イラスト/渡辺純子(imxb9171)

オープニング

 零世界の大地を模して、白黒のチェス盤じみた地面が広がる。
 幾度か瞬きする間に、チェス盤から土が盛り上がり、草が生える。草は生き物のようにその身を揺らし、触手のように蔦を生じさせる。己で己に巻きつき捩れ縒り合い、脇坂一人とドアマンの周囲を奇妙な形した樹の海で埋めて行く。
 ターミナルの外に広がる樹海の形を成すコロッセオで、一人とドアマンはまずは静かに対峙する。
(暴力は好きじゃない)
 いつもと同じに温和な笑み浮かべたままのドアマンを見据え、一人は腹の底まで息を通す。
 戦いに喜びを見出す事は一生無い。
 それは断言出来る。
 意見違えるのならば、問題があるのならば、まず話し合いたい。己の価値観を押し付けず、相手の意見を聞いて最善の道を探したい。
 ずっとそう思っていた。そうあろうと努めてきた。
(でも、)
 話し合いでは収まらない時があるとも知っている。ロストナンバーとなり、様々の出来事を経験して、思い知ってしまった。
「じゃあ、お願いね」
 唇の端を持ち上げ淡く笑んで、一人はふと思い出す。
 そう言えば先刻、トラベラーズ・カフェで同じ言葉を掛けたわね――



 トラベラーズ・カフェの一角で、一人は湯呑みを冷えた両手で包む。指先を温めながら、向かいの椅子に腰掛けるドアマンの彫りの深い顔を眼鏡越しの上目遣いに盗み見ようとして、失敗する。上品に伏せられていたドアマンの濃紺の眼が持ち上がり、穏やかな笑みで以て一人を映す。
(これじゃ折角呼び出しに応じてもらった意味がないじゃない)
 ドアマンの視線に思わず頬を赤らめ眼を伏せた己を叱咤し、一人は深く呼吸する。一度ぎゅっと眼を閉ざし、腹の底の決意を引きずり出す。
 湯呑みをテーブルに置き、揃えた膝の上で両手を拳にする。
「お願いがあるの」
 まるで告白をするかのように、一人はドアマンを見つめる。
「何でございましょう」
 ドアマンは良い姿勢のまま、ゆったりと微笑む。その微笑に、何を望もうと叶えてもらえそうな安心感を得て、一人は頬に力を籠める。
「対戦、してほしいの」
 コロッセオで、と言い添え、一人はドアマンの様子を窺う。
「一人様とわたくしが、でございますか?」
 一人の申し出に、ドアマンは鳩が豆鉄砲を食らった顔をしてみせる。
 駄目かしら、と問おうとして、一人は止める。
「私は弱くて傲慢で未熟な人間だから、喪いたくないものや願いはたくさんあるの」
 深海よりも深い色したドアマンの双眸を一心に見、一人は胸の内を言葉に換える。
「取らないでと泣き喚くより、奪わせるものかと吠えたい」
 どこか女性的な仕種で眼鏡を押し上げながら、一人は夜色の眼を瞬かせる。
「その為に、どこまで出来るかを試して。その中で全力を尽くせるようになりたいの。全力を出し切ってまだ諦めなかったら、もしかしたら――」
 瞳の奥に、強い光が宿る。
「限界を越えられるかも知れない」
 胸の内を明かす一人を、ドアマンは正視する。そうして、どこか眩しげに微笑む。
「お役に立ちますならラブリーチャーミーなこの身、存分にお使い下さいませ」
 大真面目に言って、立ち上がる。ラブリーチャーミーと言うよりはマッスルジェントルマンなドアマンに、けれどうっかりツッコミを入れることも忘れて、一人も真剣な顔で席を立つ。
「じゃあ、お願いね」



 守りたい子が居る。
 力量を認めてられたい人が居る。
 今さらだが、彼らの傍で戦うに値するという自信が欲しい。
(私は私を認めたい)
 その為に、ここに立つ。
 一人は体に通した息を吐き出す。強張る肩から半ば強引に力を抜く。
「お覚悟に応えるべく、」
 ドアマンが大切なお客様にするようにシルクハットを片手に一礼し、
「わたくしも幾らかハッスル致しますゆえ一切の躊躇も不要でございます」
 大切な友人にするように、顔を上げて笑む。 
「では、どうぞ」
 シルクハットを被り直し、
 ――余が尊ぶか弱く高潔なもの、人間のうちの一人よ。
 あくまでも柔和に目元を細める。



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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
脇坂 一人(cybt4588)
ドアマン(cvyu5216)
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品目企画シナリオ 管理番号3106
クリエイター阿瀬 春(wxft9376)
クリエイターコメント 初めまして。この度、企画シナリオを担当させて頂くことになりました、阿瀬春と申します。

 無限のコロッセオのシナリオはほとんど初めて(調べてみましたら二回目でした)なので、だいぶ緊張しております。

 精一杯立ち向かわせて頂きます。私もハッスルさせて頂きたいと思っております。
 よろしくお願いいたします。

参加者
脇坂 一人(cybt4588)コンダクター 男 29歳 JA職員
ドアマン(cvyu5216)ツーリスト 男 53歳 ドアマン

ノベル

 一人の胸元がもそもそと動いた。
「きゃ」
「失礼」
 胸を押さえる一人の動作に動揺し、ドアマンは手袋の両手で己の顔を覆い隠す。
 一人の胸元からフォックスフォームのセクタンがひょこりと顔を出す。滑らかな耳に顎を撫でられ、一人は思わず笑みを零す。
「ポッケちゃん」
 セクタンの名を呼ぶ。胸の内ポケットのパスケースから飛び出したポッケを服の中から引っ張り出す。ポッケは小さな肉球の前肢を使って一人の肩によじ登り、頬擦りして地面に飛び降りた。ふさふさの尻尾を一振りして、一人の隣に並ぶ。
「力を貸してね、ポッケちゃん」
 一人の言葉にポッケが頷き、ドアマンが顔を覆う手をそっと離す。
「宜しいですか」
「ええ、ごめんなさいね」
 拳を交える直前とは思えぬほどに柔らかく微笑む一人に、ドアマンはどこか眩しげに深海色の眼を細める。
「シルクハットを落とせたら勝ち、としましょう」
 ドアマンがハットの縁に指を掛け、離すまでのその一瞬。一人はドアマンの背後に人ひとり通れるほどの小さな扉を見る。音も立てず開いた扉の向こう側から、透明な糸の束が風塊となり殺到する。
「ッ?!」
 眼を顰め、足元のポッケを抱き締めようと手を伸ばす一人の腕に足に胴に、体の全てに透明の蜘蛛の糸が巻きつく。透明の糸は、ドアマンが喚びだした扉は、瞬きの内に消える。
 咄嗟にポッケを胸に庇おうとして間に合わず、一人は歯噛みする。
「一人様の防御力を上昇させて頂きました」
 呼吸の如く配下を呼び出して後、ドアマンはトラベルギアの伸縮式警棒を取り出す。
「失礼な配慮ですが」
 ドアマンの腕の一振りで、警棒は思いがけず長く伸びる。手の内をひとつ曝すように、ドアマンは警棒から伸びる革のストラップを掛けた手首を捻る。重い風音を引き連れて、警棒が空を撲つ。
「冷静に実力差を見ての事」
 歯に衣着せぬ言葉を向けられて、一人は素直に頷く。ドアマンの膂力で剥き出しの身を打ち据えられてしまえば、一撃で骨折や内臓破裂も有り得る。
 改めて思い知る。尋常な相手ではない。
(でも)
 私の勝手な願いに応じてくれた。そればかりか、彼自身の力を使ってこの身を護る為の不思議な力さえ与えてくれた。
「ありがとう」
 感謝しながらポッケを地面に下ろし、トラベルギアの鉈をパスケースから引き出す。真直ぐにドアマンを見据える。
(私は――)
 一人の視線を受け止め、ドアマンは陽を仰いだように眼を細めて微笑んだ。
「鍛錬の時間を有益にお使い頂きたい」
 けれど唇から紡ぎ出されるは冷徹な言葉。
「一度二度のダウンでは終わらぬとご承知おき下さいませ」
「望むところよ」
 一人は顎を引く。向き合っているだけでも、分かる。ドアマンの不可思議な力を差し引いてさえ、肉体的な能力のみに於いても、私は彼に劣っている。
「では、改めまして」
 警棒を両手に、ドアマンは低く渋い声を発する。
「――どうぞ」
 声にさえ圧倒されそうになり、一人は必死に踏ん張る。飛び退り逃げ出したくなる己を踏み躙って、一歩。
 ただ一歩進んだだけで、対峙したドアマンへの恐怖は己への悔しさに変わった。能力が劣るのは弁えている。けれど、――けれど!
「自分とポッケちゃんを信じるの」
 呪文のように一人は呟く。身を苛む悔しさを、戦う力に換える。
「ポッケちゃん!」
 一人の声に応え、ポッケが炎の弾丸を発射させる。
 相棒の名を口にすると同時、一人は地を蹴る。
(私はね、ドアマンさん)
 迫るポッケの炎に、ドアマンが身を捻る。炎に続き一人はドアマンに近接する。ドアマンの背後に流れた炎の熱風が頬に触れる。炎を避けて僅かに崩れた体勢を狙い、精一杯手を伸ばす。
(私は、貴方が好き)
 想いを込め、果敢に伸ばした手は、爪先さえもハットには触れられない。
「はい、お足元にお気をつけて」
 深みのある声が耳に触れたと思った瞬間、足元をすくわれた。息が触れるほど近くにあったはずのドアマンの巨躯が己の胴の下に沈んでいる。足首に鋭い痛みが走る。蹴られた、と理解するよりも速く襟首を掴まれた。空が回転する。地面に全身を強かに打ちつけられる。
 どうして仰向けに倒れているのだろうと不審に思い、急ぎ起き上がろうとして、
「武器のみで戦う相手ばかりではございません」
 空を背負ったドアマンの警棒を喉元に押し付けられた。
「出来ればお避け頂きたい」
 瞳に微かな慈悲も見せず、ドアマンが警棒を振り上げる。
「避けられるものなら……!」
 喚く一人には構わず、手心の欠片もなく振り下ろす。
「避けたいわよ!」
 土に塗れて転がる一人の腕を掠め、警棒が地面を打つ。避けられたことに眉ひとつ動かし、ドアマンは土塊を砕いた警棒を翻す。途端、警棒が長く伸びる。起き上がろうともがく一人が咄嗟に構えた鉈の刃に警棒が当たる。
(受けちゃ駄目)
 ドアマンの腕力の強さは見た目からして明白。受け止めることはせずに弾こうとして、体勢の悪さから腕ごと身体を吹き飛ばされた。手から離れた鉈が地面を滑る。ドアマンと比べてしまえば、どうしても薄い筋肉にしか鎧われていない一人の身が、背中で地面を削って転がる。地面を這う樹の根にあちこちを強かにぶつけて止まる。
 擦り傷だらけになるはずの身体は、ドアマンの配下が施してくれた不思議の術のお陰か、痛みはするが傷ひとつ無い。
 ポッケが炎の弾丸を発射しつつ、地面に転がった鉈を口に咥え、一人の元に駆け寄る。
 セクタンの攻撃を苦もなくかわし、ドアマンがコートの裾をゆったりと揺らし歩み寄ってくる。
「ありがと、ポッケちゃん」
 戦うことに慣れていない一人の身が早くも軋む。鉈の柄を咥えたポッケの胴を抱え、ほとんど四つん這いでその場を離れる。手近な茂みに潜りこむ。本物のような存在感で聳える樹の陰に身を寄せ、乱れる息を無理矢理に潜める。
 近付くドアマンの足音を気に掛けながら、慣れた動作で身を寄せた樹に手を掛ける。
「兵は拙速を貴ぶ、に御座います」
 樹海を模した闘技場の内に一人を見失ったのか、見失った振りをしているのか。草木を踏み分ける足音を響かせて、ドアマンがゆったりとした足取りで歩き回る。
「兵は詭道なり、とも申します」
 と。シルクハットの頭をこくりと傾げ、何か思いついたように頷き、
「ふははは、」
 取ってつけたように高らかに笑い始めた。
「どこへ行こうと言――」
「どこで覚えたのよそんな台詞?!」
 ドアマンの斜め頭上の梢から、素早いツッコミと共に鉈が振る。蔓に結わえ付けられた鉈の罠に驚く素振りも見せず、警棒で叩き落とす。
 落ちた鉈は蔓の動きに合わせ、梢に立つ一人の手元に戻る。
「って言うよりも、」
 鉈を片手に、一人は梢から降り立つ。ドアマンの動きを少しでも牽制するべく、蔓で結わえた鉈を振り回す。
「追いかけているのは私の方よ」
 摺り足でにじり寄る。一人の頭上で危険な円を描く鉈をちらりと見、
「チアは可愛いですよね」
 ドアマンは対抗するように片方の警棒をくるりと回してみせた。それどころか、警棒の一本を宙に放つ。バトントワリングじみて、空に警棒がくるくると舞う。あからさまな挑発に一人が警戒の色を見せる。
「ふぁいと、おー」
 満面の笑み浮かべ、ドアマンはもう片方の警棒も空へと投げる。戸惑う一人をその広い胸に迎え入れるが如く、両手を広げる。
「そ、そんな仕種に誘われたりなんか……!」
 うっかり飛び込みそうに踏み出しながら、一人は自身の身体の代わりに鉈を放つ。ツッコミを入れながらも、頭の切り替えは迅速。ドアマンのボケに心を揺さぶられは、……あんまりしない。
「これはつれない」
 ドアマンの右手に警棒が戻る。回転を殺した警棒で迫り来る鉈の刃を軽く払いのける。
「武器のみにあらず、でしょう?」
 ドアマンの左手に警棒が戻る。鉈の柄に結わえた蔓を絡め取る。そのまま引き合いになろうとするも、
「ポッケちゃん!」
 一人に力比べをする気は無い。気を引いている内にドアマンの背後の茂みに回りこませたセクタンを呼ぶ。一人に応え、ポッケはドアマンの背に炎の弾丸を撃ち込む。
「気付かないとお思いか」
 一人に片腕を封じられたまま、ドアマンはコートの裾を軽やかに翻し、ポッケの放つ炎を目視もせずに悉く避ける。避けきれぬ炎を、もう片方の警棒をくるりと回し弾いてみせさえする。
「そうよね」
 一人は固く握りこんでいた蔓をあっさりと離す。パスホルダーの内にトラベルギアである鉈を収納する。そうすることで武器を取り戻し、再び己の手に掴む。ドアマンの胸に突撃の構えを見せ、
「退くわよ、ポッケちゃん!」
 言うなり頭上近くの枝を切り落とす。騒がしい音立て葉を散らして枝が地面に落ちる。落ちる梢に紛れて踵を返す。樹海の込み入った茂みに飛び込む。大柄なドアマンよりも小回りが利く点を活かさない手は無い。地を這うように駆ける。
(持久力も私の方が保つ、はず)
 頭上や周囲に繁る樹は複雑に捻じ曲がり、光求めて細かい枝葉を縦横に伸ばす。光が差さぬほど込み入る樹の海の只中、視界塞いで横切る蔓を鉈で断つ。蔓は切断された面から生気を失い枯れる。足元に点々と枯れた植物を散らし、ドアマンを誘う。
 動き妨げる植物が蔓延る場所に、誘いと分かっていて、ドアマンは来てくれるだろうか。
(罠のひとつも仕掛けられればいいんだけど)
 子供騙しかしらと思いながら、家業の農作業で培った手早さで足元の草を素早く結わえる。目立たぬ位置に足掛けの罠を幾つか仕掛けつつ、
(でも、結局は)
 一人は樹海を駆ける足を止める。いつの間にか傍らに添うてくれていたポッケに小さく笑いかける。
(向き合わなくちゃいけない)
「其方に居られますか一人さ、まッ?」
 背後に迫るドアマンの足音が奇声を伴い不意に途切れた。振り返れば、ドアマンが光薄い森に突っ伏して倒れている。
「行くわよ、ポッケちゃん」
 鉈をきつく握り直す。絶好の機会を逃すまいと、考えるよりも先に一人は草叢を走る。ドアマンが体勢を立て直すより前に、その広い背中に覆い被さるかたちでハットを掴もうとして、
「これはまた熱烈で御座いますね」
 ドアマンの呟きと共、腹部に強烈な警棒の突きを食らった。恐ろしく強い力に、思うのとは反対の方向に身体が飛ぶ。ドアマンから遠ざかってしまう。樹の根這う地面に背中から叩き付けられる。
 体中に痛みが広がる。息が詰まる。目が眩む。背中を丸め腹を押さえ、出来ぬ息を無理に求めて咳き込む。
 伏せた状態から跳ねるように身を捩り、一人の身が宙に吹き飛ぶ一撃を見舞わせたドアマンが悠々と立ち上がる。伏して動けぬ一人の傍ら、巌の不動さで佇む。
「お仕舞いに致しますか」
 ドアマンが降らせる言葉に、一人は歪む眼を押し開く。答えようとして咳き込む。泥土を掴み、痛みに悶えて言うことを利かぬ身体を無理矢理起こす。
「まだ……!」
 震える膝を泥塗れの手で掴んで支え、立ち上がる。
「まだ戦えるわよ」
 大切な人達を守りたい。そう思った。
 せめて、私は守られなくても大丈夫と安心させたい。そう思った。
 閉ざしたくなる瞳を開く。地面に倒れこんで癒したい身体を気持ちだけで持ちこたえさせる。
 目前に立ち塞がるドアマンを真直ぐに見つめる。
 ――追いつきたい。そう、心の底から願う。
(彼が敬愛する“人間”を貶めてはならない)
 背筋を伸ばし、痛みに歪む唇を持ち上げ、
「それとも貴方が疲れた?」
 疲弊した顔を勝気な笑みで彩る。
(さもなくば、告白などできない)
 主の鋼の意志を汲み取り、ポッケが尻尾と尻尾の先の炎を膨らませ、一人の足元に駆け寄る。地面に転がった鉈を咥え、一人に渡す。
「お守りする所存でしたが、傲慢だったかもしれませんね」
 警棒の先を地面に向けたまま、ドアマンは深海の瞳を細める。
 目の前に立つひとりの人間が、とても眩しかった。
 予てから、彼が示す配慮を、地に足のついた思考と信念を、作物に向き合う姿と収穫を喜ぶ笑顔を、全て好ましく感じていた。
 戦いに於いて工夫を凝らすことに窺える本気にさえ、新たな魅力を見た気がした。
 女性らしさ男性らしさ、何もかもが眩しかった。
 人間の敬愛すべき面を、彼は体現している。
 彼を姓ではなく名で呼ぶようになったのはいつからだろう。
 友人として、更に特別な存在として見始めたのはいつからだろう。
(矢張りこの方は素晴らしい)
 配下の力で防御力を上げているとは言え、最早身動きするも辛いほどに激しく打ち据えたつもりだった。己が与えた苦痛に悶える一人を目にして、手加減はせぬと決めたことに心を痛めた。
 しかし、彼は尚も戦うべく力強い決意を燃やして立ち上がった。
 力強い決意には、誠意で応じねばなるまい。
 ドアマンは声に歓喜さえ交え高らかに請う。
「お見せ下さい、人間の力を」
 ドアマンの言葉に応じ、一人は鉈を振りかざす。
 その刹那、一人の足元に積もる樹海の葉が土が噴き上がる。地を揺らがせ、地面から幾本もの茨の蔓が、ドアマン目指し勢いよく跳ねる。目を瞠るドアマンの腕に蔓が絡む。
「な……?!」
 声を上げたのは、ドアマンではなく、一人。
 何事かと思うと同時、トラベルギアの鉈から霧のように舞い散り地に染む淡い光に気付く。陽の色に似た光が震えて散る度、底を尽きかけた体力が更に吸い取られてゆく。
 それでも。
 けれど一人は笑む。
 一人の笑みに応じるように、茨の蔓に花が咲く。瞬きの内に花は散り、小さな紅の実を幾つも実らせ、思いがけぬ轟音と火花散らして爆ぜる。香木の匂いする煙が撒き散らされる。
 一人の僅かな体力を奪って作り出された不思議の炎は、一人の身が万全で無いが故に儚く小さい。トラベルギアを手に、一人は己が手に入れた新しい力を悟る。敵を拘束し、望みようによっては焼き尽くし屠る力。今は目眩しにしかならぬ力だが、
「いいわ、充分!」
 煙を己が身で裂き、ドアマンを拘束する茨の蔓に導かれ、一人は煙に巻かれて影にしか見えぬドアマンの胴めがけ鉈を振るう。
 ドアマンを縛める地から生えた茨の蔓が軋む。動けぬはずのドアマンの影が動く。蔓を根から剥いだドアマンの豪腕が、それに続く警棒が、一人の鉈を受け止める。腕ごと弾かれそうになる刃をどうにか持ち応え、体勢を立て直す。警棒の先が竦めた首筋掠り、真後ろの樹肌を粉砕する。警棒が風を巻いて回転する。次に放たれるはずの攻撃のタイミングが読めず、けれど続けざまに放たれるかもしれぬ攻撃を警戒せぬ訳にはいかず、――退くか否か。
 ドアマンが淡く微笑んだ気がした。
 瞬きの逡巡を見透かされた気がした。瞬間、炎熱の塊が脇を掠める。頬を頭上を、ポッケが放つ炎の弾丸が過ぎる。
 鉈を振り上げる。主の体力を削り、大地より茨が突き出す。茨はドアマンの足に絡みつく。爆発の実が成るより先、一人はドアマンに向け鉈を放る。
 刃交える内に薄れた香木の煙を鉈が切り裂く。空を奔る刃を、足元縛られたまま警棒で難なく弾いたドアマンは、目前に馳せる一人を見る。
 視線が交わる。
 鉈から一人の手から離れた為、ドアマンの足元に絡む茨の蔓が萎びて枯れる。茨の戒めに抗うていた力が空振る。ドアマンの体勢が崩れる。
 一人の手が伸びる。ドアマンのネクタイに、土で汚れた一人の指が掛かる。厚い胸に縋り、もう片方の手をハットに伸ばす。タイを力強く掴み引き寄せるつもりが、
「うわ、」
 ドアマンの体重に引き摺られ、諸共に地に倒れる。
 煙が風に解ける。鬱蒼たる樹海の森が姿を現す。
 倒れこんだ二人の傍ら、心配そうにポッケが近寄る。
 ふふ、と先に笑みを零したのは、ドアマン。己が上に倒れこみ、どこか茫然自失の態の一人の背中に手袋の掌を添える。
「あ、ああ、ごめんなさい、大丈夫よ」
 気遣わしげなドアマンの仕種に、一人はぎくりと起き上がる。今の今まで闘っていたドアマンが手を貸してくれるという事は、
(負けちゃった、のかしら)
「一人様?」
 肩を落とす一人を、起き上がったドアマンが覗き込む。
「素晴らしい。おめでとう御座います、一人様」
 深海色の目が心からの敬意と祝意に輝いていることに、一人は瞬く。瞬きして、気付く。ドアマンの頭上にあるはずのハットが無い。
 地に転がるハットを、己が勝利の証を見つけて、一人は揃えた膝の上、泥と擦り傷塗れの手を拳にする。胸を満たしてゆく喜びに頬をふうわりと上気させる。
「お見事に御座います」
 ドアマンは祝辞を口にし、――ふと、蒼白い頬になんとも言えぬ表情を見せた。戸惑いのような、喜びのような。
 一人の横顔を恋する乙女の純真な眼で見て後、ドアマンは悩める青年の風情で額に手をやり、そうして、全身に決意を宿らせ左の手袋を脱ぐ。想い人を恋敵から奪う騎士の勇ましさで手袋を握り締め素振りを始める。
「ドアマンさん」
 妙なテンションで暴れ始めるドアマンを、一人は呼ぶ。
 一人の瞳に射抜かれ、手袋を素振りする手が一瞬宙に留まる。狂わぬはずのドアマンの手元が狂う。まだ見ぬ恋敵の左胸に叩きつけるはずだった決闘の印が、勢い余って己の胸に当たる。
「ドアマンさん」
 恋の告白の決意を胸に燃やし、
「あのね、私――」
 一人は静かな双眸でドアマンを見つめる。


クリエイターコメント 大変たいへんお待たせいたしました。お時間たくさん頂いてしまいまして、本当に申し訳ありません。

 最後の一文は最初から決めていたのですが、そこに辿り着くまで随分掛かってしまいました。でも、ぐるぐる悩みながらとても楽しく書かせて頂きましたのです。 

 イメージされております戦い方に僅かでも近づけておりましたら嬉しいのですが……。
 少しでもお楽しみ頂けましたら幸いです。
 おふたりの熱い思い、お聞かせくださいましてありがとうございました。


 ええと、ええと、……こッ、この両思いめー!
公開日時2014-01-21(火) 21:20

 

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