼鏡が劉の顔から剥がれて宙を舞う。肉の薄い身体が地面に叩き付けられる。
「葉が、逃げた」
 汚れた壁と壁に挟まれた汚れた空をダークブラウンの眼にぼんやりと映して、劉は組織の男の言葉を仰向けに倒れたまま繰り返す。
「ヨウ、じゃありませんよね?」
 身体の横に落ちた手を、男の靴が踏み躙る。
「メンソールかよ」
 笑みの張り付いた顔を舌打ちの間だけ顰め、男は劉から奪った煙草を劉の顔の側に投げ捨てる。赤い火花が地面に落ちて散る。耳元を煙草の火で焼かれ、劉は落ちた煙草から顔を背ける。
「……葉兄貴が、逃げた」
「そう。兄貴、ですよね」
 男がにっこりと笑う。手を踏んでいた靴が退けられ、
「君の兄貴分が、女と金を奪って逃げました」
 無防備に曝した劉の横腹に靴先が突き刺さる。呻いて丸くなる劉の頭に腹に、男の憂さ晴らしの蹴りが幾度と無く放たれる。
「君、ヨウの大事な弟分でしょう?」
「……知らねぇ」
 頭を両腕で抱え込んだまま、血の味のする唇で呟いて、頭を靴で無造作に踏まれた。
「知らないじゃ済まないって、知ってます? 知ってますよね?」
 一言毎に頭を足蹴にされる。アスファルトに額を削られ、白い顔が血塗れになった辺りで、男は劉の傍らにしゃがみこむ。
「んー……」
 落ちて燻る煙草を拾い上げ、
「眼を開けないと捩じ込みますよ」
 固く閉ざした血みどろの瞼に近づける。
 睫毛を焼かれ、ぎくりと眼を開けば、瞳にではなく唇に湿気た煙草を突っ込まれた。メンソールの強い香りが暴行受けて朦朧とする頭蓋に染み渡る。
「使い走りの君が躍進するいい機会かもしれませんよ?」
 組織の男は人を殴る蹴るした後とも思えぬ爽やかな笑顔で言い放つ。
「君の兄貴分の後始末、お願いしますね」
 責任を劉に背負い込ませ、男は小首を傾げるように僅かの間だけ黙り込み、
「女も、どうせもう薬漬けにされて弄ばれ尽くした後でしょうから」
 兄貴分が金と共に攫った女を酷薄な笑みで斬り捨てる。
「お好きにどうぞ」



 舌の上に溜まった血を煙草ごと吐き捨てる。排水口から溢れて流れる汚水に煙草の火が嬲られ消える。
 組織の男の姿はとうに表通りに消えている。
 痛む頭を冷えた指先で抑えて起き上がる。冷たいのは手足の先ばかりで、痛めつけられた身体のあちこちが熱を持って痛んだ。乾きかけの血を掌で擦り落とす。
「うぜー……」
 地面に転がる眼鏡を拾い上げる。フレームを摘まみ、鈍色の空から零れる光にレンズを翳す。サイケデリックな色合いのシャツの裾で汚れを拭い、視界をクリアにして立ち上がる。
 背中を丸めて路地を出る。通りに満ちる真昼の光を受けて、ダークブラウンの三白眼が憂鬱に歪む。
 澱んだ空気の渦巻く青空に、白けた太陽がぼんやりと浮かぶ。薄い陽光に照らされたスラム街に、人通りは少ない。
(葉)
 華僑の混血者同士と言うだけで上から適当にあてがわれただけの兄貴分だった。憂さ晴らしやら暇潰しやらで殴る蹴るは散々受けたが、世話になった覚えはない。
 葉について、知っていることは少ない。真っ先に思い浮かぶのは、いつだったかに敵対するギャングの末端を捕えた際の葉の顔。情報を吐かせる為と言い、劉の指先から出る鋼糸に男を縛めさせ、腕に蜂のタトゥ持つ男に手持ちの毒を少しずつ飲ませていた時の、あの恍惚とした顔。普段は虚ろな黒い眼が、あの時ばかりは火を呑んだようにぎらぎらと輝いていた。纏めた黒髪を狂喜のあまり掻き乱し、どす黒く痩せた頬に薄笑いを浮かべ、――
(胸糞悪ィ)
 蜂の男は血の混じった反吐をぶちまけ、のた打ち回って死んだ。男を縛めた鋼糸を通して感じた、苦悶する男の痙攣までうっかり思い出し、奥歯を噛む。
 白日のスラム街を、足を引き摺るようにして歩く。幾つかの路地を抜ける。道の奥から響き渡る銃声と怒号にちらりと眼を眇め、抗争の場を避けて更に路地に入り込む。迷路にも似て入り組む狭い路地の先に、原色ピンクの壁の潰れたモーテルが現れる。
 蜂のタトゥの男を毒殺した一室がある。葉が住み着いていた一室がある。
 スラムに吹き溜まる娼婦達が客を引き摺り込む一室がある。
 モーテルの前に等間隔で陣取り、通りがかる客を捕えようとしている女達からあからさまに顔を背け、劉は葉がよく出入りしていた裏口に回ろうとする。
「あー、ラウだー」
 肩を出し、胸もはだけそうな服の娼婦が能天気な声で劉を呼んだ。無視して通り過ぎようとして、腕を両腕で絡め取られた。安香水と煙草の混じった匂いが鼻をつく。全身が一瞬に粟立つ。
「ッ、」
 反射的に女の腕を振り払う。飛び退くように距離を取る。
「どしたのー?」
 無遠慮に覗き込もうとしてくる女から視線を逃れさせる。そのまま無言を貫いて中に押し入ろうとして、やめる。そう言えば、葉は女達と仲が良かったように思う。少なくとも、娼婦達に根城の何室かを仕事用に貸し与えるほどには。
「……葉を、」
 恐怖に近く女に怯えながら、その素振りを見せないように、劉は唇に挟んだ煙草の煙を深く肺に満たす。吸った分だけ、煙草の先が赤い火に喰われて灰になる。
「葉、知らねぇ?」
 掠れた声で尋ねる。何とか映した視界の端で、女は蝶の触覚のような睫毛をばさばさと瞬かせた。客を捕まえられず、暇を持て余していた娼婦達が二三人、ふらふらと集まってくる。
「ヨウ? ああ、」
 女の一人が、赤い色の爪でモーテルの車入れの裏を指す。
「そこでこの前イケナイことしたわね」
 赤い指が再度伸びて来る。身を引こうとする劉の腕を捕え、
「また怪我してる」
 鳥肌を立てる劉の冷えた手をそれよりも冷たい手で掴む。女達の手が次々に劉の手に触れ肩に触れ、
「劉もイケナイこと、やる?」
 幾つもの赤い唇が笑う。女の一人が傷の治療込みね、と両手を重ねて前払いを要求して、別の女がくすくすと笑う。
「だりー……パス」
 纏わりつく手が離れた隙を突いて、女達に背を向ける。ぞんざいに見えるように片手をふらふらと振り、なるべく足早にその場を離れる。
 噴き上がる冷や汗と吐き気を噛み殺して、煙草の吸い口を噛み締める。
ほとんど常時何処からか響いてくる銃声を避け、街を歩き回る。
 妙に機嫌のいい葉から気紛れに煙草の火を分けて貰った、腐った水の流れる橋の下。ついでにとくれた煙草は性質の悪い薬で、知らずに吸って悪夢を見た。
 虫の居所が悪かったのか、声を掛けただけで意識失うまで殴られた裏通りの路地。倒壊したビルの瓦礫の影。薬莢と血が散乱する地下のバー。奪われ尽くした銃器店。怪しい注射器が転がる廃医院。
 心当たりを辿る毎、暴行を受けた記憶ばかりが掘り起こされる。新薬を試させろと無理矢理妙な錠剤を唇に押し込まれた記憶が蘇る。葉の言う『新薬』は大抵毒薬で、いくら毒に強い身体を持っているとは言え、試される度に酷い目に遭った。
 眼鏡の奥、ダークブラウンの眼が疲弊し切って沈む。



「あの男は西通りの廃墟に潜んでいる」
 雪崩れ込む夕陽を背に路地の先に立ち塞がった禿頭の男は、影になってほとんど判別つかぬ顔で吐き捨てる。
 劉は男の言葉の真意を図りかね、路地の影に立ち尽くす。誰何する劉を遮り、葉を探しているのだろう、と男は残忍に嗤う。
「義兄弟同士で殺し合え」
 西日が傾く。赤い光が翳り、禿頭の頭を這う蜂のタトゥが劉の眼に入る。
 ――以前、葉が嬲り殺した男の腕に彫られていたものと同じ蟲。
 劉が暗い眼を瞬かせている間に、男は足早に消えた。
「……あー……」
 溜息交じりに紫煙を吐き出し、劉は疲れ果てた足を西通りへと向ける。男の言葉を頭から信じた訳ではなかったが、ただ、もう無目的に歩き回るのには倦んでいた。
 男の言葉に流されるまま黄昏の街を進み、男の言葉通りに崩れかけたレストランに辿り着く。
 随分と前に誰かが爆弾でも投げ込んだのか、硝子が窓枠ごと道路にまで吹き飛んでいる。テーブルや椅子の残骸、砕け散って腐ったパンや肉の欠片、食器の破片。それからもしかすると、人間の骨肉の欠片。
 何もかもが捨て置かれ、人通りの絶え果てた廃墟の壁に、夕闇が染み付いていく。
 劉は焼け焦げ枯れた花壇の脇に身を寄せる。砕けた窓越し、切なげな女の喘ぎが耳に届いた。反射的に強張る心臓を、胸に刻んだタランチュラのタトゥごと拳で殴りつける。
 様子を窺う余裕を無くし、それでも音は立てずに花壇を踏み越え暗い店内にひっそりと立つ。
「……葉」
 低く、兄貴分の名を呼ぶ。
 散乱するテーブルの傍、もつれて蠢く男女の影が固まる。女が小さく悲鳴を上げて乱れた服を整えようとする。黒髪を襟足で結わえた男が立ち上がる。
「ファミリーの金と女を取り戻しに来たのか」
 葉は痰の絡んだ声で呻く。幾度か咳き込み、
「一人か」
 尋ねると言うよりは確かめるように呟き、
「頼む」
 呟くなり、その場に跪いた。頭を床に叩き付ける。
「お袋が不治の病にかかってるんだ、金は、……この金はお袋の手術費にするんだ」
 兄貴分の口から飛び出した、お袋、の言葉にたじろぐ。助けを求めて此方を見仰ぐ葉の醜態に、陰気な眦に浮かんだ涙に、踏み込まねばならぬ一歩を躊躇った。
 葉が魔物のように跳躍する。避ける間も無く顔を毒蜘蛛の脚じみた細い手に掴まれる。息を呑むよりも先に引き倒される。背中を床に叩き付けられ息が詰まる。
 胸の上に葉の尻が乗る。両腕を葉の靴が踏む。
 罵声を上げるよりも早く、首筋に冷たい針が突き立てられる。針よりも冷たい薬液が血流に混じる。毒、と頭が理解するよりも前に身体が反応してびくりと跳ねる。ほんの数瞬で指先ひとつ動かせなくなる。
 くすり、と耳元近くで葉が嗤った。顔を塞いでいた手が上がる。視界いっぱいに、陰気な葉の嗜虐的な笑み。
「ねえ、」
 ふと、葉の傍らに身仕舞いを正した女が立った。楽しみを邪魔され、鬱陶しげに振り向く葉の首を、
「馬鹿ね」
 女の手にしたナイフが優しく掻き切る。息が乱れるほど興奮していた葉の首から血が噴く。恍惚の表情のまま傾く葉の身体を蹴り倒し、女は毒に侵され動けぬ劉に向け、唇を甘く笑ませる。細い腕に、組織の金入りの鞄を抱いている。
「男って本当馬鹿」
 女が呟く。兄貴分に組織の金を横領するよう唆した女を、兄貴分に組織を裏切らせた女を、劉は身体に巡る毒に浮かされながら見る。もう一度、女が嗤う。
 女は動けぬ男二人を捨て、この場から、この街から姿を晦まそうとハイヒールの靴音を響かせ――
 靴音が途絶える。
 悲鳴ひとつ上げず、女の身体が床にくずおれる。金の詰まった鞄が重い音立てて床に落ちる。
 女の胸を貫いて、劉の指先から細く鋭く伸びた鋼糸。女の命を一瞬にして奪った鋼糸が、音も無く劉の指先に、体内に戻る。
 どうにか動くようになった指で胸元のポケットを探る。震える指先に煙草の箱が触れる。引き出そうとして、上手く出来なかった。ポケットから箱が落ちる。床に残り少ない煙草が散らばる。
 罵ろうとする舌がもつれた。唇が痺れた。
 汚れた床を爪で掻き、転がり落ちた一本を拾い上げる。何度か落としながらも唇に咥え、火を灯す。
 種々の毒が入り混じってまともに動けない身体に頭に、ニコチンの苦く甘い毒が更に染みる。身体中の血管が収縮するような感覚に、煙と共、深く息を吐き出す。
 眼球だけを動かし、天井を仰ぐ。傍らには葉の身体。少し離れて、女の身体。死体に挟まれて、唯一、劉だけが生き残っている。
 唇を笑みの形に歪ませる。
 毒に侵された身体が冷たかった。葉の身体から流れ出て床を伝い、投げ出した腕に触れる兄貴分の血が嫌になるほど温かかった。
「……だりー」
 どうしようもない虚しさを呟きに変える。
 薄い胸すら満たせぬ紫煙が凍える唇から零れて消える。


クリエイターコメント 大変お待たせいたしました。
 故郷での一幕、お届けさせて頂きます。

 PCさまをこんなに虐めてしまっていいのかしらと思いながら、実は、あの、……白状します。とても楽しかったです。
 少しでもお楽しみ頂けましたら幸いです。

 おはなし、聞かせてくださいましてありがとうございました。
 またいつか、お会いできましたら嬉しいです。
公開日時2013-12-03(火) 23:30

 

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